ほくしん文芸クラブ
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ノーベル文学賞
   2016/10/22 (土) 06:45 by Sakana No.20161022064505

10月22日

「2016年のノーベル文学賞にシンガーソ
ングライターのボブ・ディランが選ばれまし
た。音楽家のノーベル文学賞受賞は社会学的
にも注目される現象ではないでしょうか」
「はたして授賞式にボブ・ディランがあらわ
れるかどうかも話題になっている。そのよう
なこともふくめて文学の衰滅という社会現象
のあらわれなのか。音楽の隆興という社会現
象なのか、それとも音楽は文学と解するべき
か、どうもよくわからん」
「受賞の理由は、ボブ・ディランがアメリカ
の音楽において新しい詩的表現を切り開いた
ということだそうです」
「そういえば、以前に大江健三郎が受賞した
ときの受賞理由でも詩的想像力があげられて
いた。文学のキーワードは詩なのかもしれな
い」
「ボブ・ディランの代表作は『風に吹かれて』
です」
「今回も選ばれなかった村上春樹にも『風の
歌を聴け』という作品がある」
「社会学的にみると、地球上で風が吹き、人
類が滅亡しないかぎり、詩や歌は衰滅しそう
もありません」
「それなら、音楽は文学だ。詩や歌を包み込
んでさえいれば、文学が衰滅することはない」
「『文学論』からはそんな結論は得られませ
んよ」


社会学
   2016/10/19 (水) 06:16 by Sakana No.20161019061616

10月19日

「文学論は社会学も視野におさめて議論する
必要があります」
「社会的に文学は如何なる必要あつて、存在
し、隆興し、衰滅するか」
「社会学も哲学の一種で、フランス革命後に
オーギュスト・コントによって作られた比較
的新しい学問です。心理学とちがって、古代
ギリシア、古代インド、古代中国などにまで
はさかのぼれません」
「古代エジプトのピラミッドや秦の始皇帝に
よる万里の長城の構築なども社会学的現象だ
ろう」
「それは社会学というより歴史か文化人類学
の研究テーマではないかと思います」
「歴史といえば、ギボンのローマ帝国衰亡史』
(The History of the Decline and Fall of 
the Roman Empire)も社会学のようなものだ。
ローマ帝国は如何なる必要あって、存在し、
隆興し、衰滅したか」
「日本史では平家物語や源平盛衰記や太平記
のような軍旗がありますが、軍記は社会学と
はいえません」
「しかし、平家物語は立派な文学だ。祇園精
舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹
の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれ
る人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前
の塵に同じ」


心理学
   2016/10/16 (日) 06:02 by Sakana No.20161016060209

10月16日

「漱石の文学論はロック、バークレー、ヒュ
ームという英国の経験論哲学者だけでなく、
意識の流れという概念を使いはじめた米国の
プラグマティズム哲学者ウイリアム・ジェー
ムズの影響も受けている」
「フロイトやユングの心理学の影響は受けて
いないようです」
「いずれにしても、心理学のルーツが哲学に
あることはたしかだ」
「<心は脳髄にあり>とアリストテレスは述
べたそうです。ルーツはやはり古代ギリシア
哲学でしょうか」
「インドのウパニシャッド哲学かもしれない」
「そういえば、仏教も般若心経の<色即是空>
<空即是空>などという思想は、心理学の教
えのようなものかもしれません」
「世界の四聖といわれているイエス・釈迦・
孔子・ソクラテスの四人はみんな偉大な心理
学者でもある」
「四人とも偉大な心理学者かもしれませんが、
科学者とはいえません」
「漱石は心理学を哲学、つまり科学の一種と
みなし、哲学者を科学者にふくめている」
「それはミソとクソを一緒にするようなもの
です」


心理社会学の方面から見た文学の活動力
   2016/10/13 (木) 08:26 by Sakana No.20161013082649

10月13日

「心理的に文学は如何なる必要あつて、この
世に生れ、発達し、頽廃するか。社会的に文
学は如何なる必 要あつて、存在し、隆興し、
衰滅するか」
「そのような問いは、根本的に文学とは如何
なるものぞ、という問いを、別の角度から投
げかけたものだが、『文学論』を隅から隅ま
で読んでも、明確な答は見あたらないだろう」
「第五編 集合的Fには答のヒントらしき記
述があります」
「では、心理的に文学は如何なる必要あつて、
この世に生れ、発達し、頽廃するのか」
「修身斉家治国平天下という文学観を抱いて
いれば、疑問の余地はありません。文学は頽
廃するはずがないし、頽廃してはいけないの
です」
「社会的に文学は如何なる必要あつて、存在
し、隆興し、衰滅するのか」
「文学が衰滅するのは、人類が滅亡するとき
です」
「漱石はそのような結論は出していない」
「ロンドンに留学して研究しても結論は出せ
ませんでした。ですから、英文学に欺かれる
が如き不安の念におそわれて、神経衰弱にな
り、狂気に駆られたのです」
「英文学は欺かない。The pen is mightier 
than the sword(文は武に勝る)」


弁証法
   2016/10/9 (日) 08:34 by Sakana No.20161009083439

10月10日

「漢学に所謂文学と英語に所謂文学とは到底
同定義の下に一括し得べからざる意種類のも
のたらざるべからず、と気がついたら、弁証
法によって第三の文学をもとめなければなら
ないだろう」
「『文学論』にはヘーゲルによって定式化さ
れた正、反、合の弁証法についての言及はあ
りませんが、漢学に所謂文学と英語に所謂文
学との相違や矛盾を克服した新しい第三の文
学観を樹立しようという意欲的な試みはみら
れます。第一編 文学的内容の分類に曰く、
凡そ文学的内容の形式は(F+fなることを
要す」
「しかし、凡そ文学者の重(おもん)ずべき
は文芸上の真にして科学上の真にあらず、と
も言っている」
「第三編 文学的内容の特質 で、たしかに
そう述べてありますね」
「科学上の真に対して文芸上の真を主張する
のに科学上の真らしき科学的定式を使うのは
おかしいではないか」
「大行は細謹を顧みず、と『史記』にありま
す。清濁併せ呑みましょう」
「そんないいかげんなことでは世の中は乱れ
る」
「大丈夫です。天網恢恢疎にして漏らさず」
「漱石は老子の哲学を批判したはずだ」
「でも、則天去私という晩年の心境には老子
の哲学への弁証法的回帰の気分が漂っている
ような気がします」


漢学に所謂文学と英語に所謂文学
   2016/10/7 (金) 07:48 by Sakana No.20161007074831

10月07日

「漢学に所謂文学と英語に所謂文学とは到底
同定義の下に一括し得べからざる意種類のも
のたらざるべからず、というが、どう違うか
の説明はあるのか」
「それは『文学論』では説明されていません
が、漢学に所謂文学なら左国史漢を読めば、
文学はかくの如きものなりと合点できるでし
ょう」
「きみは左国史漢を読んだのか」
「いえ、読んではいません。でも、大丈夫で
す。だいたいどんな代物かは見当がつきます」
「あやしいものだ。では、それに対して英語
に所謂文学とは如何なるものかはわかってい
るのか」
「ええ、私も一応、英文科を卒業しています。
『文学論』に引用されている沙翁をはじめ、
ミルトン、ポープ、スペンサー、ブレイク、
シェリー、キーツ、ワーズワース、テニソン、
スターン、スウィフト、オースティン、ゴー
ルドスミス、スコット、ディッケンズ、メレ
ディス、ブロンテ、スチーブンソン、ハーデ
ィなどの詩文にも親しんでおります」
「はたしてどこまで親しんでいるか知れたも
のではない。そんな詩人や作家の名前をあげ
るだけなら誰にでもできる」


根本的に文学とは如何なるものぞ
   2016/10/4 (火) 07:55 by Sakana No.20161004075548

10月04日

「根本的に文学とは如何なるものぞ」
「わかりません。<私は文学なるものは科学
の如く定義をすべき性質のものでなく、下し
得る ものとも考えへて居らない>と漱石先生
も言っておられますから(『英文学形式論』)」
「そのことなら何度も聞いて耳がタコ壺になった」
「江戸時代には文学は経世済民とか修身斉家
治国平天下という意味と結びついていました。
俳諧や読本(小説の前身)は戯作であり、文
学ではなかったのです」
「時間は感性の形式にすぎない。時間軸が変
われば、文学の定義は変わる」
「文学も感性の形式にすぎないのでしょうか」
「吾人が文学に持つ要素は理性にあらずして
感情にありと漱石は言う」
「それで、凡そ文学的内容の形式は(F+f)
なることを要す、という法則になるのですね」
「きみの感情は漱石の文学作品を読むことに
よって満足したといえるのか」
「私の感情がもとめているのは、実は勧善懲
悪かとも思ったことがあります。若い頃、
『坊ちゃん』と『猫』を読んで、面白いと思
ったのは、そのせいではないかと」
「勧善懲悪は坪内逍遥の『小説神髄』で否定
された」
「でも、現実ありのままを描いた自然主義の
文学には理想も希望もなく、ものたりません」
「理想や希望がないことは人生の現実の一面
だ。それでは困ると、理想をもとめたければ
カントの道徳哲学を研究すればよいし、希望
をもとめたければ、思いきってパンドラの函
をあければよい」



序(再考)
   2016/10/1 (土) 07:18 by Sakana No.20161001071820

10月01日

「『文学論』のまとめに残された時間はもう
六カ月しかありません。どうすればよいでし
ょう」
「時間は感性の形式にすぎない」
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの
水にあらずと、詠嘆していればよいのでしょ
うか」
「蓋(な)んぞ亦其の本(もと)に反らざる」
「末を棄て本に復するのですね。では、もう
一度、序にもどって、この書『文学論』が如
何なる動機のもとに萌芽し、如何なる機縁の
もとに講義となり、今また如何なる事故のた
めに出版せらるるなるかを考えることにしま
す」
「講義や出版のいきさつは聞きあきた。そも
そもの動機は何かだけを思い出っしてくれれ
ばよい」
「漢学に所謂文学と英語に所謂文学とは到底
同定義の下に一括し得べからざる意種類のも
のたらざるべからずことに気がつき、根本的
に文学とは如何なるものぞ、という問題を解
釈せんと決心したのです」
「その言やよし。それでその問題の答はわか
ったのか?」
「わかりません」
「なんだ、それでは貴重な感性の形式を使っ
て、『文学論』を読む価値はない」
「問題への答につながるヒントは『文学論』
の随所にあります」
「たとえば、どんなヒントだ?」
「不対法とか仮対法とか」
「そんな枝葉の末のような事柄を学んでも、
世の中で生きていくのに何の役にもたたない。
根本的に文学とは如何なるものぞ」


老子の哲学
   2016/9/28 (水) 10:05 by Sakana No.20160928100555

09月28日

「漱石先生は文科大学英文科ニ年の時、『老
子の哲学』という論文を書いておられます」
「英文学を学びながら老子の哲学を論じるゆ
とりがあった」
「おそらく、ロック、バークレー、ヒューム
という十ハ世紀英国の哲学者の思想と比較し
ながら孔孟思想や老荘思想を研究するという
気宇壮大な志を抱いておられたのでしょう」
「それならヒュームの相対主義的懐疑論より
もカントの道徳哲学をもっと研究してほしか
った」
「人間の理性には限界があります。本論の第
一篇「総論」では、偖(さて)老子の主義は如
何に、儒教より一層高遠にして一層迂闊(う
かつ)なりとは如何なる故ぞという問いを発
しておられます。カントの思想はヒュームの
思想より一層高遠にして一層迂闊なりとはい
えませんか」
「そんなことはない。せっかく英国に留学し
たのだから、漱石には東洋と西洋の比較文学
のみならず、比較哲学をもっと研究してほし
かった」
「そんなことは後世の者が研究すればよいの
です」
「無為自然」
「蓋(な)んぞ亦(また)其の本に反らざる」
「老子は嬰児たらんとす」
「然らば老子は嬰児に復帰して如何なる境界
に居らんとするか」
「足ることを知るなり。禍(わざわい)は足
るを知らざるより大なるはなく、咎(とが)
は得んと欲するより大なるはなし」


中味と形式
   2016/9/28 (水) 10:04 by Sakana No.20160928100410

09月25日

 「空間や時間がわれわれの認識における感性の
形式だとカントに言われても、私の感性はピン
 ときません」
 「形式ということばに違和感を覚えるのだろ
 う」
 「ええ、まあ、そうです」
 「『文学論』は『英文学形式論』『文学評論』
とともに三部作を構成している。『英文学形
 式論』が三部作に含まれていることからも漱
 石が形式を重視していることは見逃せない」
 「『文学論』の冒頭の<凡そ文学的内容の形
 式は(F+f)なることを要す>という法則
ないし準則についても承知しておりますが、
そもそも漱石先生のように、内容に対して形
 式を位置させて考える思考法は日本人の伝統
にはなじまないという気がします」
 「英文学の形式は、古代ギリシアの哲学者ア
 リストテレスの哲学で、「質料」(ヒュレー)
と「形相」(エイドス)を対置して、内容、
 素材とそれを用いてつくられたかたちという
対の概念として用いる考え方にさかのぼる。
 「アリストテレスの哲学? もう勘弁してく
 ださい」
 「プラトンとアリストテレスの哲学は欧米の
学生にとっては必須の教養だ」
 「私の若い頃はそのように聞いていましたが、
 現在でもそうなんでしょうか?」
 「哲学は古典だ。軽佻浮薄な流行ではない」
 「そういえば、漱石先生の講演に『中味と形
 式』があることを思い出しました。明治四十
 四年に堺で行った講演です。これも参考資料
にあげておきましょう」
 「その講演で漱石は何と言っている?」
 「子供や門外漢は、内容に余り合わない形式
をこしらえてただ表面上のまとまりで満足し
 ている事が往々にしてあると。この指摘には
思わずギクリとしました」
 「『文学論』──自己本位の読み方のまとめ
 をするつもりなら、表面上のまとまりで満足
しないようにせいぜい気をつけるんだな」



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