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後世に遺すべきもの
   2014/5/30 (金) 23:31 by 北松拓也 No.20140530233147

 華の熟年さんがお書きのように、現実を直視する人は原発から出る高濃度の
放射性廃棄物が最終処分場の見つからないまま膨大な量に増え続けていくこと
について、非常に大きな危機意識をもっていることと思います。

 また、原発を停止して廃炉作業を行うとしても、途方もない労力と、気の遠
くなるような時間がかかることも分かっています。たとえば、福島第一原発で
メルトダウンが起こった1号機から3号機までの廃炉作業を行うには、およそ
40年の歳月を要するだろうと予測されています。しかも、廃炉作業にあたる作
業員は基準を超える線量を被曝すると、廃炉作業から離脱しなければなりませ
んので、経験と知識のある熟練した作業員はだんだんと少なくなっていき、や
がてはシロウト同然の作業員が廃炉作業にあたるという恐ろしいことになって
いくようです。

 先日テレビで放送された「NHKスペシャル シリーズ 廃炉への道」という
番組で、そのような廃炉の現実が明らかにされました。

 私たちは、良心を持っている限り、そのような高濃度の放射性廃棄物という
負の遺産を後世の人々にできる限り遺さないように努めるべきであることは議
論の余地のないことだと思います。

 一方、脱原発に向けて舵を切ったドイツでは、再生可能エネルギーへの依存
率を高めることによる製造コストの高騰を避けるため、製造部門の企業が価格
の安い電力を求めて、隣のチェコ共和国のようなところに生産拠点を移しつつ
あるそうです。先日テレビで放送された「NHKスペシャル エネルギーの奔
流」では、そのような実態が「グリーン・パラドックス」として紹介されてい
ました。

 もはやひとつの国だけの努力では解決しえないところまで来ている高濃度の
放射性廃棄物による環境汚染の問題や二酸化炭素の排出による気候変動の問題
に、私たち一人ひとりが後世の人々への責任と危機意識を持ってどう取り組ん
でいくかということが喫緊の課題として問われているのが現状だと認識してい
ます。

 高濃度の放射性廃棄物が増えすぎてにっちもさっちもいかなくなり、また化
石燃料が枯渇する日がそう遠くない将来にやってくることは確かです。私の世
代が生きているうちは大丈夫であっても、次の世代の人々はそのとき大きな危
機に直面します。この重大な問題に解決の道筋をつけるのに人類に残された時
間はあまり多くないと感じています。

 私たちがこの世に遺すべき価値あるものは、お互いへの慈悲と寛容に基づく
平和を愛する心と、後世の人々が平穏な暮らしを続けていける社会や経済の仕
組みではないでしょうか。


科学技術と未来について NO.2
   2014/4/18 (金) 10:29 by 華の熟年 No.20140418102915

現在の政府は原発の輸出に積極的であり、国内の休止している原発も
再稼働して行く様です。経済界からの要望に応える為でしょう。原発から
出る放射性廃棄物は半減期が万年単位の時間スケールであり、電力業界も
政治家も子孫に巨大な負債を背負わしています。最終処分場は日本にまだ
ありません。原発はトイレの無いマンションと言われています。このまま
行けば人間はこの地球には住めない様になるかも知れません。ガンマー線
や中性子線を浴びると細胞を破壊します。DNAの分子を放射線でズタズタ
に切断します。高濃度の放射性廃棄物は原爆とほぼ同じ威力があります。
日本に54基の原発があり既設の原発を全て廃炉にする必要ありです。

化石燃料を使用すると、二酸化炭素の排出量が増加して温暖化する。

両方解決するには、おっしゃる様に太陽光発電・風力発電・地熱発電を
積極的に推進する事が必要です。

人間は宗教心を持つ事が最も大切だとの結論は、私も賛成です。

華の熟年


地球環境
   2014/4/15 (火) 22:59 by 北松拓也 No.20140415225946

 二人のお孫さんをお持ちの華の熟年さんにとっては、未来の地球環境は
やはり大きな問題ですね。生物の多様性に富んだ豊かな美しい地球はどの
ようにしたら維持していけるのか。ドイツのメルケル政権は、東京オリン
ピック開催予定である2020年の2年後に当たる2022年までに原発をゼロにす
るという方針を打ち立てましたが、日本の安倍政権は原発を重要なベース
ロード電源と位置づけて、安全が確認された原発から再稼働していくとい
う方向性を打ち出しています。平均日照時間の短いドイツでは、再生可能
エネルギーの中でも、太陽光発電はあまり実用的ではないため、原発の穴
埋めをする電源として風力発電に力を入れています。一方、日本は再生可
能エネルギーとして、太陽光発電も風力発電も地熱発電も有力な選択肢と
なっていますが、原発への依存度をできる限りゼロに向かって早急に減ら
していけるよう、政府が再生可能エネルギーの開発と拡大に本腰を入れて
取り組んでいくかどうかは、今はまだ分かりません。

 地球温暖化を防ぐため二酸化炭素の排出量を規制しようと国際会議を開
き多国間で話し合っても、国同士のエゴがぶつかり合って実効性のある合
意がなかなか得られません。その間にも、北極海の氷はどんどん解けて少
なくなっていき、年々、北極熊が生息しづらくなりつつあり、実際に個体
数が減少してきていると言われています。

 北極圏といえば、イヌイットの人々の食糧の問題もあります。各国から
海洋に排出される有害化学物質は、食物連鎖を経て、何十倍にも濃縮され
た形で北極海の動物たちの体内に取り込まれ、それをイヌイットの人々が
食べることになるということを、2日前の日曜日の午後に放送されたNHKア
ーカイブス「沈黙の春〜レイチェル・カーソンの警告〜」という番組で見
ました。

 強力な殺虫剤としてかつて賞賛の的であったDDTはすでに使用が禁止
され、多くの工業製品に広範囲に用いられていたPCBは製造が中止とな
っていますが、現存している有害環境汚染物質はほかにも山ほどあります。
自然界には存在せず、したがって分解しにくい特性を持つため、それらは
人為的に処理しない限り長い間残存するものです。

 電気も化学物質も、われわれの生活を便利にし効率化するのに役立つも
のとしてつくられますが、自然界で循環しないものはやがて負の遺産とな
って、後々の世代の人々に跳ね返ってくるものと思います。

 大乗仏教が教える慈悲や寛容の心を持って各国の人々が過剰なエゴを離
れ、少欲知足の戒めにしたがってほどほどの暮らしをすることができるよ
うになれば、地球環境があまりにも急速に悪化していくことを食い止める
ことができるのではないかと思います。
                               拓也


科学技術と未来について
   2014/4/14 (月) 11:09 by 華の熟年 No.20140414110950

阿摩羅識 と 阿弥陀 の詳しい解説をして頂き有難うございます。

私は途中の説明を飛ばして結論を言う悪い癖があり反省しています。
五つの感覚器官→意識→末那識(睡眠中・潜在意識)→阿頼耶識(死後に
出る霊魂)→阿摩羅識(宇宙意識) と言う順番です。

大日如来(  毘盧遮那仏  )と天照大神、は等しく太陽信仰だと思います。

科学技術の進歩のスピードは目覚しく、倫理観や道徳観を見直す必要に
迫られています。世の中に便利な物が出来ても使い方を誤れば怖い事に
なります。常にその弊害を考慮して進めなければなりません。常に相反
する事が隠れています。

科学技術の進歩は誰も止める事は出来ません。物理の基本法則でエント
ロピーの増大と言う一方通行の原理が働いています。秩序から無秩序へ
際限なく向かうと言う。人間の叡智でエントロピーを下げる努力を必要
とします。リサイクル・エコロジー・太陽-風力発電・等々あります。

最近の自然現象を考えると、寒暖の差が大きくて振幅も激しくなって
来ました。猛暑と寒冷、豪雨と干魃、深海魚が漁船に摂らえられる、
などの地球環境の大きな変動です。86年後の22世紀には地球環境は
現在とは全く異なると思います。科学者はスーパーコンピュータにて
シミュレーション計算して予測しています。この予測について、入力
する数値によりかなり変わりますが、最悪の計算結果は公表しないと
考えられます。1部の政治家や高級官僚や科学者しか知りません。

平安時代から鎌倉時代の初めに、末法思想が流行し新しい宗教が
次々と生まれて来たのはご存知の事と存じます。来世に救いを求める
浄土信仰があります。いつの時代も将来に対する不安があります。
現在は当時と比べて地球規模と言う様にスケールが大きいです。

巨大隕石・太陽黒点の変動・地球外知的生命体の存在・等々の宇宙
からの脅威も色々あります。

人間の努力と叡智により乗りきって欲しいと思います。
私には二人の孫がいますので、将来もこの繁栄が続くように・・・

華の熟年



登樓萬里春
   2014/4/13 (日) 00:05 by 北松拓也 No.20140413000517

 日中の暖かさと比べれば、朝夕はまだ少し肌寒く感じられるものの、
陽光はすっかり春の色になっています。

> 一方、この宇宙を動かしている偉大な意識体を阿摩羅識 ( 阿頼耶識
> の更に上の段階=第九識 )と言い、その身体はアミタ ( 宇宙の生命
> 体 ) と言う密教の奥義もあります。

 日頃仏教にあまりなじみのないという方々がこの掲示板をご覧になっ
ていたら、仏教特有の用語は、まるで宇宙語のように難解に感じられる
かもしれません。そこで、ここが「ことば」の掲示板ということでもあ
りますので、蛇足ながら、以下に少し用語のご説明をさせていただくこ
とにいたします。

 まず、「阿摩羅識」の「識」という語ですが、これは仏教では「分別
や判断などの認識作用、またはそれを行う認識主体としての心」を意味
します。仏教で最も基本的なものは「六識」で、これは「般若心経」に
書かれている「眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(し
ん)・意(い)」の六種の識、すなわち「眼識・耳識・鼻識・舌識・身
識・意識」をさします。そして、南都六宗の一つである法相宗(ほっそ
うしゅう)の唯識思想では、これらの六識にさらに二つ加えて「八識」
が説かれます。その八識の第七番目が「末那識(まなしき)」(注:深
層に働く自我執着心のこと)で、第八番目が「阿頼耶識(あらやしき)」
(注:諸意識の根底にある意識で、すべての心の働きの源となるもの)
です。華の熟年さんがお書きになった第九識である「阿摩羅識(あまら
しき)」は、真言宗・天台宗・華厳宗などが説くもので、『岩波仏教辞
典』によれば、「〈菴摩羅識〉(阿摩羅識とも)とはサンスクリットで
amala-vijnanaといい、垢(けが)れなき識の意味で、〈無垢識〉とも訳
される。この識は別名〈真如〉ともいわれ、ありとあらゆる現象を生み
出す根源であると考えられる」とのことです。

 それから、「アミタ」についてですが、これは華の熟年さんがお書き
のように「阿弥陀」であり、『岩波仏教辞典』によれば、「大乗仏教に
おける最も重要な仏の一つ。〈阿弥陀仏〉〈阿弥陀如来〉と呼び、略し
て〈弥陀〉ともいう。サンスクリット原名は二つあり、Amitayusは〈無
限の寿命をもつもの,無量寿〉、Amitabhaは〈無限の光明をもつもの、
無量光〉の意味で、どちらも〈阿弥陀〉と音写された」とのことです。
作家の五木寛之氏も、いくつかの仏教関連の著書のなかで、しばしばこ
の「アミタ」の原義について触れておられます。

 真言密教の教主である大日如来は、毘盧遮那(びるしゃな)と同じと
されますが、毘盧遮那の原義は、『岩波仏教辞典』によれば、「サンス
クリット語Vairocanaの音写。(中略)輝きわたるもの、の意味。もと
インドではVairocanaとは、輝く太陽に由来するもの、を意味した」と
書かれており、光り輝くという点において、大日如来は阿弥陀と似通っ
ています。翻って考えてみれば、日本の神道では天照大神の信仰があっ
て、これは太陽信仰ということが分かりますが、他方、日常生活でもわ
れわれ日本人が襟を正すときには伝統的にお天道様という言葉がよく用
いられます。この点で日本人は大日如来や阿弥陀如来への親和性がもと
もとあったとも考えられますね。

> 優れた科学者は、研究を進めて行くに従い自然界の奥の深さと精妙さ
> に畏敬の念を持つと言われており人智を超えた神の領域に足を踏み入
> れる。

 科学者の研究がこの先、人類やこの地球をどのような方向に導いてい
くものか、私は少なからず危惧の念を抱いております。科学技術の発達
のおかげで、人類はすでにこの地球を何十回も破壊できるほどの核兵器
を手にするようになったと言われています。また、法的な規制がなくな
れば、科学者は遺伝子操作の技術によってクローン人間を作ることも可
能です。しばらく前にニュースで大きく取り上げられましたが、現実問
題として、出生前診断によって生まれてくる子どもを選別することもで
きるようになりました。現代において、科学の研究は加速度的に進みつ
つあるといっても過言ではないでしょう。

 もしも人類が原始のままでいたとしたら、人類の歴史は、恐竜の歴史
ほどではなくとも非常に長く続くものなのかもしれませんが、人類は自
らの優れた頭脳によって科学を発達させてきたために、自らが生み出し
た科学技術によって、あるいはその科学技術がもたらす環境破壊によっ
て、自滅の道を足早に歩むことになるのかもしれないという不安があり
ます。昔、子供の頃に読んだ手塚治虫の漫画を思い出します。

 半減期が途方もなく長い放射性廃棄物の最終処分場の問題は、結局、
将来の世代に先送りすることになると思います。地球温暖化やPM2・
5等の汚染物質の増加の問題なども含めて、あと100年後の地球は、
人類にとって、あるいは他の生物にとってどれほど住みにくいところに
なるだろうかと想像すると、今のままでは人類の未来はあまりバラ色と
は言えないような気がします。
                              拓也


宗教と科学の融合について、NO.2
   2014/4/10 (木) 21:26 by 華の熟年 No.20140410212600

☆☆  ありのままの己の心を知ることは、大日如来の心を知ること。ただし、ありの
ままの己の心は、修行によって心を覆っているくもりや塵や埃をとり払わなければ、
現れてこないものです。☆☆

おっしゃる通りだと思います。人間には煩悩と言う塵や埃が沢山付いているので、
日常生活にて菩薩行を実践するのは難しい事です。

真言宗は、大日如来が宇宙の中心 ( 両界曼荼羅 )に鎮座しこの世の全てを具現して
おり、即身成仏と解脱が最終の到達点だと教えています。お大師様は入定してから
兜率天に行き弥勒菩薩と一緒に過ごされておりいずれ衆生を救う為に再びこの世に
現れると言う下生信仰も有ります。

一方、この宇宙を動かしている偉大な意識体を阿摩羅識 ( 阿頼耶識の更に上の
段階=第九識 )と言い、その身体はアミタ ( 宇宙の生命体 ) と言う密教の奥義も
あります。

この宇宙が一つの生命体であり、その身体が阿弥陀で心が阿摩羅識となります。
宇宙と一体となる事がこの状態に成る事であり、生命の最高の状態で最も幸福で
喜びと慈悲に満ちた状態と言い、解脱したらこう成ると言う話です。そして
大日如来のそばで宇宙の進化に参画する。

役行者やチベットの高僧は、座禅を行って瞑想状態に入り意識を拡大して体外離脱し
目的地へ飛んで行ったと言われています。正しく修行を積んだ人は出来る様です。

 NHKスペシャルでiPS細胞の山中教授が話されていた番組は私も見ました。
拓也様の仰る様に ☆☆ 生命の活動の中に人智を超えた何か偉大なものを感じる。
☆☆ 同感です。優れた科学者は、研究を進めて行くに従い自然界の奥の深さと
精妙さに畏敬の念を持つと言われており人智を超えた神の領域に足を踏み入れる。
この状態が宗教と科学の接点です。

華の熟年



続・仏教と科学
   2014/4/9 (水) 00:14 by 北松拓也 No.20140409001419

> 『如実知自心』は、ありのままの己の心を知るでしょうか。

 おっしゃるとおりです。そして、ありのままの己の心は、大宇
宙の生命の根源である大日如来の心と同じであると、真言密教で
は説かれます。したがって、ありのままの己の心を知ることは、
大日如来の心を知ること。ただし、ありのままの己の心は、修行
によって心を覆っているくもりや塵や埃をとり払わなければ、現
れてこないものですから、これは遠い道のりです。しかし、どの
人の心の中にも等しく仏の心が宿っているという真言密教の教え
は、本当に有難いことだと思います。

> いきなり宗教体験だけで前世や来世の事を言っても独りよがり
> になります。

 孔子の弟子たちが著した『論語』の言葉の中に「子、怪力乱神
を語らず」というのがあります。ご存じのように、仏道の創始者
の釈尊もまたそのようなお方で、霊魂というものがあるのかない
のか、来世はどうなのかといったような理性では説明できないよ
うな事柄についての質問に対しては「無記」といった態度を取ら
れたことは、よく知られていますね。

 世の中にはいろいろな考え方があり、それらを示されることは、
たいへん興味深く、自らの考えを進める上で貴重なヒントになる
ものと思っております。その観点で見ますと、私の頭の中では、
将来、宗教と科学が融合しそうな予感は今のところまだありませ
ん。たとえば哲学と宗教とは、一般的に接点も多く、関連性も深
いもので、仏教哲学という言葉が用いられることはありますが、
信心の有無といったような点などから考えてみても、やはり宗教
と哲学とは融合して一つのものになるというより、別の分野とし
てこれからもずっと存在しそうに思えるのと似ております。

 そこで、宗教と科学との接点ということで考えますと、まず思
い浮かぶのは、以前によく大きな話題になったことですが、「脳
死」をめぐる問題があります。それについて、たとえば、養老孟
司氏は解剖学を専門とする医師としての考えを述べられ、梅原猛
氏は哲学者としての意見を表明され、また多くの宗教家もそれぞ
れの見解を披瀝されました。それらの一つひとつについて、私の
乏しい記憶力では残念ながら詳しいことは覚えておりませんが、
日本仏教界ではいろいろと話し合った結果、「脳死」も人の死と
して容認することになったそうですね。ただ、公式にはそのよう
に決定されても、宗教的な立場からは、なかなか科学のようにス
パッと割り切れないという方々も多々いらっしゃることと思われ
ます。

 さて、次に座禅について考えてみますと、だいぶ昔のことにな
りますが、座禅の効果として脳波の変化が注目されたことが思い
出されます。修行を積んだ禅僧が禅定に入ると、普通の状態と何
が違うのか、一般の人との違いは何か、といったことを科学的に
解き明かそうとして、座禅中の禅僧の脳波を測るという試みが行
われました。その結果、深い瞑想状態に入ると、脳波の中でも特
にα(アルファ)波(※14Hzから8Hzの周波数の領域)が増えて
いき、さらに進むとθ(シータ)波(※8Hzから4Hzの周波数の領
域)が多くなっていくことが分かりました。α波が出ているとき
は、リラックスした心の状態で、調べてみたところ、春山医学博
士によれば、「覚醒と睡眠の間の状態であるアルファ波の状態は、
精神活動が活発で、意識レベルが高まっている状態である」との
ことです。つまり、α波の状態は、落ち着いた心で集中力が発揮
できる状態だといえるでしょう。また、θ波が出るとときは、深
い瞑想状態やまどろみの状態で、記憶と学習に適している脳波の
状態のようです。

 このように座禅を行い瞑想状態に入ることが、実際にその人の
心の状態に確かな良い影響を及ぼすことが、脳波の測定という科
学的な試みによって裏付けられたという点に関しては、一定の評
価ができると思います。ただ、そのような科学的な方法を駆使す
ることで、座禅の本質がすべて解明されるかというと、それはな
かなか考えづらいことで、座禅はそういうアプローチを超えてか
なり奥深いものではなかと思われます。

 先日、NHKスペシャル「人体 ミクロの大冒険」というテレ
ビ番組で3回にわたり、iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された
山中教授が人間の細胞の仕組みについていろいろと解説しておら
れましたが、それを拝聴して、生命の活動の中に人智を超えた何
か偉大なものを感じました。

 少し長くなりましたので、このあたりまでにいたします。
                           拓也


宗教と科学の融合について
   2014/4/6 (日) 20:41 by 華の熟年 No.20140406204128

『如実知自心』は、ありのままの己の心を知るでしょうか。

☆☆ 人は何のために生まれて生きるのか、生きる意味とは何か、と言った
 ような各人の魂の問いかけに対して、科学に答えを求めることはできません☆☆

おっしゃる通りだと思います。科学は、前世からの繋がりや来世に向かって
 この世で何を為すべきかに付いては何も答えてくれません。ただ、現世
( この世の中 )を詳しく解明しようとして居ます。まず足元を詳しく調べて
 その延長線上に前世や来世が垣間見えてきます。いきなり宗教体験だけで前世
や来世の事を言っても独りよがりになります。科学的に証明出来るに越した事は
 ありません。

 科学者は輪廻転生などを言えば職を失います。但し、超一流の科学者は両方理解
しています。反対に偉大な宗教家もまた両方理解し実践しています。例えば空海は
真言宗の開祖で、土木工学、医療行為、などの科学知識も豊富でした。ニュートン
 は近代物理学の大御所ですが、錬金術やオカルトに熱心でした。お釈迦様は、苦行
だけでは悟りは得られないと、中道を説き極端な方に偏よる事を戒めました。両方
 理解しないと見えて来ない事があります。

 宗教体験で魔境に入り、誰々の生まれ変わりだとか解脱したとか言うのは科学的な
視点から言えば、何の根拠や証明にもなりません。独りよがりで有頂天になり魂が
膨張した人だと思います。宗教の怖さをまず知る事が大切だと思います。

 科学は真理の探究で、具体的な再現性のある実証性に重点を置いています。科学的
な発明や発見が発表されれば、それが正しいかどうかを大勢の科学者は検証し追加
の実験や観測をして証明します。ほぼ99%誰がしても同じ結果となれば、認知され
 ます。この様に厳密な他者の目に晒されている厳しい世界です。

 私は、科学と宗教の両方から冷徹に考えています。脳による思考について科学的な
研究が進んでいますが、非常に大きな壁が有ります。意識の発露は何処から来る
 のか?と言う根源的な問いです。ニューロン細胞や電気化学的パルスの伝達で証明
しようとしても無理があります。量子的に脳活動を考慮すればある程度分かると思
います。そして、量子脳的な考え方の導入は異次元の入口であり、宗教の言葉で言え
 ば霊界です。これが科学と宗教の接点と考えられます。



仏教と科学
   2014/4/3 (木) 23:16 by 北松拓也 No.20140403231625

 人間の心と科学との関連では、最新の脳科学は非常に興味深
いものがあります。ただ、科学というものは人間の根源的な問
いに対して何らかの考え方を示すものではないですね。

 例えば、人は何のために生まれて生きるのか、生きる意味と
は何か、といったような各人の魂の問いかけに対して、科学に
答えを求めることはできません。また、大きな自然災害に遭っ
ても、なぜよりによってそんな目に遭うのかといった問いに対
して、科学は例えば確率論などで、これこれの割合でそういう
ことは起こり得ることで、たまたまそれに当たってしまったの
だから仕方がないとは言えても、「一体なぜなのだ!」という
被災者の悲痛な心の奥底からの叫びに対しては答える術があり
ませんね。

 そこで、そうした人間の根源的な問いに対して向き合うのが
宗教であると思います。私自身、さまざまな根源的な問いを抱
えて生きておりまして、道元禅師が説かれた「生を明らめ死を
明らむるは仏家一大事の因縁なり」という言葉はいつも胸の内
にあります。そしてまた、真言密教の在家信者として日々の実
践の積み重ねの中で、「大日経」に書かれている「如実知自心」
の実現に努めたいと考えております。
                          拓也


同じ宗旨とは何かのご縁ですね。
   2014/4/2 (水) 22:10 by 華の熟年 No.20140402221011

話の波長が合うのに納得しました。

私のブログをご覧頂いた様で有難うございます。
その趣旨は、仏教と科学の両方の視点から生き方を模索しています。
宗教は心の探求で科学は真理の探究を目指していますが、最終の目的地は
同じだと思っています。

約20年前に、坊主の辻説法にも投稿した論文の実践を続けていますが
まだ道半ばです。
                               華の熟年


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