夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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自然は調和の一要素
   2010/6/8 (火) 14:22 by Sakana No.20100608142233

6月08日

「漱石先生はロンドン留学中、雪見に人を誘
って笑われたことがあります」
「イギリス人は雪見酒を飲まないのかな」
「月は憐れ深きものと説いて、驚かれたこと
もあるそうです」
「イギリス人は月見酒もたしまないとみえる」
「なぜ庭に石を据えないのかとたずねたら、
たとえ石なんかを据えてくれる人がいても、
直ちに庭の外へ運び棄てるよという答が返っ
てきたそうです」
「最近はわざわざ京都へやってきて石庭を観
賞するイギリス人も少なくない。むしろ、日
本人で庭に石を据えない輩が増えてきた」
「百年たてば状況が変わってきます。少なく
とも漱石先生の時代においては<彼ら英人の
自然観は到底我国におけるが如く熱情的にあ
らず。詩歌は必ず風露鳥虫を材として詠出す
べしと逼(せま)らるるにあらず。否多数の
人は殆ど自然に対して何らの趣味をも認めざ
るが如し>でした」
「喜ぶべきか悲しむべきかわからないが、百
年後の日本は国際化が進行している」


パメラ
   2010/6/11 (金) 08:51 by Sakana No.20100611085114

6月11日

「サミュエル・リチャードソン(1689 - 1761)
は近代小説の父と言われています」
「代表作『パメラ』は美しい小間使が好色な
若主人の性的誘惑をはねつけ、改心した若主
人と結婚して地主夫人の地位に上りつめる書
簡体小説の傑作だ」
「お読みになりましたか」
「読んではいない」
「漱石先生はちゃんと読んでおられます。
<小説の作家がその作物の興味を高めんがた
めに、調和の法を解せずして、同様の境地を
濫(みだ)りに畳積して顧みざるが如きは明
らかにこの法を破るものなり。卑見によれば、
RichardsonのClarissa HarlowもしくはPamela
の如きは現にこの法を破るものなり>という
のがその評です」
「そんな評を聞かされるとますます読む気が
しなくなる」
「要するに、牡丹餅に汁粉をかけ砂糖にて煮
詰めたる上、キントンにて包みたるが如きを
傑作と心得る人があるので、誤解のなきよう
にという先生のご忠告です」


調和法の秘訣
   2010/6/14 (月) 09:12 by Sakana No.20100614091219

6月14日

「詩歌文章の期するところは読者の感興を喚
起するところにあります」
「それは根本義中の根本義だ」
「もし一材料にともなう感興が不十分のよう
であれば、他の材料を付加してその欠を補わ
なければなりません」
「馬鹿の一つ覚えで、同種の材料ばかり反復
使用するのは芸がない」
「結局、感覚的材料(日本人の場合は、天地
間の景物、花鳥、風月)を用いて人事的材料
をたすけること、及び、人事をもって感覚的
材料に配することの二法が調和法の秘訣です」
「つまり、二種以上の材料が総合して完全な
る感興を生じ得る」
「この二法の関係を漱石先生は、
 (F + f) + (F' + f')
という式であらわしておられます」
「またしても理系能力をひけらかして文系読
者を煙にまいている」
「f + f' =2f或いは2f'、というのもあります」
「どういう意味だ?」
「調和の目的上、焦点的観念または印象をあ
らわすFとF'は性質が異なっていてもよいが、
情緒的要素をあらわすfとf'は出来得るかぎり
類似しているほうが望ましいのです」
「そんな説明ではわからん」
「感情の論理(感情の一致)を求めるのは大事
ですが、認識材料の一致は度外視して可なり─
─換言すれば、知的論理は調和の必然的要求に
あらず、ですが、おわかり頂けたでしょうか?」




俳文学の調和
   2010/6/17 (木) 10:06 by Sakana No.20100617100623

6月17日

「知的論理は調和の必然的要求にあらず。そ
の著しき例は俳文学に見られます」
「俳句では理屈が嫌われるのはまちがいない」
「知的解釈では筋の通じない句が多いですね。
たとえば、高井几薹の<名月や朱雀の鬼神た
えて出ず>はどうですか」
「どうもこうも、ははぁ、さようですかと恐
れ入るしかない」
「学者は往々にしてこのような句に対して無
理理屈の解釈を試みます。そうしなければ自
分の学識の軽重を問われるような気がするか
らです。
「朱雀大路にある平安京の正門は羅生門、正
しくは羅城門という。世界の四方向は東を青
龍が、南を朱雀が、西を白虎が、北を玄武が
守護することになっている。
「饅頭の真価は美味なるにあり。その化学的
成分の如きは饅頭を味はふものの問ふを要せ
ざる所なり」


英文学の作例
   2010/6/20 (日) 08:11 by Sakana No.20100620081132

6月20日

「俳句的調和法の作例は英文学にもなきにし
もあらず。で、シェリー『レイオンとシスナ』
とロセッティ『鐘の音』から作例を引用して
おきました」
「日蝕の暗闇はわかるが、地震の暗闇とはど
のようなものか・・・わからない」
「理屈ではないのです。<地震や日蝕の暗闇
に絵筆をひたす時の色>という描写に調和を
感じませんか」
「感じないね」
「理を以て推(お)すべからざる調和の一例
となすことを得んか、です」
「ロセッティの文は適当に各詞を並べただけ
で、接続がない」
「そこが俳句に似て、しかも、一種の趣を具
しています。それは文学の内容が情緒におい
て相戻らざるがためです」

 "the King with gathered brow, and lips
Wreathed by long scorn, did inly sneer and frown
With hue like that when great painter dips
His pencil in the gloom of earthquake and eclipse."
---Shelly. Laon and Cynthea, Can. V. st. xxii.

(王は眉をひそめ、唇を/
長きにわたる蔑みの思いでゆがめ、心ひそかに冷笑し、渋面をつくった。/
その顔色は、すぐれた画家が/
地震や日蝕の暗闇に絵筆をひたす時の色のようだった。
───シェリー「レイオンとシスナ」第五幕第二十三節)

"Buried bars in the breakwater
And bubble of the brimming weir
Body's blood in the breakwater
And a buried body's bier.
Burried bones in the breakwater
And bubble of the brawling weir.
Bitter tears in the breakwater
And a breaking heart to hear."
---Rosetti. Chimes. st. vi.

(防波堤に沈んだ棒杭/
そして水の溢れた堰の泡。/
防波堤の死体の血/
そして沈んだ死体の棺。/
防波堤に沈んだ骨/
そしてわめき声をあげる堰の泡。/
防波堤の苦い涙/
そして堪えられずはりさける心。
───ロセッティ「鐘の音」第六節)


前後の文字との調和
   2010/6/23 (水) 07:44 by Sakana No.20100623074400

6月23日

「テニソンの詩句で前後の文字と調和させる
技巧を味読してください」
「前後の文字とは何だ?」
「引用された原詩の<沼はぬるぬると泡だっ
た>(oilily bubbled up the mere)が八行
後の<青白い波>("wan water")及び十四行
前の<半ば死せし日輪>("the half-dead 
sunset")という文字と対応しています。如何
によく調和して相互の価値を高めていることが
おわかりになりませんか?」
「わからん」
「困りましたね」
「八行後とか十四行前とかいって、部分的な
文字だけを示すのは手抜きだ。原詩の全文を
引用してくれ」
「手抜きをしたのは漱石先生です。私ではあ
りません」
「漱石に責任を負わせるな。テニソンの詩集
を買ってくればいいだろう」
「なにもそこまでしなくても・・・。勘弁し
てください」

       "and Gareth loosened the stone
From off his neck, then in the mere beside
Tumbled it; oilily bubbled up the mere."
---Tennyson, Gareth and Lynette. II. 814-6

(そしてガレスは石を/
首からはずし、そばの沼へと/
それを投げ入れた。沼はぬるぬると泡立った。
───テニソン『ガレスとリネット』八一四ー八一六行)


人事に景物の配合
   2010/6/26 (土) 08:34 by Sakana No.20100626083459

6月26日

「人事に景物を配合した調和──これこそ日
本人がもっとも喜ぶところです」
「景物とはなんだ?」
「四季折々の風情をそえる風物などを意味し
ます」
「たとえば?」
「月、流れ星、恒星、月桂樹」
「月桂樹の花言葉は<勝利><栄光>。しか
し、常緑の木だから、四季折々の風情をそえ
るといえるかどうか」
「歳時記によれば、月桂樹という季語はあり
ませんが、月桂樹の花は春の季語となってい
ます」
「例句は?」
「私の持っている歳時記には月桂樹の花の例
句は載っていません」
「『リチャード二世』のような戯曲は芭蕉の
風雅とはほど遠い。日本人がもっと喜びそう
な文学とはいえないと思う」

"T'is thought the King is dead; we will not stay.
The bay trees in our country are all wither'd
And meteors fright the fixed stars of heaven;
The pale-faced moon looks bloody on the earth."
---Richard II. Act II. sc. iv. ll. 7-10.
(王は亡くなられたと思われます。ここに留まるのは止めましょう。/
国中の月桂樹は枯れ果て、/
大空では流れ星が恒星を脅かしています。/
蒼白いはずの月が血の色をして地上を見おろしています。/
───『リチャード二世』第二幕第四場、七ー十行)


投入語法に近い調和法
   2010/6/29 (火) 08:11 by Sakana No.20100629081146

6月29日

「投入語法に近い調和法の文例をいくつかご
紹介します」
「へリック『乙女等に・・・時を惜しめよ』
は何を何に投入している?」
「乙女らを薔薇へ投入しているのだと思いま
す」
「薔薇のような乙女への結婚のすすめか」
「薔薇と乙女は性質が近似しているが故に調
和しており、また結婚はハッピーエンドと考
えれば、そこにも調和があります」
「人生の墓場と考えれば不調和になるが、ま
あ野暮は言わないことにしよう」
「バーンズ『ああ、わたしのために戸を開け』
は白い波の背後に沈む蒼い月にわたしととも
に沈んでいく時を投入しています」
「ああ、気が滅入ってくる」
「恋するわたしを恋する鳥や絡みあうすいか
ずらに投入した『美しいドゥーン河の岸で』
で気分を明るくしてください」


"Gather ye Rose-buds while ye may;
  Old Time is still a flying;
And this same flower that smiles to day,
 To morrow will he dying.
----------
Then be not coy, but use your time;
  And while ye may, goe marry;
For having lost but once your prime,
  You may for ever tarry."
---Herrick. To the Virgins, to Make Much of Time.

(時過ぎぬ間に薔薇を摘みたまえ。/
時は昔ながらに飛び去って行く。今日ほほ笑むこの花が/
明日は萎(しお)れて枯れてゆく。/
・・・・・・
だから含羞(はにか)んでいるのはやめて、時を惜しみ、/
時過ぎぬ間に、結婚したまえ。/
ひとたび盛りを失えば、/
いつまでも愚図つくことになるだろう。
───へリック「乙女等に・・・時を惜しめよ」一ー一六行)

"The wan moon is setting behind the while wave,
  And time is setting with me. Oh!
---Burns. Open the dear to Me, Oh!

(蒼白い月は白い波の背後に沈み、/
時は、わたしとともに沈んでゆく、ああ。
───バーンズ「ああ、わたしのために戸を開け」一ー二行

"Aft hae I rov'd by bonnie Doon,
  To see the wood-bine twine;
And ilka bird sang o'its love.
  And sae did I o'mine."
---Burns. The Banks o'Doon.

(わたしは美しいドゥーン河の岸をいくたびかさまよい、/
すいかずらが絡み合うのを見た。/
どの鳥もみな恋の唄を歌い、/
わたしもわたしの恋を歌った。
───バーンズ「美しいドゥーン河の岸で」)


酔生夢死の境
   2010/7/2 (金) 06:51 by Sakana No.20100702065123

7月2日

「ブラウニングの詩で、leaped(跳ね上がっ
た)の一字は、よく騎馬武者が懸命に疾駆す
る様に調和し得て巧みなり」
「跳ね上がった馬は一頭ずつ黒々と立つ牛と
も調和している」
「馬と牛の世話をしていた子どもの頃がなつ
かしいですね」
「羊は飼っていなかったのか」
「テニソンの詩は万事を忘れて、酔生夢死の
境に入った人と景物とが実によく調和してい
ます」
「羊飼いが桃源郷に迷い込んできたかのよう
だ」
「羊の姿もないし、桃の花も咲いていません
が」
「調和さえしていれば景物は何でもよい」

"At Aershot, up leaped of a sudden the sun,
And against him the cattle stood black every one,
To stare thro' the mist at us galloping past."
---Browining. How They Brought the Good News etc.

(エアショットで突然太陽が跳ね上がり、/
それを背にして、牛が一頭ずつ黒々と立ち/
馬で疾駆するわたしたちを、/
靄を通して見つめていた。
───ブラウニング「どのように吉報はもたらされたか?」)

"In the afternoon they came unto a land
In which it seemed always afternoon.
All round the coast the languid air did swoon,
Breathing like one that hath a weary dream.
Full-faced above the valley stood the moon;
And like a downward smoke, the slender stream
Along the cliff to fall and pause and fall did seem.
A land of streams! some, like a downward smoke,
Slow dropping veils of thinnest lawn, did go;
And somw thro' wavering lights and shadows broke,
Rolling a slumbrous sheet of foam below.
They saw the gleaming river seaward flow."
---Tennyson. The Lotus Eaters.

(午後になって彼らは陸に着いたが、/
そこはいつも午後という感じの場所だった。/
海岸一帯は、けだるい空気が気抜けして、/
疲れはてて夢を見る人のように息していた。/
谷の上にはまん丸い月がかかり、/
細い小川が、地を這う煙のように、/
崖にそって下っては止まり、また下っているように見えた。/
この地には幾筋かの川がのび、あるものは地を這う煙さながら/
薄い紗のヴェールをゆるやかに落として流れ、/
またあるものは、たゆたう光と影のはざまに分け入り、/
眠たげな水泡(みなわ)をひろげて流れていた。/
輝く川が海に向かって流れるのも見えた。
───テニソン「蓮を食う人たち」)



調和法の嫌味
   2010/7/5 (月) 08:58 by Sakana No.20100705085835

7月5日

「調和法は文学上特殊の勲功を有するものな
れども、一たび誤ってその配合の自然を失ふ
時は、たちまち嫌味を生じ、その価値とみに
減退すること、尚、滑稽法の場合と異なるな
し」
「滑稽がいやみになることはわかっているが、
調和もいやみになることがあるとは知らなか
った」
「引用したテニソンの詩を読んでいやみを感
じませんか?」
「風韻のある詩だ。いやみなんか感じない」
「満潮になり、潮両岸に満ちて水声やむの状
を発したとき、自己の胸中にみなぎる暗愁の
口にしがたきに配しておいて、第四脚にいた
って、潮ようやく両岸の水まさに鳴るとき、
詩人の憂いもおさまって、言葉もわずかに口
に出てくるというのです。わざとらしいと思
いませんか?」
「詩人の巧みな技に感心する」
「感心しても感動しないでしょう。<潮退く
時、憂落つる時、岸に声ありて、吾に声あり>
はつくりすぎです」

The Danube to the Severn gave
  The darken'd heart that beat no more;
  They laid him by the pleasant shore,
And in the hearing of the wave.

There twice a day the Severn fills;
  The salt sea-water passes by,
  And hushes half the babbling Wye,
And makes a silence in the hill.

The Wye is hush'd nor moved along,
  And hush'd my deepest grief of all.
  When fill'd with tears that cannot fall,
I brim with sorrow drowning song.

The tide flows down, the wave again
  Is vocal in its wooded walls;
  My deepest anguish also falls,
And I can speak a little then."
---Tennyson. In Memoriam.

(ドナウ河はセヴァン河に/
鼓動をやめて黒ずんだ心臓を引き渡した。/
人々は彼を快い岸辺、/
波の音の聞こえる場所に葬った。/
そこでは一日に二回セヴァン河が満潮となり、/
海の塩水が流れ込んで、/
さざめき流れるワイ川を半ば静め、/
あたりの丘に静寂を生む。/
ワイ川が静まり、流れが止まれば、/
わたしのこよなく深い悲しみも静まり返る、/
日は落ちることのない涙に満ち、/
心は歌をも溺れさせる悲しみに溢れて、/
潮が退き、波がふたたび/
あたりを巡る木立に響きわたると、/
わたしの苦しみも退き、/
言葉もわずかに口に出てくる。
───テニソン『イン・メモリアム』)



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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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