夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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知的分子の抽出
   2009/8/12 (水) 10:24 by Sakana No.20090812102454

8月12日

「文学においては知的分子が除去される場合
があります」
「日本文学には知的分子がまったくみとめら
れないものが多い」
「知的分子がないことをもともと自他ともに
みとめている文学はここでは問題になりませ
ん。知的分子があるように見せかけていなが
らその実、f(情緒的要素)の幻惑によって
知的分子が除去されているものです」
「たとえば?」
「旧約聖書の創世記、ミルトンの『失楽園』、
シェイクスピアの戯曲、日本の俳文学など」
「シェイクスピアの描写は真に迫っている」
「真に迫っているようにみえますが、彼のつ
くった人物の言語はイギリス人が日常的に使
用する言語ではありません」
「十七世紀のイギリス人の言語ではないのか」
「否当時の英国人は決して如此(かくのごと
)き国語を以てその日常の応接を弁ぜしむる
ものにはあらざるべし。否英国の歴史を通じ
て、如此き言語を事実において用ゐたる時代
は決してあらざるべし。この意味において沙
翁の人物の言語は偽物なり。真を遠(とおざ)
かれる者なり、と先生は仰っておられます」
「十七世紀の英国で暮らしたことのない漱石
にどうしてそんなことがわかるのだろう」


創世記
   2009/8/15 (土) 12:18 by Sakana No.20090815121837

8月15日

「旧約聖書創世記第一章の冒頭を読んでくだ
さい」
「予は基督教の信徒ではない」
「信徒だろうとなかろうとこれを読めば自ら
壮大の感に打たれてひとり襟を正します」
「予の如きは不信者の一人だ。哲学的に案出
せる神さえ存在するとは認められない。まし
ていわんや、此の不合理な旧約の神において
をや」
「しかし、神力の偉大なる叙述には感じるも
のがあるでしょう」
「それは認めるが、あまりにも荒唐無稽だ」
「知的には納得できなくても、情緒的には崇
高の念が自然と吾血を満身にみなぎらすので
す」

"In the beginning God created the heaven and the earth. And the earth
was waste and void; and darkness was upon the face of the deep; and
the spirit of God moved upon the face of the waters. And God said,
Let there be light; and there was light. And God saw light, that it 
was good; and God divided the light from the darkness. And God called
the light Day, and the darkness he called Night. And there was evening
and there was morning, one day."
---Revised Version、Book of Genesis 

「元始(はじめ)に神、天地を創造(つく)りたまへり。地は定型(かたち)
なく、曠大(むな)しくして黒暗淵(やみわた)の面(おもて)にあり、神の
雲水の面(おもて)を覆ひたりき、神「光あれ」と言ひたまひければ、光あり
き。神光を善(よ)しと観たまへり。神光と暗を分(わか)ちたまへり。神光
を昼と名づけ暗(やみ)を夜と名づけたまへり。夕あり朝ありき。是首(はじ
め)の日なり」。
(改定訳聖書「創世記」第一章ーーー日本聖書教会文語訳による)







失楽園
   2009/8/18 (火) 09:07 by Sakana No.20090818090739

8月18日

「旧約聖書の描写法を襲用して、もっとも成
功した後代の文学者はミルトンです」
「『失楽園』(『楽園喪失』)は荒唐無稽と
いう点で『創世記』に匹敵する。不条理(absurdity)
の文学だ」
「文学史の定説では不条理の文学はカミユの
『異邦人』『ペスト』ということになっていま
す」
「そんな定説は認めない。『失楽園』のほう
が不条理だ」
「『失楽園』で描写されているのは壮大の景。
こういう詩句は読者に壮大の感を抱かせます。
真なるか、真ならざるかは別問題です。読ん
でいるうちに、読者の意識の頂点は崇高なる情
緒に占められて、知的分子は意識の隅っこのほ
うに追いやられてしまいます」
「『失楽園』では知的分子が除去されているこ
とは認めよう」

