則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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大根の葉
   2017/7/24 (月) 07:47 by Sakana No.20170724074713

07月24日


・流れゆく大根の葉の早さかな    虚子

 最上川でもないし、保津川の急流でもない。
九品仏の浄真寺で句会を行ったあと、寺から
多摩川の方向に散策に出かけ、九品仏川を流
れてゆく大根の葉の早さに目をつけて詠んだ
と伝えられている。無常迅速の世の中を流れ
る作者の心が大根の葉に投影されているのか
もしれない。
 しかし、大根の葉に身をたくさなくても、
人生は無常迅速である。一寸の光陰軽んじる
べからず。思い立ったが吉日。時は金なり。
善は急げ。
 とはいうもの、急がば回れ、ともいう。短気
は損気。急いては事を仕損じる。果報は寝て
待て。慌てる乞食はもらいが少ない、待てば
海路の日和あり。


一日と一年
   2017/7/27 (木) 07:26 by Sakana No.20170727072647

07月27日

・一日は長し一年すぐにたち     渓々

 一日は二十四時間、一年は三百六十五日。
したがって、「一年は長し、一日すぐにた
ち」というのが常識的物理的な時間感覚だ
が、心理的な時間感覚では、「一日は長し、
一年すぐにたち」である。
 この句は、林富士馬『川柳のたのしみ』
に載っているが、作者の渓々の経歴がよく
わからない。「近代文学と違って私は川柳
の特徴を無名性としてきた」と林富士馬は
いう。そういえば、『柳多留』の名句の多
くは作者の名前がわからない。それに比べ
れば、渓々は名前が伝わっているだけでも
ましなほうかもしれない。
 ヒポクラテス曰く、芸術は長く、人生は
短し。(Ars longa, vita brevis.)


時計
   2017/7/30 (日) 07:20 by Sakana No.20170730072039

07月30日

・いつも鳴らない目覚まし時計  千田佳代

 私は目覚まし時計を持っていない。懐中
時計も柱時計もこわれたままで動かない。
頼りになるのは体内時計だけ。
 林富士馬『川柳のたのしみ』で掲句の解
説を読むと、こんなことが書かれている。
 「周知の如く「川柳」は前句付けから独
立して、その卑俗で独自な文学を築いたの
であった。私にとっては「川柳」もまた、
芭蕉の偉大さ、なつかしさを知れば、それ
でよいのである」
 よくわからないが、芭蕉が目覚まし時計
や懐中時計を持って、旅をしていたとは思
えない。芭蕉の偉大さ、なつかしさを知る
ためには、私も体内時計だけあればよいと
言い聞かせている。



『俳諧狂句』第三類 感覚F(時間) 
   2017/7/31 (月) 10:02 by Sakana No.20170731100204

『俳諧狂句』第二類 感覚F(時間)2017年7月 

松も時なり竹も時なり             道元
ときは今天が下しる五月哉      光秀
五月雨をあつめて早し最上川      芭蕉、
春の海ひねもすのたりのたりかな    蕪村
白髪同士春を惜しむもばからしや      一茶
ほととぎすほととぎすとて明けにけり 千代女
光陰の一幕過ぎてほととぎす         机鳥評宝十三812・拾一15
流れゆく大根の葉の早さかな        虚子
一日は長し一年すぐにたち         渓々
いつも鳴らない目覚まし時計        千田佳代

  夏目漱石『文学論』は文学的内容を感覚F、
人事F,超自然F、知識Fの4種に分類してい
る。感覚Fのうち時間の感覚らしきものを表現
したと思われる十句を並べてみた。時は金なり、
というが、松も時なり竹も時なりともいう。


天の河
   2017/8/2 (水) 07:14 by Sakana No.20170802071434

8月02日

・荒海や佐渡に横たふ天の河  芭蕉

 海と島と空、荒海と佐渡島と天の河、とい
う雄大な空間を一望のうちにとらえた旅人の
感動を十七音の言葉で表現した名句といわれ
ているが、異論も多い。
 その時期(7月4日夕刻)、新潟の出雲崎
から佐渡島の方向を眺めても天の河は見えな
いという人がいる。「曽良日記」には「夜中、
雨強降」とあるので、空を仰いでも天の河は
見えなかったはずという人もいる。そもそも
天の河が佐渡島に横たうことは物理的にあり
得ないという人もいる。
 しかし、発句を狂句と考えれば、謎は消え
る。狂句はリアリズムではない。写実とみせ
かけて虚構、虚構とみせかけて実は秘密の通
信だった、ということもあり得る。


いらご崎
   2017/8/5 (土) 05:43 by Sakana No.20170805054305

8月05日

・鷹一つ見付けてうれしいらご崎   芭蕉

 「かれ狂句を好むこと久し。終(つい)に生
涯のはかりごととなす」という芭蕉は貞享4
 (1687) 年 10月、「笈の小文」の旅に出た。
  西行の和歌、宗祇の連歌、雪舟の画、利休
の茶と貫道する風雅をきわめる旅だが、愛す
る杜国 (とこく)との男色の道をきわめるた
めの旅でもあったともいわれる。伊良子岬で
見付けた鷹とは杜国のこと。杜国は米穀商だ
ったが、空米売買の罪で両国追放の身となっ
ていた。そんな罪の鷹を見付けてうれしとい
うのはかなり危ない句ともいえる。
 その200年後、島崎藤村が伊良子岬で
「流れ寄る椰子の実一つ」という流離の詩を
つくった。藤村自身が椰子の実を拾ったわけ
ではなく、友人の柳田国男からきいた話を詩
にしたのだといわれる。


菜の花
   2017/8/8 (火) 08:22 by Sakana No.20170808082234

8月08日

・菜の花や月は東に日は西に     蕪村

 菜の花を眺める。一息ついて、天を仰ぐと、
東の空から月が昇り、西の空に太陽が沈みか
けている。大地の菜の花は動かない。眺めて
いる人間も動かない。空間は<天地人>が位
置を定め、時間は<永遠の今>でとまる。
 作者の蕪村はこの句を詠んだとき、柿本人
麻呂の古歌を念頭に置いていたかもしれない。
「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の立
つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ」。
 しかし、「月傾きぬ」という表現には動き
がある。月は沈みかけているのだ。一方、
「炎(かぎろひの立つ)」は、日が昇りかけ
ていることを示す。すると、蕪村の句も月が
沈み、日が昇りかけているのだろうか。動い
ていないように見えて動いている。


大河
   2017/8/11 (金) 07:56 by Sakana No.20170811075649

8月11日

・五月雨や大河を前に家二軒      蕪村

 孔子川上にありて曰く、「逝(ゆ)く者は
斯(か)くの如きか。昼夜を舎(お)かず」。
鴨長明曰く、「行く川のながれは絶えずして、
しかも本の水にあらず」。いずれも大河を前
にして、此の世の無常迅速を嘆じている。
 先人にうながされて、おくの細道の旅に出
かけた芭蕉は、「五月雨をあつめて早し最上
川」と詠んだ。
 蕪村には無常迅速の観念はとぼしい。五月
雨が降っていて、大河を前に家二軒があると
いう景色をそのまま詠んでいるだけだ。大河
が氾濫して家二軒は流失してしまうかもしれ
ないのに、何の心配もせず、何の対策もとら
ない無能の画家である。ひたすら絵筆をとっ
て、大河の前の家二軒を写生するのみ。


部屋の広さ
   2017/8/14 (月) 07:13 by Sakana No.20170814071317

8月14日

・起きて見つ寝て見つ部屋の広さかな 千代女(?)

 部屋の広さを詠んだ句として私の記憶の奥
底に残っている。千代女は加賀の国松任の表具
屋の娘。表具屋とはいえ、さすがは加賀百万石
の領内では表具屋の部屋も広いんだろうなと思
っていた。
 ところが、清水昭三『花の俳人 加賀千代
女』を読んでも、なぜかこの句が見当たらな
い。どうやら千代女の作品ではないらしい。
一説によれば、浮橋という遊女の句で、しか
も「起きてみつ寝てみつ蚊帳の広さかな」と
いうのが正しい表記だという。
 仕方がないので、千代女作で空間を詠んだ
句を探し、「蝶はゆめの名残わけ入る花野か
な」を見つけた。蚊帳を詠んだ句なら「責め
る蚊をつかみ喰いたき侘寝かな」。


雪五尺
   2017/8/17 (木) 07:25 by Sakana No.20170817072509

8月17日

・是がまあ終(つひ)の住み処(か)か雪五尺 一茶

 雪が五尺(約2メートル)も積もる豪雪地
帯、信濃北部の北国街道柏原宿は、一茶生
誕の地であり、終の住み処でもあった。
 「是がまあ終の住み処か」とは、どんな感
慨だろう。まあ何と狭い、小さい住み処であ
ることよと慨嘆しているのか、それとも、ま
あなんとかこれだけの住み処を自分のものす
ることができたことよと満足しているのか。
 一茶の生涯をふりかえると、継母との折合
いが悪く、14歳のとき、江戸へ奉公に出て、
苦労を重ねたが、俳諧狂句の世界で名をあげ
た。遺産相続では12年間継母と争った結果、
家屋敷半分と田4〜6反、畑3反歩、山林3ヵ所
を確保し、嫁も貰った。可もなし、不可もな
し、「めでたさもちう位なりおらが春」か。


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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