夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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C(脳)とS(刺激)──続き
   2011/3/5 (土) 07:47 by Sakana No.20110305074753

3月05日

「まだ説明し足りないので、もう少し続けま
す」
「ウンザリ」
「而して吾人がこの現象世界に住して、身体
臓器の活動を支持する以上は、このSは外部
より内部より種々なる形をを以て刻々にCを
冒さんとするは明かなるを以て、CがC'に推
移するまでには幾多のSが却下せざるべから
ず」
「却下された幾多のSの身になって考えてみ
よ。可哀想ではないか」
「幾多のSが却下せられたるとき、尤もCの
傾向に適したる幸福なるSはCを抱いてC'を
生ず」
「最大多数の最大幸福を考えよ」
「この過程を意識に関したる語に翻訳すれば、
FのF'に推移する場合には普通Sの競争を経
ざるべからずといふ意義となる。而してこの
Sさへも意識的内容を有する方面より見るを
得るが故に、上の命題はFのF'に推移する場
合には普通幾多の<複合F>の競争を経ざる
べからずと変ずるを得」
「<複合F>?」
「先生は○の中にFを入れた形で表示されて
います。<複合F>とは焦点に存在するもの
の意味を有せず、識末もしくは識域下にある
ものをかね称す」
「さようか」
「かくの如くFのF'に移るには幾多の<複合
F>より申し込みを得て、そのうちより尤も
優勢なるものもしくはFの傾向に適したるも
のを採用するが故に、この意味において吾人
の意識焦点の推移は暗示法に支配せられると
いひべきに似たり」
「要するに、人間の集合意識Fが暗示に支配
されるという説をまわりくどく説明している
ようだ」
「如何となれば、F'は突然としてFを追ふて、
焦点に上るものにあらず。吾人が明瞭にこれを
意識する前既に幽かに暗示せらるるが故なり」


仮定と演繹
   2011/3/8 (火) 09:24 by Sakana No.20110308092434

3月08日

「人間の集合意識Fが暗示に支配されている
ことはおわかりになったことと思います。次
は仮定と演繹についてです」
「仮定はまあわかるが、演繹(えんえき)は
苦手だ」
「漢和辞典をひいて意味をよく調べてくださ
い」
「大辞林によれば、<諸前提から論理の規則
にしたがって必然的に結論を導き出すこと。
普通、一般的原理から特殊な原理や事実を導
くことをいう。演繹的推理>となっている」
「さて、仮定を下さなければならないのは、
C(脳)の傾向、S(刺激)の強弱、S(刺
激)の性質の差異、それに、F(意識の波動
の焦点)の傾向及びF'の傾向です」
「それで?」
「これらの仮定より出立して二、三の演繹が
得られます」
「その演繹とやらは信用できるのか?」
「而してその演繹する所はただに日常の経験
に徴して事実なるのみならず、その範囲を狭
く文学に限ってその応用を検するときは頗
(すこぶ)る興味ある結論を得るが如し」


巨大地震
   2011/3/12 (土) 13:25 by Sakana No.20110312132556

3月11日

「講義のレポート提出が遅れているぞ」
「ちょっと待ってください。巨大地震におそ
われて、それどころではありません。今、対
策に忙殺されていますので」
「ライフラインは?」
「インターネットはつながっていますが、水
道管が破裂しました。これから水と食料を確
保しに出かけなければなりません」


習慣の約束
   2011/3/14 (月) 06:55 by Sakana No.20110314065519

3月14日

「有力なるS(刺激)を加へざるときは、F
は自己の有する自然の傾向に随ってF'に移り
ます」
「巨大地震のようなS(刺激)を加えられた
今は自然の傾向に随うどころでない」
「パニックを起こさないようにお願いします。
自然の傾向とは経験の度をもっとも多く重ね
た順序にしたがって、経験の度をもっとも多
く重ねて自己に追陪(ついばい)せるF'に移
るということです。換言すれば吾人の意識推
移は習慣の結果によって連結された内容を、
習慣の結果によって得た秩序に配列しつつ進
行してこれを繰り返すのを常とします」
「・・・・・・」
「普通人民の意識は模擬的に出立して約束的
に進歩するものです。模擬的意識と約束的意
識とはその内容と順序において一致する事多
きが故に一を以て他に代用するを妨げざるに
似たり」
「文学的に説明してくれ」
「<鳥が鳴く>の後には必ず<東の空>を思
ひ浮べざるべからず」


Fの推移は突飛なるべからず
   2011/3/17 (木) 11:40 by Sakana No.20110317114001

3月17日

「Fが自己の傾向に従ってもっとも容易にF'
に至るのは習慣の約束によるものですが、そ
うでない場合はもっとも抵抗力の少ないF'を
選んでこれに移るのを常とします」
「そのF'とやらは要するに、同じものじゃな
いのか」
「同じものではない数多くの暗示のうち、自
己の傾向を害する度の激しくないF'を選んで
これに意識の焦点を譲るのです」
「すると、模擬的意識と能才的意識との違いか
な」
「そのように理解してよいと思います」
「それでどういう結論になるのだ?」
「吾人はここにおいて一の結論に達す。結論に
曰くFの推移は突飛なるべからず。次第なるを
便利とす」


Fと無関係ないし正反対のF'
   2011/3/20 (日) 11:11 by Sakana No.20110320111133

3月20日

「一方、Fが突飛な推移をして無関係ないし
性質が正反対のF'に移る場合があります」
「Fの推移は突飛なるべからずという結論と
矛盾するではないか」
「常住座臥の際、談笑歓楽の時、私たちの意
識の波動をチェックしてみると、突飛な推移
をする例はいくらでもあります」
「Fが自然の傾向にしたがってF'に推移する
場合やもっとも抵抗力の少ないF'に推移する
場合と比べて突飛な推移をして無関係ないし
性質が正反対のF'になる場合は多いのか、少
ないのか」
「それは個人の資質によるもので、何ともいえ
ません。心身の活動に富んだ人は老朽退嬰の人
に比べると比較的多く突飛なF→F'の推移を
する傾向があるようです」


禅の頓悟
   2011/3/23 (水) 08:44 by Sakana No.20110323084416

3月23日

「禅に頓悟なるものあり」
「禅僧一休には頓知なるものがある」
「Fが突飛な推移をして無関係ないし性質が
正反対のF'に移る場合、それは頓悟のような
意識現象といってもよいと思います」
「聞いただけではピンとこないが」
「自ら悟(さとり)に近づきつつ、自ら知ら
ず、多年修養の功、一朝機縁の熟するに逢ふ
て、俄然として乾坤(けんこん)を新たにす
と」
「乾坤一擲」
「この種の現象は禅に限るにあらず。吾人の
日常生活において多く遭遇し得るの状態なら
ざるべからず」
「多くはのぞまないが、たまには遭遇したい
ものだ」
「ただ変化の至るまで内に昂騰(こうとう)
しつつある新意識を自覚する能はざるが故に
この種の推移に逢へばこれを突然といふ。表
面は突然なり。されども内実は次第なり。徐
々の推移なり。一代の時勢に即(つい)てこ
の種の推移を名づけて反動といふ。この解釈
に従へば反動は突然なるものにあらずして次
第ならざるべからざるものなり」


集合的意識の推移の法則
   2011/3/26 (土) 08:09 by Sakana No.20110326080934

3月26日

「これまでに述べてきた集合的意識の推移の
法則について次の通りまとめておきます。
「焦点波動の説だが、焦点Fが波動の頂点に
とどまる時間はいかほどか」
「まあ、ふつうは一分程度でしょう」
「一時間続くこともある。一日続くこともあ
る。一年続くこともあるかもしれない」
「それは個人の生涯を通じて続くこともあり
また、個人と個人をつなぐ相互意識の推移に
ついてもいえます」
「百年を下り、二百年を下りて推移しつつ、
永劫の因果を発展するもまたこの理に悖(も
と)らずか──気宇壮大の大風呂敷だね」

1)吾人意識の推移は暗示法によって支配さ
れる。
2)吾人意識の推移は普通の場合において数
多(あまた)の<複合的F>の競争を経る。
(ある時は、FとF'の両者間にも競争あるべ
し)。
3)この競争は自然なり。また必要なり。こ
の競争的暗示なき時は、
4)吾人は習慣的にまた約束的に意識の内容
と秩序を繰り返すに過ぎず。
5)推移は順次にして急劇(きゅうげき)な
らざるを便宜とす(反動は表面上急劇にして
実は順次なるものなり)。
6)推移の急劇なる場合は前後両状態の間に
対照あるを可とす(対照以外にこれと同等な
るまたは同等以上の刺激あるときはこの限り
にあらず)。、



相互意識の集合せる大意識
   2011/3/29 (火) 08:08 by Sakana No.20110329080837

3月29日

「相互意識の集合せる大意識は百年を下り、
二百年を下りて推移しつつ、永劫の因果を発
展させます」
「永劫の因果とは何ぞや?」
「それこそ、人生の謎です。漱石先生はその
謎を究明しようとして、『文学論』を講義し
てくださったのです」
「単なる漱石の仮定にすぎないのではないか」
「その仮定が間違っているとき、つまり、現
実世界においてその仮定が事実の証明によっ
て否定されたとき、漱石先生の理論は根本よ
りくつがえりますが、私は漱石先生を信じま
す。先生にならって永劫の因果を究明したい
と思います」
「どのようにして?」
「これまでに説明した原則をわが一生に応用
し、他の一生に応用し、われと他とをあわせ
た一代に応用し、さらに一代を重ねて不可思
議に遂行する浩蕩たる過去の歴史──幾億の
群衆が、各自に活動すると共に一団に活動し、
一団に活動すると共に一団に推移して、恐る
べき、抗し難き勢いの渦中に所謂天命の二字
を説明する過去の歴史──に応用するのです」


天命
   2011/4/1 (金) 08:25 by Sakana No.20110401082519

4月01日

「永劫の因果に関連して天命ということばが
使われているのに私は注目しました」
「漱石は四十にして惑わずの前から天命を知
っていたのか」
「孔子が天命を知ったのは五十ですが、漱石
先生は則天去私の境地に達してから五十でお
亡くなりになりました」
「『文学論』で天命の二字が使われていると
したら、則天去私はすでに『文学論』執筆当
時、つまり漱石がまだ三十代後半の頃に芽ば
えていたのかもしれない」
「それです、私が注目したのも


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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