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投出語法──道草
   2016/5/25 (水) 05:06 by Sakana No.20160525050629

05月25日

「『道草』の健三にも作者が投出されている
と思います」
「漱石はロンドンという遠い処から帰って駒
込の奥に所帯を持った。そして、親類縁者の
だれそれからたかられて、みんな金が欲しい
のだ、そうして金より外には何にも欲しくな
いのだと考え、自分が今まで何をして来たの
か解らなくなったーーーこれは実際に経験し
たことをそのまま描いたのだろう」
「でも、『道草』の当時は『吾輩は猫である』
の猫や苦沙弥先生に自己を投出して、金持の
金田夫妻に敵対し、ユーモアたっぷりの作風
で、余裕派と呼ばれました。モデルが同一人
物なのに、金銭感覚が健三と苦沙弥とではま
ったく違うので、別人格のように思われます」
「作者は別人格ではない。モデルを別人格の
ように描き分けて、読者を幻惑している多重
人格た」
「純真な読者を幻惑するとはひどいですね」
「幻惑は文学の第二の大目的だと漱石は言っ
ている。何のために文学論を研究したのかを
考えれば納得できるだろう」

 健三が遠い処から帰って来て駒込の奥に所
帯を持ったのは東京を出てから何年目になる
だろう。彼は故郷の土を踏む珍しさのうちに
一種の淋しみさえ感じた。
 彼の身体には新しく後に見捨てた遠い国の
臭がまだ付着していた。彼はそれを忌んだ。
一日も早くその臭を振い落さなければならな
いと思った。そうしてその臭いのうちに潜ん
でいる彼の誇りと満足には却って気が付かな
かった。           (『道草』)

 彼はけち臭い自分の生活状態を馬鹿らしく
感じた。自分より貧乏な親類の、自分より切
り詰めた暮らし向に悩んでいるのを気の毒に
思った。極めて低級な欲望で、朝から晩まで
齷齪しているような島田をさえ憐れに眺めた。
「みんな金が欲しいのだ。そうして金より外
には何にも欲しくないのだ」
 こう考えて見ると、自分が今まで何をして
来たのか解らなくなった。  (『道草』)



投出語法──こころ
   2016/5/22 (日) 05:31 by Sakana No.20160522053130

05月22日

「『こころ』の先生にも作者の意識Fが投出
されているのでしょうか」
「もし自分が殉死するならば、明治の精神に
殉死する積りだと答えたあたりに投出されて
いる」
「明治の精神とは如何なるものでしょう」
「それは歴史を学べばわかる」
「私は昭和生まれです」
「昭和の精神に殉死せよ」
「昭和が平成になってから、そろそろ三十年
ーーーもう手遅れです」
「ならば、平成の精神に殉死すればよい」
「平成の精神とは何でしょう」
「何でもありだ」
「実は、一昨日、私のパソコンが、指示もし
ないのに、突然、Windows 10にバージョンア
ップしてしまい、そのおかげでインターネッ
トに接続できなくなりました。Windows 7搭載
という旧式のパソコンなので、Windows 10に
バージョンアップしてはいけないのです」
「指示しないのに、勝手にバージョンアップ
されるはずがない」
「ところが、現実にそんな現象が起こったの
です。文学論のまとめも、もはやこれまでか
と、一時はあきらめの心境にもなりました」
「元通りちゃんと接続できているではないか」
「それはWindows 7に復元したからです。でも、
OCNのサポートに電話しても、そんな問題はマ
イクロソフト社に問い合わせてくれといって
相手にしてくれないし、マイクロソフト社の
電話はつながらないし、復元するのにずいぶ
ん手間がかかりました。私はもうWindowsにつ
いていけません」
「では、平成の精神はWindowsに象徴されると
いうことにして、殉死の準備にとりかかりな
さい」

 すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御にな
りました。その時私は明治の精神が天皇に始
まって天皇に終わったような気がしました。
最も強く明治の影響を受けた私どもが、その
後に生き残っているのは必竟時勢遅れだとい
う感じが烈しく私の胸を打ちました。私は明
白(あから)さまに妻にそう云いました。妻
は笑って取り合いませんでしたが、何を思っ
たものか、突然私に、では殉死でもしたら可
(よ)かろうと調戯(からか)いました。
 私は殉教という言葉を殆ど忘れていました。
平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈
んだまま、腐れかけていたものと見えます。
妻の笑談を聞いて始めてそれを思い出した時、
私は妻に向ってもし自分が殉死するならば、
明治の精神に殉死する積りだと答えました。
私の答も無論笑談に過ぎなかったのですが、
私はその時何だか古い不要な言葉に新しい意
義を盛り得たような心持がしたのです。
             (『こころ』)




投出語法──行人
   2016/5/19 (木) 05:33 by Sakana No.20160519053323

05月19日

「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗教
に入るか。僕の前途にはこの三つのものしか
ないという『行人』の一郎には作者の意識の
焦点Fが投出されているでしょうか」
「投出語法だろうね。宗教にはどうも這入れ
そうもない。死ぬのも未然に食い留められそ
うだ。なればまあ気違いだなーーというのは
本人も自覚していたし、身近にいる細君にも
わかっていた」
「六月の梅雨期頃 からぐんぐん頭が悪くなっ
て、七月に入ってはますます悪くなる一方、 
ですという思い出を細君は語っています」
「頭が悪くなるというのはどういう意味だ?」
「漱石先生が馬鹿になったとはいくら悪妻で
も思わないでしょう。気違いのようになった
という意味だと思います」
「『行人』は連載中、梅雨時から秋口まで連
載が中断された期間があるはずだ」
「大正二年四月十七日から九月十七日までが
中断期間です」
「絶望の谷に赴く人のように見えたと同行者
の友人Hはいうが、一郎は苦沙弥や迷亭のよ
うな太平の逸民とちがって、笑いを忘れてい
る」
「でも、頭が悪くなったことはそれ以前にも
あります。『猫』の執筆中にもありました。
苦沙弥のFが一郎のF’に移行しただけの
ことかもしれません」
「そういえば、太平の逸民の中にも天道公平
という気違いがいた」
「苦沙弥先生は、天道公平の手紙を読んで、
<中中意味深長だ。何でも余程哲理を研究し
た人に違ない。天晴れな見識だ>と感心して
いますね」
「天才と気違いは紙一重というが、苦沙弥の
Fと一郎のF’も紙一重だ」

「死ぬか、気が違うか、それでなければ宗
教に入るか。僕の前途にはこの三つのものし
かない」
 兄さんは果たしてこう云い出しました。そ
の時、兄さんの顔は、寧ろ絶望の谷に赴く人
の様に見えました。
「然し宗教にはどうも這入れそうもない。死
ぬのも未然に食い留められそうだ。なればま
あ気違いだな。然し未来の僕はさて置いて、
現在の僕は君正気なんだろうかな。もう既に
どうかなっているんじゃないかしら。僕は怖
くて堪らない」
                (行人)

…… 親友も汝(なんじ)を売るべし。父母
(ふぼ)も汝に私(わたくし)あるべし。愛
人も汝を棄つべし。富貴(ふっき)は固(も
と)より頼みがたかるべし。爵禄(しゃくろ
く)は一朝(いっちょう)にして失うべし。
汝の頭中に秘蔵する学問には黴(かび)が生
(は)えるべし。汝何を恃(たの)まんとす
るか。天地の裡(うち)に何をたのまんとす
るか。神?
 神は人間の苦しまぎれに捏造(でつぞう)
せる土偶(どぐう)のみ。人間のせつな糞
(ぐそ)の凝結せる臭骸のみ。恃(たの)む
まじきを恃んで安しと云う。咄々(とつとつ)、
酔漢漫(みだ)りに胡乱(うろん)の言辞を
弄して、蹣跚(まんさん)として墓に向う。
油尽きて灯(とう)自(おのずか)ら滅す。
業尽きて何物をか遺(のこ)す。苦沙弥先生
よろしく御茶でも上がれ。……
                                (猫)



投出語法──彼岸過迄
   2016/5/16 (月) 05:34 by Sakana No.20160516053431

05月16日

「『彼岸過迄』の須永の話に柴又の帝釈天に
参詣する場面があります。なぜ帝釈天なので
しょう?」
「柴又の帝釈天には参詣客が多い。フーテン
の寅さんの映画『男はつらいよ』でよく知ら
れている」
「須永はインテリの高等遊民、寅さんは無学
の大道芸人ですよ」
「好きな女性にたいして煮えきれない態度を
とるところが似ている」
「江戸ッ子で、うなぎのかば焼きが好きとい
う共通点もありますね」
「川甚で誂えた鰻の蒲焼が甘たるくて食えな
いなどと須永は贅沢なことをいう」
「川甚という店は百年後の今も営業している
そうですから、こんど味をたしかめにいって
きたいと思っています」
「そんなことをしたがるのは田舎者だ。それ
よりお賽銭をあげて、拝むのを忘れないよう
に」
「わかりました。義理に拝ませられたような
顔をして門を出ることにします」
「そんな風に百年後の読者に投出の動機付け
をする力があるところをみると、『彼岸過迄』
は名作かもしれない」

  この日彼らは両国から汽車に乗って鴻の台
の下まで行って降りた。それから美くしい広
い河に沿って土堤の上をのそのそ歩いた。敬
太郎は久しぶりに晴々はればれした好い気分
になって、水だの岡だの帆ほかけ船ぶねだの
を見廻した。須永も景色けしきだけは賞めた
が、まだこんな吹き晴らしの土堤などを歩く
季節じゃないと云って、寒いのに伴れ出した
敬太郎を恨んだ。早く歩けば暖たかくなると
出張した敬太郎はさっさと歩き始めた。須永
は呆きれたような顔をして跟いて来た。
  二人は柴又の帝釈天の傍まで来て、川甚と
いう家へ這入って飯を食った。そこで誂えた
鰻の蒲焼が甘たるくて食えないと云って、須
永はまた苦い顔をした。先刻から二人の気分
が熟しないので、しんみりした話をする余地
が出て来ないのを苦しがっていた敬太郎は、
この時須永に「江戸っ子は贅沢なものだね。
細君を貰うときにもそう贅沢を云うかね」と
聞いた。          (彼岸過迄)

 柴又の帝釈天の境内に来た時、彼らは平凡
な堂宇を、義理に拝ませられたような顔をし
てすぐ門を出た。そうして二人共汽車を利用
してすぐ東京へ帰ろうという気を起した。停
車場(ステーション)へ来ると、間怠こい田
舎汽車の発車時間にはまだだいぶ間があった。
二人はすぐそこにある茶店に入って休息した。
              (彼岸過迄)



投出語法──門
   2016/5/13 (金) 05:50 by Sakana No.20160513055044

05月13日

「『門』の宗助には作者の意識の焦点(F)
が投出されていると思います」
「どんな風に?」
「彼は門を通る人ではなかった。また門を通
らないで済む人でもなかった。要するに、彼
は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つ
べき不幸な人であった」
「どうして宗助はそんなに不幸な人になった
のだろう?」
「禅寺で父母未生以前本来の面目は何かとい
う公案を与えられたのに答が見つからなかっ
たからです」
「そもそも禅寺で座禅なんかをしようと思っ
たのが間違っている」
「悩みがあり、その悩みからの解脱をもとめ
たのです」
「苦沙弥先生や坊ちゃんや『草枕』の画工は
余裕派で、悩みはユーモアで笑いとばしてい
た。作者の意識の焦点はどうして宗助のよう
な不幸な人に投出されるようになったのだろ
う」
「『三四郎』や『それから』で描かれている
ような因果から生じた悩みがあったのです」
「要するに余裕派だった作者の意識(F)が
不幸な人の意識(F’)に移行した。そこで
問われるのは作者の本来の人格だ。父母未生
以前本来の面目はFかF’か」

  宜道はこんな話をして、暗に宗助が東京へ
帰ってからも、全くこの方を断念しないよう
にあらかじめ間接の注意を与えるように見え
た。宗助は謹んで、宜道のいう事に耳を借し
た。けれども腹の中では大事がもうすでに半
分去ったごとくに感じた。自分は門を開けて
貰いに来た。けれども門番は扉の向側にいて、
敲いてもついに顔さえ出してくれなかった。
ただ、 「敲いても駄目だ。独りで開けて入
れ」と云う声が聞えただけであった。彼はど
うしたらこの門の閂を開ける事ができるかを
考えた。そうしてその手段と方法を明らかに
頭の中で拵えた。けれどもそれを実地に開け
る力は、少しも養成する事ができなかった。
したがって自分の立っている場所は、この問
題を考えない昔と毫も異なるところがなかっ
た。彼は依然として無能無力に鎖ざされた扉
の前に取り残された。彼は平生自分の分別を
便に生きて来た。その分別が今は彼に祟った
のを口惜しく思った。そうして始から取捨も
商量も容れない愚なものの一徹一図を羨やん
だ。もしくは信念に篤い善男善女の、知慧も
忘れ思議も浮ばぬ精進の程度を崇高と仰いだ。
彼自身は長く門外に佇立むべき運命をもって
生れて来たものらしかった。それは是非もな
かった。けれども、どうせ通れない門なら、
わざわざそこまで辿りつくのが矛盾であった。
彼は後を顧かえりみた。そうしてとうていま
た元の路へ引き返す勇気を有たなかった。彼
は前を眺めた。前には堅固な扉がいつまでも
展望を遮ぎっていた。彼は門を通る人ではな
かった。また門を通らないで済む人でもなか
った。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、
日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。
                      (『門』)


投出語法──それから
   2016/5/10 (火) 05:48 by Sakana No.20160510054838

05月10日

「『それから』の主人公代助は三十歳になっ
ても妻帯せず、仕事もせず、毎日ぶらぶら暮
らしています。いわゆる高等遊民です。この
高等遊民には作者が投出されているようです」
「漱石は三十歳のときは妻帯していた。熊本
で高等学校の先生として働いてもいた。親か
ら生活費の援助なんか受けていない」
「でも、食う為に働らくのはよくないでしょ
う。たとえば、デカルトとかダーウィンとか、
偉大な仕事をした人物の多くは食う為に働い
ていません」
「漱石が三十歳のとき、正岡子規宛に送った
書簡によれば、教師をやめたいと言っている。
月々五、六十円の収入があれば、文学三昧に
て消光したいと------これは、親友宛の書簡
だけにホンネとみてよいかもしれない」
「当時の物価は安かったとはいえ、妻子を食
わせ、自分も食うためには六十円位の収入は
必要だったのでしょうね」
「親友の子規は貧乏な上に病人だからまった
く頼りにならない」
「でも、当時の漱石先生は、食う為に働らく
のはよくないと考えていたはずです。少なく
ともその気分(f)はあった。その気分(f)
が代助に投出されているのではないでしょう
か」

 「それは実業が厭なら厭で好い。何も金を
儲けるだけが日本の為になるとも限るまいか
ら。金は取らんでも構わない。金の為にとや
かく云うとなると、御前も心持がわるかろう。
金は今まで通り己が補助して遣やる。おれも
う何時死ぬか分らないし、死にゃ金を持って
行く訳にも行かないし。月々御前の生計位ど
うでもしてやる。だから奮発して何か為るが
好い。国民の義務としてするが好い。もう三
十だろう」
 「そうです」
 「三十になって遊民として、のらくらしてい
るのは、如何にも不体裁だな」
  代助は決してのらくらしているとは思わな
い。ただ職業の為に汚されない内容の多い時
間を有する、上等人種と自分を考えているだ
けである。親爺がこんな事を云うたびに、実
は気の毒になる。親爺の幼稚な頭脳には、か
く有意義に月日を利用しつつある結果が、自
己の思想情操の上に、結晶して吹き出してい
るのが、全く映らないのである。仕方がない
から、真面目な顔をして、
 「ええ、困ります」と答えた。老人は頭から
代助を小僧視している上に、その返事が何時
でも幼気を失わない、簡単な、世帯離れをし
た文句だものだから、馬鹿にするうちにもど
うも坊ちゃんは成人しても仕様がない、困っ
たものだと云う気になる。そうかと思うと、
代助の口調が如何にも平気で、冷静で、はに
かまず、もじ付かず、尋常極まっているので、
此奴は手の付け様がないという気にもなる。
 「身体は丈夫だね」
 「二三年このかた風邪を引いた事もありませ
ん」
 「頭も悪い方じゃないだろう。学校の成蹟も
可なりだったんじゃないか」
 「まあそうです」
 「それで遊んでいるのは勿体ない。あの何と
か云ったね、そら御前の所へ善く話しに来た
男があるだろう。己も一二度逢あったことが
ある」
 「平岡ですか」
 「そう平岡。あの人なぞは、あまり出来の可
いい方じゃなかったそうだが、卒業すると、す
ぐ何処かへ行ったじゃないか」
 「その代り失敗しくじって、もう帰って来ま
した」
  老人は苦笑を禁じ得なかった。
 「どうして」と聞いた。
 「つまり食う為に働らくからでしょう」
  老人にはこの意味が善く解わからなかった。
              (『それから』)

 さて、小生の目的御尋ね故御明答申上たけれ
ど実は当人自らがいはゆるわが身でわが身がわ
からない位故、到底山川流に説明する訳には参
りかね候へど単に希望を臚(ろ)列するならば
教師をやめて単に文学的の生活を送りたきなり。
換言すれば文学三昧にて消光したきなり。月々
五、六十の収入あれば今にも東京へ帰りて勝手
な風流を仕る覚悟なれど、遊んでをって金が懐
中に飛び込む訳にもゆかねば衣食だけは少々堪
忍辛防して何かの種を探し(但し教師を除く)、
その余暇を以て自由な書を読み自由な事を言ひ
自由な事を書かん事を希望致候。
 (明治三十年四月三十日、正岡子規宛書簡)


投出語法----三四郎
   2016/5/7 (土) 05:57 by Sakana No.20160507055711

05月07日

「『三四郎』のモデルは小宮豊隆といわれて
います。他にも野々宮宗八は寺田虎彦、佐々
木与次郎は鈴木三重吉がモデル、というよう
にもっぱら門下生の人間描写、心理描写が中
心で、作者の自己投出は意識的に抑制されて
いるように見うけられます」
「偉大なる暗闇の広田先生にいくぶんか作者
が自己投出されているのではないか」
「広田先生のモデルは岩元禎という説があり
ます」
「三四郎は文学論の講義を受けている。古来
文学者が文学に対して下した定義をおよそ二
十ばかり先生が並べ、三四郎がこれを大事に
手帳に筆記したというのだが、この先生が漱
石だろう」
「たぶんそうでしょう。しかし、先生の人柄
などの描写はありません。つまり、人格がま
ったく投出されていないのです。それで投出
語法といえるでしょうか」
「『英文学概説』(『英文学形式論』)を読
めば、漱石が文学の定義についてどう考えた
がわかる」
「<私は文学なるものは科学の如く定義をす
 べき性質のものでなく、下し得るものとも
考えへて居らない>ですね。ここに漱石先生
の人格ないし思想が投出されているとはいえ
ないこともないでしょうが」

 それから約十日ばかりたってから、ようや
講義が始まった。三四郎がはじめて教室へは
いって、ほかの学生といっしょに先生の来る
のを待っていた時の心持ちはじつに殊勝なも
のであった。神主が装束を着けて、これから
祭典でも行なおうとするまぎわには、こうい
う気分がするだろうと、三四郎は自分で自分
の了見を推定した。じっさい学問の威厳に打
たれたに違いない。それのみならず、先生が
ベルが鳴って十五分立っても出て来ないので
ますます予期から生ずる敬畏の念を増した。
そのうち人品のいいおじいさんの西洋人が戸
をあけてはいってきて、流暢な英語で講義を
始めた。三四郎はその時 answerアンサー と
いう字はアングロ・サクソン語の and-swaru
アンド・スワル から出たんだということを覚
えた。それからスコットの通った小学校の村
の名を覚えた。いずれも大切に筆記帳にしる
しておいた。その次には文学論の講義に出た。
この先生は教室にはいって、ちょっと黒板ボ
ールドをながめていたが、黒板の上に書いて
ある Geschehenゲシェーヘン という字と 
Nachbildナハビルド という字を見て、はあ
ドイツ語かと言って、笑いながらさっさと消
してしまった。三四郎はこれがためにドイツ
語に対する敬意を少し失ったように感じた。
先生は、それから古来文学者が文学に対して
下した定義をおよそ二十ばかり並べた。三四
郎はこれも大事に手帳に筆記しておいた。
             (『三四郎』)


大型連休(後半)
   2016/5/4 (水) 05:40 by Sakana No.20160504054022

05月04日

「文学論のまとめを、あと一年間の期間限定で
どのようにすすめたらよいかを考えてみました」
「まだ、第四編 文学的内容の相互関係、でも
たついている」
「第四編の残りを片付け、第五編をもう一度読
むだけでも四カ月位はかかると思われます」
「夏が過ぎて、秋になってしまう」
「秋口から今度こそまとめにかかるということ
になりますが、問題ははたしてまとまるかどう
か、そもそも無理やりまとめることに意味があ
るかどうかですね」
「今さらそんな逃げ腰でどうする。どうまとめ
るつもりか具体的なプランを示してくれ」
「とりあえず、序から第一篇、第二編、第三編、
第四編、第五編、さらに文芸の哲学的基礎につ
いて、それぞれ一か月位かけて、部分的なまと
めをする。そして最後に全体のまとめにつなげ
るという方針でいきたいと思いますが、如何で
しょうか」
「そんないいかげんなことで、全体のまとめが
できるのか」
「できるかできないか、やってみなければわか
りませんが、今さらやーめたといわけにもいか
ないようですから」


大型連休(前半)
   2016/5/3 (火) 12:47 by Sakana No.20160503124717

05月01日

「大型連休に入りました。文学論をまとめる
作業を一息つかせてください」
「読みはじめてから十年目、まとめを意識し
からでも二年目。締切は来年の4月30日と
いうことになっているが大丈夫か」
「はあ、月日のたつのは早いものですね」
「この一年をふりかえってみると、要するに
三回目の読みをしながら、気がついたことを
メモしているだけで、まとめのかたちになっ
ていないという印象を受ける」
「私としてはそれなりに新しい発見もあるよ
うな気がしているのですが」
「それにしても、もたもたしていて、先行き
の見通しがつかない。第四編 文学的内容の
相互関係には、投出語法、投入語法、自己と
隔離せる語法、滑稽的連想、調和法、対置法、
写実法、間隔論と8項目もある。その項目の
すべてについて漱石の全作品から用例をあつ
めるつもりでいるとしたら、とても締切に間
に合わないだろう」
「ご心配なく。各作品からの用例の採取は投
出語法だけにとどめ、その他の項目について
『猫』からの引用にとどめることにします」
「その後は、どうするつもりだ?」
「せっかくの大型連休です。ゆっくり頭をや
すめましょう」


投出語法----坑夫
   2016/4/28 (木) 06:46 by Sakana No.20160428064659

04月28日

「『坑夫』の主人公にはモデルがあるそうで
す」
「漱石は坑夫になったことがない。だから、
この小説には投出語法はないといいたいのか」
「わかりません。この書き出しの文章に投出
語法は用いられているでしょうか」
「松原を通って、どこまで行っても松なかり
あるのでうんざりした経験は漱石にもあった
かもしれない」
「さあ、どうでしょうか」
「こっちがいくら歩行(ある)いたって松の
方で発展してくれなければ駄目な事だ。いっ
そ始めから突っ立ったまま松と睨らめっ子を
している方が増しだという」
「漱石先生らしい表現ですね」
「家出の経験はどうだ?夜中に東京を立って
北の方へ歩いていったことはありそうだ」
「落第をしたことはありますが、家出はない
と思います」
「八幡様の神楽堂へ上がってちょっと寝たこ
とは?」
「経験はモデルの素材から借用したとしても、
表現形式、つまり、文体には作者が投出され
ています。したがって、広い意味では、これ
も投出語法だという気がしてきました」

  さっきから松原を通ってるんだが、松原と
云うものは絵で見たよりもよっぽど長いもん
だ。いつまで行っても松ばかり生えていてい
っこう要領を得ない。こっちがいくら歩行い
たって松の方で発展してくれなければ駄目な
事だ。いっそ始めから突っ立ったまま松と睨
らめっ子をしている方が増しだ。
 東京を立ったのは昨夕の九時頃で、夜通し
むちゃくちゃに北の方へ歩いて来たら草臥れ
てくなった。泊る宿もなし金もないから暗闇
の神楽堂へ上がってちょっと寝た。何でも八
幡様らしい。寒くて目が覚めたら、まだ夜は
明け離れていなかった。それからのべつ平押
しにここまでやって来たようなものの、こう
やたらに松ばかり並んでいては歩く精がない。
              (『坑夫』)


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