夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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こころ
   2012/1/5 (木) 07:30 by Sakana No.20120105073032

01月05日

「『こころ』は累計2千万部以上も売れ、今
なお若い読者を中心に読まれ続けているた日
本文学の代表的作品です。昭和三十年(1955)
には市川崑監督によって映画化されています」
「昭和三十年公開の映画では、林芙美子原作
『浮雲』や織田作之助原作『夫婦善哉』のほ
うが評価が高い」
「市川崑監督の映画はけっして凡作ではあり
ません。先生のこころを森雅之が迫真の演技
で伝えていると思います」
「当時の森雅之は44歳。親友のK(三橋達
也)と一緒に下宿して、お嬢さんの新珠三千
代を張り合う学生時代を演じるには老けすぎ
ている」
「学生時代に別の俳優を使うわけにもいかな
かったのでしょう。この種の原作を映画化す
る場合は、回想の場面の処理が難しいですね。
文章では違和感をまったく覚えないのですが」
「その点、『坊っちゃん』は若い頃だけの話
なので映画化しやすい」
「『坊っちゃん』が五回も映画化されている
のに対して『こころ』が一回しか映画化され
ていないのはそのためでしょうか」
「一回でも映画化されたのだから、『彼岸過
迄』や『行人』に比べればよしとしなければ
ならない」


明治の精神
   2012/1/8 (日) 19:22 by Sakana No.20120108192246

01月08日

「『こころ』の先生は明治の精神に殉じて自
殺しました。明治の精神とは何でしょう」
「王政復古、文明開化、富国強兵、脱亜入欧、
和魂洋才などかな」
「そんな精神が死に値するとは思えません」
「では、<うつし世を神さりましゝ大君のみ
あとしたひて我はゆくなり>と詠んで殉死し
た乃木希典夫妻の精神だろう」
「<マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つ
るほどの祖国はありや 寺山修司>のほうが
わかりやすいですね」
「乃木希典は西南戦争(明治十年)で連隊旗
を西郷軍に奪われた責任を感じ、何度も自殺
図ったことがある。本来ならその時、死ぬべ
きだったところを明治四十五年までおめおめ
と生きてしまったこと、それに日露戦争で自
分の二人の息子を含め多数の将兵を死なせた
ことに対する責任をとったのだろう」
「先生は親友のKが勝手に自殺した責任をと
ったというのですが、そんなことも明治の精
神なのでしょうか」
「要するに責任をとって潔く死ぬというのが
明治の精神だ」
「死ねば責任をとったことになるという理屈
がどうも納得できません」
「では死ななくてもよいが、Kを自殺させた
責任はどう落とし前をつけるのだ」


大正の精神と昭和の精神
   2012/1/11 (水) 08:20 by Sakana No.20120111082015

01月11日

「乃木大将夫妻は明治天皇のみあとをしたっ
て殉死しましたが、大正天皇と昭和天皇の崩
御に殉死した臣民はいなかったのでしょうか」
「大正天皇の崩御に際しては池田政佑男爵が
殉死し、昭和天皇の崩御に際しては同年同月
生まれの男性など数名が殉死している」
「そうですか。しかし、有名な人物の殉死で
ないと後世に精神が伝わらないですね」
「芥川龍之介が昭和2年7月24日、三島由紀夫
が昭和45年11月25日に自決している。この二
人の文学者はそれぞれ大正の精神、昭和の精
神に殉じたといえないだろうか」
「芥川龍之介の自殺の動機は<僕の将来に対
する唯ぼんやりした不安>です。宮本顕二か
らは<敗北の文学>という批判を浴びました。
大正デモクラシーの挫折を象徴する自殺とと
らえれば大正の精神に殉じたといえるかもし
れません」
「三島由紀夫の場合は、『憂国』という小説
も発表しており、いわば、殉死の先取りとい
うかたちをとっている」
「二・二六事件の頃の昭和の精神に殉じたと
はいえますが、昭和の精神に殉じたとはいえ
ません。なにしろ昭和という時代の精神は昭
和二十年の前と後ではまったく違いますから」
「昭和23年6月13日、玉川上水で心中した太宰
治のほうが昭和の精神を先取りして死んだの
かもしれない」
「でも昭和は65年まで続いています。23年ま
での生涯では短かすぎます」
「では、平成元年4月3日に亡くなった色川武
大(阿佐田哲也 享年60歳)はどうだろう。彼
の父親は海軍大佐だった」
「なるほど、父子で昭和の精神に殉じたとい
うわけですか。しかし、死因は心臓破裂です。
自殺ではありません」
「彼の不摂生な生活ぶりはほとんど自殺に近
い」


道草
   2012/1/14 (土) 08:44 by Sakana No.20120114084442

01月14日

「漱石先生が『こころ』の次に執筆したのは
『道草』──<金>がテーマの小説です」
「<こころ>と<金>はつながっている」
「<みんな金が欲しいのだ。そうして金より
外には何にも欲しくないのだと主人公の健三
は言っています」
「<みんな金が欲しいのだ>というと、余裕
派の苦沙弥先生や『草枕』の余(画工)も金
が欲しいと思っていることになる」
「それは当然、そうでしょう。しかし、少な
くともその二人は、<金より外には何にも欲
しくない>とは思っていないはずです」
「迷亭や寒月も仲間に入れてやれ。迷亭はト
チメンボーを欲しがっているし、寒月は<首
縊りの哲学>を完成したいと欲している」
「ということは、<みんな金が欲しいのだ>
という健三の説は正しいかもしれないが、
<そうして金より外には何にも欲しくないの
だ>という説はみんなにはあてはまらないの
で、必ずしも正しくないということになりま
すね」
「『道草』には迷亭や寒月のような太平の逸
民は登場していない」
「猫もいませんね」
「作者が意図的に排除しているのだ。そして、
<金より外には何にも欲しくない>人物ばか
りを登場させている」
「たしかに意図的ですね。そんな人物にたか
られる健三は一見して余裕派ではないという
印象を与えますが、姉や妻の父や養父母が金
の無心をしてきても、断れば断れないことも
ないのに、気が弱いのか、お人好しなのか、
バカなのか、なんらかのかたちでみんなの無
心に応じてやります。そこに私は余裕を感じ
ました」
「余裕というより妥協だろう」
「余裕がなければ妥協もできません。時期的
には『吾輩は猫である』や『草枕』のような
余裕派の超俗的小説を執筆していた頃の漱石
が健三のモデルですから、作者は創作という
行為によって余裕を獲得したとみることがで
きると思います」
「なるほど、そういう見方もあるか」


道草と麦秋
   2012/1/17 (火) 08:15 by Sakana No.20120117081521

01月17日

「『道草』の口直しに小津安二郎監督の映画
『麦秋』を観ました」
「昭和26年。日本人の大多数が食うや食わず
の貧しい暮らしをしていた頃の映画だ」
「ところが、北鎌倉で三世代が同居している
間宮家の暮らしはゆとりがあり、年老いた父
親(菅井一郎)は、<うちも今が一番いい時
かも知れないねえ。これで紀子(原節子)で
も嫁に行けばまた寂しくなるし>と言ってい
ます」
「どんなきびしい時代でも、<今が一番いい
時>といえる幸せな家族はあるものだ」
「丸の内の会社に勤める紀子(原節子)が900
円のケーキをお土産に買ってきて、兄嫁(三宅
邦子)に渡していますが、高給取りだったので
しょうか」
「初任給が5000円程度の頃だ。彼女の月給が
10000円を超えていたとは思えない」
「紀子はこころにゆとりがあったのですね。
商社の常務との縁談があったのを断り、近所
に住むコブつきの男(二本柳寛)の後妻にな
ることを承諾します」
「『道草』の健三に金の無心をしてくる連中
とは人種が違うようだな」
「ラストのシーンは麦の穂が揺れる大和。老
夫婦が今頃、紀子はどうしているだろうと噂
しています」
「どうして老夫婦だけ北鎌倉から大和に転居
したのだろう」
「おそらく先祖伝来の地所があったのでしょ
う。紀子は結婚して山形へ行きました。北鎌
倉に残ったのは兄夫婦と二人の男の子だけ。
間宮家のいちばん楽しい時代は終わり、みん
なバラバラの核家族になってしまいました」
「それでも麦の穂で後味のいいラストになっ
ている」
「『道草』を読むと人間嫌いになりますが、
『麦秋』を観ると人間が好きになりますね」
「性善説か、性悪説か──孟子と荀子の論争
はまだ決着がついていない」




明暗
   2012/1/20 (金) 08:52 by Sakana No.20120120085203

01月20日

「漱石先生の絶筆となった『明暗』の評価は
二つに分かれています」
「『明暗』に明暗あり」
「日本近代文学の最高傑作という見方とそれ
を否定し、『吾輩は猫である』など前期の作
品のほうがすぐれているという見方です」
「『明暗』批判論者の代表は誰だ?」
「谷崎潤一郎の有名な批判文を引用しておき
ます」
「おまえさん自身の評価はどうなんだ?」
「私も若い頃は、谷崎潤一郎の見方と同じで
したが、『文学論』を読み了えた今はぐらつ
いています。もしかすると、日本近代文学の
最高傑作かもしれません」
「節操のない奴だ。すると、『文学論』を読
んだことがあるかどうかが、『明暗』の評価
基準になるのかな」
「それは何ともいえません。『文学論』を読
む前に『明暗』を愛読したと思われる人物が
少なくとも二人いるからです」
「誰と誰だ?」
「水村美苗と小津安二郎です」
「『続明暗』の作者は『明暗』を暗記するほ
ど読み込んで、漱石そっくりの文体をものに
した愛読者だそうだが、小津安二郎は意外だ
ね」
「日記にちゃんと書いています」


 漱石氏のものでも、前期の作品には、たし
かに芸術的感激を以て書いたと見られるもの
が少くない。「猫」や「坊っちゃん」などは
、暫く読まないが、今読んでもきっと悪くな
いだらうと思ふ。「それから」を読んだ時は、
私は、漱石に最も傾倒した一人であった。
キザだと云はれる「虞美人草」や「草枕」に
しても、近頃読み返して見たが、「明暗」よ
りは遙かにいい。殊に「草枕」は傑作の部に
属すると思ふ。
  (大正9.5.7.10 「改造」)


明暗と早春
   2012/1/23 (月) 06:52 by Sakana No.20120123065256

01月23日

「小津安二郎の日記には、昭和28年1月23日 
炬燵で 明暗をよむ。1月24日 朝めしのの
ち明暗をつづけてよむ・・・・・・明暗に出
てくる小林といふ人物 どこか大久保忠素に
似てゐる。これが仲々よく書けてゐる、とあ
ります」
「大久保忠素とは誰だ?」
「小津安二郎が最初に師事した映画監督です」
「『明暗』に登場する小林は相手に嫌われる
ような言動をする人物だが、そんな奴に小津
は師事したのか」
「小津は大久保忠素をけっして嫌ってはいま
せん。昭和28年頃になっても、交流がありま
した」
「しかし、小津は『明暗』を映画化していな
い」
「彼の日記には川端康成『雪国』や志賀直哉
『暗夜行路』を読んで<感ず>と書いてあり
ますが、やはり映画化はしていません。原作
の栄養分を吸収し、何らかのかたちで自分の
映画に生かすというのが小津の戦略だったよ
うです」
「すると、『明暗』は具体的には小津のどの
映画に生かされているのだろう」
「昭和31年に公開された『早春』は下っ端の
サラリーマンの哀歓を描いた映画で、『明暗』
の雰囲気が漂っているような気がします。
『明暗』の津田も下っ端のサラリーマンです」
「『早春』には小林のような嫌味の人物は登
場しないはずだが」
「下っ端サラリーマンの池部良が夜中にガラ
の悪い酔っぱらいの戦友二人(加藤大介と三
井弘次)を家に連れてきて、妻の淡島千景を
怒らせています。この二人の酔っぱらいは小
林に似ていると思いました」
「妻の淡島千景を怒らせたのはそれよりも池
部良が同僚の岸恵子とマチガイを起こしたか
らだ。『明暗』の津田は清子に未練はあるが、
マチガイは起こしていない」
「でも、吉川夫人にそそのかされて、湯河原
で湯治中の清子に逢いに行きます。漱石先生
の死により、そこで中断したので、結末がど
うなるかわからないままですが」
「吉川夫人といふ人物は、どこか『お茶漬の
味』の木暮美千代に似てゐる。これが仲々よ
く書けてゐる」



架空の映画『明暗』
   2012/1/26 (木) 09:55 by Sakana No.20120126095506

01月26日

「私はやはり、小津安二郎監督に『明暗』の
映画化をお願いしたいと思います」
「小津が引き受けるはずがない。<文学と映
画は違うんだよ>と言っている。<脚本を書
いている時が一番楽しい。それを配役する段
になってがっかりする。現場で俳優を動かし
て見てもう一度がっくりと来る>とも言って
いる」
「本質的に文学者なんですね。しかし、私の
ような読者にとっては、映画が原作を理解す
る道しるべになります。そこで、僭越ながら
配役の案をつくってみました」
「木暮美千代の吉川夫人はいいが、お延の淡
島千景は粋な芸者が似合う女だ。新婚ほやほ
やのお延の役は無理ではないか」
「勝気で、言い出したら一歩もひかないよう
なところがあります。小姑のお秀(有馬稲子)
とやりあうには淡島千景が適役だと思います」
「清子の八千草薫は『三四郎』の美禰子から
の思いつきか」
「ええ、市川崑監督『三四郎』の八千草薫は
津田をストレイシープにして迷わせた女らし
い雰囲気があります」
「継子役の美保純は『男はつらいよ』の印刷
会社社長タコの娘──ガラが悪すぎる」
「でも、森田芳光監督『それから』では代助
の見合の相手になり、それなりに良家の娘風
のしおらしい風情でした」
「だが、そもそも、こんな架空の映画への配
役で読者のイメージを勝手にふくらませるの
は文学鑑賞の邪道ではなかろうか」

津田 池部良
お延 淡島千景
清子 八千草薫
吉川 佐分利信
吉川夫人 木暮美千代
お秀 有馬稲子
小林 三井弘次
岡本 山村聡
継子 美保純
藤井 笠智衆
関  加藤大介
女中 浦辺粂子


麦秋とめし
   2012/1/29 (日) 08:10 by Sakana No.20120129081046

01月29日

「林芙美子原作、成瀬巳喜男監督の映画『めし』
は小津安二郎監督の映画『麦秋』と同じ昭和
26年の作品で、主役は原節子です」
「キネマ旬報のランキングでは第一位と第二位
──どちらも名作だね」
「ところが、『麦秋』の原節子は900円のケーキ
をお土産に買ってくるような余裕があるのに、
『めし』の原節子は結婚五年目の生活に疲れた主
婦。落差が大きすぎて、イメージが混乱します」
「原節子ファンは『めし』に激怒した」
「ええ、たとえば、歌人の塚本邦雄は<『めし』
を見て私は、成瀬巳喜夫を許せない! と思った。
こともあろうに、わが原節子嬢、否、節子姫に、
こんな汚れ役をやらせるなんて、イコノクラスム
(偶像破壊)も度が過ぎる嫌みだと、映画館のく
らやみで地団駄を踏んだ。本当に丑の刻参りをし
て、呪い殺したいくらい腹が立ったのである>と
キネマ旬報に書いています」
「リアリズムの観点からいえば、『めし』のほう
が昭和26年の世相をうつしている」
「『めし』では原節子が宗右衛門町の「ゆらのす
け」というお茶屋へ行き、同窓会に出席する場面
があります。原作を読むと、タケノコ、若芽の甘
煮(うまに)、春菊のくるみあえ、鯛のさしみ、
木の芽の浮いた、鶏団子のすまし汁、それにビー
ル──という料理で会費は一人100円。同級生が嫁
いだお茶屋のサービス価格とはいえ安いものです」
「それに比べると、たしかに『麦秋』で原節子が
買う900円のケーキは高い」
「なぜ、そんな高いケーキを買う余裕があったか
が小津の映画では説明されていません。おそらく
ボーナスのような臨時収入があったからだと思い
ますが」
「小津安二郎はそんな余計な説明はしない。『麦
秋』は余白の効果をあげることに成功した名作だ」



麦秋の余白
   2012/2/1 (水) 08:43 by Sakana No.20120201084324

02月01日

「『麦秋』の紀子(原節子)は丸の内の会社
に勤める秘書・タイピストで、相当な高級取
りだったはずです。もしかしたら医者の兄
(笠智衆)や結婚相手でやはり医者の(二本
柳寛)よりも収入が多かったのではないでし
ょうか」
「そんなバカなことがあるものか」
「昭和26年という時代を考えてください。当
時、英文タイプがうてるというのは貴重な特
殊技能でした。現在ならパソコンの操作がで
きても高級取りにはなれませんが」
「そういえば、最近はタイピストを求むとい
う求人広告を見かけないね」
「間宮家の家計は紀子の高収入に大きく依存
していたのだと思います。それを象徴するの
が900円のケーキです。ところが、紀子が結婚
して、山形へ行ってしまうと、安月給の医者
(笠智衆)の収入だけでは厄介者の老夫婦
(菅井一郎と東山千栄子)を扶養できない。
だから、老夫婦は大和に移住せざるをえなか
たのでしょう」
「老夫婦は年金で暮らせるだろう」
「当時の老人には年金の支給はなかったので
す」
「そんなことまで詮索しないと、『麦秋』の
余白が理解できないとは困ったものだ。小津
安二郎は漱石の『道草』のように金のことを
もっと詳しく説明するべきだった」
「そうすれば、『道草』のように詩情もユー
モアもない文学になってしまいます」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe