夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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出来事としての読むこと
   2012/9/1 (土) 05:34 by Sakana No.20120901053438

09月01日

「小森陽一『出来事としての読むこと』──
これはなかなか手強い本です」
「林小陽『事件としての『文学論』再発見』
という論文があったが、事件も出来事も同じ
ような意味かな?」
「読む行為における、文字から音声への変換、
前の文字から次の文字へ、前の音から次の音
へ、前の語から次の語へ、しかも先の情報の
記憶を持続しつつ、新しい情報をとりこみ、
それらを様々なレヴェルで切断しつつ結合し、
結合しつつ切断する営みは、めまぐるしいほ
ど複数の、レヴェルが異なる意識の運動が、
明滅していく過程として現象することになる
のだそうでです」
「そんなにめまぐるしくF(焦点的観念又は
印象)が明滅すると、神経衰弱になりそうだ」
「それは、過去から現在を経て先へ先へと時
間の流れに即して進んでいく運動でありなが
ら、同時に過去の記憶を現在へと、不断に呼
び戻していく運動でもあり、記憶の複数の層
と現在の意識をかかわらせつづけていく運動
でもあります。何百頁にもわたる小説を、そ
のようにして読むことのできる能力というの
は気の遠くなるような、こうした実践の積み
重ねとして現象しているのです」
「読む行為とはそんなにすごいことだったの
か。しかし、脳細胞が老化して、記憶の複数
の層と現在の意識をかかわらせつづけていく
ことが困難になれば、どうする?」
「どうにもなりません。出来事としての読む
という運動がストップするだけのことです」
「なるほど、それも則天去私ということにし
よう」
「漱石先生の作品の中でも『坑夫』という小
説は、読むことの出来事性それ自体を、一貫
して喚起しつづける希有なテクストとして現
象しています」
「『坑夫』が気晴らしとして読む小説ではな
く、出来事として読む小説だという趣旨はよ
くわかった」


新学期の教材
   2012/9/4 (火) 06:08 by Sakana No.20120904060823

09月04日

「新学期を迎えました。新しい教材は『文学
論』の英訳を選びたいと思います。訳者はマ
イケル・ボーダッシュ(シカゴ大学)、上田
敦子(プリンストン大学)、ジョセフ・マー
フィ(フロリダ大学)の三人」
「二十一世紀の文学部の教材には適している
かな」
「"Theory of Literature and Other Critical 
Writings (Weatherhead Books on Asia)"Natsume 
Sosekiは2009年の出版ですから、すでにあち
こちの大学で採用されているかもしれません」
「もしそうだとしたら日本文学にも期待できる。
良い傾向だ」


英訳『文学論』の目次
   2012/9/7 (金) 06:52 by Sakana No.20120907065237

09月07日

「英訳『文学論』の目次をまた日本語にする
と、だいたい次のようになるかと思います」
「第一部は文学論からの抜粋となっているが、
全訳ではないのだな」
「そのようですね。どこが省略されているか
は読んでいるうちにわかるでしょう」
「謝辞は誰に捧げられているのか」
「To Bret de Bary
  from her students, direct and indirect
となっています。その他多数の名前があります
が、その中で日本人らしき名前はAyako Kano、
Iida Yuko、Karatani Kojin、Komori Yoichi、
Masumitsu Keiko, Atsuko Sakaki です」
「その他の論文では特に『文芸の哲学的基礎』
と『私の個人主義』が重要視されているようだ」
「『私の個人主義』はJay Rubinの訳として、謝
辞が献じられています」

目次
 謝辞  
 前書 夏目漱石と十年計画
 第一部 文学論からの抜粋
  序
  第一編 文学的内容の分類
  第二編 文学的内容の数量的変化
  第三編 文学的内容の特質
  第四編 文学的内容の相互関係
  第五編 集合的F
 第二部 文学論に関するその他の論文
    入社の辞
  文芸の哲学的基礎
  文学評論 序
  私の個人主義
   註
   索引


前書 夏目漱石と十年計画
   2012/9/10 (月) 06:01 by Sakana No.20120910060157

09月10日

「『文学論』の謝辞をとばして、<前書 夏
目漱石と十年計画>を読んでいきたいと思い
ます。35頁もあり、これを読むだけでも骨が
折れそうです」
「三人の訳者の目のつけどころが書いてある
はずだから、とばすわけにはいけない」
「マイケル・K・ボーダッシュ(MKB)、ジョセ
フ・A・マーフィ(JAM)、上田敦子(AU)の三人
が次のように分担して書いています」

夏目漱石(MKB)
文学論と壮大な計画 (JAM)
漱石と社会学 (MKB)
漱石と自然科学 (JAM)
21世紀初頭の文学論との関連における漱石『文学論』(AU)
漱石の論文についての研究 (AU) (三人)

「日本語で書かれているのか」
「いえ、私が便宜的に邦訳したのですが、何
か?」
「きみの邦訳ではあてにならない」
「はい、認めます。正確さをもとめる方は英
訳を読んでください」


夏目漱石(MKB)
   2012/9/13 (木) 06:29 by Sakana No.20120913062932

09月13日

「英訳『文学論』前書の『夏目漱石(MKB)』は
マイケル・K・ボーダッシュ(MKB)が書いていま
す。小説家としてではなく、英文学者としての
漱石の経歴を簡単に紹介しています」
「何か目新しい情報は?」
「特にありません。『文学論』の反映が『三四
郎』『草枕』『野分』などにみられることなど、
だいたい私がどこかで読んで、知っていること
ばかりです。しいていえば、漱石がロンドンに
留学した経費は日清戦争の賠償金からまかなわ
れたという指摘が目新しいですが、そのことは
小森陽一『漱石を読み直す』で既に指摘されて
います」
「漱石のポストコロニアル的発想が、帝国主義
的戦争の賠償金から生まれたというのは歴史の
皮肉だ」
「『満韓ところどころ』 が漱石全集から除か
れる場合があるという指摘もあります」
「満鉄総裁の中村是好は親友だった。漱石の意
識はともかくとして、存在がポストコロニアル
とはいえない」
「それから、こまかなところで、校正ミスを
みつけました」
「そんなものがあるのか」
「Thw following year he married Nakane
Kyoko and accepted another position as
an English teacher at the Fifth Higher
School in Kumamoto, on the island of
Shikoku, which was even farther from the
central center of Tokyo.とありますが、これ
では熊本が四国にあることになります」
「弘ボーダッシュも筆のあやまり。西洋からみ
れば四国も九州もたいして変わりはない。そん
な些細なことで鬼の首をとったように騒ぎたて
るのは島国根性だよ」



文学論と壮大な計画 (JAM)
   2012/9/16 (日) 07:59 by Sakana No.20120916075923

09月16日

「『文学論』前書の二番目を担当したのはジョセフ・
A・マーフィ(JAM)、タイトルは"Theory of Literature
and the Larger Project"です」
「"Larger Project"は<壮大な計画>と訳し
たのではニュアンスが違う」
「はい、そうかもしれませんね。直訳すれば
<もっと大きなプロジェクト>ですか。<当時
余の予算にては帰朝後十年を期して、充分なる
研鑽の結果を大成し、然る後世に問ふ心得なり
し>とありますから」
「漱石がイギリスから帰朝したのは明治36年
(1903)だが、『文学論が』の出版は明治40年
(1907)、鬼籍に入ったのが大正5年(1916)。時
間的にみると、『吾輩は猫である』から『明暗』
までの創作は<もっと大きなプロジェクト>の
一環とみなすことはできよう」
「漱石の文学論プロジェクトが小説形式の創作
と関連して考慮する必要があることを立証する
ポイントとしてマーフィが指摘しているのは次
の4点です。飜訳するのは面倒なので、そのまま
転記しておきましょう。
(1) Soseki's theoretical projects brackets
his fictional writing:
(2) it also informs his fiction writings:
(3) it was conceived complete and executed
according to his original conception; and
(4) It derives its power by interfacing 
with other areas of knowledge, particulary
the empirical and social sciences.
「(1)は"brackets"という単語の意味がわからな
い」
「辞書をひくと、<かっこで囲む><〜をひと
くくりにする><一括する>というような意味
です」
「すると、直訳すれば、<漱石の文学論プロジ
ェクトは彼の創作を一括する>」
「まあ、そんなところでしょう。そして、(2)は
<文学論プロジェクトは創作内容の情報も提供
している>」
「ふむ」
「(3)は<完璧に構想されており、当初の構想通
り創作されている>?」
「漱石本人は<失敗の亡骸(なきがら)>と言っ
ているのに」
「(4)は、文学論プロジェクトの力の源泉は他の
知識の分野、特に経験、社会科学とインターフェ
イスしているところに由来している、というよう
な意味でしょうか?」
「インターフェイスとは?」
「結びつける、相互作用する」


漱石と社会理論 (MKB)
   2012/9/19 (水) 07:12 by Sakana No.20120919071225

09月19日

「次は"Soseki and Social Theory"(MKB)です」
「きみは"Social Theory"を社会学と訳したが、
社会理論と訳すべきではないか」
「はあ、そうですか。そうかもしれませんね。社
会理論とは、特定の思想の流派の枠内で社会現象
を学び、そして解釈するときに使われる理論的枠
組みだそうですが」
「なんか、頼りないな」
「すみません。私にはよくわからないのですが、
ボーダッシュの解説で次の一文が目にとまりまし
た。
"Soseki argues that, unlike scientific truth,
which is permanet and universal, literal truth
is historical and relative."」
恒久的、普遍的な科学的眞とは異なり、文学的眞
は歴史的、相対的であると漱石は主張する、とい
う意味と理解していいでしょうか」
「『文学論』第三編 文学的内容の特質 第二章
文芸上の真と科学上の真、で述べている。<凡そ
文学者の重(おもん)ずべきは文芸上の真にして
科学上の真にあらず」
「文芸上の真が普遍的でないとすると、困ります
ね」
「何も困ることはない。きみの焦点的印象または
観念Fは情緒的fをともなって刻々と変化してい
る。しかも、きみのFはきみが生きている社会の
集合的Fによって影響を受けている。そんなもの
はきみ個人にっては眞でも、普遍的な眞であるは
ずがない」
「ひとつ質問があります。<凡そ文学的内容の形
式は(F+f)なることを要す>という公式は、
文芸上の真でしょうか、それとも科学上の真でし
ょうか」
「さあ、それは漱石に聞いてくれ」



漱石と自然科学 (JAM)
   2012/9/22 (土) 06:45 by Sakana No.20120922064524

09月22日

「次にジョセフ・A・マーフィ(JAM)が漱石と
自然科学について論じています」
「社会学や心理学も自然科学に含まれるのか?」
「自然科学といえば数学、物理学、化学、生
物学、天文学などのことです。社会学や心理
学は社会科学でしょう」
「漱石が文学の研究に社会学や心理学、特に
社会学者ハーバート・スペンサーや心理学者
ウィリアム・ジェームズの理論を参考にして
いることはあきらかだが」
「物理学者寺田寅彦、化学者池田菊苗などと
親しく交流し、最新の自然科学の理論に通暁
していたはずです」
「文学と自然科学は違うよ。<凡そ文学者の
重(おもん)ずべきは文芸上の真にして科学
上の真にあらず>」
「そこのところを、マーフィは次のように述
べています。
 It may be taken as an objection to this 
when Soseki discusses the two types of truth
in book 3, "Scientific Truth versus Literary 
Truth," and declares them to be different.
However, in these passages Soseki is dealing
with "literary truth", that is, the object of
his theory, not literally critical truth, the 
method of his theory. It is possible to argue
that a good deal of the contemporary difficulty
in understanding the relation of literature to 
science in the academy involves a slippage between
literature and literary criticism as intelligent
activities. However, Soseki seems to have held
the distinction in mind.」
「文学と文学評論との間にはズレがある」
「ええ、ですから、文芸上の真と文学評論上の
真との間にはズレがあり、そのすき間から科学
上の真が入り込む余地があります」


21世紀初頭の文学論と漱石『文学論』(AU)
   2012/9/25 (火) 07:17 by Sakana No.20120925071741

09月25日

「次は上田敦子の『21世紀初頭の文学論と
の関連における漱石『文学論』(AU)』です」
「ぎこちない日本語のようだが、原文は?」
「"Theory of Literature in the Context of
Early Twentieth Century Literary Therory"
です」
「要するに、漱石の文学論には21世紀初頭
の文学理論に通じるものがあるということか」
「上田敦子は岩波『文学』5、6月号に『抑
圧された<文学>──『文学論』における
「文学史」と「修辞学」』という論文を寄稿
していますが、ここでもその論文とほぼ似た
ような論点が展開されています」
「修辞学は苦手だ」
「修辞学はレトリック、文学者が得意とする
ところではないですか」
「巧言令色、鮮なし仁」
「それは道学者の態度です。個人主義を重視
するなら修辞学を研究しなければなりません」
「修辞学は日本人の脳みそには向かない」
「十八世紀の英国では修辞学が発達しました。
これには二つの潮流がありまして、一つは哲
学的・心理学的なレトリック、もう一つは純
文学なレトリックです」
「純文学的なレトリックなら赤シャツのよう
なタイプの日本人は得意としている。漱石も
その一人だ」
「高尚な趣味の持主をキザな奴とあざけって
はいけません」
「どっちもどっちだ。いずれも情緒的fと結
びついている」
「それはともかくとして、十八世紀の英国で
はダーウィンの進化論やスペンサーの社会進
化論があらわれ、修辞学とともに文学史も発
達しました」
「進化論の流行がなぜ文学史の発達につなが
るのか」
「自然淘汰、適者生存の原則は文学史にもあ
てはまります」
「いいかげんなでまかせを言うな。漱石や上
田敦子がそんな言い方をするはずがない」
「すみません。これでも私なりになんとか理
解しようとしてもがいているのです」
「むざんやな 甲の下の きりぎりす」
「文学は個人の自己表現とみなされますが、
個人の自己表現はその時代の社会的風潮に影
響されます。(F+f)という等式のFの時
間軸を思いだしてください。
 (一)一刻の意識に於けるF。
 (二)個人的一世の一時期に於けるF。
 (三)社会進化の一時期に於けるF。」
「それで?」
「(F+f)は、決定的なところで、文学
史と一線を画す文学的内容を示しているので
す。文学史の抑圧からの解放をめざしましょ
う」


漱石の論文についての従来の研究 (AU)
   2012/9/28 (金) 08:28 by Sakana No.20120928082803

09月28日

「前書の最後は"Previous Scholarship on 
Soseki's Theoretical Works"です」
「従来の研究?」
「『文学論』『文学評論』『私の個人主義』
『文芸の哲学的基礎』『現代日本の開化』な
どの漱石論文についての後世の研究者たちに
よる研究成果を上田敦子が短くまとめたもの
です」
「死せる孔明生ける仲達を走らす」
「功業は百歳の後に価値が定まる」
「『文学論』の価値はまさに百歳の後に定ま
ると研究者がいくら主張しても、一般読者の
耳には届かない。漱石の価値は『坊っちゃん』
などの小説であって、文学論文ではない」
「そう考える人が約99パーセントでしょうね」
「そう考えない人が約1パーセントにまで増え
たというだけでもすごいことだ。文学的内容の
数量的変化に注目した漱石は、おそらく文学論
評価の数量的変化もある程度予測していたか
もしれない」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe