夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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善悪の彼方
   2009/6/13 (土) 10:11 by Sakana No.20090613101144

6月13日

「人事的材料を扱った場合でも作者の巧妙、
躍如たる描写によって読者が幻惑されるのは
感覚的材料を扱った場合と同様です」
「不愉快な人事もその描写が巧みなら、内容
の如何をさておいて、まず作家の技倆に感じ
入る。つまり幻惑されるということになると、
文学は善悪の彼方へ翔んでいってしまう。そ
れでよいのだろうか」
「たとえば、サッカレーの小説『ヘンリー・
エズモンド(The History of Henry Esmond)』
で主人公を悩ます美貌で気位の高いBeatrice、
ディケンズの小説『マーティン・チャズルウ
ィット(The Life and Adventures of Martin
Chuzzelwit)』に登場する偽善者の建築家
Perksniffや自堕落な老看護婦 Mrs. Gamp、シ
ェリーの五幕韻文劇『チェンチ家』で堕落を
重ね、妻子を憎み、ついに娘を犯して堕落さ
せようとするCenci・・・娘は苦悶の末、父を
殺して断頭台に上ります」
「今どきの日本人はそんな作品を読むどころ
か、そんな作品がかつて存在したことすら知
らない」
「漱石先生はすべて読んでおられます」
「悪いけど、そこまでつきあっていられない
よ」


シャーリー
   2009/6/16 (火) 07:56 by Sakana No.20090616075622

6月16日

「作者が如何にして読者のfを幻惑するか─
─その手際を知るためにシャーロット・ブロ
ンテ『シャーリー』のさわりの個所を読んで
みてください」
「ずいぶん長い引用だな」
「パソコンのない時代に、漱石先生がわざわ
ざ筆写されたのです」
「漱石好みの名場面か」
「シャーリーは幼い頃から叔父の世話で育て
られ、その監督下にある美少女ですが、無一
物の貧しい家庭教師ルイ・ムーアと相思相愛
の仲になります」
「身分違いの許されない恋はよくある話。同
じ作者の『ジェーン・エア』もそうだ」
「常識的に考えると、叔父が彼らの行為に対
して怒るのは無理がありません。ところが、
読者はこの不埒なる若者二人に真心よりの同
情を寄せてしまいます。つまり、作者の手際
によってfを幻惑されてしまうのです」


  "Good morning, uncle." said she, addressing that personage; 
who paused on the threshold in a state of putrefaction.
  "Have you been long downstairs, Miss. Keeldar, and alone with 
Mr. Moore ?
  "Yes, a very long time. We both came down early; it was scarcely
 light."
  "The proceeding is improper."
  "It was at first: I was rather cross, and not civil; but you will 
perceive that we are now friends."
  "I perceive more than you would wish me to perceive."
  "Hardly, sir," said I: "we have no disguises. Will you permit me 
to intimate that any further observations you have to make may as well 
be addressed to me ? Henceforward, I stand between Miss Keeldar and all 
annoyance."
  "You ! What have you to do with Miss. Keeldar ?"
  "To protect, watch over, serve her."
  "You, sir ? ──you, the tutor ?"
  "Not one word of insult, sir," interposed she; not one syllable of 
disrespect to Mr. Moore, in this house."
  "Do you take his part ?"
  "His part ? Oh yes !"
  She turned to me with a sudden, fond movement, which I met by circling 
her with my arms. She and I both rose.
  "Good Ged !" was the cry from the morning-gown standing quivering at 
the door. Ged, I think, must be the cognomen of Mr. Sympson's Lares: when 
hard pressed, he always invokes this idol.
  "Come forward, uncle: you shall hear all. Tell him all, Louis."
  "I dare him to speak ! The beggar ! the knave ! the specious hypocrite ! 
the vile, insinuating, infamous menial ! Stand apart from my niece. sir ! 
Let her go !"
  She clung to me with energy. "I am near my future husband," she said: who 
dares touch him or me ?"
  "Her husband ? He raised his hands; he dropped into a seat.
  "A while ago, you wanted much to know whom I meant to marry; my intention 
was then formed, but not mature for commnunication; now it was ripe, sun-
mellowed, perfect; take the crimosonpeach──take Louis Moore !"
  "But 'savagely' you shall not have him──he shall not have you !"
  "I would die before I would have another. I would die if I might not have 
him."
  He uttered words with which this page shall not be polluted."
---Ch. Bronte, Shirley, chap. xxxvi.

 「おはようございます、叔父様」と彼女はその人物に挨拶したが、彼のほうは、
戸口のところで、凍りついたようになった。
 「あんたは長いあいだ階下(した)にいたのかい、シャーリー、しかもムア君と
二人だけで?」
 「ええ、そうですわ、とても長いあいだ。わたしたち、朝早くからきていたんで
すの、まだ暗いうちから」。
 「そんな慎みのないことを・・・」
 「そうだったかもしれませんわ、最初はね。私は気難しくて、礼儀知らずでした
から。でも、今はお判りのように、わたしたち、しっくりと気が合っていますわ」。
 「私は、あんたたちが判ってほしくないことまで判ってしまったよ」。
 「とんでもないことです」と私は言った。「私たちには、何も隠し立てなどあり
ません。これ以上何かおっしゃりたいことがおありでしたら、どうか私におっしゃ
っていただきたいと思います。これからは、キールダーさんに代わって、私が面倒
なことを一切お引受けいたします」。
 「君が! 君はミス・キールダーとどんな関係があるのだね」。
 「保護し、監督し、奉仕するのです」。
 「君が? 家庭教師の君がかね?」
 「叔父様、侮辱するようなことは一言もおっしゃらないで」と、彼女が口をはさ
んだ。 「この家ではムアさんに向って失礼な言葉を口になさるのを、一切お止め
になっていただきます」。
 「あなたはこの人の味方をするのかね?」
 「味方? ええ、そうよ」
 彼女は私に、不意に愛情をこめたしぐさでむき直り、それにこたえて、私も彼女
を両腕で抱き締めた。私たちは二人で立ち上がった。
 「ああ、カム様!」というのが、戸口に震えながら立つ、朝の部屋着姿の男から
漏れた叫びだった。思うに神(カム)様こそ、シンプソン氏の守護神の呼び名にち
がいない。苦境に立たされると、彼はいつもこの偶像を呼び出すのだ。
 「お入りになって、叔父様。ぜんぶお話ししますわ。ぜんぶお話してさしあげて、
ルイ」。
 「話せるものなら話してみろ。この乞食め! 悪漢め! 猫っ被り野郎め! 下
品な、腹黒い、汚らわしい悪党め! 姪から離れろ! 手を離せ!」
 彼女は力いっぱい私に縋(スガ)りついた。「わたしがそばにいるのは未来の夫
ですわ」と彼女は言った。「誰にもルイとわたしに手を触れさせるものですか」。
 「夫だって!」彼は両手を上げ、広げ、椅子に腰を沈めた。
 「しばらく前、叔父様はわたしが誰と結婚するのか、お知りになりたいとおっし
ゃっていらしたわね。わたしの気持はもうきまっていたのですけれど、まだお知ら
せするところまで行っていませんでした。でももう、熟して、陽の光を浴びて甘く、
完璧です。この真紅(まっか)に熟れた桃──ルイ・ムアをお受けとり下さい」。
 「しかし」と、彼は激しく言った。「あんたはこの男と一緒にさせない・・・こ
の男はあんたと一緒にさせるものか」。
 「他の人と結婚させるのだったら、その前に死んでしまいますわ。ルイと結婚で
きないのなら死んでしまいます。」
 シンプソン氏は、このページをその言葉で汚すに堪えないような罵詈雑言を吐き
散らした」。
(シャーロット・ブロンテ『シャーリー』第三十六章)


fの幻惑─超自然的材料
   2009/6/19 (金) 09:10 by Sakana No.20090619091015

6月19日

「次は超自然的Fの材料を用いた場合のfの
幻惑です」
「宗教的Fと宗教的にあらざる超自然的Fと
は区別して考えなければならない」
「宗教的Fは時代と国によって異なりますが、
これに伴うfは概して同様です」
「しかし、ユダヤ人が旧約の神に対する恐怖
のfは日本人が八百万の神々から受けるfよ
りもはるかに強い。同様に扱ってよいものだ
ろうか」
「多神教と一神教とでは多少fの差異あるこ
とは是認せざるをえませんが、まあ概して同
様ということでご理解ください」
「宗教的にあらざる超自然的Fの場合のfは
万国共通か?」
「妖怪変化、妖精、妖婆などの超自然的Fの
描写によって読者が受けるfも概して同様と
いえます」
「四谷怪談のお岩とマクベスの妖婆とではf
の強度や性質が違うのではないか」
「似たようなものともいえますし、違いがあ
るともいえますが」



fの幻惑─知的材料
   2009/6/22 (月) 07:45 by Sakana No.20090622074523

6月22日

「最後に知的Fの描写で情緒的要素fを幻惑
される場合です」
「知的材料では読者のfが幻惑されることは
あまりないだろう」
「それでも漱石先生は次の3点を指摘してお
られます。

 1)抽象的真理を示そうとする時、それを
他の具体的な場合と連想させ、この具体の場
合における情緒fをそのまま、抽象の場合に
転置させるもの。
 2)内容が抽象的であるのにもかかわらず、
そのまとまりかた、言いまわしかたが巧みな
ため、読者がうかとつり込まれて情緒fをお
こすもの。
 3)知的材料Fも時々その反面を除去して、
誇張された表現をとることがある。一方が勝
手な概括をし、他方も勝手な概括を試みる。
この時、両者はまったく相反対になるが、両
者ともに同一の勢力をもってその真理を主張
し得る。読者のfは幻惑されて、ふらふらと
一方を信じたり、他方を信じたりする。

まあ、これだけおさえておけばよいでしょう」
「よくわからん、もっと具体的な例を示して
説明してくれ」


具体的なものによる抽象的真理の連想
   2009/6/25 (木) 08:52 by Sakana No.20090625085214

6月25日

「では、抽象的真理を示すのに具体的なものか
ら連想させる文例をポープ『批評論』から引用
します」
「<どれ一つ同じには動かない。だが誰も自分
のものを正しい信じている人間の判断>を時計
という具体的なものから連想させるというのだ
が、今ひとつピンとこない」
「そうでしょうか」
「時計は精密機械だ。みんな同じように動いて
いる」
「わかりました。ポープの時代、十八世紀の英
国でつくられる時計は粗悪品が多かったのでし
ょう」
「漱石が文学論の講義をした時代、十九世紀の
日本はどうたったのだろう」
「明治28年(1895)には銀座四丁目に精工舎の時
計台が登場しています」
「すると、時計はやっと普及しはじめた頃だ」
「いずれにせよ、此<時計>の譬(たとえ)な
かりせば此抽象的理論は単に漠然たる取り止め
の付かぬ印象を与ふるに過ぎざりしなるべく、
散漫にして毫も味なく、唯、白湯を飲む感あり
しならん」

"Tis with our judgements as our watches, none
Go just alike, yet each believes his own."
---Pope, Essay on Criticism, II. 9-10
「われわれの判断は時計に似ている。どれ一つ/
同じには動かない。だが誰も自分のものを信じている」
(ポープ『批評論』九ー十行)


巧みな言いまわしによるfの幻惑
   2009/6/28 (日) 12:03 by Sakana No.20090628120345

6月28日

「次は抽象的な内容でも作者の巧みな表現力
によって読者がうかとつり込まれて情緒fを
おこす例として、ポープ『人間論』及び『批
評論』から引用します」
「またポープか」
「漱石先生好みの知的な詩人です。引用文に
私も共感します」
「なるほど、きみも今は恵まれずとも、恵ま
れる日があるといつも思いこんで自らを慰め
ているとみえる」            
「そんなことはありません。私は今、恵まれ
ていると思っています」
「ポープの詩に幻惑されて、恵まれていない
ような気分にはならないのか」
「?」


"Man never Is, but always To be blest."
---Essay on Man, Ep. i. I. 196
「人は、今は恵まれずとも、恵まれる日があ
るといつも思いこんでいる」
(ポープ『人間論』「書簡一」一九六行)

"An honest man's the noblest work of God."
---Ibid., Ep. iv. I. 248
「誠実な人は神のもっとも尊い作品である」
(同、「書簡四」二四八行)

"True wit is nature to advantage dress'd.
 What oft was thought, but ne'er so well express'd."
---Essay on Criticism, II. 297-8

「真の機知は生地を巧く飾ったもの。/幾度も
考えられながら、かくも巧みに表されなかった
もの」
(ポープ「批評論」二九七ー二九八行)


分子の除去
   2009/7/1 (水) 13:22 by Sakana No.20090701132242

7月01日

「知的Fの描写は真理の如く聞こえますが、
実は真理の構成分子の半面を除去している
場合があります」
「分子の半面を除去したものは真理とはいえ
ない」
「しかし、読者は幻惑されて真理だと思って
しまうのです」
「わかった、諺のようなものだろう」
「諺や格言には、反対の意味のものがどちら
も真理のように思える例がたくさんあります」
「<大功は細瑾を顧みず>と<千丈の堤も蟻
の穴から>」
「<果報は寝て待て>と<棚の上から牡丹餅
は落ちぬ>」
「いずれも反対の格言ですが、ともに真理と
して両立し、それぞれ都合のよい場合に応用
さています」
「参考のために、西洋の諺も紹介してくれ」
「わかりました。

1. "Women are as fickle as April weather."
  「女心は秋の空」「女の変わりやすいこと四
月の空のごとし」
2. "An ugly woman dreads the mirror."
 「醜女は鏡を怖れる」
   "There never was a looking-glass that told a woman she was ugly."
 「女に醜いと告げた鏡はあったためしがない」
3. "Revenge is sweet."
 「復讐は愉し」
   "To forgive is divine."
 「赦すは神の業」
4. "Worthless is the advice of fools."
 「価値なきは愚者の忠告」
   "A wise man may learn of a fool."
 「賢者も愚者から学ぶ」
5. "True friendship is imperishable."
 「真の友情は不滅」
   "What is friendship but a name...?"
 「友情とは名のみにあらざるか?」
6. "Out of sight out of mind,"
 「去るもの日々に疎し」
   "Absence makes the heart grow fonder."
 「不在が愛(いと)しさを募らせる」
7. "Honesty is praised and starves."
 「正直は讃えられ、餓死する」
   "Honesty is the best policy."
 「正直は最良の策」


情緒の再発
   2009/7/4 (土) 09:11 by Sakana No.20090704091133

7月4日

「次に作者の立場を離れ、読者の立場から情
緒的要素fの幻惑をみていきたいと思います」
「やってくれ。読者は幻惑されたがっている」
「読書によって得られるfは直接体験による
ものではありません。間接体験による情緒の
再発(復起)です」
「それがどうした」
「実地において直接体験した場合のfと間接
体験によるfとは強弱の度合は同じでしょう
か」
「違うだろうね」
「ええ。読書という間接体験で得たfはいわ
ば知的再起であって、実地の経験にともなう
情緒には及びません」
「例で説明してほしい」
「スティーヴンソンの文章を読んでください」
「いかにも寒そうな気がしてくる名文だ」
「胴体が震えてきますか?」
「震えてきそうだ」
「では、防寒着のご用意を」
「それには及ばない」
「ということは間接経験→知的な情緒再起で
は直接経験ほどの寒さは感じないということ
になります」

"The ground was hard as iron, the frost
rigorous; as he brushed among the hollies,
icicles jingled and glittered in their
fall; and whatever he went, a volley of
eager sparrows followed him."
---Stevenson, The Misadventures of John Nicholson, chap. vi.

「地面は鉄のように堅く、寒気はまだ凍てつ
いていた。彼が柊の木立のあいだを縫ってい
くと、氷柱が音を立てて、煌めき落ちた。彼
が行くところ、空腹で餌を待ち侘びる雀の群
がつき纏った」。
(スティーヴンソン『ジョン・ニコルソンの災難』第六章)




情緒の記憶
   2009/7/7 (火) 10:07 by Sakana No.20090707100756

7月7日

「情緒の記憶はありますか」
「喜怒哀楽の記憶ならあるよ」
「よかった。世の中には情緒の記憶が皆無の
人が多いのですが、そういう人は文学に縁が
ありません」
「逆に情緒記憶過剰の人も困る」
「そうですね。恋愛小説を読んでウェルテル
のように自殺したり、厭世的な小説を読んで
華厳の滝に飛び込んだ学生はそんなタイプで
しょう」
「すると、人間はほどほどに情緒の記憶を持
っているほうがよいのかな」
「半ば知的、半ば情緒的な記憶を有する人で
すね。即ち文学書中にあるF(焦点的印象ま
たは観念)より己のfを部分的に復起する人
が文学を適度に味わうことができるのです」
「直接経験と間接経験との差異はそのfの強
弱にあり、間接経験のfは直接経験のfに劣
るということかな」
「間接経験がその強さに於て直接経験に劣る
の事実は文学をして永く世界にあとをたゝし
めざる一原因たるべしだそうです」
「何を言っているのかよくわからん」
「要するに、文学書を読んで面白く感じる主
因は元の情緒が幾分か稀薄になって出現する
からです」
「?」
「ぬるすぎもせず、熱すぎもせぬ、いわば、
情緒の上々燗を読者に与えるのが文学書の文
学書たる所以であります」
「直接経験の場合と間接経験の場合との間に
は感情の量的差異がある故に文学に一種適当
の刺激が生じ、読者に快感を与えるというこ
とはわかった」


直接経験と間接経験との差異
   2009/7/10 (金) 09:54 by Sakana No.20090710095442

7月10日

「私たちの人生における直接経験の場合と文
学を賞美する際の間接経験の場合とでは感情
の量的差異があります」
「了解」
「この差異がある故に文学が一種適当の刺激
を生じ、読者に面白い快感を与えるのです」
「そういうことになるかな?」
「しかも、直接経験と間接経験の差異は数量
的なものにとどまらず、性質的な現象にも著
しい差異がみとめられます」
「どんな差異だ?」
「間接経験では多くの事実が除去されていま
す」
「肝心の事実を勝手に除去してもらっては困
る」
「ところが、私たちが書をもとめ、文学を賞
翫する際にはすでにその作者の表出法に対し
て同意しています」
「同意した覚えはない」
「しかも、その表出法たるや故意にまたは無
意識のうちに多くの事実的分子を閑却して文
を綴るものです。このように一種の除去法の
結果としてつくられた文学作品に対して読者
が抱くfはその実物に対して感じる情緒と質
において異なるのは当然のことでしょう」
「けしからん」
「要するに、私たちが文学を読んで、賞翫す
るかぎりは、多くは作者にバカにされ、少な
くとも書を手にして面白いと感じる間は作者
の掌中に自己をゆだねてしまっているのです」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
 Copyright © 2014 Sakana Hasebe