夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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例外的な反動
   2011/8/8 (月) 08:00 by Sakana No.20110808080059

8月08日

「例外の反動として、<意識の推移は漸次な
り>という原則にも例外があることも指摘し
ておきます」
「例外のない原則はないというが、例外があ
れば、その原則は原則ではないともいえる」
「愛が突然何の原因もなく憎しみに変わった
り、憎しみが何の理由もなく突然、愛に変わ
ってしまう現象です」
「そんな心理的な現象は、無意識のレベルに
着目すれば、原因も理由もあるにきまってい
る」
「ウイリアム・ジェームズの解釈によれば、
この現象を以て識域下の胚胎となすに似たり。
これ漸移論を識域下に応用せると異なるなし。
ただ識域下の事に関しては漸次を立すると共
に何事をも立し得べくして、而して遂にこれ
を験するの期なきが故に余はこの説の余の近
きにも関わらず、賛否を表する能わず」
「特異なる脳作用が無意識に発達して、壊裂
するという説もあるそうだ(Starbuckの説)」
「その説は門外漢たる余の知る所にあらず。
文壇においてかかる例外の反動と見なすべき
ものの起るや否やは疑問なり。故にこれを詳
論するの要なかるべし」
「門外漢たる余の知る所にあらずといって、
逃げるのは卑怯なり」


反動の現象(4)
   2011/8/11 (木) 07:26 by Sakana No.20110811072650

8月11日

「反動の現象の特徴をもう一つ追加します」
「まだあるのか」
「これは刺激の強烈なるよりして生じる第二
の場合と、焦点意識の精力消耗より起る第一
の場合とを合わせたる如きものです」
「よくわからん」
「私たちが当面の意識に厭きていながら、習
慣と因襲から、厭いたことに気がつかず、こ
れに満足して動かない時、突然、強烈なる刺
激に逢って直ちに新意識に急転する事があり
ます」
「わざわざ別項をたてて論じるほどのことは
ないと思うが」
「吾人は陳腐の極遂に陳腐を忘れて三度の茶
碗に米飯を盛って平然たるものなり。これ故
に米飯は一見吾人に対して大勢力あるが如く
にして、実は甚だ微弱なる影響を有するに過
ぎず。もし一朝にしてこれに代えるべき仙醤
甘露の出現あらんには、吾人は雀躍して彼を
去ってこれに就く事猶草履を捨てて玉履を踏
むが如くならん」
「どうもわけのわからん美辞麗句のレトリッ
クで幻惑されているような気がしてきた」


焦点意識に競争あり
   2011/8/14 (日) 07:29 by Sakana No.20110814072912

8月14日

「それでは、第六章 原則の応用(四)に移
ります」
「こんどはどんな原則だ?」
「この章の目的は<焦点意識に競争あり>と
いう原則の叙説です」
「前章の目的<焦点意識の推移は漸次なり>
という原則の叙説で<焦点意識に競争あり>
の原則はすでに証明されていると思うが」
「興味深い原則ですので、やはり別項をたて
て論じることにします」
「さよか」
「焦点意識Fにとって代わろうとするF'は識
末に群がってお互いに駆逐しあっています。
あるときは体内臓器の刺激、胃痛、空腹、行
し送尿の感、忽ちにして他を圧倒して頂点に
覇を称する事あり。あるときは身外周辺のも
の、炭火の熱、墨汁の色、樹頭の風、天日の
麗、地殻の紋、森羅万象を尽くして吾に逼(せ
ま)りて吾が注意を強請す。読書専念、忽ち
蚤に刺されて驚くは、蚤が意識の天下を領し
たるに異ならず」
「ハハハ。<読書専念、忽ち蚤に刺されて驚
くは、蚤が意識の天下を領したるに異ならず>
とは『吾輩は猫である』に通じるユーモアの
表現だ」
「構想一意、咄嗟奔馬に魂を消するは、馬が
意識の天下に主たるに過ぎず。吾人の意識界
はかくの如く不断の修羅場にして、王覇の起
ふは終生を窮めて、尽くる期なし」
「意識の修羅場は死ぬまで続く」


クランフォード
   2011/8/17 (水) 14:56 by Sakana No.20110817145606

8月17日

「<焦点意識に競争あり>──一代の風潮ま
たかくの如く、文界の流派またかくの如くし
て明滅去来す」
「文界の流派とはたとえば浪漫派と古典派と
の競争」
「その争いが小説中にあらわれている興味深
い二例を漱石先生は紹介しておられます。そ
の一つはギャスケル夫人(1810-65)『クランフ
ォード』、田舎町のほとんど女ばかりの生活
を、ユーモアとペーソスをもって軽妙に描い
た小説です」
「ずいぶん長い引用だな」
「それを小さな細字でノートにびっしり書き
込んでおられます」
「勉強家で、努力の人だったことはみとめよ
う」
「私はパソコン画面にこれだけの文章を印字
するだけで肩がこってきました」

 "When the trays reappeared with biscuits and wine, punctually at a quarter to
nine, there was conversation, comparing of cards, and talking over tricks, but
by and by Captain Brown sported a bit of literature.
 "Have you seen any numbers of the Pickwick Papers?" said he, (They were then
publishing in parts) 'Captital thing!'
 Now Miss Jenkyns was daughter of a deceased rector of Cranford; and on the
strength of a number of manuscript sermons, a pretty good library of divinity,
considered herself literary, and looked upon any conversation about books as a
challenge to her. So she answered and said, 'Yes, she had seen them; indeed, 
she might say she had read them.'
 'And what do you think of them?' exclaimed Captain Brown. 'Aren't they 
famously good?'
 So urged, Miss. Jenkyns could not but speak.
 'I must say, I don't think they are by any means equal to Dr. Johnson. Still, 
perhaps, the author is young. Let them him persevere, and who knows what he may
become if he will take tthe great Doctor for his model.' This was evidently too
much for Captain Brown to take placidly; and I saw the words on the tip of his
tongue before Miss. Jenkyns had finished her sentence.
 'It is quite a different sort of thing, my dear Madam.' he began,
 'I am quite aware of that,' returned she. 'And I make allowances, Captain 
Brown.'
 'Just allow me to read you a scene out of this month's number,' pleaded he.
'I had it only this morning, and I don't think the company can have read it 
yet.'
 'As you please,' said she, settling herself with an air of resignation. He 
read the account of the 'swarry' which Sam Weller gave at Bath. Some of us
laughed heartily. I did not dare, because I was staying in the house. Miss.
Jenkyns sat in patient gravity.When it was ended, she turned to me, and said,
with mild dignity---
 'Fetch me Rasselas, my dear, out of the book room.'
 When I brought it to her she turned to Captain Brown---
 'Now allow me to read you a scene, and then tbe presebt company can judge
between your favourite, Mr. Boz, and Dr. Johnson.'
 She read one of the conversations between Rasseklas and Imlac, in a high-
piched majestic voice; and when she had ended she said, 'I imagine I am now
justified in my preference of Dr. Johnson as a writer of fiction.' The Captain
screwed his lips up, and drummed on the table, but he did not speak. She 
thought she would give a finishing blow or two.
 'I consider it vulgar, and below the dignity of literature to publish in 
numbers.'
 'How was The Rambler published, ma'am ?' asked Captain Brown, in a low
voice, which I think Miss. Jenkyns could not have heard.
 'Dr. Johnson's style is a model for young beginners. My father recommended it
to me when I began to write letters---I have formed my own style on it; I
recommend it to young favourite.'
 'I should be very sorry fpr him to exchange his style for any such pompous
writing.' said Captain Brown.
 Miss. Jenkyns felt this as a personal affront, in a way of which the Captain
had not dreamed. Epistolary writing she and her friends considered as her 
forte.Many a copy of many a letter have I seen written and corrected on the 
slate, before she 'seized the half-hour just previous to post time to assure' 
her friends of this or of that; and Dr. Johnson was, as she said, her model in 
these compositions. She drew herself up with dignity, and only replied to 
Captain Brown's last remarks by saying, with marked emphasis on every 
syllable, 'I prefer Dr. Johnson to Mr. Boz.'
 It is said---I won't vouch for the fact---that Captain Brown was heard to say,
sotto voce, 'D---n Dr. Johnson!' If he dis, he was penitent afterwards, as he
showed by going to stand near Miss Jenkyns's armchair, and endeavouring to 
beguile her into conversation on some more pleasing subject. But she was
inexorable. The next day she made the remark I have mentioned about Miss.
jessie's dimples.'
---Mrs. Gaskell. Cranford. Chap I.

(きっかり九時十五分前、ビスケットとワインを載せた盆がふたたび現れると、おしゃ
べりが始まって、トランプの手を比べ合ったり、ゲームの腕前の話にふけったりしまし
た。けれどもやがて、ブラウン大尉がちょっぴり文学趣味をひけらかしました。
 「『ピックウィック・ペイパーズ』のどの号かをお読みになりましたか?」と彼は云
いました。(当時、分冊で刊行中でした)。「大したものですなあ!」
 ところで、ミス・ジェンキンズは、亡くなったクランフォード教区牧師の娘さんでし
た。彼女は身辺に説教の原稿や、なかなかいい神学関係の蔵書があることに力づけら
れ、ご自分を文学的だと考えていて、話題が本のことになると、ひとこと言わなければ
という気持になるのでした。そこで答えをひきうけて言いました。「ええ、見ました。
いえ、読んだと申したほうがいいかもしれません」。
 「で、どうお思いになります?」とブラウン大尉は大声で言いました。「みごとな出
来じゃありませんか?」
 こう促されると、ミス・ジェンキンズはもう黙ってはいられませんでした。
 「私に言わせていただきますと、あれはとてもジョンソン博士の足許にも及びません
わ。でも作者はたぶんまだお若いんですよね。頑張っておやりになるといいですわ。そ
してジョンソン博士をお手本にして精進なさったら、見込みがなくはないかもしれませ
んわ」。この言葉はあまりといえばあまりで、ブラウン大尉は到底おとなしく聴いてい
られませんでした。ミス・ジェンキンズが話し終わらないうちに、今にも大尉の口の端
から言葉が洩れてきそうな気配が、私にも感じられました。
 「まったく違った種類のものですよ、マダム」と、彼は口火を切りました。
 「それは十分心得ています」と彼女は切り返しました。「それを考慮に入れたうえの
ことですわ、ブラウン大尉」。
 「ひとつ私に今月号の一場面を読ませていただきませんか」と彼は頼みました。「今
朝手に入れたばかりなのです。みなさんは、まだ、読んでいらっしゃらないでしょう」
 「どうぞ、ご存分に」と言って、彼女は諦めたという風情で椅子にかけなおしまし
た。大尉は、サム・ウェラーがバースで催した夜会の一節を読みました。心から笑った
人たたちも何人かいました。私は笑いを堪(こら)えました。この家に泊めてもらって
いる身だったからです。ミス・ジェンキンズは辛抱強く異議を正して、座っていまし
た。朗読が終わると、彼女は私のほうを振り返って、穏やかな威厳をこめて、言いまし
た。
 「書斎から『ラセラス』を持ってきてね」
 私がそれを持ってきて渡すと、彼女はブラウン大尉のほうに向きなおりました。
 「今度は私に一場面を読ませてください。そうすればご列席の方々があなたのご贔
屓のボズ氏と、ジョンソン博士のどちらがいいか、判定をなさってくださると思いま
す」。

 ミス・ジェンキンズはラセラスとイムラックの対話から一つを選んで、調子の高い荘
重な声で読みました。そして、読み終わると、言いました。「私が、小説の作者として
ジョンソン博士を好むのが正しいことだとおわかりになったでしょう」。
大尉は唇を歪めて、指でテーブルを叩いていましたが、ひとことも発しませんでした。
彼女は止めの一、二撃を加えようと考えました。
 「作品を分冊で出版するなんて俗悪だし、文学の権威をおとしめることだと思いま
す」。
 「『ランブラー』の出版はどんなやり方でしたっけね。マダム」とブラウン大尉が小
声で訊ねましたが、これはミス・ジョンソンの耳に入らなかったようです。
 「ジョンソン博士の文体は若い作家志望の人たちのお手本です。私が手紙を書きはじ
めた頃、父がこれを奨めてくれました。──これをお手本にして、私は自分の文体を作
りましたの。あなたのご贔屓にもお奨めしますわ」。
 「あの人の文体をそんな勿体ぶった文体と取り替えるなんて、とんでもないことです
よ」とブラウン大尉は言いました。
 ミス・ジェンキンズはこの言葉を個人的な侮辱と感じましたが、それはブラウン大尉
の夢にも思いつかぬことでした。手紙を書くのが彼女のお得意の技と、彼女自身も友人
たちも認めていました。多くの手紙の多くの下書きが、石盤の上で書かれては推敲され
るのを私は見てきました。そうした後で彼女は友人たちのかくかくしかじかのことにつ
いて「ご納得いただくために郵便馬車に乗る直前の半時間を用いまして」と手紙を書き
出すのでした。そして、ジョンソン博士は、彼女が言うように、こういう作文術のお手
本だったのです。彼女はいかめしく居住まいを正し、ブラウン大尉の最後の言葉に対し
て、一音節ごとに力をこめ、ずばりとこう言ってのけました、「私はジョンソン博士の
ほうがボズ氏よりも上だと思います」。
 私は保証するつもりはありませんが、その時ブラウン大尉が低声で「ジョンソン博士
なんかくそくらえ!」と言ったのが聞こえたそうです。もし言ったとすれば、彼はあと
から後悔したのでしょうね。といいますのは、ミス・ジェンキンズの肘掛椅子の傍に立
って、もっと楽しい話題についてお話ししょうじゃありませんか、としきりに勧めてい
る大尉の姿が見られたからです。しかし彼女は容赦しませんでした。翌日、彼女は私が
前に言ったミス・ジェシーの笑窪についてひとこと語ったのです。
──ギャスケル『クランフォード』


ニューカム家の人
   2011/8/20 (土) 08:03 by Sakana No.20110820080344

8月20日

「次はサッカレイ『ニューカム家の人々』か
らの長文の引用──これも文学界における
<焦点意識に競争あり>の実例として興味深
いものです」
「<もしこの青年たちが真理を語っているの
なら、自分の若い時代には真理はどこにあっ
たのだろう?>とニューカム大佐は自問して
いるが、どうなんだ?」
「大佐の若い時代には真理はなかった。ある
いは真理だと思っていたものは錯覚だったの
です」
「年老いた今、真理はあるのか?」
「青年たちは真理を語っていますが、はたし
ていつまで続くかどうか」
「ニュートン以来、万有引力の法則は動かな
い。それに比べると、文学界の真理は流行に
左右されるので、信用できない」
「不易流行といって、不易の要素もあります」

 "Sometimes he would have a company of such gentlemen as Messrs. Warrington,
Honeyman, and Pendennis, when haply a literary conversation would ensue
after dinner; and the merits of our present poets and writers would be
discussed with the claret. Honeyman was well enough read in profane
literature, especially of the lighter sort; and, I daresay, could have passed
a satisfactory examination in Balzac, Dumas, and Paul de Kock himself, of all
whose works our good host was entirely ignorant, ---as indeed he was of
graver books, and of earlier books, and books in general, ---except those few,
which, we have said, formed his travelling library. He heard opinions that 
amazed and bewildered him; he heard that Byron was no great poet, though a
very clever man; he heard that there had been a wicked persecution against
Mr. Pope's memory and fame, and that it was time to reinstate him; that his
favourite, Dr. Johnson, talked admirably, but did not write English; that
young Keats was a genius to be estimated in future days with young Raphael; 
and that a young gentleman of Cambridge who had lately two volumes of verses, 
might rank w the greatest of all. Doctor Johnson not write English! Lord Byron
not one of the greatest poets of the world! Sir Walter a poet of the second 
order! mr. Pope attacked for inferiority and want of imagination; Mr. Keats
and this young Mr. Tennyson of Cabridge, the chief of modern poetic
literature! What were these new dicta, which Mr. Warrington delivered with a
puff of tobacco smoke; to which mr. Honeyman blandly assented, and Clive
listened with pleasure? Such opinions were not of the Colonel's time. He tried
in vain to construe, '(Enone.' and to make sense of 'Lamia.' 'Ulysses' he
could understan; but what were these prodigious laudations bestowed on it?
And that reverence for Mr. Wordsworth, what did it mean? Had he not written
'Peter Bell', and been turned into deserved ridicule  by all the reviews?
Was that dreary 'Excursion' to be compared to Goldsmith's 'Traveller' or 
Dr. Johnson's 'Imitation of the Tenth Satire of Juvenal?' If the young men
told the truth, where had been the truth in his own young days, and in what
ignorance our forefathers been brought up? Mr. Addison was only an elegant
essayist and shallow trifler! All these opinions were openly uttered over
the Colonel's claret, as he abd Mr. Binnie sat wondering at the speakers,
who were knocking the gods of their youth about their ears. To Binnie the
shock was not so great; the hard-headed Scotchman had read Hume in his college
days, and sneered at some of the gods even at that early time. But with 
Newcome, the admiration for the literature of the best century was an article
of belief, and the incredulity of the young men seemed rank blasphemy. 'You 
will be sneering at Shakespeare next,' he said; and was silenced, though
not better pleased, when his youthful guests told him, that Dr. Goldsmith,
sneered him too; that Dr. Johnson did not understand him; and that Congreve,
in his own days and afterwards, was considered to be, in some points, 
Shakespeare's superior, 'What do you think a man's criticism is worth, sir,'
cries Mr. Warrington, who says those lines of Mr. Congreve about a church---
  'How reverrend is the face of yon tall pile,
   Whose ancient pillars rear their marble head,
   To hear aloft its vast ponderous roof,
   By its own weight made stedfast and immovable;
   Looking tranquillity. It strikes an awe.
   And terror on my aching sight"---et cetera---
what do you think of a critic who says those lines finer than anything
Shakespeare ever wrote? A dim consciousness of danger for Cleve, a terror
that his son had got into the society of heretics and unbilievers, came
over the Colonel; and then presently, as was the wont with his modest soul, 
a gentle sense of humility."
---W. Thackeray. The Newcomes. chap. xxi

(時折、彼(ニューカム大佐)は、ウォリングトン、ハムマン、ベンデニスの諸氏の
ような紳士を家に集めてパーティを開いたものだが、そんな時、食後に文学談義が始
まる事があった。当代の詩人、作家たちの長所・短所が、クラレット酒の勢いを借り
て議論された。ハニマンは風俗的な文学、とりわけ軽いものをよく読んでおり、バル
ザック、デュマ、ポール・ド・コックについて試験でもあれば、立派に合格しただろ
う。ところが、わが善良なる主人役ニューカム氏はこれらの面々の作品をまるきり知
らないのであった。──いや、それを言うなら、もっと真面目な本、古典的な本、さ
らには本一般についても同様で、例外は、前にも述べたが、旅行(インド)にもって
ゆく僅かな本だけだった。だからいま耳にするのは、彼を驚かせ、煙にまくような意
見ばかりだった。バイロンは頭がきれるけれど、たいした詩人じゃないとか、ポープ
氏の遺業、名声には質(たち)のよくない非難が投げ掛けられたけれど、名誉回復す
る時が来たとか、氏のご贔屓ジョンソン博士は談話の名人だが、英語の文章は拙劣だ
とか、若くして死んだキーツは、やはり若くして逝ったラファエロ同様、評価を将来
に持つ天才だとか、最近二冊の詩集を刊行したケンブリッジの青年は最高の詩人たち
と肩を並べる存在になるかもしれない、といった話なのだ。ジョンソン博士の書く英
語が駄目だ! バイロン卿が世界最高の詩人の一人じゃない! サー・ウォルター・
スコットが二流詩人だ! ポープ氏が劣悪で貧弱な想像力のゆえに叩かれ、キーツ氏
とケンブリッジのこのテニソン青年が現代詩の王者になる!こういう新奇な言い草は
いったい何なのだろう? ウォリングトン氏は煙草を吹かしながらこれを語り、ハニ
マン氏はおだやかに賛意を表し、そしてクライヴは嬉しげに拝聴している。こんな意
見は大佐の時代にはなかった。彼は『オイノーネー』の意味を探り、『レイミア』を
読み解こうとしたが、歯が立たなかった。『ユリシーズ』は彼にも判ったが、それに
してもこれに捧げられる途方もない賛辞はいったい何なのか? そしてワーズワース
氏へのあの尊敬、あれはどういう意味なのだ! 氏は『ピーター・ベル』を書いて、
書評家たちから一斉に、それに相応しい嘲笑を浴びせかけられたのではなかったか?
あの陰鬱な『逍遙』が、ゴールドスミスの『旅人』やジョンソン博士の『ユウェナリ
ス諷刺詩第十篇に倣(なら)いて』に比較できるものっだろうか? もしこの青年た
ちが真理を語っているのなら、自分の若い時代には真理はどこにあったのだろう?
それに、われわれの祖先は何という無知のなかで育ったことか? アディソン氏が優
雅な随想家で、浅薄な漫筆家にすぎない! こうした意見が、大佐のクラレット酒を
がぶがぶ飲みながら、堂々と述べられた。大佐とピニー氏とは、自分の青春時代にあ
がめていた神々の像を、おしゃべりの若者たちが次々と打ちのめしてゆくのを、呆然
として聞いていた。ピニー氏にとっては、衝撃はそれほどではなかった。この冷静な
スコットランド人は大学時代にすでにヒュームを読んでおり、そんな早い時期からあ
る種の神々を冷笑したのである。だがニューカムには、前世紀の文学に対する賛美の
念は一つの信仰箇条であり、若者たちの不信はとんでもない冒涜に思われた。「君た
ちはそのうちシェイクスピアまで冷笑するのではないですか?」と彼は言ったが、客
の若者が、ゴールドスミス医師だってシェイクスピアを冷笑しましたよ、ジョンソン
博士は彼を理解できなかったそうです、コングリーヴは、彼の時代でも、後の時代で
も、いくつかの点でシェイクスピアより上だと考えられていました、などと言うのを
聞いて、口を閉ざした。嬉しくなってそうしたわけではない。「あなたはどうお考え
になりますか?」ウォリングトン氏が大声で言った。「コングリーヴ氏が教会を歌っ
た時に、こういう文句があるんですよ──」
  かの高く聳える建物の何という尊さ。/
    その古き柱は大理石の頭を持ち上げ、/
    自分の重みによって不動の安定を得た/
    堂々たる巨大な屋根を高々と支え、/
    静寂の姿を示す、わが眼(まなこ/
    畏敬と恐怖に打たれ、痛みを覚ゆ。
この詩がシェイクスピアの書いたどの作品よりすぐれているという批評家を、あなた
はどうお考えになりますか?」息子クライヴが危険に陥っているのではないかという
意識、息子が異端者、不信心者の仲間入りをしたという恐怖が大佐を襲った。しかし
やがて、慎ましい彼の人柄の常として、穏やかな謙虚な気持が戻ってきた。
──サッカレイ『ニューカム家の人々』第二十一章



世を敵にする覚悟
   2011/8/23 (火) 07:51 by Sakana No.20110823075144

8月23日

「<焦点意識に競争あり>で、一つの暗示を
得る前に、多少の争闘が個人意識の波線上に
見られます」
「それは、わかった」
「さらに、この暗示を集合意識の上に及ぼそ
うとすると、普通の場合においては、激烈な
る反抗を喚起するのが常態です」
「人間の集合意識には保守的なところがある」
「いやしくも卓落不群にして、人の籬下に立
たず、他の門しょうに走らず、毅然として一
家の言をなさんとせば、あらかじめ世を敵に
する覚悟なかるべからず」
「尋常な覚悟ではない」
「敵を圧倒するの気魄と精力なかるべからず」
「精神一倒何事かならざらん」
「偉大にして独造的なる点で、他をして吾を
愛読せしむべき趣味を創建せざるべからず」
「独造的とは如何なる意味か?」
「斬新なる暗示に過ぎず」
「創建とは?」
「Fを倒して崛起(くっき)するF'の意義に
異ならず」


凡庸の群
   2011/8/26 (金) 08:23 by Sakana No.20110826082303

8月26日

「"No truth of excellence was ever seen
But bore the venom of the vulgar's spleen."
(素晴らしい真実で/
  俗衆の不機嫌から発生する毒素をあびなかっ
たものはない)」
「誰だ、そんなことを言った奴は?」
「ジョージ・チャプマンという詩人です」
「そんな詩句を引用するところをみると、漱
石も意識していたにちがいない」
「世に先んずる一分の才あって、俗を抜く事半
歩に過ぎざるも、この材幹を振ひ、その見地に
住せざるものは、天の己れを空(むなし)うせ
ざるに、進んで天を空しうせるの責(せめ)を
負はざるべからず。天に負(そむ)かざらんと
欲せば一分は一分の争を敢てせざるべからず。
半歩は半歩の戦を挑まざるべからず」
「狂気かどうかわからないが、漱石は意気軒昂
としている」
「一分の一も半歩の人も等しくこの戦争を経ん
がために天意を以て人間に生れたるものなり。
然れども戦争は遂に戦争に過ぎず。戦争のうち
に成功の意義を含めるものなし。従って俊才奇
傑は往々にして中道に挫折して凡庸の群に入る」
「凡庸の群は幸いなるかな」
「凡庸の群に入るとき天下は泰平なればなり。
凡庸は処世の方針として尤も安全なればなり。
古諺に君子危に近よらずといへるはこれがため
なり」


天才の群
   2011/8/29 (月) 07:22 by Sakana No.20110829072253

8月29日

「古より今に至って草奔(そうもう)に埋没
し、陋巷(ろうこう)に湮滅(いんめつ)し
た天才の数は夥(おびただ)しく、とても数
えきれません」
「そんなことはない。天才の数はほんの一握
りだ」
「天才で生前に名があらわれて成功した人は
一握りしかいないとはいえるかもしれません
が、無名のまま埋没、湮滅した天才はゴマン
といます」
「そういえば、死後に名声があらわれる天才
もなかにいる」
「なかにはいますが、その数はそれほど多く
はありません。天才は死後に必ず謳歌せらる
べしとは誤れる世俗の断見に属す」
「なぜ夥しい数の天才の群は成功しないのだ
ろう?」
「衆寡敵せざるは一般の原則なるが故に、天
才の多くは猛烈なる戦争を命のあらんほど持
続して遂に窮途に斃るること多しとす」


叙情歌謡集
   2011/9/1 (木) 07:03 by Sakana No.20110901070344

9月01日

「『叙情歌謡集』(Lyrical Ballads(はワー
ズワースがコールリッジとともに1798年に出
版した詩集です」
「英文学の古典だ」
「『叙情歌謡集』はロマン主義を切り開くこ
とになった詩集です。1798年は英国文学界の
集合意識Fが古典派の時代ですから、『叙情
歌謡集』が最初から古典と目されたわけでは
ありません」
「なるほど」
「The Monthly Review誌の評は、粗野怪異な
るチョーサーの韻語を踏襲して得たりとなす
は独り詩歌を堕落せしむるのみならず、かね
て英語を堕落せしむるものにあらずや、です」
「チョーサーは十四世紀の詩人。彼の文体を
とりいれたら英語が堕落するという主張は、
紫式部の文体をとりいれたら日本語が堕落す
るというようなものだ」
「ドライデン、ポープ、グレイなど古典派の
詩人の高雅なる題目と優麗明媚な調を十四世
紀の方言と作風に改めることにThe Monthly
Review誌の評は反対しているのです」
「ドライデン、ポープ、グレイの詩を読んだ
ことのない連中にそんな評を紹介しても意味
がない」



老水夫の歌
   2011/9/5 (月) 05:37 by Sakana No.20110905053749

9月04日

「コールリッジの詩『老水夫の歌』(The Rime
of the Ancient Mariner)は古今の名作として
有名です」
「アホウドリの名作だ」
「ところが、The Monthly Review誌の評語に曰
く、<吾人はこの詩において微妙なる風韻を認
めざるにあらず。然れどもその荒唐不稽にして
かつ支離滅裂なるは事実なり。一篇の趣意那辺
に存するかを弁ぜず。或は婚礼の賓客をして饗
応にあづかるを得ざらしむるの悪戯ならざるや
を思はしむ・・・・・・」
「名作をアホウドリに理解させるのは難しい」
「当時の群盲は全く空瞑縹渺の趣を理解できま
せんでした」
「現在の群盲も『老水夫の歌』が名作であるこ
とを知っているだけで、内容は全く理解してい
ない。アホウドリは永遠なり」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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