則天去私の文学論 『米国篇:多元的宇宙』

長谷部さかな 著

【本文中の記号について】
◇ 漱石文からの転記。
☆ ジェームズ文、吉田夏彦訳からの転記。
◆ ジェームズ文からの転記。     
★ 補足的事実、研究者の論文からの転記、その他。
◎ 本稿筆者の感想。

 ID


全件 <更新> ページ移動 ⇒ [ 1 4 5 終了]

PAGE 2 (11〜20)


主知主義的な方法
   2017/5/30 (火) 05:01 by Sakana No.20170530050150

05月30日

◎『多元的宇宙』第六講冒頭の文章を吉田
夏彦訳で読んで、主知主義的な方法につい
て考えてみた。ベルクソン(B)の哲学の
おかげで主知主義的な方法をすてることが
できたとジェームズ(J)は書いているが、
私が第六講「主知主義に対するBの批判」を
一読したかぎりでは、どう見ても主知主義
的な方法で書かれているという印象である。
つまり、Jは主知主義的な方法をすてるこ
とができたといいながら、すててはいない
ような気がする。

◎そんな気がするのは、私が主知主義的な
方法による文章がどのようなものかわかっ
ていないからかもしれない。

◎では、主知主義的な方法による文章とは
どのような文章か?。たとえば、「論理は
ありうるものとありえないものとの正しい
尺度である」(logic is an adequate measure 
of what can or cannot be.→B否定)のよ
うな文章だと私は思うが、違いますか?


『多元的宇宙』まとめ
   2017/5/30 (火) 05:05 by Sakana No.20170530050500

『多元的宇宙』まとめ 2017年5月

・『思い出す事など』メモ(1)ー(7)
・主知主義に対するベルグソンの批判
・主知主義に対するベルグソンの批判(邦訳)
・主知主義的な方法

◎ウィリアム・ジェームズの『多元的宇宙』
は、修善寺の大患で九死に一生を得た夏目
漱石が病床で読み、「読みやすく明快であ
る」「良い本を読んだと思う」という感想
を、『思い出す事など』に記している。

◎「読みやすく明快である」と私は思わな
いが、「好い本」という漱石の評価からは
三年かけても読む価値がある本と信じたい。

◎方針としては、「第六講主知主義にたい
するベルグソンの批判」から読むことにす
る。病みあがりの漱石は、その後、第七講
と第八講もふくめて三日で読了したという
が、私の読解力では後半だけでも読了する
のに三年位はかかるかもしれない。
 
◎主知主義とは英語で"Intellectualism"。
漱石は理知主義としている。

『米国篇:多元的宇宙』
(逆順版) http://www.hokushin-media.com/sokuten-usa/minibbs.cgi
(正順版) http://www.hokushin-media.com/sokuten-usa/minibbs-s.cgi


論理は正しい尺度か
   2017/6/5 (月) 08:26 by Sakana No.20170605082600

06月02日

◎ありうるものとありえないもの("what can 
or cannot be")について判断する場合、人が
よりどころとするのは何か? 論理(理屈)
か直感(カン)のどちらかである。

◎直感はあたることもあるが、はずれるこ
とが多い。それにくらべて、論理は正しい
尺度だと人は思いがちだ。ところが、ベル
クソンは論理がありうるものとありえない
ものとの正しい尺度ではないという。哲学
者がそんなことを言っていいのか?

◎「論理は正しい尺度か」という邦訳で、
"adequate"を「正しい」と訳すのは正しい
だろうか?「絶対的に正しい」ではなく、
「ほぼ十分に正しい」という意味では?

◎論理は古代ギリシア語でロゴス、英語で
"logic"、フランス語で"logique" という。

◎ベルクソンは実証主義の手法を採り入れ、
時間をふくむすべてを持続の相の下に捉え
直し、直感によってこそ生きた現実が把握
されるとする独自の経験論を確立した由。


主知主義に対するベルグソンの批判(2)
   2017/6/5 (月) 08:29 by Sakana No.20170605082929

06月05日

◆ "Professor Henri Bergson is a young man,
compartively as influential philosophers
go, having born at Paris in 1859. His
career has been the perfectly routine one
of a successful French professor. Entering
the ecole normale superieure at the age of
twenty-two, he spent the next seventeen 
years teaching at lycees, provincial or
parisian, until his fortieth year, when he
was made professor at the said ecole normale.
Since 1900 he has been professor at the College 
de France and member of the Institute since 
1900. So far as the outward facts go, Bergson's
career has been commonplace to the utmost,
Neither one of Taine's famous pronciples
explanation of greatmen, the race, the
environment or the moment, no, nor all three
together will explain that peculiar way of 
looking at things that constitutes his mental
individuality."(W. James)

☆アンリ・ベルグソン教授は、影響力の大き
い哲学者にしては、比較的若い。すなわち一
八五九年、パリで生まれた。彼の経歴は、フ
ランスの成功した教授のそれとしては、全く
おさだまりのものである。二二歳の時に高等
師範学校に入学し、その後一七年間、地方や
パリのリセで教え、四○歳になって、高等師
範学校の教授となった。一九○○年以来、彼
はコレージュ・ド・フランスの教授であり、
アカデミーの会員である。
 外面的な事実に関するかぎり、ベルグソン
の経歴は、このように全く平凡なものである。
テーヌが偉人の性格を説明するのにつかった
あの有名な原則、民族、環境、時代のどの一
つも、あるいはこれらの三つをまとめたもの
も、彼の精神的な個性をかたちづくっている、
あの特異な、ものの見方を説明してはくれな
いであろう。(吉田夏彦訳)

◎ベルクソンは「特異な、ものの見方」をす
る哲学者だ。どのようなものの見方か?


特異な、ものの見方
   2017/6/8 (木) 06:45 by Sakana No.20170608064550

06月08日

◎私は『多元的宇宙』第六講主知主義にたい
するベルグソンの批判を受験勉強の長文解釈
の要領で、最初から一行も漏らさず、一語一
句を理解しながら読みすすめるつもりでいる
が、それではカタツムリの歩みで、重箱の隅
をつつくのに時間がかかりすぎる。

◎そこで、まず第六講の原文と訳文を照合し
ながら、何度も繰り返して読み、全体を大づ
かみに理解することにした。このやり方なら、
ベルグソンの「特異な、ものの見方」が少な
くとも第六講についてはあきらかに見えてく
るだろう。その上で、スローペースの地道な
長文読解方法と併用すればよいと思う。

◎とりあえず、今の段階で私が理解したベル
グソンの「特異な、ものの見方」は次の通り。

◎抽象的な概念は本来連続的である人生を映
画カメラで撮影してえられるスナップショッ
トにすぎない。概念の価値は実用的価値のみ。
いかにして人生が生成してきたか、生成して
いくだろうかを概念から学ぶことはできない。


主知主義に対するベルグソンの批判(3)
   2017/6/11 (日) 06:42 by Sakana No.20170611064206

06月11日

◆ "Originality in men dates from nothing 
previous, other things date from it, rather.
I have to confess that Bergson's originality
is so profuse that many of his ideas baffle 
me entirely. I doubt whether any one understands
him all over, so to speak; and I am sure that 
he would himself be the first to see that this
must be, and to confess that things which he 
himself has not yet thought out cleraly, had
yet to be mentioned and have a tentative place 
assigned them in his philosophy.(W. James)

☆人間のオリジナリティはほかのものからで
てくるのではない。むしろほかのものが、こ
のオリジナリティの結果となるのである。ベ
ルグソンのオリジナリティはあまりにも豊富
であるので、彼の観念の多くは私を当惑させ
る程であるということを告白しておかなくて
はならない。彼をいわば全面的に理解してい
る人がいるかどうかは疑わしいと思う。そう
してベルグソン自身もこのことをみとめ、彼
がまだ完全にはっきりとは考えぬいていない
ことも、とりあえずその哲学の中でふれてお
かなくてはならないのだ、と告白するであろ
うと、私は確信している。(吉田夏彦訳)

◎「ベルクソンのオリジナリティはあまりに
も豊富(profuse)で、彼の観念(ideas)の
多くは私を当惑させる」とジェームズはいう。
ベルクソンのどのような観念がジェームズを
当惑させたかはわからないが、私はとりあえ
ず今のところはベルクソンのオリジナリティ
が豊富なことに当惑するのみ。



人間のオリジナリティ
   2017/6/14 (水) 07:59 by Sakana No.20170614075908

06月14日

◎「人間のオリジナリティはほかのものから
でてくるのではない。むしろほかのものが、
このオリジナリティの結果となるのである」
と、ジェームズはいう。

◎オリジナリティを持つ人間は『文学論』第
五編「集合的F」でいう天才だろう。天才と
はベルクソンのような人間である。ベルクソ
ンのオリジナリティはあまりにも豊富である
ので、彼の観念の多くは本人もよく考えぬい
て、全面的に理解していないかもしれない。

◎本人が十分に理解していない観念を読者が
理解できるわけがないと思う。ベルクソン、
ジェームズ、夏目漱石のような天才の書いた
文章を読者が読むのは、もちろん理解したい
と思っているからだが、全面的な理解はきわ
めて困難だと半ばあきらめたほうがよい。

◎要するに、オリジナリティの結果を読んで
いるだけだ。私はその結果を中途半端に理解
して、模倣するかもしれないが、たぶん一面
的な理解、模倣にとどまるだろう。


主知主義に対するベルグソンの批判(4)
   2017/6/17 (土) 07:56 by Sakana No.20170617075645

06月17日

◆Many of us are profusely original, in 
that no man can understand us---violently 
peculiar ways of looking at things are no 
great rarity. The rarity is when great 
peculiarity of vision is allied with great 
lucidity and unusual command of all the 
classic expository apparatus. Bergson's 
resouces in the way of erudition are 
remarkable, and in the way of expression 
they are simply phenomenal. (W. James)

☆我々の多くは、きわめて豊かに独創的であ
る。つまり、誰も我々を完全には理解しえな
いーーきわめて特異なもののみかたというも
のは、それほど稀なものではない。稀なのは、
きわめて特異なヴィジョンが、きわめて高度
なわかりやすさや、古典的な説明手段すべて
の使いこなしの異常な巧みさ、とむすびつい
ていることである。ベルクグンの学識はきわ
めて広大であり、しかもこれを表現する方法
のたくみさは驚くべきものである。(吉田夏彦訳)

◎数学や物理学で用いられる特異点(singularity)
という特異なことばがある。ある基準 (regulation)
の下、その基準が適用できない (singular) 
点である。したがって、特異点は基準があっ
て初めて認識され、「-に於ける特異点」「-
に関する特異点」という呼ばれ方をする。
 ジェームズが後述しているように、ベルク
ソンは数学の門を通って哲学にきた。当然、
特異点を知っている。知らぬは私のような数
学に弱い馬鹿だけ。


豊かな独創性
   2017/6/20 (火) 07:18 by Sakana No.20170620071837

06月20日

◎「我々の多くは、きわめて豊かに独創的で
ある」とジェームズはいう。もしかすると、
私の発想も豊かに独創的かもしれないという
気がしてくる。なぜなら、「誰も我々を完全
には理解しえない」からだ。私は自分自身が
どんな風に独創的なのか理解していない。

◎「きわめて特異なもののみかたというもの
は、それほど稀なものではない。稀なのは、
きわめて特異なヴィジョンが、きわめて高度
なわかりやすさや古典的な説明手段すべての
使いこなしの異常な巧みさ、とむすびついて
いることである」ともジェームズはいう。。
ベルクソンの特異なもののみかたが、きわめ
てわかりやすい、巧みな説明と結びついてい
たという事実が稀にみられることだという。

◎しかし、ベルクソンの「わかりやすい説明」
は、ジェームズや漱石にはわかりやすくても、
私のぼんくら頭にはわかりやすくない。ベル
クソンは主知主義を批判しているが、ぼんく
ら頭の持ち主がその尻馬に乗って、主知主義
を批判する資格があるとは思えない。


主知主義に対するベルグソンの批判(5)
   2017/6/23 (金) 06:39 by Sakana No.20170623063948

06月23日

◆ This is why in France, where l'art de bien 
dire counts for so much and is so sure of 
appreciation, he has immediately taken so 
eminent a place in public esteem. Old-fashioned 
professors, whom his ideas quite fail to satisfy,
nevertheless speak of his talent almost with 
bated breath, while the youngsters flock 
to him as a master.(W. James)

☆このためにこそ、彼は、よく話す術が重き
をなしているフランスにおいて、すぐに名声
を博するようになったのである。昔風な教授
達は、彼の考え方には全く不満であるが、し
かも彼の才能については息をのまんばかりに
してこれをほめたたえ、一方若い人びとは彼
を師としてその後にむらがりついていくので
ある。(吉田夏彦訳)

◎フランスでは「よく話す術」(l'art de 
bien)が重きをなしている。日本でも口達者
な人物が頭角をあらわしやすいが、巧言令色
鮮(すくな)し仁という見方もあって、「よ
く話す術」が発達しにくい。 

◎夏目漱石の「現代日本の開化」「私の個人
主義」「文芸の哲学的基礎」「中味と形式」
「文芸と道徳」など講演の記録を読むと面白
くて参考になる。日本人にしては「よく話す
術」を心得た人だったにちがいない。「よく
話す術」を心得た人だけが、他人の「よく話
す術」を理解できるのではなかろうか。


ページ移動 ⇒ [ 1 4 5 終了] <照会>
 
則天去私の文学論 『米国篇:多元的宇宙』 長谷部さかな 著
 Copyright (C) Sakana Hasebe 2017