則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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大寒の埃
   2018/2/19 (月) 06:51 by Sakana No.20180219065107

02月19日

大寒の埃の如く人死ぬる   虚子

  昭和16年1月の作。その前年の3月に詠んだ
「大寒や見舞に行けば死んでをり」に通じる
主観的な句のような印象を受けるが、虚子に
自句鑑賞させれば、人間を客観写生した句で
あり、いわば、花鳥諷詠のようなものだとい
うかもしれない。
 昭和16年といえば、日中戦争がどこまで続
く泥濘の状態で動きがとれなくなっていた上
に、年末近くになって日本が鬼畜**国に対
して宣戦布告をした年である。それから昭和
20年8月までに日本人だけでも約240万人が大
寒の埃の如く死んだ。、
 そう考えると、虚子のこの句は客観写生の
句であり、人間の運命を客観視した虚無的な
匂いのする句といえないこともない。


彼岸の入に寒いのは   
   2018/2/12 (月) 06:43 by Sakana No.20180212064338

02月12日

毎年よ彼岸の入に寒いのは   子規

 明治二十六年(1893)、正岡子規二十五歳
のときの作。前書に「母上の詞自ら句になり
て」とある。子規の母親八重がつぶやいた日
常のことばが、そのままのかたちで俳句にな
っている。

 いわゆる口語体俳句のはしり、なんだ、俳
句とはそんな日常的で、簡単に表現できるも
のだったのかというのが新しい発見ーーーそ
のことをあらためて読者に気づかせてくれた
のが子規の功績とされている。 

 「師の風雅に万代不易あり。一時の変化あ
り。この二つ究り、其の本は一つなり(服部
土芳「三冊子」)。「風雅の誠」にかなって
いるかどうかはわからないが、芭蕉晩年の
「軽み」にの主張はかなっていると思う。


はなまにえの時
   2018/2/5 (月) 08:21 by Sakana No.20180205082103

02月05日

五右衛門はなまにえの時一首よみ 古川柳

 天下の大盗石川五右衛門は、太閤豊臣秀吉秘蔵
の香炉に手をつけて捕らわれ、京都三条河原で釜
ゆでの刑に処せられた。
 
 石川の浜の真砂はつきるとも世に盗人のたねはつきまじ

 というのがその時の辞世だそうだ。その辞
世もよい、と林富士馬はいう(『川柳のたの
しみ』)。たしかに五右衛門の時代から二十
一世紀の現在に至るまで世に盗人のたねはつ
きていない。不滅の真理だが、その一首がで
きたのは、釜の湯が熱くなりすぎる直前のな
まにえの時たったのだろうか。
 林富士馬は、川柳の独自な文学領域に当代
の風俗世態、人情の穿ちとともに詠史がある
と指摘し、「川柳の詠史は、川柳でしか表現
し得ないものを射あてている」ともいう。


酒あたためて
   2018/1/29 (月) 07:06 by Sakana No.20180129070643

01月29日

厳寒に酒あたためて紅葉鍋 柳多留百二十八編

 牡丹鍋はイノシシの肉、紅葉鍋シカの肉の
鍋のことである。厳寒に酒をあたためて、イ
ノシシやシカの肉を食べると、ご馳走である
上に、精力がつくことを江戸時代の人々は知
っていた。病人が喰うのを「薬喰い」と言っ
て、俳諧のことばにもなっていたらしい(林
富士馬『川柳のたのしみ』)。

 薬喰ひ隣の亭主箸持参  蕪村
 相伴に猫も並ぶや薬喰い 一茶

 肉食は穢れ(神道)、殺生戒(仏教)とし
て江戸時代の人々のタブーとされ、牛肉や豚
肉は口にしなかったが、馬肉は桜鍋と称して
庶民の腹をあたためるご馳走とみなされてい
た。吉原や深川の馬肉料理店はけとばし屋と
いって、繁盛していたという。


涼しさ
   2018/1/24 (水) 07:53 by Sakana No.20180124075305

01月22日

立涼み寝涼みさても涼しさよ  一茶 

  立っても涼しいし、寝ても涼しい。何とい
う涼しさだろう、というだけの句だと思う。
加賀千代女の作と誤り伝えられている「起き
て見つねて見つ蚊帳の広さかな」と似たよう
な単純な反復(リフレイン)だが、「蚊帳の
広さ」は空間であり、「涼しさ」は温度。
 温度は涼しければよいというものでもない。
やはり一茶に「大の字に寝て涼しさよ淋しさ
よ」という句がある。涼しさがきわまれば淋
しくなるのかもしれない。
  「起きて見つねて見つ蚊帳の広さかな」と
いう句は、「起きて見つ寝て見つ部屋の広さ
かな」というかたちで、後世に伝わっている
が、作者は千代女ではなく、遊女浮橋らしい。
(『俳諧狂句』2017年8月14日参照)。


夜寒
   2018/1/15 (月) 07:13 by Sakana No.20180115071331

01月15日

巫女(かんなぎ)に狐恋する夜寒かな    蕪村

 人間にとって夜寒は恋をする気分になれそ
うもないが、狐なら夜寒でも恋をするかもし
れない。その恋の相手は人間の巫女(かんなぎ)
という想像の句である。狐に恋された巫女は
嬉しいだろうか。
 狐が鳥羽上皇に仕える美しい女官に化け、
上皇の寵愛を受けたと伝えられるのは玉藻前
である。上皇は体調をくずし、病に伏せった。
医師たちにはその原因がわからなかったが、
陰陽師の安倍泰成が玉藻前の仕業と見抜いた。
陰陽師が真言をとなえると、玉藻前は正体を
あらわし、九尾の狐の姿になって、行方をく
らます。その後、狐は那須野で毒石に変化し、
旅人を悩ませたという。芭蕉の「おくのほそ
道にいう。「殺生石は温泉に出る山陰にあり」。


暖かさ      
   2018/1/8 (月) 07:11 by Sakana No.20180108071141

01月08日

梅一輪一輪ほどの暖かさ         嵐雪

  この句、小学生か中学生だった頃、国語の
教科書に載っていたように記憶がある。それ
以来ずっと記憶の奥にあるほどの句あるが、
あらためて考えてみると、なぜ梅一輪ほどの
暖かさなのかがわからない。なぜ桃一輪、桜
一輪、あるいは薔薇一輪ではいけないのか。
 その暖かさは、温度計で、たとえば摂氏十
七度と表示できるものではない。数字は単な
る目安であって、感覚の実体を伝えるもので
はないだろう。
 冬の寒さがすこしやわらいだ初春の頃、肌
に感じる感覚ーーだとすれば、やはり梅一輪
ほどの暖かさかもしれない。二輪、三輪、あ
るいは十輪、百輪ではいけない。梅一輪の温
度は数字ではなく、質感である。


涼しさや
   2018/1/1 (月) 05:18 by Sakana No.20180101051848

2018年01月01日

涼しさやほの三日月の羽黒山     芭蕉

  芭蕉は、「おくのほそ道」で出羽三山について次のよ
うに書き残している。

  六月三日、羽黒山に登る。
  八日、月山にのぼる。
  日出て、雲消えれば、湯殿に下る。

 湯殿山に登ったという記述はない。念のため、標高を
チェックしてみたら、羽黒山の標高は418m、月山は1500m、
それに対して湯殿山は1954mである。健脚の芭蕉でも湯殿
山に登るのは遠慮したのかもしれない。
 
  有難や雪をかほらす南谷
  雲の峰幾つ崩れて月の山
  語られぬ湯殿にぬらす袂かな
  湯殿山銭ふむ道の泪かな   曽良


暑き日
   2017/12/25 (月) 07:03 by Sakana No.20171225070308

12月25日

暑き日を海にいれたり最上川     芭蕉

  「五月雨をあつめて早し最上川」の最上川は山形県酒
田市で日本海に注ぐ。『おくのほそ道』によれば、芭蕉
と曽良は、「川舟に乗りて、酒田の港に下る。譚庵不玉
と云ふ医師の許を宿とす」という。
 そこで詠んだのがこの句だが、「暑き日を海に入れた
り」というのはどういう意味だろう。おそらく「暑き日」
とは太陽のことで、太陽が日本海に沈んだ情景だろうと
思うが、では誰が太陽を海に入れたのか、その結果、温
度が下がって、急に涼しくなったのだろうか、などと読
者の想像はひろがる。
 『継尾集』によれば、「涼しさや海に入れたる最上川」
という別バージョンの句もあるそうだから、太陽を海に
入れたのは最上川であり、その結果涼しくなったと解釈
することができる。最上川が太陽を海に入れるわけがな
いが、その発想は面白い。


第六類 感覚F(温度)
   2017/12/18 (月) 05:52 by Sakana No.20171218055216

12月18日

 第五類感覚F(触覚)に続いて第六類感覚F(温度)
の十句を鑑賞する。文学的内容の基本成分で感覚的要素
というなら、触覚の次は、味覚、嗅覚、聴覚、視覚のい
ずれかのはず。なぜ温度なのかーーと言われても私には
わからない。漱石が『文学論』で「かのGros氏が『人に
戯』中に配列したる小児娯楽の項目の順を追ふて例証せ
んとす」と述べているので、私はその順にしたがってい
るだけだ。

暑き日を海にいれたり最上川          芭蕉
涼しさやほの三日月の羽黒山          芭蕉
梅一輪一輪ほどの暖かさ              嵐雪
巫女(かんなぎ)に狐恋する夜寒かな              蕪村
立涼み寝涼みさても涼しさよ                    一茶      
厳寒に酒あたためて紅葉鍋           柳多留百二十八編
五右衛門はなまにえの時一首よみ        古川柳
毎年よ彼岸の入に寒いのは           子規
大寒の埃の如く人死ぬる                    虚子
心中を思ひとまると寒くなり          剣花坊

 ところで、「日のあたる石にさはればつめたさよ 子
規」や「手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ 虚子」は、第
五類感覚F(触覚)にも第六類 感覚F(温度)にも該
当することに気がついた。温度という項目を立てると、
線引きが難しくなる。
 『文学論』ではキーツの「聖アグネスの宵祭」の一節
を漱石は感覚F(温度)の例に引用している。

 "St. Agnes' Eve -- Ah, bitter chill it was!
   the owl for all his feathers, was a-cold;
   The hare limp'd trembling through the frozen grass,
   And silent was the flock in woolly fold;"
                           --Keats, The Eve of St. Agnes
  (聖アグネスの宵祭ーーああ、肌刺す寒さ!/梟は羽毛
  にくるまれていても凍え/野兔は凍てついた草原をふ
  るえながらとぼとぼ歩み、/そして羊の群は暖かい毛
  だらけの囲いの中で静まり返る。
           ーーキーツ「聖アグネスの宵祭」 


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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