夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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苦痛の道楽者
   2009/9/11 (金) 08:11 by Sakana No.20090911081133

9月11日

「文学者の中には苦痛の道楽者または数奇者
のようなタイプの人間がいます」
「真剣に苦痛をもとめるのではなく、道楽で
苦痛をもとめるとはけしからん」
「いわゆる<憂鬱の快感>("pleasure of 
melancholy")や<悲哀の逸楽>("luxury of
grief")にふける人たちですね」
「一昔前は女にもてるようとしてそんなポー
ズをとる文学青年がいたが、最近、ネクラは
流行らない」
「漱石先生の分析によれば、苦痛の道楽者の
大部分が必ず社会の中層以上に属しており、
下流の匹夫匹婦の間にはこの種の道楽は見ら
れないそうです」
「それは華族とか士族とかがまだ幅をきかせ
ていた時代の話だ」
「まあ、そういわずに聞いてください。<凡
そ中流以上の人士は其一般の修養に於て下層
民衆に勝ること大なるべく、少なくとも勝れ
るとの自意識かならん。又此自覚に伴ふて一
方には歴史的観念、換言すれば英雄或は古人
崇拝の分子が幾分か混じ来ること多かるべし。
即ち某は高徳の士なりき、されど其一生を困
苦の裡に終われり、又某は一世の碩学なりき、
されどつぶさに窮愁を嘗(な)めたりなど云
ふ歴史的Fは敬慕崇拝のfと連結して彼等の
胸中に往来する事あらん。従って他の一面に
於ける自己卓越の自覚は彼等を誘ふて進んで
古人の反面たる苦悩を求めしむるに至るが如
し>」


知的な贅沢厭世観
   2009/9/14 (月) 08:49 by Sakana No.20090914084956

9月14日

「贅沢厭世観には知的なものと道徳的なもの
とがあります」
「知的な贅沢厭世観の持主で典型的な人物は
誰?」
「ショーペンハウワー(1788-1860)です」
「ショーペンハウワーは厭世哲学者。デカル
ト、カントとともにデカンショ節で後世に名
を残している。十九世紀後半には著書がよく
読まれたが、今はほとんどかえりみられてい
ない。たぶんあの世でも厭世的になっている
だろう」」
「ショーペンハウワーの厭世主義は心底から
まじめなものではない。浮世と題せる悲劇を
舞台に上すとせば、彼は細心に度を合わせた
る眼鏡を以て、居心地よき褥椅に座を占めた
る其の観客の一人なりと、漱石先生は喝破し
ておられます」
「その見方はあたっているかもね」
「彼は悲劇を観て深く感動し、同時にその胸
中に満足感を覚えて家に帰り、観たままを書
き綴りました。それだけのことです」


道徳的な贅沢厭世観
   2009/9/17 (木) 09:58 by Sakana No.20090917095814

9月17日

「道徳的な贅沢厭世観の持主は枚挙にいとま
がなく、大方の詩人、小説家、美術家はみな
道徳的芝居を興行して随喜の涙をこぼしてい
るといってもよいでしょう」
「例をあげてくれ」
「たとえば、バイロンは放蕩、高慢、苦肉、
犯罪を自分の贅沢的材料とし、普通の道徳平
面以外に逸出して、世界を白眼に睥睨し、我
が意にみたぬ者をすべて敵とみなします」
「壮士が剣を抜いてただわけもなく床柱に切
りつくすようなものか」
「バイロンはその類の壮士詩人ですね」
「文学者あるいは詩人の大半はみなある種の
不誠実な分子をもっている」
「ついでに、もう数例、ご紹介しておきます」

"There's naught in this life sweet,
If man were wise to see 't,
  But only melancholy;
  O sweetest Melancholy!"
---Fletcher, The Nice Valour, Act III. sc. iii.

「人がそれを見極めるだけ賢いのなら、/
この世には愉しいものは何もない。/
ただ憂鬱だけ、/
ああ、こよなく愉しい憂鬱よ!」
(フレッチャー『心にくい武勇』)

"Go! you may call it madness, folly;
  You shall not chase my gloom away.
There's such a charm in melancholy,
  I would not, if I could, be gay.

"Oh, if you knew the pensive pleasure
  That fills my bosom when I sigh,
You would not rob me of a pleasure
Monarchs are too poor to buy."
---Roger, To...

「止めよう! いくら狂気だ、愚行だ、と言ったって、/
ぼくの憂鬱を追い払うことなど君にはできはしない。/
憂鬱には魅力があるから、/
たとえなれても、陽気にはなりたくない。/
ああ、溜息をつくとき、ぼくの胸を満たす、/
この沈鬱な歓びを君が知っているなら、/
この宝物を君は奪うまい、/
王侯が金を積んだって、それは買えないのだから。
(ロジャース「ある人に捧げて」第一連)


文学的内容の特質
   2009/9/21 (月) 09:10 by Sakana No.20090921091056

9月20日

「第二編『文学的内容の数量的変化』につい
ての講義はそろそろ切りあげましょう」
「数量的変化などという理系の方法について
随分長々と論じたものだ。もううんざりとい
ったところか」
「そんなことはありません。たいへん勉強に
なりました」
「いくらゴマをすっても、内容をきちんと理
解していないと単位はもらえない」
「次は第三編『文学的内容の特質』について
です」
「全体の構成はどうなっていたっけ」
「次の通りです」

 第一編 文学的内容の分類
 第二編 文学的内容の数量的変化
 第三編 文学的内容の特質
 第四編 文学的内容の相互関係」

つまり、『文学論』は文学的内容を4通りの
切り口から論じたものです」
「今ごろ、そんなことを言っているようでは
心もとない」


意識の波と意識の流れ
   2009/9/23 (水) 08:09 by Sakana No.20090923080911

9月23日

「文学的内容の特質を論じるにあたって、漱
石先生はふたたび<意識の波>(2008/11/9)
について言及しておられます。

 余は此講義の冒頭に於て意識の意義を説き、
一個人一瞬間の意識を検して其の波動的性質を
発見し、又一刻の意識には最も鋭敏なる頂点あ
るを示し、其の鋭敏なる頂点を降れば其明暗強
弱を減じて所謂識末なるものとなり、遂に微細
なる識域以下の意識に移るものなるを論じたり。
而して吾人の一世は此の一刻々々の継続に異な
らざれば、其内容も亦不規則の継続に含まるゝ
意識頂点の集合なるべきを信ず。」

「<意識の流れ>を発見したのはウイリアム・
ジェームズだが、それに対して<意識の波>
を発見したのは他ならぬ夏目漱石だったのか」
「漱石先生はジェームズの論文をよく読んで
おられました。もちろん<意識の流れ>につ
いても先刻ご承知でしたが、その理論を鵜呑
みにせず、独自の立場から<意識の波>に着
目したところがすごいと思います」
「<意識の流れ>という手法はジェイムズ・
ジョイスやヴァージニア・ウルフが文学に応
用したことで知られている」
「人間の思考を秩序立てたものではなく絶え
間ない流れとして描こうとする試みが<意識
の流れ>の手法ですが、そんなことは到底人
力の企て及ばざることであり、たとえ企てて
もジョイスやウルフの小説のようにたいして
面白くもおかしくもない代物になります」
「日本の文学界では<意識の流れ>の手法を
とりいれた作家はいるが、<意識の波>に注
目した作家の存在は聞いたことがない。なぜ
だろう」
「ジョイスやウルフに影響された日本人はい
ても、漱石先生の『文学論』に影響された作
家は誰もいないからでしょう」


人間の一生はF(意識頂点)の集合也
   2009/9/26 (土) 10:12 by Sakana No.20090926101254

9月26日

「漱石先生の『文学論』の構成は、

 第一編 文学的内容の分類
 第二編 文学的内容の数量的変化
 第三編 文学的内容の特質
 第四編 文学的内容の相互関係」

となっていて、文学的内容を4通りの切り口
から論じたものと以前に書きましたが、うか
つなことに肝心な第五編を見落としておりま
した。

 第五編 集合的F」

「集合的Fの発見こそ漱石の文学論の骨子──
それを忘れては困る」
「私はまだ第五編まで読んでいないので、漱
石先生の理論を理解しているとはいえません
が、私なりに考えても集合的Fは素晴らしい
発見だと思います」
「そうかな?」
「意識の波に着目すると、人間の一生は要す
るにF(意識頂点)の集合がその内容という
ことになりますね」
「棺を蓋いて事定まる。Fの集合の評価はき
みが死ななければわからない」
「それは他者による評価です。私自身による
現在の意識の波の頂点には集合的Fがありま
すが、このFに何を持ってくるかは私の自由
意志によります。それによってクオリティ・
オブ・ライフ(生活の質)が変わってきます
から、もっと真剣に考えなければなりません」
「きみの場合はもっぱら妄念、雑念を選択し
ている。Fの99パーセントが妄念、雑念だ」
「わかりました。2020年までに1990年比25%の
妄念、雑念を削減することにします」
「きみの妄念、雑念は温室効果ガスか。2020
年なら棺を蓋いて事定まり、100%削減も期待
できる」


文章の力
   2009/9/29 (火) 09:35 by Sakana No.20090929093543

9月29日

「言語の能力、狭くいえば文章の力は、無限
の意識連鎖のうち此処彼処を意識的に、ある
いは無意識のうちにたどり歩いて、私たちの
思想の伝導器となります」
「有限の存在に無限の意識連鎖はあり得ない」
「それはコトバのアヤというもの──要する
に私たちの心の曲線の絶えざる流波をことご
とくこれに相当する記号にて書き改めるので
はなく、この長い波の一部分を断片的に縫い
拾うのが言語能力、文章力だと漱石先生は仰
っています」
「<意識の流れ>という文学の手法に反して
いる」
「文章の力は<意識の流れ>の描写からはは
感じとれません。それを感じとることができ
るのは<意識の波>を断片的に縫い拾って、
効果的に配列した描写からです」


解釈の差異
   2009/10/2 (金) 11:48 by Sakana No.20091002114835

10月02日

「意識内容にはいくつかの種類のF(複数)
があり、その中である種類のF(単数及び複
数)が優勢で、意識の頂点に位置します」
「どんなFが意識の頂点に来るかは個人差が
大きいはずだ」
「個人の遺伝的傾向、あるいは教育、習慣、
職業及びその生活の境遇などが影響すること
は間違いありません」
「日本人とアメリカ人、日本人と中国人のよ
うに、国民の間にも著しい相違がある」
「同一の言語が時に同一のFを代表しないこ
とがあり、これを漱石先生は<解釈の差異>
と称しておられます」
「たとえば?」
「日本人のいわゆる<国家>は北朝鮮人のい
わゆる<国家>とは異なります」
「時代によっても異なる。昭和十六年(1941)
の日本人の<国家>観と平成二十一年(2009)
の日本人の<国家>観とを比較してみよ」
「男女の差もあります。婦人のいわゆる<立
派な人>は男子のいわゆる<立派な人>とは
一致しないそうです」
「青年のいわゆる<女>と老人のいわゆる
<女>も違う」
「要するに、凡そ吾々の意識内容たるFは人
により時により、性質において数量において
異なるもので、その原因は遺伝、性格、社会、
習慣等に基づきます。したがって、同一の境
遇、歴史、職業に従事するものには同種のF
が主宰することがもっともふつうの現象です」


文学的Fと科学的Fの比較
   2009/10/5 (月) 06:26 by Sakana No.20091005062613

10月05日

「文学者もしくは文学的傾向を有する人々は
は社会の一階級を形成しています」
「階級というほどのものではない。グループ
かサークルを形成しているだけだ」
「ではサークルということにして、便宜上、
文学者サークルのF(意識頂点)と科学者サ
ークルのFを比較してみましょう」
「何のために?」
「比較することによって文学者サークルのF
の特徴がよくわかるからです」
「要するに文系と理系の違いではないか」
「そういう区分けでもいいでしょう」
「文系に進むか、理系に進むかによってF
(意識頂点)が変わってくる」
「進路を選択する場合には、将来、何がF
(意識頂点)にくるかをあらかじめ想定して
から決定したほうがよさそうですね」


HowとWhy
   2009/10/8 (木) 11:25 by Sakana No.20091008112506

10月08日

「科学の目的とするところは叙述であって、
説明ではありません」
「わからん。説明してくれ」
「科学は"How"(どのようにして)という疑
問を解こうとしますが、"Why"という疑問に
は答えません。Why"という疑問にまで答える
権利は科学者にはないと自認しているのです」
「なぜだ。Why?」
「一つの与えられた現象が如何にして生じた
かを説くことができれば、科学者の権能は一
段落します」
「その現象がなぜ生じたかを考えないのは怠
慢だ」
「如何にして生じたか、その径路をたどって、
解明するだけでもたいへんな仕事ですよ」
「径路をたどるには時間がかかる」
「ですから、科学者の研究には<時>という
観念を脱却することができません」
「プルースト『失われた時をもとめて』のよ
うに、<時>は文学者にとっても重要なテー
マだ」
「しかし、文学者は画家や彫刻家のように
<時>を閑却することもできます。"How"(ど
のようにして)をたえず念頭におく必要はな
いのです」


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