夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
 ID


全969件 <更新> ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 96 97 終了]

PAGE 94 (931〜940)


謹賀新年
   2015/1/3 (土) 15:03 by Sakana No.20150103150307

01月03日

「本年もよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「昨年は文学の大目的がどうやら理想らしい
ということがわかり、おかげさまで明るい新
春を迎えることができました」
「文学の大目的が理想というだけで新春が明
るくなると思うのはおめでたい頭の構造をし
ている。理想は実現するとはかぎらないぞ」
「文学の大目的が理想だというのであれば、
たとえ野辺に旅寝したり、陋巷に窮死しても
かまいません。その理想実現を目指して生き
ることにしましょう。その理想は実現しなく
てもよいのです」
「漱石の講義によれば理想には4種がある。
そのうちのどの理想をもとめるつもりだ」
「せっかちに結論を出そうとせず、じっくり
考えましょう」

 (一)感覚物そのものに対する情緒(その代表は美的理想)
 (二)感覚物を通じて知、情、意の三作用が働く場合
   (い)知の働く場合(代表は真に対する理想)
   (ろ)情の働く場合(代表は愛に対する理想及び
      道義に対する理想)
   (は)意志の働く場合(代表は荘厳に対する理想)
    *付:連想から来る情緒がいかにして混入するか
 1. the feelings we have toward some sensible object in and of itself
(e.g. the aesthetic ideal)
  2. those cases where the three functions of intellect, emotion and
will operate through the mediation of some sensible object;
  (a) the intellect is at work (e.g., the ideal of truth),
  (b) the feelings are at work (e.g. the ideals of love amd morality),
  (c) the will is at work (e.g. the ideal of heroic).
 * the feelings that arise through association from these broadly 
   distinguished ideals merge into one another.
              (translated by Michael K. Bourdaghs)



『文学論』の補遺
   2015/1/6 (火) 09:49 by Sakana No.20150106094940

01月06日

「小宮豊隆『夏目漱石』を読み直してみると、
『文芸の哲学的基礎』のことがちゃんと記さ
れていました。明治四十年(一九○七)四月
二十日、東京美術学校で講演したと」
「そんな事実はわかりきったことだ」
「この『文芸の哲学的基礎』も、恐らく漱石
がロンドンにいる時分に、自分の『文学論』
の基礎的部分として、既に一往は考え通して
見はしたものの、大学の講義では、それが余
り理路に傾き過ぎると認めたか、それともも
っと鍛錬を必要とすると認めたか何かで、そ
っと取りのけて置いたのを、この機会に纏め
られるだけ纏めて、近く出版になろうとして
いる自分の『文学論』の補遺にしたいと思っ
たもの、即ち漱石の頭の『文学論』的震動の、
一つの余波だったに違いないのである──だ
そうです」
「補遺というとつけたしのように聞こえるが、
基礎的部分というなら『文学論』の土台だ」
「人間の理想を大別すれば、真・善・美・荘
などとなるが、真を標榜する自然主義は、人
間の理想の四分の一を表現するに過ぎない。
それはそれでいいとしても、それだけが人生
を描写したものであるかの如く考え、真を標
榜するために、他の善・美・荘などという理
想を冒そうとするに至っては許しがたいとい
うような、当時の文壇の自然主義批判を主意
とするこの講演は、事実また漱石の<立脚地
と抱負とを明かにしたものであったに相違な
いのである」
「漱石は四種の理想があるとは指摘している
が、自然主義批判をしているのではない」
「そうですね。小宮豊隆の贔屓の引き倒しの
ような勇み足的表現だと思います」


