「縄文人の言葉」 文/北松 拓也

 明治時代に「和魂漢才」をもじって作られた言葉として「和魂洋才」という ものがあります。「和魂洋才」とは、日本人としての精神を堅持しつつ、西洋 の学問・知識を学び取ることですが、これは特に説明の必要がないでしょう。  さて、哲学者の梅原猛氏は、さらにこれらをもじって「縄魂弥才(じょうこ んやさい)」という言葉を提示されました。この言葉の中の「縄魂」の「縄」 「縄文」の意味で、「弥才」の「弥」は「弥生」の意味で使われています。 要するに「縄魂弥才」とは、「縄文人としての精神を堅持しつつ、弥生人の学 問・知識を学び取ること」ということになります。  ただ、私は梅原猛氏の「縄魂弥才」論については、縄文人が自分たちの本来 の精神を保ちながら、後から日本列島にやってきた弥生人の稲作農業や金属器 製作などに関連した先進的な技術・知識を吸収しようとしたのではないかとい う推量以外には、その中身についてあまり詳しく知りません。  ところで、ここで問題なのが「縄文人としての精神」とは何かということで す。縄文人の精神を探る上で手がかりになるものとして今日残されているもの は、考古学的な発掘物だけでしょう。例えば、石器、土器、貝塚、土偶、集落 跡といったようなものです。このような物的証拠から、縄文人が主に狩猟・採 集生活を送り、宗教的にはアニミズム(精霊崇拝)であったらしいということ などが分かるようですが、縄文人の考え方や感じ方、あるいは人生観、世界観 といったものを詳しく知るためには、それだけでは十分とは言えないと思いま す。 「縄文人としての精神」を解明する上で最も重要なのは、何と言っても縄文人 の言葉について知ることだと思います。しかし、彼らは文字を持たず、従って 彼ら自身の記録が残されていませんので、縄文人の言葉は知るよしもありませ ん。  大昔の日本語はどんなものだったかを探る上でのよすがとして、大野晋『日 本語の起源』(岩波新書)をはじめとする数々の日本語起源論の本が今までに 出版されています。しかし、それらのほとんどは、特に日本語の基礎語彙につ いての起源を解き明かすことができていないと思います。なぜなら、日本語以 外の言語の中に、日本語の基礎語彙と同様の、あるいは類似の基礎語彙を用い ている人々を明確に見つけることができないからです。  過去には、日本語レプチャ語起源説とか、日本語タミル語起源説など、様々 な起源説が提示されたものの、学術的に定説となったものはありません。  とは言っても、まったく縄文人の言葉は不明かと言えば、そうではないでし ょう。現在の私たちの日本語の中に、縄文人の言葉が生き残っていると考えら れるからです。  つまり、日本列島の周辺に、日本語の基礎語彙と同様の、あるいは類似の基 礎語彙を用いている人々が見当たらないということは、縄文人が住んでいた日 本列島の中に、弥生人が日本列島の外の世界から持ち込んできた弥生人自身の 言語の基礎語彙が、現代の日本人の基礎語彙になっているのではなく、縄文人 自身の基礎語彙が弥生時代以降も生き残り続けて、現代の日本人の基礎語彙に なっていると考えるのが自然でしょう。もちろん、長い歴史の間に少しずつ音 韻変化をしてはいても、その祖形は縄文人の基礎語彙にあるものと推察されま す。  言い換えれば、私たち日本人は2000年以上前の縄文人の基礎語彙を受け継い でいると考えられるのです。したがって、その基礎語彙に宿っている縄文人の 精神も、心の遺伝子として私たちは相続し、守り続けていると言えるのではな いでしょうか。  ちなみに、興味深いものとして、日本語の数詞があります。本来の和語では、 一から十までを「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー、ここ、 とー」と数えることは、私たちの誰もがよく知っていることです。  この「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー、ここ、とー」と 同じような発音の数詞を使っている言語は、日本の近隣諸国には見当たらない そうです。それだけではありません。この数詞は、1と3と4の倍数が、それ ぞれ同じ子音で始まり、異なる母音を従えているという極めて特異な構造を持 ていると言われています。図示すると、次のような構造です。   ひー(hi =上代語では pi)の倍数、ふー(fu- =上代語では pu)   みー(mi)の倍数、むー(mu)   よー(yo)の倍数、やー(ya)  このように、1−2、3−6、4−8のそれぞれの子音が p - p 、m - m、 y - y という対応関係になっていて、母音だけが異なり、数詞を構成している わけです。このような構造を持った数詞は、日本語の他には、あるアメリカイ ンディアンの部族が用いている数詞に見られるぐらいのものだと言います。  このことから、「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー、ここ、 とー」という日本語本来の数詞は、縄文人の言葉にまで起源を遡れるのではな いかと、私は推測しています。              (2016/7/22)