則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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鶏頭
   2017/8/20 (日) 07:40 by Sakana No.20170820074015

8月20日

・鶏頭の十四五本もありぬべし 子規

 写生句のようで、写生句ではない。病牀六
尺で寝たきりの作者が、庭には鶏頭が十四五
本もあるだろうと想像している。縁に出て庭
を眺めれば何本あるか確認できるのだが、寝
たきりの病人ではそれもままならない。
 「病牀六尺、これがわが世界である。しか
もこの六尺の病牀が余には広過ぎるのである。
僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、
蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事
も出来ない。甚しい時は極端の苦痛に苦しめ
られて五分も一寸も体の動けない事がある」。
 それでも、病牀の外の空間である庭に鶏頭
が十四五本あったという記憶が残っている。
今ごろは鶏頭の赤い花が咲いていることだろ
うと想像を広げてみる。


『俳諧狂句』まとめ 2017年8月
   2017/8/21 (月) 06:21 by Sakana No.20170821062141

『俳諧狂句』第四類 感覚F(空間) 

荒海や佐渡に横たふ天の川         芭蕉
鷹一つ見付けてうれしいらご崎          芭蕉
菜の花や月は東に日は西に         蕪村
五月雨や大河を前に家二軒         蕪村
起きて見つ寝て見つ部屋の広さかな     千代女(?)
是がまあ終(つひ)の住み処(か)か雪五尺 一茶
鶏頭の十四五本もありぬべし             子規

 感覚Fの時間篇に続き、空間篇の十句をそ
ろえてみた。今、どこにいて、時間と空間を
どのように感覚し、どのように言葉で表現す
るかが問題である。時間と空間は、あると思
えばあるし、ないと思えばない。空たり間た
り天然居士、噫。(漱石)
         (『俳諧狂句』第一部了。
           第二部以降は未定)


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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