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『文学論』──自己本位の読み方のまとめ
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文学的内容の分類と価値的等級
   2016/11/30 (水) 07:52 by Sakana No.20161130075250

11月30日
       
「文学的内容たりうべき一切のもの、換言すれ
ば(F+f)の形式に改めうべきものを分類す
れば、(一)感覚的F、(二)人事F、(三)
超自然的F、(四)知的Fの四種になります」
「それはあくまで漱石の私的分類であって、文
学界の定説にはなっていない」
「Fが印象であるか又は観念であるかに着目す
ると、(一)感覚的F、(二)人事F、(三)
超自然的Fは印象であり、(四)知的Fだけが
観念だと思います」
「(三)超自然的Fの英訳はmetaphisicial F
というが、metaphisicialには形而上的という
意味がある。形而上的なら観念だ」
「日本語で超自然的なら印象だと思います」
「英語と日本語との間で差異があるようでは困
る。翻訳者泣かせの分類だ」
「『文学論』はその分類を前提としているので
す。(三)超自然的Fと(四)知的Fは、四種
のうち、比較的Fの明瞭を欠き、抽象度が高く
なります。それに関連してカントへの言及があ
ることにあらえあめて気がつきました」
「それは意外だね」
「以上詩に就(つ)て述べしところのものは散
文にもまた適用すべきものなり。具体的成分減
少して極端に至ればKantの論文の如く、Hegelの
哲学講義の如く、或はEuclidの幾何学の如く、
毫(ごう)も吾人の感興を惹かざるに至るべし」
「その言い方は否定的だ。それから判断しても、
漱石がカントをきちんと読んでいたとは思えな
い」
「それでは今後、ウィリアム・ジェームズの心
理学とともにカントの哲学論文をしっかり読ん
で補足するということにしておいて、第一章の
読み直しはこれまでにしておきましょう」


情緒は文学の試金石
   2016/11/27 (日) 08:14 by Sakana No.20161127081444

11月27日

「情緒は文学の試金石にして、始にして終なり
とす」
「ロンドン留学中の漱石にその考えがひらめい
たのはウィリアム・ジェームズの『心理学』を
読んだことがきっかけだというのがきみの仮説
らしいが、大丈夫か?」
「今田寛『心理学』第二十四章に次のような記
述があるのを発見しました。<情動が小説の中
で記述されていると、われわれもこれに共感さ
せられるために興味を感じる。われわれは種々
な情動を喚起する具体的対象や事件を次第に熟
知するようになっているので、ページを彩る内
省に少し触れるだけで、即座に感情的反応が生
じる。格言的な哲学をふくんだ文学作品もまた、
明らかにわれわれの情動生活に光を転じ、その
折々喜びを与える。しかし情動の「科学的心理
学」に関する限り、この問題についての古典的
業績をうんざりするほど読みすぎたせいか、こ
れを再読するよりは、ニューハンプシャーの畑
にある無数の岩の形をいちいち描写したものを
読む方がまだよいと思う>」
「その箇所を読んで漱石はこれだととびついて
思索をめぐらせ、ついに(F+f)の法則を打
ち立てたというのか」
「まさにその通りだと思います。英文学の詩や
小説など古今上下数千年の書籍を読破せんとし
てうんざりし、かくの如くせば白頭に至るも遂
に全般に通ずるの期はあるべからずと落胆して
いたところへ、一条の光がさしこんできたので
す」
「漱石は『文学論』で格言や諺言を論じ、『猫』
でも格言的な哲学をやたらに多用しているが、
それもジェームズが<明らかにわれわれの情動
生活に光を転じ、その折々喜びを与える>と述
べていることに勇気づけられたのかもしれない」
「文学上の真と科学上の真を比較対象して論じ
たことともかかわりがありそうです」


悲しきが故に泣くにあらず、泣くが故に悲し
   2016/11/24 (木) 08:32 by Sakana No.20161124083208

11月24日

「ロンドン留学中に漱石先生の文学脳が爆発
的に発達したきっかけはウィリアム・ジェー
ムズの『心理学』を読んだことであるという
仮説を前回、申し上げました」
「その理由を述べよ」
「『文学論』と『心理学』との間に重なり合
う箇所がいくつかあることに気がついたので
す」
「『文学論』では『心理学』への直接的な言
及はないはずだが」
「それは読み落としです。私が確認したとこ
ろ、第一編第二章 文学的内容の基本成分の
うち、情緒的精神状態が文学の内容となって
入り込んでくる両性的本能のところで言及さ
れています」
「あ、そうか。それはうっかり、見落として
いた」
「わかっていただければいいのです」
「漱石は『文学論』で何と言っている?」
「もしJamesが説く如く情緒は肉体的状態の変
化に伴ふものにして、肉体的状態変化の因に
あらずと仮定すれば、悲しきが故に泣くにあ
らず、泣くが故に悲しとの結論に達す」
「すると、可笑しきが故に笑うにあらず、笑
うが故に可笑しという理屈になるが、それで
いいのかな?」
「James曰く、<これらの下等情緒を論ずる自
然の経路は、先ずある事実を知覚し、その結
果として情緒と名(なず)くべき心理感情を
誘起し、この状態更に進んで肉体的表白を発
するに至るべきなれども、余の説は全然この
反対に出づるものにして、即ち興奮的事実の
知覚に次ぐに直ちに肉体的反応を以てし、こ
の変化はやがて情緒として現はるるものなる
べきを信ず(Principles of Psychology『心
理学大綱』第二章、四四九頁)。この議論を
とって直ちに普通の恋の上に応用せん事頗
(すこぶ)る不都合なるやも計りがたし。さ
れど普通一般の小説戯曲中にあらはるる善男
善女の徒、必ずその恋を結婚に終り、もし終
り得ざる時は読者観客は不満足の感を生ずる
より推する、所謂恋情なるものより理性的本
能即ち肉感を引き去るの難きは明らかなりと
す>」
「わかりにくいが、要するに、恋は盲目的本
能と言っているのか」
「Principles of Psychology『心理学大綱』
というのは、『心理学原理』のことですね。
私が読んだ今田寛訳『心理学』は、その短縮
版、Psycology, Briefer Course、『心理学要
論』ですが、<われわれは泣くから悲しい、
殴るから怒る、震えるから恐ろしい><悲し
いから泣き、怒るから殴り、恐ろしいから震
えるのではない>とあります。『文学論』の
記述とちゃんと重なり合っているでしょう」
「要するに、まず、知覚があり、肉体的反応
がそれに続き、その後で、悲しみや怒りや恐
怖などの情緒があらわれるというのがジェー
ムズの説で、漱石はその説と意識の流れの説
に触発されて、凡そ文学的内容の形式は(F
+f)なることを要す、というあやしげな説
を打ち立てたということになるのかな」


文学脳
   2016/11/22 (火) 15:53 by Sakana No.20161122155342

11月21日

「東京大学の精神病学研究室の棚には明治、
大正時代の傑出した人物の脳が並べられてい
て、その中に漱石先生の脳もあるそうです」
「そういえば、千谷七郎『漱石の病跡』にそ
んなことが書いてあった」
「漱石先生の脳は他の脳に比べて前頭葉がも
のすごく発達しているそうです。流石漱石で
すが、その前頭葉は先天的なものか、それと
も後天的に発達したものかが興味深いところ
です」
「後天的だろう。まず漢詩脳が発達し、続い
て正岡子規との交友により俳句脳が発達し、
ロンドン留学中に文学脳が爆発的に発達した」
「『文学論』執筆中に『猫』を連載しただけ
でなく、『坊っちゃん』や『草枕』をそれぞ
れ約二週間で完成させた集中力はまさに爆発
的ですね」
「俳句脳は正岡子規が優勢だったが、総合的
な文学脳は漱石に軍配があがる」
「ロンドン留学中に文学脳が爆発的に発達し
たきっかけはウィリアム・ジェームズの『心
理学』を読んで、目が覚めたからではないか
と私は思います」
「漱石はそんなことは言っていない」
「言っていなくても、『心理学』を読めばわ
かります」
「大脳生理学は難しくてわからんときみは言
っていたじゃないか」
「それは私の科学脳が十分に発達していない
からですが、それでも『文学論』を十年間読
み続けてきたおかげで、文学脳がある程度発
達し、理解力が出てきたような気がしていま
す。大脳両半球が習慣を獲得する能力をつけ、
脳内に神経発射の新通路が形成されたのでは
ないでしょうか」
「きみの文学脳なんか誰もみとめない」
「行蔵(こうぞう)は我に存す。毀誉(きよ)
は他人の主張、我に与(あずか)らず」
「その言は漱石ではない。勝海舟のセリフだ」


文学的内容の基本成分
   2016/11/18 (金) 07:01 by Sakana No.20161118070128

11月18日

「文学論で文学的内容の基本成分として紹介
されているものを以前にまとめたことがあります
が、それを再掲します。
(A)簡単な感覚的要素(Groos『人の戯』)
 触覚、温度、味覚、嗅覚、聴覚、視覚(耀、
  形、運動、色)、その他
(B)人類の内部心理作用(Ribot『情緒の心理』)
 恐怖、怒、同感、恋、嫉妬、忠誠心、複雑情緒、
 その他」
「ウィリアム・ジェームズの『心理学』ではどう
なっているのか」
「視覚、聴覚、触覚、温度感覚、筋肉感覚、痛覚、
運動の感覚について解説されています。(A)簡
単な感覚的要素についてはGrossの分類とほぼ同じ
ようなものでしょう。ただし、ジェームズはその
後で、脳の構造、脳の機能、神経活動の一般的条
件、習慣を論じ、意識の流れを論じています」
「文学的内容の基本成分はすべて感覚的要素だが、
それがどのようにして意識の流れにつながるのか
わからない。説明してくれ」
「それは大脳心理学の問題で、ジェームズがいろ
いろ論じていますが、私にはよくわかりません。
そのうち習慣について述べてある箇所をメモして
おきます。

 神経中枢、特に大脳両半球が習慣を獲得する能
力。ーーー獲得された習慣は生理学的見地から見
れば脳内に形成された神経発射の新通路に他なら
ず、それによってそれ以後入ってくる刺激が流れ
出ようとするのである。観念の連合、知覚、記憶、
推理、意志の教育なども、正にそのような発射経
路が新たに形成された結果として理解するのが最
もよい。
(ウィリアム・ジェームズ『心理学』今田寛訳)」 

「『文学論』には習慣への言及はないぞ」
「根本的に文学とは如何なるものぞ、と考えはじ
めると、その疑問が意識の流れの主題となり、脳
内にいわば文学脳と称されるべき神経発射の通路
が形成されます。文学脳の形成は、文学的内容の
基本成分である感覚的要素の習慣化によるものだ
と思います。習慣とは脳内に形成された神経発射
の新通路を利用することに外なりません」
「漱石がそういうことをきちんと説明していない
のは不親切だ」
「ジェームズは心理学者ですが、医学博士でもあ
り、科学者です。漱石先生はここでは科学に深入
りしたくなかったのでしょう」


知覚と感覚
   2016/11/15 (火) 08:29 by Sakana No.20161115082928

11月15日

「デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)に
よれば、人間の心に現れる意識または思考の
すべてが知覚です。この知覚には二つの種類、
すなわち印象(impression)と観念(idea)とが
あります」
「知覚と感覚はどう区別するのだ?」
「ウイリアム・ジェームず(1842-1910)によ
れば、知覚と感覚の区別は困難です。実際の
意識生活においては、感覚と知覚とは、区別
がつかぬほど相互に混在一体化しています」
「そんな曖昧な説明では困る」
「言えることは、感覚とは意識する際の最初
のものであるということだけです。感覚は神
経刺激流が脳に到達して、まだ何の暗示も与
えず、過去の経験との連合を引き起こす以前
に意識に生じる直接の結果です」
「ヒュームは知覚といい、ジェームズは感覚
という。先に現れるのはどっちだ?」
「感覚器官に何かの印象が生ずるまでは、脳
は深い眠りに陥っており、意識は実際上存在
しません。人間の幼児は、生後何週間もほと
んど絶え間のない睡眠の中で過ごします。こ
の熟睡を破るには感覚器官からの強い音信が
必要だとジェームズは言っています」
「それで?」
「この音信は新たな脳に生まれた脳の中にま
ったく純粋な感覚を引き起こします。そして、
そのような経験は<見えない痕跡>を脳に残
し、感覚器官が伝える次の印象は、呼び起こ
されたこの前回の印象の痕跡が作用している
反応を大脳に引きおこします。このようにし
て、入ってくる刺激流が引き起こし得る意識
は、人生の終わりに至るまでますます複雑さ
を増していくのです」
「複雑さを増しても、ますます馬鹿になるか
もしれない」
「一般に、事実についてのこのようなより高
次な意識を知覚といい、事物が単に存在して
いるという言葉では表しにくい感じを、もし
そのようなものがあり得るとすれば、それを
感覚といいます」
「ウィリアム・ジェームズのような大脳を持
たないきみは、今、自分が何を言ってるのか
わかっているのか?」


意識の流れ
   2016/11/12 (土) 08:19 by Sakana No.20161112081929

11月12日

「意識の流れについてウイリアム・ジェーム
ズが解説した本というのはどれだ?」
「ちょっと待ってください。『心理学原理』
『プラグマティズム』『根本的経験論』『宗
教的経験の諸相』『多元的宇宙』などいろい
ろあるジェームズの著書のうち『心理学原理』
に、<考えの流れ>という章があります」
「<意識の流れ>ではない?」
「『心理学原理』は教科書としてはあまりに
大部であったために、その短縮版として『心
理学要論』(Psycology, Briefer Course、別
名Textbook of Psycology)が出版されました。
その短縮版では<意識の流れ>という章にな
っています。邦訳のタイトルは『心理学』
(今田寛訳)です」
「まぎらわしくて、所在がわかりにくいね」
「私も探すのに苦労しました。<意識の流れ>
の他にも、視覚、聴覚、触覚など感覚につい
ても『心理学要論』で論じられています。漱
石先生が『文学論』を執筆した動機の一つに
この『心理学要論』(邦訳『心理学』)があ
ることは間違いないと思います」
「しかし、『文学論』では、ウィリアム・ジ
ェームズの『心理学』への直接的な言及はな
い。意識の波の説明が、Lloyd Morganの『比
較心理学』に説くところ最も明快なるを以て
ここには重(おも)に同氏の説を採れりとな
っているし、Ribotの『情緒の心理』なども紹
介しているが」
「近くの図書館で調べましたが、ロイド・モ
ーガンの『比較心理学』だけでなく、『文学
論』で言及されているリボーの『情緒の心理』、
Scriptureの『新心理学』、Grosの『人の戯』
などは見当たりません。ウィリアム・ジェー
ムズの『心理学』(今田寛訳)だけは運よく
借りることができました」
「いちばん影響を受けた書物への言及を避け
て、隠し味にするところが漱石らしい」


意識の波
   2016/11/9 (水) 07:01 by Sakana No.20161109070122

11月09日

「文学的内容の形式(F+f)のFは焦点的
印象又は観念なり。この焦点的なる語を説明
せんとすれば、意識なる語より出立(しゅっ
たつ)せざるべからず」
「意識とは何ぞや」
「それは心理学上容易ならざる問題ですが、
<意識の波>という現象に注目すると便利で
す」
「<意識の流れ>ではないのか」
「それは米国の心理学者ウィリアム・ジェイ
ムズが1890年代に最初に用いた心理学の概念
で、<人間の意識は静的な部分の配列によっ
て成り立つものではなく、動的なイメージや
観念が流れるように連なったものである>と
する考え方のことのようです」
「漱石はウイリアム・ジェームズの思想を知
っていたのか」
「もちろんご存じだったはずです。そして、
ジェームズはロック、ヒュームら英国の経験
論哲学やダーウィンの進化論の影響を受けて
います」
「<意識の流れ>の概念は、文学にも応用さ
れ、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』、
ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』、フォー
クナーの『響きと怒り』、日本では川端康成
の『水晶幻想』、横光利一の『機械』などが
<意識の流れ>の手法をとりいれた代表作と
いわれている」
「狭い意味で考えるとそうなるかもしれませ
んが、広い意味では漱石先生の文学だって、
『猫』からはじまって『明暗』に至るまです
べて<意識の流れ>の文学だと私は思います」


印象と観念
   2016/11/6 (日) 07:29 by Sakana No.20161106072955

11月06日

「文学的内容の形式(F+f)のFは焦点的
印象又は観念を意味し、fはこれに附着する
情緒を意味す」
「そもそも、どこからそんな奇妙キテレツな
発想が漱石の頭脳にひらめいたのだろう」
「よくわかりませんが、<印象又は観念>の
説をとなえたのはデイヴィッド・ヒューム
(1711-1776)のようです」
「確認したんだろうな」
「原文を読んで確認したわけではありません
が、『人間悟性論』(Enquiry Concerning 
Human Understanding)によれば、人間の心に
現れる意識または思考のすべてが知覚である。
この知覚には二つの種類がある。すなわち印
象(impression)と観念(idea)である。印象と
は、<心にはじめて現れる時の感覚・情念・
感動のすべて>のことであり、観念とは思考
や推理における勢いのない心像(イメージ)
のことだそうです」
「すると、Fの中にfがすでに附着している。
わざわざ(F+f)としたのはなぜだ」
「情緒fを強調したかったのではないかので
はないでしょうか。いずれにしても、ヒュー
ムの『人間悟性論』を研究する必要がありそ
うです」
「カントの哲学三部作も研究してもらわなけ
れば困る」
「かんべんしてくださいよ」


文学的内容の分類(再考)
   2016/11/3 (木) 07:56 by Sakana No.20161103075657

11月03日

「第一編 文学的内容の分類、のおさらいを
します。第一章 文学的内容の形式、第二章
文学的内容の基本成分 第三章 文学的内容
の分類及びその価値的等級、です」
「文学的内容論だが、第一章が文学的内容の
形式論となっているところがミソだ」
「凡そ文学的内容の形式は(F+f)なるこ
とを要す、という断定で読者のどぎもをぬく。
私もどぎもをぬかれ、レバ炒めになってしま
いました」
「形式論理学を勉強していないからだ」
「そんな論理学なんか勉強していませんよ」
「無知のくせに、偉そうな態度をとるな。謙
虚に形式論理学の基本を学習せよ」
「判断や推理の抽象的構造 (形式,法則) を
内容と切離して研究する学問のようですね」
「判断も下さず、推論もしない豚に真珠を与
えても意味がない」
「第二章では文学的内容の基本成分が分析さ
れています」
「分析は科学の方法だ」
「漱石先生はロックやヒュームなど英国の経
験論の哲学者やその流れをくむウィリアム・
ジェームスなど米国の哲学者、それからダー
ウィンやスペンサーの進化論の影響を受けて
おられす」
「ノルダウの『退化論』の影響も受けている」
「第三章では文学的内容の分類及びその価値
的等級です」
「その分類も日本文学の正統的分類として継
承されているわけではない。あくまでも漱石
の私的見解として参考程度にとどめておいた
ほうがよい」


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