藤村の羊羹
   2015/1/9 (金) 09:26 by Sakana No.20150109092608

01月09日

「『文芸の哲学的基礎』の続きに戻りましょ
う。四種の理想のうち一の理想をあらわすと
きに、他の理想を欠いている場合と、積極的
に他の理想を打ち崩(くず)している場合と
は少々違います」
「島崎藤村や田山花袋らの自然主義文学運動
は真の理想を掲げて、積極的に他の理想を打
ち崩そうとした」
「その場合には作家の標準にした理想が、す
べての他を忘却せしめ得るほどな手際(てぎ
わ)でうまく作物にあらわれておらねばなり
ません。けれどもこれは天才でもはなはだむ
ずかしい。したがって普通の場合には功罪が
帳消しになって余す所は棒だけになります。
いくら藤村の羊羹(ようかん)でもおまるの
中に入れてあると、食べる気がしません」
「藤村の羊羹におまるというたとえは奇抜す
ぎる。自然主義の島崎藤村をからかっている
のではないか」
「それはないと思いますよ。『吾輩は猫であ
る』でも迷亭が苦沙弥先生の家の勝手口から
飄然と春風に乗じ舞い込んできて、藤村の羊
羹を無雑作に頬張る場面があります」
「それなら、藤村の羊羹は上等な羊羹だった
ということがわかるが、おまるに入れてあっ
たのでは迷亭だって頬張らないだろう」
「漱石先生は甘いもの好きだから、藤村の羊
羹は好物だったのでしょう」
「胃潰瘍で苦しんだのはその羊羹を食べ過ぎ
たせいかもしれない」

 しかしながら、一の理想をあらわすときに、他の理想を欠いてい
る場合と、積極的に他の理想を打ち崩(くず)している場合とは少
々違うのであります。欠いているのはただ含んでおらんと云うまで
で、打ち壊すとなると明かにその理想に違背しているのですからし
て、この場合には作家の標準にした理想が、すべての他を忘却せし
め得るほどな手際(てぎわ)でうまく作物にあらわれておらねばな
らん。けれどもこれは天才でもはなはだむずかしい。したがって普
通の場合には功罪が帳消しになって余す所は棒だけになります。い
くら藤村の羊羹(ようかん)でもおまるの中に入れてあると、少し
答えます。そのおまるたると否とを問わず、むしゃむしゃ食うもの
に至っては非常稀有(けう)の羊羹好きでなければなりません。あ
れも学才があって教師には至極(しごく)だが、どうも放蕩(ほう
とう)をしてと云う事になるととうてい及第はできかねます。品行
が方正でないというだけなら、まだしもだが、大に駄々羅遊(だだ
らあそ)びをして、二尺に余る料理屋のつけを懐中に呑(の)んで、
蹣跚(まんさん)として登校されるようでは、教場内の令名に関わ
るのは無論であります。だからいかな長所があっても、この長所を
傷ける短所があって、この短所を忘れ得せしむるだけに長所が卓然
(たくぜん)としていない作物は、惜しいけれども文句がつきます。
私はとくに惜しいけれどもと云いたい。惜しいと云うのは、すでに
長所を認めた上の批評であり、かつ短所をも知り抜いた上の判断で、
一本調子に搦手(からめて)ばかり、五年も六年も突(つ)ついて
いる陣笠連(じんがされん)とは歩調を一にしたくないからこう云
うのであります。



現代文芸の理想
   2015/1/12 (月) 14:30 by Sakana No.20150112143045

01月12日

「現代文芸の理想は何ですか」
「金だ。今や共産主義諸国も資本主義の世の
中、地獄の沙汰も金次第。金にならないよう
な現代文芸には理想なんかありえない」
「真・善・美・愛・荘厳は金では買えません」
「買えるよ。芸術も文学も教育も政治も宗教
もみんな商売になっている。真・善・美・愛・
荘厳は何か別のものを売るための幻惑の手段
として使われているにすぎない」
「そんな風に考えないでください。みじめに
なるだけでしょう」
「みじめでもいい。それが真なのだ」
「しかし、真は四種の理想のうちの一つにす
ぎないのです。たまたま現代は真が勢を得て、
他の三理想が比較的下火になっているかもし
れませんが、それは銀杏返しがすたれて、束
髪が流行するようなものです」
「銀杏返し?束髪?どこの国の話だ」

