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『文学論』──自己本位の読み方のまとめ
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大型連休(後半)
   2016/5/4 (水) 05:40 by Sakana No.20160504054022

05月04日

「文学論のまとめを、あと一年間の期間限定で
どのようにすすめたらよいかを考えてみました」
「まだ、第四編 文学的内容の相互関係、でも
たついている」
「第四編の残りを片付け、第五編をもう一度読
むだけでも四カ月位はかかると思われます」
「夏が過ぎて、秋になってしまう」
「秋口から今度こそまとめにかかるということ
になりますが、問題ははたしてまとまるかどう
か、そもそも無理やりまとめることに意味があ
るかどうかですね」
「今さらそんな逃げ腰でどうする。どうまとめ
るつもりか具体的なプランを示してくれ」
「とりあえず、序から第一篇、第二編、第三編、
第四編、第五編、さらに文芸の哲学的基礎につ
いて、それぞれ一か月位かけて、部分的なまと
めをする。そして最後に全体のまとめにつなげ
るという方針でいきたいと思いますが、如何で
しょうか」
「そんないいかげんなことで、全体のまとめが
できるのか」
「できるかできないか、やってみなければわか
りませんが、今さらやーめたといわけにもいか
ないようですから」


大型連休(前半)
   2016/5/3 (火) 12:47 by Sakana No.20160503124717

05月01日

「大型連休に入りました。文学論をまとめる
作業を一息つかせてください」
「読みはじめてから十年目、まとめを意識し
からでも二年目。締切は来年の4月30日と
いうことになっているが大丈夫か」
「はあ、月日のたつのは早いものですね」
「この一年をふりかえってみると、要するに
三回目の読みをしながら、気がついたことを
メモしているだけで、まとめのかたちになっ
ていないという印象を受ける」
「私としてはそれなりに新しい発見もあるよ
うな気がしているのですが」
「それにしても、もたもたしていて、先行き
の見通しがつかない。第四編 文学的内容の
相互関係には、投出語法、投入語法、自己と
隔離せる語法、滑稽的連想、調和法、対置法、
写実法、間隔論と8項目もある。その項目の
すべてについて漱石の全作品から用例をあつ
めるつもりでいるとしたら、とても締切に間
に合わないだろう」
「ご心配なく。各作品からの用例の採取は投
出語法だけにとどめ、その他の項目について
『猫』からの引用にとどめることにします」
「その後は、どうするつもりだ?」
「せっかくの大型連休です。ゆっくり頭をや
すめましょう」


投出語法----坑夫
   2016/4/28 (木) 06:46 by Sakana No.20160428064659

04月28日

「『坑夫』の主人公にはモデルがあるそうで
す」
「漱石は坑夫になったことがない。だから、
この小説には投出語法はないといいたいのか」
「わかりません。この書き出しの文章に投出
語法は用いられているでしょうか」
「松原を通って、どこまで行っても松なかり
あるのでうんざりした経験は漱石にもあった
かもしれない」
「さあ、どうでしょうか」
「こっちがいくら歩行(ある)いたって松の
方で発展してくれなければ駄目な事だ。いっ
そ始めから突っ立ったまま松と睨らめっ子を
している方が増しだという」
「漱石先生らしい表現ですね」
「家出の経験はどうだ?夜中に東京を立って
北の方へ歩いていったことはありそうだ」
「落第をしたことはありますが、家出はない
と思います」
「八幡様の神楽堂へ上がってちょっと寝たこ
とは?」
「経験はモデルの素材から借用したとしても、
表現形式、つまり、文体には作者が投出され
ています。したがって、広い意味では、これ
も投出語法だという気がしてきました」

  さっきから松原を通ってるんだが、松原と
云うものは絵で見たよりもよっぽど長いもん
だ。いつまで行っても松ばかり生えていてい
っこう要領を得ない。こっちがいくら歩行い
たって松の方で発展してくれなければ駄目な
事だ。いっそ始めから突っ立ったまま松と睨
らめっ子をしている方が増しだ。
 東京を立ったのは昨夕の九時頃で、夜通し
むちゃくちゃに北の方へ歩いて来たら草臥れ
てくなった。泊る宿もなし金もないから暗闇
の神楽堂へ上がってちょっと寝た。何でも八
幡様らしい。寒くて目が覚めたら、まだ夜は
明け離れていなかった。それからのべつ平押
しにここまでやって来たようなものの、こう
やたらに松ばかり並んでいては歩く精がない。
              (『坑夫』)


投出語法---夢十夜
   2016/4/25 (月) 05:00 by Sakana No.20160425050048

04月25日

「侍(さむらい)か、侍でないかという自己
投出の公案です」
「漱石は名主とはいえ、素町人の倅だ。侍で
はない」
「これでも元は旗本だ。旗本の夛田満仲の後
裔だ。こんな土百姓とは生れからして違うん
だと、坊ちゃんは伊予松山で啖呵をきってい
ます」
「伊予松山では正岡子規が侍の子孫だった」
「すると、御前は侍ではあるまいと夢で罵っ
た和尚は子規のような顔をしていたかもしれ
ませんね」
「夢判断ではそうなる。子規から見れば、漱
石は俳句の弟子であり、しかも町人だ」
「でも親しい友でもありました。異質な才能
の持主子規との出会いがなければ文豪漱石は
誕生しなかったでしょう」
「けっきょく、漱石は悟ったのか」
「即転居して悟ったと私は思いますが、異論
もあるようです。世の中には和尚のような偉
い糞坊主がゴロゴロいますから」

 お前は侍である。侍なら悟れぬはずはなかろ
うと和尚が云った。そういつまでも悟れぬとこ
ろをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言
った。人間の屑じゃと言った。ははあ怒ったな
と云って笑った。口惜しければ悟った証拠を持
って来いと云ってぷいと向こうをむいた。怪し
からん。
  隣の広間の床に据すえてある置時計が次の刻
を打つまでには、きっと悟って見せる。悟った
上で、今夜また入室する。そうして和尚の首と
悟りと引替えにしてやる。悟らなければ、和尚
の命が取れない。どうしても悟らなければなら
ない。自分は侍である。
  もし悟れなければ自刃する。侍が辱かしめら
れて、生きている訳には行かない。綺麗に死ん
でしまう。
  こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の
下へ這入った。そうして朱鞘の短刀を引摺ずり
出した。ぐっと束を握って、赤い鞘を向へ払っ
たら、冷たい刃が一度に暗い部屋で光った。凄
いものが手元から、すうすうと逃げて行くよう
に思われる。そうして、ことごとく切先へ集ま
って、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭
い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、
九寸五分の先へ来てやむをえず尖がってるのを
見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体
の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている
束がにちゃにちゃする。唇が顫えた。
  短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、
それから全伽を組んだ。――趙州曰く無と。無
とは何だ。糞坊主めとはがみをした。
                 (『夢十夜』)


投出語法---文鳥
   2016/4/22 (金) 04:42 by Sakana No.20160422044251

04月22日

「昔美しい女を知っていた---この女は誰かと
いうモデル探しがひところ話題になりましたね」
「くだらん」
「文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事
を思い出したというのです」
「文鳥の目つきが女の目を思いださせたという
ところに自己投出の妙味があるといいたいのか
もしれないが、妙味も珍味も感じない。薄気味
が悪いだけだ」
「後から、そっと行って、紫の帯上の房ふさに
なった先を、長く垂らして、頸筋の細いあたり
を、上から撫で廻わしたちうのですからただご
とではありません」
「ただのいたずらだよ」
「美がわからないのですね。大正三美人を御存
じですか」
「知らない」
「九条武子、柳原白蓮、江木欣々です」
「昭和三美人は?」
「さあ、田中絹代、原節子、高峰秀子あたりで
しょうか」
「そんな名前の女優がいたという記憶はある」
「佳人薄命、はかないですね」
「佳人長命だろう。それにしてもはかない」

 昔美しい女を知っていた。この女が机に凭れ
て何か考えているところを、後から、そっと行
って、紫の帯上の房ふさになった先を、長く垂
らして、頸筋の細いあたりを、上から撫で廻わ
したら、女はものう気げに後を向いた。その時
女の眉は心持八の字に寄っていた。それで眼尻
と口元には笑が萌していた。同時に恰好の好い
頸を肩まですくめていた。文鳥が自分を見た時、
自分はふとこの女の事を思い出した。この女は
今嫁に行った。自分が紫の帯上でいたずらをし
たのは縁談のきまった二三日後あとである。
               (『文鳥』)


投出語法──虞美人草
   2016/4/19 (火) 07:48 by Sakana No.20160419074847

04月19日

「漱石先生のロマンチックな一面が投出された
美文です。ご賞味ください」
「尾崎紅葉や泉鏡花の美文と似たようなもので、
ついていけない。とっくに賞味期限がきれてい
る」
「夢の世を夢よりも艶に眺めしむる黒髪に幻惑
されませんか」
「あれは嫌な女だと作者が弟子にホンネを言っ
ているではないか。一般読者を馬鹿にするのも
程がある」
「でも、三越が虞美人草浴衣を売り出したり、
宝飾店が虞 美人草指輪を売り出すなどして、
評判になりました。ビジネスとしては大成功で
す」
「文学としては失敗作だ」
「その大目的を生ずるに必要なる第二の目的は
幻惑の二字に帰着すと『文学論』にちゃんと明
記されていますよ。私は成功作だと思います」
「しからば、聞くが、第一の目的は何だ?」
「それはちょっと・・・・・・」
「『虞美人草』はその第一の目的にかなってい
るのか?」
「引き続き情報収集につとめ、いずれの日にか
ご報告できるように努力します」
「いくら情報収集しても、頭を使って考えなけ
ればダメだ」

 紅を弥生に包む昼酣なるに、春を抽んずる紫
の濃き一点を、天地の眠れるなかに、鮮やかに
滴たらしたるがごとき女である。夢の世を夢よ
りも艶に眺めしむる黒髪を、乱るるなと畳める
鬢の上に玉虫貝を冴々と菫に刻んで、細き金脚
にはっしと打ち込んでいる。静かなる昼の、遠
き世に心を奪い去らんとするを、黒き眸のさと
動けば、見る人は、あなやと我に帰る。半滴の
ひろがりに、一瞬の短かきを偸んで、疾風の威
を作すは、春にいて春を制する深き眼である。
この瞳を遡って、魔力の境を窮むるとき、桃源
に骨を白うして、再び塵寰に帰るを得ず。ただ
の夢ではない。糢糊たる夢の大いなるうちに、
燦たる一点の妖星が、死ぬるまで我を見よと、
紫色の、眉近く逼るのである。女は紫色の着物
を着ている。       (『虞美人草』)


 『虞美人草』は毎日かいている。藤尾という
女にそんな同情をもってはいけない。あれは嫌
な女だ。詩的であるが大人しくない。徳義心が
欠乏した女である。あいつをしまいに殺すのが
一篇の主意である。うまく殺せなければ助けて
やる。しかし助かればなおなお藤尾なるものは
駄目な人間になる。最後に哲学をつける。この
哲学は一つのセオリーである。僕はこのセオリ
ーを説明するために全篇をかいているのである。
だから決してあんな女をいいと思っちゃいけな
い。小夜子という女の方がいくら可憐だかわか
りやしない。
      (明治40年7月19日小宮豊隆あて書簡) 


投出語法ーー野分
   2016/4/16 (土) 08:29 by Sakana No.20160416082940

04月16日

「白井道也は文学者である、と『野分』は書
き出されています」
「三段論法によれば、
  白井道也は文学者である、
  吾輩は猫である、
  故に、白井道也は猫である、
ということになる」
「三段論法はともかくとして、白井道也にも
作者が投出されていることには間違いありま
せん」
「しかし、田舎の中学を二三箇所流して歩い
た末、去年の春飄然と東京へ戻って来た。始
めて赴任したのは越後のどこかであったとい
うが、漱石の場合は越後ではない。伊予の松
山だった」
「越後も伊予も田舎ですから、同じことです」
「田舎を軽んじてはいけない。日本の未来は
地方再生がなるかどうかにかかっている」
「地方再生は二十一世紀の課題です。作者=
白井道也=坊ちゃん=猫は、二十世紀のはじ
め頃、十重二十重に絡んだ因縁により田舎で
喧嘩をしたあげく、東京に舞い戻ってきたの
です」
「予は文学者であるなどと粋がらず、教育者
として田舎に骨を埋めてほしかった」
「そういうわけにもいけません。鴻雁の北に
去りて乙鳥(ツバメ)の南に来るさえ、鳥の
身になっては相当の弁解があるはずじゃ」

 白井道也は文学者である。
  八年前大学を卒業してから田舎の中学を二三
箇所流して歩いた末、去年の春飄然と東京へ戻
って来た。流すとは門附に用いる言葉で飄然と
は徂徠に拘かかわらぬ意味とも取れる。道也の
進退をかく形容するの適否は作者といえども受
合わぬ。縺れたる糸の片端も眼を着すればただ
一筋の末とあらわるるに過ぎぬ。ただ一筋の出
処の裏には十重二十重の因縁が絡んでいるかも
知れぬ。鴻雁の北に去りて乙鳥の南に来るさえ、
鳥の身になっては相当の弁解があるはずじゃ。
  始めて赴任したのは越後のどこかであった。
                      (『野分』)



投出語法──二百十日
   2016/4/13 (水) 07:51 by Sakana No.20160413075110

04月13日

「『二百十日』では豆腐屋の思い出に作者が
投出されていると思います」
「漱石は豆腐屋の息子だったのか」
「圭さんは豆腐屋の息子ということになって
いますが、漱石先生はそうではありません」
「それでは投出語法にならないのではないか」
「近所に豆腐屋があったのです。そして、お
寺の鉦(かね)の音がかんかんと響いてい。
その思い出が投出されているのです。絶妙の
取り合わせではありませんか」
「そうかな」
「とにかく、子供の頃のその記憶がよみがえ
ってきたのです」
「寒磬寺と云う寺は実在するのか」
「随筆『硝子戸の中』では西閑寺となってい
ます。二十一世紀の現在でも新宿区喜久井町
にある浄土宗のお寺に誓閑寺という寺があり
ますから、たぶんそれでしょう」
「喜久井町なら漱石の生家があったというか
ら地理的にはその誓閑寺の可能性が高い」

「僕の小供の時住んでた町の真中に、一軒豆
腐屋があってね」
 「豆腐屋があって?」
 「豆腐屋があって、その豆腐屋の角かどから
一丁ばかり爪先上がりに上がると寒磬寺(かん
けいじ)と云う御寺があってね」
 「寒磬寺と云う御寺がある?」
 「ある。今でもあるだろう。門前から見ると
ただ大竹藪ばかり見えて、本堂も庫裏もないよ
うだ。その御寺で毎朝四時頃になると、誰だか
鉦を敲く」
 「誰だか鉦を敲くって、坊主が敲くんだろう」
 「坊主だか何だか分らない。ただ竹の中でか
んかんと幽かに敲くのさ。冬の朝なんぞ、霜が
強く降って、布団のなかで世の中の寒さを一二
寸の厚さに遮ぎって聞いていると、竹藪のなか
から、かんかん響いてくる。誰が敲くのだか分
らない。僕は寺の前を通るたびに、長い石甃と、
倒れかかった山門と、山門を埋め尽くすほどな
大竹藪を見るのだが、一度も山門のなかを覗い
た事がない。ただ竹藪のなかで敲く鉦の音だけ
を聞いては、夜具の裏で海老のようになるのさ」
 「海老のようになるって?」
 「うん。海老のようになって、口のうちで、
かんかん、かんかんと云うのさ」
 「妙だね」  (『二百十日』)

 どんな田舎いなかへ行ってもありがちな豆腐
屋は無論あった。その豆腐屋には油の臭におい
の染込こんだ縄暖簾がかかっていて門口を流れ
る下水の水が京都へでも行ったように綺麗だっ
た。その豆腐屋について曲ると半町ほど先に西
閑寺(せいかんじ)という寺の門が小高く見え
た。赤く塗られた門の後は、深い竹藪で一面に
掩われているので、中にどんなものがあるか通
りからは全く見えなかったが、その奥でする朝
晩の御勤おつとめの鉦の音ねは、今でも私の耳
に残っている。ことに霧の多い秋から木枯の吹
く冬へかけて、カンカンと鳴る西閑寺の鉦の音
は、いつでも私の心に悲しくて冷めたい或物を
叩き込むように小さい私の気分を寒くした。
             (『硝子戸の中』



投出語法ーー草枕
   2016/4/10 (日) 05:41 by Sakana No.20160410054112

04月10日

「『草枕』の語り手にも作者が投出されてお
ります」
「語り手は画工ということになっている。漱
石も画を描くのは好きだったらしいが、画工
とはいえない」
「むしろ詩人ですね」
「たしかに俳句と漢詩をつくるのも好きで、
作品も残っている。しかし、詩人といえるだ
ろうか」
「厳密にいうと、どうかわかりませんが、総
合力で芸術家だったことはまちがいありませ
ん」
「そうかな。『草枕』は芸術という言葉が使
われているが、戯作のようなところもある。
戯作は芸術ではない」
「でも、読んでいるうちに、長閑な気持ちに
なってきます。あらゆる芸術の士は人の世を
長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊たっ
とい」
「しかし、晩年の漱石作品、『行人』『道草』
『明暗』などを読んでも、ちっとも長閑にな
らないし、心が豊かにならない」
「それは読み方がわるいからですよ」

  とかくに人の世は住みにくい。
  住みにくさが高じると、安い所へ引き越し
たくなる。どこへ越しても住みにくいと悟っ
た時、詩が生れて、画が出来る。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住み
にくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、
束の間の命を、束の間でも住みよくせねばな
らぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここ
に画家という使命が降る。あらゆる芸術の士
は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが
故に尊たっとい。        (『草枕』)




投出語法---坊っちゃん
   2016/4/7 (木) 07:12 by Sakana No.20160407071202

04月07日

「『猫』もそうですが、『坊っちゃん』も投
出語法の応用例が多いですね。夏目金之助少
年の情緒fが投出されていると思われる箇所
をいくつか抜き書きしてみました」
「わんぱくの暴れん坊主に継子のようなひが
み根性がまじっているところが面白い」
「日本人好みの少年なのでしょう。明治大正
昭和の三代にわたって愛読された古典的青春
小説です」
「ひがみ根性が強いと、うらなりのような性
格になりそうだが、坊っちゃんは元気がよい。
損ばかりしていても、最後は正義が勝つとい
う幻想を読者に与える」
「あなたは真っ直でよいご気性だと誉めてく
れる清の存在が大きいですね」
「夏目家は江戸時代では名主とはいえ町人の
身分。それでいて土百姓に対してご先祖の夛
田満仲をひけらかし、威張っているところが
おかしい」

  親譲ずりの無鉄砲で小供の時から損ばかり
している。小学校に居る時分学校の二階から
飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。
なぜそんな無闇(むやみ)をしたと聞く人が
あるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新
築の二階から首を出していたら、同級生の一
人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛
び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃
(はや)したからである。小使に負ぶさって
帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階
ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるか
と云ったから、この次は抜かさずに飛んで見
せますと答えた。 (『坊っちゃん』)

 おやじはちっともおれを可愛(かわい)が
ってくれなかった。母は兄ばかり贔屓(ひい
き)にしていた。この兄はやに色が白くって、
芝居の真似をして女形(おんながた)になる
のが好きだった。おれを見る度にこいつはど
うせ碌なものにはならないと、おやじが云っ
た。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が
云った。なるほど碌なものにはならない。ご
覧の通りの始末である。行く先が案じられた
のも無理はない。ただ懲役に行かないで生き
ているばかりである。  (『坊っちゃん』)

  清は時々台所で人の居ない時に「あなたは
真っ直でよいご気性だ」と賞める事が時々あ
った。しかしおれには清の云う意味が分から
なかった。好い気性なら清以外のものも、も
う少し善くしてくれるだろうと思った。清が
こんな事を云う度におれはお世辞は嫌いだと
答えるのが常であった。すると婆さんはそれ
だから好いご気性ですと云っては、嬉しそう
におれの顔を眺(なが)めている。自分の力
でおれを製造して誇ってるように見える。少
々気味がわるかった。(『坊っちゃん』)

「君は一体どこの産だ」
「おれは江戸っ子だ」
「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強
いと思った」
「きみはどこだ」
「僕は会津だ」
「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ
行くのかい」      (『坊っちゃん』)

  これでも元は旗本だ。旗本の夛田満仲の後
裔だ。こんな土百姓とは生れからして違うん
だ。只智慧のないところが惜しいだけだ。
           (『坊っちゃん』)


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