ことば・翻訳・そして文化
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格差社会
   2008/8/14 (木) 05:09 by 司馬拓也 No.20080814050904

 アングロ・サクソン流の資本主義経済活動の行き着くところ、おしなべて格
差社会。中間層は徐々に消滅し、富裕層と貧困層への二極分化。かつ、グロー
バリゼーションと重なり、地域間格差も必然的現象。が、他にとるべき方策の
名案もなく、ひたすら回る構造改革の糸車。過剰人口によって貧困の増大は避
けられないと言った18世紀イギリスのマルサスの『人口論』は遙か遠くにか
すみ、いまや日本もドイツも少子高齢化が貧困層拡大要因の一つ。エコを意識
し持続可能な経済発展を望みつつ、持続可能でなくなるかもしれない年金制度
を心配する人々の将来への不安の広がり。経済合理主義の威光の下、ぬくもり
のある世間の人情の絆を寸断していく「小さな政府」と「自己責任」の大合唱。
さて、あなたはどうする?


猛暑と冷夏
   2008/8/5 (火) 23:03 by 司馬拓也 No.20080805230310

 昨年に引き続いて今年の夏も、このように連日猛暑が続いていると、「これは
やはり地球温暖化が進行しているせいかな」などとつい短絡的に考えてしまいが
ちですが、一昨日、ドイツのマインツ在住の日本人のブログを見ていたら、ドイ
ツでは去年も今年も冷夏で、半袖ではもう寒いと書かれていたので驚きました。

 そして、もう一つ驚いたことは、ドイツではいま好景気にわいているという情
報でした。こちら日本では、原油や農産物を含む輸入原材料価格の高騰に加えて、
アメリカのサブプライムローン問題のあおりなども受け、いま経済的に苦境に立
たされている政府はプライマリーバランスの問題は後回しにして新しい景気対策
に取り組もうとしているというのに、同じ民主主義で市場経済の国でありながら、
ドイツと日本の現状は何という違いでしょうか。


歴史の真実
   2008/8/5 (火) 23:02 by 司馬拓也 No.20080805230238

  Was ist die Wahrheit der Geschichte? Das ist eine wichtige Frage,
also schreibe ich darueber hier.

 大ざっぱに一言でいえば、歴史の真実は把握できないというのが、歴史の真実
でしょう。

 にもかかわらず、歴史を記述することに意義があるのは、司馬遷が『史記』に
書いているとおりだと思います。

 だいぶ昔のこと、森本哲郎著『サハラ幻想行』の朗読をラジオで聞いていたと
きに、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの言葉として、「語りえない
ことについては人は沈黙せねばならない」(Wovon man nicht sprechen kann, 
darueber muss man schweigen.)というのがあるのを知りました。まあ、禅仏教
で「不立文字」「教外別伝」「以心伝心」などと言われたりするのも、そういう
考え方からだろうと思います。

 ただし、そうだとすると、考えれば考えるほど、私程度の者には「これはこう
である」と確信を持って言えるようなことは何一つ無く、貝のように押し黙って
いるより他にないのですが、しかしすべてがそれでは現実世界に責任を持って生
きていくことにはならないだろうと思います。よくは分からなくても分からない
なりに、「これはこうではないか」と思えることを表現していくことが、歴史に
ついても必要なことと、今は考えています。


Mas Que Nada(マシュケナダ)
   2008/7/20 (日) 16:17 by 司馬拓也 No.20080720161733

 暑い。とにかく暑い。7月も半ばを過ぎたのだから、暑いのは当たり前なの
だが、このような暑さの中でふと頭に浮かんだのは、「マシュケナダ」という
曲だ。この曲は中学生ぐらいのときに、アクションもののテレビドラマの中で
テーマ曲として使われていたという記憶があり、それが私がこの曲を耳にした
最初だろうと思う。だからもうずいぶん昔の話だ。

 しかしこの曲は、その後もテレビやラジオの放送でしばしば流れているのを
聞くことがあるから、曲として強い生命力をもっている。それは一度聞いたら
ずっと耳の底に残るような曲であり、またニューチェがかつて言った音楽のも
たらすディオニュソスの陶酔をこの曲は原初的な形で宿しているのではないか
とも感じられる。夏のイメージと重なるこの曲を聞いてかすかに血が騒ぐのを
覚えるのは、人類の祖先が熱暑のアフリカのサバンナで誕生したときの生の根
源とどこかで結びついているからかもしれない。

 「マシュケナダ」は、ボサノバ(bossa nova<ポルトガル語)というジャン
ルに分類される曲で、岩波書店の『広辞苑』や三省堂の『大辞林』によれば、
「ボサノバ」とは1950年代末にブラジルに興った軽音楽で、サンバにジャズの
要素を加え都会的に洗練させたものである。

 原題をポルトガル語で Mas Que Nada(マシュ・ケ・ナダ)と綴るこの曲は、
セルジオ・メンデスとブラジル 66(Sergio Mendes & Brasil 66)の演奏によ
って大ヒットとなったが、私が少年の頃に最初に聞いた曲もその当時にレコー
ディングされたものにちがいない。動画サイト「YouTube」を見てみると、最新
の「マシュケナダ」は Sergio Mendes & Brasil 2006 によって演奏されている
ことが分かった。こちらは昔の Brasil 66 の素朴な演奏とは違って、狂おしい
ほどの情熱をたぎらせたようなヒップホップ・バージョンで、いっそうディオ
ニュソスの陶酔と狂騒と一体感とを具現しているように感じられた。

 あるドイツ人は、古代ギリシャの芸術の特徴を「高貴な単純さと静かな偉大
さ」と言った。一方、和辻哲郎は『風土』という著書の中でインドの美術の特
徴を「表現の横溢と装飾の過剰」と書いていたように思う。そうしてみると、
古代ギリシャとインドとは芸術的表現の趣味において、まるで対極に位置して
いるかのようであるが、そういう判別の仕方に従えば、「マシュケナダ」のヒ
ップホップ・バージョンに見られる表現の趣味は、古代ギリシャよりもインド
のそれに近いことは間違いない。

 「マシュケナダ」という曲が秘めている一瞬のまばゆい生の輝きと情熱は、
裏を返せば、はかなさと無常感を漂わせるものである。日本人は古代インドか
ら万物の無常ということを学び、平安時代に「もののあはれ」という独特の感
性を生み出した。あるドイツ文学者が言ったように、夏は日本人に無常を最も
感じさせる季節である。松尾芭蕉が奥州への旅のなかで詠んだ「夏草や兵(つ
わもの)どもが夢の跡」もその心の動きの表れの一つだろう。

 とすれば、やはり「マシュケナダ」はこの猛暑の夏に、草いきれを感じなが
ら聞くのが最もふさわしいのだ。


花吹雪
   2008/4/8 (火) 22:57 by 司馬拓也 No.20080408225736

 一昨日のことです。日差しがだいぶ傾きかけた頃、数多くの桜の木々が両側
に並ぶ広い通りを私は歩いていました。時折やや強く吹きつける風に舞い散ら
された桜の花びらが、車道を走る車の上にも歩道を歩く私の上にもひらひらと
数限りなく降り注いでいました。日暮れ前の空に映えて花びらが美しく舞い散
る景色を目にして、ふと思い出したのはやはり西行のあの歌でした。

 さて、「年年歳歳花相似たり」といいますが、「似たり」とはいっても同じ
ではないのですから、今年の桜吹雪は去年の桜吹雪とも来年の桜吹雪とも違い、
まさに一期一会(いちごいちえ)のものです。そこで、一句詠みました。

     すがしさや一期一会の花吹雪


チベット騒乱の真実は?
   2008/3/24 (月) 22:45 by 花丘中道 No.20080324224541

 先日来、中国のチベット自治区およびその周辺の地域で起きている騒乱事件についてですが、海外メディアを含むマスコミによる報道の内容と中国政府筋の状況説明との間にかなりの食い違いがあるので、実際のところどうなのか、はっきりとは分かりません。

 しかし、中国当局が騒乱地域からジャーナリストたちを閉め出していることは事実のようで、騒乱の現場のありのままの状況を外国のジャーナリストたちによって目撃され、国際的に報道されると中国政府にとって非常に困るような何かやましいことが行われているのではとの強い懸念を伴う推測を呼んでいます。

 バチカンのサンピエトロ広場でイエス・キリストの復活祭である23日に行われたミサでは、ローマ法王ベネディクト16世が、チベットを含む複数の地域名をあげて、「人間性に対する災いはしばしば無視され、時には故意に隠される」とお話になり、世界各地の紛争の平和的解決を訴えられたそうです。


少し進化した Vista SP1
   2008/3/24 (月) 18:27 by 花丘中道 No.20080324182755

 3月19日にマイクロソフト社のWeb上に一般公開された「Windows Vista SP1」を翌日にダウンロードし、Windows Vista搭載のパソコンにインストールしたところ、アプリケーションソフト起動時の処理速度などに改善が見られました。


謹賀新年
   2008/1/1 (火) 16:08 by 司馬拓也 No.20080101160850

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


ドイツの歴史と言語について
   2007/12/5 (水) 18:31 by 司馬拓也 No.20071205183139

 かなり昔のことになりますが、ローマ帝政初期の歴史家、タキトゥス(Cornelius 
Tacitus)の代表作といわれている『ゲルマニア』(98年頃成立した古代ドイツ史に
関する最も重要な文献)の最初の何ページかを読んだことがあります。そこには確か、
ゲルマン人は寒さと粗食にはよく耐えるが、暑さには弱いといったことが書かれてい
たような気がします。道草さんがお書きの「寒く貧しい伝統」ということは、その時
代の頃からすでに北方ゲルマニアの人々の生活のありさまに見て取れたということで
しょうね。

 やがて西ローマ帝国が崩壊した後、フランク王国カロリング朝の王であるカール大
帝(Karl der Grosse)がゲルマン諸部族を統合し、版図をフランスから中部ヨーロ
ッパ・イタリアにまで拡大しましたが、そのフランク王国も孫の代に3人の兄弟が相
続をめぐって争い分裂しました。その結果、アルプスの北のヨーロッパでは東フラン
ク王国と西フランク王国ができ、アルプスの南ではイタリア王国が成立しました。そ
のときの東フランク王国が現在のドイツのもとになり、西フランク王国が現在のフラ
ンスのもとになったわけですが、この相続争いの過程で、842年に西フランクの王シ
ャルルと東フランクの王ルートヴィヒの兄弟がシュトラースブルクに会したとき、も
ともとは同じフランク王国だったにもかかわらず、そこで述べられた盟約の誓いの言
葉が東と西のフランク王国ではすでに違っていたそうです。つまり、東ではドイツ語
の祖形である古高ドイツ語が、西フランク王国ではロマンス語(古フランス語)が用い
られていたといいます。

 それから時代が下って、東フランク王のオットー1世(ザクセン王朝2代目のドイ
ツ王)が962年にローマ教皇によって皇帝に戴冠され、ここに神聖ローマ帝国の歴史
が始まり、帝位は代々東フランク王に継承されていきます。したがって、このあた
りの時代は、東フランク(ドイツ)がヨーロッパの中心であったと言えると思います
が、その後の歴史の流れのなかで、道草さんがご指摘のようにドイツは「田舎の国」
と見られるようになりました。

 ドイツでは、15世紀にグーテンベルク(Johannes Gutenberg)が現れて活字による
印刷機を完成し、その印刷技術が16世紀のルター(Martin Luther)の宗教改革にと
って追い風になったというような特筆すべき世界史的出来事もありました。しかし、
フランスが早くから行政の中央集権化をすすめ、市民革命も経験したのに比べて、ド
イツの地は小国分立の時代が長く、市民革命もなく、さらにはイギリスを卸売問屋と
する産業革命や海外植民地の帝国主義的獲得競争のバスにも乗り遅れました。そのこ
とが、たとえ石見国の津和野という小藩出身の森鴎外が『舞姫』(1890年=明治23
年)の中で「欧州大都のウンテル・デン・リンデン」と書いても、なぜかドイツは都
会というよりも田舎というイメージを持たれてしまう大きな要因の一つになっている
ものと思われます。ただ、田舎には純真・素朴の美風がありますので、それは人々の
心の拠り所として必要なものでしょう。


ドイツの今
   2007/12/1 (土) 13:30 by 道草 No.20071201133040

ドイツの経済は、いまはよくなっていると聞きますが,どちらかというと、フランス
があまりよくないのかも。
ドイツは,やはり田舎の国という感じがあり、寒く貧しい伝統が、節約と勤勉な
国民をつくっていったのかもしれません。
ドイツの家の窓はちいさく作ってあり、わたしの見たのは、4重窓で寒さにはびくともしない
作りでした。
8時間の急行でパリにいくと、窓は足元から天井までとどく大きな窓で、ドイツよりは
暖かいというのがはっきりわかりました。


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