ほくしん文芸クラブ
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天才的F
   2016/7/24 (日) 07:14 by Sakana No.20160724071422

07月24日

「模擬的F、能才的Fに続いて、三番目にと
りあげるのがが天才的Fです」
「石川啄木のような天才に近づいたら面倒な
ことになりそうだ。なるべくなら、おつきあ
いはご遠慮もうしあげたい」
「そんな態度では俗物と言われてしまいます
よ」
「何と言われてもかまわんが、そもそも凡人
と天才との差異を決定するものは何だ?」
「凡人と天才との差異はその意識する内容の
質ではなく、Fを認識する遅速です。先後で
す」
「スピードのちがいか」
「多数の民衆がFに固定している間に、少数
の能才がF’を予想しつつある間に、天才の
意識は既に幾多の波動を乗り超えてF''に達
しているのです」
「それでは凡人はとてもついていけない」
「さらに、天才の意識焦点中には他人に見出
し能はざる一種の核があります」
「そんなものがあるのか」
「数学でいう項数(constant)のようなもので、
天才の意識焦点中には常に存在しているはず
です」
「理解できない」
「俗物には理解されないのがふつうです。そ
のため天才の多くは不遇のまま夭折してしま
います」


能才的F
   2016/7/21 (木) 07:16 by Sakana No.20160721071645

07月21日

「次は能才的意識Fです」
「能才とは聞き慣れない用語だ」
「天才でもないが、凡才でもない中間的な才
能の持主。要するに機を見るに敏なるの士、
あるいは、時勢を達観するの才です」
「頭のいい、油断も隙もない奴だろう」
「能才的Fにして文壇に成功せらるもの古来
挙げて数ふべからず。Byronは一朝酔眼を摩し
て臥床に、わが知名の士なるを発見せり。
Kiplingの印度の小話によつて名を得たるも
この類なり」
「バイロンは天才ではないのか」
「ああ、われダンテの詩才なく、バイロンハ
イネの熱なきも、という歌がありますから、
ダンテが天才で、バイロンは能才でしょう」
「ダンテもバイロンも読まない読者からみれ
ば、どちらが能才で、どちらが天才かはどう
でもいい」
「要するに世の中には能才的意識Fの持主が
いることがわかってさえいれば、それでいい
ことにしましょう」


模擬的F
   2016/7/18 (月) 07:18 by Sakana No.20160718071814

07月18日

「三種の文学的Fのうち、まず、模擬的意識
について考えてみましょう」
「猿が何を考えたって天下の大勢は変わらな
い」
「赤ん坊が模倣しながら成長するように、人
間が模倣の性質を有するのは生存競争の大理
法に基づくものです」
「猿真似のすすめか」
「生存のために必要なのです。人間は他を模
倣すべく自然の命を受けてこの世に出現する
ともいえます」
「しかし、たとえば、十九世紀の始めに厭世
的文学が流行し、大いに模倣されたが、厭世
的文学が生存のために必要とは思えない」
「厭世主義の流行は単なる好奇心が動機にな
ったものです。たしかに人類生存のために必
要ではないですね」
「創造力(originality)の観点からすれば、
模擬的意識Fは平凡、通俗という評価だ。も
のたりない」
 「これを文学の上に限ると、可もなく不可も
 なき詩人となり、小説家となります。でも、
それはそれでいいのではありませんか」
「可もなく不可もなき凡人かく語りき」


一代における三種の集合的F
   2016/7/15 (金) 08:22 by Sakana No.20160715082246

07月15日

「一時代における集合的Fは大別すると、模
擬的F、能才的F、天才的Fの三種になりま
す」
「文学論にしては妙な分け方だな」
「模擬的意識、能才的意識、天才的意識の三
種として考えればよいでしょう」
「きみの意識はどう見ても天才的ではない。
能才的でもない。残るのは模擬的だ」
「意識の数は模擬的Fがいちばん多いようで
す。赤信号みんなで渡ればこわくない」
「ということは模擬的意識は集合的Fになり
やすい。それに対して、天才的意識は集合的
意識になりにくいと思うが」
「そういえるかもしれませんが、とにかくこ
こでは漱石先生の天才的Fに敬意を表し、集
合的Fを三種に大別して議論をすすめていく
ことにしましょう」
「勝手にしろ」


集合的F
   2016/7/12 (火) 08:38 by Sakana No.20160712083817

07月12日

「第五編 集合的Fにすすみます。第一編か
ら第四編までとは、雰囲気がガラッと変わり
ますね」
「どう変わっているのか」
「文学的内容について論じるのではなく、集
合的Fについて論じている-----。つまり、
文学論離れしていると思います」
「そこまで言うと、言い過ぎだ」
「どうでしょうか。漱石先生は序において、
余は心理的に文学は如何なる必要あって、こ
の世に生れ、発達し、頽廃するかを極めんと
誓へりと述べておられますが、その研究の結
果が第一編から第四編までにある程度は説明
されています」
「もう一つ似たような表現で誓ったことがあ
ったな」
「ええ、余は社会的に文学は如何なる必要あ
って、存在し、隆興し、衰滅するかを究めん
と誓へり」
「それがもっぱら第五編で論じられ、いわば
社会心理学的の議論になっているのではない
か」
「さあ、社会心理学というほどのものではな
いと思います」
「文学論というタイトルの書で最後に社会心
理学もどきの議論をやられては読者の焦点的
印象又は観念Fは迷ってしまう。どうしてく
れるんだ」
「私も困っているのです。仕方がないから、
テキストの通り、ざっと読みすすめ、深く考
えないことにしましょう」
「つまり、手ぬきの読みだな」
「やむをえません。第五編の読み方としては、
それが無難だと思います」


間隔論
   2016/7/9 (土) 08:17 by Sakana No.20160709081711

07月09日

「第四編 文学的内容の相互関係の最後は間
隔論でしめくくられています」
「たしか文学の目的がそこで述べらられてい
たはずだ」
「文学の大目的の那辺に存するかは暫く措く。
その大目的を生ずるに必要なる第二の目的は
幻惑の二字に帰着す」
「つまり、間隔論とは読者を惑わす幻惑論の
ことか」
「文学の第二の目的だけに限定すれば、そう
いえるかもしれません」
「そもそも文学論でいう間隔(Distance)の幻
惑とは具体的にどのような手段をさすのか?」
「たとえば、時間的距離、空間的距離、心理
的距離の短縮が考えられます」
「昔、ある年の冬の事、迷亭が越後の国は蒲
原郡筍谷を通って、蛸壺峠の真中にある一軒
家で美しい娘に出会った話をまことしやかに
しゃべると、たしかに時間的距離や空間的距
離が短縮される」
「巧みな語り口で心理的距離も短縮され、蛸
壺峠の一軒家の娘がいわゆる歴史的現在の人
物になります」

「何でもある年の冬の事だが、僕が越後の国は
蒲原郡筍谷を通って、蛸壺峠へかかって、これ
から愈会津領へ出ようとするところだ」「妙な
ところだな」と主人が又邪魔をする。「だまっ
て聴いていらっしゃいよ。面白いから」と細君
が制する。「ところが日は暮れる。路は分らず、
腹は減る。仕方がないから峠の真中にある一軒
家を敲いて、これこれ斯様々々しかじかの次第
だから、どうか留めてくれと云うと、御安い御
用です、さあ御上がんなさいと裸蝋燭を僕の顔
に差しつけた娘の顔を見て僕はぶるぶると震え
たがね。僕はその時から恋と云う曲者の魔力を
切実に自覚したね」
「おやいやだ。そんな山の中にも美しい人があ
るんでしょうか」(『猫』六)


写実法
   2016/7/6 (水) 07:02 by Sakana No.20160706070209

07月06日

「これまでにとりあげた文学的手段六種はす
べて連想法。それに対して連想にたよらない
写実法があります。これはおなじみのリアリ
ズムですから、あらためて何も説明しなくて
も、わかるでしょう」
「わかりやすいことはみとめるが、リアリズ
ム小説は読んでも面白くない」
「それは浪漫派や古典派の小説のほうが面白
いかもしれませんが、好みの問題ですね。漱
石先生はジェーン・オースティンの文章に平
凡の大功徳があることをみとめ、写実の泰斗
とし て百代に君臨するに足ると絶賛しておら
れます」
「月日は百代の過客にして行きかふ人も旅人
なり。芭蕉はわが俳文学界の百代に君臨して
いるが、ジェーン・オースティンは漱石がい
くら推奨してもがわが国の英文学界の百代に
君臨するのはムリだろう」
「写実法でいえば、日本の英文学界は芭蕉の
時代には存在していませんでした。今だって
ほとんど無に近い存在です」
「失礼なことをいうな。日本英文学会は存在
する。きみが会員になっていないだけだ」

 その翌日吾輩は例のごとく椽側(えんがわ)
に出て心持善く昼寝(ひるね)をしていたら、
主人が例になく書斎から出て来て吾輩の後
(うし)ろで何かしきりにやっている。ふと
眼が覚(さ)めて何をしているかと一分(い
ちぶ)ばかり細目に眼をあけて見ると、彼は
余念もなくアンドレア・デル・サルトを極
(き)め込んでいる。吾輩はこの有様を見て
覚えず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼
の友に揶揄(やゆ)せられたる結果としてま
ず手初めに吾輩を写生しつつつあるのである。
                           (『猫』一)

「そう初めから上手にはかけないさ。第一室
内の想像ばかりで画(え)がかける訳のもの
ではない。昔し伊太利の大家アンドレア・デ
ル・サルトが言った事がある。画をかくなら
何でも自然その物を写せ。天に星辰あり、地
に露華あり。飛ぶに禽(とり)あり。走るに
獣(けもの)あり。池に金魚あり。枯木に寒
鴉あり。自然はこれ一幅の大活画なりと。ど
うだ君も画らしい画をかこうと思うならちと
写生をしたら」       (『猫』二)




対置法---不対法
   2016/7/2 (土) 08:32 by Sakana No.20160702083252

07月03日

「では不対法(methods of nonopposition)
にすすみましょう」
「やはり、そのネーミングには抵抗を覚える」
「要するに、調和法にたいして対置されざる対
置法です」
「そんな説明ではわけがわからん」
「倒行して逆施す又可ならずや」
「なんで御座んす、それは」
「この気候の逆戻りするところはまるでハ―
キュリースの牛、というのが不対法です」
「カウボーイの話か」
「西部劇ではありません。ギリシア神話です」
「縄文人の子孫にとっては、どちらでも同じよ
うなものだ」
「むかし、牛追いの男が牛車で田舎道を進んで
いたら、道の溝に車輪がはまり込んで、動けな
くなったので、英雄ハーキュリース(ヘラクレ
スのこと)に助けを求めました。すると、ハー
キュリースが現れて、こう云いました。<お前
の肩で車輪を支えて追いたてよ。自分で何もせ
ず助けを求めてはいけない>」
「なるほど、面白い。不対法の傑作だ」
「ほんとうに面白いと思っているのですか」

「然し土用中あんなに涼しくって、今頃から
暑くなるのは不思議ですね」
「ほんとで御座いますよ。先達(せんだって)
中は単衣(ひとえ)では寒い位で御座いまし
たのに、一昨日から急に暑くなりましてね」
「蟹なら横に這うところだが今年の気候はあ
とびさりをするんですよ。倒行して逆施す又
可ならずやと云う様な事を言っているかも知
れない」「なんで御座んす、それは」「いえ、
何でもないんです。どうもこの気候の逆戻り
するところはまるでハーキュリスの牛です」
と図に乗って愈変ちきりんな事を言うと、果
せるかな細君は分らない。(『猫』六)



仮対法
   2016/7/2 (土) 08:27 by Sakana No.20160702082721

06月30日

「対置法(Counterposition)の三番目は不対
法(methods of nonopposition)ですが、そ
の前に仮対法(pseudo-opposition)を見てお
く必要があります」
「不対法と仮対法とかというのは漱石の『文
学論』以外ではお目にかかったことがない。
日本語として通用していないのではないか」
「ですから、英訳を参考にしているのです。
この涙ぐましい努力を認めてください」
「それこそ大声は俚耳(りじ)に入らずだ」
「馬の耳に念仏という同じような意味の諺が
ありますね」
「マグロに演説してみろと云うが如しだ」
「メルヴィルの『白鯨』で捕鯨船のスタブ二
等航海士は料理人に命じてサメに説教させて
していますが、それも仮対法でしょうか」
「仮対法だろうが不対法だろうがどうでによ
い」
「ふてくされて、投げやりにならないでくだ
さい。もうすこしの辛抱です」

 大声は俚耳(りじ)に入らず、陽春白雪の
詩には和するもの少しの喩も古い昔からある
事だ。形体以外の活動を見る能ざる者に向つ
て己霊の光輝を見よと強(し)ゆるは、坊主
に髪を結(い)えと逼(せま)るが如く、鮪
に演説してみろと云うが如く、電鉄に脱線を
要求するが如く、主人に辞職を勧告する如く、
三平に金の事を考えるなと云うが如きもので
ある。
              (『猫』五)


対置法ー強勢法
   2016/6/27 (月) 08:26 by Sakana No.20160627082609

06月27日

「対置法の二番手は強勢法。これはわかりや
すいでしょう」
「大和魂の連呼がその好例というわけか。わ
からぬでもないが、東風君が言うように、ち
と大和魂が多過ぎはせんか」
「明治三十八年頃はそれほどでもありません。
大和魂の全盛期は昭和十六年から昭和二十年
八月十五日まででしょう」
「その後、強勢法の主流は何だ?」
「民主主義です」
「大和魂はどこに行ったのか?」
「さあ、私にはわかりません。空間論研究者
の天然居士に聞いてください」
「天然居士はとっくの昔に死んでいるよ」

「大和魂! と叫んで日本人が肺病病みの咳
をした」
「起こし得て突几ですね」と寒月君がほめる。
「大和魂! と新聞屋が云う。大和魂! と
掏摸が云う。大和魂が一躍して海を渡った。
英国で大和魂の演説をする。独逸で大和魂の
芝居をする」
「成程こりゃ天然居士以上の傑作だ」と今度
は迷亭先生がそり返ってみせる。
「東郷大将が大和魂を有(も)っている。肴
屋の銀さんも大和魂を有っている。詐欺師、
山師、人殺しも大和魂を有っている」
「先生そこへ寒月も有っているとつけて下さ
い」
「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂
さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエ
ヘンと云う声が聞こえた」
「その一句は大出来だ。君は中々文才がある
ね。それから次の句は」
「三角なものが大和魂。四角なものが大和魂
か。大和魂は名前の示す如く魂である。魂で
あるから常にふらふらしている」
「先生大分面白う御座いますが、ちと大和魂
が多過ぎはしませんか」と東風君が注意する。
「賛成」と云ったのは無論迷亭である。
「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものは
ない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇(あ)
った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」
              (『猫』六)


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