夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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序(全文英訳)
   2012/10/1 (月) 06:48 by Sakana No.20121001064822

10月01日

「序はマイケル・K・ボーダッシュ(MKB)
がわざわざN,B. として"We have translated 
the preface in its entirety."と全文英訳を
強調しています」
「N,B. とは?」
「ラテン語のnota bene(注意せよ)の略で
す」
「ラテン語がわかる読者を対象としているよ
うだ。漱石もラテン語ができたのか」
「ある程度できなければ、英文学は読めませ
ん。それに、"Despite the powerful emotional
tone that characterizes much of the preface,
it---like the rest of the book---is written
in a formal, scholarly style that partakes of 
many elements drawn from classical forms of
the Japanese language. It is quite distinct
from the genbun'itchi vernacular writing style
that Soseki used in most of his fictional pieces."
とボーダッシュが指摘しているように、小説は
ほとんど言文一致の口語体で書かれているのに対
して、『文学論』は文語体で書かれているのです」
「つまり、そもそも最初から一般読者に読まれる
ことを期待していない」
「そうでしょうね。想定される読者層は文学者と
その予備軍、文学研究者だけだと思います」
「そのターゲットとする読者層にもほとんど読ま
れていないんじゃないの」
「序を読んだだけで満足し、後は読まない人が多
いとボーダッシュも書いています。(In fact,
many scholars seem content to read only it
(the preface), without venturing into the
main body of the work.")



英語か英文学か
   2012/10/4 (木) 06:01 by Sakana No.20121004060115

10月04日

「『文学論』の序は何度も読んでいて、内容
はわかっています。あらためて英訳を読む必
要はないと思いますが、念のため読みはじめ
ました」
「スカイツリーの上から東京の市街を眺める
ように、新しい発見があるかもしれない」
「<余の命令せられたる研究の題目は英語に
して英文学にあらず。余はこの点についてそ
の範囲及び細目を知るの必要ありしを以て時
の専門学務部長上田万年氏を文部省に訪ふて
委細を質(ただ)したり。上田氏の答へには、
別段窮屈なる束縛を置くの必要を認めず。た
だ帰朝後高等学校もしくは大学にて教授すべ
き課目を専修せられたき希望なりとありたり。
ここにおいて命令せられたる題目に英語とあ
るは、多少自家の意見にて変更し得るの余地
ある事を認め得たり>」
「それは有名な事実だ。誰もが知っている」
「そうですが、研究の題目が英語ではなく、
英文学でもよいという言質を学務部長からと
りつけたことを『文学論』序であらためて公
表したのは賢明ですね」
「英訳ではどうなっている?」
「In this way, I confirmed that there were
some leeway for modifying, according to my
my own views, the subject matter of English
that I had been assigned.」
 「学務部長の姿勢にもおおまかなゆとりがあ
ってよい。文部科学省の役人の心がけはかく
あるべし」



鼠頭牛首
   2012/10/7 (日) 09:01 by Sakana No.20121007090128

10月07日

「漱石先生はロンドンで英文学研究に行き詰
まり、研究の方針を変更する必要に迫られま
した」
「兵法の道を常に鼠頭牛首、鼠頭牛首とおも
ひて、いかにもこまかなるうちに、俄に大き
なる心にして、大小にかわる事、兵法一つの
心だて也と宮本武蔵は言っている(『五輪書』)」
「文学と兵法は違います」
「鼠の頭から牛の首へ、細かいところから、
がらりと大きな大きな心に変わって大局を判
断することが大事なのは文学者も兵法家も同
じだ」
「余はここにおいて根本的に文学とは如何な
るものぞといへる問題を解釈せんと決心した
り、というのはそれでしょうか」
「その通り、鼠頭から牛首へと発想を切り替
えたのだ」
「余は心理的に文学は如何なる必要あって、
この世に生れ、発達し、頽廃するかを極めん
と誓へり。余は社会的に文学は如何なる必要
あって、存在し、隆興し、衰滅するかを究め
んと誓へり」
「参考のため、ボーダッシュの英訳を紹介し
てくれ」
「では転記させて頂きます。"I vowed to
determine what psychological necessity 
there was for literature---for its emergence,
its development, and its decline. I vowed
to pursue what social necessity there was 
for literature---for its existence, its rise
and its fall."」
「文学が存在、発達、衰滅する心理的必然性
と社会的必然性を問うている」
「自由か必然か──トルストイも『戦争と平
和』で論じていますが、結局、肝心なことは
その問題になるのでしょうか」


十年計画
   2012/10/10 (水) 06:34 by Sakana No.20121010063444

10月10日

「漱石先生の予定では『文学論』の出版はイ
ギリスから帰国してから十年後の予定だった
ようです。<当時余の予算にては帰朝後十年
を期して、十分なる研鑽の結果を大成し、然
る後世に問ふ心得なりし>」
「<予算>は英訳ではbudgetか?」
「いいえ。次のようになっています。"At the
time I calculated that it would take ten
years of hard study following my return to
Japan to bring the project to proper fruition."
「帰国したのが明治三十六年(1902)。その十
年後は大正元年(1912)。修善寺の大患で九死
に一生を得て、『彼岸過迄』の連載をはじめ
た年だ」
「予定通り、十年計画で『文学論』を大成さ
せていたら、どんなに立派な内容になってい
たでしょう」
「朝日新聞の金力に惑わされて、作家なんか
になるからいけない。苦沙弥先生を続けてい
ればよかった」
「でも、先生という職業のほうが『文学論』
大成の妨げになったとは考えられませんか。
<余の目的はかねてより文学論を大成するに
ありしを以て、教授のために自己の宿志
を害せらるを好まず("I was not pleased to
have teaching responsibilities that would
interfere with what had now become my real
ambition to complete work on my theory of
literature.")
「とすると、むしろ作家になったほうが、宿
志達成につながったのかな」
「達成とまではいかなくても、かなり近づいた
とはいえるのではないでしょうか」


第一編文学的内容の分類(英訳)
   2012/10/13 (土) 08:03 by Sakana No.20121013080313

10月13日

「『文学論』の英訳を参考にしながら第一編 
文学的内容の分類、を再読したいと思います」
「第一編は第一章から第三章まである」
「ええ。次の通りです。
 第一章 文学的内容の形式
 第二章 文学的内容の基本成分
 第三章 文学的内容の特質」
英訳はジョセフ・A・マーフィ(JAM)が担当し
ています」
「全訳しているのか」
「第一章は全訳ですが、第二章と第三章は冒
頭の部分だけが英訳されています」
「それでは物足りないという読者もなかには
いるだろうな」
「読む気もないくせに、文句だけつける読者
は困りますね」
「全訳にしなかった理由は何だろう」
「時間と空間の制約。それに、『文学論』に
は繰り返しが多いし、機械的な記述もかなり
あると英訳者は弁解しています。
"We have translated somewhat less than half
of the material contained in the original.
In part, this was due to space and time
restrictions. We also felt that while 
Theory of Literature is an important and
fascinating text, it also contains much
repetition and involves a fairly mechanical
unfolding of different elements of its
structure."」




サブスタンス
   2012/10/16 (火) 06:19 by Sakana No.20121016061934

10月16日

「第一編 第一章 文学的内容の形式は、JAM
の英訳では"The Form of Literary Substance"
となっております」
「<内容>は"substance"か」
「ファイルの内容なら"contents"だと思います
が、文学的内容なら"substance"なんですね」
「"substance"は<実体>という意味ではないか」
「私も"substance"は<実体>と棒暗記していま
した」
「<実体>とは何だ?」
「デジタル大辞泉の解説によれば、
1 そのものの本当の姿。実質。正体。
2 《(ギリシャ) sia /(ラテン) substantia /
(英) substance 》多様に変化してゆくものの根
底にある持続的、自己同一的なもの、だそうです」
「そんなものがあるはずはない。色即是空だ」
「日本人にとってはサブスタンスがなじみにくい
用語のようですが、文学的サブスタンスの形式が
理解できなければ、夏目漱石『文学論』は理解で
きないでしょう」
「漢学に所謂実体と英語に所謂サブスタンスとは
到底同定義の下に一括し得べからざる異種類のも
のたらざるべからず」
「それでは翻訳者が困ります」


大菩薩峠
   2012/10/19 (金) 08:04 by Sakana No.20121019080422

10月19日

「サブスタンスという用語が使われている日
本文学の作品を一例見つけました」
「ほう、そんな例があるのか」
「中里介山『大菩薩峠』です」
「音無しの構えの机竜之介を主人公とする大
衆文学だが、セント・エルモの戯れとか、サ
ブスタンスの存在とかが大衆にわかるのだろ
うか」
「大衆を馬鹿にしてはいけません。日本人の
読者のレベルは高いと思います」
「セント・エルモの戯れとはなんだ?」
「悪天候時などに船のマストの先端が発光す
る現象──コールリッジの『老水夫行』やメ
ルヴィルの『白鯨』を読めばわかります」
「机竜之介はサブスタンスの存在ではないと
はどういう意味だ」
「最初のうちは机龍之介にもサブスタンスが
あり、辻斬りなどしていますが、いつのまに
かサブスタンスがなくなったのです。
<拙者というものは、もう疾(と)うの昔に
死んでいるのだ。こうやっている拙者は、ぬ
け殻だ。幽霊だ。影法師だ>と言っています」 
「そういえば、きみもネットへの書き込みは
しているが、もはやサブスタンスの存在では
なくなっているようだ」

  伝うるところによると、机竜之介なるも
 のは、もはや疾(と)うの昔に死んでいる
 そうだ。その生命は亡き者の数に入ってい
 るのだそうだ。・・・・・・。それにもか
 かわらず、その以後の活躍に、長浜の浜屋
 の一間の暗転もあれば、大通寺友の松の下
 の火の殺陣もあるし、琵琶の湖上の一夕ぬ
 れ場もある。それら、次から次へ展開さる
 るは、それはセント・エルモの戯れであっ
 て、サブスタンスの存在ではないというこ
 とを言う者もある。(獅子林の巻)


白鯨
   2012/10/22 (月) 07:45 by Sakana No.20121022074524

10月22日

「ハーマン・メルヴィル『白鯨』でセント・
エルモの火がどんな風に描かれているかを確
認しました。第百十九章 燭(The Candles)
です」
「サブスタンスのない存在といわれるだけあ
って、よくもそんなつまらないことを調べる
ヒマがあるんだね」
「馬鹿にしてはいけません。わたしの影と呼
ばれるところのものは、わたしの実体かもし
れないのですから」
「気はたしかか」
「わたしの肉体はわたしのよりよき存在の滓
糟(かす)にすぎません」
「めざわりだから、そんな滓糟は早く洗い流
してくれ」

 Methinks that what they call my shadow
here on earth is my true substance. Methinks
that in looking at things spiritual, we are
too much like oysters observing the sun 
through the water, and thinking that thick
water the thinnest of air. Methinks my body
is but the lees of my better being.
                  (Moby Dick, 7 The Chapel)

 わたしの考えでは、この地上なるわたしの
影と呼ばれるところのものは、わたしの眞の
実体なのだ。わたしの考えでは、人間は霊的
な事物を見る場合に、牡蠣が水を透して太陽
を眺め、その厚い水の層をば、もっとも稀薄
な空気だと錯覚するのとはなはだよく似てい
る。わたしの考えでは、わたしの肉体はわた
しのよりよき存在の滓糟(かす)にすぎない。
     (第七章 会堂 田中西二郎訳)


宮本武蔵
   2012/10/25 (木) 07:34 by Sakana No.20121025073402

10月25日

「音無しの構えの机竜之介に対抗できる剣豪
といえば宮本武蔵。そこで、吉川英治の小説
を読んでみると、<実体>という言葉が使わ
れていました」
「<サブスタンス>ではないのか」
「吉川英治は中里介山と違って、カタカナの
外来語は使いません」
「幻の馬トキノミノルの馬主だった」
「トキノミノルは吉川英治の影です。実体で
はなかったと思います」
「机竜之介も宮本武蔵も、中里介山も吉川英
治も、トキノミノルもディープインパクトも
今となってはみんな影だ」
「そうでしょうか?」

  ──ぱっ! 
  と、武蔵は、右の手に一刀を払い、円の
 中に立って凝視した。影法師は、片仮名の
 オの字のような象(かたち)に地へ写った
 が、天地の円は、厳として、円を崩しては
 いない。二つの異なったものでないからに
 は、自己の体も同じ理であるが──ただ影
 法師が違った形として映る。
 「影だ──」
 武蔵はそう見た。影は自己の実体ではない。
 行き詰まったと感じている道業の壁もまた、
影であった。行き詰まったと迷う心の影だっ
た。(「円明の巻」)


沈黙
   2012/10/28 (日) 07:45 by Sakana No.20121028074529

10月28日

「こんどは遠藤周作『沈黙』です」
「基督教の神は日本人の心情のなかで、いつ
か神としての実体を失っていった──きみの
心情のなかにもその実体はないのか?」
「影らしきものは見えますが、サブスタンス
は見あたらないですね」
「『沈黙』は英訳されているだろう?」
「ええ、チェックしてみましたが、ウイリアム・
ジョンソン訳には"substance"が見つからない
のです」
「"In the minds of the Japanese the 
Christian God was completely changed."
となっている」。
「"the substance of God"とはいわないのです
ね」
「信じる者は幸いなり。サブスタンスが見える。
しかし、不信心なものにはサブスタンスは見え
ない」

  「デウスと大日と混同した日本人はその時か
 ら我々の神を彼等流に屈折させ変化させ、そ
 して別のものを作りあげはじめたのだ。言葉
 の混乱がなくなったあとも、この屈折と変化
 とはひそかに続けられ、お前がさっき口にし
 た布教がもっとも華やかな時でさえも日本人
 たちは基督教の神ではなく、彼等が屈折させ
 たものを信じていたのだ」
 「我々の神を屈折させ変化させ、そして別の
 ものを・・・・・・」司祭はフェレイラの言
 葉を噛みしめるように繰りかえした。それも
 やはり我々のデウスではありませんか」
 「違う。基督教の神は日本人の心情のなかで、
 いつか神としての実体を失っていった」
   (遠藤周作『沈黙』)

  'From the beginning those same Japanese
who confused "Deus" and "Dainichi" twisted
and changed our God and began to create
something different. Even when the confusion
of vocabulary dissapeared the twisting and
changing secretly continued. Even in the glorious
missionary period you mentioned the Japanese
did not believe in the Christian God bu in 
their own distortion.'
 "They twisted and changed our God and made
something different! The priest slowly bit the 
words with his teeth. Isn't even that our Deus?'
 'No! In the minds of the Japanese the 
Christian God was completely changed.'
         (Translated by William Johnson)


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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