夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
 ID


全969件 <更新> ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 終了]

PAGE 86 (851〜860)


快感は次第に苦感に陥る
   2014/5/8 (木) 08:26 by Sakana No.20140508082606

05月08日

「特色の違いはおわかりいただいたことと思
います。次に特色の推移という現象に注目し
ましょう」
「春夏秋冬、季節の特色は推移する。そんな
ことは特に注目しなくてもわかっている」
「では、快感と苦感の区別は時間に関係があ
ることをご存じですか」
「酒の快感が二日酔の苦感に変わる。歓楽極
まって哀愁深し」
「そうですね。一定の時間が経過すれば、快
感は苦感に陥るのです」
「時間を止めればいいだろう。時よ止まれ、
お前は美しい」
「それには芸術鑑賞をおすすめします。美術
館へ行けば、たとえば、<われわれはどこか
ら来たのか われわれは何者か われわれはど
こへ行くのか>という長い題名の絵がありま
す」
「時間の推移への嘆きが伝わってくるだけで
ないのか」
「でも、その絵の時間は止まっているのです」

 特色の存在は明かなると共に、特色の推移
もまた事実として争ふべからず。推移の源因
は個人意識の一部分と、個人意識の全部と、
集合意識とを通じて頗る簡明なり。主観的の
俗語を用ゐて、これを断ずれば遂に倦厭の二
字なる平凡の解釈を得るに過ぎず。Marshall
はPain, Pleasure, and IEshetics中に快感と
苦感との区別は時間に関係あるを詳論せり。
時間に関係ありとは、この両感の必ずしも性
において異なるにあらずして、一を抱持して
一定の時間を経過すれば自から他に変化する
の謂なり。この点より見たる快感と苦感とは
始めより異なる客観性を具せず、ただこれを
感受する吾人の組織によりて、ある快感を延
長して、適宜の期を超ゆる事あれば、先の所
謂快感は次第に苦感に陥るに過ぎず。専門の
心理学者ならぬ余は今Marshallの説を取って、
仔細にその可否を究むるの便宜と権能を有せ
ず。然れどもこれをわが日常に検しこれを他
の平日に徴し、またこれを大にして文運隆替
の跡に徴するにその言の過まらざるを証明す
るに似たり。



倫敦の客舎に寓せる頃
   2014/5/11 (日) 09:00 by Sakana No.20140511090047

05月11日

「余の嘗て倫敦の客舎に寓せる頃同宿に八十
余の老人あり」
「十九世紀初頭で八十余ならたいへん高齢の
老人だ」
「老人といはんより器械といふが適当なる老
人なり」
「そういえば、おまえさんも器械のようにな
ってきたな」
「たしかに、起伏飲食の時間、新聞を読む時
間、散歩の時間はほぼ一定です。人間が長く
生きていれば、器械のようになるのが自然で
はないでしょうか」
「漱石がおまえさんを観察すれば、彼如何に
してこの単調の生涯に甘んずるや、という疑
問を抱き、到底解釈するに途なき神秘的のも
のと思うだろう」
「ははあ、すると、私は神秘的な器械なので
しょうか」
「神秘的というより便秘的な器械かな。気分
転換のため、たまには倫敦塔でも見物に出か
けたたらどうだ」
「倫敦塔どころかスカイツリーにも興味があ
りません」

 ただ世間往々にしてこの法則と矛盾せる現
象を発見する事なきにあらず。然れども委曲
にこれを観察するときはある圓中にあつてこ
の心理の依然として循環しつつあるを認め得
るは容易なり。余の嘗て倫敦の客舎に寓せる
頃同宿に八十余の老人あり。老人といはんよ
り器械といふが適当なる老人なり。起伏飲食
は勿論一定の時間においてするのみならず、
散歩の時間、場所、新聞を読む時間、及び椅
子、に至つて決して寸毫の差を許さざるほど
に規律に合へる生活を送れり。この生活は彼
の何歳に始まりしやを審(つまびらか)にせ
ずと雖も、彼は吾人が一、二週間において変
ぜざるべからざる所のものを終年繰返して自
然なるが如し。余の始めてこの老人を観察し
たる時は、彼如何にしてこの単調の生涯に甘
んずるやとの問題を得て、しかもこの問題は
到底解釈するに途なき神秘的のものと思へり。
然れども少しく老人の圓内に入りてその動静
を窺へば、初に驚けるが如く別世界の観をな
すの必要なきを発見するは容易なり。この老
人はこの単調なる圓内に生息して、一歩も圓
外に出でざるが故に圓外より見たる吾人には
不可思議なるほど単調なれども、その圓内に
在つてはそれ相応に変化しつつあり。否変化
を求めつつあるは争ふべからず。例へば新聞
の如し。同一の新聞を、同一の時期に、同一
の場所に読むの単調なるは勿論なれども、新
聞の内容は三百六十五日を通じて同一ならざ
るは明かなり。この老人の如きは容易に邂逅
しがたき異例とするも、この種の人にして少
しくその選を異にするものに至つては枚挙に
遑あらず。



Windows Vista
   2014/5/14 (水) 07:35 by Sakana No.20140514073514

05月14日

「人間は何かを究めようとするときは、倫敦
の老人のように、単調にあって変化を求めつ
つ進行します」
「八十余の老人も変化を求めているのか」
「文学上の趣味もまた一所にとどまる事がで
きません。必ず発展して推移せざるを得ず」
「そういえば、おまえさんは漱石の『文学論』
を八年間も読んでいる。同じ所をぐるぐるま
わっているだけのように見えるが、それでも
発展して推移しているのだろうか」
「自分のことはわかりませんが、パソコンの
OSの推移ならよくわかります。思いおこせば、
私が『文学論』を読もうと一念発起したのは
2007年にWindows Vistaのパソコンを入手した
ときでした。当時は最新鋭機種だったのです
が、その後、OSはWindows 7、Windows 8へと
発展して推移し、私の可哀想なWindows Vista
は時代遅れのポンコツ機種になってしまいまし
た」
「マイクロソフト社はWindows XPのサポート
を今年からやめたそうだが、Vistaはまだサポ
ートしてくれているだろう」
「でも、動きが遅くなりましたね。もたもたし
ています」

  この老人の如きは容易に邂逅しがたき異例
とするも、この種の人にして少しくその選を
異にするものに至つては枚挙に遑あらず。か
の専門家の専門における、芸術家の芸術にお
ける皆この類なり。藤井竹外は詩人なり。生
涯作る所二十七字を出でず。狙仙は画家なり
好んで猿のみを描く。その他虎を以て鳴るも
のあり、蘭と竹とを以て生命となすものあり。
或は少時よりFaustを読んで幾十度の多きに
上るものあり。尤も興味あるはかの浄瑠璃の
如く、落語の如く、これら一定の圓を作つて
圓内に循環にして飽く事を知らざるに似たり。
然れども少しくこれを究むる時は倫敦の老人
と同じく皆単調のうちにあつて変化を求めつ
つ進行するものなり。故に曰く特色は推移せ
ざるべからず。而してその源因は倦厭の二字
を出づる事能はず。倦厭はあまりに平凡なれ
ども、人間はこの平凡なる特色に支配せらる
るが故にこれを奈何ともする能はざるなり。
かくして文学上の趣味もまた一所にとどまる
事能はず。必ず発展して推移せざるを得ず。
推移は倦厭に支配せらるるが故に必ずしも卑
しきを去つて高きに就くの意味を有せず。
(趣味の推移にして必ずしも発達を意味せざ
るはMarshallの説をこの方面に応用する以上、
必然の結論として許さざるべからず)。ただ
推移せざるべからずといふ。而して推移は事
実において真なり。


マルサスの人口論
   2014/5/17 (土) 08:21 by Sakana No.20140517082119

05月17日

「推移は已(や)むべからずして、推移の事
実において真なるを見るとき、吾人は二個の
命題を得」
「さようであるか」
「一に曰く暗示は必要なり。二に曰く暗示は
自然なり」
「たとえば、一に曰く憲法改正の暗示は必要
なり、二に曰く憲法改正の暗示は自然なり、
と、いうようなものか」
「そんなこわい話はやめて、マルサスの人口
論、ダーウィンの進化論、カーライルの衣装
哲学、沙翁の史劇、アーサー王物語などの暗
示について考えましょう」
「マルサスの人口論とは?」
「人口は幾何級数的に増えるが、食糧は算術
級数的にしか増えないから、貧困は避けられ
ないという暗示です」
「しかし、日本の人口は今後減少し続け、
34年後の2148年には一億人を下まわる
と予想されている。そうなれば、貧困は解消
されるのではないか」
「その統計予想は、人口減少に歯止めをかけ
ないと大変だという暗示を与えているのです。
貧困が解消されるから安心しなさいという暗
示ではありません」              
「どちらの暗示を信じてよいのかわからん」

 推移の已(や)むべからずして、推移の事
実において真なるを見るとき、吾人は二個の
命題を得。一に曰く暗示は必要なり。暗示な
きときは推移する能はず。推移する事態はさ
れば苦痛なればなり。二に曰く暗示は自然な
り。暗示あるが故に推移す。而して推移は事
実なればなり。もしMalthusの人口論にして推
移する事なければ吾人は遂に在来の形式にお
いてその所説を繰り返さざるを得ず。Darwin
なる者ありて、一道の暗示を這裏(しゃり)
に得来るや、朝醸暮酵十年已む事なし。而し
て、一旦機縁の熟するとき発して進化論なる
新しきFに天下の勢を推移せしむ。これ
Darwinの推移にしてかねて、天下人心の推移
なり。この推移なきとき吾人の理性は一所に
停住して幾多の煩瑣と苦痛を受く。Carlyle
の文章は奇警*拔にして自己の表現法に富め
る事洵(まこと)に一代の雄と称す。然れど
も彼は推移せざるべからず、推移して更に錐
練(すいれん)の功を加ふるときMeredithと
なって出現せざるを得ず。ここにおいてかC
は自己の文章を天下の意識に上らしめたると
同時に、Mのために暗示を垂れて、現代小説
の泰斗をして文脈の波動を一*の頌に進めた
るものなり。Cは死せざるべし。されども後
人はこの種の文章において単にCのみを謳歌
して無窮に甘んずるものにあらず。もし少し
く器械的なる暗示を示せばHolinshedの沙翁
におけるが如く、Arthur物語のTennysonにお
けるが如し



能才たり、天才たり得る唯一の条件
   2014/5/20 (火) 08:52 by Sakana No.20140520085242

05月20日

「能才たり、天才たり得る唯一の条件は何で
しょう」
「後期高齢者が今さら能才や天才になってど
うするんだ」
「なにも私が今から能才や天才になるといっ
ているのではありません。彼らの手口を知っ
ておきたいと思っているだけです。手口を知
っていれば、だまされにくくなりますから」
「暗示にかからないようにすればよいのだ」
「これらの暗示を得てこれを第一に実現する
ものを先覚者といいます。先覚者の意識が勢
いを得て、一般の模擬的意識に感染し、集合
意識Fの波動が刺激されるのです」
「つまり、暗示をかける側の先覚者になるこ
とが能才たり、天才たり得る唯一の条件なん
だな」
「その通りだと思います。文界もしこの推移
の趣味を許さざるとき、詩歌文章は悉く生気
を失ひて、太倉の栗陳々として相依るの観を
なす」
「太倉の栗?」
「要するに、沈滞するという意味のたとえで
す」

  これらの暗示を得てこれを第一に実現する
ものを先覚者という。先覚者の実現せる意識
が勢を得て普(あまね)く模擬的意識を感染
するとき一代の集合意識はこの先覚者のため
に波動を刺激せられて一種の新境界に向つて
推移す。十八世紀の典型派(注:古典主義)
が漸次に意識の焦点を去って遂に浪漫派のた
めに識末に降下せるは文学史中にあつて尤も
好箇個の実例なり。仏国革命の如き大狂瀾の、
集合意識を冒して自由、平等、四海同胞の観
念が一般民衆の意識界の頂点に高く*(はん)
旗をかかぐる時、文界の意識また之に呼応し
て、政海の風雲と徴逐(ちょうちく)せるも
また著るしき事実なり。Dowdenの著はせるThe 
French Revolution and English Literature
は両者の関係を説いて委細なり。この際にお
ける推移は一代における文学的集合意識に伝
播せる横断面の波瀾なりとす。文界もしこの
推移の趣味を許さざるとき、詩歌文章は悉く
生気を失ひて、太倉の栗陳々として相依るの
観をなす。千の能才あり、百の天才ありと雖
も、約束的意識を刺激して一転輪の推挽をも
成就せしむる能はず。この故に吾人がこの特
性に支配せらるるは、吾人が能才たり、天才
たり得る唯一の条件にして、比較的に推移の
劇甚なる時代に生まれたるものは、一朝にし
て名を成し誉を博するの所以となる。同時に
推移の緩慢にして粘着性多き意識の時代には
英傑奇才亦凡者と相互して**(かんか)の
うちに(志を得ないままに)一生を終る事し
ばしばなり。


趣味の推移──発達か変化か
   2014/5/23 (金) 08:36 by Sakana No.20140523083612

05月23日

「当期におけるFと次期におけるF’を比較
してその優劣を判ずるとき後者の必ずしも前
者に優らざるは自然の理なりとす。ことに趣
味を生命とする文学においてはその甚だしき
を見るべし」
「科学のF’はFよりも発達するが、文学の
F’は必ずしもFより発達するとはいえない」
「そうですね。村上春樹や村上龍の文学が夏
目漱石や森鴎外より発達しているとはいえま
せん」
「漱石、鴎外といえども、沙翁の文学より発
達しているとはいえない」
「変化はしています。それに、『倫敦塔』で
は、漱石先生は沙翁の『リチャード三世』に
新たなるものを附加しておられます」
「しかし、『倫敦塔』のような作風はその後
発達しなかった」
「『吾輩は猫である』は評判になりましたが、
『倫敦塔』は読者の好尚に合わなかったので
しょう」
「読者の好尚とはあてにならないものだ」

 推移の自然にしてかつ必要なるは前に述べ
たる如し。而して推移を支配するは単に倦厭
の二字に過ぎざるもこれを言へり。この故に
当期におけるFと次期におけるF’を比較し
てその優劣を判ずるとき後者の必ずしも前者
に優らざるは自然の理なりとす。ことに趣味
を生命とする文学においてはその甚だしきを
見るべし。科学におけるF’は多く前期のF
を利用して、これに新たなるものを附加せる
場合多きが上、理性の要求に応じてこのある
物を附加するが故に、一種の意義よりしてF’
はFよりも発達すといふも可なり。然れども
趣味の推移に至つては前期に、あるものを附
着せしむるよりは、新たなるあるものを樹立
して前期を離れんとするの傾向多し。ただ全
く前期を離るるの自由を有せざるが故に結果
として、前者に似たる特色を有す。この故に
F’は必ずしもFの発達せるものならず。
(趣味の推移を検して、その推移の発達性な
るやまたは単純なる変化なるやを弁ずるは頗
る有益の問題なりとす。余の浅学なる未だ深
くこの点に向つて詳論するの材料と見識を有
せず。粗雑なる現下の頭脳を以て判ずれば下
の如くいひ得べしと思ふ。Fの推移が同一圓
内においてするときは、推移毎にある進歩を
認むべく、もしこの圓中の推移を経つくすか
または中絶して、ある特殊の状況より、他の
圓中に推移するときFとF’とは毫も進歩発
達の意味において関係せざるものなりと)。
余のとくにこの点を重視するは流俗が時代好
尚の変を見て、単なる好悪に支配せらるるの
結果なりとせず、変ずる毎に趣味は発達する
と誤解するが故なり。換言すれば自己が現在
の趣味を以て尤も完全にして、また唯一の標
準なりと誤解するが故なり。


越権の沙汰
   2014/5/26 (月) 09:05 by Sakana No.20140526090527

05月26日

「現在の趣味を標準にして他を批判するのは
自然の理ですが、それは同一圓内の趣味にか
ぎります」
「同一圓?」
「英訳では圓はsphereとなっています。自己
が現在有する所の標準趣味は多く一圓内に属
すべき趣味なりとす。而して自己がこの圏内
にこの趣味を(標準とするまでに)得たる、
発展の波動を逆しまに検するときは、単にこ
の圓中の趣味ならずして、層々たる波動の逆
行する所々に他圓の横つて存するを認め得べ
し」
「自己の過去意識を点検すると、層々たる波
動の逆行する所々に他圓が横たわって存在し
ているだと? そんな他圓の存在は認められ
ない」
「自己点検が不足しているのです。自己は趣
味の幾圓々を通過して而して現在の圓中に入
り、現在の圓中にてとくに現在の標準趣味を
得たるに過ぎず。然るを直ちに自己意識の過
去を顧みて、その過去なるが故にあらゆる過
去の趣味は悉く現今より進歩せざるものと解
するは甚だしき謬見なりといはざるべからず」
「進歩を否定するのか」
「同一園内での趣味は進歩していますが、他
の幾圓々の趣味がまったく進歩していないと
きめつけてはいけないのです」
「軽々しく他人の悪口を言わないようにしよ
う」
「自分自身の意識でも、今現在の程度を以て、
同性質の過去趣味を批判するに止めずして、
異性質の過去趣味をも断定し、断定して幼稚
なりとするは、たとへ自己の意識内に属する
批判に過ぎずとするも越権の沙汰なるは争ふ
べからず」
「越権の沙汰とはおおげさな表現だ」
「英訳では"never acceptable"です」

