夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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善の理想
   2014/12/4 (木) 08:37 by Sakana No.20141204083735

12月04日

「情を理想として働かせる人が文芸家ですが、
その理想も分化の結果、いろいろになります」
「人生いろいろ、理想もいろいろ」
「人を通じて愛の関係をあらわすもの、これは
十中八九いわゆる小説家の理想になっておりま
す」
「古今の文学、ことに西洋の文学の九割は恋の
情緒をふくんでいる。特に小説、戯曲の類は恋
の分子なしに存在することはほとんど不可能と
漱石は『文学論』でも述べている」
「男女の愛だけではなく、忠、孝、義侠心(ぎ
きょうしん)、友情、おもな徳義的情操はその
分化した変形と共に皆標準になります」
「高倉健や菅原文太も義侠心という徳義的情操
に殉じて死んでいった」
「今にして思えば、あの二人はヤクザに扮して
善の理想を演じたのですね」

 そこでこの種の理想に在(あ)っても分化の結果いろいろになりま
すが、まず標準を云うと、物を通して――物と云うより人と云う方が
分りやすいから人としましょう。――人を通じて愛の関係をあらわす
もの、これは十中八九いわゆる小説家の理想になっております。その
愛の関係も分化するといろいろになります。相愛(あいあい)して夫
婦になったり、恋の病に罹(かか)ったり――もっとも近頃の小説に
はそんな古風なのは滅多(めった)にないようですが、それからもっ
と皮肉なのになると、嫁に行きながら他の男を慕って見たり、ようや
く思が遂げていっしょになる明くる日から喧嘩(けんか)を始めたり、
いろいろな理想――理想と云うのもおかしいようだ――とにかくいろ
いろできます。次には忠、孝、義侠心(ぎきょうしん)、友情、おも
な徳義的情操はその分化した変形と共に皆標準になります。この徳義
的情操を標準にしたものを総称して善の理想と呼ぶ事ができます。こ
の事はもっと委細に御話したいが時間がないから略して次に移ります。
 In this kind of ideal one can differentiate between various kinds.
To begin with one possible norm, one can express a relation of love
via something---well, this is much clearer if we make it a person
rather than a thing. To explain a relation of love via a person is
the ideal of eight or nice out of ten people we call novelists.
This relation of love can be further differentiated into various
types. For example, there is the love that results in a marriage,
or the feverish love one succumbs to like a disease --- but these
old fashioned kinds hardly ever appear in novels nowadays. More
cinical varieties might include a woman who marries even as she
remains infatuated with another man, or a couple who finally realize
their dream of being together and who begin fighting the very next day.
In sum, one can identify any number of different ideal types with
regard to this---though "ideal" hardly seems the right word.
 Nexxt we have loyalty, filial piety, chivalry, friendship, plus
all the other honorable sentiments, which, together with their assorted
differentiated variations, can serve as norms. In general, we can refer
to norms that include such honorable sentiments as belonging to the ideal
of goodness. I wish I could speak in more detail about this, but time
does not permit.(translated by Michael K. Bourdaghs)


意志の作用
   2014/12/7 (日) 07:43 by Sakana No.20141207074351

12月07日

「精神作用の第一は知、第二は情、そして第
三は意志であります」
「そのうち情を理想として働かせる人が文芸
家だということだが」
「意志だって文芸の理想として働かせること
ができますが、この意志が文芸的にあらわれ
得るためには、やはり前述の条件に従って、
感覚的な物を通じて具体化されなくてはなり
ません(it must be rendered concrete via
some sensible object)」
「具体(a sensible, concrete object)を藉
りてその媒介を待てば知の働きといえどもこ
れを文芸化することができるそうだが、そう
すると、知情意という三つの精神作用の働き
を文芸化する場合の鍵は具体化された感覚物
(a sensible, concrete object)ということ
になると思うが、その理解でよいか」
「はあ、それでよいかと思います。感覚的な
物は道具であって、この道具のために意志の
働きが判然とあらわれてくる、しかし道具は
どこまでも道具で、意志があらわれるから道
具も尊くなる。例えば、徳利のようなもので
あります」
「禁酒中の身には徳利の尊さなんかわからん。
そんなもの例に出さないでくれ」
「禁酒の意志は尊いと思いますよ」

(は)精神作用の第三は意志であります。この意志が文芸的にあら
われ得るためには、やはり前述の条件に従って、感覚的な物を通じ
て具体化されなくてはなりません。そうすると、感覚的な物は道具
であって、この道具のために意志の働きが判然とあらわれてくる。
しかし道具はどこまでも道具で、意志があらわれるから道具も尊く
なる。例(たと)えば徳利(とくり)のようなものであります。徳
利自身に貴重な陶器がないとは限らぬが、底が抜けて酒を盛るに堪
(た)えなかったならば、杯盤の間に周旋して主人の御意に入る事
はできんのであります。今かりに大弾丸の空裏(くうり)を飛ぶ様
を写すとする。するとこれを見る方(ほう)に二通りある。一は単
に感覚的で、第一に述べたような場合に属する。一はこの感覚的な
るものを通して非常に猛烈な勢(いきおい)――ただの勢では写す
事もどうする事もできんから――をあらわす。すると弾丸は客で、
実の目的は弾丸のあらわす猛勢である。自然ながら、器械的ながら
一種の意志の作用である。


懦夫(だふ)をして起たしむ
   2014/12/11 (木) 07:49 by Sakana No.20141211074938

12月10日

「冬、富士山へ登るものは馬鹿ですか」
「馬鹿に相違ない」
「津軽海峡冬景色を泳いで渡るのは馬鹿です
か」
「馬鹿だ」
「月の砂漠をはるばると駱駝に乗って旅をす
るのも馬鹿ですか」
「月面に着陸した駱駝はいない。現実にはあ
り得ない話だが、文芸的にあらわせば、ロマ
ンチックでいいね」
「国のため集団的自衛権発動のために武器を
とって立ち上がるのは馬鹿ですか」
「それは政府の見解によれば、徳義的理想と
合するように意志が発現してくる非情に高尚
な情操を引き起こす。いわゆる懦夫(だふ)を
して起たしむとはこの時の事だ。英語ではこれ
を heroism という」
「私はいやです」
「heroismと縁なき卑怯者よ、去らば去れ」

冬富士山へ登るものを見ると人は馬鹿と云います。なるほど馬鹿に
は相違ないが、この馬鹿を通して一種の意志が発現されるとすれば、
馬鹿全体に眼をつける必要はない、ただその意志のあらわれるとこ
ろ、文芸的なるところだけを見てやればよいかも知れません。貴重
な生命を賭(と)して海峡を泳いで見たり、沙漠(さばく)を横ぎ
って見たりする馬鹿は、みんな意志を働かす意識の連続を得んがた
めに他を犠牲に供するのであります。したがってこれを文芸的にあ
らわせばやはり文芸的にならんとは断言できません。いわんや国の
ためとか、道のためとか、人のためとか、(ろ)の場合に述べた徳
義的理想と合するように意志が発現してくると非常な高尚な情操を
引き起します。いわゆる懦夫(だふ)をして起たしむとはこの時の
事であります。英語ではこれを heroism と名づけます。吾人の 
heroism に対して起す情緒は実際偉大なものに相違ありません。



煤煙
   2014/12/13 (土) 07:57 by Sakana No.20141213075739

12月13日

「私は今日ここへ参りがけに砲兵工厰(ほう
へいこうしょう)の高い煙突から黒煙がむや
みにむくむく立ち騰(のぼ)るのを見て一種
の感を得ました」
「明治四十年の昔じゃあるまいし、今どき砲
兵工厰なんかどこにもないよ」
「考えると煤煙(ばいえん)などは俗なもの
であります。世の中に何が汚ないと云って石
炭たきほどきたないものは滅多(めった)に
ない。そうして、あの黒いものはみんな金が
とりたいとりたいと云って煙突が吐く呼吸だ
と思うとなおいやです。その上あの煙は肺病
によくない」
「森田草平の小説に『煤煙』がある。平塚明
子(雷鳥)との心中未遂事件を扱った自然主
義文学の一種だ」
「そんな小説を書くとは森田草平は漱石先生
の弟子らしくありませんね」
「漱石は『煤煙』を認めたのだ。朝日新聞へ
連載させている」
「分化はいろいろできます。しかしその標準
を云うとまず荘厳に対する情操と云うてよろ
しかろうと思います。と、荘厳に対する情操
の中に煤煙を含めるとは、漱石先生の文学論
は懐が深いですね」

私は今日ここへ参りがけに砲兵工厰(ほうへいこうしょう)の高い
煙突から黒煙がむやみにむくむく立ち騰(のぼ)るのを見て一種の
感を得ました。考えると煤煙(ばいえん)などは俗なものでありま
す。世の中に何が汚ないと云って石炭たきほどきたないものは滅多
(めった)にない。そうして、あの黒いものはみんな金がとりたい
とりたいと云って煙突が吐く呼吸だと思うとなおいやです。その上
あの煙は肺病によくない。――しかし私はそんな事は忘れて一種の
感を得た。その感じは取(とり)も直(なお)さず、意志の発現に
対して起る感じの一部分であります。砲兵工厰の煙ですらこうだか
ら真正の heroism に至っては実に壮烈な感じがあるだろうと思いま
す。文芸家のうちではこの種の情緒を理想とするものは現代におい
てはほとんどないように思います。この理想にも分化があるのは無
論です。楠公(なんこう)が湊川(みなとがわ)で、願くは七たび
人間に生れて朝敵を亡(ほろ)ぼさんと云いながら刺しちがえて死
んだのは一例であります。跛(びっこ)で結伽(けっか)のできな
かった大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足で
ない足をみしりと折って鮮血が法衣を染めるにも頓着(とんじゃく)
なく座禅のまま往生したのも一例であります。分化はいろいろでき
ます。しかしその標準を云うとまず荘厳に対する情操と云うてよろ
しかろうと思います。



概括(文芸家の理想の種類及びその説明)
   2014/12/16 (火) 08:38 by Sakana No.20141216083801

12月16日

「文芸家の理想の種類は四通りです。まとめ
ておきます。
 (一)感覚物そのものに対する情緒(その代表は美的理想)
 (二)感覚物を通じて知、情、意の三作用が働く場合
   (い)知の働く場合(代表は真に対する理想)
   (ろ)情の働く場合(代表は愛に対する理想及び
      道義に対する理想)
   (は)意志の働く場合(代表は荘厳に対する理想)
    *付:連想から来る情緒がいかにして混入するか
「そもそも、文芸家は没理想なのではないか」
「それを論じはじめると、時間がないからや
めましょう。文芸家はこの四通りの理想のど
れかを持って、文章を書いているということ
を大前提として考えるのです」
「うーん」
「あまりピンときていないようですね。英訳の
まとめを附記しておきますので、参考にしてく
ださい。
 1. the feelings we have toward some sensible object in and of itself
(e.g. the aesthetic ideal)
  2. those cases where the three functions of intellect, emotion and
will operate through the mediation of some sensible object;
  (a) the intellect is at work (e.g., the ideal of truth),
  (b) the feelings are at work (e.g. the ideals of love amd morality),
  (c) the will is at work (e.g. the ideal of heroic).
 * the feelings that arise through association from these broadly 
   distinguished ideals merge into one another.

 これで文芸家の理想の種類及びその説明はまず一と通り済みました。
概括すると、一が感覚物そのものに対する情緒(その代表は美的理想)
二が感覚物を通じて知、情、意の三作用が働く場合でこれを分って、
(い)知の働く場合(代表は真に対する理想)(ろ)情の働く場合
(代表は愛に対する理想及び道義に対する理想)(は)意志の働く場
合(代表は荘厳に対する理想)となります。この四大別の上に連想か
ら来る情緒がいかにして混入するかを論じなければならんのですが、
これも時間がないからやめます。

With this, my general survey and explanation of the ideal types
espoused by literary writers is complete. To sum up, one type is
the feelings we have toward some sensible object in and of itself
(e.g. the aesthetic ideal). A second consists of those cases where
the three functions of intellect, emotion and will operate through
the mediation of some sensible object. They can be divided up into
cases where (a) the intellect is at work (e.g., the ideal of truth),
(b) the feelings are at work (e.g. the ideals of love amd morality),
and (c) the will is at work (e.g. the ideal of heroic). Strictly
speaking, I should here explain how the feelings that arise through
association from these broadly distinguished ideals merge into one
another but time constraints do not permit that.
   (translated by Michael K. Bourdaghs)




文芸家の理想四種
   2014/12/19 (金) 07:56 by Sakana No.20141219075613

12月19日

「文芸家の理想を四種類に分けました。この
分類は漱石先生が『文学論』で分けておいた
ものとは少々違います」
「言うことがコロコロ違うのは困るね」
「双方違っていてもけっして諸君の御損には
なりませんと先生は言っておられます」
「頭が混乱すればするほど読者は損をした気
分になるよ。ところで、『文学論』ではどん
な分け方をしていたのだっけ?」
「第一章 文学的内容の分類で感覚F、人事F、
知識F、超自然F、知識F、審美Fに分けて
あります」
「それは文学的内容の分類であって、文芸家
の理想の分類ではない」
「広い意味にとれば、文学的内容は文芸家の
理想ではないでしょうか」
「没理想が小説神髄という考え方もある」
「漱石先生によれば、文芸上の真は科学上の
真とは違うのです。この文芸上の真は文芸家
の理想だと思います」
「それは『文芸の哲学的基礎』では文芸家の
理想四種のうち、感覚物を通じて知の働く場
合(代表は真に対する理想)に該当するだけ
だ」
「出立点が違うのですから仕方がありません。
『文学論』と『文芸の哲学的基礎』の両方の
説を頭に入れておいても損にはならないでし
ょう」

 文芸家の理想をようやくこの四種に分けました。この分類は私が
文学論のなかに分けておいたものとは少々違いますが、これは出立
地が違うのだから仕方がありません。もっともこの分け方の方が、
明暸(めいりょう)で適切のように思われますから、双方違ってい
てもけっして諸君の御損にはなりません。


四種の理想──その勢力の消長遷移
   2014/12/22 (月) 07:43 by Sakana No.20141222074317

12月22日

「すでに申し上げたように、知、情、意なる
我々の精神的作用の理想は四種あり、四種以
下にはなりません」
「その四種に限定できるとはありがたい」
「ある作品を読むと、四種のうちのいずれか
が最も著しく眼につきます。したがって、こ
の作品はどの理想に属するものだと云う事は
ある程度まで云えます」
「なるほど、そうすると、四種の理想に対す
る情操によって作品を分類することができそ
うだ」
「この四種の理想が、時代により、個人によ
り、その勢力の消長遷移に影響を受けつつあ
るは疑うべからざる事実であります。ある時
代には、美の要求を満足させないと文芸上の
作品と見なされないこともあるし、次の時代
には真、またその次の時代には道義心に満足
を与えない作品は読まれないということにも
なります」
「理想というものはコロコロ基準が変わるよ
うでは困る、久遠の理想がのぞましい」
「これらの時代もこれらの人々もことごとく
正しいのです。この四種のいずれがいかなる
時勢に流行し、いずれがいかなる人にもっと
も歓迎さるるかは大分興味ある問題でありま
すが、これも時間がないから抜きに致します」

さて前にも申す通り、知、情、意なる我々の精神的作用は区別ので
きるにもかかわらず、区別されたまま、他と関係なく発現するもの
でない、のみならず文芸にあっては皆感覚物を通じてその作用を現
すのであるからして、この四種の理想に対する情操も、互に混合錯
雑して、事実上はかように明暸に区劃(くかく)を受けて、作物中
に出てくるものではありません。それにもかかわらず理想は四種あ
るので、四種以下にはならんのであります。しかも或る格段なる作
物を取って検して見ると、四種のうちのいずれかがもっとも著しく
眼につきます。したがってこの作はどの理想に属するものだと云う
事はある程度まで云えます。そうしてこの四種の理想が、時代によ
り、個人により、その勢力の消長遷移に影響を受けつつあるは疑う
べからざる事実であります。ある時代には、美の要求を満足しなけ
れば文芸上の作品でないとまで見做(みな)される事もありましょ
う。また次の時代には理想が推移して美はとにかく真は是非共あら
わさなくては文芸の二字を冠らする資格がないと評します。またあ
る人はどこかで道義心に満足を与えない作物は、作りたくない読み
たくないと断言します。また他の人は意思の発現に伴う荘厳の情緒
を得なければ、文芸上のあるものを味うた気がしないとまで主張す
るかも知れない。これらの時代もこれらの人々もことごとく正しい
のであります。また四種のいずれでも構わないと云う人があれば、
その人の趣味はもっとも広い人でまたもっとも正しい人と判断して
もよかろうと思います。この四種のいずれがいかなる時勢に流行し、
いずれがいかなる人にもっとも歓迎さるるかは大分興味ある問題で
ありますが、これも時間がないから抜きに致します。


答案を調べずに点数をつける乱暴な教員
   2014/12/25 (木) 12:32 by Sakana No.20141225123224

12月25日

「四種の文芸の理想は、重要の度から差をつ
け、点数をつけるわけにはいきません」
「タデ食う虫も好き好き。(there's no 
accounting for taste)」
「好悪(こうお)は理窟(りくつ)にはなら
ないから、いやとか好きとか云うならそれま
でですが、根拠のない好悪を発表するのを恥
じて、理窟もつかぬところに、いたずらな理
窟をつけて、弁解するのは、消化がわるい」
「余裕派のブルジョワ文学は嫌いだ。30点。
自然主義文学の流れをくむ私小説やプロレタ
リア文学のほうが真に対する理想をめざして
いる。90点」
「それは答案を調べずに点数をつける乱暴な
教員と同じもので、言語道断の不心得であり
ます」 

ただちょっと御断りをしておきたいのは、この四種は名前の示すご
とく四種であって互にそれ相当の主張を有して、文芸の理想となっ
ているものでありますから、甲をもって乙に隷属(れいぞく)すべ
き理由はどうしても発見できんのであります。この四つのうちに、
重要の度からして差等の点数をつけて見ろと云われた時に、何人
(なんびと)もこれをあえてする事はできないはずと思います。も
しあるとすれば答案を調べずに点数をつける乱暴な教員と同じもの
で、言語道断の不心得であります。ただ吾は時勢の影響を受けてい
るから、しかじかの理想に属するものを好むと云うならばそれでよ
ろしい。吾は個性としてかくかくの理想の下に包含せらるべきもの
を択(えら)むと云うならば、それで勘弁してもよい。好悪(こう
お)は理窟(りくつ)にはならんのだから、いやとか好きとか云う
ならそれまでであるが、根拠のない好悪を発表するのを恥じて、理
窟もつかぬところに、いたずらな理窟をつけて、弁解するのは、消
化がわるいから僕は蛸(たこ)が嫌(きらい)だというような口上
で、もし好物であったなら、いかほど不消化でも、だまって、足は
八本共に平げるほどな覚悟だろうと思います。



美の標準のみを固執して真の理想を評隲するな
   2014/12/28 (日) 18:11 by Sakana No.20141228181107

12月28日

「これら四種の理想は、互いに平等な権利を有
して、相冒すべからざる標準です」
「天は理想の上に理想を作らず、理想の下に理
想を作らず」
「ですから、美の標準のみを固執(こしゅう)し
て真の理想を評隲(ひょうちょく)するのは疝気
筋(せんきすじ)の飛車取り王手のようなもので
あります」
「疝気筋の飛車取り王手とはどういう意味だ」
「筋違いの飛車取り王手はヘボのやることです。
詰将棋の名人は、詰手を考える時、まず第一の王
手から考えるようなことはしません。盤のどのあ
たりで王が詰まるかと考えるのです」
「見当違いの判断をするということなんだな」
「朝起を標準として人の食慾を批判してはいけま
せん」
「美人だからといって善人とは限らないし、醜女
だからといってウソを云うとは限らない」

 この故にこれら四種の理想は、互に平等な権利を有して、相冒
(あいおか)すべからざる標準であります。だから美の標準のみを
固執(こしゅう)して真の理想を評隲(ひょうちょく)するのは疝
気筋(せんきすじ)の飛車取り王手のようなものであります。朝起
を標準として人の食慾を批判するようなものでしょう。御前は朝寝
坊だ、朝寝坊だからむやみに食うのだと判断されては誰も心服する
ものはない。枡(ます)を持ち出して、反物の尺を取ってやるから、
さあ持って来いと号令を下したって誰も号令に応ずるものはありま
せん。寒暖計を眺めて、どうもあの山の高さはよほどあるよと云う
連中は、寒暖計を験温器の代りにして逆上の程度でも計ったらよか
ろうと思う。もっともここに見当違(けんとうちが)いの批評と云
うのは、美をあらわした作物を見て、ここには真がないと否定する
意味ではない。真がないから駄目だ作物にならんと云う批評を云う
のである。真はないかも知れぬ、なければないでよい。無いものを
有ると云うて貰いたいとは誰も云わないでしょう。しかし現にある
美だけは見てやらなくっては、せっかく作った作物の生命がなくな
る訳であります。頭は薬缶(やかん)だが鬚(ひげ)だけは白いと
云えば公平であるが、薬缶じゃ御話しにならんよと、一言で退(し
りぞ)けられたなら、鬚こそいい災難である。運慶の仁王は意志の
発動をあらわしている。しかしその体格は解剖には叶(かな)って
おらんだろうと思います。あれを評して真を欠いてるから駄目だと
云うのは、云う方が駄目(だめ)です。ミレーの晩祈の図は一種の
幽遠な情をあらわしている。そこに目がつけば、それでたくさんで
ある。この画には意志の発動がないと云うのは、我慢して聞いてや
っても好い。発動がないから画にならんと云うなら、発動の管(く
だ)から文芸の世界を見る蛙(かえる)のようなものであります。


大晦日
   2014/12/31 (水) 08:27 by Sakana No.20141231082733

12月31日

「歳月は無常迅速、今年もはや大晦日ですね」
「今年の収穫は?」
「『文芸の哲学的基礎』を読んだおかげで、文
学の大目的の手がかりがつかめたような気がし
ています」
「漱石は『文学論』では、文学の大目的の那辺
に存するかは暫く措く、として、もっぱら第二
の目的の幻惑について長々と解説している。あ
れでは文学論ではなく、幻惑論だ」
「ええ、私も漱石先生が大目的への言及を避け
ていると感じたのですが、『文芸の哲学的基礎』
では知情意の理想について論じておられます。
私は理想こそ文学の大目的として漱石先生が意
識しておられたのではないかと思います」
「坪内逍遙は没理想を説き、田山花袋、正宗白
鳥など自然主義の文学者たちも理想を文学の大
目的として掲げることには反発したはずだ」
「その辺は漱石先生も考慮して、哲学的基礎か
ら説き起こし、前もって彼らの反論を封じてい
るのです」
「実際に、反論はなかったのか」
「森鴎外と坪内逍遙との没理想論争はありまし
たが、私の知る限りでは、文学論をめぐる論争
があった気配はありません」
「論争になるまでもなく、無視されたのではな
いか」
「そうかもしれません」
「ところで、漱石はなぜ講演のタイトルを『文
芸の哲学的基礎』としたのだろう。文学と文芸
は違うだろう」
「英語ではどちらもliteratureないしliterary 
artで、似たようなものだと思いますが、日本語
で文学と文芸はちがいますね。しかし、そんな
こまかいことは深く考えないで、先に進みまし
ょう」



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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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