則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』

長谷部さかな 著

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蛙10
   2017/5/31 (水) 06:39 by Sakana No.20170531063940

05月31日

・蛙蛙独りぼっちの子と我と 種田山頭火

 蛙蛙という上五は字余りだが、自由律俳句
の作者の句にしてはめずらしく定型に近い。、
  蛙の子は蛙。漂泊の俳人山頭火には息子が
一人いた。父親との縁がうすく、母親とさび
しく暮らしている。家を飛び出して、放浪の
旅に出かけたまま、行方知れずの父親は、そ
の息子に蛙、蛙と呼びかける。おまえは独り
ぽっちだが、おれも独りぽっちだ。わかって
くれ。
 山頭火の母親は、彼が十歳のとき、井戸に
身を投げて死んだ。母親の菩提をとむらいな
がら、行乞をし、俳句をつくり、酒を飲み、
放浪する。金がなくなれば、友人知人にたか
り、時には別れた妻にもたかる。そんな生き
方しかおれにはできない。わかってくれ。


『俳諧狂句』第一類 狂句 蛙篇
   2017/5/31 (水) 06:43 by Sakana No.20170531064339

『俳諧狂句』第一類 狂句 蛙篇 2017年5月

古池や蛙飛び込む水のをと   松尾芭蕉 
手をついて歌申ぐる蛙哉    山崎宗鑑?
だんびりと池に蛙の飛び入りて 竹馬狂吟集
歌軍文武二道の蛙かな     安原貞室
閣に座して遠き蛙を聞く夜かな 与謝蕪村
やせ蛙まけるな一茶これにあり 小林一茶
水がめに蛙うくなり五月雨    正岡子規
山吹や喉がふくれて啼く蛙    高濱虚子
青蛙おのれもペンキぬりたてか 芥川龍之介
蛙蛙独りぼっちの子と我と   種田山頭火

 俳諧狂句の名作十句を連作風にならべてみ
た。すべての句が蛙を題材としている。「か
わず」あるいは「かえる」と読む。川や池に
いる小さな蛙のことで、ガマガエル、食用ガ
エルなど大型蛙は含まない。



盗人
   2017/6/3 (土) 07:28 by Sakana No.20170603072843

06月3日

・盗人を捕らえて見れば我が子なり 新撰犬筑波集

 江戸時代に流行した川柳の代表句だと思い
込んでいたが、実はそれ以前の足利時代の作
品。山崎宗鑑(1465? -1554年)『新撰犬筑波
集』に載っている。作者が宗鑑かどうかはわ
からない。
 盗人を捕らえてみれば我が子だったという
現代の世相でもあり得る皮肉な結果ーー自分
のDNAが伝わっているはずの我が子が盗人を働
いたのは、しつけが悪く、家庭教育に問題が
あったからか。あるいは、そもそも人間のDNA
に盗人の傾向があるのか。親の因果が子にむ
くいなのか。アダムとイブが原罪を犯したか
らか。さらに人殺しが絶えないのはアベルを
殺したカインのDNAが人類に伝わっているから
ではないかとこの狂句はいろいろ考えさせる。


佐保姫
   2017/6/6 (火) 05:43 by Sakana No.20170606054352

06月6日

・佐保姫の春立ちながら尿をして 山崎宗鑑

  佐保姫は春の女神。前句「霞の衣すそはぬ
れけり」への付句である。春立つとは立春の
ことで、姫が立つという意味を懸けている。
姫御前が立ちながら尿(しと)をするとは行
儀がわるい、けしからんと、文句をいうのは
ヤボな人です。
 山田洋次監督の映画『男はつらいよ』でフ
ーテンの寅さんは「四谷赤坂麹町、ちゃらち
ゃら流れるお茶の水、粋な姐ちゃん立ちショ
ンベン」と言っているが、佐保姫の裔(すえ)
が粋な姐ちゃんだとすると、立ちションベン
という行為が粋に思えてくる。
 さらにつけくわえれば、寅さんは、「大し
たもんだよ蛙の小便、見上げたもんだよ屋根
屋の褌」ともいい、蛙と佐保姫を結びつけた。


尿前
   2017/6/9 (金) 06:10 by Sakana No.20170609061015

06月09日

・蚤虱馬が尿する枕もと 松尾芭蕉

 おくのほそ道の旅で、芭蕉は鳴子の湯より
尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとした。
山中で国境を守る封人(ほうじん)の家に逗
留した。封人とは国境を守る役人。その家で
寝ようとすると蚤や虱に悩まされ、馬が尿す
る音が聞こえた。
 旅のわびしさ、さびしさここに極まれりと
いう句だが、実際に経験したリアリズムでは
なく、想像の句ではないかという疑いもある。
 その理由は、尿前という地名は芭蕉の旅以
前にあったからだ。尿前を通りかかった芭蕉
の想像力はこの地名に触発されて封人の家に
いる馬を想像し、一句詠んだのではないか。
松本清張『殺人行おくのほそ道』を読んでみ
たが、その謎解きの参考にはならなかった。


花より団子
   2017/6/12 (月) 06:51 by Sakana No.20170612065129

06月12日

・花よりも團子やありて帰る雁 松永貞徳

  「花より団子」ということわざはいろは歌
留多でよく知られているが、「帰る雁」を付
けると、詩になる。「帰る雁」は「春霞立つ
を見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへ
る」という有名な古歌(作者は伊勢)をふま
えているという。
 しかし、北の方に花よりも好きな団子があ
るから雁が帰っていくというと理屈っぽい。
理屈は詩と両立しにくい。
  松永貞徳(1571年-1654年)は貞門派俳諧の
祖。俳諧には俳言といって和歌・連歌には用
いない俗語・ 漢語を使用するべしと主張した。
季題や季語を使用するべしではない。季語と
俳言とはちがう。たとえば、「花」や「帰る
雁」は季語で、「団子」は俳言だと思う。


白露
   2017/6/15 (木) 06:23 by Sakana No.20170615062348

06月15日

・白露や無分別なる置き所    西山宗因

 所かまわず露が降りるのを「無分別」と表
現したところにおかしみがある。宗因の代表
句とされて、死後に、「宗因の墓 無分別の
置き所」「宗因が碑は無分別の出るところ」
などと詠まれるほど有名になった。
 宗因は談林派俳諧の第一人者で、「上に宗
因なくんば、我々が俳諧今もつて貞徳がよだ
れをねぶるべし。宗因はこの道の中興山なり」
(『去来抄』)と、芭蕉にも一目おかれた。
 貞門派の俳言を重視した「詞付」にたいし
て宗因の談林派は「心付」、さらに芭蕉の蕉
風派は「匂付」を提唱したという。そんな付
合いのちがいはあるが、要するに、貞門派も
談林派も蕉風派も川柳派もみんな俳諧狂句の
類ではないかと、私は勝手に思っている。


真じ目
   2017/6/18 (日) 05:56 by Sakana No.20170618055648

06月18日

・真じ目に成るが人の衰へ  武玉川 三篇

 川柳の形式は五七五と思っていたが、この
句は七七だ。入門書で調べてみると、そもそ
も、連句(連歌の俳諧)のうちの発句を独立
させたものが俳句であり、脇、第三以下の雑
の句(無季がふつう)が川柳。従って、雑の
句には五七五と七七のものがあるという。
  また、滑稽や風刺や穿(うが)ちが川柳の
特質だと思っていたが、この句の言わんとし
ているところはまじめだ。しかも、「真じ目
になるが人の衰へ」とまじめに穿っている。
 川柳の穿ちによる人生の哲学的断面をまじ
めに観察し、硬直化した常識的なものの見方
の微調整をはかりたいというささやかな気持
が私の心にめばえたが、これも衰えのあらわ
れにすぎないのかもしれない。


雨やどり
   2017/6/21 (水) 06:38 by Sakana No.20170621063839

06月21日

・本降りに成て出て行雨やどり 柳多留 初篇

 だれでも日常生活で一度や二度はこんな経
験をしたことがあるだろう。人情の機微をう
がった句として広く知られており、川柳の名
作といえば、まずこの句が一番にあげられる。
『誹風柳多留』初篇の発行は明和二年(1765)
で、創始者は柄井川柳と呉陵軒可有。以後、
天保11年(1840)まで柄井川柳とその後継者に
よってほぼ毎年発行された。その総数167篇。
 柄井川柳(1718-1890)はもともとは談林派
俳諧の点者(選者)だったといわれているが、
前句付点者として無名庵川柳と号した。選句の
評判が高く、その名は前句付俳諧の代名詞とな
るほど有名になった。『誹風柳多留』の編纂に
たずさわったのは24篇まで。辞世の句は「木枯
らしや跡で芽をふけ川柳(かわやなぎ)」。


夫婦
   2017/6/24 (土) 09:40 by Sakana No.20170624094023

06月24日

・子が出来て川の字形に寝る夫婦 柳多留 初篇

 「離れこそすれ離れこそすれ」という前句に
付けたもので、これも柄井川柳編『誹風柳多留』
初篇に載っている。その後、「子だくさん州の
字なりに寝る夫婦」というパロディ句があらわ
れた。「律儀者の子だくさん」ということわざ
はそのパロディ句に由来するという説もあるが、
真偽のほどはわからない。
 『誹風柳多留』初篇で他に有名な句には「本
降りに成て出て行雨やどり」「これ小判たった
一晩ゐてくれろ」「かみなりをまねて腹がけや
っとさせ」「寝ていても団扇のうごく親心」
「役人の子ハにぎにぎを/\能く覚え」など、
いずれも柄井川柳の作品ではない。選んだ句と
撰者だけが有名になって、肝心の作者は無名の
ままというのが俳諧狂句川柳の特色らしい。


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則天去私の文学論 『日本篇:俳諧狂句』 長谷部さかな 著
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