読書求道記
 
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『アイヌと縄文──もうひとつの日本の歴史』
   2017/5/31 (水) 23:56 by 北松拓也 No.20170531235644

瀬川拓郎『アイヌと縄文──もうひとつの日本の歴史』ちくま新書

【コメント】
 この本の副題にあるように、今まであまり広く知られることのなかったアイ
ヌにまつわる「もうひとつの日本の歴史」がこの本の中に開示されていて、新
鮮な驚きがありました。

 新石器時代の日本列島には、縄文人が北海道から沖縄まで居住していました。
その縄文人のDNAを何割か受け継いでいる和人とアイヌの人々は共通の祖先
を持っていることになります。しかし、弥生人が日本列島に持ち込んできた稲
作農耕を本州で暮らす多くの人々が受け入れて弥生時代や古墳時代を生きたの
に対して、同じ頃の北海道ではアイヌの祖先の人々は稲作農耕には従事せずに、
引き続き狩猟採集の生活を営み続け、続縄文時代を過ごしました。

 これは当時の北海道が稲作農耕に適さず、農業生産力が低かったことが原因
と考えられています。アイヌの祖先の人々は、貧しい二流の農民になるよりは、
一流の狩猟採集民であろうとする道を自ら選択したというわけです。

 しかし、それだけではありません。アイヌの祖先の人々は、狩猟採集によっ
て得た熊の毛皮やオオオワシの尾羽、鮭の加工品などを自らの高級商品として
和人と交易することで、和人からは金属器や衣服や装飾品や生活用具や農産物
などを手に入れ、豊かな生活を送ることができたのです。このようにアイヌの
祖先の人々は優れた狩猟採集民であったばかりでなく、有能な交易品生産者で
もあり、また才覚のある交易民でもあったわけです。

 ところで、アイヌの人々は遠い昔から常に和人による圧迫を受け続け、受難
の歴史にじっと耐えて生きてきた人々といったようなイメージが私にはありま
した。しかし、そのイメージとはだいぶ違う意外な歴史的事実があることをこ
の本で知りました。

 上記の和人との交易の実態からも分かるように、アイヌの祖先の人々は続縄
文時代という大昔から和人との間で相互補完的な経済活動をしていて、現代風
に言うならば「ウィン・ウィン」の関係の商取引をしていたと見ることができ
ます。

 その一方で、北海道の擦文時代の7世紀になると、北方から南下してきたオ
ホーツク人に対抗するため、アイヌの祖先の人々は和人との交流を頼りに、大
和朝廷の阿倍比羅夫に救援を要請します。そして、阿倍比羅夫が率いる大船団
が奥尻島を隠れ場所にしていたオホーツク人たちと戦い勝利したことが 660年
の記録に残されています。

 その後、アイヌの祖先の人々は交易品を獲得することを目的に、10世紀末に
はサハリン南部、11世紀末には南千島にも入っていきます。さらに、15世紀に
は北千島からカムチャッカまで進出したようです。

 このようにアイヌの祖先の人々は、北東アジア世界でグローバルな活動を精
力的に展開していました。中国が元の時代だった頃には、サハリン先住民のニ
ヴフ人(ギリヤーク人)の要請を受けてたびたび派兵されてきた元の軍勢を相
手に、1308年まで40年以上にわたって戦ったことも中国側の史料に書かれてい
ます。

 こうしたアイヌの祖先の人々の広範囲に及ぶ実にダイナミックな動きは、日
本列島の最北でも古くから海外との交流が盛んで活力に満ちあふれたいたこと
を物語っていて、興味が尽きません。

 この本の第5章「アイヌの縄文思想」では、著者の該博な知識に基づく懐の
深い洞察力と説得力のある解説に感銘を受けました。
                               北松拓也


『世界を変えた10冊の本』
   2017/5/29 (月) 23:38 by 北松拓也 No.20170529233811

池上彰『世界を変えた10冊の本』文春文庫

【コメント】
 世界を変えた本として、この本では次の10冊が取り上げられています。

 『アンネの日記』、『聖書』、『コーラン』、『プロテスタンティズムの倫
理と資本主義の精神』、『資本論』、『イスラーム原理主義の「道しるべ」』、
『沈黙の春』、『種の起源』、『雇用、利子および貨幣の一般理論』、『資本
主義と自由』の10冊です。これらが第1章から第10章までこの順番で割り振られ、
解説されています。

 これらの本を見回すと、日本人をはじめとする東アジア系の人が書いたもの
が皆無であるばかりでなく、ギリシャ系やラテン系の人が著した書物も一冊も
入っていないことに気づきます。

 著者の出身民族という観点から、これら10冊の本を大雑把に分類して数えれ
ば、ユダヤ系が3冊、アラブ系が2冊、ゲルマン系が5冊となります。ちなみ
に、『資本論』の著者カール・マルクスはドイツのプロイセン王国出身ですが、
父母ともにユダヤ教徒でしたので、マルクス自身もユダヤ人ということになり
ます。他方、『沈黙の春』の著者レイチェル・ルイーズ・カーソン(Rachel 
Louise Carson)については、何系のアメリカ人であるのか確かなことは分かり
ませんが、カーソンという姓からゲルマン系であろうと推測されます。

 また、これら10冊のうち、経済に関する本が4冊を占めているのを見ると、こ
の本の著者である池上彰氏が経済学部出身であることと、これはおそらく無関
係ではないでしょう。私自身も学生時代に経済学を学んだので、池上氏がこの
ような本の選択をされていることに問題意識の共通性を感じ、たいへん興味深
く、また共感も持てました。人がどんな本を選ぶかというそのこと自体に、そ
の人の価値観、人生観、世界観が反映され、表現されるものだと思っています。

 ところで、これらの10冊のうち、恥ずかしながら私がその存在すら知らなか
ったのは、『イスラーム原理主義の「道しるべ」』という本です。この本の原
題は、単に『道標(みちしるべ)』という意味を表しているだけだそうですが、
日本語訳は『イスラーム原理主義の「道しるべ」』という題名で出ているとの
ことです。

 イスラーム原理主義が民主主義とはまったく相容れない思想であることは、
何年か前の新聞に載っていた国際ニュース記事の解説を読んではっきりと理解
することができました。しかし、その原理主義思想の教科書とも言うべきもの
としてこの『イスラーム原理主義の「道しるべ」』が存在し、それがイスラム
過激派の思想形成に根底から深く関わっていたとは、池上氏の解説に目を通す
まではつゆほども知らず、実に驚きました。

 さて、この本の9番目と10番目に取り上げられている『雇用、利子および貨幣
の一般理論』ならびに『資本主義と自由』は、どちらも経済学書として非常に
有名です。これらの本の内容を、現在の安倍首相が掲げる経済政策、いわゆる
「アベノミクス」との関連で考えると、不思議なことが見えてきます。

 「アベノミクス」の構成要素である「3本の矢」と言われるものは、「1.財
政政策、2.金融政策、3.成長戦略」です。これらの3つの政策を「毛利元就の
三本の矢」のように束ねて実施することにより、日本経済を活性化させ、景気
を良くしていこうというのが「アベノミクス」の目的です。ところが、『雇用、
利子および貨幣の一般理論』の著者であるジョン・M・ケインズの理論に基づ
く財政出動の政策は、『資本主義と自由』の著者であるミルトン・フリードマ
ンの学説に依拠する金融政策と、本来、相対立するはずの政策であり、これら
の政策を同時並行して実施するというのは理論的に矛盾していることになりま
す。

 この二つの政策が二律背反の関係にあることは、『資本主義の終焉と歴史の
危機』(水野和夫、集英社新書)や『さらば、資本主義』(佐伯啓思、新潮新
書)といった本などでも指摘されていることです。果たして従来の経済学理論
を超越した実験的な「アベノミクス」の行方は今後どうなるのか、気になると
ころです。
                               北松拓也


『中東から世界が崩れる』
   2017/5/26 (金) 20:13 by 北松拓也 No.20170526201307

高橋和夫『中東から世界が崩れる イランの復活、サウジアラビアの変貌』
NHK出版新書

【コメント】
 今日の中東問題は非常に複雑です。この本は、そんな複雑怪奇とも言える中
東問題を歴史や宗教や国際関係などの重要な視点から分かりやすく明快に解説
しています。著者は放送大学教授の国際政治学者で、特に中東問題に関しては
トップレベルの専門家です。中東の現状や今後の行方についての核心的な部分
を一刻も早く、しかも要領よく知りたいと思っている一般読者にとっては、こ
れは絶好の入門書だと思います。

 具体的な本の中身について触れると、著者は、「第二章 イスラム世界の基
礎地知識」のところで、「中東の政治体制について欧米は矛盾した態度を取っ
てきた」(p.62)と分析した上で、「欧米にとって理想的な政治体制を中東に求
めるのではなく、中東の現実に向き合うべきであろう」(p.63)と提言していま
す。これは中東問題を考える上で、心得ておくべき重要な基本姿勢と言えるで
しょう。

 この本の中で特に注目すべき点の一つは、国連安保理常任理事国にドイツを
加えた6カ国とイランとの間で2015年7月14日に成立した「イラン核合意」につ
いて、著者が肯定的に高く評価していることです。これは、『大世界史』(池
上彰・佐藤優、文春新書)の p.182-184において、同じ核合意について佐藤優
氏がかなり悲観的な見解を述べているのとはまったく対照的です。

 この本の副題にイランと並んで書かれているサウジアラビアは、イランにと
ってライバルとも言える存在ですが、そのサウジアラビアが今なぜ、どう変わ
ろうとしているのか、そのことについても同国の石油資源との関わりの中で大
変興味深く解説されています。

 また、ここ数年来の大量の難民流出問題などで世界中から関心が寄せられて
いるシリア情勢については、押さえておきたい必須の知識や今後の展望などが
簡潔に書かれています。

 日本は中東のエネルギー資源への依存度が高い割には、私たちの意識の中で
は中東はどちらかといえばまだ遠い地域です。ところが、お隣の中国はそうし
た意識では随分違うようです。「中国政府は、二十四時間アラビア語放送によ
り、最低でも何百というポストを中東専門家に用意した。それだけ、中国の対
中東外交は本気なのである」(p.223)と、この本で説明されています。中東への
向き合い方について、日本は現状のままでいいのかと考えさせられます。

 この本には、印象に残るユーモアやエスプリが散りばめられています。その
うちの一つをこの本の中から挙げると、ロシアとトルコとの歴史的関係につい
て次のような説明箇所があります。「十五世紀以来、両帝国は少なくとも十七
回以上の戦争を戦っている。(中略)ロシアは戦争で勝利するたびに、鰹節を
削るかのごとく、オスマン帝国から領土を奪い取っていった。したがって、ト
ルコ人にはロシアに対する恐怖心がある。歴史がDNAに埋め込んだ脅威認識
だ」(p.231)。このように説明されると、両国の長く厳しい外交関係の本筋がす
っと理解できるように感じられます。

 私がこの本を読んだのは昨秋のはじめ頃ですが、「終章」に述べられていた
次の力強い言葉がひときわ心に残りました。「まずは、日本が中東で築いてき
た『善意の基盤』を大前提とし、それを守り継ぐことを意識するべきであろう。
日本外交は、基本的にアメリカとの協調を基本方針とするが、『善意の基盤』
という国益を守るためには、時に独自外交を展開する必要がある」(p.250)。
これは、著者がこの本で最も言いたかったことではないかと推察されます。

                               北松拓也


『名著「代表的日本人」を読む』
   2017/2/14 (火) 18:06 by 北松拓也 No.20170214180625

内村鑑三『名著「代表的日本人」を読む』
石井寛 訳、三笠書房、知的生きかた文庫

【コメント】
 この本は、内村鑑三が英語で著した「代表的日本人」の完訳(原典の全文の
翻訳)ではなく、縮めて訳したものです。そのためだと思われますが、この本
には本来の題名の前後に「名著」と「を読む」という言葉が付け加えられてい
ます。ちなみに、「代表的日本人」の原題は、"Representative Men of Japan"
です。

 この本の中で代表的日本人として取り上げられているのは、西郷隆盛、上杉
鷹山(ようざん)、二宮尊徳(金次郎)、中江藤樹(とうじゅ)、日蓮上人の
5人です。このうち、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳については、NHKの歴
史解説番組「歴史秘話ヒストリア」とか、歴史上の人物たちの人生の極意に迫
る「先人たちの底力、知恵泉(ちえいず)」のようなテレビ番組などでもよく
取り上げられていますので、その人物像や事績について全国的によく知られて
いると思います。

 他方、中江藤樹については、名前こそ有名ですが、実際にどういう人物でど
んなことをした人かという点については、あまり知られていないように思われ
ます。実のところ、私もこの本を読むまで詳しくは知りませんでした。もちろ
ん、中江藤樹は「近江聖人」と言われているので、地元の滋賀県の皆さんはよ
くご存じのことでしょう。

 話がちょっと飛びますが、何年か前に日本に観光に来たヨーロッパの人(た
しかオーストリア人)が、旅先でせっかくの楽しい家族写真を撮影したカメラ
を電車の中に置き忘れてしまって困ったという出来事を伝える記事が新聞に掲
載されたことがありました。その記事によれば、置き忘れたカメラはまもなく
持ち主のもとに返ってきたそうですが、そのヨーロッパの人は、こんなことは
ヨーロッパではまずあり得ないことだと言って非常に感激したそうです。向こ
うでは、そのようにしてなくしたものは、二度と戻ってこないのが普通とのこ
とでした。しかし、私たち日本人の多くは、電車の中に置き忘れたものは鉄道
会社の遺失物係に届けを出せば、ほとんどの場合、取り戻すことができるもの
と考えているのではないでしょうか。

 なぜ日本人はそうなのかと思いをいたすならば、例えば「代表的日本人」に
描かれている中江藤樹の儒教に基づいた「人の道」の教えというものの大きな
影響がそこに感じ取れます。それを象徴するのが、次のような話の顛末です。

 あるとき、主君の命(めい)により数百両の金子を託された侍が、雇った馬
子の鞍にその金子を結びつけたままうっかり馬子と馬を帰してしまい、その馬
子の名前さえわからず途方に暮れ、あわや切腹するしかないとまで思い詰めた
そうです。ところが、その馬子は真夜中にもかかわらず4里(16キロメートル)
の遠い道を歩いて、侍の宿泊先まで金子をわざわざ届けてくれたばかりか、貧
しい暮らしをしているのに金子を届けてくれたことに対する謝礼さえ受け取る
のを断ったということです。侍がなぜそれほど無欲で正直で誠実にしていられ
るのかと尋ねると、小川村に住むその馬子は、中江藤樹が村人に対して教えて
くれるままに歩んでいるだけなのだと答えたといいます。

 まさにこのような清廉な精神が、上に書いた電車の中の忘れ物の話に垣間見
られるように、現在の私たちにも脈々と受け継がれているのだと考えると、た
いへん心温まる思いがします。
                               北松拓也


『禅と文明』
   2015/10/9 (金) 18:28 by 北松拓也 No.20151009182825

弟子丸泰仙『禅と文明』サンガ文庫

【コメント】
 世界の知識人に向けて日本における禅の思想を最初に英語で紹介し高い評価
を受けたのは、『Zen and its Influence on Japanese Culture(禅と日本文
化)』を著した仏教哲学者の鈴木大拙であることはよく知られています。一方、
具体的な坐禅の方法をヨーロッパ、特にフランスのパリにおいて最初に紹介し、
西欧の多くの人々が実際に参禅できるように尽力した功労者が、この『禅と文
明』の著者、弟子丸泰仙老師であることは、日本国内ではあまり知られていな
いかもしれません。

 この本の内容をごく大まかに言ってしまえば、近代西洋哲学とそれを基礎と
して築かれた近代西洋文明に対する、禅の立場からの批判的考察です。

 著者は、今日の文明世界に生きる私たちが、近代西洋哲学の創始者、デカル
ト以来の合理主義的な「科学的思考法」ばかりを重視することに疑問を抱き、
禅の「身体的思考法」の重要性に目を向けることを提唱しています。

 「科学的思考法」は、大脳前頭葉(新皮質部)から発動した知性的な自己意
識によって生み出され、啓蒙主義が依拠する「理性」もその産物ですが、その
「科学的思考法」によって今日の文明が危機的な方向に向かいつつあると著者
は指摘しています。

 著者の説くところによれば、大脳前頭葉の「科学的思考法」をいったん中止
し、大脳中枢の無意識(=非思量的無意識)の発動にまかせたときに得られる
「身体的思考法」によって、生命力、直観や智慧が生まれるといいます。そし
て、「身体的思考法」の根源的な基盤となる身体の行動の基本姿勢として、道
元禅師の教えである「只管打坐(しかんたざ)」を著者は紹介しています。

 この本のなかで言及されている「真理は身体をもって得ねば頭だけでは到底
得られない」という道元禅師の考え方は、私ならずとも多くの人々が自らの人
生経験に照らし合わせれば納得できるのではないでしょうか。

 次の記述部分は、心身の健康を考える上で、誰にとっても参考になるものと
思われますので、ここに引用しておくことにします。

  なぜならば、生命の本質は人間の身体内ばかりでなく、それは宇宙の秩序
 とインターディペンダンス(相関、縁起)の関係にあるからだ。(中略)つ
 まり宇宙のエネルギーないしいわゆる「気」(Activity)によって人間は生か
 されている。だからこの宇宙の気が人間の生命の根源となり、……(中略)
 それは身体の内側から発動されるものではない。外界のエネルギーを体内に
 吸収することによって、人間の生命は、生きて動くものとなる。この感得は、
 私たちの坐禅時において、主体的にはっきりと意識裡に実証されるものであ
 る。(同書、p.263)

 この本は、1976年、つまり40年近く前に刊行されたものですが、ここに書か
れている省察や批判は、少しも古びていないばかりか、現在の私たちの人生の
あり方にそのまま深く、というよりはますます深く関わっていると思いました。

                               北松拓也


『資本主義の終焉と歴史の危機』
   2015/10/6 (火) 18:22 by 北松拓也 No.20151006182242

水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』集英社新書

【コメント】
 この本によれば、先進国ではすでに1970年代半ばに交易条件が悪化しており、
「地理的・物理的空間」(=実物経済)での利潤低下に直面し、モノづくりで
は割に合わなくなっていたといいます。そこで、アメリカは資本主義に代わる
新たなシステムを構築するのではなく、資本主義の延命策として別の空間、す
なわち「電子・金融空間」に利潤のチャンスを見つけ、「金融帝国」化してい
くという道を選んだ、と著者は分析しています。

 しかし、「周辺」に対して「中心」が行う「蒐集」という活動において利潤
を上げるのに最も効率の良かったこれまでの資本主義システムでは、今や「金
融帝国」となったアメリカでさえも、「周辺」から利潤を上げることに行き詰
っています。つまり、グローバリゼーションの結果、もはや「周辺」と呼べる
ものが存在しなくなってしまったからです。そのような状況に置かれた資本家
たちは、今度は外の世界に「周辺」を求めるのではなく、国内に「周辺」を作
り、そこから利潤を得ようとし始めました。そのために、国内における経済格
差が拡大し、中間層が次第に薄くなると同時に社会全体で「持てる者」と「持
たない者」へ二極分化が進行している、というのが著者の説です。

 これはおそらく現在の世界認識として間違ってはいないだろうと思います。
ただ、この本の著者は、このような限界に突き当たった資本主義の次に創造さ
れるであろう新たな経済システムがどのようなものであるのかというビジョン
については、今は示すことができないと繰り返し述べています。

 こうしてみると、「地理的・物理的空間」の拡大はおろか「電子・金融空間」
の拡大さえも頭打ちになって利潤が得られなくなった資本主義の危機的状況の
只中に、いま私たちは暮らしていることが分かります。別の見方をすれば、西
洋が中心になって構築してきた現代文明の黄昏の中に私たちは立っているとい
えるのではないでしょうか。とは言っても、目の前に広がる黄昏の風景は、現
代の最先端の科学技術によってきらびやかにライトアップされているので、多
くの人々にとって黄昏としての実感は乏しいかもしれません。

 ともあれ、このような現状を自覚したとしても、必ずしも将来を悲観したり
不安に駆られたりする必要はないと思います。なぜなら、私たちの祖先は、長
い歴史の中で幾多の危機的状況を経験しながらも、その度ごとに大きな知恵を
働かせて生き延び、次の世代、そのまた次の世代へと命をつないできたのであ
り、その子孫たる私たちにも未曽有の危機を乗り越える潜在力が備わっている
はずだからです。
                               北松拓也


『アメリカの文化戦争』
   2015/9/21 (月) 00:08 by 北松拓也 No.20150921000806

トッド・ギトリン『アメリカの文化戦争 ──たそがれゆく共通の夢』
疋田三良・向井俊二 訳/解説 樋口映美、彩流社

【コメント】
 この翻訳書が刊行されたのは2001年ですが、英語の原書は1995年に初版が出
版されています。したがって、原書の出版からすでに20年が経過しています。
しかし、この本に書かれている内容はアメリカ社会の成り立ちや根源的な社会
問題などを知るうえで、今でも非常に参考になります。

 この世界には人類共通の普遍的な理念や真理というものが存在するものと信
じている人間がいます。私もその一人ですが、そういう普遍的な理念や真理を
追求してきた人間にとって、この本に書かれているアメリカ社会の実相は衝撃
的なものと言ってよいと思います。

 ホートン・ミフリン社の歴史教科書の内容、とりわけ歴史認識を巡ってカリ
フォルニア州オークランド市で繰り広げられた火の出るような激しい論争の事
実関係から書き起こされた本書は、アメリカ合衆国という多人種・多民族・多
文化の社会が抱えている問題の根深さを、建国以来の歴史的な考察を含めて多
角的に浮き彫りにしています。

 啓蒙思想の根幹である理性に基づく普遍主義でさえも、もはや白人中心主義
の偏見として否定されるようになってしまったアメリカ社会では、人種・民族・
文化・伝統・宗教・価値観などを異にする多数のグループが自らのアイデンテ
ィティを主張してせめぎ合う分裂状態になっているといいます。「アメリカと
は何か」「アメリカ人とは何か」といった統一的な理念についての問いには答
えられないというのが、1995年時点でのアメリカ合衆国の実情のようです。

 奴隷解放運動、公民権運動、アファーマティブ・アクション(積極的差別是
正措置)、PC運動など市民の自由・平等の権利を求める激動の歴史を経験し
てきたアメリカ社会は、分厚く強靭で多種多様な言論が巨大な渦を巻き、驚く
ほどダイナミックに変化し続けています。

 ちなみに、著者のトッド・ギトリン氏は1960年代の左翼の活動家で、この本
の執筆当時は大学で社会学を教える教授であり、また家系としてはユダヤ系の
白人です。

 この本の後ろの方に記載されている解説では、著者の説明が足りない部分や、
問題の扱い方に偏りがある部分などを的確に指摘し、客観的視点から補足説明
などを加え、バランスの取れた翻訳書に仕上げています。一般的に、本の内容
についての称賛や、記述の手際の良さなどへの賛美に終始するような解説が多
い中で、本書のように著者の行き届かない点を率直に取り上げているのは、学
究としての真摯な姿勢が感じられます。そして、それを是とした出版社の担当
編集者も立派だと思います。
                               北松拓也


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「読書求道記」 文/北松 拓也
 Copyright © Takuya Kitamatsu 2017