ことば・翻訳・そして文化
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一週間は一瞬間
   2015/7/1 (水) 23:34 by 北松拓也 No.20150701233400

 とにかく早い。無常迅速。光陰矢のごとし。歳月人を待たず。あっという間
に一週間が過ぎ去りました。そして本日、7月1日になりました。これを「一瞬
間」といっても、私の時間感覚では決して誇張ではありません。とにかく、驚
き呆れるばかりの早さです。
                                 拓也


ニーチェと芭蕉
   2015/6/26 (金) 19:21 by 北松拓也 No.20150626192114

 19世紀のドイツの哲学者、ニーチェの代表作『ツァラトゥストラはかく語り
き(Also sprach Zarathustra)』に、次のような言葉があります。

 「一切の書かれたもののうち、 私はただその人がその血をもって書いたも
 のだけを愛する」

 つい先日、ある文芸の先達の引用文によってこの言葉を久々に思い出しまし
た。そして、がむしゃらな迫力を醸し出しているニーチェの文章の源泉となっ
ているものは、このあたりにあるのだろうな、と改めて考えました。

 ちなみに、上記のニーチェの言葉のドイツ語の原文は、以下のとおりです。

  Von allem Geschriebenen liebe ich nur das, was einer mit seinem
  Blute schreibt.

 さて、私自身は、松尾芭蕉が親しい人たちとのいくつもの悲痛な別離を経験
した後に晩年に到達した「軽み」という俳諧の理念に、共感を覚えるように近
頃なっています。思えば私の師匠も生前に、日常的で平易な「軽み」の表現で、
この世の深い真実を言い表していました。

 そういう私の立場から気になるのは、もしもニーチェが芭蕉の作品に触れた
ならば、そこに「血で書かれたもの」という芭蕉の魂を感じるかどうかという
ことです。

 芭蕉の「軽み」は、ニーチェに理解されるのか否か。現実的には、芭蕉の作
品を原語のニュアンスを失わずにニーチェが分かる言語に翻訳することはほと
んど不可能であろうし、もしもある程度まではそれが可能であっても、言葉の
背景となっている両者の文化の隔たりがあまりにも大きすぎるかもしれません。

 しかし、この世の真実を求めて稀なる精神の高みに至った二人には、お互い
に通じるものがあると思いたいものです。
                                 拓也


「事案」と「案件」
   2015/6/25 (木) 19:04 by 北松拓也 No.20150625190410

 政治家や官僚がよく口にする「事案」と「案件」という言葉。両方とも意味
が似ているように思えるものの、少し違うようにも思えるものです。これらの
言葉をどう使い分けているのか、おおよその感覚で分かるような気がするので、
あえて国語辞典を引いて調べようともせずに、なんとなくそうであろうという、
あやふやな推測の上に安住していました。

 たとえば、政治家の皆さんによる答弁でよく聞かれるのが、「個別の案件に
は、お答えできません」という言い方です。この場合、「個別の事案には、…
…」とは言わないようです。

 また、「〜という事案が発生しました」とか「今回の事案につきましては、
……」という発言においては、「事案」の代わりに「案件」を用いることが少
ないように見受けられます。

 しかしまあ、そんな程度の認識ではいけないと思い、手元にある岩波書店の
『広辞苑』と三省堂の『大辞林』でこれらの語の意味を調べてみました。

 すると、『広辞苑』では、「事案=(処理の対象とするしないにかかわりな
く)問題になっている事柄そのもの」、「案件=処理されるべき事柄。議題と
される事案」という語釈になっていました。

 他方、『大辞林』では、「事案=問題になっている事柄」、「案件=(1)
問題となっている事柄。(2)調査・審議をすべき事柄」という語釈が書かれ
ていました。

 要するに、「事案」は、対象とする事柄が問題になっている事柄であるとい
うことしか表さないということでしょう。

 それに対して、「案件」については、『広辞苑』と『大辞林』とでは、解釈
が少し異なっているようです。

 『広辞苑』における「案件」の語釈には、『大辞林』のように「事案」と同
じ意味の単なる「問題となっている事柄」は含まれず、その事柄が問題である
と同時に処理や議題や調査や審議などの対象とされる、あるいはされるべき事
柄であるという意味が示されています。

 こうしてみると、「案件」の語釈については、『広辞苑』に書かれているも
のの方が、(処理の対象とするしないにかかわりなく)という「事案」の語釈
の補助的記述との連携もあって、分かりやすいように思われます。
                                 拓也


ハードディスクの中の断捨離
   2015/6/12 (金) 18:26 by 北松拓也 No.20150612182628

 パソコンも長年使い続けていると、不要なファイルやフォルダーがどんどん
増えて、ハードディスクの中がごちゃごちゃになってきます。私が使っている
パソコンのうちの一台もそんな状態になりつつあります。

 不要なファイルはなるべく削除しようと思うものの、いざその作業に取り掛
かろうとすると、このファイルはこのまま保存しておけばいつか役に立つので
はないかとか、このフォルダーを削除してしまった後で、もし万が一必要にな
ったら困るのではないかとか、いろいろと考えた挙句に、あまり多くを削除す
ることができないというのがこれまでの経過です。

 だから、ある一定の削除の基準を自分なりに設けて、無用な執着を捨て、思
い切って削除するしかありません。「断捨離」は、言うは易く行うは難し──
というのが実感です。
                                 拓也


梅雨入り
   2015/6/9 (火) 23:25 by 北松拓也 No.20150609232536

 気象庁の発表によると、関東地方も昨日梅雨入りしたようです。

 この季節は、窓辺に座ってショパンの「雨だれ」を聴きながら、窓ガラス越
しに戸外の色とりどりのアジサイの花を眺め、思索にふけるのがいい──なん
ていう環境にはないので、ただ頭の中でそんな情景を想像するだけです。
                                 拓也


人生とは何か
   2015/6/7 (日) 23:04 by 北松拓也 No.20150607230449

 「人生とは何か」なんて、哲学的なとてつもない大命題を掲げているわけで
はなく、人それぞれの人生の受け止め方について考えているだけです。

 例えば、哲学者の梅原猛氏の著作には、『隠された十字架』『神々の流竄』
『水底の歌』といったものがあり、そして最近刊行された本は『親鸞「四つの
謎」を解く』です。これらの著作の傾向から推測すると、梅原猛氏にとっての
「人生とは何か」とは、「謎を解く旅」と言えるのではないかと勝手に考えて
います。そして、そういうところに私自身も共感を覚え、梅原猛氏の文章の磁
力に引きつけられている気がします。

 この世には実に謎が多い。というよりも、この世は謎だらけです。謎は次か
ら次へと現れて、「謎を解く旅」には終わりがありません。したがって、未来
永劫続く旅ですが、人生の持ち時間には各々限りがあるので、命のローソクが
尽きるまでの謎解きの旅ということになります。この旅を続ける限り、退屈し
ている暇はありません。
                                 拓也


あれから20年
   2015/6/7 (日) 18:03 by 北松拓也 No.20150607180339

 「あれから○○年……」と言うと、まるで綾小路きみまろさんの漫談のセリ
フみたいですが、そうではありません。しかし、似たような感懐あるいは嘆息
と言えるかもしれません。

 私が言いたいのは「Windows95の発売から20年」ということです。Windows95
の発売を機にインターネットの利用者が爆発的に増加し、それによって高度情
報化社会への進展が急激に加速し、グローバリゼーションの推進にも大きな影
響を及ぼしました。ITを軸にして展開したこの20年間の社会の変化、そして世
界の変貌はすさまじいものだと改めて思っているところです。

 私がインターネットの利用を始めたのが1996年で、それから19年の歳月が夢
幻のように過ぎ去りました。自分自身は年齢を重ねた以外にあまり変わり映え
がしないのに、世の中ばかりが大きく変わってしまい、何とも不思議な気がし
ます。
                                 拓也


読書随想録 (5):『日本人のための世界史入門』
   2015/4/28 (火) 23:50 by 吉田海高 No.20150428235013

『日本人のための世界史入門』
(小谷野敦 著、新潮新書)

 この本についての感想を率直かつ大雑把に言うならば、著者の個性が炸裂し
ている本だと思いました。著者が日ごろ抱いている不満や愚痴めいた言葉があ
ちこちに見られ、気の赴くままに話が横道にそれたり、随所に余談を盛り込ん
だりしながら、紙数の制約のためか、本筋の部分は足早に書かれているという
感じがしました。また、あまりにも個人的な言語で語られていると思われると
ころがあって、そうした部分はどのような意味に受け取ればよいのか分かりか
ねました。

 それでも、この本に取り上げられている古代ギリシアから現代までの世界の
歴史についての知識の範囲はかなり広く、著者なりの判断や見解が示されてい
るのは参考になります。一般の読者が興味を引く歴史テーマや史実については、
さらに知りたい人のために簡便な参考文献などが紹介がされているのは親切で
あり、博覧強記の著者ならではの真骨頂と言えるかもしれません。

 この本における著者の歯に衣着せぬ語り口は、賛否は別にしても、いろいろ
な意味で刺激的です。それは例えば「浮世絵がいいなどという言う人もいるが、
あれはやっぱり町民の低俗美術である」(p.104) などという論評にも表れてい
ます。

 また、次のような個所もあります。

 --------------------------------------------------------------------
  なんでこんなに戦争をするのかというと、人間は退屈する動物だからであ
 る。あるいは、人口は放っておくと増え、領土拡大の必要があるからである。
 企業というものが、次々と新しい事業に手を出して拡大しようとするのと、
 基本原理は同じであろう。(p.191)
 --------------------------------------------------------------------

 このような見方に対して、「物事を単純化しすぎているのではないか」とか
「貧困や格差、差別、偏見などの問題との関連はどうなのか」と異議を唱える
ことはできますが、限られた一面においては当たらずとも遠からずと言えなく
もないでしょう。ただし、こうした歴史のとらえ方を鵜呑みにしてしまうなら
ば、人類の将来について「どうせそんなものだろう」という虚無的な考えに陥
る恐れがあると思います。

 ともあれ、この本を読み終えて、得るものは多かったものの、いわば著者独
特の押しの強い世界観にすっかり振り回されたような気がして、やや疲れを覚
えました。
                              吉田 海高


読書随想録 (4):『おとなの教養』
   2015/4/20 (月) 22:24 by 吉田海高 No.20150420222414

『おとなの教養 ──私たちはどこから来て、どこへ行くのか?』
(池上彰 著、NHK出版新書)

 教養とは何か。この本の著者は、それは「自分自身を知る」ことこそが現代
の教養だろうと思うといいます。また、「自分自身を知る」とは「自分はどこ
から来て、どこに行くのか。自分はいまどこにいるのか」を知ることだといい
ます。

 このような自分についての問いかけによってギリシャ・ローマ時代を源流と
して過去の人間が築いた学問体系が「リベラルアーツ」であると説く著者は、
「リベラルアーツ (liberal arts)」(=人を自由にする学問)の歴史を振り
返りながら、「すぐに役に立つことは、世の中に出て、すぐに役に立たなくな
る」という事実を念頭に置き、今の日本人にふさわしい「現代の自由七科」を
選定しています。

 それは、ヨーロッパの大学で学問の基本だとみなされていた七科目、すなわ
ち「(1)文法 (2)修辞学 (3)論理学 (4)算術 (5)幾何学 (6)天文学 (7)音楽」
に対するもので、「すぐには役に立たなくても、社会に出て、やがて有効に働
くようになる。生きる力になる」と同時に「自分自身を知る」という観点から、
「(1)宗教 (2)宇宙 (3)人類の旅路 (4)人間の病気 (5)経済学 (6)歴史 (7)日
本と日本人」という七科目の構成になっています。

 解説の名手として定評のある池上氏らしく、これら七科目についての解説は
実に歯切れがよく、明快で分かりやすいものでした。また、どの科目も根本的
な問題を扱っていて、極めて重要であり意義のあるものです。例えば、「歴史
とは何か?」と考えるとき、「第六章 歴史」を読むと、いつの間にか常識と
して刷り込まれている固定観念が払拭され、本質が見えてきます。

 この本は、私にとって未知の内容も既知の内容も含めて非常に興味深く、共
感が持て、改めて確認できたこともあり、頭の中の整理にもなりました。

                              吉田 海高


読書随想録 (3):『日本語の歴史』
   2015/4/2 (木) 18:55 by 吉田海高 No.20150402185519

『日本語の歴史』
(山口仲美 著、岩波新書)

 この本では、万葉仮名と呼ばれる漢字で日本語を表記しようと試みた『古事
記』『万葉集』の時代から現代に至るまでの日本語の歴史を、主に書き言葉を
中心にして概観しています。

 むかし高校の古文の授業で「係り結び」というものを習いましたが、どうも
関心が薄かったせいか、強調表現というぐらいにしか覚えていませんでした。
しかし、この本で3種類の強調表現と2種類の疑問表現・反語表現をつくる
「係り結び」について、文法的な面だけでなく、それぞれのニュアンスの違い
などが詳しく解説されているのを見て、「係り結びとは、そういうものだった
のか!」と大いに目が開かれた思いがして、納得しました。

 文語というのは、平安時代の京の都(平安京)ではごく普通の話し言葉であ
ったと言われても、現代に生きる私にはあまりピンとこない感じがしますが、
ともかく当時の平安京に暮らす人々によって「係り結び」の表現が好んで用い
られていたのは事実のようです。

 ところが、平安時代を過ぎて、強さやたくましさを求める武士が力を持つ鎌
倉・室町時代になると、やわらかい語り口調で用いられる強調表現の「なむ─
連体形」がまず衰退し、「ぞ─連体形」も実質的な強調表現の機能を失って、
室町時代に話し言葉の世界から姿を消したといいます。強調表現の「係り結び」
の中で最後まで残った「こそ─已然形」は、江戸時代前半まで持ちこたえたと
書かれています。

 「こそ─已然形」については、現在でも一つの例として「あおげば尊し」の
歌の中で使われていると、この本の中で紹介されています。つまり、「今こそ
別れめ、いざさらば」という部分の「こそ─め」です。このことを知らないと、
この本の著者が語るように「別れめ」を「別れ目」の意味だと誤解してしまい
ますが、正しくは「『め』は、意志を表す助動詞『む』の已然形です。『今こ
そ別れよう』の意味です」と解説されています。

 また、これはこの本では取り上げられていませんが、たとえば西暦1600年に
起きた関ヶ原の合戦の直前に西軍の人質になることを拒んで細川ガラシャが詠
んだ次のような辞世の句の中に、「こそ……なれ……なれ」という「係り結び」
が用いられているのが見られます。

  散りぬべき時知りてこそ人の世の花も花なれ人も人なれ

 このような「係り結び」が日本語から消滅した原因について、著者が解説し
ているのを要点だけ抜き出すと、次のようになります。

 --------------------------------------------------------------------
  係助詞というのは、主語であるとか、目的語であるとかという、文の構造
 上の役割を明確にしない文中でこそ、活躍できるものなのです。(中略)
  鎌倉・室町時代には、……文の構造を助詞で明示するようになってきたの
 です。とりわけ、鎌倉時代にはいると、主語を示す「が」が発達してきまし
 た。(中略)
  ……係り結びが消滅したということは、日本語が緩く開いていた構造から、
 しっかりと格助詞で論理関係を明示していく構造に変わったということです。
 情緒的な文から、論理的な文へ変化していることを示しています。
  係り結びの消滅は、日本語の構造の根幹にかかわる重要な出来事です。日
 本人が情緒的な思考から脱皮し、論理的思考をとるようになったということ
 なのですから。
          (山口仲美著『日本語の歴史』岩波新書、pp.119-120)
 --------------------------------------------------------------------

 要するに、「係り結び」が使われなくなったということは、鎌倉・室町時代
における日本語の構造変化であったばかりでなく、日本人にとって思考方法の
一大転換点となったということですから、これは日本語発達史上、最も注目す
べき事件と言っていいかもしれません。

 さて、話が飛びますが、明治時代に巻き起こった国語改革の動きとして「言
文一致運動」というものがあります。これは、日本語の書き言葉の近代化にお
いて避けて通ることのできない重大な運動であったと思います。二葉亭四迷の
小説『浮雲』を皮切りに、文学の方面で言文一致の文体が多くの人たちの手に
よって試みられたものの、ほどなく行き詰ってしまいます。その時に、それを
打開すべく現れたのが、尾崎紅葉によって書かれた文学作品だったということ
を、この本を読んで知りました。『金色夜叉』などの小説の作者として有名に
なった尾崎紅葉が、今日につながる書き言葉としての現代日本語成立の上で決
定的な役割を果たした大功労者だったとは、たいへん興味深いことです。

                              吉田 海高


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