夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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聴覚
   2013/1/30 (水) 08:28 by Sakana No.20130130082853

01月30日

「次は聴覚、これが文学的内容の基本成分だ
ということは説明する必要はないでしょう。
<音楽なる特殊の技術が独立して存在するに
よりても知りうべし>」
「音楽の役割は文学よりも映画のほうが大き
い」
「聴覚が基本成分であることは文学も映画も
同じです」
「引用文とJAMの訳文が混在していてわかりに
くい。もっとわかりやすいように並べてくれ」
「要するに聴覚が基本成分の一つだというこ
とを確認するだけですから、引用文はあまり
気にしなくていいですよ。私はもっぱらボケ
防止と指の運動のためにキーボードをたたい
います」

「聴覚。この感覚が美的快感の重要なる地位
にあることは、音楽なる特殊の技術が独立し
て存在するによりても知りうべし。また詩に
音を重(おもん)じ、韻を尚ぶも全くこの感
覚を利用せんとするに外ならず。さらさらと
なる衣(きぬ)の音、がさがさと吹き寄る庭
の落葉、さては風の音、雨の音、雷の音、濤
(なみ)の音、鳥の音、天下の音はもとより
限なし。時には単に音の感覚のみを以て立派
なる文学を構成し得べしと信ずることあり。」
"Hearing. The position this sense occupies
in the production of pleasurable aesthetic
sensation can be discerned from the fact
that music exists as an independent art form.
That sound is stressed and rhythm revered in 
in poetry is nothing other than an attempt to
utilize this sense. The rustling of a garment;
the scuttling of fallen leaves in a garden,
the sound of wind, rain, thunder, waves; the
cry of a bird---there is no limit to the sounds
on this earth. At times I believe it is possible
to construct quite fine literature simply from
this sense of hearing."
    (translated by JAM)

"Duke. If music be the food of love, play on;
 Give me excess of it, that, surfeiting.
 The appetite may sicken, and so die.
 That strain again! it had a dying fall;
 O, it came o'er my ear like the sweet sound
 That breathes upon a bank of violets,
 Stealing and giving odour!"
  ---Twelfth Night. Act I. sc. i ll. 1-7
(音楽が恋の糧ならば、奏でつづけてくれ。/
たっぷりと奏でて私が聞き飽き、/もういいよ
といういう気持になってしまうまで。/あの調
べをもう一度! 消えいりそうな終わり方だっ
た。/ああ、菫咲く堤に吹きわたり、/芳しい香
りをかすめ取って撒き散らす/甘い響きのように
わが耳には聞こえた。
──「十二夜」第一幕第一場、一ー七行)
"I chatter over stony ways,
   In little sharps and trebles,
 I bubble into eddying bays,
   I babble on the pebbles." 
  ---Tennyson. The Brook
(わたしは石の川床をざわめき流れる、/
 小さい甲高い声をあげて。/
  渦巻く入江には泡立ちつつ流れ込み、/
  小石の上ではつぶやきながら
──テニソン「小川」)
"I heard the water lapping on the crag,
   And the long ripple washing in the reeds."
  ---Tennyson. The Passing of Arthur."
 (水が岩にひたひたと寄せ、/
   長いさざ波が葦の間を洗うのが聞こえた。
──テニソン「アーサー王の死」
「沙翁を鳥に比しその詩を鳥の良音に比するは、
これ即ち世の人、鳥の声を珍鳥する証なりとい
ひ得べし」
"That Shakespeare would be likened to a bird
and his poetry to their sweet song is a 
testament to how prized the sound of the bird
is to people in this world."
      (translated by JAM)
"Or sweetest Shakespeare, Fancy's child,
  Warble his native wood-notes wild."
  ---Milton. L.'Allegro. ll. 133-4
  (あるいはこよなきシェイクスピア、空想の子が/
    ふるさとである森の調べを元気よく囀る。
──ミルトン「快活の人」一三三ー一三四行)
"By this the storm grew loud apace,
 The water-wraith was shrieking;
 And in the scowl of heaven each face
 Grew dark as they were speaking.
 ---Campbell. Lord Ullin's Daughter)"
 (おりしも嵐の音はどっと高まり、/
   水の精は金切り声を上げた。/
   険悪な空模様の下、どの顔も/
   ものを言いつつ暗さを帯びた。
──キャンベル「アリン卿の息女」



視覚
   2013/2/2 (土) 07:54 by Sakana No.20130202075456

02月02日

「触覚、温度、味覚、嗅覚、聴覚とともに、
視覚も文学的内容の基本成分です」
「視覚と聴覚は基本成分中の基本成分だね。
視覚は絵画、彫刻、聴覚は音楽の基本成分で
もある」
「fを附帯するFの数多きこと到底算し尽す
こと能はず、というのですから、視覚を基本
成分とする文学的内容だけでも数えきれない
ほど多いということになります」
「要するに、<fを附帯するF>というのが
漱石の目のつけどころだ」
「そうでしょうね」
「Fだけなら情報としてコンピュータで処理
できるが、fはそうはいかない」
「石川や浜の真砂は 尽きるとも世に文学の種
は尽きまじ」

「視覚。絵画、彫刻の如き古今東西にわたり
て完全の歴史を有する芸術も全くこの視覚に
その立脚地を置きし者にて、下は単純なる単
調的色彩より、上は複雑極まる例へば人体骨
格の組立てに至るまでその間fを附帯するF
の数多きこと到底算し尽すこと能はず。」
"Sight. As with painting and sculpture,
fully realized artistic traditions East
and West find their basis in the sense of
vision. The range that stretches from 
simple colors all the way to complex cimposite
figures, such as the human form, provide a
quantity of possible F's, with their
accompanying f, that is simply incalculable."
   (translated by JAM)



耀き
   2013/2/6 (水) 07:33 by Sakana No.20130206073336

02月05日

「視覚は耀き、色、形、運動に分けて解説し
てありますが、まず耀き(Light)から」
「なんだホフマンとキーツとワーズワスの例
文をならべているだけじゃないか。解説がな
いぞ」
「一目瞭然──解説するまでもないことです」
「ここは漱石の手抜きだな」
「例文を収集するのがたいへんなんです。文
句があるなら、自分で収集してください」

(a) 耀き

"Sparkling and bright in liquid light
  Does the wine iyr golden goblets gleam in;
 With hue as red as the rosy bed
  Which a bee would choose to dream in."
---Charles Hoffman (1806-84), Sparkling and Bright.
 (光の液体となってきらきらとまばゆく、/
  葡萄酒はわれらの酒杯に輝く。/
  蜂がまどろみの場所をもとめる/
  薔薇の花床のように赤く。
──ホフマン「きらきらとまばゆく」)
"There shot a golden splendour far and wide,
 Spangling those million poutings of the brine
 With quivering ore."
---Keats, Endymion. Bk. I.ll. 350-2
 (金色の輝きが遠く広く射し込み、/
  海の水の無数の飛沫(しぶき)を/
  震える黄金(こがね)できらめかせた。
──キーツ『エンディミオン』第一巻、三五○ー三五二行)
"A violet by a mossy stone
 Half-hidden from the eye!
---Fair as a star, when only one
  Is shining in the sky."
  ---Wordsworth. She dwelt among the untrodden ways.
 (苔むした石のかたわらの菫
  人目から半ば隠れて!
  ──ただ一つ空に輝く
  星のように美しく
──ワーズワス「彼女は人知れぬ里に住んでいた」)

 



   2013/2/8 (金) 06:23 by Sakana No.20130208062322

02月08日

「視覚で(a) 耀き、に続いて、(b) 色、の文
例が紹介されています」
「フッド「昔と今」、シェリー「西風によせ
るオード」、コールリッジ「老水夫の歌」─
─噂には聞いたことがあるが」
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目
にも見よ──まさに豪華絢爛ですね」
「わかった」
「この節の印象如何に色に富むかは一読の後
明白なるべし」

(b) 色

"I remember, I remeber
 The roses, red and white.
 The violets and the lily cups---
 Those flowers made of light !
 The lilacs where the robin built,
 And where my brother set
 The laburonum on his birthday.
 The tree is living yet !"
---Hood. Past and Present.
 (思い出す、思い出す/
   赤い薔薇、白い薔薇を/
   菫や、また鈴蘭を──/
   光からできたそれらの花々を!/
   駒鳥が巣をつくり、/
   兄が誕生日に/
   きんぐさりの花を飾ったリラの木を──/
   その木は今も生きている。
──フッド「昔と今」)

「この節の印象如何に色に富むかは一読の後
明白なるべし、(紅、白、緑等の文字をその
ままに使用せざるにも関せず)」
"The degree to which the impression of this
passage is rich with color should be clear
after one reading (whether or not the characters
for red, white, and green are used.)"
    (translated by JAM)

   "The leaves dead
 Are driven like ghosts from an enchanter fleeing
 Yellow, and black, and pale, and hectic red,
 Pestilence-stricken multitudes."
---Shelly. Ode to the West Wind. ll. 2-5
 (枯葉は/
   追われてゆく、魔法使いを逃れる亡霊のように。/
   黄の、黒の、蒼白の、また熱に冒されたような紅色の、/
   悪疫に襲われたる群衆よ!
──シェリー「西風によせるオード」二ー五行)

"Within the shadow of the ship
I watched their rich attire;
Blue, glossy green, and velvet black,
They coiled and swam, and every track
Was a flash of golden fire."
---Coleridge, [The Rime of the} Ancient Mariner, II. 277-8      
 (船影のなかに
  俺は彼ら(海蛇)の豊かな装いを見た。
  青の、輝く緑の、そしてビロードの黒の、
  彼らはトグロを巻き、泳ぎ、
  その跡は黄金(きん)色の煌めきだった。
──コールリッジ「老水夫の歌」)


飛ばし読み
   2013/2/11 (月) 08:42 by Sakana No.20130211084229

02月11日

「次は視覚の(c)形、そしてd)運動、ですが、
英訳は省略されています」
「翻訳者の手ぬきか」
「こんな断り書きが添えられています」
["Next are shape (c) and movement (d), followed
by a summary, where Soseki reads a long passage
from Shelly's Prometheus Unbound and analyzes
the different sense ratios, composed of constituent
parts and composite objects."]」
「省略されたページ数は?」
「岩波文庫版の51ページから138ページまでの87
ページです」
「そんなに手抜きをしているのか」
「ええ、でも、文学的内容の基本成分は、細部に
わたって文例を収集して分類し、説明しようとす
ればきりがありません」
「しかし、原作者が著述したことはすべて訳して
あげるのが礼儀だろう」
「それにも限度というものがあります。読者だっ
てついていけませんよ。おそらく『文学論』の真
面目な読者もこの辺でギブアップすると思われま
す」
「漱石がギブアップしなかったのは意地になって
いたのかな」
「頭がおかしくなったとか神経衰弱だとかいろい
ろ悪口を言われていましたからね。そんなことを
言うならこれを読んでみろ、という気分はあった
かもしれませんね」
「それで、文部省の役人が真面目に読んだかどう
かわからないが、ともかくおそれいって、文学博
士号を授与することにしたというわけか。漱石の
作戦勝ちだな」
「そのとばっちりをうける読者はたまったもので
はありません」
「飛ばし読みをすればいいんだ。この87ページは
飛ばし読みでよいと訳者がアドバイスしてくれて
いるのだろう」、


感覚比率
   2013/2/14 (木) 07:36 by Sakana No.20130214073630

02月14日

「前回にご紹介しました断り書きの英文で、
"sense ratios"というなじみない言葉が使わ
れていました。念のため再掲します。
["Next are shape (c) and movement (d), followed
by a summary, where Soseki reads a long passage
from Shelly's Prometheus Unbound and analyzes
the different sense ratios, composed of constituent
parts and composite objects."]」
「日本語に直せば<感覚比率>だよ。人間の身
体感覚の比率。たとえば、視覚50パーセント、
触覚20パーセント、味覚10パーセント、聴覚10
パーセント、その他の感覚10パーセントのような」
「漱石先生はそんなことは言っておられません」
「漱石は文学的内容の基本成分を分類するだけ
で、共通感覚に着目していない。『文学論』で
は肝心なことだと思うのだが」
「<感覚比率>なんて誰が言い出したのですか」
「誰が言い出したのかは知らないが、マクルー
ハンは、文字というメディアを獲得したことに
より、人間の知覚能力は聴覚への依存が低下し、
視覚への依存が高まったといっている」
「なるほど。すると、私たちもパソコンやケータイ
を利用することよって、感覚比率の変化が生じて
いるのかもしれませんね」


解き放たれたプロメテウス
   2013/2/17 (日) 08:09 by Sakana No.20130217080956

02月17日

「英訳が省略されたページが岩波文庫版『文
学論』の51ページから138ページまでの87ペー
ジ分だそうだが」
「ええ、視覚の(c)形、d)運動、それに"a summary, 
where Soseki reads a long passage from Shelly's 
Prometheus Unbound and analyzes the different 
sense ratios, composed of constituent parts 
and composite objects."、です」
「シェリーの詩を省略してしまったことについ
ては訳者も少し気にしているようだ」
「ええ、『解き放たれたプロメテウス』。これ
は有名な詩で、漱石先生はすべての感覚要素の
総合が美感を与える例として紹介しておられま
す」
「それが共通感覚だよ。流石漱石はわかってい
たんだな」

PANTHEA

And from the other opening in the wood
Rushes, with loud and whirlwind harmony,       (motion, sound)
A sphere, which is as many thousand spheres,   (form)
Solid as crystal, yet through all its mass
Flow, as through empty space, music and light: (brightness, sound)
Ten thousand orbs involving and involved,      (form)
Purple and azure, white, and green, and golden (colour)
Sphere withing sphere; and every space and between (form)
Peopled with unimaginable shapes,              (form)
Such as ghosts dream dwell in the lampless deep,
Yet each inter-transpicuous, and they whirl    (motion, brightness)
Over each other with a thousand motions,       (motion)
Upon a thousand sightless axiles spinning,
And with the force of self-destroying swiftness, (motion)
Intensely, slowly roll on,
Kindling with mingled sounds, and many tones  (sound)
Intelligble words and music wild.
With mighty whirl the multitudinous orb       (motion, colour, brightness)
Grinds the bright brook into an azure mist
Of elementary subtlety, like light;
And the wild ordour of the forest flowers,    (smell)
The music of the living grass and air,        (sound)
The emerald light of leaf-entangled beams     (brightness, colour)
Round the intense yet self-conflicting speed  (motion)
Seem kneeded into one aerial mass             (motion)
Which drowns the sense. Within the orb itself,
Pillowed upon the alabaster arms,             (touch)
Like to a child o'eerwearied with sweet toil,
On its own folded wings, and wavy hair.
The Spirit of the Earth is laid asleep,
And you can see its little tips are moving,
Amid the changing light of their own smiles.
Like one who talks of what he loves in dream."

パンシア

そして、森の別の口から/
高らかな、渦巻く調べを奏でながら、/
一つの球体が走りでる。
それは幾千の球体のようで、/
水晶のように堅牢だ。
しかも、その塊を貫いて、/
ちょうど虚ろな空間を通るように、
音楽と光が流れる。/紫いろに、空いろに、
白に、緑いろに、黄金(きん)いろに/
一万もの球体が互いに包み包まれ、/
球体のなかの球体となって/
そのあいだの空間には想像も及ばぬ姿のも
のどもが蝟集している、/
明かりの射すことがない深みに棲息すると、
亡霊たちが夢見るものども。/
しかも、球体はそれぞれが透明で、
一千もの見えない軸の上を/
一千の運動をしながら回転し/
互いに相手を越えようと渦巻いてゆく。/
そして自己破壊しかねない迅さで/
強烈に、緩やかに、厳粛に回転しつづける、/
交ざりあった音、多くの調子、聞き分け得る言葉、
奔放な音楽に燃えさかりながら、/
厖大な渦巻をともなって多くのものを搭載した球体は、/
輝く川を挽き砕いて、光のような/
元素のままの精妙さをもつ/
空いろの霧に変えてしまう。/
そして森の花の野生の薫り、
生き生きとした草と空気の音楽、/
葉に絡みつく光のエメラルドの輝きは、/
強烈な、しかも自己と抗う速度の囲りで、/
一つの空気の塊となるように思われ、/
感覚を溺れさせる。球体そのものの内側で/
その雪花石膏(アラバスター)の腕に抱かれて、/
愉しい労働に疲れた子どものように/
翼を畳んで、髪を波打たせて、/
地球の精霊が眠っている。/
──自らの変幻する光のなかで、/
その小さな唇が動くのが見えるだろう、/
まるで夢の中で愛するものを語る人のように」。
(シェリー『解き放たれたプロメテウス』第四幕、二三六ー二六八行)


人類の内部心理作用
   2013/2/20 (水) 10:38 by Sakana No.20130220103818

02月20日

「岩波文庫版『文学論』の51ページから138ペ
ージまでが英訳では省略されているというが、
その87ページ分がすべて、シェリー『解き放
たれたプロメテウス』についての解説ではな
いだろう」
「ええ、その解説はだいたい59ページから63
ページまでです」
「その後、138ページまで英訳が省略された箇
所には何が書いてあるのか」
「人類の内部心理作用です」
「というと?」
「恐怖、怒、同感、自己の情(積極的な感情
としては意気、慢心、高振、押強等、消極的
な感情としては謙譲、小心、控目等をふくむ)、
それから両性的本能など。それに作例がつい
ていますから、興味にある方は原文を読んで
ください」
「興味のない人は?」
「まあ、だいたい、そんなところかと、合点
するだけでよいでしょう」



九牛の一毛
   2013/2/23 (土) 08:52 by Sakana No.20130223085236

02月23日

「それでは第二章 文学的内容の基本成分は
英訳の省略箇所に若干の未練がありますが、
とりあえず、そのままにしておいて、第三章 
文学的内容の分類及び其価値的等級までジャ
ンプすることにします」
「要するに、第二章では、文学的内容たり得
べきものはすべて(F+f)の形式に当ては
め得ることを作例で示したと念押しをしてい
る」
「その作例も英文学中九牛の一毛にすぎませ
ん。しかも、適切な例示ではないのではない
かという恐れもある」
「そんな恐れがあるなら例示しなければよい」
「それは言葉のアヤです。いわゆる東洋的謙
譲というものでしょう」
「英語で東洋的謙譲が伝わるのだろうか」
「作者のパーソナリティが伝わります」

「以上は、概略ながら文学的内容たり得べき
もの即ち情緒を随伴すべきものの範囲を定め、
これら内容は皆(F+f)の形式に当てはめ
得ることを作例によりしたるに過ぎず。而し
てこれら引例は英文学中九牛の一毛たるは勿
論、その例時に甚だ適切ならざりしやを恐る
るものなり」
"While only a rough outline, in the preceding
chapter we were able to define the domain of
objects that can serve as literary substance---
that is to say, those that show accompanying
emotion---and suggested through examples that
this substance could always be described by the
(E+f) formula. These examples obviously only
scratch the surface of English literature and 
in some cases have not, I fear, been the most
appropriate."(translated by JAM).」


二品料理は一品料理に勝る
   2013/2/26 (火) 09:07 by Sakana No.20130226090726

02月26日

「文学的内容の基本成分がいろいろあること
は既に述べた通りです」
「わかったよ」
「複数の文学的内容を取り合わせたものもの
もまた文学的内容です」
「それもわかっている」
「下手な取り合わせは腹痛下痢を誘起します」
「? 下手なとりあわせの俳句は駄句といい
たいのかな」
「とはいうものの、一般的にいうと、二品料
理は一品料理に勝ります」
「英語でいうと、full-course mealか。お茶
漬けに梅干しのほうがいいよ」

「然れどもともかく、以上諸成分は皆、文学
的内容として存在の価値を具へ、その聚合物
もまた文学的内容として用ゐ得べきは読者の
了解し得たるところなるべきを信ず。勿論、
その個々として資格あるが故にその合併した
るものもまた当然、しかあるべしと推論する
にあらず、魚も肉も米も麦も共にみな吾人食
物の一部たり得べきもこれらの或る両者を合
わせ用ゐれば時に腹痛下痢を誘起するが如く、
以上に述べ来りし内容の一つ一つが文学的内
容となり得たるとて或る特別の組み合わせを
行へば存外の失敗を来すこと無とは言ひ難し。
されども事実上概していへばこの種の聚合物
は常に立派なる文学的内容として重んぜらる
るものにして、猶二品料理は一品料理に勝る
と一般なるべし。而してその取り合わせの出
来不出来、即ち調和法に関しては別に章を更
めて論ずるところあるべし」
"In any case, hopefully I have gained the
assent of the reader that these various
consituent parts all possess the character
of existing as literary substance, and that
the resulting composite objects need to be
treated as literary substance. Of course, 
this is not to say that since each individual
element qualifies, the composite figure will
also qualify. While fish, meat, vegetables,
rice, and grain all constitute a part of our
diet, the combination of any two of these may
well provoke an upset stomach or diarrhea. In
the same way we must grant that while each of
the substantive parts mentioned above may individually
possess literary quality, a particular combination
of them may unexpectedly result in failure.
However, as a general rule we can expect that
this kind of composite figure will usually 
exhibit  an impressive literary substance, just a
full-course meal is better than a single dish.
However, criteria for judging the success or
failure of the combination---that is to say, the 
rules of reasoning---require a section unto
themselves." (translated by JAM) 


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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