ほくしん文芸クラブ
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滑稽的連想の厭味
   2017/2/19 (日) 08:13 by Sakana No.20170219081300

02月19日

「滑稽的連想法を応用して『吾輩を猫である』
を執筆して成功した漱石先生の非凡なところ
は滑稽的連想の厭味に気がついて、それ以後
は、作風を写実法のほうに変えたことです」
「二匹目の猫や三匹目の猫を期待していた読
者はがっかりしただろう」
「渋川玄耳『東京見物』や米窪太刀雄『海の
ロマンス』のように猫の文体を真似た作品が
それなりの評判を呼びましたが、滑稽的連想
の厭味に鈍感な二番煎じ、三番煎じの作品と
なると、厭味を通り越して、鼻持ちならない
もので、漱石先生をうんざりさせたのです」
「きみも気をつけたほうがよい」
「はい、気をつけて、風雅の誠をせめる作風
や客観写生をこころがけたいと思います」
「松尾芭蕉や正岡子規だけではない。坂井久
良岐や井上剣花坊は川柳も詩であるとして、
近代川柳の革新をめざした」
「最近のサラリーマン川柳やシルバー川柳を
どうお考えですか」
「大衆が滑稽風刺や穿ちや駄洒落による笑い
をもとめているのはたしかだが、限界もある」
「ストレスの多い日常生活では笑いによるガ
ス抜きも必要ですね」
「だからといって駄洒落ばかり連発しても馬
鹿にされるだけだ」


滑稽的連想
   2017/2/17 (金) 07:39 by Sakana No.20170217073923

02月16日

「連想法六種あるいは四種のなかで、文学者
漱石が読者を幻惑する手段として最初に『吾
輩は猫である』で応用し、成功したのは四番
目の滑稽的連想です」
「つまり、文学の第二の目的である読者の幻
惑により商業的成功をおさめた手段が滑稽的
連想だ」
「商業的成功などという言い方をしたら身も
蓋もありません。文学的成功です」
「自然主義の作家たちは『吾輩や猫である』
を文学的成功作と認めていない。それより
『道草』を高く評価している」
「一般読者からみれば『吾輩は猫である』の
ほうが面白い小説です」
「しかし、猫伝の語り口はいかにも通俗的だ」
「そう考えるのは写実法を重んじる自然主義
の立場からです。『吾輩は猫である』のよう
な作品を評価するときは、滑稽的連想法の視
点から評価するべきです」
「滑稽的連想は調和法ではなく、対置法だっ
たな」
「ええ、オタンチン・パレオロガスのように
意表外な共通性により突飛なる綜合を生じた
る時始めてその特性を発揮するものです
「駄洒落のようなものだ」
 「いわゆる口合(pun)ですね。それに対し
て頓才(wit)は論理的知力の作用を待って滑
稽的興味を喚起するもので、たとえば、カー
ライルが胃弱だって、胃弱の病人が必ずカー
ライルにはなれないさ、などという言い方が
その例です」


調和法と対置法
   2017/2/13 (月) 06:54 by Sakana No.20170213065400

02月13日

「連想法は大きく分けると調和法(Harmonization 
technique)と対置法(Contrast、Counterposition)
に二分されます」
「さらにこまかく分けると?」
「調和法には投出語法による連想、投入語法
による連想、自己と隔離せる連想があり、対
置法には滑稽的連想、緩勢法による連想、強
勢法による連想、不対法による連想がありま
す」
「あいわかった」
「不対法(Method of nonopposition)による
連想は対置法にふくまれますが、仮対法
(Pseudo-opposition、Quasi-contrast)によ
る連想はふくまれないので気をつけてくださ
い」
「ああ、大丈夫だ」
「ほんとうに大丈夫かどうか、心配になって
きました」
「余計な心配はしなくてもよい」
「もう一つだけ注意しておきますと、文芸上
の真を伝える文章で、自然の因果を用いると
調和法になりますが、人工的因果では調和法
になりません」
「人工的因果とはなんだ?」
「無理矢理不自然な因果づけをすることです。
<故に>とか<従って>とか因果に関する接
続詞を使うことはなるべく避けてください」
「小手先の文章表現テクニックだな」


連想法
   2017/2/10 (金) 08:24 by Sakana No.20170210082435

02月10日

「写実法はずばり一種だけで、まぎれがあり
ませんが、連想法は大きく分けて六種ありま
す」
「調和法と対置法の二種だけではないのか」
「分類の仕方にもよりますね」
「類似をあらわすために二個の分子を結合し
て連想するのが調和法、類似の連鎖を通じて
非類似のものを連想するのが対置法だろう」
「その通りです。迷亭が金魚麩なら鈴木藤三
郎は藁で括った蒟蒻だね、というのは類似の
分子を結合して連想するから調和法、蒲焼に
対する漬物の如し、と類似していない二個の
分子を対置させるのが対置法のうちの緩勢法
です」
「対置法にはたしか緩勢法の他に強勢法と不
対法があったな」
「ええ、たとえば、誰も口にせぬ者はないが、
誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、
誰も遇(あ)った者がない。大和魂はそれ天
狗の類か、というのが強勢法で、この気候の
逆戻りするところはまるでハ―キュリースの
牛、というのが不対法です」
「わけがわからんことばかりいっている」
「不対法は仮対法とはちがいますから、気を
つけてください」
「それもわけがわからん。どうでもいいこと
のようだ」


写実法
   2017/2/7 (火) 07:28 by Sakana No.20170207072843

02月07日

「第四編 文芸的内容の相互関係 のおさら
いは、逆の順番からすすめて、間隔論の次は
写実論、最後に連想論という順序にしたいと
思います」
「『文学論』の刊行は明治四十年五月。わが
国自然主義の代表的作品とされる島崎藤村の
『破戒』や田山花袋の『蒲団』が発表された
のとほぼ同じ時期だ。したがって、写実論は
当然、自然主義を意識していただろう」
「そうですね。明治四十三年、朝日新聞に掲
載した小論『イズムの功過』では、<自然主
義もまた一つのイズムである>として、これ
を永久の真理の如くにいいなして吾人生活の
全面に渉わたって強いんとするべきではない
という意味のことを論じています」
「漱石は自然主義作家たちからは一大敵国の
ドン(首領)と目された」
「しかし、日本の自然主義作家はフランスの
ルソーの『告白』をお手本にし、モーパサン
やゾラの説を鵜呑みにしてわめいているだけ
で、理論的には独自のものがありません」
「『蒲団』や『新生』が代表作なら煩悩即菩
提といえなくもないが」
「人間の内面にひそむ醜いエゴをえぐりだし
た告白小説がずいぶん流行しましたね。でも
それだけが文芸上の真ではありません。間隔
論や連想法も視野に入れて全体的に考える必
要があります」


間隔論
   2017/2/4 (土) 09:12 by Sakana No.20170204091246

02月04日

「間隔論でとりあげられている間隔には次のよ
うなものがあります。
  時間の間隔(→短縮)
  空間の間隔(→短縮)」
  作者と読者との間隔(→伸縮自在)
  読者と作中人物との間隔(→伸縮自在)
  作者と作中人物との間隔(→伸縮自在」)
「文学における時間の間隔とは?」
「吾輩は猫である、というのはいわゆる歴史的
現在です。百年前の過去の出来事であっても、
それがあたかも目の前で起こっているかのよう
な気がします」
「空間の間隔も一気に短縮される。『文学論』
を読む島国日本の読者はあたかもロンドンで神
経衰弱になったような気分になる」
「それは作者と読者との間隔でもありますが、
私は本書を読むことによって漱石先生との距離
が一気に縮まりました」
「こんど岩波書店からまた夏目漱石全集の配本
がはじまったが、きみの全集が発行される気配
はない。きみと漱石との間隔はひろがるばかり
だ」
「漱石全集第一回配本は『吾輩は猫である』で
すね。わが家でも猫を飼っていますが、その猫
は私と作中人物との間隔がせばまったのは欣快
の至りだという顔をしています」
「慚愧の至りだろう」
「この猫の尻尾をさわると、アーラ不思議、苦
沙弥先生や迷亭との間隔がなくなります」



文学的内容の相互関係
   2017/2/1 (水) 06:39 by Sakana No.20170201063937

02月01日

「第四編 文芸的内容の相互関係 にすすみ
ます」
「そんな文芸的内容の相互関係なんか一般読
者にとってはどうでもいいことだ」
「作家志望者には参考になると思います。
第一章 投入語法、第二章 投出語法からは
じまって、第三章 自己と隔離せる連想、第
四章 滑稽的連想、第五章 調和法、第六章
対置法、といくつかの連想法が続き、第七章 
写実法、第八章 間隔論、で終わるという構
成になっており、創作の方法を考えるうえで
有益です」
「第一章から第六章までは連想法、それに写
実法と間隔論か」
「要するに三本立ての構成ですが、読む順番
は第八章 間隔論、を先にし、次に写実法、
最期に連想法と逆にしたほうが頭にはいりや
すいと思います」
「間隔論では文学の大目的への言及がある」
「ええ。文学の大目的の奈辺に存するかは暫
く措く。その目的を生ずるに必要なる第二の
目的は幻惑の二字に帰着す」
「けっきょく、文学の大目的は『文学論』で
は説明がない。幻惑論で終わっているのは困
ったものだ」
「でも、その大目的は読者のひとりひとりが
それぞれに考えることです。漱石先生が後世
の読者にたいして与えてくださった宿題と考
えるべきだと私は思います」


