夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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無常
   2007/9/20 (木) 08:38 by Sakana No.20070920083811

9月20日

「もののあはれというよりむしろ無常が日本
人の哲学の主流なのではないでしょうか」
「日本人の無常観はフィーリングだよ。哲学
体系などはない」
「もののあはれもフィーリングです」
「折に触れ目に見耳に聞く物事に触発されて
生ずる、しみじみとした情趣や哀愁──たし
かにフィーリングではあるが、本居宣長が発
見したように、日本文学の伝統の美はものの
あはれにみとめられる」
「それは無常とは違うのですか」
「無常はインド人の哲学だ。龍樹(りゅうじゅ、
ナーガルジューナ、150年-250年頃の『中論』
に由来する」
「中(ちゅう)は中庸や中道とは違うのです
ね」
「インド人のいう中とはいずれにも偏らない
立場だ」
「そんな立場をとるのは現実には無理です」
「この世のすべての現象は空(くう)。その
現象を人間は認識したと錯覚しているが、実
は存在現象自体も認識するそのことも誤りだ」
「どうすればよいでしょう」
「すべてのとらわれから離れた、いずれにも
偏らない<中(ちゅう>の立場をとればよい」
「やはり、もののあはれのフィーリングとは
違うようです」



事実の観察
   2007/9/23 (日) 14:44 by Sakana No.20070923144430

9月23日

「英文学は事実の観察、独文学は哲学的思弁
に特徴があります」
「その見方は一般論にすぎないといったはず
だ」
「そうですが、一般的にいって、日本人にと
っては哲学のない英文学のほうがなじみやす
いと思います」
「英文学にも哲学がないわけではない。カン
ト、ヘーゲルの観念論に対して、ロックの経
験論は哲学の潮流の双璧だ」
「すると、事実の観察という英文学の特徴は
経験論の哲学とかかわりがあるのでしょうか」
「まあ、一般的にいって、そうだね」
「しかし、経験論は哲学っぽくありません」
「それは哲学ということばにまどわされてい
るからだ」
「では、<日本の小説には哲学がない>など
というのは・・・」
「ことばにまどわされている莫迦の妄言だよ」


哲学の問い
   2007/9/26 (水) 08:30 by Sakana No.20070926083051

9月26日

「もの思う秋は、哲学について考えてみたい
と思います」
「哲学のいちばんの問いは何だ」
「人生いかに生きるべきか、でしょう」
「それはドイツ観念論だ。イギリス経験論は
違う」
「イギリス経験論の問いは何でしょう」
「人生いかに生き延びるか、あるいは人生い
かに勝つべきかだ」
「なるほど、ダーウィンの進化論が生まれた
国らしいですね」
「ロビンソン・クルーソーを生んだ国でもあ
る」


武士道
   2007/9/29 (土) 08:13 by Sakana No.20070929081303

9月29日

「日本人にとって根本的な哲学の問いは何で
しょう」
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の
水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ
消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世
の中にある人とすみかと、またかくの如し」
「それは哲学の問いではありません」
「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」
「その哲学は絶滅に瀕しています」
「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」
「その哲学は死んでいます」
「人生いかに生きるべきか」
「一昔前の日本人のようです」
「人生いかに生き延びるか、あるいは人生い
かに勝つべきか」
「それが、現代日本人の哲学の問いのようで
すね」
「鬼畜**の影響だ。嘆かわしい」



プラグマティズム
   2007/10/4 (木) 08:50 by Sakana No.20071004085007

10月4日

「私の卒論のテーマは、実はプラグマティズ
ムでした」
「文学ではなかったのか」
「文学を卒論のテーマにすると、夭折してし
まいそうなので、動物的カンをはたらかせて
避けたのです」
「夭折を怖れるとは武士の風上にもおけない」
「風下のほうが人生を生き延びるのに適して
います」
「それがプラグマティズムの哲学の教えか」
「物事の真理を実際の経験の結果により判断
し、効果のあるものは真理であるとするのが
プラグマティズムの哲学です」
「イギリス経験論の流れをくむアメリカの哲
学だが、効果や効率に目を向けすぎると世の
中はおかしくなる。無用の用という真理を知
らないのか」
「無用の用というのかどうかは記憶にありま
せんが、たしかプラグマティズムにも美学は
あると思います」
「美学は文学につながる」
「ですから、動物的カンを働かせて、今度は
文学を見直しているところです」


観念論と経験論
   2007/10/7 (日) 07:59 by Sakana No.20071007075952

10月7日

「没理想論争の淵源を整理してみます」
「整理整頓、火の用心」
「ごくおおざっぱにいって、西洋哲学の理想
はプラトンのイデア説に発して、カント、ヘ
ーゲル、マルクスらの観念論につながります」
「マルクスは観念論ではなく唯物論だろう」
「マルクスの弁証法的唯物論という歴史発展
の法則は一種の観念論ですよ」
「それは極論だが、まあいいだろう。議論を
していたら日が暮れる」
「一方、西洋哲学の没理想はアリストテレス
の模倣説(模写説)に発して、ロックやヒュ
ームの経験論、ジェームズやデューイのプラ
グマティズムにつながっています」
「すると、森鴎外と坪内逍遙との没理想論争
は・・・」
「プラトンとアリストテレスとの論争の焼き
直しということになります」
「強引だな。まあいいだろう。議論をしてい
たら日が暮れる」


イデア
   2007/10/10 (水) 09:04 by Sakana No.20071010090431

10月10日

「プラトンによれば、イデアとは最高度に抽
象的な完全不滅の真実の実在的存在であり、
感覚的事物はその影でしかありません」
「釈迦によれば、感覚的事物(=色)は空だ」
「人間が花を見て美しいと感じるのは<美>
というイデアが実在しており、個別の花に
<美>のイデアが分有されているからだそう
です」
「美しい『花』がある、『花』の美しさとい
うようなものはない……」と、小林秀雄は
『無常という事』で言い放っている」
「花は散ってしまいます。それでは、ヘラク
レイトスがいうところの<万物は流転する>
になって困るのです」
「困ったって仕方がない」
「私は理想を信じたいのです」
「空あるいは影だという認識を抱いた上で信
じるならそれでよい」




模倣(ミメーシス)
   2007/10/13 (土) 12:44 by Sakana No.20071013124415

10月13日

「文学の創作活動の基本的原理は何だろう」
「アリストテレスによれば、芸術創作活動の
基本的原理は模倣(ミメーシス)で、文学は
言語を用いての模倣です」
「模倣は創造ではない」
「上手に模倣すれば、創造になるのではない
でしょうか」
「その考えが正しいとすれば、日本人は模倣
が上手だといわれているから、文学などの芸
術の創造に向いた国民だということになる」
「でも、古代ギリシヤの時代は日本の縄文時
代です」
「日本人が文字を知らない頃、古代ギリシヤ
では、悲劇、喜劇、叙事詩などが創造されて
いた」
「理想像の模倣が悲劇的成立には必要不可欠
だそうです」
「理想像とはイデアのことかな」
「たぶん、そうでしょう」
「悲劇を観て何になる?」
「カタルシス(心情の浄化)です。悲劇にか
ぎらず、すぐれた文学にふれると、カタルシ
スが得られるのです」



詩人追放論
   2007/10/16 (火) 09:55 by Sakana No.20071016095508

10月16日

「プラトンの哲学で気になるのは理想の国家
から詩人を追放したことです」
「理想国家の教育では、正しい知識とたんな
る思いなしが区別され、正しい知識だけが教
えられる」
「すると、詩は?」
「詩のほとんどは模倣、誇張、歪曲、ナンセ
ンスだ。正しい知識ではない」
「しかし、詩によってカタルシス(心情の浄
化)が得られるという人もいます」
「それはつかの間の慰めにすぎない」
「つかの間でも慰めが得られればよいじゃあ
りませんか」
「つかの間の慰めは無常だ」
「国家もああ無常です。理想の国家は正しい
知識を持った哲学者にゆだねるべきだとプラ
トンは主張していますが、そんな国家がこれ
までに存在したことはないし、今後もこの世
に存在し得るとは思えません」


外堀と内堀
   2007/10/19 (金) 07:17 by Sakana No.20071019071736

10月19日

「気のむくまま話題があちこちに脱線してお
りますが、そろそろ本題に戻りましょう」
「本題は何だっけ?」
「漱石先生の文学論です」
「難解すぎるといって頭をかかえていたが、
理解できたのか」
「それはまだ理解できていませんが、まず外
堀の『英文学形式論』を埋め、ついでに文学
に関する思想の流れの断片を拾いました」
「すると、次は内堀か」
「ええ、内堀は『文学評論』。これは十八世
紀の英文学についての評論です」
「現在は二十一世紀だ。そんな三世紀前の英
文学評論を研究しても意味がない」
「漱石先生の評論の方法──それを学ぶこと
に意味があると思います」
「それより江戸博物館でやっている夏目漱石
展へ行き、漱石の自筆原稿でも拝んできたら
どうだ」
「そんなものを拝んだって文学論は理解でき
ません」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe