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『文学論』──自己本位の読み方のまとめ
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悲しい音
   2016/3/5 (土) 09:42 by Sakana No.20160305094257

03月05日

「呑気と見える人々も、心の底を叩いてみる
とどこか悲しい音がする──七・五・七・七・
七・五調のリズムで、都々逸に似ています」
「都々逸は、親兄弟に見離されあかの他人の
傾城に可愛がらりょう筈がない、のような七・
七・七・五調だよ」
「いずれにしても、日本人にとっては伝統的
に慣れ親しんだ哀調のあるリズムです」
「苦沙弥、迷亭、寒月ら大平の逸民たちのムダ
話も伊藤、山形、大隈ら明治の元勲たちの発言
にもどこか悲しい音がする」
「日本人にとっては伝統的に慣れ親しんだリズ
ムですが、さすがに二十一世紀ともなると、す
たれてきました」
「そうかな。俳句や短歌はすたれていない。演
歌も」
「悲しみがなくならないかぎり、悲しい音はど
こからか聞こえてきます。日本人の心の琴線に
ふれる七・五調のリズムは不滅です」

 呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると、
どこか悲しい音がする。悟った様でも独仙君の
足はやはり地面の外は踏まぬ。気楽かも知れな
いが迷亭君の世の中は絵にかいた世の中ではな
い。寒月君は珠磨りをやめてとうとう御国から
奥さんを連れて来た。これが順当だ。然し順当
が長く続くと定めし退屈だろう。東風君も今十
年したら無暗に新体詩を捧げる事の非を悟るだ
ろう。三平君に至っては水に住む人か、山に住
む人かちと鑑定がむずかしい。生涯三鞭酒(し
ゃんぺん)を御馳走して得意と思う事が出来れ
ば結構だ。鈴木の藤さんはどこまでも転がって
行く。転がれば泥がつく。泥がついても転がれ
ぬものよりも幅が利く。   (『猫』十一)



無為にして化す
   2016/3/2 (水) 14:39 by Sakana No.20160302143954

03月02日

「無為にして化すという語が馬鹿に出来ないと
八木独仙は言いますが、私はなかなかそこまで
は悟れません」
「何もするな。無為にして化せば、いずれすべ
てが丸くおさまる(Do nothing. Turn into in 
the inaction. Then everything will be okay 
in the end.)」
「仙人はそんな呑気なことを言っていますが、
それでは私の人生は何だったのでしょう」
「無意味な人生──それだけのことだ」
「一生懸命勉強し、働きました。税金を納め、
お賽銭をお供えし、一日一善を心がけました」
「きれいごとをいうな。悪いこともしただろう」
「それは、叩けばホコリの出る身(Every man 
has his faults.)ではありますが」
「それでいいのだ。故に聖人は云う、我れ無為
にして民自(おのずか)ら化(か)す。我れ静を好
みて民自ら正し。我れ無事にして民自ら富む。
我れ無欲にして民自ら樸(ぼく)なりと。(So 
the saint who knows “the way” says、
“People are inspired because I do nothing. 
People correct themselves because I am silent.
People become rich because I do nothing. People 
are still naive because I am unselfish.”

 吾人は自由を欲して自由を得た。自由を得
た結果不自由を感じて困っている。それだか
ら西洋の文明などは一寸いいようでもつまり
駄目なものさ。これに反して東洋じゃ昔しか
ら心の修行をした。その方が正しいのさ。見
給え個性発展の結果みんな神経衰弱を起して、
始末がつかなくなった時、王者の民蕩々たり
と云う句の価値を始めて発見するから。無為
にして化すと云う語の馬鹿に出来ない事を悟
るから。然し悟ったってその時はもう仕様が
ない。アルコール中毒に罹って、ああ酒を飲
まなければよかったと考える様なものさ。
             (『猫』十一)


