夏目漱石の『文学論』を読みとく

長谷部さかな 著
 
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神に対する情緒
   2009/4/14 (火) 08:46 by Sakana No.20090414084636

4月14日

「神の観念Fは知識の発達とともに変化しま
す」
「縄文・弥生時代、奈良・平安時代、鎌倉・
室町時代、江戸時代、明治・大正・昭和時代
前期(昭和二十年まで)、昭和時代後期・平
成時代という歴史の推移をみると、たしかに
神の観念Fは変わっている」
「もっとグローバルな見方をしてください。
表で示せば、次のようになります」

自然的物体(F); 英雄(F'); 偶像教の神(F''); 耶蘇教の神(F''')
──────── ─────  ──────── ────────
  f        f       f        f

「耶蘇教の神の観念などほとんどの日本人は
もたない」
「グローバルにみれば、自然的物体を崇拝す
るアニミズムから、英雄崇拝、偶像崇拝、耶
蘇教のような一神教へと神の観念Fは推移し
ていることがわかるでしょう」
「漱石は英国に留学して英文学を研究してい
るうちに耶蘇教にかなり洗脳されたとみえる」
「神の観念Fが変化しても、われわれ人間が
神に対して抱く情緒fはそれほど変わらず、
その強烈の幾分を保存しています」


文学的内容の価値的等級
   2009/4/17 (金) 10:59 by Sakana No.20090417105941

4月17日

「<第三章 文学的内容の分類及び其価値的
等級>の講義はもっと詳細にわたっておりま
すが、この辺できりあげたいと思います」
「要するに、この章では何をいっているのだ
ろう」
「まず、文学的内容の形式(F+f)のFを
次のように分類しておいて、それぞれの価値
的等級を論じています。

 (1)感覚F・・・自然界
 (2)人事F・・・人間の芝居
 (3)超自然F・・・宗教
 (4)知識F・・・人生問題に対する観念」
「価値的等級というのは文学的価値の等級と
いう意味か」
「そうだと思います」
「結論は?」
「結論として、感覚Fの等級がもっとも高く、
人事Fがその次。超自然的Fと知識Fの等級
は低いが、英文学においては耶蘇教の神に対
する超自然的Fには要注意というところでし
ょうか」
「知識的Fの等級が低いということは、主知
的な文学の等級が低いことになり、逆にいえ
ば、文学そのものの知識的レベルが低いこと
を意味する」
「ですから、文学的内容の形式は(F+f)
たらざるべからず──情緒的要素fが文学の
等級を左右するのです」


文学的内容の数量的変化
   2009/4/20 (月) 09:21 by Sakana No.20090420092152

4月20日

「第一編 文学的内容の分類についての講義
は一通りおさらいしました」
「次は何だ?」
「第二編 文学的内容の数量的変化 です」
「ほう?」
「感覚F、人事F、超自然F、知識Fという
文学の四種材料は数量的に如何なる原則の下
に推移しつゝあるか。即ち、之等の材料は全
量に於いて増進するものなりや、減退するも
のなりや、はたまた静止の状態にあるべきか
を検討するのです」
「そんなもの、数量的変化が把握できるはず
がない」
「まず、文学的形式(F+f)の一分子たる
Fの増減如何を究めます。もし、このFが増
減性を具有するとすれば、次に論じるべきは
この増減的Fにともなってfは如何に移り行
くものなりやを考えることにします」
「それは科学者のすることだ。文学者のする
ことではない」
「かくの如く此二者の性質を明瞭に決定し得
たる後、吾人は始めて文学的材料の数量的変
化につき云々することを得るものとす」


Fの変化
   2009/4/23 (木) 09:46 by Sakana No.20090423094655

4月23日

「それでは、F(焦点的意識、印象、観念)
は如何に変化するかを検討しましょう」
「赤ん坊が成長して、幼年、少年、青年、壮
年、老年になるにつれてFが変化するのは当
然のことだ」
「その変化には二種の特性があります。一つ
は識別力の発達、もう一つは識別すべき事物
の増加です」
「識別すべき事物は増加するだろうが、識別
力は必ずしも発達するとはかぎらない」
「一個人の生涯についてだけでなく、人類の
歴史をみると、やはり発達します」
「釈迦、キリスト、孔子、ソクラテスと比べ
て、きみの識別力が発達しているとは思えな
い」


fの変化
   2009/4/26 (日) 08:14 by Sakana No.20090426081447

4月26日

「F(焦点的意識、印象、観念)にともなっ
てf(情緒的要素)も増加します」
「人間の一生のうちにはfを喪失する局面も
ある」
「そんな例外的な局面はさておき、fの増加
に注目しましょう」
「fの減少にも注目するべきだ」
「さて、fの増加は三つの法則に支配されま
す」
「それも漱石の法則か」
「三つの法則とは、
 (1)感情転置法
 (2)感情の拡大
 (3)感情の固執
です」
「大げさだな」
「では次回から順番に解説しま


感情転置法
   2009/4/29 (水) 09:36 by Sakana No.20090429093600

4月29日

「心理学で面白い事実の一つは情緒の転置と
いう現象です」
「どういう現象だ」
「たとえば、愛人に対するF(焦点的意識、
印象、観念)にともなう情緒fが貰った指輪
に転置する場合を考えてください」
「指輪は安物でも、プレゼントしてくれた相
手に対する情緒が転置するといとおしいと思
う──なるほど」
「また、コクニー(cockney)とは<生粋のロ
ンドンっ子>という意味が転じて、ロンドン
の下層人民の使用する下町なまりの英語を意
味していますが、<由来此"cockney"其物に上
等下等の感じが伴ふ理なし。たゞ吾人は下層人
民に対して生ずる嫌悪の念を彼らの言語に転
置して遂に"cockney"其物を耳にして不快の念
を生ずるに外ならず>と漱石先生は言ってお
られます」
「そんな評を聞いたら、"cockney"の情緒はど
なるだろう」


感情の拡大
   2009/5/2 (土) 08:55 by Sakana No.20090502085535

5月2日

「次は感情拡大の法則についてご説明します」
「情緒的要素fはどのようにして拡大するの
か」
「fの移推にあらずして新しく出来たるFに
新しきfを附着し、其結果として文学の内容
を富ましむるの意味なり」
「新しく出来るFというと、感覚F、人事F、
超自然F、知的Fの4種のうちでは知的Fし
か考えられない」
「おっしゃる通りです」
「知的Fは抽象的な傾向が強すぎて、情緒fを
誘いにくいのではないのか」
「難しい理論でも普通一般の知識の程度までに
普及すれば、このFは新しいfを得て、文学の
うちに席をしめる権利を得るようになります」
「そうかな」
「たとえば、次の詩句は進化論の思想を反映し
たもので、十八世紀の人々にとってはFありて
fなきものだったはずですが、十九世紀になっ
てしだいに普通人間が認識するようになり、い
つのまにか一種のfをともなうようになった例
です。

"So careful of the type she seems,
 So careless of the single life.
---Tennyson, In Memoriam, St. Iv.
「自然は種の保存にはこんなにまで心を配るようでありながら、/
個々の生命にはどうしてこうも冷たいのか」
(テニソン『イン・メモリアム』第五十五連)」


感情の固執
   2009/5/5 (火) 07:59 by Sakana No.20090505075938

5月5日

「情緒固執の法則は、F(焦点的意識、印象、
観念)にともなってf(情緒的要素)が増加
させる三つ目の法則です」
「情緒固執とはパラノイア(偏執狂)みたいで、
こわいね」
「(a)F其物が消滅するか、あるいは、(b)F其
物にfを附着する必要がなくなったにもかかわ
らず、習慣上、従来のfが附着し続けるという
現象です」
「(a)はたとえば、どんな場合だ」
「たとえば、夫に先立たれた婦人の貞操です」
「貞女両夫にまみえず──か。そんな情緒はと
っくの昔に消滅している」
「(b)の例としては、昔の殿様の前で叩頭平身
して明治維新前の封建的旧態をあらためないよ
うな場合です」
「それは漱石が『文学論』を執筆した明治三十
年代後半の事例だ。今どき昔の殿様の前で叩頭
平身する奴はいないよ」
「でも会社を退職したサラリーマンがどこかで
バッタリ社長に合ったら、頭をさげて挨拶位は
するでしょう」


fの伴ふ幻惑
   2009/5/8 (金) 10:44 by Sakana No.20090508104406

5月8日

「f(情緒的要素)が文学の欠くべからざる
ことだけは述べました。これからはf其物の
性質の細目にわたって論及します」
「要領よくまとめてくれ。細目にわたりすぎ
ないように」
「第一に、三種のfを区別して考える必要が
あります。
 1)読者が著書にたいして起こすf。
 2)作者が其材料に対して生ずるf、及び
   其材料をとり扱う際に生ずるf、又こ
   れを成就した時生ずるf。
 3)作者の材料たるべき人間、禽鳥のf
   (無生物にはfなきものと仮定して)」
「そんなことを細目にわたって解説しないで
ほしい」
「わかりました。それでは次の区別について
解説しましょう。
 1)記憶想像のFに伴って生じるf
  a) 人事界または天然界にあって直接経
    験をなす時のf
  b)人事界または天然界にあって間接経
    験をなす時のf
 2)記述叙景の詩文に対して起こすf」
「そんな細目の解説で読者を幻惑しないでく
れ」
「fの伴ふ幻惑とはそんな意味ではありませ
ん」
「どんな意味だ?」
「それは次回のお楽しみということにしまし
ょう」


直接経験と間接経験
   2009/5/11 (月) 08:58 by Sakana No.20090511085821

5月11日

「f(情緒的要素)の伴ふ幻惑とは、要する
に文学の作者が読者を幻惑することです」
「すると、文学者はマジシャン(魔術師)と
いうことになる」
「実生活の直接経験より生ずるfと読書の間
接経験により生ずるfとはその強弱及び性質
が異なります」
「そんなことはわかっている」
「ほんとうにわかっているのでしょうか。実
生活においては不快に思うような境遇などが
読書ではかえって快感を生じることがありま
す。これがfの幻惑です」
「?」
「普通、美しいと思わないもの、肉体的、精
神的に嫌悪を感じるような存在でも、いった
ん文学上のfとなって現れたときは、ほとん
ど気にならず、むしろ歓迎する傾向がありま
す」
「たとえば?」
「『ガリヴァー旅行記』のヤフーです」
「ヤフーは人間のことだ」
「ヤフーは嫌悪すべき存在であり、人間もや
はり嫌悪すべき存在であることを思い知らさ
れますが、不思議なことに読者は一種の快感
を覚えます」


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「夏目漱石の『文学論』を読みとく」 長谷部さかな 著
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