夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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我、汝、彼
   2010/12/5 (日) 12:18 by Sakana No.20101205121811

12月05日

「作者が作中人物の一人と同化した場合は、
作者(=作中人物の一人)は我(あるいは余)
となって、他の作中人物を汝と呼ぶことがで
きます」
「その場合、読者はどうなる?」
「読者は作者(即ち、我または余と称するも
の)と直接相対するが故に事々切実にして窓
紗(そうさ)を隔てて庭せい(石+切)を望
むの遺憾なきを得るに近し」
「またわけのわからないことを言う。どうい
う意味だ?」
「窓の薄絹(紗)を通して庭の石畳を見る─
─つまり、間接的ではっきりしないことを見
るようなことはないという意味です」
「最初からそういえばよい」
「彼とは呼ばれたる人物の現場に存在せざる
ことを示す語です」
「彼を以て目せられる人物が彼と呼ぶ人物よ
りも遠い存在というのが言語上の約束だとい
うことはわかる」
「ですから、彼を変じて汝とするとき、現場
に存在しない人物が忽然として眼前に出頭す
ることになります」
「しかし、汝とは我に対する語だ。汝と呼べ
ば、我と汝との間には一定の距離がある」
「でも、汝が我に変化するとき、汝は作者の
眼前に据えられ、作者が篇中人物とがまった
く同化するわけですから、その距離は一気に
短縮されます」


書簡文体
   2010/12/8 (水) 09:27 by Sakana No.20101208092756

12月08日

「彼を変じて汝となすの法はいわゆる書簡文
体(epistolary form)の小説として文学界に
出現しました」
「雀化して蛤となる」
「書簡を以て一篇の小説を構成するとき、篇
中の人物は彼を汝と呼びますから、読者は汝
と呼ぶ人を通じて、汝と呼ばれる人と対座す
ることができます」
「それは便利な方法だ」
「便利ではありますが、大いなる不便もあり
ます。したがって、『パメラ』という書簡文
学の傑作を書いたリチャードソン以後、この
方法を踏襲する作者は少なくなりました」
「小説は会話を多用すればよい。小説の頁を
パラパラとめくって会話が多ければ読み、会
話が少なければ読まないというのは一般読者
の嗜好といってもよい」
「そうすると、芝居や映画の脚本に近くなり
ます」
「脚本だって文学だ。シェイクスピアの作品
が文学だというなら、黒澤明や山田洋次の脚
本も文学だ」
「たしかに、脚本のような空間短縮法は読者
を動かす上で効力があります。しかし、篇中
の相互に汝と呼ぶのは、作者が篇中の人物を
汝と呼ぶのとは異なります」


写生文
   2010/12/11 (土) 08:48 by Sakana No.20101211084819

12月11日

「もし作者が終始一貫して篇中人物の一人を
汝と呼ぶことができるとすれば、それは作者
が変じて余となって篇中にあらわれる場合に
限ります」
「余(よ)の考(かんがえ)がここまで漂流
して来た時に、余の右足(うそく)は突然坐
(すわ)りのわるい角石(かくいし)の端
(はし)を踏み損(そ)くなった(『草枕』)」
「いわゆる写生文なるものはことごとく、こ
の方法を用いています」
「写生文作者の描写する所は筋としてまとま
っていない場合が多い。篇中の人物が一定の
曲線を描いて一定の落所を示すことが少なく、
その多くは散漫にして収束なき雑然たる光景
だ。したがって、興味の中心は観察者即ち主
人公とならざるをえない」
「他の小説では観察を受ける事物人物が発展
し、収束し得るので、それが読者にとっては
興味の中心になりますが、写生文にあっては
描写されるものからは満足な興味が得られま
せん」
「説話者である余に興味を持ってもらうしか
ない」
「作者として見た余ではなく、篇中の人物と
して見た余です。余のパーソナリティは読者
にとって親しいものでなければなりません」


両詩の比較(ゴールドスミス対バーンズ)
   2010/12/14 (火) 08:10 by Sakana No.20101214081036

12月14日

「卑近なる間隔論はほぼ論じつくしました」
「一般論にすぎないが、まあいいだろう」
「この理論の応用はもとより千差万別で、作
者の手腕を持って始めて真価が発揮されます」
「あたり前田の犬千代」
「ポールグレーブ(Palgrave)編術の『詩歌
珠玉集』(Golden Treasury of Songs and 
Lyrics)は一代の好著として普(あまね)く
人の許す所なり」
「知らない英文学者はもぐり?」
「巻中にゴールドスミス(Goldsmith)とバー
ンズ(Burns)の詩が載っています。両詩とも
少女が身をあやまって、節を汚し、(ぜいせ
いの)悔を残喘(ざんぜん)に託して天地に
跼蹐(きょくせき)するの窮状を歌ったもの
です」
「バーンズの『美しいドゥーン河の岸で』は
以前にも引用されたことがある」
「8月19日付『天来の妙音』ですね」
「要するに、両詩を比較して鑑賞せよという
趣向か」
「次回の宿題にしておきましょう」

"When lovely woman stoops to folly
And finds too late that men betray---
What charm can soothe her melancholly,
What art can wash her guilt away ?

The only art her guilt to cover,
To hide her shame from every eye,
To give repentance to her lover
And wring his bosom, is---to die."
---O. Goldsmith

(美しい女が過ちに身を落とし、/
手遅れになってから男の裏切りを知ったとき、/
どんな魔法が女の憂いを癒す?/
どんな手だてが疚(やま)しい思いを洗う?/
疚しい思いを覆い、恥をみんなの目から隠し、/
不実な相手を悔い改めさせ、/
その胸に深い痛みを与える術(すべ)、/
その術はただひとつ──死ぬること。
───ゴールドスミス
   
"Ye banks and braes of bonnie Doon.
  How can ye bloom sae fair!
How can ye chant, ye little birds,
  And I sae fu'o'care!

Thou'll break my neck, thou bonnie bird,
  That sings upon the bough;
That minds me o' the happy days
  When my fause Luve was true."

Thou'll break my neck, thou bonnie bird,
  That sings beside thy mate;
For sae I sat, and sae I sang.
  And wist na o' my fate.

Aft hae I rov'd by bonnie Doon,
  Face aff its thorny tree;
And my fause luver staw the rose,
  But left the thorn wi' me.
---R. Burns. Bonnie Doon

(お前たち、美しいドゥーン河の岸よ、堤よ、/
どうして、お前たちはそんなに美しく花を咲かせられるのか!/
お前たち、小さな鳥よ、どうして歌うことができるのか。/
わたしがこんなに悲しみに満ちているのに!/

お前、枝のうえで歌う美しい鳥よ、/
お前の歌にわたしの心は張り裂ける。/
お前はわたしに思い出させる。楽しかった日々を、/
偽りの恋人がまだ真実であったあの日々を。

お前、連れ合いと寄り添って歌う美しい鳥よ、/
お前の姿にわたしの心は張り裂ける。/
わたしもそのように座り、そのように歌い、/
そして自分の運命(さだめ)を知らなかった。/

わたしは美しいドゥーン河の岸をいくたびかさまよい、/
すいかずらが絡み合うのを見た。/
どの鳥もみな恋の唄を歌い、/
わたしもわたしの恋を歌った。/

軽い気持でわたしは薔薇の花を一つ摘んだ、/
棘(とげ)のある木から。/
偽りの恋人はその薔薇の花を摘み、/
棘だけをわたしに残していった。
───バーンズ「美しいドゥーン河の岸で」)



間隔法の効果
   2010/12/17 (金) 06:14 by Sakana No.20101217061450

12月17日

「ゴールドスミスとバーンズ──両詩人の詩
を比較して、どちらの方に強く心を動かされ
ますか」
「どうせ、同じようなものだろう」
「それでは論議の余地なし、です」
「では、ゴールドスミスの方かな」
「はあ、そうですか。結構です。さようなら」
「待てよ。じっくり読んでみると、やはり、
バーンズの方が痛切だ。詩情に切に訴えてく
る。ゴールドスミスの及ぶところではない」
「何が故にバーンズの詩は痛切ですか」
「そんなことは言葉で簡単に表現できるもの
ではない」
「では及ばずながら私が説明しましょう。ゴ
ールドスミスの詩は冷静ですが、バーンズの
詩は悲哀に満ちています」
「いわれてみれば、そんな気もするが」
「バーンズの詩がすぐれている理由を列挙し
ておきます。
1)鳥といい、草といい、河といい、薔薇と
いい、感覚的材料に充ちている。
2)岸よと呼び、鳥よと呼ぶなど投出法を用
いることが多い。
3)禽声の和諧(わかい)を述べ、岸頭の碧
蕪(へきぶ)を望んで、これをわが孤愁暗涙
に対する点において強勢法にかなっている」
「なるほど。いずれもゴールドスミスの詩に
はない」
「さらに特筆すべきは、4)間隔法です。
作者と少女との間隔が短縮して、詩中で合一
しており、読者は不幸な少女と直接、相まみ
えているような気分になります」


叙情詩
   2010/12/20 (月) 07:34 by Sakana No.20101220073420

12月20日

「いわゆる叙情詩にあっては私たちの間隔の
常にもっとも短縮せる距離において詩中の趣
を味わい得るものとします」
「叙情詩とは何ぞや?」
「事物を叙するにあらず、性格を写すにあら
ず、その名の示す如く、情を歌ふものなり」
「(F+f)のf?」
「情を歌ふをもって主眼とす、勢(いきおい)
痛切ならざるべからず。情を歌ひて痛切とな
らんとするとき、歌ふものは自己ならざるべ
からず」」
「何故に?」
「自己より痛切なる情緒を有するものなけれ
ばなり」
「情緒の乏しい自己の持主もいるが」
「自己は自己なり。この故にかの叙情詩なる
ものは余を以て筆を起し、余を以て筆を擱く。
余とは作家なり。然らずんば作家と合致せる
主人公なり」



アイバンホー
   2010/12/23 (木) 07:38 by Sakana No.20101223073859

12月23日

「こんどはスコット『アイバンホー』からの
引用で間隔法の幻惑に注目しましょう」
「『アイバンホー』なら少年向けのダイジェ
スト版を読んだことがある」
「これは原文からの引用です。フロン・ド・
プーフと黒騎士との一騎打の描写は迫力があ
り、臨場感にあふれているでしょう」
「スコットらしい浪漫的な記述ぶりだ」
「単に記述の浪漫的なるを以てこの種の幻惑
を解し去らんとするは未だし。間隔論を念頭
に懸くる時、始めて牢関を透過して神(しん)
漸く下るを覚ゆ」
「カビの生えた漢学的修辞はもういい加減に
してくれ」
「ここでは戦闘の描写をするのは作者ではあ
りません。明眸皓歯の佳人レベッカです。作
者に代わってレベッカが語っています」
「つまり、作者→篇中人物→読者の間隔が縮
まっているといいたいのか」
「幻惑のさかんなる時、読者は作者の筆力に
魅せられて、一定の間隔を支持することを忘
れ、進んでこれに近づき、近づいてこれに進
み、遂に作者と同平面、同位地に立って、作
者の眼を以て見、作者の耳を以て聴くに至る
が故に作者と読者の間に一尺の距離をも余す
事なし」

"Holy prophets of the law! Front-de-Boeuf and the Black Night fight 
hand to hand on the beach, amid the roar of their followers, who watch
the progress of the strife---Heaven strike with the cause of the oppressed 
and of the captive! She then uttered a loud shriek, and exclaimed, "He is 
down!---he is down!"
"Who is down?" cried Ivanhoe; "for our dear Lady's sake, tell me which has
fallen?"
"The Black Night," answered Rebecca, faintly; then instantly again shouted 
with joyful eagerness---"But no!---the name of the Lord of Hosts be blessed!
---he is on foot again, and fights as if there were twenty men's strenght in 
his single arm---His sword is broken---he snatches an axe from a yeoman---he 
presses Front-de-Boeuf with blow on blow---The giant stoops and totters like 
an oak under the steel of the woodman---he falls---he falls!"
 "Front-de-Boeuf?" excaimed Ivanhoe. 
 "Front-de-Boeuf!" answered the Jewess; his men rush to the rescue, headed 
by the haughty Templar---their united force compels the champion to pause---
they drag Front-de-Boeuf within the walls."
---Scott, Ivanhoe. Chap. xxx.

(「ああ、大変。フロン・ド・プーフと黒騎士とが突破口で一騎打です。家来たちが
まわりで喚声をあげて、闘いの成り行きを見守っています──神様、虐げられた者や
虜(とりこ)にされた者の味方をして、打ちのめしてください!」それから彼女は甲
高い悲鳴をあげ、叫んだ。「倒れた!──倒れました!」
「倒れたのはどっちだ?」アイバンホーは叫んだ。「お願いだ、早く言ってくれ、ど
っちが倒れたんだ?」
「黒騎士です」とレベッカは弱々しく答えた。それから、すぐに嬉しそうに熱をこめ
て叫んだ。「いいえ、違うーー違います。戦の神様ありがとうございます。立ちあが
りました。まるで片腕に二十人分の力があるように戦っています──剣が折れました
──従者から斧をつかみ取りました──フロン・ド・プーフを一撃一撃追い詰めます
──大男は木こりが斧で打ちつけている樫の木のように、ふらふら、よろめいていま
す──ああ、倒れる──倒れます!」
「フロン・ド・プーフがだな!」とアイバンホーが叫んだ。
「フロン・ド・プーフがです」とユダヤ娘は答えた。「フロンの家来が救助に飛び出
します。あの傲慢な聖堂騎士が先頭です──みんなでかかっていき、勇士も身動きで
きません──家来たち、フロン・ド・プーフを城壁の中へ担ぎこみます」
───スコット『アイバンホー』第三十章)


闘士サムソン──安価な間隔的幻惑
   2010/12/26 (日) 09:32 by Sakana No.20101226093210

12月26日

「こんどはミルトン『闘士サムソン』からの
引用です。スコット『アイバンホー』と比較
してください」
「ミルトンのほうが難解。読みにくい」
「もっと気のきいたコメントをお願いします」
ここでの関心事は表現の巧拙にあらず、取材
の警凡にあらず・・・間隔上の幻惑を生ずる
や否や、です」
「幸か不幸か、幻惑されるほどの語学力のレ
ベルに達していない」
「漱石先生のレベルで忌憚なく評すれば、ミ
ルトンの間隔的幻惑はスコットのそれに対し
ていたく遜色あるが如し、だそうです」
「して、その理由は?」
「篇中に闘士サムソンの死を語る人物も聴く
人物もいないからです」
「『アイバンホー』では明眸皓歯の佳人レベ
ッカが戦闘についてリアルタイムで刻々と報
告している」
「それです。時間が短縮され、間隔的幻惑が
生じています。それに比べて、ミルトンの叙
述によって生じるのは安価な間隔的幻惑でし
かありません」

"At length, for intermission sake, they led him
Beween the pillars; he his guide requested
(For so from such as nearer stood we heard).
As over-tired, to let him lean a while
With both his arms on those massy pillars
That to the arched roof gave main support.
He unsuspicious led him; which when Samson
Felt in his arms, with head a while inclined.
And eyes fast fixed, he stood, as one who prayed,
Or some great matter in his mind revolved;
At last, with head erect, thus cried aloud;
'Hitherto, Lords, what your commands imposed
I have performed, as reason was, obeying.
Not without wonder or delight beheld;
Now, of my own accord, such other trial
I mean to shew you of my strength yet greater
As with amaze shall strike all who behold.'
This uttered, straining all his nerves, he howled;
As with the force of winds and waters pent
When mountains tremble, those massy pillars
With horrible convulsion to and fro
He tugged, he shook, till down they came; and drew
The whole roof after them with burst of thunder
Upon the heads of all who sat beneath.
Lords, ladies, captains, councellors, or priests,
Their choice nobility and flower, not only
Of this, but each Philistian city round,
Met from all parts to solemnize this feast,
Samson, with these immixed, inevitably
Pulled down the same destruction on himself;
The vulgar only scaped who stood without."
---Milton. Samson Agonistes. ll. 1629-59

(とうとう、休憩のために、彼らはサムソンを/
柱と柱の間へ連れていった。彼は案内役に頼んで、/
<近くに立っていた者から聞いた話だが>/
疲れすぎたから、円屋根の支えになっている/
あの大きな柱に、しばし両手を/
休ませてほしいと言った。/
案内役は何も疑わず、そこへ連れていった。その柱を/
サムソンは両腕にかかえると、しばし頭を傾(かし)げ、/
目をじっと据えて、祈る者のように立った。/
あるいは重大な問題を心のなかで思い巡らせている者のようでもあった。/
ついに彼は頭をまっすぐに立てて、高らかにこう叫んだ。──/
「皆さん、わたしはこれまで、命じられるがままに/
やってきた。思うところあって、/
驚きや楽しみのための見世物にされることにも従ってきた。/
だが、今こそ、わたしは自分の意志で、これまでとは違う試みを/
お前たちに見せよう。見る者すべてを/
驚愕で打ちのめす、さらに大きなわが力を見せよう」。/
こう叫ぶと、彼は全身の力を結集し、身をかがめた。/
山々が震動するとき、閉じこめられていた風や木が/
噴き出すような勢いで、彼は二本の巨大な柱を/
恐ろしい震動をもって/
前後に引っ張り、揺さぶった。ついに/
柱はがらがらと倒れた。ついで/
雷(いかずち)のような響きをともなって屋根全体が/
下にいるすべての人々の頭上に崩れてきた。/
貴族、淑女、隊長、議員、祭司、/
選りすぐりの貴顕、華族たち、それもこの街のみならず、/
あたりのペリシテの都市ことごとくから/
この祭典に重きを添えるために集まった人々のすべての上に。/
サムソンは、これらの人々に混じって、逃れようもなく、/
同じ破滅を自らの上に引きずり落とした。/
逃げおおせたのは、外にいた庶民だけだった。──
───ミルトン『闘士サムソン』一六二九ー五九行)
/


歴史的現在
   2010/12/29 (水) 09:44 by Sakana No.20101229094429

12月29日

「時間的間隔の短縮法について、別の角度か
らみると、いわゆる<歴史的現在>に注目せ
ざるをえません」
「過去に起こったことを生き生きと描写する
ために、今、目の前で行われているかのよう
に現在の時制で書き表す表現法だ。(『大辞
林』)」
「ミルトン『闘士サムソン』が過去形の叙述
であるのに対して、スコット『アイバンホー』
の佳人レベッカの報告は歴史的現在。つまり、
これを面白くする一方法として戦争は現在に
おいて起らざるべからず」
「そんなことは日本人の作家はみんな知って
いるよ」
「余の主張は、かく一般に認識せられたる功
力以上のあるものを現在法に見留(みと)む
るが故なり。現在法によりて逐次に展開せる
事件は読者に対して未知数なるのみならず、
これを活説するレベッカにもまた未知数なり。
単にレベッカに対して未知数なるのみならず、
事件の発展にしてその期に達せざる限りは、
運命と号する怪物の外(ほか)天下また何人
も知る能はざるなり。知る能はざるが故に、
読者の注意は勿論、レベッカの全精神もまた
局面の発展に傾瀉(けいしゃ)するは自然の
理なり。未知数は不定なり。不定なるものは
甲たらんとも知るべからず。乙たらんとも計
りがたし。その結果の甲たり乙たるにおいて
吾人の興味に大なる影響を与ふるとき、話す
るものの全身は悉(ことごと)く眼なり。聴
くものの全身は悉く耳なり。運命の一子を下
す毎に一喜しまた一憂す。蓋(けだ)し運命
のわが期待する如く変ぜんかとの投機的希望
に束縛せられるが故なり。レベッカの眼下に
起るは戦にあらずや。戦とは敵と味方とを意
味し、敵と味方とは勝負を意味す。黒騎士か
フロン・ド・プーフか、源氏か平氏か、これ
読者の興味を凝らして知らんと欲するのみな
らず、レベッカのまた張胆明目して知らんと
欲するところのものなり。而してレベッカの
かく熱心なるは勝敗の未だ定まらざる現在の
光景なればなり。・・・」
「もういい。わかった。今年の文学論講義は
これまでにして、大掃除にとりかかろう」





集合的F
   2011/1/1 (土) 07:33 by Sakana No.20110101073330

1月01日

「謹賀新年。本年もよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「『文学論』はいよいよ第五編 集合的F、
です」
「第四編では解読にかなりてこずったようだ
が」
「それはもう一筋縄ではいきません。なにし
ろ、
 第一編 文学的内容の分類
 第二編 文学的内容の数量的変化
 第三編 文学的内容の特質
 第四編 文学的内容の相互関係
 そして、
 第五編 集合的F
という構成ですからね。いったい漱石先生の
頭の構造はどうなっているのでしょう」
「頼りない受講生だ」
「しかし、『文学論』は難解きわまりなき代
物とはいえ、第五編が最後です。ここまで読
み進んできたら私でもなんとか読了できるで
しょう」
「完読しても文学的内容の内容と集合的Fの
内容が理解できなければなんにもならない」
「どこまで理解できるかわかりませんが、と
りあえず完走をめざしてがんばります」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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