則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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朝顔
   2017/6/30 (金) 07:33 by Sakana No.20170630073354

06月30日

・朝顔につるべ取られてもらひ水   千代女

  有名な句だが、切字のない句であることも知
られている。切れもなく、理屈をいっているだ
けの駄句だとあっさり切り捨てる人もいるが、
明和元年(一七六四)発行の既白編『千代女句
集』に掲載されて有名になった句を今さら否定
してもどうにもならない。
 一説によれば、晩年の千代女が、歳を重ね病
に伏し、死を強く意識するようになって、「朝
顔に」を「朝顔や」にする勇気が湧いた。そし
て、筆を執り、余白に好きな絵を添えた一幅を
表装させて、菩提寺聖興寺へ奉納するように言
いつけたという(清水昭三『花の俳人 加賀の
千代女』)。「朝顔に」と「朝顔や」とのどち
らがよいか。どちらも俳諧狂句だからどうでも
よいが、作者の本心は「朝顔や」だったらしい。



役人
   2017/6/27 (火) 06:44 by Sakana No.20170627064455

06月27日

・役人の骨っぽいのは猪牙に乗せ 柳多留 二篇

 柳多留初篇の「役人の子ハにぎ/\を能く覚
え」のほうが有名だが、続いて柳多留二篇にあ
らわれた二番煎じのこの句も、人間性を深く穿
ち、痛烈な権力批判になっている。
 林富士馬『川柳のたのしみ』によれば、猪牙
は形が細長く先のとがった小舟で、吉原通いに
使う。現金を受け取らぬ物堅い役人を茶屋で飲
ませて吉原に送りこむ饗応策である。松平定信
による寛政改革の時、版元は、睨(にら)まれ
そうな句として削っている、という。
 川柳にはこのようなご政道の腐敗を批判する
風刺的な作品が含まれているので、時の政府か
ら睨まれやすい。「白河の清きに魚も住みかね
てもとの濁りの田沼恋しき」という元白河藩主
の幕府老中松平定信を風刺した狂歌は有名だ。


夫婦
   2017/6/24 (土) 09:40 by Sakana No.20170624094023

06月24日

・子が出来て川の字形に寝る夫婦 柳多留 初篇

 「離れこそすれ離れこそすれ」という前句に
付けたもので、これも柄井川柳編『誹風柳多留』
初篇に載っている。その後、「子だくさん州の
字なりに寝る夫婦」というパロディ句があらわ
れた。「律儀者の子だくさん」ということわざ
はそのパロディ句に由来するという説もあるが、
真偽のほどはわからない。
 『誹風柳多留』初篇で他に有名な句には「本
降りに成て出て行雨やどり」「これ小判たった
一晩ゐてくれろ」「かみなりをまねて腹がけや
っとさせ」「寝ていても団扇のうごく親心」
「役人の子ハにぎにぎを/\能く覚え」など、
いずれも柄井川柳の作品ではない。選んだ句と
撰者だけが有名になって、肝心の作者は無名の
ままというのが俳諧狂句川柳の特色らしい。


雨やどり
   2017/6/21 (水) 06:38 by Sakana No.20170621063839

06月21日

・本降りに成て出て行雨やどり 柳多留 初篇

 だれでも日常生活で一度や二度はこんな経
験をしたことがあるだろう。人情の機微をう
がった句として広く知られており、川柳の名
作といえば、まずこの句が一番にあげられる。
『誹風柳多留』初篇の発行は明和二年(1765)
で、創始者は柄井川柳と呉陵軒可有。以後、
天保11年(1840)まで柄井川柳とその後継者に
よってほぼ毎年発行された。その総数167篇。
 柄井川柳(1718-1890)はもともとは談林派
俳諧の点者(選者)だったといわれているが、
前句付点者として無名庵川柳と号した。選句の
評判が高く、その名は前句付俳諧の代名詞とな
るほど有名になった。『誹風柳多留』の編纂に
たずさわったのは24篇まで。辞世の句は「木枯
らしや跡で芽をふけ川柳(かわやなぎ)」。


真じ目
   2017/6/18 (日) 05:56 by Sakana No.20170618055648

06月18日

・真じ目に成るが人の衰へ  武玉川 三篇

 川柳の形式は五七五と思っていたが、この
句は七七だ。入門書で調べてみると、そもそ
も、連句(連歌の俳諧)のうちの発句を独立
させたものが俳句であり、脇、第三以下の雑
の句(無季がふつう)が川柳。従って、雑の
句には五七五と七七のものがあるという。
  また、滑稽や風刺や穿(うが)ちが川柳の
特質だと思っていたが、この句の言わんとし
ているところはまじめだ。しかも、「真じ目
になるが人の衰へ」とまじめに穿っている。
 川柳の穿ちによる人生の哲学的断面をまじ
めに観察し、硬直化した常識的なものの見方
の微調整をはかりたいというささやかな気持
が私の心にめばえたが、これも衰えのあらわ
れにすぎないのかもしれない。


白露
   2017/6/15 (木) 06:23 by Sakana No.20170615062348

06月15日

・白露や無分別なる置き所    西山宗因

 所かまわず露が降りるのを「無分別」と表
現したところにおかしみがある。宗因の代表
句とされて、死後に、「宗因の墓 無分別の
置き所」「宗因が碑は無分別の出るところ」
などと詠まれるほど有名になった。
 宗因は談林派俳諧の第一人者で、「上に宗
因なくんば、我々が俳諧今もつて貞徳がよだ
れをねぶるべし。宗因はこの道の中興山なり」
(『去来抄』)と、芭蕉にも一目おかれた。
 貞門派の俳言を重視した「詞付」にたいし
て宗因の談林派は「心付」、さらに芭蕉の蕉
風派は「匂付」を提唱したという。そんな付
合いのちがいはあるが、要するに、貞門派も
談林派も蕉風派も川柳派もみんな俳諧狂句の
類ではないかと、私は勝手に思っている。


花より団子
   2017/6/12 (月) 06:51 by Sakana No.20170612065129

06月12日

・花よりも團子やありて帰る雁 松永貞徳

  「花より団子」ということわざはいろは歌
留多でよく知られているが、「帰る雁」を付
けると、詩になる。「帰る雁」は「春霞立つ
を見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへ
る」という有名な古歌(作者は伊勢)をふま
えているという。
 しかし、北の方に花よりも好きな団子があ
るから雁が帰っていくというと理屈っぽい。
理屈は詩と両立しにくい。
  松永貞徳(1571年-1654年)は貞門派俳諧の
祖。俳諧には俳言といって和歌・連歌には用
いない俗語・ 漢語を使用するべしと主張した。
季題や季語を使用するべしではない。季語と
俳言とはちがう。たとえば、「花」や「帰る
雁」は季語で、「団子」は俳言だと思う。


尿前
   2017/6/9 (金) 06:10 by Sakana No.20170609061015

06月09日

・蚤虱馬が尿する枕もと 松尾芭蕉

 おくのほそ道の旅で、芭蕉は鳴子の湯より
尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとした。
山中で国境を守る封人(ほうじん)の家に逗
留した。封人とは国境を守る役人。その家で
寝ようとすると蚤や虱に悩まされ、馬が尿す
る音が聞こえた。
 旅のわびしさ、さびしさここに極まれりと
いう句だが、実際に経験したリアリズムでは
なく、想像の句ではないかという疑いもある。
 その理由は、尿前という地名は芭蕉の旅以
前にあったからだ。尿前を通りかかった芭蕉
の想像力はこの地名に触発されて封人の家に
いる馬を想像し、一句詠んだのではないか。
松本清張『殺人行おくのほそ道』を読んでみ
たが、その謎解きの参考にはならなかった。


佐保姫
   2017/6/6 (火) 05:43 by Sakana No.20170606054352

06月6日

・佐保姫の春立ちながら尿をして 山崎宗鑑

  佐保姫は春の女神。前句「霞の衣すそはぬ
れけり」への付句である。春立つとは立春の
ことで、姫が立つという意味を懸けている。
姫御前が立ちながら尿(しと)をするとは行
儀がわるい、けしからんと、文句をいうのは
ヤボな人です。
 山田洋次監督の映画『男はつらいよ』でフ
ーテンの寅さんは「四谷赤坂麹町、ちゃらち
ゃら流れるお茶の水、粋な姐ちゃん立ちショ
ンベン」と言っているが、佐保姫の裔(すえ)
が粋な姐ちゃんだとすると、立ちションベン
という行為が粋に思えてくる。
 さらにつけくわえれば、寅さんは、「大し
たもんだよ蛙の小便、見上げたもんだよ屋根
屋の褌」ともいい、蛙と佐保姫を結びつけた。


盗人
   2017/6/3 (土) 07:28 by Sakana No.20170603072843

06月3日

・盗人を捕らえて見れば我が子なり 新撰犬筑波集

 江戸時代に流行した川柳の代表句だと思い
込んでいたが、実はそれ以前の足利時代の作
品。山崎宗鑑(1465? -1554年)『新撰犬筑波
集』に載っている。作者が宗鑑かどうかはわ
からない。
 盗人を捕らえてみれば我が子だったという
現代の世相でもあり得る皮肉な結果ーー自分
のDNAが伝わっているはずの我が子が盗人を働
いたのは、しつけが悪く、家庭教育に問題が
あったからか。あるいは、そもそも人間のDNA
に盗人の傾向があるのか。親の因果が子にむ
くいなのか。アダムとイブが原罪を犯したか
らか。さらに人殺しが絶えないのはアベルを
殺したカインのDNAが人類に伝わっているから
ではないかとこの狂句はいろいろ考えさせる。


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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