ことば・翻訳・そして文化
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一番ゼミ
   2016/7/6 (水) 23:19 by 北松拓也 No.20160706231924

 夕方、交通量の少ない道路を自転車に乗って走っているときに、遠くの方か
ら蝉の鳴き声が小さく聞こえてきた。今年初めて耳にする蝉の声だった。この
時期からすれば、ニイニイゼミの声かと思った。しかし、走っているうちに蝉
の声がだんだん近づいてきて、大きく聞こえるようになり、ほどなくそれがア
ブラゼミの鳴き声であることがはっきりと分かった。

 平年だと、街中でアブラゼミの声が聞こえるようになるのは7月下旬あたり
からなのだが、今年はずいぶん早くから真夏並みの暑さになったせいか、アブ
ラゼミもこれに驚いて慌てて地上に出てきたのかもしれない。
                                 拓也


雷雨
   2016/7/5 (火) 18:10 by 北松拓也 No.20160705181046

 昨日の夕方、出先からの帰り道のことです。しばらく前から空にはぽっかり
浮かぶ積乱雲が見えていて、次第に不気味な暗い雲に覆われた部分が広がりつ
つありました。明らかに夕立の前触れと分かりました。途中でスーパーに立ち
寄って食料品などを買い、5時半頃に店を出ようとしたところ、外は恐ろしい
ほどの雷鳴が轟き、文字通り土砂降りの雨になっていました。

 傘を持っていなかったので、店の出入り口の内側でしばらく雨宿りすること
にしました。すると、雨はなおも激しさを増し、路面に叩きつけられる雨は一
気に大量となって、側溝から流れ切れない雨水が溢れだし、店の前の歩道に乗
り上げました。そこで数人の店員の方々が床を洗浄するときに使う柄の長いブ
ラシを手にして駆けつけてきて、、急いで雨水を車道へと押し戻す作業に取り
かかりました。

 それでも雨水は店の自動ドアを通り越して店の中に侵入し、出入り口から2、
3メートル内部までが浸水してしまう事態になりました。そのあたりに置かれ
ていた長椅子を含む休憩用の椅子に腰掛けていた十数人の買い物客の人たちは、
椅子から立ち上がって奥の方へ避難せざるを得ませんでした。

 店員の方々が雨水と格闘すること15分から20分ぐらいして、ようやく空の色
に明るさが戻りはじめ、雨脚が弱まっていきました。5時55分頃には雨が上が
り、雲の間から青空が見えるようになりました。

 その間、およそ30分ほどでしたが、この夕立による急激な天気の変わり方は、
この時節ならではの自然の有様を強烈に実感させるものでした。
                                 拓也


無縄自縛(むじょうじばく)
   2016/7/5 (火) 18:08 by 北松拓也 No.20160705180833

「自縄自縛」という言葉なら、どなたもよくご存じでしょう。では、「無縄自
縛」はどうでしょうか。実は、私がこの「無縄自縛」を知ったのは、うかつな
ことについ最近のことでした。NHKのテレビで一休さんに関する番組をたまた
ま見かけたところ、そこで「無縄自縛」という言葉が取り上げられていたので
す。

「無縄自縛」とは、ありもしない縄で自分自身を縛ることで、それは既成の観
念にとらわれる心を比喩的に言い表しています。この言葉を聞いて、思い当た
る節があり、「なるほど」と目から鱗が落ちる思いがしました。

 念のため辞書を引いてみると、この言葉は仏教用語なのですが、手元にある
『岩波仏教辞典』には記載がありませんでした。『広辞苑』(第六版)にも載
っていませんでしたが、『大辞林』には「無縄自縛」の項目があり、そこには
次のような語釈が書かれていました。

  ------------------------------------------------------------------
  むじょう-じばく 【無縄自縛】〔仏〕 縄もないのに,自らをしばること。
  悟りを誤って外に求めたためにかえって迷いにとらわれてしまうことのた
  とえ。
  ------------------------------------------------------------------

                                 拓也


平年よりも7度高い!
   2016/7/3 (日) 12:13 by 北松拓也 No.20160703121342

 テレビで見た今朝の天気予報によれば、今日の東京の最高気温は34度にな
りそうで、平年よりも7度高いとのことでした。正午を過ぎたばかりの家の中
は、すでにかなりの暑さになっています。

 昨夜のテレビのニュース番組では、動物園のレッサーパンダが猛烈な暑さに
やられて、ぐったりと床に寝そべっている姿が映し出されていました。7月上
旬からこのような真夏の暑さでは、先が思いやられます。
                                 拓也


Books of Buddhism
   2016/3/14 (月) 18:56 by 北松拓也 No.20160314185624

   If someone asks me to recommend some good books of Buddihism 
for beginners of learning Buddhism, I would definitely encourage 
him or her to read two books. One is "仏教入門 (An Introduction to 
Buddhism)" and the other "ブッダ入門 (An Introduction to Buddha)". 
Each of them consists of a series of lectures delivered by the late 
Prof. Hajime Nakamura, a prominent scholar of Indian philosophy, 
whose wording was full of his noble and warm-hearted character, great 
insight and profound knowledge. These books reveal the Buddhistic 
view of the world in original Buddhism and the life of Buddha as well 
as a lot of related anecdotes. Both of them are published by '春秋社 
(Shunjusha)'. I read them last year. 

   By the way, among many books of Buddhism which I have ever 
read, there are two unforgettable books for me. One is "法句経講義 
('Hokkukyo Kogi' or 'The Lecture on Damma Pada')" written by 
Tomomatsu Entai(友松圓諦), who was a Buddhist monk but didn't 
belong to any sects of Buddhism. And the other is "正法眼蔵随聞記 
(Shobogenzo Zuimonki)" written by Ejo(懐奘)who was an excellent 
disciple of Zen master Dogen, the founder of Soto sect, in Kamakura 
period. I read them more than two decades ago. Both of them moved me 
tremendously.

Takuya


The fluctuations in temperature
   2016/3/9 (水) 18:57 by 北松拓也 No.20160309185707

   My ume tree began to blossom several days ago. The beautiful 
pink ume blossoms were in almost full bloom yesterday. But today 
the rain makes some of them fall mercilessly.

   It is fairly warm these days for early March. But according 
to the weather forecast, it will be cold again later this week.
Probably the temperature will drop sharply from tonight and it 
will become as cold as in mid winter the day after tomorrow.

   By the way, last night I browsed the website of 'Der Spiegel', 
one of the major German magazines. An article in it said that 
2015 was the warmest year on record in Germany.

Takuya


只管生存
   2016/2/14 (日) 00:53 by 北松拓也 No.20160214005354

 人は誰しも長く生きていれば、その分だけ悲しみや苦しみや絶望を経験する
数が増えていくものではないでしょうか。そういう多くの困難に出会いながら
も、それらを一つひとつ乗り越えて長く生き続けていくことは、実にすごいこ
とだと思います。だから、「長く生きることは、ただそれだけで価値がある」
という意味の言葉を何年か前に五木寛之氏の随筆の中で目にしたときには、深
い共感を覚えました。そして、そこに書かれていたのが、道元禅師の「只管打
坐(しかんたざ=ただひたすら坐禅すること)」という言葉をもじった「只管
生存」だったかと思います。ただ、ちょっと記憶があやふやで、あるいは「生
存」ではなく、それに似た言葉だったかもしれません。

 昔よく観たテレビ時代劇「水戸黄門」では、「亀の甲より年の劫」「この年
寄りに免じて……してくださらんか」といったセリフが主役の黄門様の口から
しばしば語られました。合理主義一辺倒の現代都市生活者の思考法からすれば、
「この年寄りに免じて……してくださらんか」などというセリフはほとんど論
理的根拠をもたない無意味なもののように受け取られそうです。しかし、「長
く生きることそのものに価値がある」という考え方を持っているならば、こう
したセリフを聞いて「なるほど」と思うことでしょう。テレビ時代劇「水戸黄
門」に見られたように、昔の日本人の多くはそういう考え方を持っていたのだ
ろうと思います。

 今はもうそういう考え方が通用しなくなったからテレビ時代劇「水戸黄門」
が消滅してしまったのか、あるいは「水戸黄門」をはじめとする時代劇があま
りテレビで放送されなくなったから、そういう考え方が衰微してしまったのか。
そこのところは何とも言えませんが、そういう考え方を含む昔ながらの日本人
の智慧の数々が現代社会の中で急速に失われつつあるように感じています。
                                 拓也


飛ぶように過ぎゆく日々
   2016/2/13 (土) 18:25 by 北松拓也 No.20160213182523

 今日は湿った生暖かい空気が南から入り込んで来て、気温がぐんぐん上がり、
4月並みの暖かさになりました。午前中から午後にかけての日差しには、にわ
かに春めいたうららかさを感じました。天気予報によると、明日は今日よりも
っと暖かくなるとのことですが、そのあとは再びこの時期らしい厳しい寒さに
戻るようです。

 このところのニュースを見ていると、世界情勢は政治、経済、安全保障など
様々な面で激流の中に突入しつつあるのではないかという気がします。マスコ
ミの報道のし方にもよるかもしれませんが、冷戦時代よりもむしろ世界は危険
な状況になりつつつあるのではないかという感じさえします。こういう変動の
激しい時代に平穏無事に生きていくのは大変なことだと思います。
                                 拓也


紅葉前線
   2015/10/11 (日) 00:20 by 北松拓也 No.20151011002012

 桜の開花前線が北上するのに対して、秋の紅葉前線は、当然のことながら気
温が低くなる順に従うので、日本列島を南下することになる。

 さて、今年の紅葉はどうかといえば、NHKの気象情報によると、東京や神
奈川では11月中旬の後半から見ごろになるそうだ。

 都会に暮らしていると、紅葉と言ってもそれほど鮮烈に街の風景が一変する
わけではないので、季節感は鈍らざるを得ない。

 それよりも、気温が下がり始めたこの時期になると、寒い冬が近づいてきた
ということと共に、今年も光陰矢のごとく過ぎ去り師走が間近に迫ってきたな
という思いが自然と強くなる。
                                 拓也


読書求道記> 『禅と文明』
   2015/10/9 (金) 18:28 by 北松拓也 No.20151009182825

弟子丸泰仙『禅と文明』(サンガ文庫)

 世界の知識人に向けて日本における禅の思想を最初に英語で紹介し高い評価
を受けたのは、『Zen and its Influence on Japanese Culture(禅と日本文
化)』を著した仏教哲学者の鈴木大拙であることはよく知られている。一方、
具体的な坐禅の方法をヨーロッパ、特にフランスのパリにおいて最初に紹介し、
西欧の多くの人々が実際に参禅できるように尽力した功労者が、この『禅と文
明』の著者、弟子丸泰仙老師であることは、日本国内ではあまり知られていな
いかもしれない。

 この本の内容をごく大まかに言ってしまえば、近代西洋哲学とそれを基礎と
して築かれた近代西洋文明に対する、禅の立場からの批判的考察である。

 著者は、今日の文明世界に生きる私たちが、近代西洋哲学の創始者、デカル
ト以来の合理主義的な「科学的思考法」ばかりを重視することに疑問を抱き、
禅の「身体的思考法」の重要性に目を向けることを提唱している。

 「科学的思考法」は、大脳前頭葉(新皮質部)から発動した知性的な自己意
識によって生み出され、啓蒙主義が依拠する「理性」もその産物であるが、そ
の「科学的思考法」によって今日の文明が危機的な方向に向かいつつあると著
者は指摘している。

 著者の説くところによれば、大脳前頭葉の「科学的思考法」をいったん中止
し、大脳中枢の無意識(=非思量的無意識)の発動にまかせたときに得られる
「身体的思考法」によって、生命力、直観や智慧が生まれる。そして、「身体
的思考法」の根源的な基盤となる身体の行動の基本姿勢として、道元禅師の教
えである「只管打坐(しかんたざ)」を著者は紹介している。

 この本のなかで言及されている「真理は身体をもって得ねば頭だけでは到底
得られない」という道元禅師の考え方は、私ならずとも多くの人々が自らの人
生経験に照らし合わせれば納得するのではないだろうか。

 次の記述部分は、心身の健康を考える上で、誰にとっても参考になるものと
思われるので、ここに引用しておくことにする。

  なぜならば、生命の本質は人間の身体内ばかりでなく、それは宇宙の秩序
 とインターディペンダンス(相関、縁起)の関係にあるからだ。(中略)つ
 まり宇宙のエネルギーないしいわゆる「気」(Activity)によって人間は生か
 されている。だからこの宇宙の気が人間の生命の根源となり、……(中略)
 それは身体の内側から発動されるものではない。外界のエネルギーを体内に
 吸収することによって、人間の生命は、生きて動くものとなる。この感得は、
 私たちの坐禅時において、主体的にはっきりと意識裡に実証されるものであ
 る。(同書、p.263)

 この本は、1976年、つまり40年近く前に刊行されたものだが、ここに書かれ
ている省察や批判は、少しも古びていないばかりか、現在の私たちの人生のあ
り方にそのまま深く、というよりはますます深く関わっていると思った。
                                 拓也


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