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『文学論』──自己本位の読み方のまとめ
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対置法---不対法
   2016/7/2 (土) 08:32 by Sakana No.20160702083252

07月03日

「では不対法(methods of nonopposition)
にすすみましょう」
「やはり、そのネーミングには抵抗を覚える」
「要するに、調和法にたいして対置されざる対
置法です」
「そんな説明ではわけがわからん」
「倒行して逆施す又可ならずや」
「なんで御座んす、それは」
「この気候の逆戻りするところはまるでハ―
キュリースの牛、というのが不対法です」
「カウボーイの話か」
「西部劇ではありません。ギリシア神話です」
「縄文人の子孫にとっては、どちらでも同じよ
うなものだ」
「むかし、牛追いの男が牛車で田舎道を進んで
いたら、道の溝に車輪がはまり込んで、動けな
くなったので、英雄ハーキュリース(ヘラクレ
スのこと)に助けを求めました。すると、ハー
キュリースが現れて、こう云いました。<お前
の肩で車輪を支えて追いたてよ。自分で何もせ
ず助けを求めてはいけない>」
「なるほど、面白い。不対法の傑作だ」
「ほんとうに面白いと思っているのですか」

「然し土用中あんなに涼しくって、今頃から
暑くなるのは不思議ですね」
「ほんとで御座いますよ。先達(せんだって)
中は単衣(ひとえ)では寒い位で御座いまし
たのに、一昨日から急に暑くなりましてね」
「蟹なら横に這うところだが今年の気候はあ
とびさりをするんですよ。倒行して逆施す又
可ならずやと云う様な事を言っているかも知
れない」「なんで御座んす、それは」「いえ、
何でもないんです。どうもこの気候の逆戻り
するところはまるでハーキュリスの牛です」
と図に乗って愈変ちきりんな事を言うと、果
せるかな細君は分らない。(『猫』六)



仮対法
   2016/7/2 (土) 08:27 by Sakana No.20160702082721

06月30日

「対置法(Counterposition)の三番目は不対
法(methods of nonopposition)ですが、そ
の前に仮対法(pseudo-opposition)を見てお
く必要があります」
「不対法と仮対法とかというのは漱石の『文
学論』以外ではお目にかかったことがない。
日本語として通用していないのではないか」
「ですから、英訳を参考にしているのです。
この涙ぐましい努力を認めてください」
「それこそ大声は俚耳(りじ)に入らずだ」
「馬の耳に念仏という同じような意味の諺が
ありますね」
「マグロに演説してみろと云うが如しだ」
「メルヴィルの『白鯨』で捕鯨船のスタブ二
等航海士は料理人に命じてサメに説教させて
していますが、それも仮対法でしょうか」
「仮対法だろうが不対法だろうがどうでによ
い」
「ふてくされて、投げやりにならないでくだ
さい。もうすこしの辛抱です」

 大声は俚耳(りじ)に入らず、陽春白雪の
詩には和するもの少しの喩も古い昔からある
事だ。形体以外の活動を見る能ざる者に向つ
て己霊の光輝を見よと強(し)ゆるは、坊主
に髪を結(い)えと逼(せま)るが如く、鮪
に演説してみろと云うが如く、電鉄に脱線を
要求するが如く、主人に辞職を勧告する如く、
三平に金の事を考えるなと云うが如きもので
ある。
              (『猫』五)


対置法ー強勢法
   2016/6/27 (月) 08:26 by Sakana No.20160627082609

06月27日

「対置法の二番手は強勢法。これはわかりや
すいでしょう」
「大和魂の連呼がその好例というわけか。わ
からぬでもないが、東風君が言うように、ち
と大和魂が多過ぎはせんか」
「明治三十八年頃はそれほどでもありません。
大和魂の全盛期は昭和十六年から昭和二十年
八月十五日まででしょう」
「その後、強勢法の主流は何だ?」
「民主主義です」
「大和魂はどこに行ったのか?」
「さあ、私にはわかりません。空間論研究者
の天然居士に聞いてください」
「天然居士はとっくの昔に死んでいるよ」

「大和魂! と叫んで日本人が肺病病みの咳
をした」
「起こし得て突几ですね」と寒月君がほめる。
「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と
掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。
英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の
芝居をする」
「成程こりゃ天然居士以上の傑作だ」と今度
は迷亭先生がそり返ってみせる。
「東郷大将が大和魂を有(も)っている。肴
屋の銀さんも大和魂を有っている。詐欺師、
山師、人殺しも大和魂を有っている」
「先生そこへ寒月も有っているとつけて下さ
い」
「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂
さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエ
ヘンと云う声が聞こえた」
「その一句は大出来だ。君は中々文才がある
ね。それから次の句は」
「三角なものが大和魂。四角なものが大和魂
か。大和魂は名前の示す如く魂である。魂で
あるから常にふらふらしている」
「先生大分面白う御座いますが、ちと大和魂
が多過ぎはしませんか」と東風君が注意する。
「賛成」と云ったのは無論迷亭である。
「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものは
ない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇(あ)
った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」
              (『猫』六)


対置法---緩勢法
   2016/6/24 (金) 07:17 by Sakana No.20160624071709

06月24日
        
「対置法(Counterposition)の一番目は緩勢
法(methods of attenuation)です」
「緩勢法とは如何なる法か」
「醒覚に対する睡眠の如し」
「なんだ?」
「人間は一日二十四時間、覚醒したままではた
まりません。自然はこれに配して外界の刺激を
緩くしてくれるのです」
「それで苦沙弥は相変わらず昼寝をするのか」
「生活習慣になっていますから」
「午睡も支那人の詩に出てくると風流だが、苦
沙弥のように生活習慣としてやるのは少々俗気
がすぎる」
「あるいはまた、蒲焼に対する漬物の如し」
「なんだ、なんだ?」
「うなぎは最も脂肪に富む濃厚な食物ですから
これを和らげるために清新な漬物を添える必要
があります」
「要するにバランスをとる工夫だ」
「それが緩勢法です」

「時にご主人はどうしました。相変わらず午
睡(ひるね)ですかね。午睡も支那人の詩に
出てくると風流だが、苦沙弥君の様に日課と
してやるのは少々俗気がありますね。何の事
あない毎日少しずつ死んでみる様なものです
ぜ。奥さん御手数だが一寸起していらっしゃ
い」と催促する。(『猫』六)


対置法
   2016/6/21 (火) 12:37 by Sakana No.20160621123737

06月21日

「同種もしくは類似の情緒fを偶する技巧を
調和法といい、異種殊に反対のfを配合する
場合を対置法といいます」
「すると・・・・・・」
「投出語法、投入語法、自己と隔離せる連想
は調和法の変体であり、対置法は滑稽的連想
を拡大したものです」
「よくわからん」
「対置はいわば消極の調和です。両者の関係
は死と生の如し」
「ますますわからん」
「対置法には強勢法、緩勢法、不対法の三種
があり、対置法もどきに仮対法があり、頭が
混乱するかもしれませんが、英訳をてがかり
にして理解をすすめてください。
 対置法   Counterposition
  強勢法      methods of emphasis
  緩勢法      methods of attenuation
    仮対法  pseudo-opposition
    不対法      methods of nonopposition」
「何のためにこんなことを理解しなければな
らないのか」
「文学の第二の目的即ち幻惑の方法を知って
おくためです」

「昔は亭主に口返答なんかした女は、一人も
なかったんだって云ふが、夫(そ)れなら唖
を女房にして居ると同じ事で僕などは一向難
有(ありがたく)ない。矢っ張り奥さんの様
にあなたは重いじゃありませんかとか何とか
云はれて見たいね。同じ女房を持つ位なら、
たまには喧嘩の一つ二つしなくちや退屈で仕
様がないからな。僕の母杯(など)と来たら、
おやぢの前へ出てはいとへいで持ち切って居
たものだ。さうして二十年も三十年も一所に
なつて居るうちに寺参りより外に外へ出た事
がないと云ふんだから情けないじゃないか」
              (『猫』六)


調和法は人工的因果の観念を去らんとす
   2016/6/18 (土) 10:44 by Sakana No.20160618104420

06月18日

「調和法の補足として、人工的因果という問
題にふれておきたいと思います」
「人工的因果?」
「ええ、文芸上の真を伝える文章で、自然の
因果を用いると調和法になりますが、人工的
因果はいけません」
「どうすればいいんだ?」
「作者の思想や情緒を読者に強いてはいけな
いのです。人工的因果の観念を去らんとせば
「故に」「従って」等凡て因果に関する接続
詞を廃せざる可らず」
「ああ、それで「故に」と「従って」という
接続詞がつかわれている文例をわざわざ探し
てきたのか」
「『猫』のなかでも、悪しき文例としてあえ
て御紹介しました」
「余は思考す故に余は存在すは、デカルトの
有名な言葉だ。「故に」がちっとも不自然な
感じがしない」
「よく考えてください。やはり不自然です」
「もう一つの「従って」の文例もそれほど不
自然な感じはしない」
「他にも。「だから」とか「然しながら」と
かの接続詞が使われています」
「飼主の苦沙弥が教師という因果な職業だか
ら、猫も自然に人工的因果が得意になるのだ
ろう」

 デカルトは「余は思考す故に余は存在す」
という三つ子にでも分る様な真理を考え出す
のに十何年か懸つたそうだ。凡て考え出す時
には骨の折れるものであるから猿股の発明に
十年を費やしたって車夫の智慧には出来過ぎ
ると云わねばならない。   (『猫』七)

 吹き通しも夏はせいせいして心持ちがいい
ものだ。不用心だって金のない所に盗難のあ
る筈はない。だから主人の家に、あらゆる塀、
垣、乃至は乱杭、逆茂木の類は全く不要であ
る。然しながらこれは空地の向うに住居する
人間若(もし)くは動物の種類如何に因って
決せらるる問題であろうと思う。従ってこの
問題を決する為には勢い向う側に陣取ってい
る君子の性質を明かにせんければならん。
              (『猫』六)



調和法
   2016/6/15 (水) 06:10 by Sakana No.20160615061047

06月15日

「次は調和法(Harmonization Technique)で
す」
「黄金律を応用した文章が調和法だというのな
らともかく、金田鼻子の鼻は黄金律を失してい
る、つまり調和を欠いているというのではむし
ろ不調和法と称するべきではないか」
「では小事件を叙し了り、大事件を述べ了って
から余瀾を描き出して、全篇の結びを付けると
いう構想はどうでしょう」
「それも知的材料の理屈がすぎる。知的材料だ
けでは読者がついてこないから、感覚的材料を
添えて、調和をはかってくれ」
「そうですね。知的材料は力の弱い文学的材料
ですから、勢いがさらに有力な感覚的内容や人
事的内容を配することによって全体の興味を大
ならしめることを考えたほうがよいでしょう。
余瀾を描く際に登場する人物の描写に感覚的な
材料が使用されている文例もつけ加えました。
読んでみてください」
「なるほど、迷亭はふわふわと池に浮いている
金魚、鈴木藤三郎は藁で括った蒟蒻、哲学者は
長くなって泥の中に埋っている自然薯と、大平
の逸民たちがみんな具体的なイメージで目の前
にうかんでくるようだ」
「調和法の極意がおわかりいただけたでしょう
か」

「私の証拠立てようとするのは、この鼻とこの
顔は到底調和しない。ツァイシングの黄金律を
失していると云う事なんで、それを厳格に力学
上の公式から演繹して御覧に入れようと云うの
であります。先ずHを鼻の高さとします。αは
鼻と顔の平面の交差より生ずる角度であります。
Wは無論鼻の重量と御承知下さい。どうです大
抵お分かりになりましたか・・・・・」
「分かるものか」と主人がいう。「寒月君はど
うだい」「私にもちと分りかねますな」「そり
ゃ困ったな。苦沙弥はとにかく、君は理学士だ
から分かるだろうと思ったのに。この式が演説
の首脳なんだからこれを略しては今までやった
甲斐がないのだが──まあ仕方がない。公式は
略して結論だけ話そう」(『猫』(三))

 吾輩は既に小事件を叙し了り、今又大事件を
述べ了ったから、これより大事件の余瀾を描き
出して、全篇の結びを付ける積りである。凡て
吾輩のかく事は、口から出任せのいい加減と思
う読者もあるかも知れないが決してそんな軽率
な猫ではない。一字一句の裏に宇宙の一大哲理
を包含するは無論の事、その一字一句が層々連
続すると首尾相応じ前後相照らして、瑣談繊話
と思ってうっかりと読んでいたものが忽然豹変
して容易ならざる法語となるんだから、決して
寝ころんだり、足を出して五行ごと一度に読む
のだなどと無礼を演じてはいけない。
                  (『吾輩は猫である』八)

  何と云う名前か知らん。只顔の長い上に、山
羊の様な髭を生やしている四十前後の男と云え
ばよかろう。迷亭の美学者たるに対して、吾輩
はこの男を哲学者と呼ぶ積りである。なぜ哲学
者と云うと、何も迷亭の様に自分で振り散らす
からではない。只主人と対話する時の様子を拝
見していると如何にも哲学者らしく思われるか
らである。これも昔しの同窓と見えて両人共応
対振り至極打ち解けた有様だ。
「うん迷亭か。あれは池に浮いている金魚麩の
様にふわふわしているね。先達て友人を連れて
一面識もない華族の門前を通行した時、一寸寄
って茶でも飲んで行こうと云って引っ張り込ん
だそうだが随分呑気だね」
「それでどうしたい」
「どうしたか聞いてもみなかったが、------、
まあ天賓の奇人だろう。その代わり考えも何も
ない金魚麩だ、鈴木か、-----あれがくるのい、
へぇー-、あれは理屈はわからんが世間的には
利口な男だ。金時計は下げられるたちだ。然し
奥行きがないから落ちつきがなくて駄目だ。円
滑円滑と云うが、円滑の意味も何もわかりはせ
んよ。迷亭が金魚麩ならあれは藁で括った蒟蒻
だね。ただわるく滑かでぶるぶる振えているば
かりだ」
 主人はこの奇警な比喩を聞いて、大に感心し
たものらしく、久し振りでハハハと笑った。
「それなら君は何だい」
「僕か。そうさな僕なんかは------まあ、自然
薯位なところだろう。長くなって泥の中に埋っ
てるさ」
「君は始終泰然として気楽な様だが、羨ましい
な」(『猫』八)


滑稽的連想の厭味
   2016/6/12 (日) 06:16 by Sakana No.20160612061602

06月12日

「『文学論』の副産物である『吾輩は猫であ
る』は明治三十八年(1905)1月から翌年8月
まで『ホトトギス』に発表され、好評を博し
ました」
「そのおかげで、漱石は十年計画で研究する
予定だった『文学論』を放り出してしまった」
「大学教師を辞めて、朝日新聞に入社し、専
業作家になるという運命です」
「それはまあ理解できないこともないが、一
つ疑問がある。『猫』は余裕派の作品で、こ
のような気楽な書き方ならいくらでも続編が
量産できそうだ。ストレス解消になって、胃
潰瘍にもなりにくい。朝日新聞の読者もそれ
を期待していたはずだが、なぜ滑稽的連想小
説を二度と書かなかったのだろう」
「滑稽的連想には厭味があるからです。その
ことについては『文学論』で言及されていま
す」
「柳の下にいるもう一匹の泥鰌を捕まえれば
よかったのにもったいない」
「『猫』が評判になりすぎて、文体を模倣す
る人があらわれました。たとえば、渋川玄耳
『東京見物』とか米窪太刀雄『海のロマンス』
とか」
「きみの書く文章だって『猫』を模倣してい
る。よく十年間もそのような模倣的文体で書
き続けられるものだ」
「私は脳と胃の健康のためにやっているので
す。おかげさまで私は神経衰弱にも胃潰瘍に
もなっていません」

「東京見物」が東朝(東京朝日新聞の略)紙
上にあらはれたのが余の入社と前後した為め、
且は其の筆致の「猫」に似て居る為め、掲載
の当時は漱だ>>と云ふ評判が大分八釜敷か
った。余計なお世話である。
(渋川玄耳『東京見物』序文 明治四十年)

 あなたの文章は才筆です。少しの淀みもな
く、それからそれと縦横にペンを駆使して行
く御手際は殆んど素人らしくありません。
(中略)あなたの文章は私が昔し書いたもの
の系統を何処かに引いて居ます。それが私に
は猶更辛いのです。人の文章が自分の文章の
悪い所に似てゐる。私に取って是程面目ない
事はありません。私は「猫」を書いて何遍か
後悔しました。さうして其後悔の過半は「猫」
らしい文章を読んだ時に起つたのです。あな
たが私の文章を真似たと云っては失礼です。
然し私の文章の悪い所があなたの文章にもあ
ると云ふ事は疑もない事実です。私は其後自
分の非を改めた積りです。
(米窪太刀雄『海のロマンス』(大正二年十
二月二十日付の書簡体序文)


滑稽的連想(口合、頓才)
   2016/6/9 (木) 07:28 by Sakana No.20160609072828

06月09日

「次は滑稽的連想(Comic Association)で
す」
「いよいよ『文学論』の副産物というか、
文豪漱石の文壇デビューにつながる『吾輩
は猫である』のおでましだ」
「投出語法や投入語法は常識的な共通性の
ある二者の連想ですが、滑稽的連想は意表
外な共通性により突飛なる綜合を生じたる
時始めてその特性を発揮するものです」
「その代表的な例が、オタンチン・パレオ
ロガスか。馬鹿バカしい」
「オタンチンというのはまぬけという意味
です」
「そんなことはわかっている」
「東ローマ帝国最後の皇帝の名前はコンス
タンチン・パレオロガスです]
「語呂合わせの駄洒落にすぎない」
「口合(pun)というそうです。それに対し
て頓才(wit)は論理的知力の作用を待って
滑稽的興味を喚起するもの」
「カーライルが胃弱だって、胃弱の病人が
必ずカーライルにはなれないさなどという
屁理屈が論理的知力の作用とみなすのは如
何なものか」

「まるで論理に合わん。それだから貴様は
オタンチン、パレオロガスだと云うんだ」
(『猫』五)

  せんだってその友人で某なにがしという
学者が尋ねて来て、一種の見地から、すべ
ての病気は父祖の罪悪と自己の罪悪の結果
にほかならないと云う議論をした。大分研
究したものと見えて、条理が明晰で秩序が
整然として立派な説であった。気の毒なが
らうちの主人などは到底これを反駁くする
ほどの頭脳も学問もないのである。しかし
自分が胃病で苦しんでいる際だから、何と
かかんとか弁解をして自己の面目を保とう
と思った者と見えて、「君の説は面白いが、
あのカーライルは胃弱だったぜ」とあたか
もカーライルが胃弱だから自分の胃弱も名
誉であると云ったような、見当違いの挨拶
をした。すると友人は「カーライルが胃弱
だって、胃弱の病人が必ずカーライルには
なれないさ」と極め付けたので主人は黙然
としていた。(『猫』二)




自己と隔離せる連想
   2016/6/6 (月) 08:21 by Sakana No.20160606082133

06月06日

「投出語法、投入語法に続いて、文芸上の真
を伝える連想法として、自己と隔離せる連想
(Dissociation)を考えてみたいと思います」
「この薬罐が自己と隔離せる連想だというの
か」
「作者の自己が投出されているのは猫ですが、
猫は書生の顔と隔離されているし、薬罐とも
隔離されています」
「書生の顔は薬罐と似ている」
「それは猫とはかかわりがありません」
「しかし、書生の顔から薬罐を連想するのは
猫即ち作者のこころだ。したがって、作者の
心理が投出されているともいえるのではない
か」
「そうともいえますが、作者=猫の自己とは
隔離されている。投出語法や投入語法と同列
にするわけにはいきません」
「どうでもいいようなことだと思うが、まあ
いいだろう」

 掌の上で少し落ち付いて書生の顔を見たの
が所謂人間というものの見始であろう。この
時妙なものだと思った感じが今でも残ってい
る。第一毛を以て装飾されべき筈の顔がつる
つるしてまるで薬罐だ。その後猫にも大分逢
ったが、こんな片輪には一度も出会(でく)
わした事がない。 (『猫』一)
 


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