哲学とは如何なるものぞ
   2017/1/30 (月) 07:50 by Sakana No.20170130075056

01月29日

「第三編の最後に、根本的に哲学とは如何な
るものぞ、という問題を考えてみましょう」
「要するに、頭のおかしい連中がわけのわか
らんことを理路整然と考えるのが哲学だろう」
「フランスの哲学者、ドゥルーズとガタリに
よれば、哲学とは概念の創造である、だそう
です」
「概念とは何ぞや」
「それは、たとえば、(F+f)や則天去私
のようなものではないでしょうか」
「すると、そんな概念を創造した漱石は哲学
者だということになる」
「哲学者、科学者、そして文学者ですね」
「漱石には及びもつかぬ三文文士には概念の
創造はできそうもない」
「フランスに留学した哲学者萱野捻人(1970
年生れ)は、哲学とは概念を使って考えるこ
とだと言っています。ものごとをとらえるた
めに概念的に考えたり、概念を練り上げたり、
新たな概念を創出したりする知的営みのこと
なのです(『哲学はなぜ役に立つのか?』」
「かまぼこじゃあるまいし、概念を練り上げ
るのは難しい」
「考えるだけならそれほど難しくはありませ
ん。文学とは何かという問いは、神とは何か
や霊魂は不滅かなどという問いと同様、きわ
めて哲学的な問いです。このような問いには
概念をつかって答えるしかないのですから」
「漱石は、根本的に文学とは如何なるものぞ
という問いを発したとき、哲学者としての知
的営みをはじめてしまったようだ」


断面的文学
   2017/1/26 (木) 08:31 by Sakana No.20170126083137

01月26日

「暫く文学者対科学者(哲学者を含む)につ
き論ずるところあるべし、といって、漱石先
生が哲学者を科学者に含めてしまったのはな
ぜか、というのが第三編 文学的内容の特質
の疑問点の一つでしたが、やっとその謎がと
けました」
「では、謎解きを聞かせてもらおう」
「哲学には形而上学(第一哲学)、自然学
(科学)、論理学、倫理学があり、さらに心
理学、社会学、美学などもあります。そのう
ち自然学は科学のことですから、自然学を研
究する哲学者は科学者といってもよいのです」
「たしかにデカルトやウィリアム・ジェーム
ズは科学者でもあった」
「ところが、生きるべきか死ぬべきかとか、
大なる悲觀は大なる樂觀に一致するとかを考
えるのは倫理学の問題であり、文学の問題で
もあります。倫理学は情緒をともないますが、
自然学は情緒を排除します」
「数学者の岡潔は情緒を重視している」
「広義の意味でなら、そうもいえるかと思い
ますが、『文学論』では文芸上の真と科学上
の真を区別し、情緒の有無でその区別を説明
しています」
「心理学と社会学も哲学の一種か」
「そうですね。『文学論』は心理学社会学の
方面より根本的な文学の活動力を論じたもの
ですから、広い意味では哲学的な著作といっ
てもよいと思います」
「しかし、哲学の著作は難解すぎて理解に苦
しむ。それに、長すぎる。もっと短く簡潔な
表現にならないか」
「簡潔な表現がお望みなら和歌、俳句、川柳、
漢詩など断面的文学をおすすめします」
「俳句や川柳では短かすぎてものたりない」
「その簡単にして、実質少なき故を以てその
文学的価値を云々するは早計なりといふべし」



情緒が頭をつくる
   2017/1/23 (月) 09:04 by Sakana No.20170123090416

1月23日

「文芸上の真と科学上の真とを比較した場合、
文芸上の真は理性にあらずして情緒、感情に
ありと、いうのが『文学論』の結論の一つの
ようです。異論はありますか」
「ある。以前にきみが紹介した数学者岡潔の
『春宵十夜』によれば、情緒が頭をつくると
して、数学者も情緒を重視している」
「数学はどうみても文学ではなく、科学です
ね」
「<数学とはどういうものかというと、自ら
の情緒を外に表現することによって作り出す
学問芸術の一つであって、知性の文字板に、
欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するも
のである>」
「あ、そうでしたね。すっかり忘れていまし
た。でも、岡潔は漱石先生の文学を高く評価
しています」
「うん、漱石なら『明暗』が一番よくできて
いるが、読んでおもしろいのは『それから』
あたりで、『明暗』になるとおもしろさを通
り越している」
「おどろきましたね。私は『明暗』がそれほ
どおもしろい小説だとは思いませんでした」
「それはきみの情操が発達していないからだ。
情操が深まれば境地がすすむ。漱石は老年に
至るほど境地がさえていたと岡潔はいう」
「しかし、数学は科学です。数学者に情緒や
情操を重視されると、『文学論』における文
学的内容の特質がなにがなんだかわからなく
なってきます」
「その代わり、『明暗』の評価がたかまるか
らいいだろう。<漱石も人の世のあじきなさ
を描こうとしたのに違いない。漱石の意図が
どこにあったにせよ、『明暗』にはそれがよ
く出ている。人の世のさびしさ、あじきなさ
を何かのきっかけで自覚すると、自他対立の
理性的世界であること自体からそのさびしさ
が来ていることがわかり、ここから救われる
ためにみな宗教の世界へ来ている」
「漱石先生は則天去私の境地には達していま
したが、宗教の世界へは来ていたとまではい
えないと私は思いますが」


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