"On Heavenly ground they stood, and from the shore
They viewed the vast immeasurable Abyss,
Outrageous as a sea, dark, wasteful, wild,
Up from the bottom turned by furious winds
And surging waves, as mountains to assault
Heaven's highth, and with the centre mix the pole.
 'Silence, ye troubled waves, and, thou Deep, peace!'
Said then the omnific Word: 'your discord end!'
Not stayed; but, on the wings of Cherubim
Uplifted, in paternal glory rode
Far into Chaos and the World unborn;
For Chaos heard his voice. Him all his train
Followed in bright procession, to behold
Creation, and the wonders of his might.
Then stayed the fervid wheels, and in his hand
He took the golden compasses, prepared
In God's eternal store, to circumscribe
This Universe, and all created things.
One foot he centred, and other turned
Round through the vast profundity obscure,
And said, "Thus far extend, thus far thy bounds;
This be thy just circumference, O World!"
---Paradise Lost, Bk. VII. II. 210-31

「彼らは天上の大地に立って、岸辺から/
無際限の深淵を見た。/
深淵は海のように猛り、昏く、寂れ、荒れ果て、/
吹き荒れる風と山のように盛り上がる波が/
奥底から覆して、/
天空の高みを襲い、地軸と極とを混ぜんばかりだった。/
「静まれ、汝ら立ち騒ぐ波よ! 安らげ、汝深淵よ!」/
その時万物の生みの祖(おや=言葉)が言った。「汝らの争いを止めよ」。/
そして、留まらず、智天使(ケルビム)の翼に乗って、/
父の栄光を浴びて、/
遙か混沌と生まれざる世界まで天翔った。/
混沌はその声を聞き、生みの祖と/
その力の驚異を見ようとして、/
従者が輝かしい行列で彼に従った。/
やがて熱せられた車は止まり、彼は手に/
神の永遠の御蔵(みくら)に用意された/
黄金のコンパスをとった、/
この宇宙とすべての被造物の範囲を限ろうとするために。/
彼はコンパスの一脚を中心に据え、もう一方の脚を/
宏大で暗冥な深淵の回りに巡らせて/
言った。「ここまで拡がれ、汝の境はここまで、/
これが汝の正しい輪郭だ、おお世界よ!」
(ミルトン『失楽園』第七巻、二一〇ー二三一行)





悲劇に伴うf
   2009/8/21 (金) 11:10 by Sakana No.20090821111016

8月21日

「f(情緒)の幻惑についてはこれまでの説
明でおわかり頂いたと思いますので、次は悲
劇に伴うfの特性を研究したいと思います」
「喜劇は気晴らしになるが、悲劇はそうでも
ない。それなのに読者はなぜ悲劇を好むか」
「苦痛は現実にはわれわれが出来るだけ回避
したいと思っているものです。ところが、読
書や観劇では苦痛の表出に快感を求める傾向
があります」
「それは直接経験と間接経験の差で説明でき
るのではないか。他人の苦痛は自分の苦痛で
はない」
「他人の苦痛が自分の快感になるのはなぜで
しょうか」
「加虐性のサディズムの心理だろう。現実に
はいじめを働いたりしない、心のやさしい人
物でも潜在意識には加虐性の心理がある」
「被虐性のマゾヒズムの心理もありますね」
「うん。悲劇においてはサディズムとマゾヒ
ズムの潜在意識が渾然一体となって表面化す
るのではないか」
「漱石先生はそんなことは言っておられませ
ん。直接経験と間接経験の差、自己観念の除
去など以外に、尚一種特別の根底が存在する。
この根底に触れなければ、これまでfの幻惑
に関連して説明した理論はまだ文学の全体を
律する能わざるに似たりと言っておられます」
「それは次回にしてくれ」



シヨンの囚人
   2009/8/24 (月) 12:19 by Sakana No.20090824121918

8月24日

「人間は読書の際、苦痛を好む場合がありま
す。」
「たとえば?」
「バイロンの詩『シヨンの囚人』を読んでく
ださい。自由な共和国建設を求めたため、ジ
ュネーヴ湖畔のシヨンの城に六年間幽閉され
ていた修道院長フランソワ・ド・ボニヴァー
ルを扱った詩です」
「シヨンの城とはジュネーヴ湖畔の古城か」
「実は私も観光で訪れたことがあるのですが、
その時はバイロンの詩を知りませんでした。
もういちど訪れる機会があれば、もっとよく
観察したいと思います」
「よした方がよい。漱石は<「塔」の見物は
一度に限ると思う>と『倫敦塔』に書いてい
る」
「『倫敦塔』と『シヨンの囚人』に共通する
特徴は人間の苦痛を好む性向ではないでしょ
うか」

"What next befell me then and there
  I know not well---I never knew:---
First came the loss of light, and air,
 And then of darkness too.
I had no thought, no feeling---none
Among the stones I stood a stone,
And was. scarce conscious what I wist,
As shrubless crags within the mist;
For all was blank, and bleak, and grey,
It was not night---it was not day;
It was not even the dungeon-light,
So hateful to my heavy sight,
But vacancy absorbing space.
And fixedness---without a place:
There was no stars, ---, no time,
No check, ---no change, ---no good, ---no crime,
But silence, and a stirless breath
Which neither was of life and death;
A sea of stagnant idleness,
Blind, boundless, mute, and motionless !
---Byron, Prisoner of Chillon, St. ix

「その時、そこで次に何が降りかかったのか、/
わたしはにはよく判らない。──全然判らない。/
まず光が、次に空気が消え、/
ついには闇さえ消え去った。/
何の思いもなく、感じもなく、何もなく、/
わたしは石に混じって、石のように立ち尽くした。/
自分には何が判っているのか気づかず、/
霧に包まれた、灌木一本生えぬ崖のようだった。/
すべてが虚ろで、荒涼として、灰色で、/
夜でもなく、──といって、昼でもなかった。/
どんよりと重いわが目には忌まわしい/
牢獄の明かりさえなかった。/
ただ空間を吸い込む空虚と/
居所はなく、──ただ釘づけにされる固定だけがあった。/
星もなく、──大地もなく、時間もなく/
阻止もなく、──変化もなく、──変化もなく、──善もなく、罪もなく、/
ただ静寂と、生にも死にも属せぬ/
動きのない息のみ。/
盲目の、涯しない、黙した、動かぬ、/
淀みはてた海」。
(バイロン「シヨンの囚人」第九節)



苦痛は存在の自覚を促す
   2009/8/28 (金) 12:16 by Sakana No.20090828121614

8月27日

「苦痛は私たちがもっとも忌むところである
が故にもっとも存在の自覚をうながします」
「人生のパラドックスだ」
「レッシング(1729-81)がかつてメンデルスゾ
ーン(1729-86)に寄せた書中で次のように述べ
ています。<凡そ熱情とは熾(さかん)なる
願望にあらざれば熾(さかん)なる嫌悪なり。
而して此熾(さかん)なる願望嫌悪より吾人
は自己実在の意識を高むるものなれば此意識
は必ず快感に伴ふものなる事疑なし。去れば
熱情は如何程苦しきものにても其の熱情たる
を故を以って快きものなりとす>」
「復讐や仇討、さらには勝算のない戦にあえ
て挑戦する心理がそれかな」
「憂きことのなおこの上に積もれかし、限り
ある身の力試さん」
「戦国時代に滅んだ尼子の武将山中鹿之助の
有名な歌。今でも共感する人が多い」


仮の苦痛
   2009/8/30 (日) 08:23 by Sakana No.20090830082325

8月30日

「演劇は人生の再現であり、しかも人生より
も強い再現です」
「そうかな」
「人生を縮写して、注意を狭い舞台に集中す
るため、如何なる演劇もわれわれ(傍観する
しかない立場のわれわれ)に普通以上の程度
において人生の実在を明瞭に意識させます」。
「人生は実在するのだろうか?」
「人生の実在を特に強く意識させてくれるの
は悲劇です。悲劇の関する所は死生の大問題
であり、死生の大問題はわれわれの実在をも
っとも強烈なる程度においえてわれわれの脳
裏に反射してきます。そして、<死生の大問
題は皆苦痛ならざるはなし>です」
「修行がたりない。<生死の中に仏あれば生
死なし>」
「ただし、その苦痛は仮の苦痛です。自分の
内部で直接的に経験する苦痛ではなく、隣人
がなめている苦痛でもありません。役者が仮
装した苦痛です。仮装なるが故に一大安心が
あります」
「仮装にして真をあざむくのか」
「その技があるために、われわれの存在の意
識が熾(さかん)になるのです。われわれが
好んで悲劇を観る第一の理由はこれです」


冒険性の動物
   2009/9/2 (水) 11:06 by Sakana No.20090902110638

9月02日

「人間は冒険性の動物です」
「冒険は危険だ。石橋を三度叩いて、大丈夫
だと思っても渡らないほうがよい」
「そんな消極的な態度では報酬は期待できま
せん。"The blood more stirs to rouse a lion 
than to start a hare."(野兎を驚かすよりラ
イオンを起こすほうが血が騒ぐ(シェイクスピ
ア『ヘンリー四世、第一部』第一幕第三場)と
いうではありませんか」
「人生の目的は生命の維持だ。安全な場所を離
れてわざわざ危険をもとめるのは生命維持の目
的に反する。矛盾だよ」
「矛盾だろうとなかろうと、危険をはらんだ事
業に人間はひきつけられます」
「そんな事業は苦痛をともなう」
「十年の経営をもって成就する仕事と一日の労
力でなしとげる仕事とを比べてください」
「一日の労力ですませる仕事のほうが楽にきま
っている」
「ところが人間は往々にして十年の経営を必要
とする仕事のほうを選びます」
「なぜだろう?」
「それは危険に打ち勝ったとき、困難をしのぎ
きった時に、自己の力を自覚して、これにとも
なって生じる快感が大きいからです。つまり、
快感の報酬が期待できます」


自殺クラブ
   2009/9/5 (土) 10:23 by Sakana No.20090905102334

9月05日

「苦痛のなかに快感をもとめる人間の性質を
描いた作品の例としてスティヴンソン『新ア
ラビア夜話』の中の一篇『自殺クラブ』をご
紹介します」
「最近は自殺サイト利用者による集団自殺が
問題視されている」
「自殺クラブは自殺サイトとは違います。ク
ラブの会員は毎夜集まってトランプ遊びをし
ます。会長が一人に一枚づつトランプの札を
分配し、スペードの1を貰った会員がその夜
の死にくじです。クローバーの1を貰った会
員はスペードの1の会員を殺す義務がありま
す」
「そんなクラブの会員になる奴の気がしれな
い」
「ところが、スペードの1があたるかもしれ
ない恐怖を克服し、それがすぎさったときの
快楽はたまらないそうです」
「実際にその死にくじがあたったらどうする
のだ」


"Listen, this is the age of conveniences, and I have to tell
you of the last perfection of the sort. We have affairs in
different places; and hence railways were invented. Railways
separated us from our friends; and so telegraphs were made
that we might communicate speedily at great distances. Even
in hotels we have lifts to spare us a climb of some hundred
steps. Now, we know that life is only a stage to play the 
fool upon us as long as the part amuses us. There was one
more conveniences lacking to modern comfort; a descent, easy
way to quit that stage; the back door to liberty; or as I said
this this momentm Death's private door..."
---Stevenson, The Suicide Club, New Arabian Nights


「よろしいですか。今は便宜主義の世の中ですよね。そこで、僕は
なかでもとび抜けて完全なものについてお話しいたしましょう。さ
まざまな場所でいろいろ出来事があり、その結果、鉄道が発明され
ました。でも鉄道はどうしようもなくわれわれを友人たちから離れ
離れにしました。そこで、電信が発明され、遠くとでも迅速に交流
できるようになったのです。ホテルでもエレヴェーターが出来、何
百歩も歩かずにすむようになりました。さて、人生は退場してもい
いいまで好きなだけ、道化役をやっていられる場所ってことはお判
りですね。もう一つ、現代生活には欠けていて、便利なものがまだ
あります。楽屋への降り口、舞台を離れる手軽な方策、自由への裏
口、それとも、たった今申しました死神の秘密の戸口です。・・・」
(スティヴンソン「新アラビア夜話」「自殺クラブ」)

"Why, my dear sir, this club is the temple of intoxication.
If my enfeebled health could support the excitement more often,
you may depend upon it i should be more often here. It requires
all the sense of duty engendered by a long habit of ill-health
and careful regimen to keep me from excess in this, which is,
I may say, my last dissipation. I have tried them all without
exception, and I declare to you, upon my honour, there is not
one of them that has not been grossly and untruthfully overrated.
People trifle with love. Now, I deny that a love is a strong
passion; it is with fear that you must trifle, if you wish to
taste the interest joys of living. Envy me---envy me, sir, I
am a coward!"
---Ibid.

「ねえ、君、このクラブは陶酔の神殿なのですよ。わたしの弱った
体がもっと興奮に堪えられれば、かならず、もっとしょっちゅう、
ここに顔を出します。これ、というのは、わたしの最後の放蕩です
が、これに耽りすぎないようにするには、長い不健康の習慣と入念
な健康法で養われた義務を総動員させる必要があります。わたしは
放蕩という放蕩はことごとくやりつくしましたが、名誉にかけて断
言してもいい、どれ一つとしてひどく、事実を捻じ曲げて買い被ら
れていないものはない。人は恋を弄びますが、恋なんてたいした情
熱じゃありません。恐怖こそ強烈な情熱です。恐怖こそ弄ぶべきも
のです。生きることのもっとも激しい歓びを味わいたかったらね。
羨ましいですか。羨ましいでしょう。わたしは臆病者なんですよ」
(同)

"a horrible noise, like that of something breaking, issued
from his mouth; and he rose from his seat and sat down again,
with no sign of his paralysis. It was the ace of spades. The
honorary member had trifled once too often with his terrors."
---Ibid.

「何かが壊れるような恐ろしい音が彼の口から洩れた。そして、中
風の気配も見せず、椅子から立ったり、座ったりしていた。スペー
ドのエースだったのだ。名誉会員は一度だけ、恐怖を弄びすぎたの
である」
(同)


スティーヴンソン
   2009/9/8 (火) 10:48 by Sakana No.20090908104850

9月08日

「ロバート・ルイス・バルフォア・スティー
ヴンソン(1850 - 1894)について漱石先生は
『文学評論』で高く評価しておられましたが、
『文学論』でも『自殺クラブ』の紹介ぶりは
好意的ですね」
「『文学評論』では何といっていた?」
「デフォーとスティーヴンソンの小説作法を
比較し、デフォーの興味がつねに事実にある
のに対して、スティーヴンソンの興味は経過
そのものにあり、したがって、内面的な写実
的描写でスティーヴンソンのほうがすぐれて
いるというような趣旨です」
「漱石の好みはスウィフトとスティーヴンソ
ンにかたよりすぎの印象がある」
「『吾輩は猫である』(十一)に、<どうせ
死ぬなら、どうして死んだらよかろう是が第
二の問題である。自殺クラブは此第二の問題
と共に起るべき運命を有して居る>とあり、
また、『彼岸過迄』「風呂の後 五」では、
敬太郎が『新亜刺比亜物語』を読み、『自殺
クラブ』中の情景第三話(二人乗りの辻馬車
の冒険物語)を連想するところがあります」
「『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』のよ
うなスティーヴンソンの有名作品を連想しな
いところはさすがだが」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe