夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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正体のない符牒
   2014/9/5 (金) 08:48 by Sakana No.20140905084851

09月05日

「時間と空間は客観的に存在するものではあ
りませんが、あえて抽象の結果として、時間
と空間に客観的存在を与えるとなると、これ
を有意義ならしめるために、数(すう)とい
うものを製造し、時間と空間を測る必要が生
じてきます」
「つまり、時間と空間という実質のないもの
を測る便利な方法が数(すう)」
「世の中に数のような間の抜けた実質のない
ものはかつて存在した試しがない。今でもあ
りません」
「間の抜けた実質のないものは数の他にもあ
るよ」
「たとえば何ですか」
「愛」
「数もなく愛もないのは生ける屍です。お気
の毒に」
「実体(substance)のないものは、ない」
「たしかに、数と云うのは意識の内容に関係
なく、ただその連続的関係を前後に左右にも
っとも簡単に測る符牒です。こんな正体(実
体)のない符牒を考えだした人は天才ですね」
「それを文芸の哲学的基礎と結びつけて考え
る漱石も天才かもしれない」
「少なくとも日本にはそのように考えた文学
者は漱石先生以外にはいないと思います」

 さて抽象の結果として、時間と空間に客観的存在を与えると、
これを有意義ならしむるために数(すう)というものを製造し
て、この両つのものを測(はか)る便宜法を講ずるのでありま
す。世の中に単に数というような間(ま)の抜けた実質のない
ものはかつて存在した試しがない。今でもありません。数と云
うのは意識の内容に関係なく、ただその連続的関係を前後に左
右にもっとも簡単に測(はか)る符牒(ふちょう)で、こんな
正体のない符牒を製造するにはよほど骨が折れたろうと思われ
ます。
 So as a result of a process of abustraction, we bestow
objective existence on time and space. In order to render 
these meaningful. we further fabricate something called
numbers so as to have a convenient method for measuring
them. Never before has there been anything in this world
so queer and bereft of actual substance as numbers. Nor,
for that matter, is there anything like them now. Numbers
are signs that make it easy to measure the relationship of
continuity on consciousness---forward or backward, left or
right---irrespective of the content of that consciousness.
It must have been quite a task to come up with signs like
this , lacking any actual substance.
          (translated by Michael K. Boudaghs)


因果の法則
   2014/9/8 (月) 15:35 by Sakana No.20140908153532

09月08日

「意識の連続のうちに、二つもしくは二つ以
上がいつでも同じ順序につながって出てくる
のがあります。甲の後には必ず乙が出る。こ
の関係を因果の法則と称します」
「風が吹けば桶屋が儲かる」
「現実には必ずしも桶屋が儲かるとはかぎり
ません」
「そもそも昨今は町内に桶屋がいない」
「意識現象に附着しない因果はからの因果で
あります。因果の法則などと云うものは全く
からのもので、やはり便宜上の仮定に過ぎま
せん」
「どのような事象もすべて原因があって結果
が生起する。原因のない事象は存在しない」
「でも、今までがそうだったからといって、
未来もこの因果の法則を超越した連続が出て
来ないなどと思うのは愚の極です。よく分っ
た人は俗人の不思議に思うような事を毫(ご
う)も不思議と思わない。今まで知れた因果
以外にいくらでも因果があり得るものだと承
知しているからであります」
「なるほど、想定外だったなどというのはバ
カの壁なんだね」

 それから意識の連続のうちに、二つもしくは二つ以上、
いつでも同じ順序につながって出て来るのがあります。
甲の後には必ず乙が出る。いつでも出る。順序において
毫(ごう)も変る事がない。するとこの一種の関係に対
して吾人(ごじん)は因果(いんが)の名を与えるのみ
ならず、この関係だけを切り離して因果の法則と云うも
のを捏造(ねつぞう)するのであります。捏造と云うと
妙な言葉ですが、実際ありもせぬものをつくり出すのだ
から捏造に相違ない。意識現象に附着しない因果はから
の因果であります。因果の法則などと云うものは全くか
らのもので、やはり便宜上の仮定に過ぎません。これを
知らないで天地の大法に支配せられて……などと云って
すましているのは、自分で張子(はりこ)の虎を造って
その前で慄(ふる)えているようなものであります。い
わゆる因果法と云うものはただ今までがこうであったと
云う事を一目(いちもく)に見せるための索引に過ぎん
ので、便利ではあるが、未来にこの法を超越した連続が
出て来ないなどと思うのは愚(ぐ)の極(きょく)であ
ります。それだから、よく分った人は俗人の不思議に思
うような事を毫(ごう)も不思議と思わない。今まで知
れた因果(いんが)以外にいくらでも因果があり得るも
のだと承知しているからであります。ドンが鳴ると必ず
昼飯(ひるめし)だと思う連中とは少々違っています。




かのように
   2014/9/12 (金) 05:39 by Sakana No.20140912053909

09月11日

「時間も空間も現実には存在しないのに、あ
たかも存在するかのように仮定するというの
は、そうしたほうが便利なのでしょうね」
「数も因果の法則も現実には存在しないが、
存在すると仮定したほうが便利だ」
「森鴎外に『かのように』という小説がある
のを思いだし、読んでみました」
「妙な題名だね」
「ドイツの哲学者ファイヒンゲルのDie Philosophie
des Als Ob『かのようにの哲学』に由来して
います」
「アルス・オッブ(Als Ob)とはなんだい?」
「コム・シイ(comme si)。英語ではas such
かな?」
「as if だろう」
「そうですか。不思議なことに主人公の五条秀
麿の立場そのままを説明しています」
「どうして、どこが彼の立場を説明している
のだ?」
「点と線は存在しないが、しかし点と線があ
るかのように考えなくては幾何学は成り立た
ないというのです」
「なるほど、時間と空間は存在しないという
漱石の説に似ている」
「文豪は根本から考えて同じような発想をす
るものですね」
「神は存在しない」
「それは危険思想です。神が存在しないとす
れば、道徳も責任も義務も存在しない。神は
存在するかのように、義務も存在するかのよ
うに考えたほうが世の中はうまくいきます」
「現実にはキリスト教徒とイスラム教徒が戦
争をしているではないか」
「現実には存在しない神が存在するかのよう
に仮定する宗教心を両者が認めれば戦争はな
くなるはずですが」


総括
   2014/9/14 (日) 07:41 by Sakana No.20140914074142

09月14日

「ここで漱石先生はこれまでに述べられたこ
との総括をして下さっています」
「おまえさんの脳みそも総括して貰わないと
ダメだ」
「脳みその総括も難しいですが、せめて英訳
を転記して、なるべく頭をクリアにするよう
努めましょう」
「その英訳は以前にも読まされた記憶がある」
「何度も繰り返して読まなければ頭に入りま
せん」
「おまえさんの脳みそは抽象のプロセス(a process
of abstraction)に耐えられないのだ」
「やはりバカの壁なのでしょうか。でもこれ
をきちんと理解しておかないと、文芸の哲学
的基礎がわからないし、文学論もわからない、
そして、漱石の文学もわからないような気が
しております」
「バカは死ななきゃなおらない」

 ここいらで前段に述べた事を総括(そうかつ)してお
いて、それから先へ進行しようと思います。
(一)吾々は生きたいと云う念々(ねんねん)に支配せ
   られております。意識の方から云うと、意識には
   連続的傾向がある。
(二)この傾向が選択(せんたく)を生ずる。
(三)選択が理想を孕(はら)む。
(四)次にこの理想を実現して意識が特殊なる連続的方
   向を取る。
(五)その結果として意識が分化する、明暸(めいりょ
   う)になる、統一せられる。
(六)一定の関係を統一して時間に客観的存在を与える。
(七)一定の関係を統一して空間に客観的存在を与える。
(八)時間、空間を有意義ならしむるために数を抽象して
   これを使用する。
(九)時間内に起る一定の連続を統一して因果(いんが)
   の名を附して、因果の法則を抽象する。

 Before proceeding, I would here like to sum up the
points I have made thus far, 
(1) We are under the sway of a desire to live. To put
this in terms of consciousness, consciousness tends 
toward consciousness.
(2) This tendency gives rise to choices.
(3) These choices give birth to ideal forms.
(4) In achieving these ideal forms, consciousness
adopts certain special vectors of of continuity.
(5) As a result, consciousness undergoes internal
differentiation, clarification and unification.
(6) The unification of instances of one kind of
relationship bestows objective existence onto time.
(7) The unification of instances of another kind of
relationship bestows objective existence onto space.
(8) Through a process of abstraction we have created
numbers and use them to render time and space meaningful.
(9) We have unified the instances of certain kinds of 
relationships that occur within time and given them
the name of cause and effect. Through a further process
of abstraction we have created the laws of cause and effect.
           (translated by Michael K. Boudaghs)




嘘から出た真実(まこと)
   2014/9/17 (水) 09:21 by Sakana No.20140917092155

09月17日

「空間も時間も因果の法則も皆便宜上の仮定
であって、真実に存在しているものではあり
ません」
「ここに地図と時計と暦がある。真実に存在
しているものばかりだ」
「地図は空間というものが存在していると便
宜上仮定し、時計は時間というものが存在し
ていると便宜上仮定した上でつくられた商品
にすぎません。そもそもの前提が仮定なので
す」
「それは漱石がそう言っているにすぎない」
「信じなければそれで結構です。ご随意に。
しかし、漱石先生の講義を拝聴している間だ
けは、空間も時間も因果の法則も便宜上の仮
定だと思ってください。それでないと話が進
行しません」
「なぜそんな余計な仮定をして、平気な顔を
していられるのだ」
「そこが人間の下司(げす)な了簡(りょう
けん)で、我々はただ生きたい生きたいとの
み考えている。生きさえすれば、どんな嘘
(うそ)でも吐(つ)く、どんな間違でも構
わず遂行する、真(まこと)にあさましいも
のどもであります」
「吾々は生きたいと云う念々(ねんねん)に
支配せられておる(We are under the sway of 
a desire to live)。このような動物の宿命
をきみはあさましいと言うか」
「それはことばのあやです。たとえあさまし
いと言われても、要するにいろいろな抽象や
種々な仮定は、みんな背に腹は代えられぬ切
なさのあまりから割り出した嘘であります。
そうして嘘から出た真実(まこと)でありま
す(They are, in fact, truths derived from
falsehood.)

 まずざっと、こんなものであります。してみると空間
というものも時間というものも因果の法則というものも
皆便宜上(べんぎじょう)の仮定であって、真実に存在
しているものではない。これは私がそう云うのです。諸
君がそうでないと云えばそれでもよい。御随意である。
とにかく今日だけはそう仮定したいものだと思います。
それでないと話が進行しません。なぜこんな余計な仮定
をして平気でいるかというと、そこが人間の下司(げす)
な了簡(りょうけん)で、我々はただ生きたい生きたい
とのみ考えている。生きさえすれば、どんな嘘(うそ)
でも吐(つ)く、どんな間違でも構わず遂行する、真
(まこと)にあさましいものどもでありますから、空間
があるとしないと生活上不便だと思うと、すぐ空間を捏
造(ねつぞう)してしまう。時間がないと不都合だと勘
づくと、よろしい、それじゃ時間を製造してやろうと、
すぐ時間を製造してしまいます。だからいろいろな抽象
や種々な仮定は、みんな背に腹は代えられぬ切なさのあ
まりから割り出した嘘であります。そうして嘘から出た
真実(まこと)であります。いかにこの嘘が便宜である
かは、何年となく嘘をつき習った、末世澆季(まつせぎ
ょうき)の今日では、私もこの嘘を真実(しんじつ)と
思い、あなた方もこの嘘を真実と思って、誰も怪しむも
のもなく、疑うものもなく、公々然憚(はばか)るとこ
ろなく、仮定を実在と認識して嬉(うれ)しがっている
のでも分ります。



人間は皆不正直
   2014/9/21 (日) 07:35 by Sakana No.20140921073557

09月20日

「現今ぴんぴん生息している人間は皆不正直
ものです。律義(りちぎ)な連中はとくの昔
に、汽車に引かれたり、川へ落ちたり、巡査
につかまったりして、ことごとく死んでしま
いました」
「とすると、おまえさんも不正直ものか」
「時間や空間には実体がないのに、私は時間
も空間もあると思っています。それが不正直
だというなら、私も不正直ものです」
「漱石も不正直ものだな」
「理屈からいえば、そういうことになります
ね」
「正直は最良の方策(Honesty is the best
policy.)という諺を知らないのか」
「知っていますよ、正直の頭に神宿る、とも
いいますが、それはそれとして、現今ぴんぴ
ん生息している人間は皆不正直もの、と御承
知になれば大した間違はありません」

貧して鈍すとも、窮すれば濫(らん)すとも申して、生
活難に追われるとみんなこう堕落して参ります。要する
に生活上の利害から割り出した嘘だから、大晦日(おお
みそか)に女郎のこぼす涙と同じくらいな実(まこと)
は含んでおります。なぜと云って御覧なさい。もし時間
があると思わなければ、また時間を計る数と云うものが
なければ、土曜に演説を受け合って日曜に来るかも知れ
ない。御互の損になります。空間があると心得なければ、
また空間を計る数と云うものがなければ、電車を避ける
事もできず、二階から下りる事もできず、交番へ突き当
ったり、犬の尾を踏んだり、はなはだ嬉(うれ)しくな
い結果になります。普通に知れ渡った因果の法則もこの
通りであります。だからすべてこれらに存在の権利を与
えないと吾身(わがみ)が危ういのであります。わが身
が危うければどんな無理な事でもしなければなりません。
そんな無法があるものかと力味(りきん)でいる人は死
ぬばかりであります。だから現今ぴんぴん生息している
人間は皆不正直もので、律義(りちぎ)な連中はとくの
昔に、汽車に引かれたり、川へ落ちたり、巡査につかま
ったりして、ことごとく死んでしまったと御承知になれ
ば大した間違はありません。


我と物
   2014/9/23 (火) 09:28 by Sakana No.20140923092828

09月23日

「すでに空間ができ、時間ができれば意識を
割(さ)いて我と物との二つにする事は容易
であります」
「爽やかに意識を割(さ)いて我と物──魚
をさばくようにはいかんだろう」
「時間と空間さえつくってしまえば、簡単で
す。我々は意識を攫(つか)んでは抛(な)
げ、ちぎっては抛げて、粟餅屋が餅をちぎっ
てて黄(き)ナ粉(こ)の中へ放り込むよう
な勢で抛げつけます」
「何のために?」
「目的はわかりませんが、この黄ナ粉が時間
だと、過去の餅、現在の餅、未来の餅になり
ます。この黄ナ粉が空間だと、遠い餅、近い
餅、ここの餅、あすこの餅になります」
「その餅を誰が食べるのか?」
「よくわかりませんが、たぶん我でしょう」
「絵に描いた餅を食べるのか食べないのか迷
っているたよりない我だな」

 すでに空間ができ、時間ができれば意識を割(さ)い
て我と物との二つにする事は容易であります。容易など
ころの騒ぎじゃない。実は我と物を区別してこれを手際
(てぎわ)よく安置するために空間と時間の御堂(みど
う)を建立(こんりゅう)したも同然である。御堂がで
きるや否や待ち構えていた我々は意識を攫(つか)んで
は抛(な)げ、攫んでは抛げ、あたかも粟餅屋(あわも
ちや)が餅をちぎって黄(き)ナ粉(こ)の中へ放り込
むような勢で抛げつけます。この黄ナ粉が時間だと、過
去の餅、現在の餅、未来の餅になります。この黄ナ粉が
空間だと、遠い餅、近い餅、ここの餅、あすこの餅にな
ります。今でも私の前にあなた方が百五十人ばかりなら
んでおられる。これは失礼ながら私が便宜のため、そこ
へ抛げ出したのであります。すでに空間のできた今日で
あるから、嘘にもせよせっかく出来上ったものを使わな
いのも宝の持腐れであるから、都合により、ぴしゃぴし
ゃ投出すと約百余人ちゃんと、そこに行儀よく並んでお
られて至極(しごく)便利であります。投げると申すと
失敬に当りますが、粟餅(あわもち)とは認めていない
のだから、大した非礼にはなるまいと思います。


分化作用
   2014/9/26 (金) 13:46 by Sakana No.20140926134640

09月26日

「意識を割(さ)いて我と我以外のものの二
つにすることは容易ですが、我以外のものは
さらにいろいろな名称を与えて互いに区別す
るようになります。いわゆる分化作用です」
「なんのために?」
「うまく生きて行くためです、その一念に、
この分化を促(うなが)されたに過ぎないの
であります」
「下手な絵しか描けないのに、それでうまく
生きているつもりか」
「それは東京美術学校の皆様と比較すれば、
私が鑑別する色合は十分の一にも及びません。
感覚が鋭敏でないせいか、どの草を見ても私
には一様に青く見えます。青のうちでいろい
ろな種類を意識したいと思っても、いかんせ
ん分化作用がそこまで達していないのです」
「吾人が一色を認むるところにおいてチチア
ンは五十色を認めるそうだ」
「人間としてチチアンは比較的融通の利(き)
く生活が遂げらるるとは云えるでしょうね。
でも私はあまり融通が利かなくてもとりあえ
ずはなんとか生きていますから、これはこれ
でいいと思うしかありません」

 この放射作用と前に申した分化作用が合併(がっぺい)
して我以外のものを、単に我以外のものとしておかないで、
これにいろいろな名称を与えて互に区別するようになりま
す。例えば感覚的なものと超感覚的なもの(あるかないか
知らないが幽霊とか神とか云う正体の分らぬものを指すの
です)に分類する。その感覚的なものをまた眼で見る色や
形、耳で聴く音や響、鼻で嗅(か)ぐ香、舌でしる味など
に区別する。かくのごとく区別されたものを、まただんだ
んに細かく割って行く。分化作用が行われて、感覚が鋭敏
になればなるほどこの区別は微精になって来ます。のみな
らず同一に統一作用が行われるからして、一方では草とな
り、木となり、動物となり、人間となるのみならず。草は
菫(すみれ)となり、蒲公英(たんぽぽ)となり、桜草と
なり、木は梅となり、桃となり、松となり、檜(ひのき)
となり、動物は牛、馬、猿、犬、人間は士、農、工、商、
あるいは老、若、男、女、もしくは貴、賤、長、幼、賢、
愚、正、邪、いくらでも分岐して来ます。現に今日でも植
物学者の見分け得る草や花の種類はほとんど吾人(ごじん)
の幾百倍に上るであろうと思います。また諸君のような画
家の鑑別する色合は普通人の何十倍に当るか分らんでしょ
う。それも何のためかと云えば、元に還って考えて見ると、
つまりは、うまく生きて行こうの一念に、この分化を促
(うなが)されたに過ぎないのであります。ある一種の意
識連続を自由に得んがために(選択の区域に出来得るだけ
の余裕を与えんがために)あらかじめ意識の範囲を広くす
ると云う意味にほかならんのであります。私共はどの草を
見ても皆一様に青く見える。青のうちでいろいろな種類を
意識したいと思っても、いかんせん分化作用がそこまで達
しておらんから皆無駄目である。少くとも色について変化
に富んだ複雑の生活は送れない事に帰着する。盲眼(めく
ら)の毛の生(は)えたものであります。情ない次第だと
思います。或る評家の語に吾人が一色を認むるところにお
いてチチアンは五十色を認めるとあります。これは単に画
家だから重宝だと云うばかりではありません。人間として
比較的融通の利(き)く生活が遂げらるると云う意味にな
ります。


アミーバのような生活
   2014/9/29 (月) 07:15 by Sakana No.20140929071500

09月29日

「意識の材料が多ければ多いほど、選択の自由
が利いて、ある意識の連続を容易に実行できま
す」
「それは理屈としてはわかる」
「自己の理想を実行しやすくなり、融通の利く
人になります」
「漱石のような教養のある作家は意識の材料が
多い。引きだしの多いタンスを持っている」
「それに比べて三文文士の生涯は気の毒なほど
あわれなものです」
「三文しか稼げないから貧乏なんだ」
「三文文士だけではありません。いくら金銭に
不自由がなくても、いくら地位門閥が高くても、
意識の連続が単調で、平凡で、何の理想もなく、
理非曲直の区別さえ分からず、昏々濛々(こん
こんもうもう)としてアミーバのような生活を
送る連中もあわれなものです」
「金と権力を持っていれば、誰だって一応、偉
くみえる。そんな連中は人間さえ見れば誰も彼
もみんな同じ物だと思って働きかける。それは
頭が不明暸(ふめいりょう)なんだからだと注
意してやると、かえって吾々を軽蔑(けいべつ)
したり、罵倒したりするから厄介だ」
「金や権力に縁がない者がそんなことをいうと
犬の遠吠えと思われますよ」
「猫の遠吠えかもね」

  意識の材料が多ければ多いほど、選択の自由が利いて、
ある意識の連続を容易に実行できる――即ち自己の理想
を実行しやすい地位に立つ――人と云わなければならぬ
から、融通の利く人と申すのであります。単に色ばかり
ではありません。例えば思想の乏しい人の送る内生涯
(しょうがい)と云うものも色における吾々と同じく、
気の毒なほど憐(あわれ)なものです。いくら金銭に不
自由がなくても、いくら地位門閥が高くても、意識の連
続は単調で、平凡で、毫(ごう)も理想がなくて、高、
下、雅、俗、正、邪、曲、直の区別さえ分らなくて昏々
濛々(こんこんもうもう)としてアミーバのような生活
を送ります。こんな連中は人間さえ見れば誰も彼もみな
同じ物だと思って働きかけます。それは頭が不明暸(ふ
めいりょう)なんだからだと注意してやると、かえって
吾々を軽蔑(けいべつ)したり、罵倒したりするから厄
介です――しかしこれはここで云う事ではない。演説の
足が滑(すべ)って泥溝(どぶ)の中へちょっと落ちた
のです。すぐ這(は)い上(あが)って真直に進行しま
す。


知情意
   2014/10/2 (木) 07:51 by Sakana No.20141002075148

10月02日

「我思う故に我あり」
「分化作用を発展させると、我は身体と精神
に区別され、精神作用はさらに知、情、意、
の三に区別されます」
「ははあ、『草枕』の発想は、そこから生ま
れたのだろう。智(ち)に働けば角(かど)
が立つ。情に棹(さお)させば流される。意
地を通せば窮屈だ──住みにくくさせている
のは誰だろう。心理学者ではないのか」
「たしかに心理学者のやる事は心の作用を分
解し、抽象してしまう弊害があります。知情
意の三つの作用がそれぞれ独立して、他と交
渉なく働いているのではありません」
「その通りだ。心の作用はこれを全体として
見るとやはり知情意の三つを含んでいる場合
が多い」
「この三作用を截然(せつぜん)と区別する
のは全く便宜上(べんぎじょう)の抽象です」
「分化作用とか区別とかに熱中しすぎると、
心身症になってしまう」
「ですから、それは心理学者にまかせまかせ
ましょう。このような抽象法を用いないで、
しかも極度の分化作用による微細なる心の働
き(全体として)を写して人に示すのはおも
に文学者がやることです」
「しっかり頼むぞ」
「とはいえ、文学者の仕事もこの分化発展に
つれてだんだんと、朦朧(もうろう)たるも
のを明暸に意識し、意識したるものを仔細
(しさい)に区別して行かなければなりません」
「とかくに人の世は住みにくい」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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