 現在の趣味を標準にして他を律するは自然
の理にして毫もとがむべきにあらず。ただ注
意すべきはこの標準の、単に同圓の一線の現
在趣味のみを有して、あらゆる他線に属する
ものをも評し去らんとするの弊にありとす。
自己が現在有する所の標準趣味は多く一圓内
に属すべき趣味なりとす。而して自己がこの
圏内にこの趣味を(標準とするまでに)得た
る、発展の波動を逆しまに検するときは、単
にこの圓中の趣味ならずして、層々たる波動
の逆行する所々に他圓の横つて存するを認め
得べし。この故に自己は趣味の幾圓々を通過
して而して現在の圓中に入り、現在の圓中に
てとくに現在の標準趣味を得たるに過ぎず。
然るを直ちに自己意識の過去を顧みて、その
過去なるが故にあらゆる過去の趣味は悉く現
今より進歩せざるものと解するは甚だしき謬
見なりといはざるべからず。自己が過去に横
はる趣味は単に程度のみにおいて変遷せるも
のにあらず、また性質において変遷せるは知
者を待って知る所にあらず。今現在の程度を
以て、同性質の過去趣味を批判するに止めず
して、異性質の過去趣味をも断定し、断定し
て幼稚なりとするは、たとへ自己の意識内に
属する批判に過ぎずとするも越権の沙汰なる
は争ふべからず。


天下に第二の沙翁なし
   2014/5/29 (木) 07:40 by Sakana No.20140529074042

05月29日

「芸術の歴史は芸風(style)の相襲を示せど
も、天下に第二のソフォクレスなく、第二の
沙翁なく、第二のラフェルなかるべし」
「第二の漱石もなし」
「芸術の士にして彼らと名声を等しうするに
足る者は出でざるにあらず。然れども、彼ら
の領域において彼らを凌ぐ事能はず。また彼
らと覇を争ふ事を得ず」
「井上ひさしは第二の沙翁になりそこねた」
「井上ひさしは新種で、しかもアングロサク
ソンとは異人種の座つき作者でした。新種、
異人種において偉大だったと思います」
「代表作は?」
「方言だらけの『国語元年』が面白かったで
す」
「それは英訳してアングロサクソン人種に面
白さを理解させるのが難しい」
「言葉の壁がありますね。しかし、あきらめ
ることはありません。未来の大流派は旧理想
を旧時より巧みに表現する事なく、新理想を
新種に表現するべし」
「そもそも理想に新旧があるだろうか」

 Sir W.M.Conway嘗て談じて曰く「芸術の歴
史は芸風(style)の相襲を示せども、長き発展
の逓次をあらはす事なし。開化は着々として
進行する事あるべし。国民の法制は間断なく
複雑に赴き、間断なく効果を加ふるを得べし。
教育は下層に普及するを得べし。生活の程度
は向上するを得べし。されども芸術は芸術と
して自家特有の進路を取るに過ぎず。開化は
如何に進歩するとも天下に第二のSophoclesな
く、第二のShakespeareなく、第二のRaphael
なかるべし。芸術の士にして彼らと名声を等
しうするに足る者は出でざるにあらず。然れ
ども、彼らの領域において彼らを凌ぐ事能は
ず。また彼らと覇を争ふ事を得ず。偉大なる
芸術家にして今後に出現するものは新種に偉
大ならざるべからず。未来の大流派は旧理想
を旧時より巧みに表現する事なく、新理想を
新種に表現するべし。


情緒は長(とこし)へに同一なり
   2014/6/1 (日) 09:08 by Sakana No.20140601090859

06月01日

「情緒は長(とこし)へに同一なり。ただ種
々なる刺激に因つて発揮せらるるのみ」
「文学的内容の形式は(F+f)なることを
要すと漱石がいうときのfは情緒的要素だっ
たね」
「そうです」
「情緒は長(とこし)へに同一なり、という
と、fは同一なのか」
「さあ、その点については、私は考えたこと
がないのですが、同一かもしれないし、種々
なる刺激に因って変化するかもしれませんね」
「そんなあやふやなことでは困る」
「一代の信念は次代の信念にあらずといえば、
情緒的要素fは変化しますが、無限の慈、無
窮の愛といえば、上古より今代まで流れる同
一の理想のように思われます」

 「各芸風は発展して凋落すれども、芸風と
芸風とは単に相襲(あいつ)ぐに過ぎずして、
相互に優劣あるなし。一時期の理想は当該時
期の国民の歓喜を表現す。而して歓喜に発展
ある事なし。情緒は長(とこし)へに同一な
り。ただ種々なる刺激に因つて発揮せらるる
のみ。・・・・・・」
 「・・・・・・上代より今日に至つて、彼
らはその理想を変じて一期より一期に移り、
その理想を更へて一刻より一刻に遷れり。一
代の信念は次代の信念にあらず。熱烈なる説
法の功徳によりて建立せられたるものは、単
に不信者のために掃蕩せらるるに過ぎず。端
静の中に認め得べき永劫の念、勝利の裏にあ
らはれる軒昂の気、或は形体の完全、或は高
人の偉風、超人の荘厳、或は無限の慈、無窮
の愛、これらはこれら以外の百千を合せて、
吾人の崇拝し、吾人の思慕し吾人の生死した
る理想なり。これを画にゑがき、これを像に
刻し、これを歌にうたひて、吾人は上古より
今代に至れるものなり。(The Domain of Art
一三八頁以下)。


文芸における他圏への侵入罪
   2014/6/4 (水) 09:17 by Sakana No.20140604091747

06月04日

「文芸における他圏への侵入罪を犯したこと
がありますか」
「ないよ」
「そんなはずはありません。文芸におけるこ
の侵入罪は至る所に行はれて、至る所に認識
せらるるに似たり」
「そんな侵入罪なんか意識したこともない」
「では、今からでも遅くないから、意識して
ください」
「何を意識すればよいのか」
「まず、文芸上の理想です」
「それは没理想だ」
「坪内逍遙の没理想とは古い。森鴎外から論
争を挑まれて、反論できますか」
「鴎外を侵入罪で訴えてやる」
「その意気です。鴎外の理想は、その圏内に
おけるある程度の発展であって、その応用の
範囲はその圏内における発展にすぎません」
「鴎外の理想が何なのかよくわからんが、彼
が独逸へ留学し、ゲーテの『ファウスト』を
飜訳したことは承知している」
「ですから、鴎外がゲーテ軍を率いて、沙翁
軍の英文学に侵入したのです」
「それがいわゆる没理想論争というわけか。
馬鹿馬鹿しい、ドンキホーテ的妄想だ」

  Conwayの説余が所論を証して余りあり。た
だそのいふ所理想の相襲を明かにするを以て
目的とするが故に、一圏内(即ち一理想内に
就て)の推移は深くこれを論ぜざるに似たり。
而して余の特に重(おもり)を置かんとする
は、吾人現在の理想は多くの場合において、
一理想の束縛を受けて、その圏内におけるあ
る程度の発展なるを以て、よしこの発展の度
を以て標準と見倣(みな)すも、その応用の
範囲は単にこの圏内における逓次の期程に過
ぎずとの断案にあり。如何となれば吾人は常
にこの点より出立して、同圏内に横はるべき
物象の批判を擅(ほしいまま)にするの極、
遂にその権限を忘れて他圏に侵入しつつ平然
たればなり。文芸におけるこの侵入罪は至る
所に行はれて、至る所に認識せらるるに似た
り。侵入するものは固(もと)よりわが不法
を弁ぜず、侵入せらるるものまた甘んじて彼
らの宣告を受けて冤(えん)を雪(そそ)ぐ
に意なし。この迷乱の状を案じて一考を下す
時、吾人はその交錯する所に人為の標榜を認
めず、従つて千里の差を生ずるの極めて自然
なるを思はずんばあらず。


ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 終了] <照会>
 
「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe