夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
 ID


全969件 <更新> ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 終了]

PAGE 81 (801〜810)


分別と多感
   2013/11/27 (水) 08:51 by Sakana No.20131127085140

11月27日

「今回はAustenのSense and Sensibility
からの引用で、写実家の手口を学びましょう」
「Sense and Sensibilityという英語は日本
人にはわかりにくい」
「一般化しないでください。日本には分別の
ある人も多感な人もいます。わかる人にはわ
かるのです」
「分別と多感、と訳されているのか。しかし、
<分別がない>というのと<センスがない>
というのとでは違うような気がする」
「どう違うのです?」
「分別はあっても、センスのない人がいるし、
逆に、センスはあっても分別のない人もいる」
「そんなことよりも、Austenの文章が写実的
だということを味わってください」

 吾人は構事の点において既に浪漫派の作戦
法を看破したるを以て、この新知識を得て再
び写実家の塁に帰り以て彼我の参差(しんし)
を較量せんとす。Austenの写実主義はMarianne
の<せん>語が後段において如何に照応する
かを待って始めて発揮せらるるものとす。小
女の言はその母に関す。小女のこの言を発せ
る時、その母の如何なる状態にありしかを検
すればこの問題は自から解決せらるるものと
す。Colonel Brandonは小女の病を報じてその
母を迎へんがためにBartonに至れる人なり。

"The shock of Colonel Brandon's errand at Barton had been much
softened to Mrs. Dashwood by her own previous alarm: for so great
was her uneasiness about Marianne that she had already determined
to set out for Cleveland on that very day without waiting for any
further intelligence, and had so far settled her journey before the
arrival, that the Carreys were then expected every moment to fetch
Margaret away, so her mother was unwilling to take her where there
might be infection."
---Sense and Sensibility. chap. xiv.

(ブランドン大佐がバートンに使いして与えた衝撃も、ダッシュウッド夫
人にはそれほどのものとならなかった。彼女はもう前から十分狼狽してい
たからである。夫人はメアリアンのことが心配でたまらず、これ以上の報
せを待つことなく、ちょうどその日に、クリーヴランドに向けて出発しよ
うとすでに決めていた。大佐の到着する前に旅行の準備はすっかりできて
おり、ケアリー家の人々がマーガレットを引き取りに来てくれるのを今か
ら待っているところだった。母親として、彼女を伝染の恐れのある場所に
連れていくに忍びなかったからである。
───『分別と多感』第四十五章)




読者の詩魂を嘲弄するの策
   2013/11/30 (土) 07:55 by Sakana No.20131130075531

11月30日

「前回、ご紹介したAustenの文章で、小女マ
リアンヌの霊とその母の神(しん)との間に
は超自然的な感応がないことはおわかりのこ
とと思います」
「母はマリアンヌの病状が心配でたまらない」
「娘が病気になれば、母親なら誰だって心配
します。だから読者も感情移入して、一般の
同胞に対するのと同じように同情するのです」
「作者が想像力をほしいままにして、読者の
詩魂を異次元の世界へ誘導しない」
「作家はマリアンヌの病をかりて、空冥の奥
に形而上の作用を喚起して、読者の詩魂を嘲
弄するの策を採らざりしに似たり」
「詩魂を嘲弄するの策を採られてはたまらな
い」
「ところが、世の中には読者の詩魂を嘲弄す
る作者が多いのです。お互いに気をつけまし
ょう」

 小女の霊とその母の神(しん)と自然以上
の感応なかりしはこの一節の証明によって疑
ふの余地なきに似たり。換言すれば作家はM.
の病をかりて、空冥の奥に形而上の作用を喚
起して、読者の詩魂を嘲弄するの策を採らざ
りしに似たり。この故にM.は尋常の子女にし
て、その母また尋常の母たるを免れず。ただ
尋常なるが故に吾人と共に衣し、共に食し、
共に行動するを知る。これを知るが故に吾人
は彼らに向つて一般の同胞に対すると異なる
なき同情を与ふるに躊躇せざるものとす。


平凡を装ふて読者を欺く
   2013/12/3 (火) 09:59 by Sakana No.20131203095926

12月03日

「平凡を装ふて読者を欺くのが写実家の慣用手
段。Austenはその最たるものです」
「読者を欺くとはけしからん」
「文学の第二の大目的は幻惑にあり、ですから
仕方がありません」
「阿呆らしい。読書なんかやめてしまおうかな」
「やめられるものならやめてください。眼疾の
ために読書を廃する事あり、という可能性もあ
りますから」
「縁起でもないことをいうな」
「日常生活においてよくある平凡なことです」
「読書を廃しては生きている甲斐がない」
「そう思うなら、おとなしくAustenのような写
実家に欺かれてください」

 M.を尋常なりといへり、母を尋常なりとい
へり。否余はM.の罹りたる病すらも尋常なり
といはんと欲す。(Pride and Prejudice中に
もまた妙齢の子女が他家に<えん>留して風邪
に罹るの例あり)。凡そ小説にあって、渦中の
人物が病に罹るとき、この病の尋常の病たるや
極めて少なし。吾人はその源因において、或は
その結果において必ず重大の関係を有するを発
見す。この病を縁に佳人の看護を受けて相思の
成立するあり。或は財貨と機運を放擲して主人
公の困厄に陥るあり。或は一日枕に伏して十日
不帰の客となるあり。要するに因果の纏綿せる
病なり。翻つて吾人の半生を見るに、吾人の病
にかかる事屡(しばしば)なるに関らず、吾人
の生活状態に大影響を与ふる事少なきを常とす。
吾人は風邪のために雑炊を喰ふ事あり。脚気の
ために小豆を用ゐる事あり。眼疾のために読書
を廃する事あり。然れども未だ曾て窓間より薬
餌の料を投入せるものなし。看護婦にして、昔
しわが隣人の児女なるに解<ごう>せる事なし。
わが父の高利に苦しめられたる医師の配剤によ
りて万死に一生の恩を謝したる事なし。要する
に吾人の病は病のためにする病にして他に何ら
の責任なきもものなり。この故に尋常の病は小
説にあっては不要の病たるを免れず。破格の病
たるに過ぎず。而してAustenが挿入せるは正に
この不用にして破格なる病なり。ただそれ不用
なり。全篇の大趣向を動かすに足らず。この故
に真実の病なるを想見せずんばあらず。平凡を
装ふて読者を欺くは写実家の慣用手段にして、
Austenはその最たるものなり。


文学的手段と文学的効果
   2013/12/6 (金) 08:47 by Sakana No.20131206084734

12月06日

「文学的手段と文学的効果が一目でわかる表
をご覧下さい」
「表の見方がわからん」
「六種の文学的手段の大部分が(f+f’)
という公式であらわされていることはおわか
りのことと思います」
「<吾人が文学的手段として列挙せる六種の
大部分はその趨勢に於て歩武(ほぶ)をひと
しうするものなるは明かなり>と言われたっ
て、それがどうしたと思わざるをえない」
「例外となっている文学的手段をみてくださ
い。第四種の聯想法(滑稽的聯想)と第六種
の聯想法のうち不対法がX、第六種の聯想法
のうち緩和法がf-f’となっています」
「例外のない規則はない、というからそれは
了解した」
「問題は最後の写実法。これはfだけです」
「f’がない」
「なんだそのf’というのは?」
「fは約束の如く、与へられたる材料(F)に
附着する情緒にして、f'は作者の脳中より得
来つて、与へられたる材料(F)に配する新
材(F’)より生ずる情緒を示すものとす」
「???」

 これを取材法(附構事法)における写実派
と浪漫、理想派の区別とす。蓋(けだ)し浪
漫、理想の語は写実の取材法を論ずるに当つ
て始めてこれに配して用ゐたるもの、写実の
表現を説くに際しては、ただこれを六種の文
学的手段に対置せるのみにして、未だ浪漫、
理想の表現法あるを口にせる事なし。今遡つ
て表現の諸法を検し、吾人が取材において浪
漫、理想対写実の形式を得るが如く、浪漫的
表現、理想的表現対写実的表現の形式を作つ
て、浪漫的理想的表現のもとに前六種の手段
を総括し得るやを見んと欲す。これを見んが
ためには六種の特性を一目に比較して、概括
の便を刻下に会得すべき表を製するを上策と
す。
 表中、左側列記するは文学的手段にして、
右側にあるは、この手段によりて順番にせら
れたる効果を公式に引き直したるものなり。
fは約束の如く、与へられたる材料(F)に
附着する情緒にして、f'は作者の脳中より得
来つて、与へられたる材料(F)に配する新
材(F’)より生ずる情緒を示すものとす。
Xはff’の関係上引き直す事能はざるもの
とす。
 今右側の公式を検するに比較する能はざる
二のXと、第六のうち(b)に属する(f-f")
を除くの他は悉く(f+f’)なる一種の公
式に属するを見る。更に約言すれば吾人が文
学的手段として列挙せる六種の大部分はその
趨勢に於て歩武(ほぶ)をひとしうするもの
なるは明かなり。

 文学的手段   文学的効果
第一種 聯想    f+f’
    (投出法)
第二種 聯想    f+f’
    (投入法)
第三種 聯想法   f+f’

第四種 聯想法   X

第五 調和法    f+f’

第六 対置法
  (a) 強勢法   f+f’
  (b) 緩和法     f-f’
  (c) 附仮対法   f+f’
  (d) 不対法     X
第七 写実法     f


取材法と表現法
   2013/12/9 (月) 09:27 by Sakana No.20131209092702

12月09日

「取材法において写実派と浪漫諸派の方法が
違うことはもちろんですが、表現法において
も写実的表現法と浪漫的表現法があります」
「而して両者の結合より種々なる変形の生ず
るを見る。とはどういうことか」
「表現の写実にして取材の浪漫なるものあり。
取材の写実にして表現の浪漫なるものあり。
両者共に写実なるものあり。両者共に浪漫な
るものあり」
「わからん。具体的な例で示してくれ」
「異論が出るかとも思いますが、とりあえず、
たたき台として、
 写実的取材+写実的表現(f+f’) 道草、明暗
 写実的取材+浪漫的表現(f+f’) 草枕、虞美人草
 浪漫的取材+写実的表現(f+f’) 三四郎、それから
 浪漫的取材+浪漫的表現(f+f’) 倫敦塔、幻影の盾
 滑稽的聯想+写実的表現(X)    吾輩は猫である、坊っちゃん
と思いついたまま、ならべてみました。如何
でしょうか?」

 この大体の趨勢を代表する(f+f’)な
る公式を尋常の言語に訳す時、如何なる意義
を現し来るかを知れば吾人の問題は容易に解
決せられるものとす。案ずるにfは既与性に
してまた既与量なり。この既与性と既与量と
に満足せざるが故にf’は配せられたるもの
とす。かりにfを以て尋常一般の既与性と既
与量を有するものとせば、作家の手段はこれ
に加ふるにf’なる新情緒を以てして、尋常
なるfを尋常以上に濃化醸酵せんとするもの
の如し。換言すれば与へられたる千金を工夫
して二千乃至三千金に利用せんとするが如し。
或は与へられたる冷水にf’の熱を加えて七
十度もしくは八十度の感を生ぜしめんとする
が如し。この点において(f+f’)を以て
示し得る数種の文学的表現法は、(吾人が取
材に就て写実法と対したる)浪漫、理想諸派
とその傾向を同じくすと断言するを得べし。
如何となれば後者は既与fに対して工夫を費
やす事の代りに始めより高度のfを有する材
料を使用するが故に当初より冷水を厭ふて八
十度もしくは九十度の熱を含める材料を提げ
来るが故にその効果よりいへば(少なくとも
その傾向よりいへば)彼是相通ずるの特点を
有すればなり。取材の上において命名せる浪
漫、理想諸派の特色と、表現上みおいて概括
せる(f+f’)の公式を有する諸法がこの
点において一致する時、吾人は取材の上にお
いてのみ用ゐられたる浪漫、理想の語が単に
取材に限らるるのみならず、これら表現の諸
法の上にも当然冠せらるべき性質を有するを
信ず。ここにおいてか取材法において写実派
に対するに浪漫諸派を以てしたる、吾人は更
に表現法においてもまた写実に対するに浪漫
理想を以てして、この浪漫理想の語中に(f
+f’)の理想に引き直し得べき文学的表現
法の特色を含蓄せしめんとす。この約束の成
立する時、吾人の写実といひ、浪漫といひ理
想といふは皆二様の意義を負ふるを見る。而
して両者の結合より種々なる変形の生ずるを
見る。表現の写実にして取材の浪漫なるもの
あり。取材の写実にして表現の浪漫なるもの
あり。両者共に写実なるものあり。両者共に
浪漫なるものあり。これを表に示せば左の如
し。
     取材法  表現法
浪漫派   120      120
            110      110
            100      100
             90       90
             80       80
             70       70
             60       60
写実派    50       50 


読者の上に生じ得る情緒の分量
   2013/12/12 (木) 08:41 by Sakana No.20131212084131

12月12日

「下表は取材、表現の二法にわたつて諸流の
読者の上に生じ得る情緒の分量を比例的に示
したものです」
「こんな表が何の役に立つのかわからん」
「基準になるのは写実法です。写実法は材料
を普通の事物に取りますから、非常なるfを
生じることはめったにありません。かりにこ
のfの数量を50ということにしましょう。取
材、表現ともに50です」
「粉飾の必要がないから、情緒の量も少ない
というわけか」
「写実法から一歩離れて浪漫法に向けて一歩
進めば、取材法と表現法の数量が十づつ増え
て60、70、80、90、100、110、120になります。
もちろん仮の数字です」
「なんだ。それだけのことか」

  取材は写実に始まって幾多の階段を経て浪
漫派の高度(附理想派)に達す。表現も同所
に始まってまた同様の階段を経て同様の高度
に終る。文章は一句の末より一節一章の長き
に至つて取材、表現の結合なるが故にこの両
方の数多きに従つてその結合の数もまた多き
は争ふべからず。而して浪漫、写実の二法は
単に両極をとって命名せるが故に両間に介在
して、或は一に近く或は他に近かく、順を追
ふて羅列するに堪へざるほどの変化を産すべ
し。而してこの変形の個々が悉(ことごと)
く取材表現の二者に分かるるを以て、またこ
の二者のいづれをか組み合わせて始めて文章
を作るを以て吾人の実際に当つて文を評し詩
を品するは比較的に錯雑なる解剖を経ざる好
尚に支配せらるるは疑ひなし。
 欄内に記入せる数字は取材、表現の二法に
わたつて諸流の読者の上に生じ得る情緒の分
量を比例的に示せるものなり。下端に位する
写実派は材を普通の事物に取る。普通の事物
に非常なるfを生ずる事少なし。かりにこの
fの数量を示すに50を以てす。写実派の表現
法に至つては固(もと)より何らの潤沢と粉
飾を要ぜざるが故にそのfまた下端に位して、
これを示すにまた50を以てす。これより以上
取材を変ずる事一度びにして十を増し二十を
増し遂に百二十に至る。百二十とは単に高度
を示すにとどまつて、必ずしも百二十ならざ
るべからざるは、猶五十の五十ならざるも不
可なきが如し。表現法にあつて写実を去る一
歩にして十を加へ、二歩にして二十を加へて
遂に百二十に至るは取材法の場合と異なるな
し。

     取材法  表現法
浪漫派   120      120
            110      110
            100      100
             90       90
             80       80
             70       70
             60       60
写実派    50     50



批評家の混迷
   2013/12/15 (日) 08:38 by Sakana No.20131215083810

12月15日

「写実派の得点は最下位にあるにも関わらず、
優に浪漫派と対するに足る」
「異議なし。老人は架空の刺激に堪えざるも
のなり」
「しかし、若い頃は、浪漫派の作品を読みふ
けっていたでないですか。浪漫派か写実派か
の優劣を論じ、批評の標準についての断案を
器械的に下すべきではありません。その標準
は時勢、年齢、両性、天稟の支配を受けて吾
人の嗜好の両極中に上下し、彷徨するからで
す」
「さようか」
「ジェーン・オースティンは20代の若さで
Pride and Prejudiceを著し、写実の泰斗とし
て百代に君臨するに足る、と漱石先生は言っ
ておられます。写実派を支持していることは
あきらかですが、それでも、断案は下してお
れません」

 写実派の得点は最下位にあるにも関わらず、
その自然に近きの点において、その現実を詐
(いつ)はらざるの点において、その無邪気
なる点において、功を求めざるの点において、
最後に平淡のうちに意外の深さを寓し得るの
点において、優に浪漫派と対するに足る。而
してその失は平凡に陥るにあり。無味に堕す
るにあり。勃(ぼつ)そつに終わるにあり。
何等の風格を存せざるにあり。浪漫派(附理
想派)の得所はその刺激強きにあり。その斬
新なるにあり。縹渺の韻を具するにあり。血
肉を緊張するにあり。張胆刮目の功を読者の
上に収むるにあり。もしその弊を論ずれば一
にして足らず。或は不自然とな、嫌味となり、
幼稚となり、滑稽なる覇気となり、滅裂なる
突飛となる。吾人の嗜好がこのいずれに僻す
るかは時勢により、年齢により、両性により、
最後に天稟の資質による。Elizabeth朝の文
学は無上に浪漫的なるものあり。後人その想
像の豊富なるに驚ろくと共にその無制限に飛
躍するを嘲けらんと欲す。老人は架空の刺激
に堪へざるものなり。青年の剣を舞はして
<きょき>し酒を被って長嘆するを見てその
勇を賞すると共にその稚気あるを憐れまずん
ばあらず。女子は最大級を好むものなり。三
五の児女を擁するもの猶かつ杜撰荒唐の小説
を愛して恥ずる事なし。AustenのPride and
Prejudiceを草するとき年歯科廿を越ゆる事
二、三に過ぎず。しかも写実の泰斗として百
代に君臨するに足る。凡そこの数者は皆時勢、
年齢、両性、天稟の支配を受けて吾人の嗜好
の両極中に上下し彷徨するを示すものなり。
この故に如何なる結合が百世に通じて尤も完
全なる文字を産し得べきやは器械的に断案を
下すべからず。吾人はかくして批評の条目を
定め得べきも、批評の標準に至つては遂に定
むべからざるなり。もし強ひてこれを定めん
とせば、各条目内においてするを穏当とす。
一条目において建立し得たる標準を机上に安
置して、妄りに他の条目に属すべき性質を律
し去らんとするとき毫麓千里の誤を生じ易し。
これを批評家の混迷といふ。


第七章 写実法の復習
   2013/12/18 (水) 08:55 by Sakana No.20131218085504

12月18日

「以上で第四編 文学的内容の相互関係 
第七章 写実法 の講読は一段落です」
「年内に読了できてよかった」
「第四編で英訳されたのは第七章だけだすよ。
念のため、文芸上の真を発揮する手段8項目
の表を見直してください」
「この表は英訳者がつくったものか?」
「出所は塚本利明『文学論の比較文学的研究 
その発生について』だそうです」
「写実法だけが英訳されたのはなぜだ?」
「よくわかりませんが、漱石先生が『文学論』
を著述していた頃の日本では自然主義文学の
興隆期でした」
「それにしても、写実法は他の項目と比べて、
とってつけたような印象を受ける」
「写実法は対置法とともに、Contrast(対比)
に分類されていますが、おそらく浪漫的方法と
写実的方法との対比という観点からここに入っ
ているのだろうと思います」
「まぎらわしいね。今さら文句をいっても、ど
うにもならないが」

A. Similarities(類似)                     Corresponding Figures of Speech
  1)投出語法 Projection          Personification or prosopopeia
  2)投入語法 Introjection                Metaphor, simile
  3)自己と隔離せる連想 Dissociation      Metaphor, simile, allusion
  4)滑稽的連想 Comic Association         Pun, Wit      
    口合、頓才                                
  5)調和法 Harmonization Technique       None
B. Contrast(対比)
  6)対置法 Counterposition
    緩勢法      a) methods of emphasis           Litotes
    強勢法      b) methods of attenuation        Antithesis
   (附)仮対法  [pseudo-opposition]              Antithesis and climax
    不対法      c) method of nonopposition       Burlesque
  7)写実法      Technique of realism (shajituho) None
C. Contiguity(近接性)
  8)間隔論      Distance                 Temporal (vision)
                                             Spatial (expansion of vision)


冬休み
   2013/12/21 (土) 08:43 by Sakana No.20131221084354

12月21日

「『文学論』講義第2ラウンドもいよいよ最
後の第五編 集合的F です」
「年末は大掃除や煤払いで忙しい」
「それでは冬休みをいただいて、年明けまで
自習ということにしましょう」
「自習するといっても何を?」
「それは第四編 文学的内容の相互関係(眞
を伝ふる手段/聯想法)です。今回は英訳され
ている第七章 写実法しか読み直していない
ので、第一章から第六章までの投出語法、投
入語法、自己と隔離せる聯想、滑稽的聯想、
調和法、対置法)、それに第八章 間隔論を
自習し、相互関係をよく理解しておいてくだ
さい」
「了解」
「来年は1月5日(日)からはじめます」


Fの消息
   2014/1/5 (日) 09:17 by Sakana No.20140105091738

2014年01月05日

「それでは文学論第五編 集合的Fを読むこ
とにしましょう」
「英訳はあるのか」
「前半の第三章まで、即ち、
 第一章 一代における三種の集合的F
 第二章 意識推移の原則
 第三章 原則の応用(一)
までについては英訳がありますが、後半の三
章、即ち、
 第四章 原則の応用(二)
 第五章 原則の応用(三)
 第六章 原則の応用(四)
は英訳がありません」
「原則の応用は、とりあえず(一)をしっか
り読み直し、あとは自習ということなのかな」
「<この編に詳論せんとするは、この記号F
の消息なりとす>──要するに、文学者の意
識に上るFを科学者の意識に上るFと対置さ
せて論じることになります」

 吾人は吾人の意識中より文学的材料となり
得べきものの性質を限りて、幾多の例証にこ
れを説明せり。次にこれらの材料を彼此(ひ
し)比較考量して、その特色よりこれを四種
に分類せり。これを分類せる後これらの材料
中に起こる相互の関係を論述し、かねて表現
の方法として彼此代用し、甲乙相合(あいが
つ)するの道を講じ、遂に表現より逆行して
取材の領域に入れり。吾人はその中間におい
て文学的材料の意識の上(のぼ)る事多き文
学者の意識を論じて、科学者のそれと対置せ
り。この編に詳論せんとするは、この記号F
の消息なりとす。




ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 終了] <照会>
 
「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe