ことば・翻訳・そして文化
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モノローグ「私の無常観」(3)
   2013/4/6 (土) 01:36 by 北松拓也 No.20130406013615

3. 仇桜

  「明日ありと思う心の仇桜(あだざくら)夜半(よわ)に嵐の吹かぬもの
かは」。この歌は、親鸞聖人が出家するときに詠んだものとされています。

 4歳で父と、また8歳で母と死別した親鸞聖人はこの世の無常を感じ、9歳
のときに出家しようと決意しました。そして、青蓮院の慈円和尚のもとへ行き
得度したいと告げたのですが、すでに夜は更けていました。「もう遅いから得
度は明日にしよう」と慈円和尚が言ったのに対して、親鸞聖人はこの歌を詠ん
で答えたといいます。

 桜の花が今を盛りに咲いているのを見て、明日もまだ美しく咲いているだろ
うと思っていても、そうであるとは限らず、夜中に強い風が吹けば桜の花はた
ちまち散ってしうかもしれません。人の世もまたそれと同じように無常であり、
明日をあてにしていても、実際のところ明日はどうなるかわかりません。です
から今ここで得度させくださいというのが、この歌に込められた親鸞聖人の心
情でした。

 これを聞いた慈円和尚は深い感銘を受け、すぐに得度式の手配をしたと伝え
られています。ちなみに、このときの親鸞聖人の幼名は「松若丸」でした。

 私の兄は三十代の半ばに脳卒中で倒れ急逝しました。それは本人にとっても
家族にとっても、まったく思いもよらない突然の出来事でした。まさに「明日
ありと思う心の……」という戒めのとおりでした。毎日が平穏であることに慣
れ、それが当たり前のように思って暮らしていても、明日も今日と同じように
無事に過ごせるという保証などどこにもありません。
                              (つづく)


モノローグ「私の無常観」(2)
   2013/4/6 (土) 01:35 by 北松拓也 No.20130406013528

2. 年年歳歳

 この早春の時期になるといつも思い出すのが、「年年歳歳花相似たり、歳歳
年年人同じからず」という言葉です。

 今年は関東地方で例年よりも早く桜の花が咲き始めました。その花々は毎年
目にするものと別に変わりばえのするものではなく同じようなものです。しか
し、昨年までは桜の開花時期に見ることができた人々が、今年も変わらずに見
られるとは限りません。歌舞伎俳優の十二代目市川團十郎や十八代目中村勘三
郎、作家の藤本義一、映画監督の大島渚、映画・テレビ・舞台で活躍した俳優
の大滝秀治など、みな今年の桜の花が咲く前に黄泉の客となり、もうこの世に
はいません。

 私にとって今生における唯一無二の師匠だったHM先生もその中のひとりで
す。昨年の暮れにこの世を旅立ち、もう二度と謦咳に接することはできません。
知遇を得て以来およそ三十年の歳月は、あっという間に過ぎ去り、振り返れば
あたかも「邯鄲の夢」のようです。師匠の大恩に報いるほどの何事もいまだ成
すことのできないうちに他界されたことは、わが人生における痛恨の極みとい
うしかありません。

 「花開けば風雨多く、人生別離おおし」という于武陵の漢詩の中の言葉を、
作家の井伏鱒二は「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」と訳し
ました。「さよならだけが人生だ」と捉える人生の風景は、いかにも寂しい感
じがしますが、年齢を重ねていろいろな経験を積むにつれて気づかされるのは、
それを天が定めた運命として受け入れざるを得ないということです。
                              (つづく)


モノローグ「私の無常観」(1)
   2013/4/6 (土) 01:35 by 北松拓也 No.20130406013503

1. 諸々の事象

 「諸々の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成しなさい」と
言ったのは、2500年ほど前に生きた釈尊でした。この言葉は、釈尊が弟子たち
に語った最期の遺戒とされています。

 「諸々の事象は過ぎ去る」とは、無常ということに他ならなりません。西洋
でも Time flies like an arrow.(光陰矢の如し)と言うように、まさしく歳
月はおそるべき速度で流れ去ってゆきます。容赦なく過ぎ去る時の小さく消え
ゆく後ろ姿に、呆然と立ちつくすばかりです。

 「少年老い易く、学成り難し」と漢詩に詠まれている感慨は、わが身にとっ
ても同感であり、「日暮れて道なお遠し」の感は年々ますます強まる一方です。

 『方丈記』や『平家物語』などの古典文学の根底に流れている諸行無常の人
生観は、現代日本に生きる私自身の人生観でもあります。この諸行無常の定め
と向き合って生きなければならない日々の生活の中で、山あり谷ありの人生の
荒波に揉まれながら、生きることの意義や目標を見失わずに堅持し続けること
は並大抵のことではありません。
                              (つづく)


「シュッツェン」と「国家権力の義務」
   2012/5/28 (月) 19:18 by 司馬拓也 No.20120528191800

 NHKで現在放送中の朝の連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の中に、
 こういう場面がありました。机に向かって勉強していた主人公の下村梅
 子が、医師である父親に尋ねます。
 
 「『シュッツェン』て、どういう意味ですか」
  「『守る』という意味だ。そんなことぐらい自分で辞書を引きなさい」
 
 父親はそう答えたあと、いつものしかめっ面で「変なやつだ」と独り
 言のように付け加えました。
 
 「シュッツェン」はドイツ語の動詞で、梅子の父親が答えたとおり、
 「守る、保護する、防護する」という意味。綴りは schützen です。こ
 れは英語の動詞 protect に相当します。
 
 さて、この schützen は、ドイツ連邦基本法1条1項において、次の
 ように使われています。
 
  “Die Würde des Menschen ist unantastbar. Sie zu achten und
    zu schützen ist Verpflichtung aller staatlichen Gewalt.”
   (人間の尊厳は不可侵である。人間の尊厳を重んじ、守ることは全て
    の国家権力の義務である。)
 
 ドイツの「基本法」というのは、日本における「憲法」と同等の法律
 です。憲法以外のすべての法律が国民に遵守させるために定められてい
 るのに対して、憲法はそれとは逆に国民が国家権力に遵守させるために
 制定されたものです。
 
 したがって、ドイツの基本法も同じように国家権力に遵守させること
 を目的としてつくられたものです。そのようなわけで、上記の条文から
 分かるように、国民一人ひとりに対する「国家権力の義務」を述べてい
 ますが、「人間の尊厳は不可侵である」という理念を筆頭に掲げ、そこ
 から「人間の尊厳を重んじ、守る」という最も基本的な「全ての国家権
 力の義務」に言及している点が感慨深いところです。
 
 このような法の下で個々人の社会生活が保障されることは、無数の善
 良な人々が長い歴史の流れの中で追い求めてきた理想の一つの到達点と
 言えると思います。


日本語漫遊(8):「パクリ」
   2011/7/23 (土) 14:01 by 司馬拓也 No.20110723140116

 近頃、「パクリ」という言葉を聞いたり見たりする機会が、やたらに増えた
ように思われます。

 たとえば、先般開通した中国版の新幹線を巡っては、あれは日本の新幹線の
技術やデザインのパクリではないかと話題になり、マスコミで盛んに取り上げ
られました。確かに中国版新幹線の報道写真を見ると、日本の新幹線にそっく
りであることに驚きます。またつい最近、中国版新幹線をモチーフにしたアニ
メが日本のアニメに酷似していると指摘され、中国の制作会社が「パクリ」を
認めたことが明らかになりました。

 ところで、「パクリ」という言葉を聞くと、口を大きく開けて物を「パクリ」
と食べる様子が思い浮かぶせいか、滑稽な響きがあります。このいかにも俗語
っぽい「パクリ」という言葉は、以前には新聞のニュース記事欄やテレビのニ
ュース番組ではほとんど使われていなかったと思うのですが、今では改まった
場所でも市民権を得たようで、ごく普通に用いられるようになっています。

 さて、言葉の成り立ちという点から見ると、「パクリ」は、「盗む」の隠語
「パクる」の名詞形です。これが「盗作、剽窃(ひょうせつ)」といった意味
に使われるのですが、実際にはそれよりも意味の範囲が広く、著作権侵害に当
たるかどうかにかかわらず、他人や他社や他国の製品あるいは作品を真似てつ
くること全般に対して用いられています。


日本語漫遊(7):「鴻毛(こうもう)より軽い」
   2011/7/22 (金) 22:11 by 司馬拓也 No.20110722221114

 「内閣で一致した言葉でないなら一私人の言葉だ。それは鴻毛より軽い」。
これは、昨日(7月21日)行われた国会の参院予算委員会で、菅首相の発言
について述べられた海江田経産相の言葉です。一方、ある野党議員からは参院
予算委員会での菅首相の対応について、「鴻毛よりも軽い答弁」との酷評がな
されたようです。

 「鴻毛より軽い」という表現は、実は私には初耳だったのですが、おかげで
記憶の印画紙に鮮烈に焼き付きました。調べてみると、「鴻毛」は「鴻(おお
とり)の羽毛」の意で極めて軽いことのたとえとして用いられるもので、中国
の歴史家・司馬遷の言葉、「死は或(あるい)は泰山(たいざん)より重く、或は
鴻毛より軽し」(「報二任安一書」)から来ていることが分かりました。

 「泰山より重い」は「鴻毛より軽い」の反対の意味をもつ表現ですが、マス
コミの報道によれば、これも海江田経産相は「本当に閣内一致しての発言なら
泰山より重い」という形で用いておられたようです。


アナログ方式のテレビ放送停波
   2011/7/21 (木) 23:03 by 司馬拓也 No.20110721230356

 あと3日でアナログ方式のテレビ放送が停止されます。といっても、「皆さ
ま、地デジの準備はもうお済みですか?」──などとは私の書くセリフではあ
りません(笑)。

 ともあれ、テレビ放送がデジタル方式になったことで、アナログ方式よりも
映像が鮮明で美しくなったことは、たいへん結構なことです。ただ、懸念され
るのは、近年のテレビ放送の内容が、総じて低下傾向にあるということです。

 その背景には、インターネットをはじめとする多様なメディアの出現により、
テレビの視聴率が以前のようには上がらず、特に民放ではスポンサー離れが進
んでいることがあるでしょう。これは時代の趨勢として仕方がないことかもし
れませんが、技術の進歩とは裏腹に、テレビ放送を含めて文化も精神性もどん
どん軽い方へ、軽い方へと流れているように感じられて、これでいいのだろう
かと考えさせられます。

 『論語』には「巧言令色、鮮(すくな)し仁」という有名な言葉があります。
これをもじって言えば、テレビ放送がデジタル方式に全面的に切り替わること
により「美像麗画、少なし内容」と揶揄されることのないよう、番組内容の充
実に注力されることを放送関係各位に一視聴者として期待したいところです。


人間精神の三様の変貌と実存のパトス
   2011/7/17 (日) 15:09 by 司馬拓也 No.20110717150938

 昔、文庫本で読んだ『さまよえる湖』という本に、上流から下流までの川の
流れを人の一生になぞらえて描写したくだりがありました。その詩的で美しい
文章に深い感銘を受けたのを思い出します。その本の著者は、現在の中国の新
疆ウイグル自治区に当たる地域を19世紀の後半から20世紀初頭にかけて旅
したスウェーデンの探検家、スウェン・ヘディンです。ちなみに、本の題名の
『さまよえる湖』は、かつてシルクロードに存在した「ロプノール」という名
の塩湖のことです。

 この文章を書く前に、ヘディンが川の流れをどのように人の一生になぞらえ
て書いていたのかを確認しようと思って本棚を探してみましたが、『さまよえ
る湖』は見つかりませんでした。そのため、ヘディンの記述の詳細をここに示
すことはできませんが、大雑把に言えば、川の流れと人の一生、そのどちらも
地上に生まれ出てからは、徐々に成長の過程をたどって成熟し、しばらくは盛
んな時期を過ごし、やがては老いの段階に入って勢いが衰えていきます。それ
を人生のありのままの姿として受け入れて、自然の赴くまま生きるのも素直で
清々しい態度だと思います。そこには老子の思想に通じるものがあるでしょう。

 しかし、そのように自己の人生を自然の移ろいに任せてただ流され漂ってい
くだけでは飽き足りずに、何かしらそこに意志的な区切りを求めようとする心
が人間の世界にはあると思います。

 たとえば、古代インドには、人生を4つの時期に分ける考え方がありました。
このことは、『百寺巡礼 第一巻』(講談社文庫)をはじめとして、五木寛之
氏のいくつかの著書の中で取り上げられ、分かりやすく説明されています。4
つの時期というのは、学生期(がくしょうき)、家住期(かじゅうき)、林住
期(りんじゅうき)、遊行期(ゆぎょうき)のことです。五木寛之氏の説明に
よれば、「学生期とは、若いうちにさまざまな物ごとを学び、経験をつむ時期」
、「家住期は、社会に出て、一家をかまえ、仕事にはげむ実践の時期」、「林
住期とは、生きるための仕事からリタイアして、人生とは何かを思考する季節」
、そして遊行期は「家を離れて旅に生きる放浪の季節」とのことです。

 これを読んで、なるほど古代インド人は、そういう段階的な人生の変遷を一
つの理想像としていたのかと感心しました。ただ、林住期のところで、私の頭
の中にふと江戸時代に全国を測量し精密な日本地図(大日本沿海輿地全図)を
作成した伊能忠敬(いのうただたか)のことが思い浮かびました。

 伊能忠敬は婿養子として入った伊能家で商人としての才覚を発揮した後、寛
政6(1794)年、50歳のときに、家督を長男に譲って隠居しているので
すが、それからその翌年に江戸に出て測量・天文観測などを学んでいます。そ
の後、学んだ知識をもとに、17年かけて「大日本沿海輿地全図」を作ること
に心血を注ぎました。つまり、伊能忠敬の場合は、古代インド人にとっての林
住期に、「生きるための仕事からリタイアして、人生とは何かを思考する」と
いうよりも、むしろ家業をリタイアしたあとに自分が本当にやりたかった大仕
事を成し遂げたと言えると思います。

 このように考えると、文字通り「人生いろいろ」であって、既存の人生行路
のいずれの区切りパターンにも当てはまらなくても、何の問題もないといって
差し支えないでしょう。しかしながら、私には長年にわたり胸の奥底に宿り続
けている一つの人生行路の区切りパターンがあります。

 それは、20代の頃に梅原猛氏の著作で初めて知った「人間精神の三様の変
貌」という人生のとらえ方です。梅原猛氏によれば、ニーチェの著書『ツァラ
トゥストラはかく語りき』(Also sprach Zarathustra) の中に、この「人間精
神の三様の変貌」のことが書かれているそうですが、私はまだその本を通読し
ていないため、直接的にはその点について確認していません。ただ、私は「人
間精神の三様の変貌」についての梅原猛氏の説明を読んで強く心を打たれまし
た。それによれば、人間精神は、ラクダの時代から獅子の時代を経て、小児の
時代へ至るというのです。

 ラクダの時代とは何か。それは、重荷の苦しさ耐えて砂漠を黙々と行くラク
ダのような修業の時代です。すると、そのラクダはやがて砂漠の真ん中で竜に
遭遇します。それは、ただの竜ではありません。一枚一枚の鱗(うろこ)が千
年の栄光に輝く黄金の竜です。そのとき、ラクダは突如として獅子に変身し、
黄金の竜に戦いを挑みます。そのような獅子の時代が過ぎると、今度は小児に
変身します。小児の時代には、ただひたすら創造することを楽しむのだそうで
す。

 「人間精神の三様の変貌」とは言っても、誰もがラクダから獅子に変身でき
るわけではありません。ただし、もし優れた獅子になろうとするならば、その
前提条件として、まずは優れたラクダにならなければなりません。私はほんの
数ヶ月前までは、おそらく自分は特筆すべきことの何もないラクダのまま一生
を終えることになるだろうという諦念をぼんやりと持っていました。それはこ
こ何年かの抗いがたい無力感からきていたものであり、まあそれでいいのだと
いう思いがありました。しかし、ある思いがけない出来事をきっかけにして、
私の心の中で今までになかったスイッチが入り、人生に対する考え方がガラリ
と変わりました。

 現在のクールな高度情報化社会においては、何事も数値化されて機械的に予
測が立てられます。こんな時代に、獅子に変身して黄金の竜に戦いを挑む日が
来ることを願って生きているのだと言ったら、もちろんそれが比喩であるとは
分かっていても、まるで少年のとりとめのない夢想のようだと失笑を買うのが
オチかもしれません。それでも、人生の被投性と投企の意義を改めて深く自覚
した私にとって、それは自己の存在にほとんど唯一の意味を与えることのでき
る実存のパトスというべきものに他なりません。また、ともすれば揺らぎがち
なそのパトスを不動の意志にすることは、わが師匠の大恩に報いるような何か
を成すことにつながる可能性を秘めています。


テレビ時代劇の黄昏
   2011/7/16 (土) 12:22 by 司馬拓也 No.20110716122211

 TBS系のテレビ時代劇「水戸黄門」が、現在放送中の第43部をもって終
了になると発表されました。10パーセントを割り込むこともある視聴率の低
迷が番組打ち切りの主な理由のようですが、これにより国民的時代劇として放
送され続けてきた「水戸黄門」の42年の歴史に今年で幕を下ろすことになり
ます。マスコミ報道によれば、1979年の第9部最終話の2月5日放送では、
視聴率が史上最高の43.7%を記録し、また同年8月から放送された第10
部では、シリーズ平均視聴率が37.7%だったそうですから、まさに隔世の
感があります。

 近年、民放各局では新作のテレビ時代劇をあまり放送しなくなっています。
年末年始向けの単発の新作時代劇の放送は続けられていますが、通常のシリー
ズ番組としてのテレビ時代劇は、過去に制作した時代劇の再放送がほとんどで
す。その理由は、今はもう時代劇では高視聴率が取れず、スポンサーが付かな
いからでしょう。

 このようにテレビ時代劇を観る人が年々少なくなってしまったのはなぜかと
言えば、テレビ時代劇に対する人々の興味が薄らいだというのが実情でしょう。
その背景には、社会情勢や個々人のライフスタイルの変化があることは間違い
ないと思いますが、それ以上に大多数の日本人の価値観や倫理観が変わってし
まったということがあるような気がします。「水戸黄門」が最高視聴率を叩き
出した1979年から32年たち、世相が大きく様変わりしたことを実感させ
られます。それが良い方向に変わったのか、そうでないのか、今の私には一概
に断定できませんが、1979年当時に多くの日本人を結束させる力となって
いた伝統的な共同幻想あるいは集合無意識といったものが、儚くも崩れ去って
しまったのだと考えざるを得ません。これはある意味で、昭和という時代の残
り香の終焉と言えるのかもしれません。


日本語漫遊(6):「名にし負はば」
   2011/7/9 (土) 22:41 by 司馬拓也 No.20110709224111

 平安時代の歌物語として有名な『伊勢物語』は、在原業平(ありわらのなり
ひら:825〜880年)らしい人物をモデルにして書かれたと言われています。全
部で約125の短い章段から成り、その第九段の「東下り」には、東国へ追放
された主人公が、旅の途上で隅田川を眺めながら詠んだ次のような歌が記され
ています。

   名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

 この歌の「名にし負はば」という部分に用いられている「名にし負う」とい
う表現ですが、ここにある「し」は強意の助詞で「名に負(お)う」を強めた
言い方になっています。「名に負う」には2つの意味があり、(1)「名として
持っている。名にその実体を伴う」、(2)「名高い。その名とともに評判され
る」という意味ですが、この歌では前者の意味で用いられています。したがっ
て、この歌の「名にし負はば」というのは、「(自分の)名として持っている
のならば」あるいは「その名の通りならば」という意味です。

 以上を踏まえて、「名にし負はばいざこと問はむ都鳥」までを解釈すると、
「(都という名を自分の)名として(実体を伴って)持っているのならば、さ
あ尋ねよう、都鳥よ」ということです。そして、下の句の「わが思ふ人はあり
やなしやと」は、「(都に残してきた)私が恋しく思う人は無事でいるかどう
かと」という問いの内容です。

 このように「都という名のつく鳥ならば、都のことを知っているはずだろう
から、お前に尋ねよう」という気持ちで、都に残してきた思い人の消息を問う
歌を詠んだわけですが、この歌の「都鳥」は、チドリ目ミヤコドリ科の「都鳥」
ではなく、チドリ目カモメ科の「ゆりかもめ(百合鴎)」だったようです。岩
波書店の『広辞苑』によれば、「都鳥」は「ユリカモメの雅称。古くから和歌・
物語・歌謡などに現れる」とのことで、この歌に詠まれた隅田川の「都鳥」も
「ゆりかもめ」と推定されます。

 ちなみに、「ゆりかもめ」は東京都の都民の鳥とされていますが、その由来
はこの歌の「都鳥」だといいます。また、東京都港区の新橋駅から江東区の豊
洲駅までを結ぶ無人運行の新交通システムとして「ゆりかもめ」というのがあ
りますが、これは都民の鳥「ゆりかもめ」から名付けられたそうです。

 一方、東京都台東区浅草と墨田区向島を結ぶ橋として、隅田川に架かる「言
問橋(ことといばし)」がありますが、この「言問」という名称は上記の歌の
「こと問はむ」に因むという説があります。


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