夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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物の全局の描写(2)
   2009/11/10 (火) 08:32 by Sakana No.20091110083245

11月10日

「同じく物の全局を写そうとする場合におい
ても、科学者は概念を伝えようとし、文学者
は画を描こうとします」
「ふーん」
「換言すれば、科学者は物の形と機械的組立
を捉えることを本領とし、文学者は物の生命
と心持ちを本領とします」
「みなさん、しっかり、本領を発揮しておく
んなまし」
「科学者の定義は分類の具に供するものです
が、文学者の叙述は物を活かさんが為です」
「物を活かす叙述あれば、物を殺す叙述もあ
り」
「科学者は類似をたどって系統を立てようと
しますが、文学者も目指すのは物の秩序的配
置ではなく、物の本質の把握です」
「本質とは何ぞや?」
「物の本性。それが遺憾なく発揮せられて一
種の情緒を含むに至った時が即ち文学者が成
功した時です。したがって、文学者が表現し
ようとしてつとめるのは物の幻惑であり、躍
如として生あるが如くこれを写し出すのが手
腕ということになります」
「f(情緒的要素)の幻惑か」
「ワーズワースの雛菊とヘリックの薔薇の詩
で幻惑の手腕をとくと味わってください」

"Thee Winter in the garland wears
That thinly decks his few grey hairs;
Spring parts the clouds with softest airs,
   That she may sun thee;
Whole Summer fields are thine by right;
And Autumn, melancholy Wight!
Doth in thy crimson head delight
   When rains are on thee.
In shoals and bands, a morrice train,
Thou greet'st the traveller in the lane;
Pleased at his greeting thee again,
   Yet nothing daunted,
Nor grieved if thou be set at nought:
And oft alone, in nooks remote,
We meet thee, like a pleasant thought,
   When such are wanted."
---Wordsworth, To the Daisy

「冬は残り少ない白髪をうっすらと飾るために/
お前を花冠にして纏い、/
春はお前に光を注ぐために/
いとも優しい息吹で雲を分かつ。/
夏の野はすべてお前の持ち物だ。/
そして、憂鬱の人、秋!
彼は雨がお前に降り注ぐとき、/
お前の真紅の頸を喜ぶのだ。/
群れ集い、モリス・ダンスの一行となって、/
お前は道行く旅人に挨拶する。/
旅人が返す挨拶に喜び、/
たとえ無視されても、たじろがず、/
悲しまない。/
しばしば遙かな野の道端で/
ただ一輪咲くお前に会うことがある。
まるで美しい考えに、/
望んでいたときにふと浮かぶように」。
(ワーズワース「雛菊によせて」)

"Under a Lawne, then skyes more cleare,
Some ruffled Roses nestling were;
And snugging there, they seemed to lye
As in a flowrie Nunnery;
They blush'd, and look'd more fresh then flowers
Quickned of late by Pearly showers;
And all, because they were possessed
But of the heat of Julia's breast;
Which as a warme, and moistned spring,
Gave them their ever flourishing.
---Herrick, To the Rose

「空よりも澄んだ薄衣の下に/
傷めつけられた薔薇が数輪身を寄せ合って咲いていた。/
心地よさそうに寄り添い、/
まるで花の尼寺に横たわるようだった。/
顔を赤らめ、爽やかな面持ちだった、/
真珠の雨に今さっき生き返った花々にもはるかにまさって。/
そして、これはみな、この花々が/
ジュリアの胸の熱気を貰ったからだ。/
それが暖かく、潤った春のように/
花たちに変わらぬ栄えの詩を与えたのだ」
(へリック「薔薇によせて」) 


象徴法
   2009/11/13 (金) 09:21 by Sakana No.20091113092129

11月13日

「科学者は物質界の現象を時間、空間の関係
に引き直す方便として数字という記号を用い
ます」
「文学者でも数字を使うことがある」
「文学者が用いる数字は科学者のそれのよう
に有臭有味のものを化して無味無臭とするた
めでではなく、無を有とし、暗を明に化する
手段としてです」
「魔法みたいだね」
「象徴法といってください。科学者が数字を
使用するのと性質において異なるところはあ
りません」」
「漱石は象徴が好きなのか?」
「余自身の嗜好を明らさまに述ぶれば余は象
徴なることを好むものにあらず。されど世の
文学に此の主義が一種の勢力として存在しう
るの有理なるを認む、だそうです」
「好きでもない方法についても言辞を弄する
とはご苦労千万なことだ」



象徴詩
   2009/11/17 (火) 00:05 by Sakana No.20091117000526

11月16日

「ウィリアム・ブレイク『水晶の小箱』は象徴
詩の代表作です。とっくり味わってください」
「何を象徴しているのだろうか」
「およそ象徴法における記号は多くの場合、思
索の関門を通じて始めて捉え得るものです」
「思索などする奴は緑の野にあって枯草を食う
動物の如しとメフィストフェレスに嘲られるよ」
「詩趣ゆたかなる、幻夢の謂なり。形而上の宝
なり。・・・芸術に外ならずと、スウィンバー
ンは激賞しています」
「洒落をきいてもわからず、その説明を待って
始めて其の意を悟るような詩では困る」
「俳句もどう解釈してよいのかわからない作品
が多いですね」
「漱石はどう言っている?」
「象徴の言語を通じて其奥に潜むものをてっけ
つせんとするは人の耳目を通じて精神を捉へん
とするが如し」
「象徴詩に対しては批判的だな」
「たとえば、<古池や>句に禅理ありと説き、
<物云へば唇寒し秋の風>に人事道徳の意義を
附着して得意げな評論家がいますが、芭蕉がも
しそんな意味で俳句をつくったとすれば、それ
は真の詩人ではない証拠だそうです」

      The Crystal Cabinet
"The maiden caught me in the wild,
  Where I was dancing merrily;
She put me into her cabinet,
  And locked me up with a golden key.

The cabinet is formed of gold,
  And pearl and crystal shining bright,
And within it opens into a world
  And a little lovely moony night.

Another England there I saw,
  Another London with its Tower,
Another Thames and other hills,
  And another pleasant Surrey bower.

Another maiden like herself,
  Translucent, lovely, shining clear,
Threefold, each, in the other closed,
  Oh what a pleasant trembling fear!

Oh what a smile! A threefold smile
  Filled me that like a flame I burned;
I bent to kiss the lovely maid,
  And found a threefold kiss returned.

I strove to seize the inmost form
  With ardour fierce and hands of flame,
But burst the crystal cabinet,
  And like a weeping babe became!

A weeping babe upon the wild,
  And weeping woman pale reclined,
And in the outward air again
  I filled with woes the passing wind."
---William Blake, The Crystal Cabinet

     水晶の小箱
「乙女は把らえた、荒野のなかで、/
楽しく踊る私を把えた。/
乙女は入れた、小箱のなかに、/
わたしを閉じこめ、黄金(きん)の鍵かけた。//

//箱は黄金(きん)づくり、きらきら光る。/
真珠と水晶。きらきら光る。/
中にひらいたひとつの世界/
そこには小さな綺麗な月夜。//

//そこで見つけた別のイギリス、/
塔もちゃんとある、もう一つのロンドン。/
もう一つのテムズが流れてまして、/
丘のむこうに、もうひとつのサリー、/
たのしくそよぐサリーの木陰。//

//彼女によく似たもうひとりの乙女、/
澄んで、愛しく、きららに光る。/
三重に包まれ、互いに抱かれ、/
なんと! ここちよい、震えるこわさ、//

//なんという笑み! 三度の笑みが/
わたしを満たして、炎と燃えた。/
愛しい乙女に捧げるくちづけ。/
乙女は返す、三度のくちづけ。//

//熱を滾(たぎ)らせ、燃えさかる手で、/
わたしは探る奥の奥の姿。/
おりしも砕ける水晶の箱、/
泣き叫ぶ嬰児(こ)にたちまち変わる。//

//泣き叫ぶ嬰児(こ)は荒野のはてに、/
屈んで嘆く青ざめた女。/
元の荒野に佇むわたし、/
吹きゆく風に悲しみ満たす。/
(ブレイク「水晶の小箱」全節)



哲学の詩化と詩の哲学化
   2009/11/19 (木) 08:49 by Sakana No.20091119084921

11月19日

「文学者は哲学を詩化してもよいが、詩を哲
学化してはいけないそうです」
「漱石は象徴詩を否定しているのか」
「否定してはいませんが、およそ文学におけ
る象徴法は其記号が代表する意義を思索の結
果、読者に案じ出さしむるにあらずして、之
を苦労もなく、自然と誘ひ出すにあり、理屈
詰めに之を推論せしむるにあらずして感情的
に連想せしむるにあり、です」
「詩の鑑賞と称して理屈をいうのは野暮かな」
「世に野暮天あり、没趣味の輩あり、この種
の文学を味わふに当たり、何等かの講釈を附
せざれば到底理会し難き記号を乱用し、評家
亦富籤的了見を以て、これに理屈を求め其真
意こゝにありなどと吹聴するは笑ふべし」
「そんな風にいわれると、評論がやりにくく
なる。野暮天評論家の楽しみを奪わないでほ
しい」
「およそ文学にありて高遠と云ひ幽徴と云ふ
は単に感興の津々(しんしん)と湧き来るう
ちに含まるゝ高遠もしくは幽徴の意に外なら
ず。感興の比較的乗り難き哲理学説を其裏面
に伏在せしめて文学の深遠なる処こゝにあり
となすは文学の本領を捨てゝ理知の奴隷たる
を冀(こいねが)ふものゝ言のみ」


約言すれば
   2009/11/22 (日) 10:07 by Sakana No.20091122100749

11月22日

「漱石先生の所論は約言すれば次のようにな
ります」
「モームの『要約すれば(Summing Up)』のよ
うに長くしないでほしい」
「文学者は香なき者に香を添へ、形なき者に
形を賦す。之に反して、科学者は形ある者の
形を奪ひ、味あるものゝ味を除く。此点に於
て文芸家と科学者とは全く反対の方向に事物
を翻訳するものにして右と左に分かれて各其
分担の義務を果たと云ふも不可なきが如し」
「右左。文系理系の別れ道」
「従って文学者は感覚或は情緒をあらはさん
が為に象徴法を用ゐ、科学者は感覚又は情緒
と全く無縁なる其独特の記号により事物を記
述せんとす。是故に吾人は仮令(たとい)こ
れら科学者ほ記号言語に通ずればとて、其記
号により表出せられたる物それ自身に立ち戻
る為には一通り、もしくは二通りの手続きを
要す」
「面倒な手続は簡素化するべし」
「この道筋は常に直接ではなく間接です。た
とえば、摂氏100度、華氏212度といえ
ば、水の沸点を示す記号として便利ですが、
私たちの情緒に訴える力という点ではディケ
ンズの文学的描写には及びません」

 Thirty years ago, Marseilles lay burning in the sun one day.
 A blazing sun upon a fierce August day was no greater rarity
in sourthern France then, than at any other time, before or
since. Everything in Marseilles, and about Marseilles, had 
stared at the fervid sky, and been stared at in return, until
a staring habit had become universal there.
 Besides, shutters, curtains, awnings, were all closed and
drawn to keep out the stare. Grant it but a chink or keyhole,
and it shot in like a white-hot arrow. The churches were the
freest from it. To come out of the twilight of pillars and arches
---dreamily dotted with winking lamps, dreamily peopled with ugly
old shadows piously dosing, splitting, and begging---was to plunge
into a fiery river, and swim for life to the nearest strip of
shade. So, with people lounging and lying wherever shade was,
with but little hum of toungues or barking of dogs, with occasional
jangling of discordant church bells, and rattling of vicious drums.
Marseilles, a fact to be strongly smelt and tasted, lay broiling in
the sun one day."
---Dickens, Little Dorrit, chap 1.

「三十年前のある日、マルセイユは太陽に照らされて、
燃えていた。炎夏八月の真昼の灼熱の太陽が南フランス
でもっとも珍しいものではなかったことが、それ以前、
それ以後のどの時とも変わりなかったのである。マルセ
イユの中やその周囲のあらゆるものが焼けつく空を見つ
め、また逆に見つめ返され、やがて、ここでは見つめる
習慣が全体に浸み通っていった。・・・鎧戸、雨戸、カ
ーテン、日覆け庇はことごとく閉ざされ、下ろされ、熱
気の眼差しを入れないようにしていた。ほんの僅かな隙
間か鍵穴でも見つけようものなら、それは白熱した矢の
ように飛び込んでくる。教会が太陽の眼差しからもっと
も自由な場所だった。柱とアーチの薄暮──夢のように
瞬くランプがあちこちに点り、夢のように、醜い年老い
た影が敬虔に微睡(まどろ)んだり、唾を吐いたり、物
乞したりして群がっている場所──から出て行くのは、
炎の川に飛び込み、命からがら手近の木陰へと泳ぎ着く
ことだった。こうして、日陰のあるところにはどこでも、
人々がぐったり寄り掛かり、寝そべり、人声のざわめき
も、犬の吠え声すらもほとんどなく、時折、不調和な教
会の鐘の耳障りな音と、悪意でもあるような太鼓を打ち
鳴らす音が聞こえるだけのマルセイユはある日、太陽に
蒸し焼きにされてでもいるように、強烈に匂いを嗅ぎ、
舌で味わうものとして、横たわっていた。」
(ディケンズ『ドリットちゃん』一章)




文学者が数字を使う場合
   2009/11/25 (水) 11:15 by Sakana No.20091125111501

11月25日

「数字は文学者も使うことがあります」
「科学者の占有するものにあらずか」
「しかし、使用する目的が科学者とは違いま
す」
「どのように?」
「料理に味を添える薬味のようなものです」
「たとえば?」
「西郷南州(隆盛)の<壮士腰間三尺の剣>
のような数学的詩です」
「三尺の剣は薬味か?」
「白髪三千丈とか、一剣、半夜、千里、四海
などみなこの類です」
「英文の例も紹介してくれ」
「わかりました」

"And the Lord said unto him, Therefore whosoever slayeth Cain,
vengeance shall be taken on him sevenhold."
---Genesis
「エホバ彼に言ひたまひけるは、<然らず、凡そカインを殺す者は
七倍の罰を受けん>と」。(『創世記』第四章第十五節)

"The tithe of a hair was never lost in my house before."
---Shakespeare, I Henry IV, Act III. sc. iii. 1.66
「一本の毛の十分の一さえ我が家ではなくなったことはない」
(シェイクスピア『ヘンリー四世、第一部』第三幕第三場)

"She took me to her elfin grot,
   And there she wept, and sigh'd full sore,
And there I shut her wild, wild eyes
   With kisses four."
---Keats, La Belle Dame sans Merci.
「妖精はわたしをその窟に案内し、/
そこで切実に溜息をついて、泣いた。/
わたしは四度くちづけして/
彼女の物狂おしい瞳をふさいだ」
(キーツ『つれなきたおやめ』二九ー三二行)

"Cairbar thrice threw his spear on earth. Thrice he stroked
his beard.
---Ossian, Temora, Bk. I
「ケアバーは三度槍を大地に投げ、三度頬髭を撫でた」。
(オシアン『テモラ』第一巻)



科学的記号 'erg'
   2009/11/28 (土) 10:37 by Sakana No.20091128103705

11月28日

「ブレイクの七、シェイクスピアの四万、ス
コットの二十九など文学者の使用する数字は
一種の調味料的感興を添えるためのものであ
って、知識を伝えるという点ではまったく価
値がありません」
「哲学者をおちょくっているマクスウェルと
は何やつだ?」
「ジェイムズ・クラーク・マクスウェル
(1831-79年)は電磁気学の理論を大成した
イギリスの物理学者です」
「エルグ('erg')の意味は?」
「仕事またはエネルギーの単位。一エルグは
一ダインの力が一センチメートルの移動のあ
いだ働きつづけて与えるエネルギー("the energy 
communicated by a dyne, acting through a 
centimetre")です」
「純然たる科学的記号だな」
「ええ、ですから普通の読者には何の感興も
与えませんが、エルグ('erg')の意味を知っ
ている読者は、ああ、哲学者をおちょくって
いる戯詩だなということがわかるので、文学
的効果があるということになります」
「知らぬが仏か」
「要するに、数字や記号は同じ頭巾が耄碌お
やじにも十六歳の美人にも相応の役に立つの
ですが、使用する目的の上で差異が生じるの
です」

"Seven of my sweet loves thy knife
Hath bereaved of their life;
Their marble tombs I built with tears
And with cold and shadow fears.

Seven more loves weep night and day
Round the tombs where my loves lay,
And seven more loves attend at night
Around my couch with torches bright.

And seven more loves in my bed
Crown with vine my mournful head;
Pitying and forgiving all
Thy transgressions, great and small."
---Blake, Broken Love.

「わたしの愛する七人の者の命を/
お前の刃は奪った。/
彼らの大理石の墓をわたしは建てた。/
涙ながらに、冷たい、幽やかな恐れをこめて。//
愛するものがさらに七人、夜もすがら、日もすがら泣いている。/
わが愛する者の横たわる墓のまわりで、/
わが愛する者がさらに七人、寝床を訪れ、/
悲しむわたしの頭に木蔦の冠をかぶせる。
お前の大小の罪をことごとく/
憐れみ、赦して」。
(ブレイク「壊れた愛」一七ー二八行)

"O, that the slave had forty thousand lives!
One is too poor, too weak for my revenge."
---Othello, Act III. sc. iii. ll. 442-3

「ええ、あの下司野郎めが四万の命を
もっていればよかろうに!/
ただ一つじゃ俺の復讐にはまずしく、足りぬ」。
(シェイクスピア『オセロー』第三幕、四四二ー四四三行)

"Nine-and-twenty kinghts of fame
Hung their shields in Branksome Hall;
Nine-and-twenty squires of name
Brought them their steeds to bower from stall;
Nine-and-twenty yeomen tall
Waited, duteous, on them all."
---Scott, The Lay of the Last Minstrel, Can.I. ll. 16-21

「二十九人の名高い騎士が、/
ブランクサム屋敷に楯を架けた。/
二十九人の名高い従者が/
主人のために厩から馬を木陰に連れてきた。/
二十九人の丈高い従者が/
彼らすべてに恭しく傅(かしず)いた」。
(スコット『最後の吟遊詩人の唄』第一歌、一六ー二一行)

"Prim, Doctor of Philosophy
  From academic Heideberg;
Your sum of vital energy
  Is not the millionth of an erg.
Your liveliest motion might be reckoned
At one-tenth metre in a second."
---James Clerk Maxwell

「学都ハイデルベルグ出の/
お澄まし屋の哲学博士殿!
あなたの生命力の総和は/
一エルグの百分の一にも達しない。
あなたが最高潮の活動をしたところで、
一秒十分の一メートルという見積もりになろう。」
(マクスウェル)



文芸上の真と科学上の真
   2009/12/1 (火) 07:52 by Sakana No.20091201075204

12月1日

「およそ文学者の重んずべきは文芸上の真に
して科学上の真にあらず」
「真理は一つだろう」
「ミレーの作品に農夫が草を刈る図がありま
すね」
「あったかな。『晩鐘』『落穂拾い』『種を
蒔く人』しかみたことがない」
「ある農夫がその絵をみて、あんな腰つきで
は草を刈るのもおぼつかないと言ったそうで
す」
「野球のバッターや相撲取りの腰つきにたと
えてくれたほうがわかりやすい」
「農夫としては無理な骨格を描きながら不自
然な痕跡なく草を刈っているという印象を与
えれば画家の技は芸術的真を描き得たという
ことになります」
「そんな芸術的真は農夫を無視し、侮辱する
ものだ」
「人体の組織を熱心に研究する画家がいます
が、いくら科学上の真に近づけようとしても、
芸術的な真を学ばなければ、その作品は失敗
に終わります。文芸の作家は文芸上の真を第
一義とするべきであり、場合によっては文芸
上の真に達し得るために科学上の真を犠牲に
してもかまわないのです」
「そこまでいうのは文学者のおもいあがりだ」


誇大法
   2009/12/4 (金) 09:08 by Sakana No.20091204090819

12月4日

「文芸上の真にして科学上の真にそむく例を
 1)誇大法
 2)省略
 3)組み合わせ、
という三つの角度から説明させて頂きます」
「読者をあざむく三つの手口というべきだろ
う」
「まず誇大法ですが、『ホメーロスのイーリ
アス』で、<青銅のアレースは九千人か一万
人の戦士が戦闘に入る折の雄叫びのような大
音声を発した>と描写されています。九千人
か一万人の戦士が戦闘に入る折の雄叫びのよ
うな大音声を一人であげることができると思
いますか?」
「科学的にはあり得ないことだ」
「しかし、文学的な効果はみとめられます」
「二、三人の戦士をあわせた雄叫びなら一人
であげることができるかもしれない」
「漱石先生曰く、かゝる場合に科学上の真に
拘泥するものは徒に文芸を科学的智識につな
ぎつけて、活発々地(極めて勢いがよく生き
生きしているさま)の作用を妨ぐるものと云
ふべし」

Next Diomedes of the loud war cry attacked with spear of bronze;
and Pallas Athene drave it home against Ares' nethermost belly,
where his taslets were girt about him. There smote he him, rending
through his fair skin, and plucked forth the spear again. Then
brazen Ares bellowed loud as nine thousand warriors or ten thousand
cry in battle as they join in strife and fray. Thereat trembling gat
hold of Achalans and Trojans for fear, so mightily bellowed Ares
insatiate of battle."
---A. Lang, W. Leaf & E. Myers, The Iliad of Homer, p108

「次にはディオメデスが大声で雄叫びを上げて、青銅の槍で襲いかかった。
すると、アテナ女神は、その槍が、腹当てをしているアレースの下腹に深く
突き通るようにした。ディオメディスはこの部分を強く打って、彼の美しい
肌を裂いて傷つけ、また槍を引き抜いた。すると青銅のアレースは九千人か
一万人の戦士が戦闘に入る折の雄叫びのような大音声を発した。これを聞く
と、アカイア軍(ギリシア軍)もトロイア軍を怖れおののいた。戦闘に倦む
ことを知らぬアレースの叫び声はことほどさように力強かったのだ。」
(A・ラング、W・リーフ、E・マイアーズ訳「ホメーロスのイーリアス」)


省略、選択法
   2009/12/7 (月) 07:36 by Sakana No.20091207073643

12月7日

「文芸上の真を表現する二番目の方法は省略、
選択法です」
「科学上の真を記述するには、必要な情報の
省略、選択をしてはいけない」
「私たちの意識内容は厳正の意味において残
りなく言葉、文字に改めうるものではありま
せん。したがって、文学者は物の一面一部を
選んで、これによりその伝えんとすることを
完全に発揮するのです。これが文学者が科学
上の真を等閑視する第二の所以であります」
「例をあげてくれ」
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
「それは平家物語の冒頭だ。奢る平家の没落
の描写は省略されていない」
「では、俳句の句集か雑誌を読んでください。
いくらでも適当な例がころがっています」
「手抜きをするな」
「例を挙ぐれば比々皆是なるを以て略す」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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