夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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善玉と悪玉の幻惑
   2011/6/9 (木) 06:32 by Sakana No.20110609063256

6月09日

「漱石先生は藤尾を紫の女として絢爛たる美
文で描写しておきながら、兄の欽吾は藤尾を
嫌うという設定になっています」
「漱石自身が嫌っていたことは小宮豊隆宛の
手紙でわかる」
「<藤尾といふ女にそんな同情をもってはい
けない。あれは嫌(いや)な女だ。詩的であ
るが、大人(おとな)しくない。徳義心が欠
乏した女である。あいつを仕舞に殺すのが一
篇の主意である>という内容ですね」
「生かすも殺すも自分の胸三寸だと不遜な作
者は思っている」
「美ではプラスの価値で読者を幻惑している
のに、道徳的には、勧善懲悪の前提に立って、
藤尾はマイナスの方向に読者を幻惑していま
すね」
「映画では藤尾の美貌に観客は幻惑されてい
るから、<嫌な女>だと作者がいっても幻惑
されにくい」
「でも藤尾の母親は、<嫌な女>の容貌で、
<嫌な女>の言動をしています」
「演じているのは誰だ?」
「昭和十年の映画では梅村蓉子 昭和十六年の
映画では伊藤智子です」
「そんな昔の女優の名前をあげても、イメー
ジが浮かんでこない」
「映画を観ればわかります」
「映画は原作以上に容貌で善玉と悪玉の区別
を幻惑してくるから気をつける必要がある」


夢十夜
   2011/6/12 (日) 06:48 by Sakana No.20110612064801

6月12日

「漱石先生の『夢十夜』は二○○七年に実相
寺昭雄、市川崑ら十一人の監督によって映画
化されています」
「原作は一人、映画は十一人による同床異夢
のオムニバス作品」
「一応、監督の名前を並べておきます。
 第一夜 (百合) 実相寺昭雄
 第二夜 (無)  市川崑
 第三夜 (石地蔵)清水崇
 第四夜 (蛇)  清水厚
 第五夜 (鶏)  豊島圭介
 第六夜 (海) 松尾スズキ
 第七夜 (彫刻) 天野喜孝、河原真明
 第八夜 (金魚売)山下敦弘
 第九夜 (鈴の音)西川美加
 第十夜 (豚)  山口雄大」
「カッコの中が夢のテーマか」
「それは私が自分の参考のためにメモしたも
のです。漱石先生の命名ではありません」
「死にかけている女が<百年待って下さい>
と言った夢は第一夜だ」
「<御前がおれを殺したのは今から丁度百年
前だね>と六つになる背中の子が言った夢は
第三夜です」
「すると、過去も未来も百年が夢の境という
ことになるかな」
「第五夜は神代に近い古い昔の夢です。千年
以上も前の集合的無意識でしょう」


黒澤明の夢
   2011/6/15 (水) 06:09 by Sakana No.20110615060903

6月15日

「黒澤明監督の映画『夢』(1990年)は<こ
んな夢を見た>ではじまる八話のオムニバス
です」
「漱石の『夢十夜』の形式を踏襲している」
「夢の内容は違います。漱石先生の夢は無意
識に潜んでいる前世の記憶が罪の意識として
よみがえってくるような夢が多いですね」
「黒澤明の夢には前世の記憶に由来するもの
はないのか」
「たとえば、『日照り雨』は狐の嫁入り、
『桃畑』はひな人形と桃の木、『鬼哭』は地
獄の鬼、『水車のある村』は水車と葬式の夢
ですが、前世の記憶というより、子供の頃に
見聞した記憶に由来していると思います」
「大人になってから経験したトラウマの記憶
に由来する夢は?」
「『トンネル』がそうでしょう。戦争で死ん
だ仲間たちの夢ですから。『雪あらし』は登
山で遭難し、雪女に助けられる夢、『鴉』は
画家のゴッホが描く麦畑の鴉の夢ですが、ゴ
ッホとも会話をしています」
「黒澤明はゴッホが好きだったとみえる」
「『赤富士』は富士山が爆発し、原発が六基
爆発して多数の死者が出た夢です。二十年前
に福島原発事故を予知した夢として注目され
ます」
「富士山は今のところまだ爆発していない」


三四郎
   2011/6/18 (土) 08:32 by Sakana No.20110618083204

6月18日

「『三四郎』は『虞美人草』『抗夫』に次い
で、漱石先生が朝日新聞に連載した三番目の
長編小説ですが、その前後には『夢十夜』と
『永日小品』の連載があります。

『夢十夜』明治四十一年七月二十五日〜八月五日
『三四郎』明治四十一年九月一日〜十二月二十九日
『永日小品』明治四十二年一月一日〜三月十日」

「『永日小品』は『夢十夜』のような作品を
との依頼に応じて書かれたものだ」
「そうすると、時系列的には『三四郎』も夢
のような小説かもしれませんね」
「夢にしては散文的な現実の世界だ」
「でも、青春の夢、ストレイシープの夢、ヘ
リオトロープの夢があります」
「ヘリオトロープは幻惑だよ」


美禰子
   2011/6/21 (火) 08:23 by Sakana No.20110621082359

6月21日

「三四郎が恋心を寄せるだけあって、里美美
禰子は魅力的な女性ですね」
「美禰子が二十三歳の学生に対してストレイ・
シープと口走るところなど、漱石の幻惑のテ
クニックは見事だ」
「中川信夫監督の映画では八千草薫が美禰子
を演じています。池のほとりで、当時二十四
歳の八千草薫の瞳にじっと見つめられたら、
山田真二の三四郎にかぎらず、男なら誰だっ
てイチコロでしょう」
「それは映画の幻惑だよ。八千草薫は西川美
和監督の映画『ディアドクター』2008)では一
人暮らしの老女を演じて健在だが、山田真二
はすでに故人になっている」
「英語の原書を読みこなせる才色兼備の女性
という点では、美禰子は『虞美人草』の藤尾
と似ています」
「<我は我が咎(とが)を知る。我が罪は常
に我が前にあり>と悔い改めたので、美禰子
は藤尾のように殺されなかった。漱石が手心
を加えたからだが、それも幻惑のテクニック
だ」


それから
   2011/6/24 (金) 09:46 by Sakana No.20110624094631

6月24日

「『それから』という題名は面白いですね。
『三四郎』の続篇という意味なら三年後の三
四郎が代助、美禰子が三千代ということにな
ります」
「三年たっても三四郎→代助はあまり変わら
ないが、美禰子と三千代ではたいへんな変わ
りようだ」
「三千代は不幸な結婚生活のため、すっかり
世帯やつれしてしまいました」
「夫に依頼された三千代が代助に借金を申し
込みに訪れるシーンでは、美禰子の面影はな
い」
「美禰子は三四郎に三十円貸してやったのに、
三千代は代助から三百円借ります」
「坊っちゃんの月給が四十円、尾崎紅葉『金
色夜叉』の富山が指にはめていたダイアモン
ドの指輪の値段が三百円だ」
「漱石先生はお金のことを書いて下さってい
るので当時の世帯風俗を知る上でたいへん参
考になります」
「金は人生の幻惑の種の一つとみなして、文
学の幻惑の材料に使ったのだろう」


限られた時間
   2011/6/27 (月) 06:33 by Sakana No.20110627063335

6月27日

「文学論の成果が実作でどのように応用され
ているか。映画をてがかりにして『坊っちゃ
ん』『吾輩は猫である』『虞美人草』『夢十
夜』『三四郎』『それから』を読み直しまし
たが、感想をまとめるのは難しいですね。正
直にいって、隔靴掻痒です」
「『夢十夜』は後まわしにすると言っていた
が」
「すみません。映画化された作品を時系列で
並べると『夢十夜』のほうが先になるので、
『こころ』を後まわしにしました」
「映画化されていない作品はどうする?」
「『草枕』『門』『彼岸過迄』『行人』『こ
ころ』『道草』『明暗』は2−3ヶ月後に読
み直す予定です。それから『野分』と『抗夫』
など未読作品もこの機会に読むことにします」
「まだ読んでいなかったのか?」
「肝心の『文学論』だってまだ読了していま
せん。これからラストスパートをかけて読了
し、その後で残りの作品にとりかかることに
しましょう」
「ずいぶんスローペースだな」
「私にとってはペースが早すぎますが、与え
られた時間には限りがあります。やむをえま
せん」


吾人意識の推移は次第なるを便とす
   2011/6/30 (木) 07:47 by Sakana No.20110630074752

6月30日

「約二ヶ月間、道草をくいましたが、気をと
り直して『文学論』の講義に戻ります」
「尻尾はどこだ?」
「第五編 集合的F 第五章 原則の応用(三)
です」
「しばらく中断していたので、つながりがわか
らない。簡単におさらいをしてくれ」
「第五編 集合的F
  第一章 一代における三種の集合的F
  第二章 意識推移の原則
  第三章 原則の応用(一)
      新しい暗示の自然と必要
  第四章 原則の応用(二)
      予期の自然と必要
この順番で、漱石先生の講義を拝聴しておりま
す」
「それでは、第五章 原則の応用 では何を
学べばよいのか」
「吾人意識の推移は次第なるを便とす」
「なんだと?」
「吾人は一面において新を追はんと欲するの
念と、他面において旧を慕ふの念とを偶有す
るを悟るべし。而してこの両傾向が同時に活
動して意識の波動に影響を及ぼす事あらば、
この両傾向に支配せられて出現する頂点の内
容は論理上、下の如くなるならざるべからず。
──全然新なるを得ず、全然旧なるを得ず、
新に移らんとするとき旧はこれを抑へ、旧を
復せんとするとき、新はこれを駆るが故なり。
ここにおいてか第五章の必要を生ず。第五章
に証明せんとするは、<吾人意識の推移は次
第なるを便とす>の原則なり」


進化論
   2011/7/3 (日) 07:34 by Sakana No.20110703073424

7月03日

「<吾人意識の推移は次第なるを便とす>と
いう法則はおわかり頂いたでしょうか」
「<次第なる>という表現がピンとこない」
「<漸次なる>と言い換えればわかるでしょ
う」
「<吾人意識の推移は漸次なるを便とす>。
逆に考えれば、<吾人意識の推移は唐突なる
を不便とす>か」
「この種の推移を実例に求めると、慶事に、
学界に、文壇に、至るところに見られます」
「地動説は如何?進化論は如何?」
「進化論も一朝一夕にあらわれたものではあ
りません。はるか昔の上代ギリシアにまでさ
かのぼるといえば茫漠としてきますが、近世
進化論の発達だけをみても、ビュフォンに始
まって、イラズマス・ダーウィン(チャール
ス・ダーウィンの祖父)に至り、さらにラマ
ルクに伝わり、チャールス・ダーウィンの発
見につながったのです。しかも、チャールス・
ダーウィンに至って進化論はその発展を尽く
したのではなく、その後もスペンサー、ウォ
レス、ヘッケル、ハックスレイ、ベートソン、
ヴァイスマンと続いています」
「今西錦司もいるぞ」
「つまり、暗示の伝統は皆徐々として次第な
らざるなし」


截然たる生活史
   2011/7/6 (水) 07:28 by Sakana No.20110706072809

7月06日

「暗示と予期とは意匠術に及ぼす動静の二力
なりと、イギリスの人類学者ハッドンは言っ
ています」
「ハッドンとかタドンとか、そんな名前の人
類学者は聞いたことがない」
「ハッドンによれば、芸術的表現において吾
人のいわゆる截然たる生活史(a distinctive 
life-history)と名づけるものを産出するのは
この両作用の活動によります」
「生活史とは?」
「生活史は生、長、死の三期より成ります。
言い換えれば、吾人は芸術的発展の程次とし
て原始、進化、衰頽の三期を認識するのを便
宜とします」
「問題は真ん中の進化だ」
「AはBを暗示し、BはCを暗示して遂にD
もしくはEに達しますが、AとD、もしくは
AとEを比較すると、木に竹をついだように
ようになります。両者はまったく似ていませ
ん。しかし、接続した推移の二程次を相互に
対照すれば、その進化が偶然ではないことが
わかります」
「そうかな」
「暗示の漸次なるこれに至って遂に争ふべか
らず」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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