則天去私の文学論 『中国篇:孔孟老荘』

長谷部さかな 著

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天命を知るとは
   2017/6/18 (日) 10:31 by Sakana No.20170618103124

6月18日

「小林秀雄は『天命を知るとは』という一文で、
<こんな言葉の意味を、知力を尽くして詮索
するのが学問であったとは、今日の通年から
すれば余程おかしな事であるが、と書いてい
ます」
「小林秀雄の今日というのは何時だ?」
「昭和三十八年です。掲載誌は文藝春秋」
「すると今から半世紀前だが、天命を知るということ
ばは当時、すでに古びていた」
「しかし、孔子が五十にして天命を知ると言ったのは
約二千四百年前、それについて伊藤仁斎や荻生徂徠が
知力を尽くして論じてからでも三百年は経っているの
に、その古びたことばは今も生きています」
「伊藤仁斎は何と言ったのだ?」
「小林秀雄によれば、「天命を知る」という命題の重点
は、「天命」にはない、「知る」にあるというのです」
「天命とは何かを考えても仕方がないというのか」
「天は如何なる理のものかの説明を知るという事なら、
何も君子を待つまでもない、誰にでも出来る事だ。知
るという言葉を浅薄に解してはならない。知るとは処
世の経験を重ねる事であるというのです」
「処世の経験を重ねる事なら誰にでも出来る」
「荻生徂徠は、そういう考えを頭から否定し、「仁斎先
生得意の言也」と笑った。彼の考えによれば、孔子の思
想は、古文献に徴した限り、宗教でもなければ、哲学で
もない。のみならず、彼には、どんな学問も発明した形
跡はない。ひたすら民を安んずるという現実的な具体的
な「先王之道」を説いて止まなかった人だそうです」
「しかし、天命を、the Decree of Heavenとか、heaven’s
willとか、英語で考えれば、宗教か哲学になってしまう」



天命
   2017/6/11 (日) 07:56 by Sakana No.20170611075637

6月11日 

「天命を英語では、the Decree of Heavenと
か、heaven’s willと訳されるそうだが、そも
そも天に意志があるのだろうか」
「孔子は、命なるかな、と言ったことがあり
ます」
「子は怪力・乱神を語らず、とも言っている。
怪力・乱神とはいわゆる超常現象のことだが、
天命も超常現象の類ではないのか」
「天命は、怪力・乱神とはちがいます。運命
(”destiny”,” fate”)に近いといえるでしょう。
”I resign myself to fate.”といえば、運を天にま
かせるという意味になります」
「天命が超常現象か否かは宿題にしておこう」
「小人は天命を語らず、などと言わないでく
ださいね」


五十にして天命を知る
   2017/6/4 (日) 13:39 by Sakana No.20170604133933

2017年6月4日

五十にして天命を知る
          (『論語』 為政第二)
at fifty I understood the Decree of Heaven..
                    (translated by D. C. Lau)

「則天去私の文学は、英国篇、米国篇、日本
篇だけでなく、中国篇も研究する必要がある
と思います」
「夏目漱石は漢学の家で育ち、学生時代に論
文『老子の哲学』を書いたことを考えると、
むしろ、中国篇を中心にしたほうがよさそう
だ」
「私に漢学の素養がとぼしくて、すみません。
いずれ、『中国篇:孔孟老荘』に着手すること
にして、試験的に準備運動をしてみましょう」
「孔孟老荘では範囲が広すぎて、きみの手に
おわなくなるだろう」
「範囲を<天>にしぼり、英訳を参考にすれば
よいでしょう。今回の<天命=the Decree of
 Heaven>のように」
「Decreeは<法令>という意味だが、天の法
令は書物のように文字で書かれてはいない」
「heaven’s willという英語表現もあるそうです
が、孔子は五十歳でそれを理解しました。私も
せめて八十歳になるまでには天命を理解したい
と思っています」


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則天去私の文学論 『中国篇:孔孟老荘』 長谷部さかな 著
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