則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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いらご崎
   2017/8/5 (土) 05:43 by Sakana No.20170805054305

8月05日

・鷹一つ見付けてうれしいらご崎   芭蕉

 「かれ狂句を好むこと久し。終(つい)に生
涯のはかりごととなす」という芭蕉は貞享4
 (1687) 年 10月、「笈の小文」の旅に出た。
  西行の和歌、宗祇の連歌、雪舟の画、利休
の茶と貫道する風雅をきわめる旅だが、愛す
る杜国 (とこく)との男色の道をきわめるた
めの旅でもあったともいわれる。伊良子岬で
見付けた鷹とは杜国のこと。杜国は米穀商だ
ったが、空米売買の罪で両国追放の身となっ
ていた。そんな罪の鷹を見付けてうれしとい
うのはかなり危ない句ともいえる。
 その200年後、島崎藤村が伊良子岬で
「流れ寄る椰子の実一つ」という流離の詩を
つくった。藤村自身が椰子の実を拾ったわけ
ではなく、友人の柳田国男からきいた話を詩
にしたのだといわれる。


天の河
   2017/8/2 (水) 07:14 by Sakana No.20170802071434

8月02日

・荒海や佐渡に横たふ天の河  芭蕉

 海と島と空、荒海と佐渡島と天の河、とい
う雄大な空間を一望のうちにとらえた旅人の
感動を十七音の言葉で表現した名句といわれ
ているが、異論も多い。
 その時期(7月4日夕刻)、新潟の出雲崎
から佐渡島の方向を眺めても天の河は見えな
いという人がいる。「曽良日記」には「夜中、
雨強降」とあるので、空を仰いでも天の河は
見えなかったはずという人もいる。そもそも
天の河が佐渡島に横たうことは物理的にあり
得ないという人もいる。
 しかし、発句を狂句と考えれば、謎は消え
る。狂句はリアリズムではない。写実とみせ
かけて虚構、虚構とみせかけて実は秘密の通
信だった、ということもあり得る。


『俳諧狂句』第三類 感覚F(時間) 
   2017/7/31 (月) 10:02 by Sakana No.20170731100204

『俳諧狂句』第二類 感覚F(時間)2017年7月 

松も時なり竹も時なり             道元
ときは今天が下しる五月哉      光秀
五月雨をあつめて早し最上川      芭蕉、
春の海ひねもすのたりのたりかな    蕪村
白髪同士春を惜しむもばからしや      一茶
ほととぎすほととぎすとて明けにけり 千代女
光陰の一幕過ぎてほととぎす         机鳥評宝十三812・拾一15
流れゆく大根の葉の早さかな        虚子
一日は長し一年すぐにたち         渓々
いつも鳴らない目覚まし時計        千田佳代

  夏目漱石『文学論』は文学的内容を感覚F、
人事F,超自然F、知識Fの4種に分類してい
る。感覚Fのうち時間の感覚らしきものを表現
したと思われる十句を並べてみた。時は金なり、
というが、松も時なり竹も時なりともいう。


時計
   2017/7/30 (日) 07:20 by Sakana No.20170730072039

07月30日

・いつも鳴らない目覚まし時計  千田佳代

 私は目覚まし時計を持っていない。懐中
時計も柱時計もこわれたままで動かない。
頼りになるのは体内時計だけ。
 林富士馬『川柳のたのしみ』で掲句の解
説を読むと、こんなことが書かれている。
 「周知の如く「川柳」は前句付けから独
立して、その卑俗で独自な文学を築いたの
であった。私にとっては「川柳」もまた、
芭蕉の偉大さ、なつかしさを知れば、それ
でよいのである」
 よくわからないが、芭蕉が目覚まし時計
や懐中時計を持って、旅をしていたとは思
えない。芭蕉の偉大さ、なつかしさを知る
ためには、私も体内時計だけあればよいと
言い聞かせている。



一日と一年
   2017/7/27 (木) 07:26 by Sakana No.20170727072647

07月27日

・一日は長し一年すぐにたち     渓々

 一日は二十四時間、一年は三百六十五日。
したがって、「一年は長し、一日すぐにた
ち」というのが常識的物理的な時間感覚だ
が、心理的な時間感覚では、「一日は長し、
一年すぐにたち」である。
 この句は、林富士馬『川柳のたのしみ』
に載っているが、作者の渓々の経歴がよく
わからない。「近代文学と違って私は川柳
の特徴を無名性としてきた」と林富士馬は
いう。そういえば、『柳多留』の名句の多
くは作者の名前がわからない。それに比べ
れば、渓々は名前が伝わっているだけでも
ましなほうかもしれない。
 ヒポクラテス曰く、芸術は長く、人生は
短し。(Ars longa, vita brevis.)


大根の葉
   2017/7/24 (月) 07:47 by Sakana No.20170724074713

07月24日


・流れゆく大根の葉の早さかな    虚子

 最上川でもないし、保津川の急流でもない。
九品仏の浄真寺で句会を行ったあと、寺から
多摩川の方向に散策に出かけ、九品仏川を流
れてゆく大根の葉の早さに目をつけて詠んだ
と伝えられている。無常迅速の世の中を流れ
る作者の心が大根の葉に投影されているのか
もしれない。
 しかし、大根の葉に身をたくさなくても、
人生は無常迅速である。一寸の光陰軽んじる
べからず。思い立ったが吉日。時は金なり。
善は急げ。
 とはいうもの、急がば回れ、ともいう。短気
は損気。急いては事を仕損じる。果報は寝て
待て。慌てる乞食はもらいが少ない、待てば
海路の日和あり。


ほととぎす(2)
   2017/7/21 (金) 07:14 by Sakana No.20170721071448

07月21日

・光陰の一幕過ぎてほととぎす 机鳥評宝十三812・拾一15

 宝暦十三年(1763)の作。「光陰の一幕」
とは、千代女が「ほととぎすほととぎすとて
明けにけり」の句を得た一夜のことを指して
いると思うが、千代女がその句を詠んだ享保
二年(1717)からみると、46年の光陰が過ぎ
ている。
 机鳥は柄井川柳と同様、前句付の点者の一
人であり、作者ではない。前句は「つきぬ事
かなつきぬ事かな」。
 理屈をいえば、光陰の一幕が過ぎたという
ことは一件落着であり、「つきた」ことであ
るから、「つきぬ事かな」ではない。
  また、千代女の没年は安永4年(1774)だか
ら、光陰の一幕過ぎてから77年後、机鳥評か
ら11年後という計算になる。


ほととぎす
   2017/7/18 (火) 04:54 by Sakana No.20170718045441

07月18日

・ほととぎすほととぎすとて明けにけり 千代女 

 千代女は、元禄十六年(1703)に加賀国松任
町(現在の石川県白山市)に生まれた。享保
二年(1717)の夏頃、美濃派各務支考の門人
仙石盧元坊という俳人がひよっこり松任にあ
らわれた。当時十四歳の千代女が盧元坊の宿
を訪れ、弟子入りを志願したところ、「ほと
とぎす」という夏の季題の句をつくって見せ
るようにと言われた。
 夜になり、盧元坊は寝てしまったが、千代
女は一睡もせず、句作りに熱中し、白山連峰
が白みはじめる頃、一句ひらめいた。その句
をみて、盧元坊は喜んで千代女を弟子にする
ことにした。支考に次いで美濃派の指導者に
なった盧元坊は、美濃派に天下の女俳諧師あ
りと千代女を大いに吹聴したという。


春おしむ
   2017/7/15 (土) 06:55 by Sakana No.20170715065510

07月15日

・白髪同士春を惜しむもばからしや    一茶

 今は次の瞬間には今ではない。過去になっ
てしまう。時よとまれと言っても、止まって
はくれない。「月日は百代の過客にして、行
きかふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ
馬の口をとらえて老をむかふる者は、日々旅
にして、旅を栖とす」と、奥の細道の旅に出
かけた芭蕉は「行春や鳥啼魚の目は涙」から
「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」までの時を
詠み込んだ。それ以前にも、「行く春を近江
の人とおしみける」と詠んでもいる。
 ところが、一茶は、白髪の老人たちが集ま
って「白髪同士春を惜しむもばからしや」と
いう。芭蕉翁の風雅を皮肉っているのか、そ
れとも老残の境遇にあるわが身を自嘲してい
るのか。


春の海
   2017/7/12 (水) 07:50 by Sakana No.20170712075022

07月12日

・春の海ひねもすのたりのたりかな  蕪村

  芭蕉の時間は早く、蕪村の時間は遅く流れ
 る。その理由の一つは芭蕉が旅人だったのに
 たいして、蕪村がひきこもりがちの定住民だ
 ったからではなかろうか。「のたりのたり」
という擬音が定住民の時間の感覚を表現する
 のに絶妙の効果をあげていると思う。
  この句は、丹後与謝の海を詠んだといわれ
 ている。京都には海がないと思っていたが、
 丹後与謝の海は京都の内だ。やはり定住民タ
イプの私は見たことがないが、日本三景の一
つ、天橋立のあたりの海らしい。
  もしかしたら、「思ふことなくてや見まし
 よさの海の天の橋立都なりせば」という赤染
 衛門(千載集)の古歌をふまえているのかも
 しれない。



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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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