夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
 ID


全969件 <更新> ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 終了]

PAGE 61 (601〜610)


知識人
   2012/4/4 (水) 09:27 by Sakana No.20120404092744

04月04日

「吉本隆明『言語にとって美とはなにか』を
やっと通読できました」
「ご苦労様。きみの脳みそでは内容を理解で
きたとは思えないが」
「だいたいどんなことが書かれているかが大
掴みできただけでも私にとっては収穫です」
「で、言語にとって美とはなんなんだ
「指示表出(ヨコ糸)と自己表出(タテ糸)
で織り出された織物のような美です」
「<指示表出>は英語でいうとどうなる?」
「さあ、英語やドイツ語で<指示表出>に相
当するタームがあるかどうかはわかりません。
吉本さんは外国の学者の著書を飜訳して、受
け売りするのではなく、自分の頭で考える自
立の思想家ですから」
「自立の思想は結構だが、いくら名著でも英
語に翻訳されないとグローバルにならず、所
詮はローカル線の駅弁のようなものというこ
とになってしまう」
「よしもとばななの小説ならAmritaやKitchen
が英訳されています」
「ばななの"Kitchen"はグローバルだが、父親
の<自己表出>はローカルではないのか」
「和英辞典によれば、<自己表出>は"self-
expression"となっています」
「"self-expression"なら<自己表現>という
意味だ。<自己表出>と<自己表現>は違う
ときみは言っていたと記憶しているが」
「そうですね。吉本さんは区別して使っておら
れます。あ、和英辞書に<自己表出>の訳語が
載っていました。"slf-exposure"です」
「それでは<自己表出>というより<自己露出>
だ」
「<自己露出>では語感が悪いですね」
「そう考えて吉本は<自己表出>という用語
を採用したのかもしれない」
「まあ、そんな重箱の隅をつつくようなことは
やめましょう。ともかく吉本さんは正真正銘の
知識人です。知の巨人です。文学とはなにかを
考える上で、『言語にとって美とはなにか』か
らは学ぶべきことが多々あると私は思います」


小説らしい小説
   2012/4/7 (土) 07:53 by Sakana No.20120407075315

04月07日

「それでは吉本隆明流の『夏目漱石を読む』
をガイドブックにして、まず『明暗』をとり
あげます」
「順番が逆だ」
「私にとっては漱石先生の作品の中で
いちばんわけのわからない小説だからです。
なぜこれが日本近代文学の最高傑作という評
価になるのか、まだ十分に納得できていませ
ん」
「吉本が『言語にとって美とはなにか』で次
のように述べていると、きみは先日、報告し
たばかりじゃないか。
<『明暗』で漱石は、文学体と話体とのある
高次な段階での融和をしめした。・・・・・・
『明暗』で漱石にやってきたこの人間認識の
相対性は、表現としてみれば話体との融合を
みちびき入れた。『明暗』は『道草』の文学
体をさらに高みにひっぱりながら話体を融和
させた作品であった。漱石にとって絶筆とな
ったというだけではなくて、おそらく明治以
後の表出史のある集大成がここにあらわれた
のだ>」
「『夏目漱石を読む』ではもっと平易で、わ
かりやすい説明になっています」
「吉本も年をとるにつれて、かどがとれたか」
「<漱石の作品には漱石自身のこころや理念
の分身とおもえるものを幾分か投入された主
人物が出てきたり、あるいは何らかの意味で
漱石の感情とか、理念を、登場人物に移入し
ているわけですが、『明暗』だけはそういう
ことがないのです。つまり、ある意味では、
漱石にとって初めての小説らしい小説を書い
たともいえますし、初めて、どんな人物でも
相対的な目でながめる一つの視点を獲得した
ともいえます>──という説明です」
「小説らしい小説か、なるほど」
「そうすると、小説らしい小説が私にとって
はいちばんわけのわからない小説ということ
になってしまいます。困ったことに、小説ら
しくない小説の『坊っちゃん』のほうが面白
いのです」


丸谷才一のモダニズム文学観
   2012/4/10 (火) 07:49 by Sakana No.20120410074929

04月10日

「吉本隆明の『明暗』評価と対立する見解を
見つけたのでご紹介しておきます」

 残念なことに、後期の漱石にはモダニズム
文学の色調が薄れます。むしろ自然主義への
接近が見られて、たとへば最後の作品である
『明暗』など科学(医学)的真実の探求とい
ふ点で日本自然主義のもっと先を行ってゐる
やうである。初期の漱石にみなぎってゐる祝
祭的文学観は失はれて、じつに不景気なこと
になってしまった。(丸谷才一『闊歩する漱石』)

 どう思いますか、この見方は?」
「丸谷才一は吉本隆明とは毛色の違った知識
人だ。『明暗』よりも『坊っちゃん』のほう
を高く評価しているのは一般読者としては共
感できるが、漱石をジョイス『ユリシーズ』
やエリオット『荒地』やプルースト『失われ
た時をもとめて』のようなモダニズム文学と
結びつけるのはどうだろうか」
「漱石先生は、モダニズム文学がいはば前史
の段階を脱して本格的にはじまるころのロン
ドンに留学したのです」
「しかし、漱石はプルーストより四歳上、ジ
ョイスより十五歳上だ。それに『坊っちゃん』
は『ユリシーズ』や『失われた時をもとめて』
に先行している」
「プルーストやジョイスに先んじてモダニズ
ム小説を書いたとわたしには見えると丸谷才
一は書いています」
「漱石がモダニズム小説を意識していたかど
うかはわからないが、『坊っちゃん』と『明
暗』のどちらを日本近代文学の最高峰とみな
すかは、まだ決着がついていないし、面白い
争点だ」
「『吾輩は猫である』『草枕』『三四郎』
『それから』『こころ』『道草』なども忘れ
ないでください」




小説らしさとは
   2012/4/13 (金) 08:18 by Sakana No.20120413081850

04月13日

「『明暗』は漱石にとって初めての小説らし
い小説と吉本隆明は言っていますが、小説ら
しい小説とはどのようなものでしょう」
「それは、おそらく坪内逍遙の<小説の主脳
は人情なり。世態風俗これに次ぐ>(『小説
神髄』)という考えによるものだろう。逍遙
は勧善懲悪小説を否定し、人情や世態を模写
する小説を支持した」
「人情とはどんな意味ですか」
「いわゆる百八煩悩だ。煩悩を模写した小説
には隠妙不可思議なるこの人生の大機関(お
おからくり)を読者に察(さと)らせ、暗に
人を教化する力がある」
「すると、『明暗』は人生の大機関(おおか
らくり)を読者にさとらせ、暗に人を教化す
る力がある小説なんですね」
「その通り。写実主義(リアリズム)の小説と
いってもよい」
「いわゆる自然主義とは違うのですか」
「似たようなものだ。自然主義の作家正宗白
鳥も<この作者には免れがたい癖であったロ
マンチックな取扱振りがない。詩がなくなっ
てゐる。・・・・・・私は『明暗』まで読ん
で、はじめて漱石も女がわかるようになった
と思った>(作家論)と書いている」
「私は『明暗』のお延やお秀より『草枕』の
詩や那美さんのほうが好きです」
「きみは高齢者になってもまだ女がわかって
いない」


春宵十夜
   2012/4/16 (月) 09:41 by Sakana No.20120416094145

04月16日

「正宗白鳥だけでなく、岡潔も女が本当に描
けている文学者として夏目漱石をあげていま
す(『春宵十夜』)」
「岡潔といえば数学者だが」
「『明暗』に<ポアンカレのいわゆる偶然の
極致?>というのがあります」
「つまり漱石も岡潔も偶然の極致でポアンカ
レを読んでいた・・・・・・」
「数学は自らの情緒を外に表現することによ
って作り出す学問芸術の一つであって、知性
の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式
に表現するもの、です」
「とすると、数学的内容の形式も(F+f)
ということになる」
「その岡潔が読んだ中では、文学者で女性が
本当に描けていると自信をもっていい切るこ
とのできる人は、日本では漱石、外国ではド
ストエフスキーだそうです」
「ほう」
「本当に生きた女性が描けるためには女性の
情緒の波がわからねばならないのですが、不
思議なことに漱石先生には女性の情緒の波が
わかっていたのです」
「『文学論』で意識の波を論じているが、特
に女性と男性の意識の波の違いは論じていな
い」
「作品にはその違いが表現されています」
「しかし、女にもいろんなのがいる」
「お延、お秀、清子、継子、吉川夫人──み
んなそれぞれ違うタイプの女として描きわけ
られていると思います」


江藤淳の『夏目漱石』
   2012/4/19 (木) 06:56 by Sakana No.20120419065629

04月19日

「吉本隆明とすこし似たところのある知識人
に江藤淳がいます」
「とんでもない。あんな奴に似ているものか
と二人とも草葉の蔭で苦笑しているだろう」
「私の若い頃、つまり60年安保の頃のイメ
ージです」
「安保反対、左翼のイメージだな」
「江藤淳は『作家は行動する』とか『奴隷の
思想を排す』とか勇ましいタイトルの論文を
読んだ記憶があります」
「彼はそれ以前、大学三年生のとき、三田文
学に『夏目漱石』論を発表している。小宮豊
隆らのいわゆる則天去私神話と英雄崇拝を批
判したことが評価され、文壇から評論家とし
てみとめられた」
「知りませんでした。最近になってやっと
『夏目漱石』『漱石とその時代』を読み終え
たところです」
「遅すぎる」
「でも大学三年生の頃といえば、私は漱石
作品では『坊っちゃん』と『三四郎』を読ん
でいただけです」
「『吾輩は猫である』と『草枕』は?」
「途中で投げ出しています」
「話にならない」
「ふつうの学生はそんなものですよ。吉本
隆明と江藤淳は頭がよすぎて、彼等の書いた
文章はよく理解できませんでした」
「日本の代表的な知識人の文章が理解できな
ければ困る」
「そう思って、今頃になって、二人の論文を
読み、夏目漱石の文学だけでなく、戦後日本
の思想の流れを理解しようとしています。も
う少し待ってください」
「待てないよ」




「則天去私」神話
   2012/4/22 (日) 08:59 by Sakana No.20120422085914

04月22日

「江藤淳『夏目漱石』の第一章は 漱石神話
と「則天去私」についてです」
「漱石神話とは?」
「江藤淳によれば、その最も代表的なものは
「則天去私」神話です」
「その神話をひろめたのは誰だ?」
「最も熱心な「則天去私」の祖述者の一人は
小宮豊隆です。『明暗』は「則天去私」を体
現した作品であると主張するのは小宮豊隆氏
であると江藤淳は指摘しています」
「『明暗』を読んでも「則天去私」という文
字はどこにもない。ほんとうに小宮豊隆はそ
んな主張をしているのか?」
「そのウラをとるには、小宮豊隆『夏目漱石』
を読まなければなりません」
「きみは高等遊民とはいえないが、中等遊民
か下等遊民の資格はあるから、読むヒマはあ
るだろう」
「わかりました。次回までに読んでおきます」


清子はベアトリーチェか?
   2012/4/25 (水) 06:20 by Sakana No.20120425062027

04月25日

「小宮豊隆『夏目漱石』を読みました」
「江藤淳が指摘しているように、<『明暗』
は「則天去私」を体現した作品である>とい
う小宮豊隆の主張はウラがとれたのか」
「いいえ、私が調べたかぎりでは、小宮豊隆
はそんな主張はしていません」
「では、江藤淳は「則天去私」神話説をでっ
ちあげて小宮豊隆を陥れたというのか」
「でっちあげとまでいえるかどうかわかりま
せんが、明確に表現されたものを尊重するの
が作者への礼儀だとすれば、正確な引用をし
なかったことで、作者小宮豊隆への礼儀を尊
重しなかったとはいえると思います」
「しかし、火のないところに煙はたたない。
小宮豊隆の文章にも誤解を招くような表現が
あったのではないか」
「そういえば、奇妙な記述があります。
<「清子」という名前と、清子が温泉場の一
室で津田に示す、自然で天真で、包み隠しの
ない清らかな態度とを考え合せる時、漱石が
清子において描き出そうとした女性が、漱石
の理想の女性、例えばダンテにおけるベアト
リーチェのようなものではなかったかと、想
像されなくもないのである。しかしそれが
『明暗』の津田にとって、ファウストにおけ
る聖母のようなものになるはずであったのか
どうか、その辺になると、まるで想像の手が
かりがない。我々はただ未完結の『明暗』を
抱いて、勝手な憶測を試みているより仕方が
ないのである>と」
「ははあ、すると『明暗』はダンテ『神曲』
やゲーテ『ファウスト』に匹敵する古典文学
ということになる」
「清子をベアトリーチェとみなすのは私でも
おかしいと思いますが、まあ、<勝手な憶測>
と断っているのですから、主張ではないし、
則天去私神話をひろめているとまではいえな
いでしょう」
「たしかに、憶測と主張は違うが、小宮豊隆
はどこか他のところで「則天去私」神話をひ
ろめる言説をしているかもしれない」
「わかりました。その点を念頭において小宮
豊隆『夏目漱石』を読み直すことにします」



『明暗』の結末
   2012/4/28 (土) 08:50 by Sakana No.20120428085032

04月28日

「未完の小説『明暗』の結末について江藤淳
は次のような憶測を述べています。
 
  津田は清子によって救われようとして湯
 治場に出かける。が、彼は「平生の彼に似
 合わない「這口(やりくち)」で、「医者に
 相談して転地を禁じられでもすると、却っ
 て神経を悩ます丈が損だと打算し」て軽率
 にも再発の危険を冒して出かけるのである。
 彼は清子に逢うが(そこまでで『明暗』は
 中絶されている)。救済されるどころかし
 たたか攻撃され、──あたかもお秀にそう
 されたように──宿痾(しゅくあ)を発し
 て死ぬ。・・・・・・彼の経験するのは和
 解ではなくて闘争であり、勝利者は清子、
 ──ある意味では、お延──である。この
 ような結末によってのみ、以上に述べて来
 た『明暗』の世界は、破綻から免れ得る。
 こうした想像をめぐらす方が、作者にとっ
 てはむしろ名誉なのではないか。あるいは
 小宮氏らのいうように、津田は救われ、お
 延は死ぬかもしれぬ。しかし「則天去私」
 が漱石にとっていかに真剣な趣味であった
 にせよ、作者があれほどに情熱を傾けて描
 いた「我執」の女達をこのような惨憺たる
 結末の中に捨て去ることが出来るであろう
 か?」

「小宮豊隆の憶測では、津田がベアトリーチ
ェのような理想の女性、清子によって救われ
ることになっているが、江藤淳の憶測では清
子はベアトリーチェのような理想の女性では
ない。津田は救われないまま、宿痾(しゅく
あ)を発して、死ぬか。なるほど、それはあ
り得る」
「私も津田が病死する可能性は高いと憶測し
ています」、
「江藤淳の説に賛成か」
「でも、<小宮氏らのいうように、津田は救
われ、お延は死ぬかもしれぬ>と書いていま
すが、お延が死ぬとは小宮豊隆は書いていま
せん」
「津田が清子によって救われたら、完全な愛
を求める妻のお延はどうすれないいのだ。生
きてはいられない」
「水村美苗『続明暗』はお延は入水自殺をし
ようとして未遂、という結末になっています。
津田は死んではいません」
「いずれにしても憶測にすぎない。憶測は憶
測を生む」



大岡昇平の憶測
   2012/5/1 (火) 14:47 by Sakana No.20120501144729

05月01日

「『明暗』の結末について、こんどは大岡昇
平の憶測をチェックしました。『小説家夏目
漱石』には「明暗の結末について」という一
章があります」
「大岡はフランス文学を専攻したのに、英文
学者漱石をよく読んでいる」
「お延がその勝気と策略にも拘らず、作者に
愛されている人物で、死ぬようには思われな
い。ここで誰か死ぬとしたら、それはむしろ
清子というのが大岡昇平の憶測です」
「その根拠は?」
「清子が温泉宿の深夜の廊下に津田を見て立
ち止まった様子は<一幅の絵>で、彼は忘れ
る事の出来ない印象の一つとして、それを後
々迄自分の心に伝へた、という描写です」
「なるほど、<後々迄>があるというのが漱
石の構想だったとすれば、津田が温泉宿で死
ぬ可能性は薄い」
「清子はもともと療養のために温泉宿に泊ま
っているほどの病身ですから、死んでもおか
しくありません」
「お延が清子の存在を確認してショックのあ
まり、自殺する可能性もある」
「二人とも死んで、津田が<一幅の絵>だけ
を後々迄忘れなかったというのではお延があ
まりにもあわれですね」
「もう<一幅の絵>を津田の心に印象づけて
から死ねばよい」
「あ、そうか。<一幅の絵>の明暗双々とい
う構想だったのかもしれませんね」


ページ移動 ⇒ [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 終了] <照会>
 
「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe