夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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骨董屋
   2010/8/7 (土) 07:44 by Sakana No.20100807074426

8月07日

「ディケンズは『骨董屋』で強勢法的対置法
の技を遺憾なく発揮しております」
「古き室、古き器、塵、蛆虫と、五彩剥落の
暗き中に美しきネリと美しきネリの夢とを対
置させるテクニックだ」
「明るい陽射しに彩られた夢を見てほほ笑み
ながら、穏やかにまどろむ美しい少女の姿は
地上に金を点ずるが如し、だそうです」
「賭博で全財産を失った老人と薄幸の少女リ
トル・ネリも対置となっている」
「太宰治の『晩年』に、白系ロシア人の小さ
な花売り娘を見て、文学青年が<おお、ネル
リ>と呟く場面があります。文学青年は薄幸
の美少女に惹かれる傾向が強いようです」
「太宰治のネルリはドストエフスキー『虐げ
られた人々』のネリーだろう」
「ディケンズ『骨董屋』のリトル・ネリにも
<おお、ネルリ>の面影があります」

"But all that night, waking or in my sleep, the same thoughts
recurred, and the same images retained possession of my brain.
I had, ever before me, the old murky rooms---the gaunt suits of
mail with their ghostly silent air---the faces all awry, grinning
from wood and stone---the dust, and rust, and worm that lives in
wood---and alone in the midst of all this lumber and decay and 
ugly age, the beautiful child in her gentle chamber, smiling
through her light and sunny dreams."
---Dickens. The Old Curiosity Shop, chap. I

(しかし、その夜は一晩中、寝ても醒めても、同じ思いが繰り返し戻っ
てきて、同じ物の姿がわたしの脳にとりついて離れなかった。わたしの
目の前に浮かんでいるのは、陰気な暗い古い部屋、亡霊のような黙りこ
くった不気味な鎧と具足、──木や石の壁からにたにたと笑いかけるゆ
がんだ顔、──埃、錆、木の中に住む蛆虫。──そしてこれらすべての
がらくたと腐敗と古びた醜さの中にただひとり、明るい陽射しに彩られ
た夢を見てほほ笑みながら、穏やかにまどろむ美しい少女の姿があった。
───ディケンズ「骨董屋」第一章)


天下の名文
   2010/8/10 (火) 09:27 by Sakana No.20100810092712

8月10日

「ジョージ・エリオットがティーナ(Tina)
の描写に用いた対置は天下の名文です」
「どうしてそれがわかる?」
「漱石先生のお墨付きがあります」
「お墨付きの権威に頼るのは文学鑑賞の態度
ではない」
「しかし、先生は天下の名文というだけで、
具体的な解説をしておられません」
「それは学生が自分の頭で考えろということ
だ」
「すみません。ノートをとるのが精一杯で、
これ以上考える余裕がありません」
「ノートもとっていないじゃないか。ワープ
ロをたたいているだけでは、せっかくの名文
も魂が伝わらないよ」

"In this way Tina wore out the long hours of the windy moonlight,
till at last, with weary arching limbs, she lay down in bed again,
and slept from mere exhaustion.
 While this poor little heart was being bruised with aweight too 
heavy for it. Nature was holding on her calm inexorable way, in
unmoved and terrible beautty. The stars were rushing in their eternal
courses; the tides swelled to the level of the last expectant weed;
the sun was making brilliant day to busy nations on the other side of
the swift earth. The stream of human thought and deed was hurrying and 
broadening onward. The astronomer was at his telescope; the great ships
were labouring over the waves; the toiling eagerness of commerce, the
fierce spirit of revolution, were only ebbing in brief rest; and 
sleepless statesmen were dreading the possible crisis of the morrow.
What were our little Tina and her trouble in this mighty torrent, rushing
from one awful unkonwn to another? Lighter than the smalles centre of 
quivering life in the water drop, hidden and uncared for as the pulse of
anguish in the breast of the tiniest bird that has fluttered down to its
nest with the long-sought food, and has found the nest torn and empty."
---Elliot, Scenes of Clerical Life. Mr. Giilfil's Love Story. chap. v.

(こうしてティーナは風吹きすさぶ月明かりの夜を何時間も過ごし、ついに手足
が疲れて痛くなり、ふたたびベッドに横になると、力尽きて寝てしまった。
 可哀そうに、この小さな心が耐え難い重荷に悶えている間も、自然は人間の情
に動かされぬ恐ろしい美を誇示しながら、静かに冷厳に活動しつづけていた。星
は永遠の軌道を運行し、潮の流れは待ちうけている水草をすっかり浸すまで高ま
り、太陽は速やかに回転する地球の裏側で忙しく働く国民たちにまばゆい昼をも
たらしていた。人類の思想と行動の流れは勢いよく進展し、ひろがっていた。天
文学者は望遠鏡にかかりきりで、巨大な船は波とあらがい、労苦にみちた商売の
営みも、革命の激しい精神も、ほんの束の間の憩いに身を引くのみであり、政治
家たちは寝もやらず、明日の危機の可能性に怯えていた。ひとつの恐ろしい未知
からもう一つの未知へと突進するこの膨大な奔流のなかで、小さなディーナとそ
の悩みなどいったい何なのだろうか?それは、露の雫の中で震える生命の極微の
中心よりも軽く、久しく探し求めていた餌をようやく見つけて巣に戻ってみると、
その巣は壊されて雛が見あたらぬ時の小さな鳥の胸の鼓動のように、人目にふれ
ず、顧みられぬものだった。
───エリオット『牧師館物語』「ギルフィル氏の恋物語」第五章)


蛭取りの老人
   2010/8/13 (金) 07:55 by Sakana No.20100813075523

8月13日

「対置法の効果をワーズワス「蛭取りの老人」
でみていきましょう」
「全文を引用せず、(A)(B)(C)だけ、
しかも、とびとびに引用しているだけのようだ
が」
「(A)は美しい自然を叙し、(B)は年古り
た白髪の孤客を点綴(てんてい)して、両者の
対置を試みています」
「流石ワーズワス。見事な効果をあげている」
「ところが、(A)と(B)の中間に(C)の
ような種々の主観的感慨や理屈的教訓を挿入し
ているため、せっかくの対置の功が帳消しにな
っています」
「ワーズワスは突飛な対置を避けようとしたの
だろう」
「それが失敗だと漱石先生は判定しておられま
す。対置は突然なるを要す。突然にして始めて
強勢の用をなす。徐々に歩を移して極より極に
行くとき、両極の差は一時に眼を射らざるを以
て吾人は遂にその反照を看過するに至る。(C)
の数行の如きは対置法より論ずればただに無効
なるのみならず却つて有害なりとす」

(A)
"The birds are singing in the distant woods;
Over his own sweet voice the Stick-dove broods;
The Jay makes answer as the Magpie chatters;
And all the air is filled with pleasant noise of waters.'
---The Leech Gatherer. II. 4-7.

(はるか遠くの森で鳥は歌い、/
かわら鳩は自らの甘い声に聞きほれ、/
かささぎの喋り声にかけすが応え、/
あたりの空気には快い水音がみなぎる。
───ワーズワス「蛭取りの老人」四ー七行)

(B)
"I saw a Man before me unawares;
The oldest man he seemed that ever wore grey hairs."
---Ibid. II. 55-6.

(わたしに気づかずに立つ一人の男をわたしは見た。/
白髪の人のなかでももっとも年古りていた。
───同 五五ー五六行)

(C)
"But, as it sometimes chanceth, from the might
Of joy in minds that can no further go,
As high as we have mounted in delight
In our dejection do we sink in as low."
---Ibid. II. 22-5

(しかし、時折りあることだが、/
わたしたちはこの上なく強い歓喜から、/
喜んで登った高さと同じ分だけ/
落胆して低く沈んでゆくものだ。
───同 ニニー二五行)


一転語を下す
   2010/8/16 (月) 07:46 by Sakana No.20100816074614

8月16日

「シェリーの『ナポリ付近で失意に沈み歌う』
は対置により生じる感興がきわめて顕著な例で
す」
「ワーズワス『蛭取りの老人』も(A)と(B)
が対置されていた」
「シェリーの詩は、(A)から(B)への移行
が、あたかも光明の大空より落下して急に暗窖
(あんこう)に入るが如し、です」
「ワーズワスの詩も似たようなものだ」
「両詩の違いは(A)と(B)の中間に挿入さ
れる(C)です」
「ワーズワスは突飛な対置を避けるため、種々
の主観的感慨や理屈的教訓を挿入した」
「その冗長な挿入がせっかくの対置の効果を帳
消しにしてしまいました。それにひきかえ、シ
ェリーは<いま、ぼくと気持を分かち持ってく
れる持主がいたら>という一転語を下して直ち
に詩人の失意の叙情に入るが故に、(B)の一
節はたちまち平地を抜いて百尺の高きに崛起
(くっき)するが如き感を生ず、です」
「そこまでいうと、白髪三千丈の類の誇大表現
だ」

(A)
"The sun is warm, the sky is clear,
   The waves are dancing fast and bright.
Blue isles and snowy mountains wear
   The purple noon's transparent might.
   The breath of the moist earth is light.
Around its unexpanded buds;
Like manya voice of one delight.
The winds, the birds, the ocean floods.
The City's voice itself is soft like Solitude's."
---Stanzas written in Dejection, near Naples. st. i.

(陽は暖かく、空は澄み、/
波は輝いて踊り続け、/
あちこちの青い島と雪の山々は/
紫の真昼の透明な力を帯び、/
しっとりしめった大地の息は、/
まだ開かぬ蕾のまわりで軽やかにたゆたう。/
ひとつの喜びから発する多くの声のように、/
風も、鳥も、上げ潮も、/
この町の声さえも「孤独」のささやく声のように優しい。
───シェリー「ナポリ付近で失意に沈み歌う」第一連)

(B)
"Alas! I have nor hope nor health,
  Nor peace within nor calm around.
Nor that content surpassing wealth
  The sage in meditation found,
  And walked with inward glory crowned---
Nor fame, nor power, nor love, nor leisure.
  Others I see whom these surround---
Smiling they live, and call life pleasure;---
To me that cup has been dealt in another measure."
---Ibid. st. iii

(ああ、ぼくには、望みも健康もなく、/
心のうちのやすらぎも、まわりの静けさもない。/
また、賢者が思索のなかに見いだし、/
ともに歩くことによって内なる栄光に輝いた、/
富にまさるあの満足もない。/
──名誉も、権力も、愛も、閑暇もない。/
これらにとり囲まれた人たちをぼくは知っている。/
彼らはほほ笑みつつ生き、生を喜びと呼ぶ。/
──ぼくにとって生の杯は別のものさしで計られてきたのだ。
───同、第三連)


(C)
"did any heart now share in my emotion"
(いま、ぼくと気持を分かち持ってくれる持主がいたら)


天来の妙音
   2010/8/19 (木) 06:20 by Sakana No.20100819062034

8月19日

「有名なるバーンズの詩『美しいドゥーン河
の岸』をご紹介します。対置法を用いて天来
の妙音を成すに似たり、です」
「花が咲き、鳥が歌うのに、わたしは悲しみ
にみちているというのか。お前の悲しみなど
花や鳥の知ったことではない」
「よくそんな不人情なことがいえますね」
「月は晴れても心は闇だ、というのは泉鏡花
『婦系図』のセリフ。そんな対置法は古いん
だよ」
「天来の妙音が聞こえてこないのはお気の毒
です」
「天来の<らい>はくさかんむりに頼じゃな
いの」
「すみません。漢字転換ができなかったので」

"Ye banks and braes of bonnie Doon.
  How can ye bloom sae fair!
How can ye chant, ye little birds,
  And I sae fu'o'care!

Thou'll break my neck, thou bonnie bird,
  That sings upon the bough;
That minds me o' the happy days
  When my fause Luve was true."
---Burns. Bonnie Doon

(お前たち、美しいドゥーン河の岸よ、堤よ、/
どうして、お前たちはそんなに美しく花を咲かせられるのか!/
お前たち、小さな鳥よ、どうして歌うことができるのか。/
わたしがこんなに悲しみに満ちているのに!/

お前、枝のうえで歌う美しい鳥よ、/
お前の歌にわたしの心は張り裂ける。/
お前はわたしに思い出させる。楽しかった日々を、/
偽りの恋人がまだ真実であったあの日々を。
───バーンズ「美しいドゥーン河の岸で」)


明暗の二境
   2010/8/22 (日) 07:33 by Sakana No.20100822073306

8月22日

「今回の文例(クラッブ『町』書簡第二十二)
では対置の主材は最後の二行だけ。その前の三、
四十行はこの主材が自己の価値を高めるために
頭上に戴くものすぎません」
「過去の行楽を長々と述べておいて、最後に
目前の憂愁へどんでん返し」
「結句はわずかに二行でも截然(せつぜん)
として明暗の二境を劃(かく)しているので、
人を深く動かします」
「漱石晩年の小説『明暗』はこの対置法を意
識していたのかな」
「もしそうだとしたら、肝心なのは最後の二
行ですが、残念ながら『明暗』は未完で終わ
ってしまいました」
「『明暗』は暗い小説だから、漱石は最後に
対置法で明をもってくるつもりだったのかも
しれない」

"He goes through shurubby walks these friends among.
Love in their looks and honour on the tongue;
Nay, there's charm beyond what nature shows.
The bloom is softer and more sweetly glows;
Pierced by no crime, and urged by no desire
For more than true and honest hearts require.
They feel the calm delight, and thus proceed
Through the green lane---then linger to the mead---
Stray o'er the heath in all its purple bloom---
And pluck the blossom where the wild bees hum;
Then through the broomy bound with ease they pass.
And press the sandy sheep walk's slender grass.
Where dwarfish flowers among the gorse are spread,
And the lamb browes by the linnet's bed;
Then 'cross the bounding brook they make their way
O'er its rough bridge---and there behold the bay!---
The ocean smiling to the fervid sun---
The waves that faintly fall and slowly run---
The ships at distance and the boats at hand;
And now they walk upon the sea side sand,
Counting the number and what kind they be.
Ships softly sinking in the sleepy sea;
now arm in arm, now parted, they behold
The glitt'ring waters on the shingles roll'd.
The timid girls, half dreading their design,
Dip the small foot in the retarded brine.
And search for crimson weeds, which spreading flow,
Or lie like pictures on the sand below;
With all those bright red pebbles that the sun
Through the small waves so softly shines upon;
And those live lucid jellies which the eye
Delights to trace as they swim glitt'ring by;
Pearlshells and rubied star-fish they admire,
And will arrange above the particular fire, ---
Tokens of bliss!---Oh! horrible! a wave
Roars as it rises---save me, Edward! save!
She cries---Alas! the watchman on his way
Calls and lets in---truth, terror, and the day!"
---Crabbe. The Borrough, Letter xxiii.

(彼は友人たちと草木の茂る野道を歩く、/
みんなの顔には愛、言葉には誠実があふれている。/
いや、自然が見せるよりもさらにまさる魅力があふれ、/
さらにやさしく花が咲き、さらに美しく輝いている。/
罪に苦しめられることもなく、/
真実で誠実な心が求める以上の欲望に急(せ)きたてられることもなく、/
彼らは静かな喜びを感じつつ、緑の小道を歩み、/
やがて、牧場で足を止め、──/
紫の花が咲き乱れるヒースの野をぶらつき、/
蜜蜂のざわめくあたりで花を摘む。/
それからえにしだの野をゆるやかに通りすぎ、/
はりえにしだに混じって小さな花々が咲きひろがり、/
子羊が紅鶸(ひわ)の巣のそばで草を食むあたりで/
砂地の牧羊場の細い草を踏み、/
やがて、村境の小川の上の粗末な橋を渡り、/
なおも進むと──そこに入江が開ける──!/
海が燃える太陽にほほ笑みかけ、/
波がそっと崩れ、ゆるやかに返す。/
遠くに大きな船が、近くに小舟が見える。/
それから彼らは海辺の砂を踏んで行く、/
眠るような海に静かに消える船の/
数を数えながら、そして種類を区別しながら。/
時折り、腕を組み合ったり離れたりしながら、彼らは/
砂利の上に水がきらきら輝いて寄せるのを見る。/
少女たちは、半ば自分の気持をはかりかねておずおずと、/
逃げ遅れた海水に小さな足を浸し、/
ひろがって流れたり、海底の砂に/
絵のように横たわったりする深紅の海草を探す。/
太陽がさざ波を通して柔らかに/
照らしだす赤く輝く小石を/
きらめいて泳ぐのを目で追うのも楽しい/
透明な生きた海月(くらげ)とともに/
真珠貝やルビーのような海星(ヒトデ)を少女たちは愛でて、/
客間の暖炉の上に並べたいと思う。/
──至福の思い出に──「あら、恐い、波が/
高まって吼えている。──助けて、エドワード、助けて!」/
彼女は叫ぶ。──するとああ! 巡回中の看守が声をあげ、告げている/
真実と、恐怖と、白日とを。
───クラッブ『町』書簡第二十二


仮対法
   2010/8/25 (水) 06:13 by Sakana No.20100825061350

8月25日

「対置法には三種ありますが、そのうちの緩
勢法と強勢法についての解説は一通り学習し
ました」
「次はなんだ?」
「不対法ですが、その前に仮対法について説
明します」
「まぎらわしい。いっそのこと対置法には四
種ありとして説明してくれたほうがすっきり
する」
「仮対法は対置法に似て、対置法ではないの
です」
「対置法もどき、似非対置法?」
「たとえば、『マクベス』の門衛のセリフが
その実例です」
「暗澹として陰鬱なる『マクベス』の世界に
門衛のこのような滑稽なセリフを点綴するの
は対置法の技巧ではないのか」
「しかし、門衛のセリフは暗澹に趣きを添え、
陰鬱に味を附する一種の調和剤にほかなりま
せん」
「そうだろうか?」
「もしこの事実を否定するものあれば根底に
おいて余と感受的能力を異にするが故に別に
論弁を要せず、と漱石先生は仰っています」
「漱石の見解が正しいかどうかはさておき、
漱石と吾輩が感受的能力を異にしていること
だけは甘受しよう」

"Here's a knocking indeed! If a man were porter of hell-gate, he should
have old turning the key. [Knocking within.} Knock, knock! Who's there, 
I, the name of Beelzebub? Here's a farmer, that hanged himself on the 
expectation of plenty; come in time; have napkins enow about you; here
you'll sweat for't. [Knocking within.} Knock, knock! Who's there, in the 
 other devil's name? Faith, here's an equivocator, that could swear in
both the scales against either scale; who committed treason enough for 
God's sake, yet could not equivocate to heaven; O, come in, equivoater.
[Knocking within.] Knock, knock, knock! Who's there? Faith, here's an
English tailor come hither, for stealing out of a French hose; come in,
tailor; here you may roast your goose. {Knocking within.] Knock, knock; 
never at quiet! What are you? But this place is too cold for hell. I'll 
decil-porter it no further; I had thought to have let in some of all 
professions that go the primrose way to the everlasting bonfire. 
{Knocking within.} Anon, anon! I pray you, remember the porter."
---Macbeth. Act II. sc. iii ll. 1-25

(それ、叩いてるな! これが地獄の門番だったら、年がら年じゅう鍵をあけて
なくちゃあなるまいな。(中で戸を叩く音)トン、トン、トン。はい、どなた、
悪魔大王(ベルゼバブ)の名でお訊ね申す。百姓か、豊作を当て込んだあげく首
をくくっちまった百姓だろ。いい時に来た。手拭いをたんと用意しておきなよ。
ここじゃ、汗まみれになるからな。(中の戸を叩く音)トン、トン。はい、どな
た。もう一人の悪魔の名前でお訊ね申す。おやおや、二枚舌のペテン師だな、両
天秤をかけて、どっちに転ぼうとかまわん誓いを平気で立てる旦那だ。神様のた
めにといって謀反に与(くみ)したが、さすがの二枚舌も天国行きには役立たな
んだか。さあ、お入り、二枚舌の旦那、アイロンかけて焦げつかせるにゃ、ここ
はお誂え向きさ。(中で戸を叩く音)トン、トン。のべつ幕なしだな。はい、ど
なた。それにしても、ここは地獄にしちゃあやけに寒いな。これでもう、地獄の
門番はおしまいっ、と。桜草吹く放蕩の道をふらつき、消えずの篝火を求めてく
る連中を、何の商売でも構わぬから通してやろうと思ったんだが。(中で戸を叩
く音)はい、はい、ただ今。どうか、お心付けをお忘れなく。
───『マクベス』第二幕第三場、一ー二五行)


対置か調和か
   2010/8/28 (土) 05:34 by Sakana No.20100828053442

8月28日

「『マクベス』における門衛の滑稽なセリフ
を対置とみるか調和とみるか。評者によって
見解の相違があるのはなぜだろう」
「それは着眼点による解釈の相違です」
「着眼点はなぜ相違するのか」
「個々の人間の経験が違うからです。甲の経
験は乙の経験と同じではありません」
「漱石は神経衰弱と胃潰瘍を経験したが、き
みは入院を経験したこがない。そのような経
験の違いが着眼点による解釈の相違をもたら
すのはなぜか」
「人間の頭脳は視覚や聴覚を通じて認識した
諸現象に一種の解釈を附すような働きをしま
す」
「馬鹿でも狂人でも頭脳は高級な働きをする
んだね」
「われわれの現象に対する解釈はわれわれが
経験によって得た惰性によって支配されると
もいえます」
「単なる惰性なら高級な働きとはいえない」
「『マクベス』の門衛の場合における惰性と
は悽愴の気、畏怖の念にほかなりません。滑
稽なセリフをはいても、それは悽愴の気、畏
怖の念に対する調和なのです。断じて対置で
はありません」
「それはあくまで漱石の経験、感受性、着眼
点による解釈だ」



狂人の言語
   2010/8/31 (火) 07:11 by Sakana No.20100831071124

8月31日

「人が口にする言葉は正意にとるか、反意に
とるかによって、解釈が異なります」
「素直にそのまま受けとめるか、言葉の裏の
意味をおしはかるかの違いだ」
「『マクベス』の門衛のセリフは正意よりす
れば明らかに滑稽ですが、反意にその義をく
めば滑稽の対極に潜む情緒になります」
「素直な読者になるか、すれからしの読者に
なるか」
「狂人の言語は理路なく、秩序なく、要領を
得ないものが多いですが、これを正意に解釈
すると滑稽になります。ロンドンの劇場で、
『ハムレット』が上演されたとき、無知な観
客は狂ったオフェリアのセリフを聴いてゲラ
ゲラ笑ったそうです」
「<梟はパン屋の娘だったそうでございます>
などという阿呆らしいセリフを聴いたらきみ
だって笑うだろう」
「私は原文を読んでいますから、<尼寺へ行
け!お前の美しさは、お前の貞淑を淫奔に変
えてしまう>とハムレットに言われたオフェ
リアの気持がわかっています。反意にとって、
暗涙消魂の趣を帯びざるはあらず、です」

"How should I your true love know
    From another one ?
 By his cockle hat and staff
    And his sandal shoon."
---Hamlet. Act IV. sc. v. II. 23-6

(ほんとにあんたのいい人は/
どうすりゃ、見分けがつくかしら?/
帆立貝つきの帽子と杖/
それからサンダル靴の巡礼姿で。
───『ハムレット』第四幕第五場 二三ー二六行)

"How do you, pretty lady?"
"Well God did you! They say the own was a baker's daughter.
Lord, we know what we are, but know not what we may be.
God be at your table!
---Ibid. Act IV. sc. v. II. 41-4

(「ご機嫌はいかがかな。美しい姫よ?」
 「はい、おかげさまで。梟はパン屋の娘だったそうでございます。
  まったく、今日のことはわかっても、明日はどうなりますことやら。
  神様があなた様の食卓にお就きになりますように!」
───同、第四幕第五場、四一ー四四行)


おもちゃの水車
   2010/9/3 (金) 05:59 by Sakana No.20100903055925

9月03日

「ワーズワス『ルース』はおもちゃの小さな
水車をまわして遊んでいます」
「大人の女が児戯にふける姿は滑稽だ」
「でも、ルースは夫に棄てられたのです。そ
の不幸を忘れるために、幸せだった幼い子ど
もに還って、小さな水車をまわしています。
可哀想だと思いませんか」
「そういう事情がわかっていれば、同情の余
地はある。オフェリアと同じだ」
「もしそれ裏面に一点の酸味を点じて悲惨の
気を狂言綺語の間に漲(みなぎ)らしむるに
至っては字を知り文を解し劇の発展より得来
りたる惰性に吾を放棄して始めてこれを能く
す」

"I, too, have passed her on the hills
 Setting her little water mills
 By spouts and fountains wild---
 Such small machinery as she turned
 Ere she had wept, ere she had mourned.
 A young and happy Child!"
---Wordsworth. "Ruth" (1799)

(わたしもまた丘を越えながら/
人気のない噴水や泉のわきで/
おもちゃの水車を仕掛けている彼女に行きあった。/
まだ泣いたり喚いたりする前の/
幼い幸せな子どもに還って/
小さな水車をまわす彼女に。)
───ワーズワス『ルース』


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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