夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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文学的内容の形式に迫れ
   2012/11/4 (日) 05:51 by Sakana No.20121104055142

11月01日

「文学的内容のサブスタンスとはいかなるも
のかを追及するのはほどほどにして、本文の
英訳をチェックしていきたいと思います」
「よかろう」
「まず、<凡そ文学的内容の形式は(F + f)
なることを要す>という書出しの文はのJAMの
英訳はで次のようになっています」
"One can perhaps approach the form of
literary substance with the expression
(F + f)."」
「直訳すれば、人はたぶん文学的内容の形式に
は(F + f)という表現でアプローチできる、とい
ったところかな。原文のニュアンスとは違う
ようだ」
「原文は<〜なることを要す>と断定的なのに、
英訳は<たぶんアプローチできる>とひかえめ
ですね」
「原文には権威を感じるが、訳文にはロジック
を感じる」
「英語のロジックではたぶん断定できないので
すよ」
「とすると、漱石の定式には100パーセント
の信用はおけないということになる」
「(F+f)の定式が正しいという確率はかな
り高いと思います。私たちは努力すれば、文学
的内容の形式に迫ることは可能です」
「そんな努力はしたくないと言う人が多いよ、
たぶん」



焦点的
   2012/11/4 (日) 05:57 by Sakana No.20121104055708

11月04日

「<Fは焦点的印象または観念を意味し、f
はこれに附着する情緒を意味す>──この文
を英訳してください」
「"F signifies focal impressions or ideas,
while f signifies the emotions attached 
to them."」
「JAMの模範訳は次の通りです。
"F here indicates impressions or ideas at
the focal point of consciousness, while f
signifies the emotions that attend them."
「原文にない"consciousness"(意識)を割り込
ませている」
「ええ、<焦点的印象または観念>は<意識の
焦点における印象または観念>となっておりま
す」
「たしかに<焦点的印象または観念>というよ
り<意識の焦点における印象または観念>とい
うほうがわかりやすい」
「漢語では<的>を使うと便利で、なんとなく
わかったような気になりますが、そこでうやむ
やのうちにごまかされてしまうようなところが
ありますね」
「そもそも<焦点的>という用語が読者の意識
になじまない」
「読者の意識の端末にとどまって、意識の焦点
にのぼりにくいかもしれません」
「パソコンユーザーの間ではタブレット端末が
意識の焦点にのぼってきたようだ」
「やっとマウスの操作になれてきたのに、こん
どはタブレットですか」


印象または観念
   2012/11/7 (水) 05:39 by Sakana No.20121107053901

11月07日

「焦点的印象または観念("impressions or 
ideas at the focal point of consciousness)
で、<印象または観念>の英訳についてのご感
想をきかせてください」
「印象は"impressions"、観念は"ideas"で文句
なし」
「何の疑問も感じませんか」
「疑問なんかないね」
「そうですか、でも、小森陽一は『漱石を読み
なおす』で、<Fが「焦点的印象又は観念を意
味」するという定義に驚かされてしまいます。
なぜならここでは「印象」と「観念」という、
常識的発想では、決して「又は」などと並列さ
せることのできない概念が、同じレヴェルにお
かれているからです>と指摘します」
「印象とか観念とかの抽象的な言葉は馬耳東風
で、左の耳が聞いても右の耳から出ていくだけ
だ」
「もっと印象や観念のサブスタンスを理解する
ようにしてください。小森陽一の説明によれば、
「印象」は、人間の意識が、身体的な知覚や感
覚を媒介として、外界からの刺激と直接触れ合
う領域に最も近接した意識現象。それに対して
「観念」とはイデアのことですから、「愛」や
「友情」や「真理」といった外界には具体的に
存在しない抽象的な観念をも、言語という記号
で表象する、きわめて記号的な領域をとらえる
意識現象です」
「その記号という奴がわかりにくいんだな」
「たとえば、(F+f)が記号です」


印象または観念の二方面
   2012/11/10 (土) 08:34 by Sakana No.20121110083445

11月10日

「<されば上述の公式(F+f)は印象また
は観念の二方面即ち認識的要素(F)と情緒
的要素(f)との結合を示したるものといひ
得べし>」
「JAMの英訳は?」
「"In this case, the formula stated above 
signifies impressions and ideas in two 
aspects, that is to say, as a compound of 
cognitive factor F ("large F", and the
emotional factor f ("small f")."」
「認識的要素(F)と情緒的要素(f)が観
念の二方面というが、その前に、印象と観念は
意識の二方面といえるのではないか」
「そうですね。英訳を和訳すると、<意識の
焦点における印象または観念>ですから」
「その二方面の二方面が認識と情緒というのだ
からまぎらわしい。認識と情緒も意識だろう」
「そう言われてみれば・・・・・・」
「印象、観念、認識、情緒は意識の四方面だよ」
「印象と観念は認識的要素(F)、情緒が情緒
的要素(f)ですから、やはり二方面に分類で
きます」
「感覚、知覚も意識のうちだと思うが、どうだ
ろう」
「印象に含まれるでしょうね」
「注意、志向性、意志は?」
「観念に含まれると思います」
「記憶は?」
「さあ、わかりません」
「記憶だって意識の重要な構成要素だ。記憶的
要素(M)も文学的内容の形式に含めて、
(F+f+m)とするべきではないか」
「困りました。頭が混乱してきます」


日常経験する印象及び観念の三種
   2012/11/13 (火) 08:58 by Sakana No.20121113085850

11月13日

「<吾人が日常経験する印象及び観念はこれ
を大別して三種となすべし。
 (一)Fありてfなき場合即ち知的要素を
 存し情的要素を欠くるもの、例へば吾人が
 有する三角形の観念の如く、それに伴ふ情
 緒さらにあることなきもの。
 (二)Fに伴ふてfを生ずる場合、例へば
 花、星等の観念におけるが如きもの。
 (三)fのみが存して、それに相応すべき
 Fを認め得ざる場合、所謂"fear of every
  thing and fear of nothing(何も彼も怖い
 とか何も怖くないという感情の如きもの。>」
「もう一種(〜F+〜f)もあると、JAMは雑
誌『岩波』で指摘している」
「それは自説ですから、飜訳はしていません。
上記の英訳は次の通りです。
 "Thus, the impressions or ideas we experience
in everyday life can be divided into three
types;
  1. (F) but no (f), that is, cases where
the intellectual factor is present but 
unaccompanied by the emotional factor; for
example, when the idea of a triangle is
present to consciousness but unaccompanied 
by any further emotion.
  2. (F) gives rise to an accompanying (f),
as is in the idea of a flower, or a star, 
and so forth.
  3. in the case where there is only (f),
and one is unable to cognize a corresponding
(f), as 'fear of everything and fear of nothing.'
The sense of dread with no accompanying object,
for example, belongs to this category.
「(二)Fに伴ふてfを生ずる場合、が英訳で
はFを主語にして<Fが一つの伴ふfを生じる>
という意味の英語になっている」
「それが何か?」
「<主語のF(印象または観念)が一つの伴ふf
(情緒的要素)を生ずる>というと、印象または
観念が主、情緒が従ということになるが、反対に
情緒が印象または観念を伴ふこともあるのではな
いか」
「それも一つの屁理屈ではありますね」




経験は実体か
   2012/11/16 (金) 05:44 by Sakana No.20121116054409

11月16日

「<以上三種のうち、文学的内容たり得べき
は(二)にして、即ち(F+f)の形式を具
ふるものとす>。この文をJAMは次のように
英訳しています」
「"Of the three types delineated above, it
is case (2) that constitutes the substance
of literature, that is to say, experience
that take the form of (F + f)."
「"the substance of literature"(文学的内容)
が"experience that take the form of (F + f)"
((F + f)の形式を具ふる経験)と同格になって
いる」
「そうですね。<即ち>で同格になります」
「それでいいじゃないか」
「ええ、ですが、一つ疑問を抱きました」
「なんだ?」
「経験は実体(サブスタンス)でしょうか?」
「心がけ次第だ。経験を活かすことができれば
実体になる」
「でも、その実体は目に見えないですね」



ニュートンの運動法則
   2012/11/19 (月) 09:21 by Sakana No.20121119092108

11月19日

「私たちが日常経験する印象及び観念は三通
りに大別されますが、そのうちの(一)は
<Fありてfなき場合即ち知的要素を存し情
的要素を欠くるもの>です」
「わかった」
「十分におわかりいただいていないようです
ので、詳述します」
「・・・・・・」
「(一)につき詳述せんにその通例なる幾何
学の公理或はNewtonの運動法則<物体は外よ
り力の作用するにあらざれば静止するものは
終始その位置に静止し、運動しつつあるもの
は等速度を以て一直線に進行す>の如き文字
は単に吾人の知力にのみ作用するものにして
その際毫も何らの情緒を喚起せず」
<吾人が日常経験する印象及び観念はこれ
を大別して三種となすべし。
「JAMはそれも英訳しているんだな」
「"To give a detailed explanation of case
(1) , the most appropriate examples are
of the form of the axioms of geometry or
Newton's law of motion: "Every body at
rest remains in its state of rest, and
every body in motion remains in uniform 
motion in a straight line, unless it is
acted upon by a force external to it. Here
the words activate only our intellect, and
excite no emotion whatsoever."
「ニュートンの運動法則なんかすっかり忘れ
ていた。なつかしいという情緒(f)を思い
だしたが、これは知力の作用ではないのだろ
うか」
「忘却していた記憶の想起は情緒を喚起する
のか、それとも観念に結びつくのか、考えさ
せられますね」



必然の付属物
   2012/11/22 (木) 05:27 by Sakana No.20121122052714

11月22日

「前回に引続き、私たちが日常経験する印象
及び観念三通りのうちの(一)<Fありてf
なき場合即ち知的要素を存し情的要素を欠く
るもの>についての説明です」
「漱石はしつこいね」
「漢学に所謂文学と英語に所謂文学との違い
を究明するためです。つきあってください。
<或(あるいは)いふ彼の科学者の発見もし
くは問題解決に際し最高度の情緒を感じ得る
の理(ことわり)如何。然りこの情的要素は
発見者の観念に関連するものならんとするこ
と明らかなれどもこれ決して必然の付属物に
あらず。かの概括的事実より法則を求め、実
権より原理を得たる時の快感はこれ成功に対
する喜びにして決してその法則、原理に性質
上附着するものにはあらず。科学的知識その
ものに情緒を湧出し得る元素あるにあらずし
て、吾人が知的活動を適度に使用したる意識
に対する喜びに外ならず、故にこの種のもの
は文学の内容と目すべきものにあらず>
「その文をわざわざ英訳するとは奇特な人が
いるものだ」
「"Or else they illustrate the principle
that underlies the high degree of emotion
experienced by the scientist upon the
discovery or solution of a problem. However,
this emotional component clearly relates
to the concept of discovery, to the joy of
success derived from the feeling of pleasure
when a law is discerned from general facts 
or a principle from experiment. The emotional
component does not attach to the law or 
principle per se. There is in scientific 
knowledge itself no element that draws forth
emotion, only the pleasure when intellectual
activity finds a suitable use. Hence this 
class of things cannot be regarded as literary
substance."」
「<必然の付属物>が訳し漏れになっている。
"accessories of necessity"をどこかに挿入してく
れ」
「そんなアクセサリーは英語に所謂文学では不
要です」


媒介概念
   2012/11/25 (日) 09:17 by Sakana No.20121125091744

11月25日

「私たちが日常経験する印象及び観念三通り
のうちの(一)については既に説明しました。
次は(三)について」
「(二)はどうした?」
「(二)は後まわしです。──(三)に至り
ては、元来Fを欠くを以て従ってfを通ずる
媒介観念を有せず。もしこれを自(おのずか)
ら認識し得たりとするも果してこれを他のf
と確然区別し得るや甚だ覚束(おぼつか)な
し」
「媒介観念?」
「JAMの英訳は次の通りです。
"When we come to case (3), it lacks F
from the start, and consequently has no
concept to mediate f. Even if one could
bring such a case of dread in consciousness
itself, it is doubtful that one could
distinguish it from other instances of f."」
「ははあ、<fを通ずる媒介観念を有せず>
は"(it) has no concept to mediate f"か。
ここでは観念を"concept"と訳しているが、
"idea"とは使いわけているのだろうか?」
「さあ、英英辞典で"concept"と"idea"の違い
を調べてください」
「<もしこれを自(おのずから)認識し得た
りとするも>は"Even if one could bring
such a case of dread in consciousness"
(もしこのような怖れを意識のなかに持ち込
み得たりとするも)と訳されている。認識
と意識(consciousness)の違いも気になる」
「認識的要素は"cognitive factor"でしたね。
"cognition"と"consciousness"の違いも英英
辞典でしっかり復習しておいてください」


例外的にfのみの文学的内容の形式
   2012/11/28 (水) 07:11 by Sakana No.20121128071141

11月28日

「f(情緒的要素)だけでは文学的内容の形
式とはいえませんが、例外的に抒情詩の中に
はその形式で発表されるものがあります」
「例外のない規則はないというが、まぎらわ
しいね」
「『文学論』では次のようになっています。
<但し注目すべきは抒情詩中往々漫然たる情
をこの種の形式により発表するもの古来少な
からぬことなり>」
「JAMの英訳は?」
「"It is worth noting that there are examples
where an overwhelmingly emotive content has
been expressed in lyric poetry using just
this kind of form. For example:
"Out of the day and night 
 A joy has taken flight;
 Fresh spring, and summer, and winter hoar,
 Move my faint heart with grief, but with delight
 No more---Oh, never more!
             (Shelly. A Lament)
(昼と夜から、喜びは去り/
 爽やかな春も夏も霜白い冬も/
 力失せたわが心を嘆きで動かしはするが、喜びで動かすことは/
  もはやない、もはやない!)
「シェリーの詩は、絶望という観念がFだ。
したがって、例外的にfのみの文学的内容の
形式ではなく、(F+f)という文学的内容
の形式になっていると思うが、どうだろう?」
「さあ、見解の相違でしょうね」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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