 そこでいよいよ現代文芸の理想に移って、少々気焔(きえん)を
述べたいと思います。現代文芸の理想は何でありましょう。美? 
美ではない。画の方、彫刻の方でもおそらく、単純な美ではないか
も知れないが、それは不案内だから、諸君の御一考を煩(わずら)
わすとして、文学について申すとけっして美ではない。美と云うも
のを唯一(ゆいいつ)の生命にしてかいたものは、短詩のほかには
ないだろうと思います。小説には無論ありますまい。脚本は固(も
と)よりです。詳(くわ)しく云うと、暇がかかるから、このくら
いで御免蒙(ごめんこうむ)って先へ進みます。現代の理想が美で
なければ、善であろうか、愛であろうか。この種の理想は無論幾多
の作物中に経となり緯となりて織り込まれているには相違ないが、
これが現代の理想だと云うには、遥(はるか)に微弱すぎると思い
ます。それでは荘厳だろうか。荘厳が現代の理想ならばいささか頼
母(たのも)しい気持もするが、実際はかえって反対である。現代
の世ほど heroism に欠乏した世はなく、また現代の文学ほど heroism 
を発揚しない文学は少かろうと思います。現代の世に荘厳の感を起
す悲劇は一つも出ないのでも分ります。現代文芸の理想が美にもあ
らず、善にもあらずまた荘厳にもあらざる以上は、その理想は真の
一字にあるに相違ない。例を引けば長くなる、証を挙(あ)げれば
大変である。仕方がないから、ただ真の一字が現代文芸ことに文学
の理想であると云い放っておきます。しばらくこれを事実と御承認
を願いたい。ところでこの真なるものも、いわゆる分化作用で、い
ろいろの種類と程度を有しているには相違ない、英仏独露の諸書を
猟渉(りょうしょう)したらばその変形のおもなものを指摘する事
はできる事になりましょう。私はそれに対してけっして不平を云う
つもりではありません。前に云うごとく、真は四理想の一であって、
その一たる真が勢を得て、他の三理想が比較的下火になるのも、時
勢の推移上銀杏返(いちょうがえ)しがすたれて束髪(そくはつ)
が流行すると同じように、やむをえぬ次第と考えられます。




深くなると狭くなる
   2015/1/15 (木) 09:21 by Sakana No.20150115092153

01月15日

「人間の観察と云う者は深くなると狭くなる
ものです」
「さようか」
「世の中に何が狭いと云って専門家ほど狭い
ものはありません」
「なるほど、『文学論』を講義する漱石は文
学の専門家だが、文学に関しては漱石の観察
ほど狭いものはない。故に『文学論』は一般
読者に読まれないという理屈になる」
「漱石先生は専門家のその狭さを自覚してお
られました。ですから、広い世界を、広い世
界に住む人間が、随意の歩調で、勝手な方角
へあるいているとすれば、御互に行き合うと
き、突き当りそうなときは格別の理由のない
限り、両方で路を譲り合わねばならないと私
たちをさとしておられるのです」
「『文学論』という難解な書物と突き当たり
そうになると、解読に難儀するので、路を譲
り、敬遠したほうがよいということになる」
「どうぞ、ご随意に。でも、万一、自己本位
でその気になったら、読んでください。読み
方によっては、深くなると広くなる場合もあ
るということがおわかりになるでしょう」

 人間の観察と云う者は深くなると狭くなるものです。世の中に何が
狭いと云って専門家ほど狭いものはないのでも御分りになるでしょう。
狭いと云う事は別段わるいと云う意味は含んでおりませんから、構わな
いと主張されるかも知れませんが、狭いと云うと不都合な事になります。
医者があまり熱心になって狭い専門の範囲を、寝ても覚(さ)めても出
る事ができないと、ついには妻に毒薬を飲まして、その結果を実験して
見たいなどととんでもない事を工夫するかも知れません。世の中は広い
ものです、広い世の中に一本の木綿糸(もめんいと)をわたして、傍目
(わきめ)も触らず、その上を御叮嚀(ごていねい)にあるいて、そう
して、これが世界だと心得るのはすでに気の毒な話であります。ただ気
の毒なだけなら本人さえ我慢すればそれですみますが、こう一本調子に
行かれては、大(おおい)にはたのものが迷惑するような訳になります。
往来をあるくのでも分ります。いくら巡査が左へ左へと、月給を時間割
にしたほどな声を出して、制しても、東西南北へ行く人をことごとく一
直線に、同方向に、同速力に向ける事はできません。広い世界を、広い
世界に住む人間が、随意の歩調で、勝手な方角へあるいているとすれば、
御互に行き合うとき、突き当りそうなときは格別の理由のない限り、両
方で路を譲り合わねばならない。


折り合いをつける
   2015/1/20 (火) 06:50 by Sakana No.20150120065007

01月18日

「四種の理想は皆同等の権利を有して人生を
あるいております」
「あるくのは御随意だ。勝手に歩け」
「ところが、お互いが勝手に歩きまわってい
ると、衝突しそうになることがあります。そ
んな場合にはお互いに示談をして、好い加減
に折合いをつけなければなりません」
「折合いがつかないこともありうる」
「折合いがつかないのは誰かが狭く深くなり
すぎて、他の事は頭から眼に入ってこなくな
るからです。向こうから来る人、横から来る
人も、それぞれ相当の用事があり、理由もあ
るという事をお互いに認め合わなければなり
ません」
「誰が何と言おうと、自分は絶対に正しい」
「現代の文芸で真を重んずるの弊は、そこに
あります。善・愛・美・壮の理想にも目を向
けてください」

四種の理想は皆同等の権利を有して人生をあるいている。あるくの
は御随意だが、権利が同等であるときまったなら、衝突しそうな場
合には御互に示談をして、好い加減に折り合をつけなければならな
い訳です。この折り合をつけるためには、自分が一人合点(ひとり
がてん)で、自分一人の路をあるいていてはできない。つまり向う
から来る人、横から来る人も、それぞれ相当の用事もあり、理由も
あるんだと認めるだけに、世間が広くなければなりません。ところ
が狭く深くなると前に云うた御医者のようにそれができなくなる。
抽出法(ちゅうしゅつほう)と云って、自分の熱心なところだけへ
眼をつけて他の事は皆抽出して度外に置いてしまう。度外に置く訳
である。他の事は頭から眼に這入(はい)って来ないのであります。
そうなると本人のためには至極(しごく)結構であるが、他人すな
わち同方向に進んで行かない人にはずいぶん妨害になる事がありま
す。妨害になると云う事を知っていれば改良もするだろうが、自己
の世界が狭くて、この狭い世界以外に住む人のある事を認識しない
原因から起るとすれば、どうする事もできません。現代の文芸で真
を重んずるの弊は、こうなりはしまいかと思うのであります。否現
にこうなりつつあると私は認めているのであります。




他に累を及ぼさない範囲
   2015/1/21 (水) 07:47 by Sakana No.20150121074746

01月21日

「真を重んずるの結果、真に到着すれば何を
書いても構わないのでしょうか」
「言論の自由は憲法で保証されている。何を
書いても構わん」
「では、一歩を超(こ)えて真のために美を
傷つける、善をそこなう、荘厳を踏み潰(つ
ぶ)すとなってもいいのですか」
「目的が違うんだから仕方がない。美党、善
党、荘厳党が指をくわえて、おとなしくして
いればそれでよい」
「いつまでもおとなしくしているとは思えま
せん」
「論争になる。闘争や戦争にエスカレートす
るかもしれない」
「目的が違うんだから仕方がないと云うのは、
他に累(るい)を及ぼさない範囲内において
云う事です。他に累を及ぼさざるものが厳と
して存在していると云う事を自覚しなければ
なりません」
「未開の人間にそんな自覚はない」
「開化、それも内発的が必要です。四種の理
想があることを自覚しましょう」

 真を重んずるの結果、真に到着すれば何を書いても構わない事と
なる。真を発揮するの結果、美を構わない、善を構わない、荘厳を
構わないまではよいが、一歩を超(こ)えて真のために美を傷つけ
る、善をそこなう、荘厳を踏み潰(つぶ)すとなっては、真派の人
はそれで万歳をあげる気かも知れぬが美党、善党、荘厳党は指を啣
(くわ)えて、ごもっともと屏息(へいそく)している訳には行く
まいと思います。目的が違うんだから仕方がないと云うのは、他に
累(るい)を及ぼさない範囲内において云う事であります。他に累
を及ぼさざるものが厳として存在していると云う事すら自覚しない
で、真の世界だ、真の世界だと騒ぎ廻るのは、交通便利の世だ、交
通便利の世だと、鈴をふり立てて、電車が自分勝手な道路を、むち
ゃくちゃに駆(か)けるようなものである。電車に乗らなければ動
かないと云うほどな電車贔屓(びいき)の人なら、それで満足かも
知れぬが、あるいたり、ただの車へ乗ったり、自転車を用いたりす
るもののためには不都合この上もない事と存じます。


抽出法
   2015/1/24 (土) 08:59 by Sakana No.20150124085958

01月24日

「もっとも文芸と云うものは鑑賞の上において
も、創作の上においても、多少の抽出法(ちゅ
うしゅつほう)を含むものであります」
「抽出法? なんだ、それは?」
「『文学論』第二編文学的内容の数量変化 第
三章fに伴ふ幻惑、で学んでいます。忘れたの
ですか」
「要するに文学の第二の目的である幻惑のテク
ニックの一つだ──この年で今さら作家になる
わけでもないから、そんなテクニックを覚えて
も意味がない」
「抽出法の講義は、作家の材料に対する場合と
読者の作品に対する場合とに分けて論じられて
います。作家にならなくても、読者であり続け
るなら、読者の作品に対する抽出法は頭に入れ
ておいたほうがよいと思います」
「具体的な例をあげてくれ」
「裸体画が公々然と青天白日の下に曝(さら)
されている例を考えてください。一般社会の風
紀から云うと裸体と云うものは、見苦しい不体
裁です」
「裸体は美だよ」
「ワイセツ物とみなす人もいます。見解の相違
で、衝突しますから、折り合いをつけなければ
なりません。そこで、<肉体の感覚美に打たれ
ているうちは、裸体の社会的不体裁、あるいは
ワイセツ感を忘るべし>という一種の約束で折
り合いをつける──これが抽出法です」
「いいかげんな妥協の産物だ」
「その約束が成立してから裸体画は陳列を認め
られています。つまり、このような抽出の約束
が成立さえすればよいのですが、だからといっ
てあまり大きな顔はしてはいけないというのが
漱石先生のfです」

 もっとも文芸と云うものは鑑賞の上においても、創作の上において
も、多少の抽出法(ちゅうしゅつほう)を含むものであります。(抽
出法については文学論中に愚見を述べてありますから御参考を願いた
い)その極端に至ると妙な現象が生じます。たとえば、かの裸体画が
公々然と青天白日の下に曝(さら)されるようなものであります。一
般社会の風紀から云うと裸体と云うものは、見苦しい不体裁でありま
す。西洋人が何と云おうと、そうに違ありません。私が保証します。
しかしながら、人体の感覚美をあらわすためには、是非共裸体にしな
ければならん、この不体裁を冒(おか)さねばならん事となります。
衝突はここに存するのです。この衝突は文明が進むに従って、ますま
す烈敷(はげしく)なるばかりでけっして調停のしようがないにきま
っています。これを折り合わせるためには社会の習慣を変えるか、肉
体の感覚美を棄(す)てるか、どっちかにしなければなりません、が
両方共強情だから、収まりがつきにくいところを、無理に収まりをつ
けて、頓珍漢(とんちんかん)な一種の約束を作りました。その約束
はこうであります。「肉体の感覚美に打たれているうちは、裸体の社
会的不体裁を忘るべし」と云うのであります。最前(さいぜん)用い
た難(むず)かしい言葉を使うと不体裁の感を抽出して、裸体画は見
るべきものであると云う事に帰着します。この約束が成立してから裸
体画はようやくその生命を繋(つな)ぐ事ができたのであって、ある
画工や文芸批評家の考えるように、世間晴れて裸体画が大きな顔をさ
れた義理ではありません。電車は危険だが、交通に便だから、一定の
道路に限って、危険の念を抽出して、あるいてやろうと云う条件の下
に、東鉄や電鉄が存在すると同じ事であります。裸体画も、東鉄も、
電鉄も、あまり威張れば存在の権利を取上げてよいくらいのものであ
ります。しかし一度(ひとた)び抽出の約束が成り立てば構わない。
真もその通りであります。真を発揮した作物に対して、他の理想をこ
とごとく忘れる、抽出すると云う条件さえ成立すればそれで宜(よろ)
しい。――宜しいと云ったって大きな顔をして宜しいと云うのではな
い、存在しても宜しいと云うのであります。



Law of Dissociation
   2015/1/27 (火) 07:21 by Sakana No.20150127072129

01月27日

「抽出法という言葉はピンとこない。英語で何と
いうのか」
「Dissociation」
「Dissociationの意味は?」
「分離あるいは解離です」
「わかりにくいな」
「<肉体の感覚美に打たれているうちは、裸
体の社会的不体裁、あるいはワイセツ感を忘
るべし>という折り合いをつける法則です」
「それは世界平和や家内安全のために大事な
法則だと思うが、抽出法という言葉がわかり
にくいのが残念だ」
「日本人はDissociationが苦手なのでしょう
か」
「そんなことはない。むしろ得意といっても
よいのだが、適切な言葉が流通していないの
が困る」

抽出法(ちゅうしゅつほう)と云って、自分の熱心なところだけへ
眼をつけて他の事は皆抽出して度外に置いてしまう。度外に置く訳
である。他の事は頭から眼に這入(はい)って来ないのであります。

The law of dissociation describes how we see only those aspects
about which we are passionate and dissociate the others, setting
them off to to the side. The others are simply left out; they
never even catch the eye.


飯を食わしてくれろ
   2015/1/30 (金) 08:48 by Sakana No.20150130084817

01月30日

「四種の理想のうち真に対して起こす情緒の
みを重視し、他の理想は抽出(dissociate)す
る場合があります」
「美、善、荘厳という理想をまったく含まな
いのか」
「あまり議論が抽象的になりますから、実例
について考えてみましょう。ここに贋(にせ)
の唖(おし)が一人あるとします。何か不審の
件があって警察へ拘引(こういん)される。尋
問に答えるのが不利益だと悟って、いよいよ唖
の真似(まね)をする。警官もやむをえず、そ
のまま繋留(けいりゅう)しておくと、翌朝に
なって、唖は大変腹が減って来た。始めは唖だ
から黙って辛抱したが、とうとう堪(た)えら
れなくなって、飯を食わしてくれろと大きな声
を出すと云う筋をかいたら、どんなものでしょ
う」
「落語ネタだ。くだらない」
「とにかくある境遇における、ある男について、
一種の真をあらわす事はできます。面白味はそ
こにあるでしょう」
「しかし、真以外の理想はまったく含んでおら
ん」
「含んでいなくても、真以外の理想を害しては
いません。他の理想はことごとく抽出して読み
終わることでできるのです」

他の理想諸君へは御気の毒だが、僕も困るから、少し辛抱してくれ
たまえくらいの態度なら宜しいと云うのであります。しかしこの条
件を成立せしむるためには真に対して起す情緒が強烈で、他の理想
を忘れ得るほどに、うまく発揮されなくてはならん訳であります。
今の作物にこれだけの仕事ができているかが疑問であります。
 あまり議論が抽象的になりますから、実例について少々自分の考
えを述べて見ましょう。ここに贋(にせ)の唖(おし)が一人ある
とします。何か不審の件があって警察へ拘引(こういん)される。
尋問に答えるのが不利益だと悟って、いよいよ唖の真似(まね)を
する。警官もやむをえず、そのまま繋留(けいりゅう)しておくと、
翌朝になって、唖は大変腹が減って来た。始めは唖だから黙って辛
抱したが、とうとう堪(た)えられなくなって、飯を食わしてくれ
ろと大きな声を出すと云う筋をかいたら、どんなものでしょう。面
白い小説になる、ならんの手際(てぎわ)は、問題として、とにか
くある境遇における、ある男について、一種の真をあらわす事はで
きる。面白味はそこにあるでしょう。しかしこれだけでは美な所も、
善な所も、また荘厳な所も無論ない。すなわち真以外の理想は毫
(ごう)も含んでおらんのです。そこが疵(きず)かと云うと私は
そうは認めません。と云うものは他の理想を含んでおらんと云うま
でで、毫もこれを害してはおりません。したがって真に対する面白
味を感ずるのみで、他の理想はことごとく抽出して読み終る事が出
来得るからであります。


ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 96 97 終了] <照会>
 
「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe