夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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情緒転置の経路
   2013/5/30 (木) 18:13 by Sakana No.20130530181310

05月30日

「ボッカチオ『デカメロン』の引用箇所から
の情緒転置の経路を示すと、次のようになり
ます」
「Fとそれに伴うfが恋人→生首→植木鉢と
転置していく」
「もう一例は、ポープの『アベラールとエロ
イーズ』からです」
「アベラールの手紙を受け取ったエロイーズ
が、相手の名を見ただけで悲しみを呼び覚ま
され、ため息とともにその名を口にし、涙が
あふれでる」


  この場合における情緒転置の経路を示せば、

      Lorenzo         生首    植木鉢
 (1)  ────;(2) ────; ────
        f        f      f

となるべし。また更に一例を重ぬれば、かの
PopeのEloisa to Aberard中にある左の一節の
如し。EloisaはAberardにいふて曰く、
 "Soon as thy letters trembling I unclose
  That well-known name awakens all my woes
  Oh name for ever sad! for ever dear!
  Still breath'd in sighs, still usher'd with a tear." ---ll. 29-32
(震える手で君の便りを開けば、/
  親しい君の名が私の悲しみを呼び覚まします。/
  ああ、いつまでも恋しく、いつまでも愛しいその名よ!/
  ため息とともに口にし、涙とともにあふれ出るその名。──二九ー三二行)


感情拡大の法
   2013/6/2 (日) 08:31 by Sakana No.20130602083144

06月02日

「F(焦点的印象または観念)の増加に伴う
f(情緒的要素)の増加を支配する三つの法
則の第一は感情転置法、第二は感情拡大の法
です」
「小さな悲しみが大いなる悲しみに拡大する
ような現象か」
「そうではありません。新しく出来たFに新
しいfが附着し、その結果として文学の内容
を富ましむるという現象です」
「それなら感情拡大というのはおかしい」
「ですから、仮に名づけて感情拡大の法と
いうのです」
「とりあえず仮に名づけたのなら、正式な名
称に変えるべきだ。あれからもう百年も経っ
ているのだから」
「でも、漱石先生はお亡くなりになりました
から、変更するわけにはいきません」

 (二)の法則は仮に名づけて感情拡大の法
といふ。即ちfの移推にあらずして新しく出
来たるFに新しきfの附着しその結果として
文学の内容を富ましむるの意なり。先に知的
材料の特性を述べたる時いへることあり。知
的材料はその性質抽象的なるを以て、従って
吾人の日常生活に直接の関係少なく、従って
多量の情緒を起こすこと難しと。即ち科学者
の法則または概念の如き、少なくとも人間一
般に日常直接の利害関係少き故を以て、結果
としてfを誘ひ得ざるをことしばしばなるを
説けり。然るにも関せず、むつかしき理論と
いへども漸々人の脳髄に染み込みて(仮令
(たとい)これが吾人の生命を支配すること
なくとも)これを普通一般の智識の程度まで
に通俗化するときは、このFは新しきfを得
て文学のうちに席を得来るものなり。



造化にしたがひ造化に帰れ
   2013/6/5 (水) 08:35 by Sakana No.20130605083517

06月05日

「感情拡大の法の例としてテニソンの詩『イ
ン・メモリアム』の一節をご紹介します」
「自然は種の保存にはこんなにまで心を配る
ようでありながら、/個々の生命にはこんなに
も冷たい──なるほど、まさにその通りだ」
「これは進化論者の主張を約言したものですが、
十七世紀の人にはこのようなFもfもありませ
んでした」
「心花にあらざる時は鳥獣に類す。夷狄を出で、
鳥獣を離れて、造化にしたがひ造化に帰れとな
り──このような(F+f)に恵まれれば、テ
ニソンの詩を読んで感情を拡大する必要はない」
「二十一世紀の人は十七世紀の人よりも視野が
広くなり、感情を拡大しているはずです」
「きみの(F+f)は芭蕉よりも拡大している
のか」
「芭蕉にもテニソンにも遠く及びません。せめ
て漱石先生の感情のレベルに迫ろうとはかない
努力を続けているのですが」

  例へば
"So careful of the type she seems
 So careless of the single life."
---Tennyson. In Memoriam. St. iv
((自然は)種の保存にはこんなにまで心を
配るようでありながら、/個々の生命にはこん
なにも冷たい)
──テニソン『イン・メモリアム』第五十五連)
の如きは疑もなく進化論者の説くところを約言
したるものにして、十七世紀の人にはこのFな
し。従ってこれを(F+f)に改むるに由なし。
十八世紀においてもまた然り。而して十九世紀
の人と雖(いえど)も進化論の始めて世に出で
て、単に学者の一部にのみ認識せられ未だ一般
に普及せざりし当時に在(あ)りては、この説
は一種のFありてfなきものなりしならん。然
るに現今に至りこの新Fは漸次普通人間の認識
するところとなり、いつの間にやら一種のfを
伴ふに至りしなり。


高等な内生植物
   2013/6/8 (土) 08:53 by Sakana No.20130608085345

06月08日

「感情拡大の文例を追加します。噂話(ゴシ
ップ)は花から花へと花粉を運ぶ羽の生えた昆
虫にたとえたメレディスの『オーモント卿と彼
のアーミンタ』からと人間は棕櫚(しゅろ)の
ように、内部から外部に向けて成長する、高等
な内生植物だというエマソンの『代表的人物』
からです」
「人間は動物なのに、高等な内生植物という発
想は面白い」
「人間は誰でもが高等な内生植物とはかぎりま
せん。エマソンが言うのは代表的人物だけです」
「エマソンが代表的人物にあげているのは誰だ」
「プラトンとシェイクスピア、それからスウェ
ーデンボルグ、ゲーテ。特にプラトンですね。
<哲学はプラトンである。プラトンは哲学であ
る>」
「プラトンは植物(プラント)である」

"Gossip must often have been likened to 
the winged insect bearing pollen to the
flowers; it fertilizes many a vacuous
reverie."
---Meredith, Lord Ormont and His Aminta, chap. vii.
(噂話は、花から花へと花粉を運ぶ羽の生え
た昆虫にたとえられることが多かったはずだ。
あれこれとたわいない空想い実を結ばせるの
だから。
──メレディス『オーモント卿と彼のアーミンタ』第七章)
の如きも植物学上の智識が一般に認識せられ
普遍化せらるるに至りて始めて文学の材料と
なり文界を賑わすものとす。
"Man is that noble endogenous plant which
grows like the plant from within, outward."
---Emerson. Representative Men.
(人間は棕櫚のように、内部から外部に向けて
成長する、あの高等な内生植物である。
──エマソン『代表的人物』)


死というFに伴うf
   2013/6/11 (火) 08:19 by Sakana No.20130611081911

06月11日

「人は生きながらへんがためにあくせくして
おり、死に対しては不快、恐怖等のfを抱く
のがふつうですが、なかには進んで死をのぞ
む人もいます」
「文学者では芥川龍之介、太宰治、三島由紀
夫、川端康成など。その他の日本人でも最近
は年間約3万人」
「バルザックの短編小説『生きるべく運命づ
けられ』では、ただ一人生き残った人の悲運
が描かれているそうです」
「去るも地獄、残るも地獄」
「その場合のfは転置法ではありません。感
情拡大法です」

 以上は単に知的材料につきてのみいひ得るこ
とにあらず。死は吾人の最も忌むところなり。
吾人は生ながらへんがために苦労し、生ながら
へんがために苦労し、生ながらへんがために齷
齪(あくせく)す。吾人の所為は凡(すべ)て
皆生のためなり。故に死といふFには常に不快、
恐怖等のfの伴ふこと万人共通の性(さが)な
るが如きも、世の中が今日の如くに遷移し来る
時は進んで死を希(ねが)ふ者を生ず。即ち死
において快感を起す者を生ず。即ち死なるもの
に従前とは全く反対のfを時と場合により附着
し得るに至りしなり。生を苦しと観じて死を喜
ぶ者、生を恥として死に就くもの、生甲斐なし
とて死を欲するものにこの種のfを附して一詩
を詠じ、仏のBalzacは同種の題目の下に短編小
説を作りたることあり。題してDoomed to Live
(生きるべく運命づけられ)と称す。武門の名
折れなりと皆々先を争ふて死に赴く時、ただ一
人留まって先立つ人を介錯すべき運命、即ち生
の非運に際介せる心情の苦悩を描き出せるもの
故にこれをかく題したるなり。我国昔時の歌舞
伎に繰り返へされし月並の筋なり。
 これらは転置にあらず。ただ新しき一種のF
にfを附着し来るに過ぎず。故にこれを拡大法
と名(なづ)けたるなり。


情緒の固執法
   2013/6/14 (金) 09:07 by Sakana No.20130614090754

06月14日

「F(焦点的印象または観念)の増加に伴う
f(情緒的要素)の増加が支配されている三
つの法則は、第一に感情転置法、第二に感情
拡大法、そして第三が情緒固執法です」
「情緒の固執というのは未練たらしくて感じ
が悪い」
「季子剣を贈ると約して還ればその人既に
あらず。即ち剣を約せし人の墓にかけて去り
ぬ──未練たらしいどころか、さっぱりして
いて、後をひきません」
「季子とは誰だ」
「春秋時代、呉の人です。史記を読んでくだ
さい。それから漱石先生の俳句に<春寒し墓
に懸けたる季子の剣>があります」
「漱石は情緒固執のタイプらしい」
「貞女両夫に見(まみ)えず、というのも感
情固執法の例です」
「永井荷風の日記に次のような記述がある。
<九月廿二日 終日雨霏々たり、無聊の余近日
発行せし改造十月号を開き見るに、漱石翁に関
する夏目未亡人の談話を其女婿松岡某なる者の
筆記したる一章あり、漱石翁は追蹤狂とやら称
する精神病の患者なりしといふ、又翁が壮時の
失恋に関する逸事を録したり、余此の文をよみ
て不快の念に堪へざるものあり、縦へ其事は真
実なるにもせよ、其人亡き後十余年、幸にも世
人の知らざりし良人の秘密をば、未亡人の身と
して今更之を公表するとは何たる心得違ひぞや、
見す見す知れたる事にても夫の名にかゝはるこ
とは、妻の身としては命にかヘても包み隠すべ
きが女の道ならずや、然るに真実なれば誰彼の
用捨なく何事に係らず之を訏きて差閊へなしと
思へるは、実に心得ちがひの甚しきものなり>」
「荷風が何と書こうと、鏡子夫人が亡夫への感
情を固執して、再婚しなかったのは貞女の鑑だ
と思います」

 (三)は転置にも、拡大にもあらず、仮に
これらを情緒の固執法となづく。即ち(a)F
そのものが消滅するか、或は(b)Fそのものに
fを附着する必要なきにもかかはらず因襲の
結果習慣上より従来のfを附着せしむるをい
ふ。
 (a)例へば、約束の如し。約束より生ずる
感情は相手が死すると同時に消滅して然るべ
きものとす。然るに吾人が依然として生前、
死後同一の感じを以て約束に対す。伝へいふ、
昔し季子剣を贈ると約して還ればその人既に
あらず。即ち剣を約せし人の墓にかけて去り
ぬと。剣を墓にかくるも何らの効あらざるべ
し。されども彼の情緒が友の死後においても
生前におけるが如く約束の履行を彼に促した
るが故にかかる挙動に出(いで)しのみ。更
に一例を挙ぐれば、婦人の貞操の如し。貞女
両夫に見(まみ)えずといへど、凡(およ)
そ夫死すれば妻の貞操の義務当然消滅すべき
は明白ならん。然るを世は婦女をして両夫に
見えしめず、女も見えざるを以て得意とし名
誉とす。これ全くその情緒の持続するを証す
るものなり。余が「情緒の固執」と名づくる
はこの意味なり。


虚栄の市
   2013/6/17 (月) 09:56 by Sakana No.20130617095627

06月17日

「貞操についての感情固執の好例がサッカレ
イ『虚栄の市』にありますので、読んでくだ
さい」
「そんな古い小説を読むヒマなんかない」
「夫の死後、二夫にまみえずと貞節をまもっ
てきたアミーリアが遂に再婚することになっ
たという話ですが、どう思いますか」
「おめでとう」
「何となく興味の索然たるを覚えませんか」
「覚えないね」
「この世ではいいとしても、天国で奥さんが
もう一人の夫を連れてきたらどうしますか」
「天国なんかない」
「もしあったとしたら?」
「子、怪力乱神を語らず」

 左に貞操につき好例あり。Thackerayの著
Vanity Fair(『虚栄の市』)の女主人公
Ameria はその夫なるGeorge Osborneの死後
よくその貞節をまもり、大に読者の同情を買
ふは人の知る所なり。この時Win. Dobbinな
るものありて頻(しき)りにいひ寄れども
Ameriaは中々に承知せず、"It is you who
are cruel now," Ameria said with some
spirit. "George is my husband, hear and
in heaven. How could I love any other
but him? I am his now as when you first
saw me, dear William." (chap.lix) ((「意
地悪をなさっているのは今度はあなたですわ」
とアミーリアは色をなして言った。「ジョー
ジは私の夫です。この世でも天国でも。あの
人以外の誰を愛せるものですか。ねえ、ウイ
リアム、あなたにはじめてお会いした時と変
わらず、私は今もあの人のものです。」──
第五十九章)などいふところ頗(すこぶ)る
吾人を感動せしむるが如し。然るにその後遂
にDobbinの切なる情にほだされ再婚の運びに
至るとき、吾人は何となく興味の索然たるを
覚えざるを得ず。正当に考ふれば夫死して十
年の後、他家に嫁するは毫も責むべきことに
あらず、世の常の女は夫を失ひて半歳一歳に
して早速後添の選定に着手するにあらずや。
吾人はこれらの事実を日常目撃しながらも、
尚この段に至りて何となく竜頭蛇尾の感を生
ずるは、貞操の内容たるFが消えさりて後も
尚ほ執念深くfのみを固執するに外ならず。


旧藩侯の前に叩頭平身
   2013/6/20 (木) 06:22 by Sakana No.20130620062216

06月20日

「誤記があります。一行目の<Fその物は消滅
せず>は<Fその物は消滅し>と読んでくださ
い」
「そんなあきらかに誤記とわかっている箇所は
さっさと修正すればよい」
「かりそめにも漱石先生の御文章です。軽々し
く修正することはできません」
「そういう卑屈な姿勢は今の世の旧臣と称する
もの旧藩侯の前に叩頭平身して従前の封建的旧
態を改めざるが如き>感情固執法の好例だ」
「そんなことをいったって、今の世に旧藩侯の
前に叩頭平身するような旧臣はいません」
「その代わり、文豪の権威の前にただひたすら
叩頭平身する読者ならゴロゴロいる」

 (b)即ちFその物は消滅せずまた従来の如
き情緒をこれに附着するに及ばざる場合におい
ても依然としてfの固執すること多し。今の世
の旧臣と称するもの旧藩侯の前に叩頭平身して
従前の封建的旧態を改めざるが如き、或は前回
に反復論じたる超自然力の如く知力よりこれを
点検すれば毫もこれに対して情緒をひき起すべ
き理(ことわり)なきにもかかはらず、これら
を一度文学的材料として使用する時は、旧来附
着し来りし頑強なる情緒は遂にこれを切断し能
はざるが如き凡てこの現象に属す。
 但しこの固執の法に反して、Fの古くなるに
つれ、昔しこれに附着せるf次第に減少するこ
とも一つの法則として認ぶべきなり。永き時間
を通観すれば、かかる例は一、二にして止らざ
るべし。文学書中にても古人の感興を引きし者
にして今人のこれを引き難きあり。(西洋人に
はfを誘起すれども、吾人にはfの起り来らざ
るFあるが如く)。かの流行唄(はやりうた)
の如き一時は強大のfを有すれども、一定の時
間を経過し尽せば全くfを失ふものなるが故に
何人も最早(もはや)これを論ずることなきに
至る。されども如此(かくのごとく)fを失ふ
ものは固執のものに比しその数において善く劣
りたるを以て(F+f)は依然増大の方向にあ
るものといふて可なり。


世界文化遺産
   2013/6/23 (日) 08:05 by Sakana No.20130623080551

06月23日

「第一に感情転置法、第二に感情拡大法、第
三に情緒固執法として、(F+f)の増加が
支配されている三つの法則を説明しました。
図は省略しましたが、岩波文庫版『文学論』
上の190ページを参考にしてください」
「漱石の言わんとしていることはだいたい理
解できたが、その三つの法則は知的遺産とし
てわが国の文学界で継承されているのだろう
か」
「それは岩波文庫も復刊されており、間違い
なく継承されていると思います」
「どうだか。(F+f)の減衰の法則も考慮
したほうがよい」
「『文学論』は不滅です」
「そのためには、富士山とともに、ユネスコの
世界文化遺産にも登録したほうがよい。あれ(富
士山)が日本一(にほんいち)の名物だ。あれ
よりほかに自慢するものは何もない。ところが
その富士山は天然自然に昔からあったものなん
だからしかたがない。我々がこしらえたものじ
ゃない」と偉大なる暗闇の先生が三四郎に言っ
ている」
「<日本は亡びるね>とも言っていますね」
「日本が亡んでも、『文学論』が残るようにす
るには世界文化遺産に登録するしかない」

F(焦点的印象または観念)の増加に伴う
f(情緒的要素)の増加が支配されている三
つの法則は、第一に感情転置法、第二に感情
拡大法、そして第三が情緒固執法です」

 さて以上の所論にて情緒(Fに附着する)
は数において増加し、またFその物も増加す
るを以て(F+f)なる文学的材料は性質に
おいて増加すべきものなること明(あきらか)
なり。これを表に示せば左の如きなり(省略)。
 図中竪(たて)なるは固執を示す。即ち a
なる情緒は第一期より六期まで固執すれば(F+a)
なる材料は終始貫きて存在するものなり。さ
てこの a が第二期には転置法により(F+a')
となり同時に拡大法により(F’+b)なる分
子を生ず。漸次かくの如くにして第六期に至れ
ばその文学の材料たるべきもの上図不定形の底
の諸室を集めたる内容なりとす。(Waldsteinの
Lecture on the Extension of Art)なる小冊子
あり。序(ついで)に一読するを可とす)。


fに伴ふ幻惑
   2013/6/26 (水) 07:09 by Sakana No.20130626070940

06月26日

「第二編 文学的内容の数量的変化の英訳は
第一章 Fの変化、第二章fの変化までとな
っています」
「第三章 fの幻惑 の英訳は省略か。なぜ
省略したのだろう」
「それはわかりませんが、岩波文庫の191ペー
ジからから268ページまで、びっしり情報がつ
まっています」
「fの幻惑情報だね」
「ええ。三種あります。1)読者が著書にたい
して起すf。2)作者がその材料に対して生ず
るf、またこれを成就したる時生ずるf、3)
作者の材料たるべき人間、禽鳥のf(無生物に
はfなきものと仮定して)」
「さしあたって興味があるのは1)読者が著書
にたいして起すfだが」
「面白い現象があります。実生活では留意せざ
るもしくは留意するに堪へざる、聞きづらき、
居づらき境遇等も、これらを一回転して間接経
験に改むる時はかえって快感を生ずるに至るこ
とがあります」
「それが読者の立場から見た場合の文学の効用
かもしれない」
「嘘も方便といいますが、幻惑も方便ですね」



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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe