夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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漱石『文学論』の射程
   2012/8/2 (木) 06:52 by Sakana No.20120802065227

08月02日

「今回は佐藤裕子の論文『漱石『文学論』の
射程』です」
「『『文学論』の射程』という論文はすでに
斎藤希史が発表している」
「こちらは『漱石『文学論』の射程』と、頭
に漱石をつけて区別しています」
「わかった。そんなことはどうでもよい。問
題は論文の内容だ」
「<文学は実学である>という書き出しです。
いいですね」
「『文学』の論文だけでなく、経団連の会長
にもそう言ってもらえばよい。就職を希望す
る文学部の学生にとっては朗報だ」
「<文学(詩や小説や物語)>が作り物・虚
構であるからといって、現実世界で役に立た
ないということにはなりません。現実の中に
も<作り物・虚構>が潜んでいるのですから」
「そうだね。原発は安全という実学の主張も
虚構だということがわかった」
「<詳細については、拙著『漱石のセオリー
──『文学論』解読(おうふう)、二○○五
年)を参照願いたいが、ここでは、第一編か
ら第五編までの各編で扱われているトピック
スについて、(F+f)の公式の意味、「集
合意識」とコンテキスト、「受容理論』、
「幻惑」と「本当らしさ」、「取材」と「表
現」の組み合わせとしての「文学の技法」の
問題の五つに絞り、漱石の展開した理論につ
いて考察していきたい>と論者は述べていま
す」
「五つはたいへんだ。そのうち一つに絞って
くれ」
「では、第二編「文学的内容の数量的変化」に
おいて、受容理論の先駆け、幻惑(illusion)
と「本当らしさ」について。ここで特徴的な
点は、文学作品の内容を決定するのはもっぱら
「作者」の力量にかかっているという認識を覆
し、「受容理論」の先駆けとなる「読者」の側
からの心理作用も作品の内容形成に関与してい
る点を明らかにしたことです。また、第三編で
は、この「本当らしさ」をめぐって、「科学上
の眞」と「文芸上の真」を比較し、「文芸上の
眞」即ち「本当らしさ」を得るためには、必ず
しも「科学上の真(reality)が保証される必要
がないこと、たとえファンタジーであっても
「文芸上の真」が保証されるということは、読
者がいかに作品世界に共鳴するかという点にか
かっており、その共鳴のメカニズムに焦点があ
てられ、解説されています」
「科学上の虚構に保証されるか、文芸上の虚構
に保証されるか──それが問題だ」


漱石と「情」の時代
   2012/8/5 (日) 06:38 by Sakana No.20120805063800

08月05日

「福嶋亮太の論文『漱石と「情」の時代』は、
漱石の『文学論』がF(認識的要素)とf
(情緒的要素)の組み合わせによって古今東
西の文学を把握しようとする壮大な企てであ
るとして、そのうちfに重点を置いて論じて
述べています」
「情に棹させば流されるというが、『草枕』
の画工がいう非人情にはf(情緒)がない。
fを除去するという意味だと思うが、そうな
ると、(F)だけになって、文学的内容の形
式(F+f)が成立しないのではないか」
「さあ、『文学論』第二編第三章 fに伴ふ
幻惑、では、善悪観念の抽出(ないし除去)
については論じてありますが、fの除去につ
いては論じてありません。私は俳句のような
非人情の文学にも(F+f)の公式はあては
まると思います」
「そんな屁理屈には納得できかねる」
「まあ、待ってください。『漱石と「情」の
時代』の論者もそんなことを問題にしている
訳ではないのです」
「何を問題にしているのだ?」
「『文学論』は、「文学の骨子」を情緒的要
素としての「f」に認めたが、それは同時代
の中国文学においても馴染み深い考え方であ
った。したがって、『文学論』のコンテクス
トとして、一九世紀末から二○世紀の東アジ
アの文学環境を想定することは重要な作業に
なるだろう。だが、その一方で、漱石は中国
の同時代の文学者のように情緒と社会(道徳)
を直結させるよりはむしろ切り離すこと、つ
まり「非人情」の輪郭を領域づけることにも
強い関心を抱いていた。要するに、漱石は中
国の伝統的関心にも通用するように、しかも
その関心をも相対化するように『文学論』を
構成したのであり、そこにこそ「漢学に所謂
文学と英語に所謂文学」のあいだで引き裂か
れた、この得意な理論書の普遍性が認められ
ねばならない、そうです」
「わかった」
「ほんとうに、おわかり頂けたのでしょうか」



作家生命論序説
   2012/8/8 (水) 06:25 by Sakana No.20120808062536

08月08日

「次は巽孝之『作家生命論序説──漱石『文
学論』の百年計画』です」
「百年計画? 十年計画の校正ミスではない
のか?」
「『文学論』は完成までに十年計画だったは
ずだが、その射程はじつのところゆうに二十
世紀文学全般におよぶ百年計画ではなかった
かと判定し、その先見性を賞賛することはい
くらでも可能であると論者は述べています」
「文化五年(1808)の石地蔵の夢から百年後の
明治四十年(1907)に『文学論』が出版され、
その約百年後の平成二十一年(2109)に"Theory 
of Literature and Other Critical Writings 
(Weatherhead Books on Asia)"Natsume Soseki
が出版された。射程は二十二世紀を目指して
まだ伸び続けるのではなかろうか」
「そうなるかもしれません。面白いのは『文
学論』第五編でライフワークも完成できぬま
ま非業の死を遂げた作家が、没後に高い評価
を得ることもあれば、生前はベストセラーで
広く知られたのに、没後はまったく忘却され
てしまう作家もいるとして、漱石とハーマン・
メルヴィルを論者が比較しているところです」
「『白鯨』の作家のどこが漱石と比較される
のだろう?」
「メルヴィルは平水夫としての生活を辞め、
小説家としては一八四六年の『タイピー』か
ら一八五七年の『詐欺師』を発表するまでほ
ぼ十年間が作家活動の期間です。三十七歳で
小説の筆を折り、税関吏になっています。漱
石の作家活動もほぼ十年間──似たようなも
のですが、二人とも百年後にも語り継がれる
国民作家になりました」
「作家としての生前の評価という観点からす
れば漱石のほうが幸福だったといえるかな」
「その点については第五編の集合的Fでしっ
かり研究した結果に基づき戦略的に行動した
賜物でしょう。船乗りのメルヴィルは『文学
論』を研究するゆとりがありませんでした」



中味と形式
   2012/8/11 (土) 06:28 by Sakana No.20120811062825

08月11日

「いよいよ『文学』5、6月号最後の論文、
川本皓爾『中味と形式──漱石の文学論講義』
です」
「『中味と形式』は漱石が明治四十四年八月
に堺で行った講演のタイトルでもある」
「漱石先生の講演は『私の個人主義』『現代
日本の開化』『文芸と道徳』などほとんどが
『文学論』のテーマとかかわりがありますが、
そのなかでも特に『中味と形式』は『文学論』
の構成それ自体の問題です」
「凡そ文学的内容の形式は(F+f)なるこ
とを要す」
「いきなりそう言われてもわかりにくいです
ね。<漱石の講義は、まず明治三十六年の四
月から六月まで行われたあと、今度は腰をす
えて、同年九月から三十八年の六月まで続け
られた。両者は一貫した講義として構想され
たものと考えられるが、のち不運にも、別々
に切り離して別のタイトルをつけ、しかも実
際の講義とは逆の順序で刊行された。すなわ
ち長いほうの後者が『文学論』(岩波書店)
として明治四十年に出版されたのに対し、短
い前者は、漱石没後の大正十三年(一九二四)
に、『英文学形式論』(岩波書店)として刊
行されたのである>と論者は述べています」
「その点については、きみも気がついていた
ようだね」
「ええ、『英文学形式論』を先に読んでから
『文学論』に挑戦しました。順序通りですが、
それでも苦労しますね」
「要するに『英文学形式論』で形式を論じ、
『文学論』で内容(中味)を論じたのだろう」
「まあ、そういうことになりますが、『文学
論』の冒頭が、<凡そ文学的内容の形式は
(F+f)なることを要す>ですから、あれ?
内容の形式とは何だろうと、そこでまずつま
づくのです」
「中味(内容)と形式ではなく、中味(内容)
の形式」
「明治四十四年の講演では、人は<内容に余
り合はない形式を拵(こしら)へて唯表面上
の纏まりで満足してゐることが往々あるやう
に思はれます>と漱石は言っている。<逆に
言えば、あれほどの分類好きであるにもかか
わらず、漱石には一方で、中味さえよければ
形式は適当でもいいという腹ずもりがあった
ようにも見える>と論者は指摘しています」
「形式さえととのってさえいれば、中味はど
うでもいいと考える文学者もいる」
「まさか。そんな文学者はいませんよ」


「文学論」は「未成品」
   2012/8/14 (火) 05:10 by Sakana No.20120814051030

08月14日

「亀井俊介『「文学論」は「未成品」』とい
う小論が雑誌『文学』のひろば欄にあるのを
見落としていました」
「夏目漱石『文学論』の注解と解説の労をと
ってくれた恩人を忘れてはいけない」
「失礼しました。たいへんお世話になってお
ります。そもそも2007年2月の改訂版第一刷が
刊行されなければ、私が曲がりなりにも読了
するようなことはなかったでしょう」
「『漱石全集・第十四巻』巻の注解も氏が担
当しているし、『英文学者 夏目漱石』とい
う著書もある」
「『文学論』は漱石が東京帝国大学における
授業で二年間、四苦八苦して講じたものであ
り、完成体どころか不完全な未熟なままだそ
うです」
「漱石自身も<失敗の亡骸(なきがら)>と
言っている」
「でも、作者の<生>から直接出てきた産物
として、受け止めるべきことが強調されてい
ます。<『文学論』は、文学の内容はどのよ
うにして文学の表現となるか、つまり「意味」
と「文章」とはどういう関係にあるかを追及
することを主要な目的としている。しかもそ
の関係を表現する文章を、漱石ははっきりと
はもっていなかった。文章を探しながら論じ
たのだ>と」
「ははあ、すると漱石は職業的作家となって、
『文学論』執筆の時点ではもっていなかった
文章を探しながら、原稿用紙に書き続けたこ
とになる」
「日本語で書かれた新しい文学、文章、文体
の先駆者だったのです」


英文学者 夏目漱石
   2012/8/17 (金) 07:19 by Sakana No.20120817071942

08月17日

「亀井俊介『英文学者 夏目漱石』を読みま
した」
「文学者あるいは文豪と称される前の英文学
者だった頃の夏目漱石、というより夏目金之
助について論じた書か」
「ええ、夏目漱石は日本近代文学を代表する
作家ですが、それと同時に、彼は英文学者と
しても日本を代表する存在でした」
「英語が下手で、ロンドンの下宿にひきこも
り、神経衰弱になったという噂があるが」
「とんでもない。週刊誌のガセネタのような
でたらめを信じないでください。漱石は日本
の帝国大学で英文学を教えた最初の日本人で
す。就任してきてはじめて講義をする前、
<諸君の御希望に依りては英語でお話しても
よろしいが・・・・・・>と挨拶したそうで
す(金子健二の証言による)」
「学生たちは御希望しなかった」
「漱石が英語英文学の勉強とか研究とか教授
とかに従事した時期は、一高本科に入った明
治二十一年九月から東京帝大講師をやめた明
治四十年三月までと限っても、十八年に及び
ます。これに対して彼が作家として生きた時
期は、出世作『吾輩は猫である』の雑誌連載
が始まった明治三十八年一月から『明暗』連
載中に死去した大正五年十二月までで、十二
年に過ぎません。学問研究の時期の方がはる
かに長いのです」
「もちろん、作家としての活動は学問研究の
成果を土台としている」
「ええ、ですから漱石の小説を理解するため
には『文学論』を読む必要があるのです」


日本近代文学の起源
   2012/8/20 (月) 05:44 by Sakana No.20120820054434

08月20日

「柄谷行人『日本近代文学の起源』を読みま
した。原本と定本がありますが、今回読んだ
のは原本のほうです」
「吉本隆明『言語にとって美とは何か』が日
本文学の起源を論じているのに対して、本書
は日本近代文学の起源を論じている。十八世
紀の英文学を材料にした漱石の『文学論』と
対照的だ」
「目次は、風景の発見、内面の発見、告白と
いう制度、病という意味、児童の発見、構成
力について、という順番ですが、冒頭で『文
学論』にふれていますね。<漱石がまず疑っ
たのは、英文学が普遍的だという考えである。
もちろん漱石は漢文学をそれに対置し、相対
化するというようなことを考えたのではない。
彼は何よりもまず、この普遍性がアプリオリ
なものではなく歴史的なものであること、し
かもその歴史性(起源)そのものをおおいか
くすところに成立していることを指摘する>
と」
「漱石がわざわざ十八世紀の英文学を研究し
たのは、英文学が普遍的ではないことを証明
するためだったいうのか」
「文学はたかだか十九世紀において確立され
た観念なのです。漱石は文学史を否定しまし
た。彼のいう<自己本位>は、当時圧倒的に
見えた<文学>なるもの、<歴史>なるもの
を根本的に疑うところにこそあったと論者は
書いています」



文学テクスト入門
   2012/8/23 (木) 05:45 by Sakana No.20120823054545

08月23日

「前田愛『文学テクスト入門』も読みました」
「『文学入門』ではなく、『文学テクスト入
門』」
「『草枕』と『虞美人草』に読書の場面があ
ります。『草枕』では画工が那美さんにG・
メレディスの『ピーチャムの生涯』を日本語
に訳しながら読んで聴かせる場面、『虞美人
草』では小野さん借りたプルタークの『英雄
伝』を藤尾が朗読する場面です」
「小説の中に読まれる小説を嵌めこんでいる
──なるほど、『文学論』の応用だ」
「画工と那美さんの会話は、小説から筋だけ
を性急に読みとろうとする大衆的読者とそう
した段階を超越したエリートの読者との対立
図式を示すものと論者は指摘しています」
「大衆的読者とエリートの読者とを分断し、
差別化するとはけしからん」
「そんな単純素朴な情緒的fの反応をするよ
うではエリート読者にはなれません。この読
書の場面に対応するのは『文学論』第二編第
三章「fに伴ふ幻惑」です。この章で漱石先
生は、文学作品が読者に喚起する情緒的要素
(f)は、「間接経験」であるかぎりで、実
生活の「直接経験」とは異なっていることを
指摘しておられます」
「うん、それはわかる。那美さんが離婚して
も、藤尾が死んでも、俺の実生活にはまった
く何の影響もない」
「文学作品の人間性を探究する精読者(リズ
ール)をめざしましょう。次の引用文をよく
読み、じっくり考えてください」

 「西洋の本ですが、六づかしい事が書いて
 あるでせうね」
 「なあに」
 「ぢや何が書いてあるんです」
 「さうですね。実はわたしにもよく分らな
 いんです」
 「ホ・・・。それでご勉強なの」
 「勉強ぢやありません。但机の上へ、かう
 開けて、開いた処をいゝ加減に読んでるん
 です。
 「夫(そ)れで面白いんですか」
 「夫が面白いんです」
 「何故?」
 「何故って、小説なんか、さうして読む方
 が面白いです」
 「余っ程変つて入らつしゃるのね」
 「えゝ、些と変つています」
 「初から読んぢや、どうして悪るいでせう」
 「初から読まなけりやならないとすると、
 仕舞迄読んだつていゝぢやありませんか」
 「無論わるくは、ありませんよ。筋を読む
 気なら、わたしだって、左様します」
 「筋を読まなけりや何を読むんです。筋の
 外に何か読むものがありますか」
  余は、矢張り女だなと思った。


漱石を読み直す
   2012/8/26 (日) 05:57 by Sakana No.20120826055743

08月26日

「小森陽一『漱石を読み直す』からは、『吾
輩を猫である』について意外な事実を教えて
もらいました」
「どんな事実だ?」
「苦沙弥先生の家に居候することになった猫
は先生の日記を盗み読みするようになります
が、面白いことに、十二月一日の日記では、
<吾輩>という一人称が使われているのに対
し、四日には<僕>という一人称が使用され
ているというのです。私はちっとも気がつき
ませでした」
「<吾輩>と<僕>は英語でいえば、同じ"I"
だが、日本語のニュアンスはずいぶん違う」
「いずれも習い始めた水彩画のことが書かれ
ているのですが、他人に対していたけだかに
なっているときが<吾輩>で、水彩画がなか
なか上達しなくて、自信を無くしたときは
<僕>になっているそうです」
「なるほど」
「たったひとつの<人称代名詞>"I"しか持た
ない英語を教えている教師が、自分の日記の
日本語では、複数の一人称言語を使い分けて
いることがわかりますし、その使いわけは自
己意識の在り方の違いによって規定されても
います。そして、他人に対して強気になった
ときの<吾輩>という一人称において、苦沙
弥は猫と重なってくるのです」
「名前はまだ無い、のが猫だ。苦沙弥は名前
がある」
「捨てられた猫は実は、金之助だったのです。
金之助が他人に対して強気になって、『吾輩
は漱石である』と自称するようになった。井
上ひさしが書いた芝居に『吾輩は漱石である』
があるそうです」
「あえて英訳すれば、My Esteemed Self Is A 
Cat、かな」


吾輩は漱石である
   2012/9/1 (土) 05:32 by Sakana No.20120901053221

08月29日

「井上ひさし『吾輩は漱石である』を読みま
した」
「芝居は観るものだ。脚本を読んでもつまら
ない」
「でも、面白いですよ。時は修善寺の大患の
大吐血の二十分前からその瞬間まで(明治四
十三年/一九一○年八月二十四日水曜日の午後
八時十分から同三十分まで)がプロローグで
す」
「漱石が寝ている時間帯だ」
「続く四つの場面は、世にいう<三十分の死>
のあいだに、漱石の意識下に見え隠れしてい
たと思われる<特別誂えの時間>の切れ端で
す。坊っちゃんの代わりにおっちゃん、マド
ンナの代わりに遠山華子校長、英語・国文教
師の小川三四郎、英語教師のランスロットな
どが登場しています」
「それはひどい。ふざけている」
「夢ですから、話の筋が少し歪むのは仕方が
ありません」
「エピローグは?」
「修善寺の大患のほぼ一年後のとある朝。春
陽堂社員岡田復三郎によって『切抜帖より』
(「思ひ出す事など」)が収められている)
の著者用贈呈本が五冊、漱石山房に届けられ
たときです」
「漱石は元気か?」
「あまり具合がよくないようです。口数も少
ないし」
「漱石の影がずいぶん薄い芝居だね。芝居の
タイトルは『吾輩は漱石ではない』に替えた
ほうがよい」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe