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『文学論』──自己本位の読み方のまとめ
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原則の応用(二)
   2016/8/2 (火) 10:52 by Sakana No.20160802105219

08月02日

「適当なる新しき暗示に接せざる時、吾人の
意識は約束的の内容を約束的の順序に反復す」
「新しき暗示なんかもとめていないよ」
「その場合の意識は、過去の記憶により予期
した範囲内にとどまり、同じことを反復する
だけです」
「どんな風に?」
「<鳥が鳴く>→<東の空>
 <この日や>→<天気晴朗>
 <犬も歩けば>→<棒にあたる>。この際
における予期は記憶から来るが故に、この際
における暗示は新しき性質を帯びざるは明か
なり」
「そんな月並みの暗示ではつまらん。犬も歩
けばマグロの頭にあたる、のほうが面白い」
「そう思うのも意識推移の原則にかなってい
ます。過去の記憶にとる予期の範囲内の暗示
は予期の弊として排されがちですが、一方で
は、しぶとく、強固な力を持ち続けています。
犬も歩けばマグロの頭にあたる、のような新
奇の暗示は受け入れられにくいでしょう」。
「イルカも泳げばマグロの頭にあたる、なら
受け入れられるかもしれない」
「西洋から新しい思想を輸入して日本語で紹
介しようとして、新しい熟語をつくると、熟
語の体を具えずと必ず批判されます」
「新奇外来語を好む日本人もいるよ」


原則の応用(一)
   2016/7/30 (土) 06:20 by Sakana No.20160730062019

07月30日

「意識推移の原則のいくつかを事実に応用し
て、集合的意識の推移を例証してみます」
「徒(いたずら)に願望して遂に胡乱(うろ
ん)の言辞をなすに至るとならないようにし
てくれ」
「文学史においても個人の文学的一生におい
ても、ある特色の推移がみとめられます。こ
の特色を明瞭に意識することが批評家の第一
義務です」
「そういうことになるかな」
「この特色を明瞭に意識した後、これを一時
期前の特色や一時期後の特色に比し、始めて
この特色の位地と価値及び特色の推移につい
ての一部分の実則を得ることができます。こ
れが批評家の第二義務です」
「そんな面倒な義務を負わされるなら批評家
になりたくない」
「意識推移の原因を二字で表現すると、倦厭
となります。要するに意識はあきっぽく、移
り気なのです」
「快感の意識も苦痛の意識も長続きしないと
いうのか」
「そうです。意識は一定期間を過ぎると快感
が苦痛になり、苦痛が快感になります。文学
史の例でいうと、十八世紀の典型派(古典派)
が漸次に意識の焦点を去って浪漫派のため識
末に下がり、その浪漫派もやがて自然派のた
めに識末に下がるようなものです」
「意識の推移がやむをえないものであること、
及び、推移の事実において真であることは認
めよう」
「そこで私たちは二個の命題を得ます。一に
曰く、暗示は必要なり。暗示なきは推移する
能わず。推移する事能わざれば苦痛なればな
り。二に曰く、暗示は自然なり。暗示あるが
故に推移す。而して推移は事実なればなり」
「一応、聞き置いたことにしょう」


意識推移の原則
   2016/7/27 (水) 06:43 by Sakana No.20160727064336

07月27日

「一時代の意識を横断して、類別三種に形質
上の説明を与えたのが第五編第一章 一代に
おける三種の集合的F、です。それに対して
一時代の集合意識が如何なる方向に変化して、
如何なる法則に支配されるかを論じるのが、
第二章 意識推移の原則の目的となっていま
す」
「意識推移の法則をわかりやすく説明してく
れ」
「了解しました。お安い御用です。
(一)吾人意識の推移は暗示法に因つて支配
    せらる。
(二)吾人意識の推移は普通の場合において
   数多の<F>の競争を経。(ある時は
   FとF’の両者間にも競争あるべし。
(三)この競争は自然なり。また必要なり。
(四)この競争的暗示なき時は吾人は習慣的
      にまた約束的に意識の内容と順序を繰
      り返すに過ぎず。
(五)推移は順次にして急劇ならざるを便宜
    とす。(反動は表面上急劇にして実は
   順次なるものなり)。
 (六)推移の急劇なる場合は前後両状態の間
    に対照あるを可とす。(対照以外にこ
   れと同等なるまたは同等以上の刺激あ
   るときはこの限りにあらず。
おわかりいただいたでしょうか」
「ごちゃごちゃ何を言っているのか、何を言
いたいのか、わからん」
「困りましたね。とりあえず、(一)吾人意
識の推移は暗示法に因つて支配せらる、だけ
でも頭の片隅に入れておいてください」


天才的F
   2016/7/24 (日) 07:14 by Sakana No.20160724071422

07月24日

「模擬的F、能才的Fに続いて、三番目にと
りあげるのがが天才的Fです」
「石川啄木のような天才に近づいたら面倒な
ことになりそうだ。なるべくなら、おつきあ
いはご遠慮もうしあげたい」
「そんな態度では俗物と言われてしまいます
よ」
「何と言われてもかまわんが、そもそも凡人
と天才との差異を決定するものは何だ?」
「凡人と天才との差異はその意識する内容の
質ではなく、Fを認識する遅速です。先後で
す」
「スピードのちがいか」
「多数の民衆がFに固定している間に、少数
の能才がF’を予想しつつある間に、天才の
意識は既に幾多の波動を乗り超えてF''に達
しているのです」
「それでは凡人はとてもついていけない」
「さらに、天才の意識焦点中には他人に見出
し能はざる一種の核があります」
「そんなものがあるのか」
「数学でいう項数(constant)のようなもので、
天才の意識焦点中には常に存在しているはず
です」
「理解できない」
「俗物には理解されないのがふつうです。そ
のため天才の多くは不遇のまま夭折してしま
います」


能才的F
   2016/7/21 (木) 07:16 by Sakana No.20160721071645

07月21日

「次は能才的意識Fです」
「能才とは聞き慣れない用語だ」
「天才でもないが、凡才でもない中間的な才
能の持主。要するに機を見るに敏なるの士、
あるいは、時勢を達観するの才です」
「頭のいい、油断も隙もない奴だろう」
「能才的Fにして文壇に成功せらるもの古来
挙げて数ふべからず。Byronは一朝酔眼を摩し
て臥床に、わが知名の士なるを発見せり。
Kiplingの印度の小話によつて名を得たるも
この類なり」
「バイロンは天才ではないのか」
「ああ、われダンテの詩才なく、バイロンハ
イネの熱なきも、という歌がありますから、
ダンテが天才で、バイロンは能才でしょう」
「ダンテもバイロンも読まない読者からみれ
ば、どちらが能才で、どちらが天才かはどう
でもいい」
「要するに世の中には能才的意識Fの持主が
いることがわかってさえいれば、それでいい
ことにしましょう」


模擬的F
   2016/7/18 (月) 07:18 by Sakana No.20160718071814

07月18日

「三種の文学的Fのうち、まず、模擬的意識
について考えてみましょう」
「猿が何を考えたって天下の大勢は変わらな
い」
「赤ん坊が模倣しながら成長するように、人
間が模倣の性質を有するのは生存競争の大理
法に基づくものです」
「猿真似のすすめか」
「生存のために必要なのです。人間は他を模
倣すべく自然の命を受けてこの世に出現する
ともいえます」
「しかし、たとえば、十九世紀の始めに厭世
的文学が流行し、大いに模倣されたが、厭世
的文学が生存のために必要とは思えない」
「厭世主義の流行は単なる好奇心が動機にな
ったものです。たしかに人類生存のために必
要ではないですね」
「創造力(originality)の観点からすれば、
模擬的意識Fは平凡、通俗という評価だ。も
のたりない」
 「これを文学の上に限ると、可もなく不可も
 なき詩人となり、小説家となります。でも、
それはそれでいいのではありませんか」
「可もなく不可もなき凡人かく語りき」


一代における三種の集合的F
   2016/7/15 (金) 08:22 by Sakana No.20160715082246

07月15日

「一時代における集合的Fは大別すると、模
擬的F、能才的F、天才的Fの三種になりま
す」
「文学論にしては妙な分け方だな」
「模擬的意識、能才的意識、天才的意識の三
種として考えればよいでしょう」
「きみの意識はどう見ても天才的ではない。
能才的でもない。残るのは模擬的だ」
「意識の数は模擬的Fがいちばん多いようで
す。赤信号みんなで渡ればこわくない」
「ということは模擬的意識は集合的Fになり
やすい。それに対して、天才的意識は集合的
意識になりにくいと思うが」
「そういえるかもしれませんが、とにかくこ
こでは漱石先生の天才的Fに敬意を表し、集
合的Fを三種に大別して議論をすすめていく
ことにしましょう」
「勝手にしろ」


集合的F
   2016/7/12 (火) 08:38 by Sakana No.20160712083817

07月12日

「第五編 集合的Fにすすみます。第一編か
ら第四編までとは、雰囲気がガラッと変わり
ますね」
「どう変わっているのか」
「文学的内容について論じるのではなく、集
合的Fについて論じている-----。つまり、
文学論離れしていると思います」
「そこまで言うと、言い過ぎだ」
「どうでしょうか。漱石先生は序において、
余は心理的に文学は如何なる必要あって、こ
の世に生れ、発達し、頽廃するかを極めんと
誓へりと述べておられますが、その研究の結
果が第一編から第四編までにある程度は説明
されています」
「もう一つ似たような表現で誓ったことがあ
ったな」
「ええ、余は社会的に文学は如何なる必要あ
って、存在し、隆興し、衰滅するかを究めん
と誓へり」
「それがもっぱら第五編で論じられ、いわば
社会心理学的の議論になっているのではない
か」
「さあ、社会心理学というほどのものではな
いと思います」
「文学論というタイトルの書で最後に社会心
理学もどきの議論をやられては読者の焦点的
印象又は観念Fは迷ってしまう。どうしてく
れるんだ」
「私も困っているのです。仕方がないから、
テキストの通り、ざっと読みすすめ、深く考
えないことにしましょう」
「つまり、手ぬきの読みだな」
「やむをえません。第五編の読み方としては、
それが無難だと思います」


間隔論
   2016/7/9 (土) 08:17 by Sakana No.20160709081711

07月09日

「第四編 文学的内容の相互関係の最後は間
隔論でしめくくられています」
「たしか文学の目的がそこで述べらられてい
たはずだ」
「文学の大目的の那辺に存するかは暫く措く。
その大目的を生ずるに必要なる第二の目的は
幻惑の二字に帰着す」
「つまり、間隔論とは読者を惑わす幻惑論の
ことか」
「文学の第二の目的だけに限定すれば、そう
いえるかもしれません」
「そもそも文学論でいう間隔(Distance)の幻
惑とは具体的にどのような手段をさすのか?」
「たとえば、時間的距離、空間的距離、心理
的距離の短縮が考えられます」
「昔、ある年の冬の事、迷亭が越後の国は蒲
原郡筍谷を通って、蛸壺峠の真中にある一軒
家で美しい娘に出会った話をまことしやかに
しゃべると、たしかに時間的距離や空間的距
離が短縮される」
「巧みな語り口で心理的距離も短縮され、蛸
壺峠の一軒家の娘がいわゆる歴史的現在の人
物になります」

「何でもある年の冬の事だが、僕が越後の国は
蒲原郡筍谷を通って、蛸壺峠へかかって、これ
から愈会津領へ出ようとするところだ」「妙な
ところだな」と主人が又邪魔をする。「だまっ
て聴いていらっしゃいよ。面白いから」と細君
が制する。「ところが日は暮れる。路は分らず、
腹は減る。仕方がないから峠の真中にある一軒
家を敲いて、これこれ斯様々々しかじかの次第
だから、どうか留めてくれと云うと、御安い御
用です、さあ御上がんなさいと裸蝋燭を僕の顔
に差しつけた娘の顔を見て僕はぶるぶると震え
たがね。僕はその時から恋と云う曲者の魔力を
切実に自覚したね」
「おやいやだ。そんな山の中にも美しい人があ
るんでしょうか」(『猫』六)


写実法
   2016/7/6 (水) 07:02 by Sakana No.20160706070209

07月06日

「これまでにとりあげた文学的手段六種はす
べて連想法。それに対して連想にたよらない
写実法があります。これはおなじみのリアリ
ズムですから、あらためて何も説明しなくて
も、わかるでしょう」
「わかりやすいことはみとめるが、リアリズ
ム小説は読んでも面白くない」
「それは浪漫派や古典派の小説のほうが面白
いかもしれませんが、好みの問題ですね。漱
石先生はジェーン・オースティンの文章に平
凡の大功徳があることをみとめ、写実の泰斗
とし て百代に君臨するに足ると絶賛しておら
れます」
「月日は百代の過客にして行きかふ人も旅人
なり。芭蕉はわが俳文学界の百代に君臨して
いるが、ジェーン・オースティンは漱石がい
くら推奨してもがわが国の英文学界の百代に
君臨するのはムリだろう」
「写実法でいえば、日本の英文学界は芭蕉の
時代には存在していませんでした。今だって
ほとんど無に近い存在です」
「失礼なことをいうな。日本英文学会は存在
する。きみが会員になっていないだけだ」

 その翌日吾輩は例のごとく椽側(えんがわ)
に出て心持善く昼寝(ひるね)をしていたら、
主人が例になく書斎から出て来て吾輩の後
(うし)ろで何かしきりにやっている。ふと
眼が覚(さ)めて何をしているかと一分(い
ちぶ)ばかり細目に眼をあけて見ると、彼は
余念もなくアンドレア・デル・サルトを極
(き)め込んでいる。吾輩はこの有様を見て
覚えず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼
の友に揶揄(やゆ)せられたる結果としてま
ず手初めに吾輩を写生しつつつあるのである。
                           (『猫』一)

「そう初めから上手にはかけないさ。第一室
内の想像ばかりで画(え)がかける訳のもの
ではない。昔し伊太利の大家アンドレア・デ
ル・サルトが言った事がある。画をかくなら
何でも自然その物を写せ。天に星辰あり、地
に露華あり。飛ぶに禽(とり)あり。走るに
獣(けもの)あり。池に金魚あり。枯木に寒
鴉あり。自然はこれ一幅の大活画なりと。ど
うだ君も画らしい画をかこうと思うならちと
写生をしたら」       (『猫』二)




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