ほくしん文芸クラブ
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道徳と文学
   2016/8/23 (火) 08:31 by Sakana No.20160823083142

08月23日

「次に道徳と文学との関係について一言せん
と欲す」
「一言でも二言でも、遠慮なくやってくれ」
「然れども単に例を挙げるを目的とするが故
に、説く所はただ数行に過ぎず」
「なんだ」
「A.W.Wardはその著A History of English
Literatureにおいて沙翁以後復古時代に至つ
て、劇にあらはれたる徳義的精神の次第に衰
頽せるを論じて曰く。<この堕落は固より程
度において一様ならずと雖ども、当時の劇文
学に在つては疑もなき一種の特色にして、遂
には道徳的堕落となってあらはるるに至れり。
ある評家は道徳を以て芸術上の作品と全然交
渉なきものとなす。されども一国民の芸術的
生活の進歩を、一般歴史の進歩の傍に置いて
思索せば、何人も反対の結論に達するを疑わ
ず>」
「要するに、道徳と文学は没交渉であり、ま
ったく関係がないという考え方と関係がある
という考え方の二通りがある」
「沙翁自身すら、吾人の知る所を以てすれば、
自由なる市民的徳義の最高理想を実現せる事
あらず。彼の描写せるBrutusは、実にこの概
念を具体化せるもの、然も半ば修辞的にして、
半ば凄愴なる霧中に包囲せらるるに似たり」
「漱石の文学だって徳義的とはいえないもの
もある。沙翁の文学の道徳性の欠如をとやか
く批判はできない」


政治と文学
   2016/8/20 (土) 07:52 by Sakana No.20160820075209

08月20日

「次に政治と文学の関係について一言せんと
す」
「文学とはもともと修身斉家国平天下だ。つ
まり、政治と文学は一体だった。詩心が湧い
てくれば、漢詩をつくればよい」
「でも、残念ながら日本人は西洋文学の影響
を受けすぎて、漢詩をつくる習慣を忘れてし
まいました」
「せっかくの文学的遺産を放棄するとはもっ
たいない」
「その代わり、文学はフランス革命やロシア
革命や第一次&第二次世界大戦などから甚大
なる影響を受けています」
「第二次世界大戦後には政治と文学をめぐっ
て不毛な論争が盛んに行われた。阿呆らしい」
「真剣な議論を阿呆らしいというのは聞き捨
てにできません。ギロチンで首をはねられて
もいいのですか」
「なまなましすぎる議論は聞きたくないが、
フランス革命が英国の文学者に与えた影響と
いう点に問題をかぎってくれるなら耳を傾け
てもよい」
「当時の英国作家にして、この影響を蒙らざ
るは殆ど稀なりとす。Burns然り、Southey然
り、Coleridge然り。SoutheyのJane of Arcは
浪漫的にして、革命主義をかねたるものとし
て著るしき作物なりといはざるべからず。沈
着なるWordsworthの如きすらルイ十六世の所
刑を正当と認めて、仏国革命に対する弁護を
草せるに至れり。その他Mooreあり、Landorあ
り、Byronあり。彼らの詩中に革命主義の蟠ま
るは読者の夙に知る所なり」
「そんなことは知る所にあらず」


物質的状況と文学
   2016/8/17 (水) 07:47 by Sakana No.20160817074711

08月17日

「物質的状況が文学に与える影響について考
えたいと思います」
「文学は精神だ。物質の支配などは受けたく
ない」
「そうは言っても霞を食って生きていくわけ
にもいきません。漱石先生はそこまで考えて、
文学者のための著作権の確立に貢献されまし
た」
「そういえば、『金色夜叉』の作者尾崎紅葉
の家族は著作権の恩恵を受けなかったが、夏
目漱石の家族はその恩恵を受けたと伝えられ
ている」
「トルストイは著作権を譲渡するかどうかで
ソーニャ夫人ともめたといわれていますね。
物質的状況が文学に与える影響がいかに大き
いかは、エリザベス朝文学を見ればわかりま
す」
「エリザベス一世(在位1588-1603)と次のジ
ェイムズ一世(在位1603-1625)の時代という
と、沙翁シェイクスピアが活躍した英文学史
にあっては空前絶後の盛時だ」
「そのような文学の黄金期は当時の物質的状
況を反映しています」
「どんな物質的状況だ?」
「たとえば、農業の改良(厳冬期にも羊群を
飼養できるようになり、庶民の食生活が改善
された)、煉瓦の再発見(1450年。家屋の改
良を促し、庶民も硝子、絨毯、枕などを使用
するようになった)、スペインの無敵艦隊の
撃滅(1588年。アルマダの海戦の勝利により
国民が自信を抱き、気象が雄大になった)な
どがもたらした物質的状況です」


文界に及ぼす暗示の種類
   2016/8/14 (日) 07:24 by Sakana No.20160814072449

08月14日

「補遺としてとりあげられているのは、まず
『文界に及ぼす暗示の種類』という論点です」
「文界とはどこだ?」
「文学界でしょう。独立し、閉じた系のように
見えますが、実は政界、経済界、学界、教育界、
物質界など外部からの暗示を受ける開かれた系
なのです」
「『文学論』は開かれた系への出入口まで考え
て設計されているんだな」
「ええ、建築の設計のようなものです。文界の
意識に限るときは、文学の内容は感覚F、人事
F、超自然F、知的Fの四種の材料を以て成り
ますから、あらゆる暗示は皆この四要素の形を
以て注流して来ます」
「そうか」
「しかし、文学は人間活動の一発現にすぎませ
ん。この発現は単独に自由の行路を取ることは
できず、他の活動の上にその勢力を及ぼすと同
時に、他の活動からも影響を受けます」
「それで?」
「ある文学的暗示の原因結果を論じるとき、単
に文学的潮流のみを眼中に置いて、他の活動を
閑却してはいけないのです」
「人間活動の大いなる発現にはどんな方面があ
るのか」
「大別すれば次の通りとなっています。
 (一)経済的及び科学的状況
 (二)精神的(哲学及び宗教等より生じる)
    状況
 (三)政治的状況等」
「経済的と科学的を一緒くたにするとはずいぶ
んいいかげんな分類だ。また、本論では哲学者
を科学者と一緒にしていたのに、ここでは哲学
と科学を分離している。支離滅裂だ」


補遺
   2016/8/11 (木) 09:03 by Sakana No.20160811090325

08月11日

「以上で『文学論』を三回通読したことにな
ります」
「今回はまとめを意識して読むと言っていた
が、まとめになっていないではないか」
「まとめを意識して読むという言いましたが、
まとめるとは言っていません。そもそも『文
学論』をまとめることが現実的に可能なので
しょうか」
「今さら言い逃れをするな」
「錯覚かもしれませんが、時間をかけて三回
通読することによってこの難解な書の理解が
ある程度は進んだような気がします。まだ、
八カ月ありますから、それまでに何らかのま
とめができるかどうか考えることにします」
「なんらかのかたちでけじめはつけてほしい」
「その前に『補遺』としていくつかの論点が
提示されていますから、一通り見ておきまし
ょう」
「『文学論』はどうしても論じたりないとこ
ろが出てくるが、何もかもいちいち論じだす
ときりがない」
「『文学論』で補遺とされているのは次のよ
うな論点で、それほど多くはありません。そ
の他、漱石先生の小説や随筆、講演なども見
方によっては補遺のようなものですから、そ
れらも参考にしましょう。

 文界に及ぼす暗示の種類
 物質的状況と文学
 政治と文学
 政治と文学
 新旧精粗に関して暗示の種類
 暗示の方向とその生命
 価値以外に作物の生命を支配する条項」


原則の応用(四)
   2016/8/8 (月) 07:25 by Sakana No.20160808072508

08月08日

「最後に、焦点意識に競争あり、という原則
について考え、第五編 集合的Fをしめたい
と思います」
「焦点意識F---凡そ文学的型式の内容は
(F+f)なることを要すという『文学論』
の出発点に戻るのか」
「ええ、ですが、出発点における焦点的意識
Fは、個人的な意識ですが、第五章 集合的
F、で集合意識という場合は、日本人あるい
は人類の集合意識になります。つまり、個人
の意識Fの座をF’やF’’などが争うよう
に集合的意識Fも焦点意識の座を争うのです」
「例をあげて、説明してくれ」
「もっとも悲酸なる例はフランスの印象派が
始めて自己を天下に紹介した初期の歴史です。
サロンに出品も与えられず、アカデミー派は
彼ら印象派を目して狂人となし、その作品を
評して全然美術の法則を蔑視せりとし、保護
を与えるどこらか、百方その発達を阻害しよ
うと試みました」
「それでも、印象派は天下をとった」
「そうですね。集合的Fおそるべし。読書専
念、忽ち蚤に刺され驚くは、蚤が意識の天下
を領したるに異ならず」


原則の応用(三)
   2016/8/6 (土) 07:09 by Sakana No.20160806070905

08月05日

「吾人意識の推移は次第なるを便とす」
「何だと?」
「吾人意識の推移は突飛なるべからず。次第
なるを便利とす」
「次第なるとはどういう意味だ?」
「吾人意識の推移は漸次ならざるべからず、
という意味です」
「具体的な例をあげて説明してくれ」
「沙翁は千古の大家なり。全欧の天才なり。
これ万口の一致する所。何人もこの断案に対
して異議を挟むものなきが如し」
「レフ・トルストイが異議を挟んでいる」
「そうでしたね。Thomas RymerやC. Rennoxも
沙翁を以って一読の価値なしと云いました。
ゴールドスミスやポープも沙翁をけなしてい
ます。ところが、誰が何と言おうと、今や沙
翁は千古の大家という評価が確立しています。
沙翁崇拝の暗示は十九世紀の始めに成りしが
如しと雖も、意識の推移は百年前より漸次に
ここに到達せるものなり。この評価は吾人意
識の推移が次第なるを便利とす、漸次ならざ
るべからずという原則を証明しているのです」
「なんだ、それだけのことか」
「それだけの事実です」


原則の応用(二)
   2016/8/2 (火) 10:52 by Sakana No.20160802105219

08月02日

「適当なる新しき暗示に接せざる時、吾人の
意識は約束的の内容を約束的の順序に反復す」
「新しき暗示なんかもとめていないよ」
「その場合の意識は、過去の記憶により予期
した範囲内にとどまり、同じことを反復する
だけです」
「どんな風に?」
「<鳥が鳴く>→<東の空>
 <この日や>→<天気晴朗>
 <犬も歩けば>→<棒にあたる>。この際
における予期は記憶から来るが故に、この際
における暗示は新しき性質を帯びざるは明か
なり」
「そんな月並みの暗示ではつまらん。犬も歩
けばマグロの頭にあたる、のほうが面白い」
「そう思うのも意識推移の原則にかなってい
ます。過去の記憶にとる予期の範囲内の暗示
は予期の弊として排されがちですが、一方で
は、しぶとく、強固な力を持ち続けています。
犬も歩けばマグロの頭にあたる、のような新
奇の暗示は受け入れられにくいでしょう」。
「イルカも泳げばマグロの頭にあたる、なら
受け入れられるかもしれない」
「西洋から新しい思想を輸入して日本語で紹
介しようとして、新しい熟語をつくると、熟
語の体を具えずと必ず批判されます」
「新奇外来語を好む日本人もいるよ」


原則の応用(一)
   2016/7/30 (土) 06:20 by Sakana No.20160730062019

07月30日

「意識推移の原則のいくつかを事実に応用し
て、集合的意識の推移を例証してみます」
「徒(いたずら)に願望して遂に胡乱(うろ
ん)の言辞をなすに至るとならないようにし
てくれ」
「文学史においても個人の文学的一生におい
ても、ある特色の推移がみとめられます。こ
の特色を明瞭に意識することが批評家の第一
義務です」
「そういうことになるかな」
「この特色を明瞭に意識した後、これを一時
期前の特色や一時期後の特色に比し、始めて
この特色の位地と価値及び特色の推移につい
ての一部分の実則を得ることができます。こ
れが批評家の第二義務です」
「そんな面倒な義務を負わされるなら批評家
になりたくない」
「意識推移の原因を二字で表現すると、倦厭
となります。要するに意識はあきっぽく、移
り気なのです」
「快感の意識も苦痛の意識も長続きしないと
いうのか」
「そうです。意識は一定期間を過ぎると快感
が苦痛になり、苦痛が快感になります。文学
史の例でいうと、十八世紀の典型派(古典派)
が漸次に意識の焦点を去って浪漫派のため識
末に下がり、その浪漫派もやがて自然派のた
めに識末に下がるようなものです」
「意識の推移がやむをえないものであること、
及び、推移の事実において真であることは認
めよう」
「そこで私たちは二個の命題を得ます。一に
曰く、暗示は必要なり。暗示なきは推移する
能わず。推移する事能わざれば苦痛なればな
り。二に曰く、暗示は自然なり。暗示あるが
故に推移す。而して推移は事実なればなり」
「一応、聞き置いたことにしょう」


意識推移の原則
   2016/7/27 (水) 06:43 by Sakana No.20160727064336

07月27日

「一時代の意識を横断して、類別三種に形質
上の説明を与えたのが第五編第一章 一代に
おける三種の集合的F、です。それに対して
一時代の集合意識が如何なる方向に変化して、
如何なる法則に支配されるかを論じるのが、
第二章 意識推移の原則の目的となっていま
す」
「意識推移の法則をわかりやすく説明してく
れ」
「了解しました。お安い御用です。
(一)吾人意識の推移は暗示法に因つて支配
    せらる。
(二)吾人意識の推移は普通の場合において
   数多の<F>の競争を経。(ある時は
   FとF’の両者間にも競争あるべし。
(三)この競争は自然なり。また必要なり。
(四)この競争的暗示なき時は吾人は習慣的
      にまた約束的に意識の内容と順序を繰
      り返すに過ぎず。
(五)推移は順次にして急劇ならざるを便宜
    とす。(反動は表面上急劇にして実は
   順次なるものなり)。
 (六)推移の急劇なる場合は前後両状態の間
    に対照あるを可とす。(対照以外にこ
   れと同等なるまたは同等以上の刺激あ
   るときはこの限りにあらず。
おわかりいただいたでしょうか」
「ごちゃごちゃ何を言っているのか、何を言
いたいのか、わからん」
「困りましたね。とりあえず、(一)吾人意
識の推移は暗示法に因つて支配せらる、だけ
でも頭の片隅に入れておいてください」


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