夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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なぜ文学作品が人を共感せしめるか
   2014/3/9 (日) 08:12 by Sakana No.20140309081226

03月09日

「『こころ』は本当に名作かという小谷野敦
は、漱石作品をよく読んでいます。『文学論』
も読んでいますね」
「人間には嫌いなものに強くひかれるという
心理がある。嫌い嫌いは好きのうち。『夏目
漱石を江戸から読む』という著書もある小谷
野は漱石ファンだよ」
「『文学論』は「F+f」の定式を用い、な
ぜ人が文学作品に「感動」するかを究明しよ
うとした一種の『受容理論』である。だが、
漱石は失敗したと、小谷野は言っています」
「受容理論とはなんだ」
「よくわかりませんが、文学は読者との対話
の可能性をつくりだすコミニュケーションだ
という理論のようです」
「それなら、『こころ』は百年後に小谷野と
の対話を実現させた成功作ということになる」
「しかし、「F+f」の定式以外は、ただ英
文学から様々な事例を挙げ、その定式に当て
はめてみせただけのものに過ぎない。<なぜ
文学作品が人を共感せしめるか>という問い
に対する答えは出ていないというのが小谷野
の主張です」
「その問いに対する答えは「F+f」の定式
に含まれている。そこから読者との対話がは
じまるのだが、読者が対話をやめてしまえば
それっきり、というだけのことだ」


漱石─愛されなかった子
   2014/3/12 (水) 08:44 by Sakana No.20140312084441

03月12日

「小谷野敦は『「こころ」は本当に名作か』
で三浦雅士の『漱石─愛されなかった子』を
紹介しています」
「漱石は高齢出産の恥かきっ子で、二度も養
子に出されたりしたので、母親に愛されてい
ないという野良猫のようなひがみ根性があっ
た」
「そんなことはありません。<母の名は千枝
といった。私は今でもこの千枝という言葉を
なつかしいものの一つに数えている>と『硝
子戸の中』に書いておられます」
「しかし、<私の知っている母は、常に大き
な老眼鏡を掛けた御婆さんであった>とも書
いている。若くて美しい御殿女中のような母
を漱石は知らなかった」
「それはともかくとして、母に愛されたこと
に確信を抱いている読者、たとえば、谷崎潤
一郎や武田泰淳などは『こころ』を名作とは
認めていない。小林秀雄、佐伯彰一、それに
小谷野自身も認めないと、小谷野は言ってい
ますが、どう思いますか」
「すると、『こころ』を愛読する読者は母に
愛されたことに確信を抱いていない者という
ことになるが、愛読者にはたとえば誰がいる
だろう」
「『こころ』を十回以上読んだという江藤淳
は幼い頃に母と死に別れ、六十代になって妻
と死に別れています」


天才的意識の特徴
   2014/3/15 (土) 08:48 by Sakana No.20140315084830

03月15日

「少し道草をしてしまいましたが、本論に戻
りましょう」
「何処へ戻る?」
「模擬的意識、能才的意識、天才的意識の三
種のうちの天才的意識です」
「そうだった。凡人と天才とはFを意識する
の遅速によって決す」
「それに、天才の意識焦点中には他人に見出
し能はざる一種の核がある──その二点につ
いては既に論じました。次に、天才的意識の
三番目にすすみます」
「『文学論』のテキストでは(ろ)になって
いるが、三番目なら(は)ではないか」
「整理すれば、(い)は意識の遅速、(ろ)
は一種の核、これから論じる項目が(は)で
す」
「まぎらわしい。論点をもっときちんと整理
するべきだ」
「それ位は融通をきかせて、読んでください。
漱石先生も忙しかったのです」

(ろ)再び意識焦点の弁に帰って第三の説明
を下す事下の如し。常人の意識は常人を支配
する源因によりFよりF'に、F'よりF''に
推移して究極する所なし。天才の意識は常人
を支配する源因によらずしてFよりAに、A
よりBに推移して究極する所なし。これを解
説せんには先ず天才と常人とが共通なるFを
波動の頂点に戴だく事ありと仮定して、その
別途に分岐して進行する様子を探求するを便
宜とす。


他の考へ得る能はざるものを考へ得る意識
   2014/3/18 (火) 08:42 by Sakana No.20140318084215

03月18日

「常人の意識Fは一定期間後にF’に移りま
すが、天才の意識Fはその後も長くFに留ま
ることがあります」
「長く留まれば、移行が遅くなる」
「そのFは強烈です。Fの強烈なればなるほ
ど、彼はこのFにおいて他の見る能はざるも
のを見、他の聞き能はざるものを聞き、もし
くは他の感ずる能はざるものを感じ或は他の
考ふる能はざるものを考へ得るの傾向を有す
ればなり」
「はたからみれば、常人よりも天才のほうが
のろまに見える
「その結果、天才の意識Fは常人のようにF’
に移らず、これと趣きを異にするAに移って
しまいます」
「もしかすると、漱石の文学論意識Fがそれ
かもしれない」
「そうですよ、きっと。漱石先生には他の考
へ得る能はざるものを考へる意識がありまし
た」

 常人の意識が、一定時の間Fにとどまるの
後、遂にF’に移るにあたって、ある個人の
意識は常人と共に推遷する事を諾(がえ)ん
ぜず、普通以上の時間これに停住して、また
他を顧みざる事あり。それ何が故にこの遅速
を生ずるやは今論述するを要せず。思ふに他
の移らんとするを我一人移らずと主張するは
(故意に主張するにあらず。自然に命ぜられ
て主張するなり)焦点たる刻下のFが、とく
にこの人において比較的強烈なるを証明する
ものといはざるべからず。強烈なるFを意識
して、他の刺撃に応ぜざるほどに心を奪はる
ときは、普通の場合において、この強烈なる
Fの識末に降下するを待って、他人の後塵を
追ふて、遅刻を憚らずF’に赴くものにあら
ず。如何ともなればFの強烈なればなるほど、
彼はこのFにおいて他の見る能はざるものを
見、他の聞き能はざるものを聞き、もしくは
他の感ずる能はざるものを感じ或は他の考ふ
る能はざるものを考へ得るの傾向を有すれば
なり。故にもしこの個人にしてFより他に移
るべき機会を生ずるときはその傾向は普通人
の既に移りたるF’にあらずして、却ってこ
れと趣きを異にせるAなるに近し。而してA
は、Fを強く意識せるの結果として次回の波
動にあらはるるものなるが故に、特殊の源因
なき限りは、Fの外部より来らずして反(か
え)つてFの中より発現すと断じ得べし。F
の内部より発現し来るとせば、Fと無関係の
或物にあらずして、Fの一部なるも、前回の
波動には比較的明瞭に意識せられざりしもの
に外ならざるべし。これをFの一部といふも
可なり。或はFの属性といふも可なり。また
はFの属性と属性との関係といふも可なり。


一種の畸形児にして天才
   2014/3/21 (金) 09:12 by Sakana No.20140321091242

03月21日

「常人の意識はFを平面的に離れるのに対し
て、天才の意識はFを立体的に離れるといえ
ます」
「なるほど」
「平面的とはFに執着せず、散漫になり、外
界に向つて波動を延長する。一方、立体的と
はFに執着するが故にFの内面に新焦点を発
見し、その新焦点内にもまた新焦点を発見し
て、Fを穿つて、深く波動を下層に徹せしめ
ます」
「漱石は文学論Fを立体的に掘り下げ、どん
どん新しい焦点を発見していった」
「それで、専門学者としての義務をはたし、
さらに芸術家になったのです。それだけなら、
それほど難しいことではありません。漱石先
生が偉大なのは、専門学者や芸術家が畸形児
になりやすい危険を察知しておあられたこと
です」
「文学論は失敗の亡骸(なきがら)、しかも
奇形児の亡骸だ、あるいは立派に建設されな
いうちに地震で倒された未成市街の廃墟のよ
うなものという自覚はあった」 
「当然、危機管理の手当はしておられたはず
です。則天去私の文学論を講義する機会があ
れば、それについての言及もあったと思いま
すが、残念ながら・・・・・・」

 常人の意識がFよりF’に行くに反して、
ある個人の意識がFよりAに行くはこれを説
明せり。而してAの性質もまたこれを説明せ
り。今Aに存る意識の再びBに行くを、Bの
意識のまたCに去るを、前項に述べたる意識
において、また前項に述べたる関係において
するとき、吾人はこの個人の意識焦点の連続
と常人の意識焦点の連続とはただ一のFを共
通に有するのみにて、波動を重ぬるに従つて
互いに分岐するを見るべし。而して常人の意
識はFを平面的に離れ、この個人の意識はF
を立体的に離るるといひ得べし。平面的とは
Fに執着せざるが故に、外界の機縁に応じて
散漫を厭はず、外界に向つて波動を延長する
をいふ。立体的とはFに執着するが故にFの
内面に新焦点を発見し、その新焦点内にもま
た新焦点を発見して、Fを穿(うが)つて、
深く波動を下層に徹せしむるをいふ。
 この二種の延長法を許す時、吾人は前者の
多く素人といへる大部分の間に行はれ、後者
の多く黒人(くろうと)と名づくる芸術家、
専門学者のうちに行はるるを見る。而してこ
の延長法のある程度を超えて黒人の域にとど
まらざるに至るとき、歩をすすめて言へばF
の内面に波動を拡ぐるのみにて、決して、外
部に焦点を求めざるとき、即ち彼らが狭隘に
して深奥なる、綿密にして周到なる智識と情
緒をある専攻の題目に有して、その他の人事
天然に全く無頓着なるとき、吾人は明かに一
種の畸形児にしてかつ天才なる一人物を予想
し得べし。この一人物は天才なると同時に畸
形児たるが故に世間の習慣を解せず、俗流の
礼儀に<なら>はず、或は普通一般の道徳心
さへ有せず、ために社会の大多数の忌む所と
なるなきを保せず。




有害無益の天才
   2014/3/25 (火) 07:59 by Sakana No.20140325075952

03月24日

「有名なる芸術家にして毫も正義を重んぜざ
るものありとは、漱石先生らしいですね」
「芸術に正義も不正義もない。巧いか拙いか
だ」
「そんな天才は畸形児だと漱石先生は考えて
おられました」
「神秘的半獣主義の岩野泡鳴とか悪魔主義の
谷崎潤一郎は畸形児だろうか」
「天才にして畸形児ですが、文学者は名作を
残してくれているから許せます。それに対し
て、偸盗の天才や瞞着の天才など有害無益の
天才は困り者です。<有害無益の天才は賠償
すべき功徳を有せずして、毒を社会に流すを
以て目的とするに均しき天才のみならず、他
の尊むべき天才と共に、畸形児たるの弊をか
ねたるを以てこれを撲殺して狂犬の如く坑内
に投ずるは全社会の責任なり>」
「ずいぶん過激な表現だね。漱石の頭は大丈
夫か」
「鏡子夫人も心配しておられました」

 高等なる専門学者にして毫も気韻の尊むべ
きなきものあり。有名なる芸術家にして毫も
正義を重んぜざるものあり。これらは皆天才
たるの栄を有すると共に畸形児たるの業を享
けてこの世に生れたるものなり。彼らは既に
畸形児たるの犠牲を敢てして内部にそのFを
拡張するが故にその専門の学科もしくは技芸
においては鋭敏なる事凡人の百千倍に達す。
或人曰くTitianは尋常人の一色を認むる所に
おいて、既に百色を鑑別すと、これを専修の
功といふ。これらは尤も栄誉あるの一例なり。
もしそれ専門とする所にして何らの取るべき
なくして徒にその道に天才なるは、ただに天
才たるの不名誉なるのみならず、併せて畸形
児たるの醜を一代にかがやかすものなり。彼
の実業家にして専一に利を射るの天才あり。
偸盗の天才あり。瞞着の天才あり。金力を濫
用し、もしくは権勢を濫用して貧弱を迫害せ
んと欲するの天才あり。これを称して有害無
益の天才といふ。有害無益の天才は賠償すべ
き功徳を有せずして、毒を社会に流すを以て
目的とするに均しき天才のみならず、他の尊
むべき天才と共に、畸形児たるの弊をかねた
るを以てこれを撲殺して狂犬の如く坑内に投
ずるは全社会の責任なり。


天才の風貌
   2014/3/27 (木) 09:17 by Sakana No.20140327091718

03月27日

「模擬と能才の中間には両者の雑種と見なす
べき意識がみとめられます。能才と天才との
中間にも」
「まぎらわしい。すっきりと三種に整理でき
ないのか」
「グレイゾーンが存在するのです。甲は流れ
て乙に入り、乙は融けて丙に和するに至る」
「芥川龍之介は能才か天才か」
「能才にして天才でしょう。模擬の要素もあ
ります。写真をみると、風貌からは天才に見
えますが」
「晩年は歯が抜けていたそうだ」
「それは永井荷風でしょう」
「芥川龍之介の前歯が一本抜けていたと、広
津和郎が『同時代の作家たち』に書いている」
「歯が抜けていたとか、抜けていなかったと
かは天才の評価にはかかわりがありません」
「天才の風貌を窺はと欲するものはLombroso
のThe Man of Geniusを繙くべしと漱石は書い
ている」

 模擬の意識と、能才の意識と、天才の意識
とは、一代における各階級に通じて行はるべ
き三大区劃なり。但しこの区劃は便宜のため
に設けたるに過ぎざるを以て、これを事実に
験するときは、吾人のかくの如く截然たる範
疇内に蟄居して、かつて門しょう外に進出す
る事なき器械的の生活を営まざるを発見する
は無論なり。、模擬と能才の中間には両者の
雑種と見なすべき一族を数ふるを得べく、能
才と天才との中間にもまた両者の混血児を挙
ぐるを得べし。かくの如くして三を分つて五
となし、五を割いて九となし、九を縮めて十
七となし、層々区画の領域を狭むる時、この
三種の意識は明確なる段落を構成する事なく、
墨を暈(ぼか)して白紙にうつ帖(ぬりつけ
ること)するに似て、分明に異同を弁ずるの
必要なく、甲は流れて乙に入り、乙は融けて
丙に和するに至る。而して文学者社会階級の
一として数ふるを得るが故に、彼らもまたこ
の意識の特性を享有して、各三種の間に一点
の地歩を占めて介在するは明かなり(諸君若
しFの発育する過程を知らんと欲せばBaldwin
のSocial and Ethical Interpretations in
Mental Developmentを参考すべく、また実例
に就いて天才の風貌を窺はと欲するものは
LombrosoのThe Man of Geniusを繙くべし。
Gustave Le VonのThe Psycology of Socialism
は通俗にして学説の深奥なるものなしと雖も
集合せる人の活動を知るに便宜あるを以て通
読するを可とす)。



仏に逢うては仏を殺せ
   2014/3/30 (日) 08:16 by Sakana No.20140330081641

03月30日

「最後に三種の意識の包括的評価、つまり
第一章 一代における三種の集合的F、で
す」
「<日蓮を忌まば日蓮を殺すを以て上策と
す。耶蘇を忌まば耶蘇を磔するを以て上策
とす>というのも過激な発言だ」
「<ただ不意に起つてこれを撲殺すべし>
──これは禅の表現ですね。漱石先生は参
禅の経験があり、禅の呼吸を体得しておら
ましたから、こういう表現をされたのでし
ょう」
「似たような表現をした禅僧がいたような
気がする」
「臨済宗の開祖、臨済のことばで、<仏に
逢うては仏を殺せ。祖に逢うては祖を殺せ。
羅漢に逢うては羅漢を殺せ。父母に逢うて
は父母を殺せ。親眷に逢うては親眷殺せ。
始めて解脱を得ん>があります」
「それが天才の意識か。数において尤も優
勢なりという模擬的意識がそのマネをしは
じめたら大変なことになる」
「天才の言うことも眉に唾をつけて聞いた
ほうがよさそうですね」

 最後に三種の意識に包括的評価を下して曰
く。
 (一)模擬の意識は数において尤も優勢な
り。故に利害の関係上尤も安全なり。但し独
創的価値をいへば殆ど皆無なり。従ってかく
かくの名なくして草木と同じくびん滅す。
 (二)能才の意識は数において、(一)に
劣る事多し。然れどもその特性として、(一)
の到着地を予想して、一波動の先駆者たるの
功あるを以て、概して社会の寵児たり。利害
より論ずれば固より安全なり。但しその特色
は独創的といはんよりはむしろ機敏と評する
を可とす。機敏とは遅速の弁に過ぎざるを以
て、遅速以外に社会に影響を与ふる能はざる
を例とす。通俗の語を以てこの種の人を品す
れば才子といふが尤も適当なるべし。世俗的
に才子を誤って天才となすは、一時の成功に
眩せられてその実質を解剖する能はざるに由
る。
 (三)天才の意識は数において遠く前二者
に及ばず。かつその特色の突飛なるを以て危
険の虞(おそ)れ尤も多し。多くの場合にお
いてその成熟の期に達せざるにあたつて早く
既に俗物の蹂躙する所となる。(而もこの俗
物は天才を謳歌すると自称するものなり。こ
の俗物は歴史的に古昔より伝来せる天才を謳
歌して、何が故に今世に天才は出現せざるや、
出現せざるやと問ふの傍ら、常に幾多の天才
を足下に踏み潰して悔ゆる事なし。これ俗物
なる所以なり)。然れども天才の意識は非常
に強烈なるを常態とするを以て、世俗と衝突
して、夭折するにあらざるよりは、その所思
を実現せずんば已まず。この点より見て天才
は尤も頑愚なるものなり。もしその一念の実
現せられて、たまたまその独創的価値の社会
に認めらるるや、先の頑愚なるもの変じて偉
烈なる人格となり、頑愚の頭よりかく灼の光
を放つに至る。而も彼自身は偉烈に関せず、
頑愚に関せず、ただ自己の強烈なる意識に左
右せられてこれを実現するのみ。故に天才の
自己を実現するを忌まば忠告するなかれ、反
対するなかれ、嘲罵するなかれ、ただ不意に
起つてこれを撲殺すべし。日蓮を忌まば日蓮
を殺すを以て上策とす。耶蘇を忌まば耶蘇を
磔するを以て上策とす。陳蔡の野に困したる
孔子は遂に道を失ふ事なし。退学を命じられ
たるShellyは無神論を翻へすべからず。彼ら
をしてただ世俗のいふ所に従つて去来進退せ
しめばその天才たる果していずれの点に存せ
ん。


意識推移の原則
   2014/4/2 (水) 08:51 by Sakana No.20140402085130

04月02日

「第二章 意識推移の原則 にすすみます」
「意識推移の原則?」
「漱石先生のような天才はそんな原則に目を
つけるのです」
「意識はただ漫然と推移するだけではないか。
原則があるとは思えない」
「たとえば、<戦後民主主義>という大きな
物語を例にとって考えてみましょう。大阪市
長選の投票率は23・59%でしたが、現在
の日本で<戦後民主主義>は機能していると
思いますか」
「選挙妨害もなく、粛々と投票が実施された
のだから、機能しているといってよい」
「しかし、<戦後民主主義>という大きな物
語は終焉したという見方もあります(輿那覇
潤)」
「二葉亭四迷が日本初の近代小説『浮雲』を
発表して以来120年たって、日本の近代小
説という大きな物語は終焉したという見方も
ある(川西政明)が、現実には<戦後民主主
義>や<日本の近代小説>という大きな物語
は終焉していない」
「もしかしたら、終焉していないと思うのは
恍惚の人の意識のなかだけではないでしょう
か」

 一時代の意識を横断して、類別せる三種の
形質上の説明を与へたるは第一章におけるが
如し。一時代の集合が如何なる方向に変化し
て、如何なる法則に支配せらるるかを論ずる
はこの章の目的なり。




暗示の法則
   2014/4/5 (土) 09:12 by Sakana No.20140405091229

04月05日

「一時代における集合意識の播布(はふ)は
暗示の法則によって支配せられます」
「平成二十六年の日本における集合意識は、
どんな暗示によって支配されているのだろう」
「インフレ誘導の暗示ではないでしょうか」
「4月から消費税が3パーセント引きあげら
れたが」
「3パーセントなんてたいしたことはない気
もしますが、インフレ誘導の暗示と考えると
由々しき問題だと心配になります」
「インフレ誘導の暗示をするのは誰だ」
「政府──つまり、国会議員と公務員の集合
意識Fです」
「政府はなぜインフレ誘導の暗示をするのか」
「そうしないと国家が財政的に破綻するとい
う不安があるからでしょう」
「しかし、インフレが高進すると国民の生活
が破綻する」
「国民より国家が大事、と思いたい」
「子供より親が大事、と思いたい──と誰か
の小説にあったな」
「太宰治の『桜桃』です」

 (一)一時代における集合意識の播布
(はふ)は暗示の法則によって支配せらる。
暗示とは感覚といはず、観念といはず、意志
といはず、進んで複雑なる情操に至って、甲
の乙に伝播してこれを踏襲せしむる一種の方
法をいふ。暗示法の尤も強烈なる証明は被催
眠者においてこれを見る事を得。彼らに向か
って水を熱しといへば、氷おうを抱いて、沸
湯を盛るが如くに苦悶す。羽毛の軽きを掌上
に載せて、その重からん事を暗示すれば、九
鼎(きゅうてい)を支へて堪ゆる能はざるが
如きの観をなす。これ人の普(あまね)く知
る所、斯道(しどう)の書、例を挙ぐる事審
(つまびらか)なれば弁明を費やすの必要な
し。常態に住するの人また往々にして此(か
く)の如きの暗示を受くる事あるも事実のな
るが如し。ある医師の報告によるに嘗て神経
質なる一女子に手術を施すの必要ありて、魔
酔剤を用ゐるの準備として仮面を被らしめた
るに、未だ薬を致さざるに既に昏睡の状に陥
つて知覚を失へりといへり。これ常人にして
尤も暗示を受け易きものなり。特殊の例外を
除いて、一般の人に就いていへば、小児はそ
の最たるもの、女子これに次ぐに似たり。普
通の男子にあっては大にその度を減ずるが如
しと雖も、その存在は争ふべからず。Pascal
曰く吾人他を呼んで愚人なりといふ事しばし
ばなれば、単にしばしばなるだけにて、他を
して自己を愚人なりと思はしむるに足る。他
をして吾は愚人なりと自己に告げしむるだけ
にて、自己を愚人なりと信ぜしむるに足る。
人はかく造られたるものなりと。


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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