則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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五月雨
   2017/7/9 (日) 04:55 by Sakana No.20170709045556

07月09日

・五月雨をあつめて早し最上川   芭蕉、

 最上川は、みちのくより出て、山形を水上
とす。その川の流れが五月雨をあつめて早い
というのである。この世はまさに最上川の如
し。ドナルド・キーンの英訳を拝借して、英
語で表現された無常迅速を味わってみよう。
       Gathering seawards
    The summer rains, how swift it is!
          Mogami River.
 夏の雨を集めて、海へ向かい、なんと早く
流れることよ、最上川。
 ごてん・はやぶさなど云おそろしき難所有。
板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。・・
・・・・左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。
白糸の滝は青葉の隙々に落て、仙人堂、岸に
臨て立。水みなぎって舟あやうし。


ときは今
   2017/7/6 (木) 08:57 by Sakana No.20170706085753

07月06日

・ときは今天が下しる五月哉  光秀

  敵は本能寺にありと、本能寺に泊まってい
た織田信長を急襲して主殺しを果たした明智
光秀がその9日前に連歌師・里村紹巴を招い
て京都・愛宕神社で光秀が設けた連歌(愛宕
百韻といわれる)の発句である。
 愛宕百韻を巻き終えたのは、天正10年
(1582)5月24日 辰の刻 午前八時だが、
光秀は戦国大名土岐氏の一族だったので、織
田氏に代わって土岐氏が天下を治める時がい
たという意味がこめられていたともいわれる。
後者の意味の場合は、謀反の決意表明ともと
れるので、連歌師紹巴も謀反への関与を疑わ
れた。光秀の発句には威徳院行祐の「水上ま
さる庭の夏山」が続き、第三に紹巴が「花落
つる池の流をせきとめて」と詠んでいる。



   2017/7/3 (月) 07:37 by Sakana No.20170703073744

07月03日

・松も時なり竹も時なり  道元

 『正法眼蔵』第二十 有時に、「松も時な
り、竹も時なり。時は飛去するとのみ解會す
べからず」という句がある。道元は俳諧狂句
を詠んだつもりはなかっただろうが、形式は
七七、内容は感覚F(時間)篇にふさわしい
ので、借用した。許されよ、道元禅師。
 松も植物、竹も植物にはちがいないが、物
質に時があるように、動物にも植物にも時が
ある。その時は飛去(ひえ)するとのみ解會
(げえ)するべからずーー飛び去るものとの
み理解してはいけない。光陰矢の如し、過ぎ
去ったものは取り返しがつかないと、と嘆い
てばかりは愚の極み。一切世界のすべてが自
己のうちにあり、一切世界の事事物物が、み
な時であることを自覚せよ。


『俳諧狂句』第二類 古句 
   2017/6/30 (金) 07:40 by Sakana No.20170630074050

『俳諧狂句』第二類 古句 2017年6月 

 盗人を捕らえて見れば我が子なり 新撰犬筑波集
 佐保姫の春立ちながら尿をして  山崎宗鑑
 蚤虱馬が尿する枕もと      松尾芭蕉
 花よりも團子やありて帰る雁   松永貞徳
 白露や無分別なる置き所     西山宗因
 真じ目に成るが人の衰へ     武玉川 三篇
 本降りに成て出て行雨やどり   柳多留 初篇
 子が出来て川の字形に寝る夫婦  柳多留 初篇
 役人の骨っぽいのは猪牙に乗せ  柳多留 二篇
 朝顔につるべ取られてもらひ水  加賀千代女

  江戸時代ないしそれ以前の古俳諧、古川柳
から適当に十句収集して第二類古句篇とした。
 盗人、尿などを詠んだ句でも真面目に選んで
並べれば、白露にも劣らない無分別なる置き
所と思いたいが、やはり分別も少し働く。


朝顔
   2017/6/30 (金) 07:33 by Sakana No.20170630073354

06月30日

・朝顔につるべ取られてもらひ水   千代女

  有名な句だが、切字のない句であることも知
られている。切れもなく、理屈をいっているだ
けの駄句だとあっさり切り捨てる人もいるが、
明和元年(一七六四)発行の既白編『千代女句
集』に掲載されて有名になった句を今さら否定
してもどうにもならない。
 一説によれば、晩年の千代女が、歳を重ね病
に伏し、死を強く意識するようになって、「朝
顔に」を「朝顔や」にする勇気が湧いた。そし
て、筆を執り、余白に好きな絵を添えた一幅を
表装させて、菩提寺聖興寺へ奉納するように言
いつけたという(清水昭三『花の俳人 加賀の
千代女』)。「朝顔に」と「朝顔や」とのどち
らがよいか。どちらも俳諧狂句だからどうでも
よいが、作者の本心は「朝顔や」だったらしい。



役人
   2017/6/27 (火) 06:44 by Sakana No.20170627064455

06月27日

・役人の骨っぽいのは猪牙に乗せ 柳多留 二篇

 柳多留初篇の「役人の子ハにぎ/\を能く覚
え」のほうが有名だが、続いて柳多留二篇にあ
らわれた二番煎じのこの句も、人間性を深く穿
ち、痛烈な権力批判になっている。
 林富士馬『川柳のたのしみ』によれば、猪牙
は形が細長く先のとがった小舟で、吉原通いに
使う。現金を受け取らぬ物堅い役人を茶屋で飲
ませて吉原に送りこむ饗応策である。松平定信
による寛政改革の時、版元は、睨(にら)まれ
そうな句として削っている、という。
 川柳にはこのようなご政道の腐敗を批判する
風刺的な作品が含まれているので、時の政府か
ら睨まれやすい。「白河の清きに魚も住みかね
てもとの濁りの田沼恋しき」という元白河藩主
の幕府老中松平定信を風刺した狂歌は有名だ。


夫婦
   2017/6/24 (土) 09:40 by Sakana No.20170624094023

06月24日

・子が出来て川の字形に寝る夫婦 柳多留 初篇

 「離れこそすれ離れこそすれ」という前句に
付けたもので、これも柄井川柳編『誹風柳多留』
初篇に載っている。その後、「子だくさん州の
字なりに寝る夫婦」というパロディ句があらわ
れた。「律儀者の子だくさん」ということわざ
はそのパロディ句に由来するという説もあるが、
真偽のほどはわからない。
 『誹風柳多留』初篇で他に有名な句には「本
降りに成て出て行雨やどり」「これ小判たった
一晩ゐてくれろ」「かみなりをまねて腹がけや
っとさせ」「寝ていても団扇のうごく親心」
「役人の子ハにぎにぎを/\能く覚え」など、
いずれも柄井川柳の作品ではない。選んだ句と
撰者だけが有名になって、肝心の作者は無名の
ままというのが俳諧狂句川柳の特色らしい。


雨やどり
   2017/6/21 (水) 06:38 by Sakana No.20170621063839

06月21日

・本降りに成て出て行雨やどり 柳多留 初篇

 だれでも日常生活で一度や二度はこんな経
験をしたことがあるだろう。人情の機微をう
がった句として広く知られており、川柳の名
作といえば、まずこの句が一番にあげられる。
『誹風柳多留』初篇の発行は明和二年(1765)
で、創始者は柄井川柳と呉陵軒可有。以後、
天保11年(1840)まで柄井川柳とその後継者に
よってほぼ毎年発行された。その総数167篇。
 柄井川柳(1718-1890)はもともとは談林派
俳諧の点者(選者)だったといわれているが、
前句付点者として無名庵川柳と号した。選句の
評判が高く、その名は前句付俳諧の代名詞とな
るほど有名になった。『誹風柳多留』の編纂に
たずさわったのは24篇まで。辞世の句は「木枯
らしや跡で芽をふけ川柳(かわやなぎ)」。


真じ目
   2017/6/18 (日) 05:56 by Sakana No.20170618055648

06月18日

・真じ目に成るが人の衰へ  武玉川 三篇

 川柳の形式は五七五と思っていたが、この
句は七七だ。入門書で調べてみると、そもそ
も、連句(連歌の俳諧)のうちの発句を独立
させたものが俳句であり、脇、第三以下の雑
の句(無季がふつう)が川柳。従って、雑の
句には五七五と七七のものがあるという。
  また、滑稽や風刺や穿(うが)ちが川柳の
特質だと思っていたが、この句の言わんとし
ているところはまじめだ。しかも、「真じ目
になるが人の衰へ」とまじめに穿っている。
 川柳の穿ちによる人生の哲学的断面をまじ
めに観察し、硬直化した常識的なものの見方
の微調整をはかりたいというささやかな気持
が私の心にめばえたが、これも衰えのあらわ
れにすぎないのかもしれない。


白露
   2017/6/15 (木) 06:23 by Sakana No.20170615062348

06月15日

・白露や無分別なる置き所    西山宗因

 所かまわず露が降りるのを「無分別」と表
現したところにおかしみがある。宗因の代表
句とされて、死後に、「宗因の墓 無分別の
置き所」「宗因が碑は無分別の出るところ」
などと詠まれるほど有名になった。
 宗因は談林派俳諧の第一人者で、「上に宗
因なくんば、我々が俳諧今もつて貞徳がよだ
れをねぶるべし。宗因はこの道の中興山なり」
(『去来抄』)と、芭蕉にも一目おかれた。
 貞門派の俳言を重視した「詞付」にたいし
て宗因の談林派は「心付」、さらに芭蕉の蕉
風派は「匂付」を提唱したという。そんな付
合いのちがいはあるが、要するに、貞門派も
談林派も蕉風派も川柳派もみんな俳諧狂句の
類ではないかと、私は勝手に思っている。


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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