人間万事塞翁が馬
   2016/2/28 (日) 07:09 by Sakana No.20160228070933

02月28日

「人間万事塞翁(さいおう)の馬。英訳すると、
Inscrutable are the ways of heaven.だそう
です」
「禍福は糾(あざな)える縄のごとし。こちら
の英訳はどうだ」
「Good luck and bad luck alternate like the 
strands of a rope」
「こちらのほうがわかりやすい」
「そうですね。幸と不幸は混ざり合っている。幸
せに見えることが不幸になり、不幸に見えたこと
が幸せになる──それが天のはからいだという意
味だと思います」
「何のためのはからいだろう」
「わかりません。曰く不可解」
「不可解な謎(an inscrutable mystery)を説
くことが哲学者を含む科学者の宿題か」
「凡そ文学者の重(おもん)ずべきは文芸上の
真にして科学上の真にあらずですが、これは文
学者の宿題でもあります。七転(ななころ)び
八起(やお)きの精神でいきましょう」
「弱り目に祟(たた)り目ということもある」

  ちょうど三日目の暁方(あけがた)に、隣
の家で赤ん坊がおぎゃあと泣いた声を聞いて、
うんそうだと豁然大悟(かつぜんたいご)し
て、それから早速長い髪を切って男の着物を
きて Hierophilus の講義をききに行った。首
尾よく講義をきき終(おお)せて、もう大丈
夫と云うところでもって、いよいよ産婆を開
業した。ところが、奥さん流行(はや)りま
したね。あちらでもおぎゃあと生れるこちら
でもおぎゃあと生れる。それがみんな Agnodice 
の世話なんだから大変儲かった。ところが人
間万事塞翁(さいおう)の馬、七転(ななこ
ろ)び八起(やお)き、弱り目に祟(たた)
り目で、ついこの秘密が露見に及んでついに
御上(おかみ)の御法度(ごはっと)を破っ
たと云うところで、重き御仕置(しおき)に
仰せつけられそうになりました。(『猫』六)



神聖なる狂気
   2016/2/25 (木) 09:57 by Sakana No.20160225095754

02月25日

「詩人には逆上が必要だそうですが」
「汽船に石炭が欠く可からざるようなものだ」
「先生のお言葉ですが、石油や原子力でも汽
船は動くからその比喩はどうかと思います。
帆船に風が欠く可からざるようなものだとい
うべきでしょう」
「要するに、詩人には逆上が必要ということ
を言いたいのだ。ただし、逆上は気違の異名
で、世間体が悪いから、詩人たちの仲間では
逆上をインスピレーションと呼んでいる」
「インスピレーションは日本語ではふつう、
霊感とかひらめきという意味に訳されていま
すね」
「詩人は天から霊感やひらめきを受けて詩を
つくるはずだが、苦沙弥は落雲館の生徒たち
と喧嘩して逆上しただけだ。詩なんかつくっ
ていない」
「ステッキを持って裸足で外へ飛び出したと
ころは詩人らしいですね」
「プレートー(プラトン)はこの種の逆上を
神聖なる狂気と号したが、いくら神聖でも狂
気では人が相手にしない」

 詩人に逆上が必要なる事は汽船に石炭が欠
く可からざる様な者で、この供給が一度でも
途切れると彼れ等は手を拱(こまね)いて飯
を食うより外に何等の能もない凡人になって
しまう。尤も逆上は気違の異名で、気違にな
らないと家業が立ち行かんとあつては世間体
が悪いから、彼等の仲間では逆上を呼ぶに逆
上の名を以てしない。申し合わせてインスピ
レーション、インスピレーションとさも勿体
そうに称えている。これは彼等が世間を瞞着
する為に製造した名でその実は正に逆上であ
る。プレートー(プラトン)は彼等の肩を持
って、この種の逆上を神聖なる狂気と号した、
いくら神聖でも狂気では人が相手にしない。
                   (『猫』八 )



自殺学
   2016/2/22 (月) 12:00 by Sakana No.20160222120010

02月22日

「俺は生きているのはいやだ」
「遠慮はいらないから死ぬさ」
「死ぬのは猶いやだ」
「生きるのはいや、死ぬのもいや、それが問
題だ。しかし、安心するがいい。自然のまま
に放擲して置けば、そのうち世間がいじめ殺
してくれるだろう」
「老人ホームで介護職員にいじめ殺されるの
はいやだ」
「では子供たちに厄介者扱いされ、たらいま
わしにされたあげく、救急車の中で死ね」
「もっとはなやかで、独創的な死に方はない
ものでしょうか」
「トルストイのように山の神をおそれて家出
し、田舎の停車場で息をひきとるというのは
どうだ」
「山の神を恐れ、世を恐れ、おどおどと家を
抜け出て、孤往独遇の旅に出て、ついに野垂
れ死にした径路を日記で熟読すると、悲愴で
もあり滑稽でもあり、人生の真相を鏡にかけ
てみるごとくである。ああ、我らが敬愛する
トルストイ翁!などと正宗白鳥輩に揶揄され
ますよ」
「それもいやなら、とりあえず、生きたいと
いう念々に支配せられて生き続けるしかない」

「とにかくこの勢で文明が進んでいった日に
ゃ俺は生きているのはいやだ」と主人がいい
出した。
「遠慮はいらないから死ぬさ」と迷亭が言下
(ごんか)に道破する。
「死ぬのは猶いやだ」と主人がわからん強情
を張る。         (『猫』十一)

「死ぬ事は苦しい。然し死ぬ事が出来なけれ
ば猶苦しい。神経衰弱の国民には生きている
事が甚しき苦痛である。従って死を苦にする。
死ぬのが厭だから苦にするのではない。どう
して死ぬのが一番よかろうと心配するのであ
る。只大抵のものは智慧が足りないから自然
のままに放擲して置くうちに、世間がいじめ
殺してくれる。然し一と癖あるものは世間か
らなし崩しにいじめ殺されて満足するもので
はない。必ずや死に付いて種々考究の結果、
斬新な名案を呈出するに違ない。だからして
世界向後の趨勢は自殺者が増加して、その自
殺者が皆独創的な方法を以てこの世を去るに
違ない」
「大分物騒な事になりますね」
             (『猫』十一)




神経衰弱
   2016/2/19 (金) 06:10 by Sakana No.20160219061059

02月19日

「私はのんきな御隠居さんに見えても神経は
意外に繊細なところがあります。床にはいっ
てから、あれこれとよしなしごとを考えてい
るうちに眠れなくなってしまう」
「それは大脳の前頭葉で考える知識人の病気
で、漱石もかかった神経衰弱、今でいうノイ
ローゼだ」。
「どうしたらよいでしょう」
「睡眠薬か向精神薬を飲めばよい」
「薬は副作用があるのでなるべく飲まないよ
うにしています。私は科学上の真よりも文芸
上の真で問題を解決したいのです」
「前頭葉で『文学論』を読みといてもダメ。
大脳中枢の無意識の発動にまかせたときに得
られる身体的思考法によって行動するべきだ」
「具体的にどうするのですか」
「禅寺にこもって只管打坐するがよい」
「面壁九年は勘弁してください」
「それなら、農民や職人のように体を動かす
ことだ」
「私は高等遊民の暮らしが向いていると思う
のですが」
「高等遊民に徹するつもりなら、神経衰弱を
おそれてはいけない。迷亭や独仙を見ならえ」
「鉄牛面に鉄牛心、牛鉄面の牛鉄心、ですか」
「彼らの神経は図太い。どこから見ても神経
衰弱以前の民だね」

「借りた金を返す事を考えないものは幸福で
あるが如く、死ぬ事を苦にせんものは幸福さ」
と独仙君は超然として出世間的である。
「君の様に云うとつまり図太いのが悟ったの
だね」
「そうさ。禅語に鉄牛面に鉄牛心、牛鉄面の
牛鉄心と云うのがある」
「そうして君がその標本と云う訳かね」
「そうでもない。然し死ぬのを苦にする様に
なったのは神経衰弱と云う病気が発明された
以後の事だよ」
「成程君などはどこから見ても神経衰弱以前
の民だよ」        (『猫』十一)


資本(三角術)
   2016/2/16 (火) 06:21 by Sakana No.20160216062116

02月16日

「金を作るにも三角術使わなくちゃいけない
──義理をかく、人情をかく、恥をかくこれ
で三角になるそうだ」
「私が会社に就職して、まず教育されたのは
汗かく、です。汗をかいて仕事をせよ、仕事
をとってこいと」
「すると、四角術になる」
「義理をかくと恥をかくも教わったことがあ
りますが、人情をかくはなかったような気が
します」
「そうか。きみが入社したのは高度経済成長
がはじまった昭和三十年代──当時の日本人
の間では人情はまだすたれていなかったのか
な」
「義理がすたればこの世は闇だという村田英
雄『人生劇場』の演歌がヒットしたのは昭和
四十六年です」
「義理がすたれば人情もすたれる。三角術が
ますます幅をきかす時代になった」
「しかし、それも行き詰まり、今や世界同時
不況、資本主義の終焉がささやかれておりま
す。どうすればよいでしょう」
「義理を知る、人情を知る、恥を知る──三
知るを復活させるしかない」

「僕は実業家は学校時代から大嫌だ。金さえ取
れれば何でもする。昔で云えば素町人だからな」
と実業家を前に控えて太平楽を並べる。
「まさか──そうとばかりも云えんがね、少し
は下品なところもあるのさ。とにかく金と情死
(しんじゅう)する覚悟でなければ遣り通せな
いから。──ところがその金という奴が曲者で
──今もある実業家の所へ行って聞いて来たん
だが、金を作るにも三角術使わなくちゃいけな
いと云うのさ──義理をかく、人情をかく、恥
をかくこれで三角になるそうだ。面白いじゃな
いかアハハハハ」
「誰だそんな馬鹿は」
「馬鹿じじゃない。中々利口な男なんだよ。実
業界で一寸有名だがね。君知らんかしら、つい
この先の横丁にいるんだが」
「金田か? 何だあんな奴」
               (『猫』五)



平等(人間は平等を嫌う)
   2016/2/14 (日) 09:36 by Sakana No.20160214093648

02月13日

「全ての人間は生まれながらに尊厳と権利に
おいて自由にして平等である」
「誰だ、そんなデタラメをいうな」
「『世界人権宣言』第1条です」
「そんなことを真に受けたらヒドイ目にあう
ぞ。自然は真空を忌むが如く、人間は平等を
嫌う」
「そうでしょうか」
「猫が大衆浴場で観察したところによれば、
平等はいくらはだかになったって得られるも
のではない。裸でいるうちは平等だが、衣服
をつけまとうことによって他人と差がつく。
人間の歴史は衣服の歴史なのだ」」
「車夫による猿股の発明をデカルトの法則に
匹敵するというようなことを言っていますね。
我猿股をはく故に我あり」。
「衣服だけではない。人間は家や車や貴金属
でも差をつけたがる」
「能力、容貌、性格などは生まれつきそなわ
ったもので、平等というわけにはいきません」
「不平等の最たるものは権力だ。フランス革
命でもソ連や中国の共産主義革命でも人間が
権力の平等を嫌うことが証明された」
「勝ち組と負け組がはっきりする格差社会は
なんとかならないものでしょうか」

  して見るとこの心理からして一大発見が出
来る。それは外でもない。自然は真空を忌む
が如く、人間は平等を嫌うと云う事だ。既に
平等を嫌って己を得ず衣服を骨肉が如く斯様
につけ纏う今日に於て、この本質の一部分た
る、これ等を打ち遣って、元の杢阿弥の公平
時代に帰るのは狂人の沙汰である。
         (『猫』七)


自由(心を自由にする修行)
   2016/2/10 (水) 06:14 by Sakana No.20160210061402

02月10日

「自由はよいことですか、悪いことですか」
「自分に自由があるのはよいが、他人が自由
に振る舞うのは面白くない」
「では、『文学論』を自分が自己本位の読み
方をするのはよいが、他人が自己本位の読み
方をするのはけしからんということになりま
すね」
「『文学論』に関しては誰もが自己本位の読
み方をしてもよい。漱石も文句を言うどころ
か、むしろ歓迎するだろう」
「言論の自由は憲法第21条で保障されてい
ますからね」
「今は保障されていても、そのうちに独裁者
があらわれて、憲法解釈によって反対の意味
に変えてしまうこともあり得るので油断はで
きない」
「どうすればよいでしょう」
「世の中には自分が自由にできることと自由
にできないことがある。自由にできないこと
はそのままにしておいて、自由にできること
だけやればよい」
「ずいぶん消極的ですね」
「東洋の文明は西洋の文明とは違う、日本人
は東洋の文明にしたがって、心を自由にする
修行をすればよいと八木独仙は苦沙弥に忠告
している」
「それは如意不如意説といって、西洋でもエ
ピクテタスなどのストア哲学者が説いている
ことです。苦沙弥先生はエピクテタスを読ん
でいたから、独仙に言われなくても、そんな
ことは百も承知だったはずですが」

 西洋の文明は積極的、進取的かも知れない
がつまり不満足で一生をくらす人のつくった
文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化
させて満足を求めるのじゃない。西洋と大に
違うところは、根本的に周囲の境遇は動かす
べからざるものでと云う一大仮定の下に発達
しているのだ。親子の関係が面白くないと云
って欧州人の様にこの関係を改良して落ち付
きをとろうとするのではない。親子の関係は
在来のままで到底動かす事が出来んものとし
て、その関係の下に安心を求むる手段を講ず
るにある。夫婦君臣の間柄もその通り。武士
町人の区別もその通り。   (『猫』八)

 いくら自分がえらくても世の中は到底意の
如くなるものではない。落日を回(めぐ)ら
す事も、加茂川を逆(さか)に流す事も出来
ない。只出来るものは自分の心だけだからね。
心さえ自由にする修業をしたら、落雲館の生
徒がいくら騒いでも平気なものではないか。
              (『猫』八)


理性(余は思考す故に余は存在す)
   2016/2/7 (日) 07:17 by Sakana No.20160207071716

02月07日

「余は思考す故に余は存在す、とデカルトは
言いました。これは三つ子でも分る様な真理
です」
「九十歳の梅原猛が『人類哲学序説』で異論
をとなえている」
「梅原猛はすぐれた文学者ですが、哲学者と
しては落ちこぼれです。デカルトの真理は動
かないと思います」
「デカルトのいう余には、場所の規定がない、
肉体の規定もないと梅原はいう。肉体がない
余とは、いったいどういう存在か。デカルト
はそれを精神であり、理性とも言うが、その
精神は肉体なき理性であり、肉体なき精神で
はないか」、
「肉体と精神の二元論──そのおかげで科学
技術文明が発達しました」
「その科学技術文明が行き詰まっている。デ
カルトの二元論は問い直さなければならない。
「そもそも理性とは何でしょう」
「カントの『純粋理性批判』『実践理性批判』
を読めばわかる」
「なんどか読もうとしましたが、その都度はじ
きとばされました」
「世の中には読んで理解できた人が何人かはい
るはずだ」

 デカルトは「余は思考す故に余は存在す」
という三つ子にでも分る様な真理を考え出す
のに十何年か懸つたそうだ。凡て考え出す時
には骨の折れるものであるから猿股の発明に
十年を費やしたって車夫の智慧には出来過ぎ
ると云わねばならない。   (『猫』七)


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