夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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Fの差違
   2014/1/8 (水) 08:41 by Sakana No.20140108084125

1月8日

「第五編 集合的FではFの差違を述べるこ
とになっています」
「Fの差違?」
「時間の差違を含み、空間の差違を含み、個
人と個人との間に起る差異を含み、一国民と
他国民との間に起る差違、古代と今代との差
違、今代と後代との差違を含みます」
「天然居士のFのようだ。空間に生れ、空間
を究め、空間に死す。空たり間たり天然居士、
噫」
「空間だけではありません」
「時間に生れ、時間を究め、時間に死す。
時たり間たり天然居士、噫」
「個人と個人との間に起る差異もあります」
「我も人なり。彼も人なり、噫」
「一国民と他国民との間に起る差違もありま
す」
「日中平和条約、日韓条約、日米安保条約、
日英同盟、日独伊三国同盟、日露漁業条約、
噫」
「古代と今代との差違」
「昔はよかった」
「今代と後代との差違」
「だんだんよくなる法華の太鼓」

 吾人はこの編においてFの差違を述べんと
す。Fの差違とは時間の差違を含み、空間の
差違を含み、個人と個人との間に起る差異を
含み、一国民と他国民との間に起る差違を含
み、または古代と今代と、もしくは今代と予
想せられたる後代との差違を含む。先に述べ
たる文学者と科学者との差異の如きはその一
部分の研究に過ぎずして、しかもこの一部分
の研究の、とくに必要なりしためこれを前章
に講述せるに過ぎず。


全きは後の君子に待つ
   2014/1/11 (土) 07:52 by Sakana No.20140111075220

1月11日

「Fの差違は、前回に述べたように複雑にし
て多面多様です。説いて遺漏なき能はず」
「天網恢恢疎にして漏らさず、という訳には
いかぬ──というのは儒者の限界か」
「言わんとしている所は文学のことです。文
運消長の理、騒壇流派の別、思潮凋落の趣を
幾分か理解してください」
「Fの差違にもいろいろある、というだけの
ことならわかった」
「全(まった)きはこれを後の君子に待つ、
というのが漱石先生の遺言です」
「嘆かわしいことに、今や漢文教育はすたれ
てしまった。後の君子に期待しようもない」
「小学校の英語教育が普及しはじめています。
望みを捨てず、後の君子に期待しましょう」

 余はこの編においてFの差違を述べんとす。
然れどもFの差違はかくの如く複雑にして多
面多様なり。従って説いて遺漏なき能はず。
数こ(目のこまかな網)をお池(たまり水)
に張つて有らん限りの魚べつ(すっぽん)を
捕らへ尽す能はざるは明(あきらか)なり。
但言はんと欲する所は文学の事なり。この故
に説く所にして這裏(しゃり)の消息に触れ
て、文運消長の理、騒壇流派の別、思潮ちょ
う(さんずい+張)凋落の趣を幾分か解釈し
得れば足る。全(まった)きはこれを後の君
子に待つ。


意識の焦点Fなる語
   2014/1/14 (火) 09:21 by Sakana No.20140114092125

01月14日

「Fの差違を述べんとするにあたって、もう一
度、出発点に戻り、意識の焦点Fなる語をしっ
かり理解していることを再確認しましょう」
「それはもうわかっている」
「念には念を入れよ、です。読者数言の重複に
似たるを咎むるなかれ」
「まあ、いいだろう」
「一分時における意識の内容は一曲の波を描い
て高低します。その波の高い所が、意識の焦点
(F)です」
「ふむ」
「そのFは一応、認識的性質をのみ帯びている
と仮定します。それにある情緒(f)が伴うと
きは、(F+f)となります。文学的Fは必ず
(F+f)の公式を具えています」
「その理屈は何度も聞いたので、わかっている
が、読者にわかってもらえるように説明するの
が難しい」

 余はこの編においてFの差違を述べんとす。
頭を巻頭に回(めぐ)らして、Fの記憶を新た
にして、再び研究の途に上るは軽率を戒めて、
天の未だ雨降らざるをに当つて門戸を<ちゅう
びゅう>(緩んだところを固めて修理すること)
するの意なり。読者数言の重複に似たるを咎む
るなかれ。一分時における意識の内容は一曲の
波を描いて高低す。その頂点は意識の尤も明か
ななるの所、吾人は心理学者の説に従って、こ
れに命名するに意識の焦点なる語を以てしたり。
この焦点の記号としてFを用ゐ、同時にFの範
囲を限って認識的性質をのみ帯べるものと仮定
せり。故にFの単独に起らずして、ある情緒を
伴ひ来る時は、これに添ふるにfを以てして
(F+f)の公式を得たり。文学的材料にして
意識のうちにあらはるるものは、ある情緒を有
せざるべからずとの条件なるを以て、文学的F
は必ず(F+f)の公式を具(そな)ふとの結
果を示したり。然れども(F+f)はFの一種
なるを以て、単にFといふも、fを伴はずと附
記せざる限りは文学的Fを含むと見倣すを妨げ
ざるに似たり。




集合Fの類別、推移、変遷
   2014/1/17 (金) 08:53 by Sakana No.20140117085348

01月17日

「焦点的印象または観念Fは、意識の波の頂
点に上る瞬間的なものですが、第五編におい
ては、時間を拡大して、個人の一期一代の傾
向をあらわす集合的Fになります」
「瞬間のFを五十年のFに拡大するのは強引
すぎる。無理ではないか」
「それを疑ったら講義になりません。更に一
代を横に貫いて個人と個人との共有にかかる
思潮を綜合した集合的Fも検討します」
「要するに、時間と空間を延長して考えると
いうことだろうが、文学論の講義にしてはけ
たはずれだ」
「序の言葉を思いだしてください。<余は心
理的に文学は如何なる必要あって、この世に
生れ、発達し、頽廃するかを極めんと誓えり。
余は社会的に文学は如何なる必要あって、存
在し、隆興し、衰滅するかを究めんと誓えり>」
「うーん。文学に心理学と社会学の理論を応
用して、集合的Fなるものを思いつき、その
類別、推移、変遷を論じるという構想のよう
だが、漱石の文学的Fの推移、変遷にはたし
てついていけるかどうか」
「もう一息で、頂上です。頑張ってください」

 吾人は一分時において得たるFを拡大して、
一日、一夜、半歳、五十歳にわたつて吾人の
意識を構成する大波動に応用して、個人にお
ける一期一代の傾向を一字のFにあらはすの
便宜なるを説けり。更に一代を横に貫いて個
人と個人との共有にかかる思潮を綜合してそ
の尤も強烈なる焦点を捕らへて、これを一字
のFに縮写するの至当なるを説けり。この編
に論ぜんとするはこの集合Fの類別、推移、
変遷に関す。而してとくに文学の範囲内にお
いてのみ行わるる理法にあらざるよりは、別
にこれを差別して文学における云々と云はず、
例証する所また他の方面にわたるやも知るべ
からずと雖も、文学的集合Fもまたその理法
によって支配せらるるを以て円ぜい方さく
(丸いほぞと四角い穴。物事のうまく合わな
いこと)の矛盾を生ずる憂なきを信ず。かつ
この集合的Fは個人の一分時におけるFの意
義を拡大せるものに過ぎざるを以て、後者に
関していひ得べき理法は特別の場合を除くの
外移して以て前者に応用し得べきものとす。
吾人時に例を後者にかりて前者の活動を無断
に説明する事あるべし。類推を一々にするの
煩を厭へばなり。


一代における三種の集合的F
   2014/1/20 (月) 07:58 by Sakana No.20140120075838

01月20日

「第一章 一代における三種の集合的F に
すすみます」
「三種の神器とは、鏡・玉・剣」
「そんな具体的なものではなく、内容の形質
について、三種の間に存する関係より生じる
ものです」
「Fの関係」
「模擬的意識、能才的意識、天才的意識これ
なり」
「模擬的意識はサル、バカ、アホ、能才的意
識は官僚、学者、作家、天才的意識はモーツ
アルト、ピカソ、芥川龍之介、三島由紀夫な
どの一代における集合的Fと考えてよいか」
「当たらずと雖も遠からず、でしょう」

 一代における集合意識を大別して三とす。
模擬的意識、能才的意識、天才的意識これな
り。ここに意識といふは意識の焦点(即ちF)
なる事は言ふを待たず。而してこの区別は内
容の形質に就てこの三種の間に存する関係よ
り生ずるものにして、その内容の実質を列挙
して得たる結果にあらず。実質は時代により
て推移しつつあるを以て一期に即してこれを
検するにあらざるよりは説明すべきやう


模擬的意識
   2014/1/23 (木) 08:48 by Sakana No.20140123084817

01月23日

「模擬的意識とはわが焦点の容易に他に支配
せらるるをいふ」
「おまえさんの焦点Fは、死せる漱石によっ
て、ただ今、支配されている」
「模倣は社会を構成するに醤油の如く必要な
るものなり」
「大宝律令によると、宮内庁の大膳職に属す
る「醤院(ひしおつかさ)」で大豆を原料と
する「醤」がつくられていたとされている」
「故に社会は模倣なり」
「99パーセントは模倣だとしても、1パー
セント位はパーソナルものがほしいですね」
「漱石が講演で言った『私の個人主義』がそ
の1パーセントの主張だ」

 模擬的意識とはわが焦点の容易に他に支配
せらるるをいふ。支配せらるるとは甲を去っ
て乙に移るに当つて、自然に他と歩武を斉
(ひとし)うし、去就を同じうするの謂に外
ならず。要するに嗜好において、主義におい
て、経験において他を模倣して起こるものと
す。模倣は社会を構成するに醤油の如く必要
なるものなり。もし社会に模倣の一性質を欠
かんか、引力の大律に支配せられざる天体の
如く、四分し五裂してじゅう然(まじるさま)
として須ゆに瓦解す。この故に学者いふ社会
は模倣なりと。学者をしてこの言をなさしむ
るほどに吾人はしかく模倣を愛するものなり。
Mantegazzaその著Physiognomy and Expression
(八四頁)に述べて曰く「ちゅう人(ぎっし
り集まっている多くの人)の中に在つて火あ
り、火あり、と叫べ、或はこれに加ふるに手
を挙げ、目を揺(うご)かすの状を以てして
一散に走れ。第一の場合に在つて多数は歩を
停めて、その故を聞かん。第二の場合に在つ
ては大衆われを制する事を忘れて声に応じて
走らん。動作は言語よりも器械的なり而して
器械的に模倣を生ず。人もしわが言を疑はば、
かの陰晴の未だ去まらざるに方(あた)つて、
街頭に立って率爾に雨傘を開け、或は乗合馬
車の中に坐してわが手を隠袋に挿入して車代
を払ふものの如くせよ。雨傘を開くもの、銅
貨を探るものの一、二人に止まらざるを見る
べし。これ単に器械的勢力に制せられて他を
模倣するに過ぎず」と。


生存競争の大理法
   2014/1/26 (日) 08:07 by Sakana No.20140126080724

01月26日

「ここでは模倣の性質が生存競争に適して
いることが強調されています」
「生存競争の大理法に基づくものとは大げ
さな表現だ」
「もし模倣する天賦の素質が水準以下なら
社会に適合できません。道に迷って、落伍
します」
「そんなことをいったら知的障害者は生き
ていけない」
「私も知的障害者ですが、なるべく模倣す
るよう努力し、なんとか生きています」
「たとえば、どんな努力をした?」
「私は乳が嫌いだったのですが、飲まない
と夭折してしまうので、無理をして飲みま
した」
「酒は?」
「酒も嫌いですが、社会に合わせて飲みま
した。今は飲まなくても生きていけるので
助かります」
「それでは生存競争の水準ギリギリだね」

 Mantegazzaが動作に就ていへる事は、動作
意外の複雑なる思想にもまた応用し得るは論
を待たず。案ずるに吾人が一様にこの種の性
質を有するは生存競争の大理法に基づくもの、
もしこの点において水準以下の天賦を受くる
ときは社会に適合する所以(ゆえん)の道に
迷ふて、尋常の人事に失脚し去るの運命に遭
遇す。嬰児の生育は乳母の恩に待つある多き
が如しと雖も、嬰児にして他を模するの性を
欠かんか、遂にちょう髪の齢に達せずして夭
折する事多からん。食を三度に限るは模倣な
り。起居礼あるも模倣なり。進退度あるも模
倣なり。途に車を避け、市に馬を避けて、髪
膚(はっぷ)を毀傷せざるも模倣なり。模倣
はかくの如く必要なり。大人の社会に生存し
て、不測の変を常時に招かざるは、その思想、
行為、言語のその社会に適合するを示すもの
なり。故に小児の大人を模倣するはその社会
に生存して適意なるの資格を製造すると一般
なり。従って吾人は他を模倣すべく自然の命
を受けてこの世に出現す。社会の存在はこの
模倣性の個人と個人の間に如何なる程度に運
行しつつあるかを証明して余りあるとす。


第二義の模倣
   2014/1/29 (水) 09:25 by Sakana No.20140129092527

01月29日

「模倣は社会の成立と維持を満足ならしめる
根本義において必要なものですが、その他に
第二義の模倣があります」
「模倣に根本義と第二義とがあるといわれて
もピンとこない」
「第二義の模倣は社会の成立と維持を満足な
らしめるために必要ではないが、単なる好奇
心のような動機で模倣することがあります」
「単なる好奇心?」
「ええ、小児が父親の模倣をし、肩をゆすっ
て歩いたりするようなものです」
「たしかに、そんな物真似は社会の成立と維
持に必要とはいえない」
「十九世紀の始めに流行した厭世的文学も第
二義の模倣です」
「厭世観を抱くのはは個人の資質だ。厭世的
文学が模倣とは思えない」
「普通の模倣のように、故意の模倣ではあり
ません。己の意志以上のあるものに余儀なく
せられた模倣です」
「己の意志以上のあるもの?神がかってきた
な」

 模倣は社会の成立と維持とを満足ならしむ
る根本義において此の如く必要なり。吾人は
生存上に必要なる模倣性を他の方面に応用し
て、ここに第二義の模倣を敢てして憚らざる
に至る。第二義の模倣とは必要ならざるに、
好奇の余、他を模倣するをいふ。たとえば、
小児の父を模し、奴ひの主婦を模するが如し。
ある場合に在つては病的なる嗜好をさへ模倣
して、一世を挙げて悉く非常識ならしむる事
あり。十九世紀の当初に勢を逞しふせる厭世
的文学の潮流の如きはこれなり。Georg Brandes
曰く「十九世紀の始めに起れる厭世観は一種
の病患の性質を帯ぶ。而してこの病患は一国
民中の一個人を冒すべき性質のものにあらず
して、中世紀において、全欧に伝播せる宗教
狂の如くなる流行病なり。Reneはこの病床の
天稟の英才を冒せる尤も早くして尤も著しき
例に過ぎず」と。人もしこれを以て模倣にあ
らずといはば余は答へていはん。普通の模倣
は故意の模倣なり。この際における模倣は自
然より命ぜられたる模倣なり。自己の意志以
上のあるものに余儀なくせられたる模倣なり
と。


平凡・通俗
   2014/2/1 (土) 08:52 by Sakana No.20140201085221

02月01日

「模倣が生存競争において有利だということ
はすでに説明した通りです」
「赤信号みんなで渡れば恐くない」
「しかし、創造力(originality)の観点から
すれば、平凡、通俗という評価になります」
「それでもよい。幸せならば」
「これを文学の上に限ると、可もなく不可も
なき詩人となり、小説家となります」
「俳句でいえば、類想句の瓦礫」
「しかし、俳句に限らず、詩でも小説でもす
でに表現し尽くされて、創造的資源は枯渇し
ているのではないでしょうか」
「そう思うのはきみの脳みそが枯渇している
からだ。万能細胞の作製に成功した30歳の
小保方晴子さんを見習いたまえ」
「小保方さんを見習ったら、それもまた模倣
になります」

 模倣は社会の凸凹を払つて、平等の状態に
各自を揃へんと欲するもの、錯雑なる表面に
一様の観を添へて、彼是相通じ、甲乙択ぶ所
なきの結果を生じて已む。この故にこの意識
に富むものは個人として他の目標を形づくる
事なきが故に、生存上危険の虜(おそれ)を
冒す場合少なくして比較的安全な境に在り。
この意識に富むものの多き社会は現状を維持
する上において尤も便宜を有するものなり。
ただ従来の習慣に遵(したが)つて、父祖の
遺業を守り、伝来の嗜好を再びして、隣里郷
党の知己と進退し、去就し、好悪して頗(す
こぶ)る秩序の整然たるものあればなり。こ
の意識に富むものは平等の場合において社会
の大多数を構成す。大多数なるが故に、数を
以て論ずれば、尤も有力なり。単に数字の上
においてのみならず大抵は実力においても優
勢なり。然れども翻つて創造力(originality)
の多寡を本位としてこの意識を評価すれば、
その勢力頗る貧弱なりとす。通例の場合にお
いて、この種の意義に富めるものを称して、
平凡といひ通俗といふ。ただ他を模擬して人
と同じからん事を、これ力(つと)むるが故
なり。これを文学の上に限るとき、彼らは可
もなく不可もなき詩人となり、小説家となる。
人の歌ふ所を歌ひ、人の美とする所を美とし、
人の詩といひ小説といふ所ののものを詩とし
小説とす。模擬的Fの意かくの如し。


能才的F
   2014/2/4 (火) 07:50 by Sakana No.20140204075040

02月04日

「模擬的Fに続いて、能才的Fを論じること
にします」
「能才的Fとはおかしなネーミングだ」
「妥当な名称かどうかは漱石先生も自信がな
さそうですが、模擬的Fと天才的Fとの中間
的Fとして、仮に能才的Fと名付けたのでし
ょう」
「凡才でもなく、天才でもない──とすると、
秀才だな」
「そうですね。学校のクラスに二、三人はい
るし、霞ヶ関にはうじゃうじゃいます」
「習慣も可なり、読書も可なり。だとすれば
誰でも努力さえすれば能才にはなれる」
「そういえば、この隣近所ではご隠居さんが
能才的Fの片鱗を発揮しておられます」

 (二)然れども模擬は模擬者と被模擬者と
を対立して始めて使用し得べき言語なり。模
擬者のFは(一)においてその大意を述べた
り。模擬者をして懐疑せしめんがためには、
これにその目的たるべきFを供給せざるべか
らず。この種のFは必ずしも同時代の人より
伝授を受けて意識の頂点にへい燿(=光り輝
く)するにあらず、習慣も可なり、読書も可
なりと雖も、遂に頭を一代のうちにあつめて、
同界の空気を吐呑するさい輩よりその所範を
示さるる事なきにあらず。この種の積極的F
に名(なず)くるに如何なる称呼を以てする
の妥当なるかは余の知らざる所なれども、今
仮りに能才的Fの名を附して指示の便宜に供
せんとす。
 この種のFに就いてその実質を叙述せんは
冒頭にいへるが如く頗る難事に属す。彼らは
吾人の一分時におけるFと同じく常に推移し
て一所に滞留する事なければなり。この故に
彼らの実質を知らんと欲せば既与性の一時期
を劃してその域内において、始めて具体的の
説明をなすを得べし。即ち具体的なりと雖も、
既与性の一時期に限られて他に転用しがたぎ
が故に、時空二間を離れたる概論においては
単にその形質よりして抽象的の説明をなすに
過ぎず。




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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe